呪術廻戦〜蒼風を纏う者   作:腹黒薩摩

12 / 49
第12話

 薨星宮から駆け出した甚爾は、突如としてその足を止めた。

 前方に立ち塞がる人影を視界に捉えた瞬間、思わず息を呑む。

 

 ――あり得ない。

 

 そこに立っていたのは、先ほど自分の手で確実に殺したはずの男。

 血にまみれながらも、五条悟は確かに生きていた。

 

「……よぉ、さっきぶり」

 

「……マジか」

 

 甚爾の口から、信じがたいという感情がそのまま零れ落ちる。

 

 先程、颯真は『お前は誰も殺せていない』と言った。

 黒井については、最初から殺すつもりはなかった。

 だが悟は違う。

 殺意をもって、確実に、滅多刺しにしたはずだった。

 だからこそ、あの言葉はただの虚勢――そう判断していた。

 

「大マジ、元気ピンピンだよ!」

 

 悟はそう言って、自らの頭部を指し示す。

 そこにあったはずの致命的な刺し傷は、跡形もなく消えていた。

 

「反転術式か!」

 

 甚爾は即座に結論へ辿り着く。

 悟はその言葉に、誇らしげに大きく頷いた。

 

「正っ解! お前に喉ぶち抜かれたとき、反撃は諦めて反転術式に全神経を注いだ。俺も今まで出来たことなかったけど……まぁ、今まで死にかけたこともなかったしな」

 

 悟の脳裏に、かつて硝子と颯真に反転術式のコツを尋ねた時の光景がよぎる。

 

――ひゅーとやって、ひょいだよ。できない? センスないね。

 

――普通に出来るだろ、呪力を裏返せ。

 一回手本見せてやるから六眼で見て覚えろ。

 ………できねぇの!? センスねぇな。

 

 当時は、その軽口じみた言い草に殺意すら覚えた。

 だが今は違う。

 悟は全身を満たす全能感の中で、静かに、そして確かに笑っていた。

 

「……死に際で掴んだ。呪力の核心を」

 

 声のトーンが、わずかに変わる。

 

「お前の敗因は、俺を首チョンパしなかったことと、頭にあの呪具をぶっ刺さなかったことだ」

 

(ペラペラと……ハイになってるか?)

 

「……敗因? 勝負はこれからだろ」

 

 甚爾は淡々と告げながら、格納呪霊から天逆鉾を引き抜く。

 

「あー? そうか? そうだな、そうかもなぁ!」

 

 次の瞬間、甚爾は人間離れした速度で間合いを詰めた。

 その勢いのまま、天逆鉾が横薙ぎに振るわれる。

 

 だが悟は、紙一重でそれを躱した。

 大きく跳躍すると、宙で体勢を整え、指先を甚爾へ向ける。

 

 反転術式によって生まれた正の(エネルギー)。それを、自らに刻まれた無下限の術式へと流し込む。

 

「術式反転――『赫』」

 

 指先が赤く輝いた刹那、指向性を持った無限の発散が解き放たれた。

 甚爾は回避すら叶わず、衝撃に呑み込まれる。

 木々と建造物を巻き込みながら、その身体は遥か彼方へと弾き飛ばされた。

 

「ハッ、化け物が」

 

 地面に転がり、頭部から血を流しながら、甚爾は吐き捨てるように呟いた。

 

---

 

 吹き飛ばされた甚爾は、肩と腕をゆっくりと回し、自身の身体に異常がないかを確かめた。

 

(骨はイッてねぇな。今の衝撃波が、無下限呪術術式反転『赫』か。

 ①"止める力"――ニュートラルな無下限呪術。

 ②"引き寄せる力"――強化した無下限呪術『蒼』。

 ③"弾く力"――術式反転『赫』)

 

 悟の能力を頭の中で分解しながら、甚爾は格納呪霊へと手を伸ばす。闇の奥から引きずり出されたのは、新たな呪具だった。

 

 ――特級呪具『万里ノ鎖』。

 鎖状の特級呪具。どちらかの末端が観測されない限り、どこまでも伸び続けるという異常な性質を持つ。

 

 甚爾はその一端に天逆鉾を結びつけると、鎖鎌の要領で振り回し始めた。空を裂くたび、銀色の軌跡が鋭く走る。

 

(全て問題なし。

 ①止める力は元より、②引き寄せる力はリーチを得た今、天逆鉾で掻き消すか俺の脚で千切れる。

 ③弾く力は、タイミングさえ外さなければ天逆鉾を盾にしのげる)

 

 対抗策は揃った。迎え撃つ準備は万全――のはずだった。

 

 それでも、胸の奥に、拭いきれない違和感がまとわりつく。

 

「……いや、これでいい。殺す」

 

 悟と視線が交わった瞬間、その違和感を力ずくで押し殺す。

 

 万里ノ鎖に結びつけられた天逆鉾が、再び銀の軌跡を空に描く。

 甚爾を中心に円を描くその軌跡は、悟の接近を拒む防壁と化していた。

 

 悟は、その鎖の結界を静かに見つめていた。

 

(ごめん、天内、傑……)

 

 甚爾が薨星宮の方角から現れたという事実が、すべてを物語っている。

 自分が倒れた後、甚爾は傑と天内を追ったのだ。

 三人の安否は分からない。ただ一つ確かなのは、傑が護衛についていたにもかかわらず、甚爾が無傷でここに立っているという現実だった。

 

(俺は今、お前らの為に戦っていない。誰も憎んじゃいない。今はただただ、この世界が心地いい)

 

「天上天下唯我独尊」

 

 甚爾は鎖を地面へと叩きつけた。

 高速で振るわれた鎖が大地を抉り、砕けた瓦礫が無数に宙を舞う。

 それらはそのまま、悟へ向かう弾丸と化した。

 

 瓦礫の雨を目眩ましに、甚爾は天逆鉾を振るう。

 悟は飛来する瓦礫をかわしながらも、一瞬たりとも甚爾から視線を外さない。

 

(代々伝わる相伝術式のメリットは、先代が築いた術式の取説があること。デメリットは、術式の情報が漏れやすいこと。

 

 アンタ御三家……禪院家の人間だろ。『蒼』も『赫』も、無下限呪術のことはよく知っているわけだ。

 

 だが、コレは五条家の中でもごく一部の人間しか知らない。

 

 順転と反転、それぞれの無限を衝突させることで生成される仮想の質量を押し出す)

 

「虚式――『茈』」

 

 悟の眼前で、蒼と赫――二つの呪力が混ざり合う。

 相反する力が衝突し、紫色に輝く奔流となって収束した瞬間、それは解き放たれた。

 

 圧倒的な破壊力と速度。回避も、防御も許されない、明確な"死"。

 

 それを目の前にして、甚爾の脳裏に、先程から感じていた違和感が鮮明に浮かび上がる。

 

(任務が失敗した今、いつもの俺なら「タダ働きなんてゴメンだ」とトンズラこいている。

 だが、目の前には覚醒した無下限呪術の使い手。

 おそらく現代最強となった術師。

 

 否定したくなった。捩じ伏せてみたくなった。

 

 その時点で、負けていた)

 

 不可避の一撃が、甚爾の腹部を抉り取る。

 

自尊心(ソレ)は捨てたろ」

 

 倒れ伏す甚爾の前に、悟は油断なく立つ。

 

「最期に言い残すことはあるか?」

 

 今際の問いを、悟は静かに投げかけた。

 

 甚爾は答えかけて、止まった。

 

 脳裏に、かつて愛した女性の顔が浮かぶ。

 そして、その後に生まれたはずのひとりの子供の顔が。

 

「……二、三年もしたら、俺の子供(ガキ)が禪院家に売られる」

 

 一拍の沈黙。

 

「好きにしろ」

 

 それだけを言い残し、甚爾の意識は彼岸へと旅立った。

 身体は力なく崩れ落ち、大地に伏す。

 

 風が、静かに吹いた。




いつも閲覧ありがとうございます。

お陰様で、昨日は日間ランキングに93位ですが、名を連ねることができました。

皆様のお陰だと感謝しております。

今後とも時間を見つけて更新していきますので、よければ閲覧をお願い致します。

夏油傑は救済されるべき

  • このまま救済されるべき
  • 羂索は夏油の頭でメロンパンしないと
  • 虎杖ママメロンパンが見たい!
  • サマーオイル教師は見たくない
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。