呪術廻戦〜蒼風を纏う者   作:腹黒薩摩

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今後も頑張りますので、宜しくお願いします


懐玉・玉折編
第1話


――九州某県

 

 古びた街灯が放つオレンジ色の光が、苔むした石垣をぼんやりと照らしていた。

 

 無数の傷が刻まれたその石垣は――弾痕、刃の痕、時代の爪跡――声なく、しかし饒舌に、この地が歩んできた激動の歴史を語り続けている。

 

 観光地として名が知られているわけではない城址公園。

 

 だが市民にとっては、日常の延長線にある憩いの場だった。

 

 ――本来ならば。

 

 今夜この場所には、生者の気配を拒むような冷気と重圧が満ちていた。

 

 空気そのものが澱み、腐臭にも似た呪力が夜の底に溜まっている。

 

 刈り上げた頭に顎髭を蓄え、サングラスをかけた強面の男が、慎重な足取りで公園内へと踏み入った。

 

 夜蛾正道は一歩進むごとに周囲へ目を配り、呪力の流れに神経を研ぎ澄ませる。

 

(……いるな)

 

 漂う呪力の濃さに、警戒レベルを一段引き上げた。

 

(ガッデム。二級呪霊って話だったが――残穢だけでこの呪力量。最低でも一級、下手すりゃ特級案件だ)

 

 想定を超えた状況に、撤退の二文字を脳裏に浮かべながらも、夜蛾は公園の奥へと足を進めた。

 

 その瞬間だった。

 

 前方の空間が、暗く澱む。

 

 ――おぉぉぉぉおん。

 

 怨嗟に満ちた声とともに、呪霊が姿を現した。溶け崩れた顔が、無差別な憎悪を生者へと叩きつける。

 

 出現と同時に爆発した呪力が、城址公園全体へ波紋のように広がった。

 

 あまりの呪力量に冷や汗を滲ませながら、夜蛾は身構え、全身に呪力を巡らせる。

 

(ガッデム‼ 未登録の特級呪霊か⁉ 俺の手には余るかもしれん――)

 

 死を覚悟した、その瞬間。

 

 風が吹いた。

 

 音もなく、ただ冷たく、淡い蒼を帯びた風が、夜蛾の頬を静かに撫でていった。

 

(……蒼い、風?)

 

 次の瞬間。

 圧倒的な死の気配を放っていたはずの特級呪霊は、悲鳴すら上げることなく蒼い風に溶け――消滅した。

 

 爆発もなく、呪力の飛散すらない。

 残ったのは、張り詰めた静寂だけだった。

 

「……祓った、のか?」

 

 夜蛾が呟いた直後、背後で足音がした。

 振り返ると、そこに立っていたのは中学生ほどの少年だった。

 

「一応聞くけど、人間だよな、あんた」

 

 口元に薄い笑みを浮かべ、少年は気軽な口調で問う。

 

「お前が祓ったのか?」

 

 夜蛾は問いに問いで返した。

 

「質問してるのは俺なんだけど。まぁいいや、どう見てもアイツらと同類には見えないし。

 ――祓ったのは俺だけど、何? 助けてあげたんだから、お礼でもしてくれんの?」

 

 夜蛾は少年を観察する。

 

 ――異質。

 

 呪力はほとんど感じられない。だが、つい数秒前まで特級呪霊を消し去った残穢だけが、確かにこの少年を中心として漂っていた。

 

「……助けられたことには礼を言う。だが――お前、どこで呪術を学んだ?」

 

「呪術?」

 

 少年はきょとんとした顔をしたあと、鼻で笑った。

 

「知らない。独学」

 

 あまりにも軽く、さらりと言う。

 まるで「自転車の乗り方を覚えた」とでも言うかのように。

 

「気づいたら、風が言うことを聞くようになっててさ。アイツみたいな変なのが寄ってくるから、掃除してるだけ」

 

 夜蛾は言葉を失った。

 

「……今まで、ずっと一人でか?」

 

「他に誰か見えるの?」

 

 少年は首を傾げる。その仕草は、あまりにも無自覚だった。

 

「……あんたは?」

 

「夜蛾正道。呪術師だ」

 

「……へぇ」

 

 少年は目を細める。

 

「初めて会った。俺以外の、ソレ」

 

 その声には、ほんの僅かな安堵が滲んでいた。

 

「で? その呪術師さまは、助けたお礼に何をしてくれるの?」

 

「……来い」

 

「は?」

 

「呪術師が学ぶ学校がある。お前は、そこへ行くべきだ」

 

 少年はしばし沈黙し、困ったように笑った。

 

「悪いけどさ。群れる趣味、ないんで」

 

「それでもだ」

 

 夜蛾の声は重かった。

 

「お前は、才能がありすぎる。放っておけば、自分で自分を壊しかねん」

 

 沈黙。

 夜風が二人の間を静かに抜けていく。

 

「……ふーん」

 

 少年はしばらく夜空を仰ぎ、それから口を開いた。

 

「じゃあ、一つだけ条件」

 

「なんだ」

 

「助けたお礼に、学費とか生活費とか諸々の費用はそっち持ちね」

 

「ガッデム」

 

 夜蛾はため息混じりに、それでも笑った。

 

「お前の名前は?」

 

「神凪颯真」

 

 蒼い風が、わずかに揺れた。

 

 この夜、呪術界は――

 五条悟とは別の方向に、最悪の才能を拾い上げた。

 

---

 

――高専二年・神凪颯真

 

 呪術高専の訓練場には、今日はやけに風が通っていた。

 

 人工的に整えられた広場。結界によって外界と切り離されたその空間は、呪術師の鍛錬の場としてはあまりにも静かだった。

 

「……ねぇ傑、あれ本当に人間?」

 

 白髪の一年生――五条悟が、訝しげに目を細めて呟く。

 

 視線の先に、一人の術師が立っていた。

 

 無駄のない引き締まった肢体は、日々の修練を雄弁に物語る。

 

 整った顔立ちは常に冷静で、わずかに吊り上がった双眸には鋭い知性が宿る。

 光の加減で深い色合いを帯びる黒髪が、風に揺れる――はずだった。

 

 だが、風は彼を避けていた。

 

 まるで、その存在そのものが空気の流れを支配しているかのように。

 

「神凪颯真。二年。学生ながら外の任務が多い」

 

 隣で夏油傑が淡々と補足する。

 

「"蒼天を従える者"、"最強の風使い"。特級相当だが、公式には一級術師だ」

 

「へぇ……」

 

 悟は口角を上げ、楽しげに笑った。

 

「じゃあ噂の先輩って、この人か。"蒼天を従える者"、だっけ。……正直、盛りすぎだと思ってたんだけど、実物見たら噂のほうが大人しかった」

 

 その瞬間だった。

 

「お前ら、ストーカーか? 野郎に覗き見される趣味はないんで、やめてくれないか」

 

 声が、背後から響いた。

 

 二人が振り返るより先に――風が鳴った。

 

 次の瞬間、視界が切り替わる。

 

 遠くに立っていたはずの神凪颯真が、いつの間にか目の前にいた。距離を詰めた気配すらない。

 

「で、お前ら、何者だ?」

 

 冷え切った視線。剥き出しの殺気が、肌を刺す。

 

 だが、悟と傑は怯まなかった。

 

「はじめまして。一年の夏油傑です」

 

「俺は五条悟。俺たちのこと、知ってるでしょ?」

 

 その言葉に、颯真の殺気が嘘のように霧散した。

 空気が、凪ぐ。

 

「……正道が言ってた問題児どもか。雁首揃えて、何の用だ?」

 

 露骨に面倒くさそうな声音だった。

 

「噂に名高い神凪先輩の実力を、拝見したいと思いまして」

 

「可愛い後輩に、胸を貸してくださいよ、先輩っ!」

 

 言葉と同時に、傑は呪霊を解き放つ。質より量――空間を埋め尽くす呪霊の群れ。

 

 悟はサングラスを外し、六眼を開く。

 

(――呪力の流れが、"自然すぎる")

 

 違和感。術式として成立していないはずの動き。

 

「まぁ、胸を貸すくらいは構わないけどな」

 

 颯真はため息をついた。

 

「……けど?」

 

「面倒くさい。今日は久しぶりのオフなんだよ」

 

「本当は勝てないと思ってるから逃げてるだけじゃないの?」

 

 悟が挑発する。

 

「ここで手合わせしても、俺にメリットがない」

 

「最強と戦えた経験が積めるよ?」

 

 颯真は心底呆れたように、長いため息をついた。

 

「却下」

 

 背を向ける。

 

 ――その背中に、悟が踏み込んだ。

 

 必中距離。迷いのない一撃。

 

 だが。

 

 空間が、歪む。

 

「はいはい」

 

 無防備だったはずの颯真が消え、次の瞬間には悟の背後に立っていた。

 

(六眼で捉えていたのに――見えなかった⁉)

 

 同時に、傑の呪霊が襲いかかる。挟撃。逃げ場なし。

 

「悪いですけど先輩、私も興味があるんですよ。先輩の実力に」

 

「……面倒くせぇ」

 

 颯真が息を吐いた瞬間、風が走った。

 

 不可視の刃。呪霊たちは悲鳴を上げる間もなく、細切れになって霧散する。

 

(術式の起こりが、見えない……‼)

 

 逡巡した、その一瞬。

 

 颯真はすでに、傑の懐にいた。

 

「しまっ――」

 

 反射的に放った傑の拳を、颯真はわずかに身を傾けて受け流す。触れるか触れないかの接触で、螺旋を描く呪力が傑の重心を狂わせた。

 

 拳は虚を切り、足を払われ、傑は地面に叩きつけられる。

 次の瞬間、頭部を踏み抜かれた。

 

 視界が白く弾ける。意識が沈む。

 

「傑‼」

 

 悟が叫んだ瞬間、颯真の拳が迫る。

 

 無下限を展開する。絶対防御。

 

 だが。

 

 拳は、触れた。

 

 無下限を越え、悟を殴り飛ばす。

 

 地面を転がる悟。

 

「……手合わせしても、得しないと言っただろ」

 

 颯真は、倒れ伏す二人を静かに見下ろした。

 

「……はは。私たち二人相手に、その余裕か」

 

「パイセン、どうやって俺の術式を突破したの?」

 

「企業秘密だ」

 

 颯真は悪戯っぽく笑う。

 

「夏油。量は確かに力だが、質が低すぎる。もっと強い呪霊を取り込んで手数を増やせ」

 

「……はい」

 

「そして五条」

 

 歩き去りながら、言い捨てる。

 

「この世に絶対なんてない。お前の無下限も六眼も確かに強力だが、今みたいに抜こうと思えば抜きようはいくらでもある。油断してると死ぬぞ」

 

 ひらひらと手を振り、颯真は去っていった。

 

 残された二人は、苦笑する。

 

「……ねぇ、傑」

 

「何だ」

 

「いつか、二人でパイセンをぶっ飛ばそうぜ」

 

 悟は、心底楽しそうに笑った。

 

「当たり前だ。私たちは最強になるのだから」

 

 ――この日。

 最強を自称していた五条悟と夏油傑は、

 初めて"敗北"を知った。

 

夏油傑は救済されるべき

  • このまま救済されるべき
  • 羂索は夏油の頭でメロンパンしないと
  • 虎杖ママメロンパンが見たい!
  • サマーオイル教師は見たくない
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