LCB、シャーレの先生になる   作:ハーメルンのTakamagi

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たくさんの評価、感想、ありがとうございます!
9章PV……やばいね。


死の価値観の違いについて

 

 雲ひとつない晴天の下。見渡す限り広がる黄金の砂の海を、一台の黒い車両が切り裂くように疾走していた。

 

 シャーレから緊急手配された、軍用規格のオフロード車。市場に出回る一般車とは一線を画すその鋼鉄の車体は、悪路をものともせず、砂塵を巻き上げて突き進む。

 

 発進してから、既に一夜が経過していた。

 東の空から昇る太陽が、徹夜で充血した目には痛いほど眩しい。

 

 

(信号まで、あと少し)

 

 

 ハンドルを握るイシュメールは、眠気を噛み殺しながらGPSマップを睨む。

 

 脳裏をよぎるのは、昨夜シャーレに届いた一本の通話──アビドス対策委員会、黒見セリカの行方不明。その事実が、重たいエンジン音と共に、車内の空気を張り詰めさせていた。

 

 

「イシュメールさん……よかったら運転代わりましょうか?」

 

 

 助手席に座るアヤネが、ハンドルを握るイシュメールの張り詰めた横顔を見て提案する。

 

 

「いえ、大丈夫です」

 

 

 イシュメールは視線を逸らさず、即座に断った。

 どの世界においても、誘拐事件の経過時間は極めてシビアなものだ。一分一秒の遅れが、「人質の原形が残っているかどうか」を分ける。その最悪の可能性が脳裏を過ぎる以上、アクセルを緩めるわけにはいかなかった。

 

 

「後ろにいる皆さん。仮眠は取れましたか?」

「ん〜……えぇ、程々にはね……」

 

 

 後部座席に声をかけると、ロージャが大きな欠伸をしながらふんわりと答える。

 

 

「それにしても、砂漠って夜は寒いくせに昼は地獄みたいに暑いのね。環境最悪じゃない」

「文句言いつつ、ロージャさんは驚くほどスヤスヤ寝ていましたけどね?」

「……まあね。あんな世界じゃ、寝られる時に寝ておかないと死んじゃうから。図太くもなるわよ」

 

 

 彼女は自虐するように笑い、隣で沈黙している男に視線をやった。

 

 

「そういえば、ヒースクリフ君は?」

「ん、まだ寝てる」

「うっへ〜、よくそんなに眠れるね〜」

 

 

 シロコとホシノが感心したように見下ろす先には、腕組みをしたまま気絶したように爆睡するヒースクリフの姿があった。どんなにきつい環境でも、眠れるスペースさえあれば一瞬にして爆睡できる彼の図太さには、呆れを超えて尊敬の感情を抱かせる。

 

 

「……起こしてあげてください。彼は無鉄砲ですけど、戦闘技術は確かですから」

「りょ〜かい」

 

 

 ロージャが悪戯っぽく笑うと、熟睡するヒースクリフの背中を、バシバシと容赦なく叩いた。

 

 

「起きてー!朝よー!仕事の時間よー!」

「あぁ!?敵襲か!?」

 

 

 ヒースクリフがばね仕掛けのように跳ね起き、寝ぼけ目のままバットを構える。その過敏な反応に、生徒たちが少しだけ引いたのは言うまでもない。

 

 それを一瞥もせず、イシュメールは前方に広がる景色を睨みつけた。

 

 砂塵の向こう、地平線の彼方に異物が見え始める。

 

 

「……漸く、尻尾を掴みました」

 

 

 彼女の視線の先。GPSが示す赤い点の位置に、一台の白いトラック。そして、それを厳重に声するように囲む、禍々しい黒い装甲車や戦車の群れ。

 

 

「ターゲット確認。装甲車を含めた車列を確認しました」

「あれが、セリカちゃんが乗せられているトラックですね……!」

 

 

 一見しただけでも、これはただの誘拐ではないことが分かる。その規模は、軍隊規模の移送作戦そのものだった。

 

 

「……私が行く」

 

 

 シロコが静かに宣言し、ドローンを手に立ち上がる。

 

 

「あの装甲車が邪魔。ここから排除する」

「……どうぞ、シロコさん」

 

 

 イシュメールの了承を受け、車を飛び出し軽やかに荷台へ飛び移ると、ドローンに付属されていたスターターロープを勢いよく引き抜いた。

 

 ブゥン!とエンジンが唸り、プロペラが回転を始める。

 空中で静止したドローンは、シロコの視線とリンクするように、その機首が敵の装甲車を捉えた。

 

 

「……発射」

 

 

 シロコの無感情な掛け声と同時に手元のスイッチが作動し、ドローンの側面からミサイルが射出される。

 白煙を引いて飛翔した弾頭は、吸い込まれるように最後尾の装甲車へと突き刺さった。

 

 

 ドォォォンッ!!

 

 

 轟音と爆炎が発生し、黒い装甲車が横転して砂漠に転がる。

 

 

「くぅーっ!いいねぇ、シロコちゃん!」

「感心している暇はありません。このまま包囲網に入りますよ!」

 

 

 後方の歓声を背に、イシュメールはアクセルを強く踏み込んだ。

 車体は悲鳴を上げ、爆炎の横をすり抜けるように疾走する。

 

 

「わっ!?おい、もう少し優しくできねぇのか!?」

「口を開けば悪態ばかりですね……少し黙っ──」

 

 

 罵詈雑言が飛び交う車内を、至近距離での爆発音が強制的に黙らせた。敵の砲撃がタイヤ付近に着弾したのだ。

 

 車体は大きく跳ね上がり、スリップしながら砂山へと突っ込む。

 

 

「きゃあっ!?」

「チッ、やられたか」

 

 

 ガクン、と強い衝撃と共に車が停止する。

 

 

「だ、大丈夫ですか!?」

「……操縦が効かなくなりました」

 

 

 イシュメールが何度アクセルを踏んでも、エンジンが虚しく唸るばかりだ。

 

 

「これ以上は的になるだけだね〜。とりあえず降りようか」

 

 

 ホシノが冷静に判断し、ショットガンを手に率先して車両から飛び降りる。

 

 彼女に続いて一行が砂の大地に降り立った瞬間──猛烈な弾幕が襲いかかった。

 機関銃の掃射と、断続的な砲撃。砂煙が舞い上がり、視界を塞ぐ。

 

 

「どうしましょう……敵陣まで距離がありすぎます!」

 

 

 現在地と敵の車列との間には、数十メートルの何もない砂漠が広がっている。遮蔽物の一つもないこの場所で、足を止めて撃ち合うのは自殺行為だ。

 

 

「ん。もう一度、ドローンで強襲する?」

「今度は敵の注意も引いてしまっているので、難しいと思います」

「はぁ〜、嘘でしょ?こんなの所まで来て詰みってありえる〜?」

 

 

「……いえ、打開策なら、一つだけあります」

 

 

 誰もが歯噛みするこの状況の中、イシュメールが立ち上がり、自信を持って告げる。

 

 

「打開策って……何するのさ?」

「まぁ、賭けになりますけどね」

 

 

 彼女は静かに答えると、メイスを肩の高さまで掲げた。その構えはまるで、獲物を狙う漁師が「銛を投げる」ような仕草だった。

 

 

「ちょっと待ってください!メイスを投げるだけで、本当にこの状況をひっくり返せるんですか?」

「……少し、黙ってもらえますか?今、集中しているので」

 

 

 アヤネの悲鳴じみた問いを、イシュメールは冷徹に遮る。

 彼女はそのまま、ゆっくりと瞼を閉じた。

 

 

「あぁ〜、なるほどね?分かるでしょ、ヒース?」

「ん?あぁ、アレだろ?」

「ん、さっきから言っているけど……アレって何?」

 

 

 シロコが疑問を問いかけた瞬間──戦場に似つかわしくない、硝子が割れるような甲高い音が響いた。

 

 その音が立てられるのと同時に変化したイシュメールに、生徒たちが息を呑む。

 

 乾いていたはずの彼女の体は、蒸発を知らない潮の匂いを充満させた海水で濡れている緑の船員服に覆われていた。そして手にしていた無骨なメイスや盾は、ロープで結ばれた銛や木の盾にすり替わっている。

 

 

「私の見つけた、私だけの航海術……」

 

 

 己の自我を発現させ、表面まで汲み上げられたその力を、「E.G.O.」と言う。

 

 カッ、とイシュメールが目を見開くと同時に、全身全霊の力を込め、彼女はその銛を投擲した。

 

 勢いよく投擲された銛は、濡れたロープで軌道を作り、乾いた砂漠の上に雫を降り注がせる。そしてロープがピンと張る頃には────

 

 

 ズドォン!

 

 

 数十メートル先の白いトラックの荷台に、銛が深々と突き刺さった。

 

 

「捕まえました……!」

 

 

 イシュメールがロープを強く握りしめ、後方へ力を込める。鋼鉄のトラックが、たった一人の腕力によってロープを伝って引っ張られていくのが確認できた。

 

 

「えっ!?何ですか、これは!?」

「まるで魔法みたいですね……」

 

 

 アヤネとノノミが、目の前の異常現象に心を奪われている最中に、ロージャが後ろから喝を入れる。

 

 

「ほ〜ら、あなたたち!ロープが切れたら大変でしょ?とりあえず向こうの攻撃を牽制してくれる?」

「あっ、わかりました!」

 

 

 遠距離手段を持たない囚人たちに見守られる中、生徒たちは己の銃を構え、敵地へ向かって発砲し始めた。

 

 弾丸が飛び交う戦場の中、白いトラックはゆっくり、しかし確実にこちら側に引き寄せられている。それと同時に、敵の勢いも減っていった。

 

 

「…っ、はぁ……はぁ……やりました……」

 

 

 白いトラックも眼前まで迫ると、イシュメールはE.G.Oを解除し、疲弊したようにその場で膝をついた。

 

 E.G.O.はそんな簡単に乱用できるものではない。大方のE.G.Oは強力な力を扱える代わりに、それ相応の精神力という対価を支払うものだ。

 

 

「ありがとうございます、イシュメールさん♪」

「おし、これで開けれるな」

 

 

 一行はトラックの荷台へ駆け寄り、シャッターをこじ開ける。

 開くと同時に、中に充満していた冷たい空気が頬を撫でた。そして風の発生源を目で追った先にあった暗闇の中には────

 

 

「わっ……わぁっ?」

「セリカちゃん!」

「ん、半泣きのセリカだ」

 

 

 手足を縛られたまま、頬に涙が伝うセリカの姿があった。

 

 

「可愛いセリカちゃん、そんなに寂しかったの?」

「その涙、私たちが拭いてあげますからね☆」

「うわーっ、やめてってば近づくなーっ!」

 

 

 今にでも泣き出しそうなセリカに、ホシノとノノミが駆け寄り手足の拘束を解いたり、慰めたりと、彼女を丁寧に扱う。

 

 

「なんだコイツら……こんな戦場のど真ん中で、よく馬鹿げたことできるな?」

「まあまあいいじゃないの〜ヒース、それともここで馴れ合いしてく?」

 

 

 ロージャは馴れ馴れしくヒースクリフの肩に腕をかけようとするが、微妙そうな表情で軽くあしらわれてしまった。

 不満げに眉を下げるロージャのもとに、疲れ果てたイシュメールがにじり寄ってくる。

 

 

「あなたたちまで馬鹿やってたら死にかねませんよ……」

「一番死にそうな顔している人に言われてもねぇ?」

「……はぁ」

 

 

 夕陽色の髪を揺らす囚人は、ぼそっと溜息を吐き、トラックの荷台へ視線を向けた。

 

 中では対策委員会の全員がじゃれあっている平和ボケした光景が、暗闇の中でもくっきりと見える。

 ……なんで戦場の中でこんな茶番ができるのか。ヒースクリフと同意見だった。

 

 

「……とりあえず、全員無事なら撤収を──ん?」

 

 

 イシュメールの言葉が止まる。

 彼女の鋭い観察眼が、生徒たちの奥──荷台の最深部に置かれた「黒いケース」を捉えたからだ。

 

 

(あれは?)

 

 

 イシュメールは顔色を変え、荷台へと駆け寄ろうとした。

 

 

「どいてください!そこに──」

 

 

 その言葉は、最後まで紡がれることはなかった。

 

 

 ヒュゴオオオオオッ────!!

 

 

 空気を切り裂く、甲高い風切り音。

 戦場慣れした囚人たちは、それが「死」の接近を告げる音だと瞬時に理解する。

 

 

「た、対空砲!?」

「お前ら伏せ──!!」

 

 

 囚人の警告や抗おうとする行動も虚しく、世界は白く染まった。

 

 

 ズドドドォォォォッ!!

 

 

 鼓膜を強烈に穿つ轟音。トラックごと吹き飛ばしかねない衝撃。それらが「寸前」までしか及ばないのは、着弾地点が至近ではなかったからだ。

 

 

「ううっ……けほっ、けほっ……!」

「み、みなさん無事ですか!?」

 

 

 数秒後。砂煙の中から、ホシノやセリカが身を起こす。

 ヘイローの加護のおかげで、彼女たちは煤汚れと打撲程度で済んでいた。トラックは大きく形は変えていたが、中まで被害が及ぶものではない。

 

 

「よかった……それにしても、いきなり撃ってくるなんて」

「先生たちのおかげで助かったわね。……おーい、先生〜?」

 

 

 世界が白に染まり切る前、彼女たちの目には、あの先生たちの姿があった。

 

 セリカが砂煙の向こうへ声をかける。

 無駄に生存力が高い彼らのことだ。「危ねぇな」と悪態を吐きながら立ち上がってくるはずだ。

 

 

 

 だが、返事はなかった。

 

 

 

 風が砂塵を晴らしていく。そこに残されていたのは────

 

 

「…………え?」

 

 

 ひしゃげた原形を留めていない金属の盾。

 

 

 

 折れたバット。

 

 

 

 そして、赤い液体の中に沈む、「かつて人間だったモノ」と焼け焦がれた黒い制服の布切れだけだった。

 

 

「あ……あ、あ…………?」

 

 

 アヤネの口から、引き攣った悲鳴が漏れる。

 セリカが口元を押さえ、その場に崩れ落ちる。

 

 動かない、息をしていない。

 それは気絶などではない。キヴォトスの常識ではあり得ない「死」そのものだった。

 

 

「……嘘?嘘、嘘嘘嘘嘘嘘嘘っ!?」

 

 

 受け付けられない凄惨な光景を目の前に、ホシノは急いで駆け寄り、目の前に転がる肉片に必死に声をかける。

 

 

「ねぇ、起きてよ!起きてよヒースクリフったら!!先生ったら!!」

 

 

 だが、その悲痛な叫びは誰にも届かず、虚しくも砂漠に吸い込まれていく。

 目の前の人間はもう死んでいるのはわかっているはずなのに、魂がそれを否定し続けている。

 

 

「どうしてっ!!!!どうしてぇっ!!!??」

 

 

 感情の激流はホシノですらせき止めることは出来ず、血溜まりの中で膝をついてしまった。そして血溜まりに浮かぶ折れたバットを拾い上げ、それに縋りつくように嗚咽を漏らす。

 

 

「先生たちは……脆い……あまりにも……私たちが前に出る、はずだったのに……」

 

 

 シロコは泣かなかった。いや泣くことすらできないほど、心中には虚無で塗りつぶされていた。

 

 先生たちの体が脆かったことは、出会った当時から分かりきっていたはずだ。それなのに、先生たちは強い。そんな軽率な考えが、彼らを殺めてしまった。

 

 

「いやっ……いやです……死ぬなんて」

 

 

 ノノミがそのばで泣き崩れる。

 それは現実を否定するための、生への必死な祈りだった。だが祈りが届くことはない。目の前に広がる赤黒い惨状は、決して巻き戻らない現実としてそこに有り続けていた。

 

 

 お通夜のような静寂。

 それを破ったのは、無神経な重低音だった。

 

 音が響く方向へ静かに首を傾けると、ヘルメット団員が搭乗している黒い戦車の砲台が、こちらに向けられていた。

 

 

 生命への冒涜すら感じられるその無慈悲さ。

 ホシノの喉から漏れていた嗚咽が、ぴたりと止まった。

 

 

「……」

 

 

 彼女はゆっくりと立ち上がる。

 その手には、ヒースクリフの形見となった「折れたバット」と、自身のショットガンが握り締められていた。

 

 俯いていた顔を上げる。

 その瞳からは、涙も光も、感情という感情が全て消え失せていた。

 

 ただ残っているのは、底なしの虚無と、全てを凍てつこうとする殺意だけが渦巻いていた。

 

 

「……空気の読めない奴だな」

 

 

 それ以上は語らない。彼女の背後で、強い憤怒と深い憂鬱を抱いた生徒たちが、乱暴に涙を拭い去り、無言で武器を構える。

 

 

 長い悲しみはここまで。

 今はただ、目の前の鉄屑を──自分たちの大切な先生を奪った理不尽を、この世から消し去る時だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★★★★★

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三度目の意識の浮上は、轟音と衝撃と呼び覚まされた。

 

 

〈……また、か〉

 

 

 正直言って、今の気持ちは恐怖を通り越して呆れだ。

 

 ……とりあえず、まずは記憶を遡ろう。

 確か、黒服っていうイカれた野郎が勧誘しに来て、それを断ったら兵器の一部にするとか言って……首元に何かを打たれて気絶したのが最後だ。

 

 いや、それにしてもあまりにも情けない。どうにか死なないように虚勢張っていたというのに、私は呆気なく眠らされて、荷物として出荷されてしまったわけだ。

 

 

〈……反省は後にしよう。まずはここから出る算段を考えなければ〉

 

 

 私は辺りを見渡すが、そもそもそんなことができるスペース自体設けられていない。どうやら私は頑丈なケースの中にいるらしい。私の炎が唯一の照明だった。

 

 まずは無理やりこじ開けてみる……びくともしない。

 次は助けを呼んでみようか?いや、そもそも私の言葉を理解できる人なんて、囚人以外そうそういないだろう。

 

 ……結局、考えられる手は全て詰みか。

 

 

〈うーん、どうしようか……〉

 

 

 途方に暮れて上を見上げた、その時。

 暗闇の天井に、一条の光が差し込んでいる事に気がついた。

 

 さっきの衝撃で壊れたのか?

 なんだ、出口があるじゃないか。

 

 早速私はその穴を無理やりこじ開けようと手を伸ばす。指先の感触で分かったが、どうやらこの亀裂はケースのファスナー部分が弾けて出来たもののようだ。

 

 ということは、この穴をレールに沿って広げれば……。

 

 予想通り、布が裂ける音と共に、世界が縦に開かれた。

 眩い砂漠の陽光と、鼻をつく硝煙の匂い、そして濃密な血の臭いが一気に流れ込んでくる。

 

 

〈さ、砂漠?なんだここは……さっきから世界が二転三転しすぎだろ〉

 

 

 白い電車から始まり、薄暗い部屋、そして砂漠のど真ん中。私は不思議な旅でもさせられているのか?ここは「都市」なのか、それとも…………?

 

 思考を巡らせようとしたその時、私の耳に少女のすすり泣く声が届いた。

 

 

〈……誰か、泣いているのか?〉

 

 

 行くあてのない以上、声が聞こえた場所に向かうのが得策だろう。

 私はケースから這い出し、砂に足を取られながら、その声の方へと歩み寄った。

 

 

「ごめんな、さい……私が、弱かったから……」

 

 

 黄色い砂漠の中で、そこだけインクをこぼしたように毒々しく赤く染まっている場所がある。その血溜まりを囲むように、五人の少女たちが膝をつき、項垂れていた。

 

 その中の一人、見覚えのある人物がが目に止まる。

 ピンクの髪に、小柄な体格。あの薄暗い部屋で出会った少女だ。だが今の彼女に、あの時の冷徹な面影はない。ただの無力な子供のように、肩を震わせていた。

 

 彼女らが涙を流すその先には、一際大きい血溜まりと肉塊があった。誰か死んでしまったのだろうか。気の毒に。この世界もまた、都市と同じく過酷な場所のようだ──。

 

 他人事のようにそう思った、次の瞬間。

 視界の端に、どこか見たことがあるガラクタが映った。

 

 ひしゃげた盾とメイス。あんな特徴的な武器を持つ人物なんて、私の知る限り一人しかいない。

 

 ────まさか、これは……。

 

 私はもう一度、血溜まりの方へ視線を戻す。

 散らばる肉片と、見慣れたコートの切れ端。

 

 ……ああ、なるほど。この無惨な残骸は、私の囚人たちか。

 

 

〈……また、か〉

 

 

 悲しみも、激しい怒りも湧いてこない。

 湧き上がったのは、また彼らが私の見ない間にやらかしたのかという呆れだけだった。いや、こんな近い場所で死んでいるということは、私を助けに来た可能性もあるだろう。そう信じたい。

 

 とりあえず……時間を巻き戻す必要がある。

 

 

〈……まずは慰めないと、か?〉

 

 

 とりあえず私は、唐突に時間を巻き戻すのではなく、囚人の死に悲しんでくれる目の前の少女たちを、それっぽく慰めておこう。

 ……死にゆく仲間に泣いてくれるとは、ここの住民は、都市の連中よりとても慈悲深いらしい。

 

 私は嘆き悲しむ少女たちの一人、ピンク髪の少女に近寄った。

 

 

「……えっ?き、君は……」

〈大丈夫だ、囚人たちは戻ってくる〉

 

 

 どうやら彼女は私のことをうっすらと覚えていたようだ。私を見殺しにした相手だが、今はそんなこと言っている場合ではない。

 

 私は慰めるように、時計の音を鳴らしながら彼女に声をかけた。もちろん言葉が通じる訳もなく、彼女は涙目のまま、唖然とした顔で「チクタク音」を聞いている。

 

 ……まあ、意思表示はした。

 私は少女たちの間を通り抜け、血溜まりの前に立つ。

 そしてなんてことのないように、時計の針を巻き戻した。

 

 

〈……ぐっ!!??〉

 

 

 私の体を襲ったのは、今までに感じたことのない痛み。

 囚人の体が跡形もなく爆破した時の痛みは何度も感じてきたはずなのに、今回の苦痛はどの苦痛よりも、鋭く、重かった。

 

 骨が砕け、肉が裂け、臓物が破裂し、血管が蒸発し、脳が焼け落ちる感覚が、我が事のように奔流する。

 

 

「ひっ……!?な、なに……これ……!?」

「体が……戻って……!?」

 

 

 私の苦痛とは裏腹に、囚人たちの時間が、概念が遡上する。

 飛び散った血が生き物のように集まり、肉が骨を包み、裂けた血管が繋がり──無惨な肉塊が、元の囚人の形へと組み上がっていく。

 

 少女たちの悲鳴が聞こえる。無理もない。死体が蘇るなど、この世界では奇跡か、あるいは悪夢でしかないのだろう。

 

 ────大丈夫だ。こんな痛みも、こんな場所で過ごすことになってしまった以上、慣れてしまうのだから。

 

 

「……ん?な、なんだ?身体が……あっ」

 

 

 ヒースクリフが体をさすりながら、何事もなかったかのように身を起こす。

 

 

〈……久しぶりだね、ヒースクリフ〉

「お、おう……時計ヅラじゃねぇか?なんでこんな所にいんだ?」

〈さぁ、私にもさっぱり。というか君たちは私を探しに来たんじゃないの?〉

「いえ……こんな場所でダンテさんと会うのは、完全に予想外でしたよ」

 

 

 今しがた再生を終えたイシュメールが、髪を払いながら淡々と答える。心外だ。どうやら私は、彼らの捜索リストの最上位ではなかったらしい。

 

 

〈そんな……私がいなかった時どうしてたんだ?〉

「……ファウストさんが言ってました。『因果は巡り、出会うべき時に出会う』と」

「要するに、適当にやってりゃそのうち会えるってことだったんでしょうね」

 

 ロージャも起き上がり、軽い調子で肩を竦める。

 

 変わりのない囚人たちとの会話。

 だが、私たちの日常は、誰かにとっては異常だった。

 

 

「え……?」

「な、なんですか……今の……?」

「生き返、った……?」

 

 

 呆然と立ち尽くす五人の少女。

 彼女たちは、目の前で繰り広げられる奇跡と会話に、言葉を失っていた。

 

 燃える時計頭の男。

 巻き戻る死体。

 そして始まる、緊張感のない会話。

 

 その光景は、少なくとも彼女たちの理解の範疇を超えていた。

 

 

〈えーっと……大丈夫?〉

「……あはは、これはちょっと混乱しちゃうわね」

 

 

 どうしようもない状況の中、イシュメールが前へ出た。

 

 

「言いたいことは分かりますが……まずは帰還しましょう」

 




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