呪術廻戦〜蒼風を纏う者   作:腹黒薩摩

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第10話

――星漿体天内理子護衛、三日目。同化当日、午後三時。

呪術高専東京校、筵山麓。

 

 高専の敷地内へと天内と黒井を連れて辿り着いた傑と悟は、ようやく肩の力を抜いた。

 

 ここは天元が張り巡らせた高度な結界の内側。

 未登録の呪力が侵入すれば即座に察知される、聖域だ。

 

「皆、お疲れ様。高専の結界内だ」

 

「これで一安心じゃな!」

 

「……ですね」

 

 努めて明るく振る舞う天内の声に、黒井はどこか寂しげに頷いた。

 妹のように慈しんできた主人との別れが、刻一刻と近づいている。

 その事実を、否応なく突きつけられていた。

 

 そのすぐ傍らに立つ悟は、しかし安堵とは程遠い表情をしていた。

 疲労の色が濃く、瞼の下には隠しきれない影が落ちている。

 護衛期間中、悟は術式を常時展開し続け、ろくな睡眠も取っていなかった。

 

「悟、本当にお疲れ」

 

 傑が改めて労う。

 この任務の成否を支えた立役者は、疑いようもなく彼だった。

 

 悟は三日ぶりに術式を解き、大きく息を吐く。

 

「二度とゴメンだ、ガキのお守りは」

 

「おっ?」

 

 ――トスッ。

 

 憎まれ口に天内が怒りの表情を浮かべた、その瞬間だった。

 

 悟の胸元に、刃が生えた。

 

 一瞬の静寂の後、衝撃が悟と傑を同時に貫く。

 

(馬鹿な……! ここは高専結界の内側だぞ!!)

 

 想定外の事態に動揺しながら、悟は自分の背後に立つ襲撃者へと視線を向けた。

 

「アンタ、どっかで会ったか?」

 

「気にすんな。俺も苦手だ、男の名前を覚えんのは」

 

 背後から悟を刺した男――"術師殺し"伏黒甚爾が、不敵に笑っていた。

 

 その脳裏には、かつて出会った一人の少年の姿が蘇る。

 

 ――五条悟、その幼き頃。

 

 六眼と無下限術式を併せ持つ、神童。

 甚爾は興味本位で、その天才児を見物しに行っただけだった。

 呪力を一切持たない自分が術師に気取られたことなど、それまで一度もない。

 

 だが、その時だけは違った。

 

 かなりの距離を保ち、背後から覗き見していただけだったにもかかわらず、悟は正確にこちらを捉えた。

 六眼が、甚爾を射抜いていた。

 

(後にも先にも、背後に立った俺が気取られたのはあの時だけだった。……だから削った。オマエが鈍るまで)

 

 一瞬の回想。

 その隙に、悟と傑は体勢を立て直し、同時に術式を展開する。

 

 悟が空間を収束させ、甚爾のバランスを崩す。

 傑は巨大な呪霊を呼び出し、甚爾を丸呑みにさせた。

 

「悟!!」

 

 呪霊が甚爾を飲み込んだのを確認すると、傑は即座に悟の元へ駆け寄る。

 心配をかけまいと、悟は無理に笑顔を作り、掌を向けた。

 

「問題ない! 術式は間に合わなかったけど、内臓は避けたし、その後呪力で強化して刃をどこにも引かせなかった。

 ニットのセーターに安全ピン通したみたいなもんだよ。

 マジで問題ない!」

 

 そう告げながらも、視線は油断なく、呪霊を見据えている。

 

「天内優先。アイツの相手は俺がする。傑達は先に天元様のところへ」

 

「油断するなよ」

 

 一瞬の逡巡の後、傑は悟を信じる決断を下し、天内と黒井を連れて高専の奥へと走り出した。

 

「誰に言ってんだよ」

 

 次の瞬間、芋虫型呪霊の腹が内側から切り裂かれ、血塗れの甚爾が姿を現す。

 その手には異質な呪力を放つ刀。胴には別の呪霊が巻き付いていた。

 

(さっき俺を刺した刀とは違う……それに体に巻いている呪霊もどこから出てきた? 得体が知れない。クソっ!!)

 

 辺りを見回した甚爾は、すでに天内の姿が消えていることを確認する。

 

「星漿体がいねぇな。できれば五条悟(オマエ)はさっきので仕留めたかったんだが……ナマッたかな」

 

 やれやれと後頭部を掻く甚爾。

 悟は刺された傷など意にも介さぬ様子で、静かに相対した。

 

「天内の懸賞金はもう取り下げられたぞ、マヌケ」

 

「俺が取り下げたんだよ。ヤセ我慢」

 

 平然と振る舞う悟に、甚爾は淡々と続ける。

 

「オマエみたいに隙がない奴には緩急つけて、偽のゴールをいくつか作ってやるんだ。

 盤星教の奴らが沖縄行った時は笑ったけどな。

 懸賞金の時間制限がなければ、オマエは最後まで術式を解かなかったと思うぜ」

 

 すべてがこの男の手の中だったと悟は理解し、静かに呪力を練り上げる。

 

「あっそ」

 

 空間が収束する。

 轟音とともに周囲の木々が薙ぎ倒され、一帯の建造物が吹き飛ぶ。

 甚爾の身体が弾き飛ばされ、土煙が舞い上がった。

 

 だが。

 

 一瞬崩れた体勢から、甚爾は即座に立て直す。

 土を蹴り、呪霊から十手状の呪具を引き抜いた。

 

(速いッ!! 瞬間速度はパイセン並か……それに、速さだけじゃない。コイツ、呪力が全くない!!)

 

 天与呪縛のフィジカルギフテッド。呪力という"枷"を捨てた代わりに、人間の限界を遥かに超えた肉体を得た存在。

 

(動きが、全く読めない!!)

 

 甚爾は木々や建物を蹴り、立体的に跳躍しながら斬りかかる。悟は全力で術式を展開し、接近する甚爾を弾き飛ばした。

 

(俺の術式を知ってコソコソしてたんだろ? そんな奴が無策で近づいてくるとは思えない。特に、今取り出したあの呪具……)

 

「虎の子か? 残念、寄らせねぇよ」

 

 弾き飛ばしたはずの位置に、甚爾はいない。

 

(いない! 呪力がないから気配も読めない……いや、アイツの身体に巻き付いてる呪霊、そっちの気配を読めばいい)

 

 しかし速すぎる。特定できない。悟は歯噛みした。

 

(……速すぎんだろ!!)

 

「仕方ねぇな」

 

 悟は静かに息を吐き、呪力を一点へ収束させた。

 

「術式順転、出力最大――『蒼』」

 

 轟音。圧倒的な収束が炸裂し、建造物も木々もすべてが消し飛ぶ。一帯は、息をのむほど静かな更地と化した。

 

(遮蔽物なし。奇襲は出来ない)

 

 悟が再度呪霊の気配を探ると、森の中に反応があった。

 

「森に隠れたか……」

 

 その瞬間、無数の蠅頭が森から飛び立ち、悟を包囲する。

 

(……あの呪霊の中に飼っていたのか)

 

「蠅頭をチャフのように使おうってわけね」

 

 再び『蒼』を放とうとした、その刹那。

 

 悟の脳裏に、鋭い予感が走った。

 

(……待て。アイツの狙いは天内――!)

 

 気づいた時には、すでに遅かった。

 

「ようやく、術式頼りの守りに回ったな」

 

 懐に潜り込んだ甚爾が、十手型の呪具を悟の喉元へ突き立てた。

 

 ――特級呪具『天逆鉾』。

 

 発動中の術式を、強制解除する刃。

 

 無下限の防御が、剥がれる。

 

 刃が、肉体を貫く。

 

 悟は震える手で甚爾の腕を掴もうとした。

 だがその膂力は、抗えるものではなかった。

 喉から腹部へ、刃が走る。そして腹部に、再び突き立てられた。

 

 何度も。

 

 何度も。

 

 血が地面を染め、悟は膝から崩れ落ちた。

 視界が揺れ、呪力の感覚が遠ざかっていく。

 最強たる所以の無敵の盾が、三日間一度も折れることなく守り続けた術式が――今、静かに消えていった。

 

「少し、勘が戻ったかな」

 

 甚爾は静かに呟き、天逆鉾を一振りして血を払った。

 

 血の海に倒れ伏す悟を、ただ一度だけ見下ろして。

 

 男は、踵を返した。

夏油傑は救済されるべき

  • このまま救済されるべき
  • 羂索は夏油の頭でメロンパンしないと
  • 虎杖ママメロンパンが見たい!
  • サマーオイル教師は見たくない
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