呪術廻戦〜蒼風を纏う者   作:腹黒薩摩

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第16話

――天内護衛任務失敗から一ヶ月後。東京都立呪術高等専門学校

 

 訓練場に立つ五条悟の周囲で、夏油傑と家入硝子が、それぞれシャーペンと消しゴムを放った。

 

 静かに迫る二つの物体。

 悟に当たる直前、シャーペンは空中で止まり、まるで時がそこだけ凍ったかのようだった。

 しかし消しゴムは止まることなく、額に鋭く直撃した。

 

「うん、いけるね」

 

 悟は空中に静止したシャーペンと、自分に跳ね返った消しゴムを軽々とキャッチし、満足そうに微笑む。

 

「げ、何今の?」

 

「術式対象の自動選択か?」

 

 硝子の目は驚愕に見開かれ、傑は言葉を失うほどその精緻さに舌を巻いた。

 

「そ! 今までマニュアルでやってたのをオートマにした。

 呪力の強弱だけじゃなく、質量、速度、形状からも物体の危険度を判断できる。

 毒物や気体の種類まで選別できるといいんだけど、流石にそこまではまだ難しいかな。

 これなら最小限のリソースで無下限呪術をほぼ出しっぱなしにできる」

 

「出しっぱなしなんて、脳が焼き切れるよ」

 

 悟の言葉は軽い冗談のように響くが、硝子は心配そうに眉を寄せた。

 

「自己補完の範疇で反転術式も回し続ける。

 いつでも、新鮮な脳をお届けだ。

 前からやっていた掌印の省略は完璧。『赫』と『蒼』それぞれの複数発動もボチボチ。

 後の課題は領域と長距離の瞬間移動かな……」

 

 同格だったはずの親友の覚醒に、傑の胸は焦燥感で締め付けられる。

 まるで世界が一段ずつ上がっていき、自分だけが地面に残されたような孤独感が、じわりと押し寄せてきた。

 

---

 

――同日夕方。東京都立呪術高等専門学校、屋上

 

 人気のない屋上で、フェンスにもたれながら颯真は煙草をふかしていた。煙が風に溶け、空気は静かに震えている。

 

 何をするでもなく、ただ風の流れを聴いている。

 その耳には、遠くの街のざわめきよりも、風が運ぶ微細な音の方が鮮明に届いていた。

 

「……なんの用だ、傑」

 

 振り返ることもなく、颯真は静かに問いかけた。

 

 足音もなく現れた傑は、颯真の隣に立ち、しばらく黙って空を見ていた。

 

「悟は私より先に進み、あなたと同じ高みへ登りました」

 

 その声は穏やかだったが、その奥に滲む焦燥を、颯真は聞き逃さなかった。

 

「……私はこのままだと、置いていかれる」

 

 最強ゆえの孤独。たった一人の親友を、そんな孤独に沈ませたくない。

 

「悟を一人にしたくない。私は悟と並んで立ちたいんです」

 

 言葉は止まらず、風に押されるように屋上へと流れ出た。

 

 颯真はゆっくりと傑に向き直る。

 その視線は冷たく、しかしどこか深く静かな熱を孕んでいた。

 

「だから、あなたに教えてほしい。悟と――いえ、悟より高みにいるあなたに」

 

 風が一段と強くなり、傑の髪をさらう。

 

「……俺は、教えるのが上手くないんだがな」

 

「知っています。

 それでも、私はあなたから学びたい。

 あなたは悟と同じ景色を見ながら、違う立ち位置にいる」

 

 颯真は黙った。

 

 沈黙の重みが、屋上に張り詰めた空気をじわりと震わせる。

 

「…………楽じゃねぇぞ」

 

 その警告に、傑は不敵に笑った。

 挑戦と覚悟の入り混じった、静かな光を帯びた笑みだった。

 

「望むところです」

 

 風が屋上を吹き抜け、二人を包み込んだ。

 

---

 

――同夜。高専訓練場

 

 月光に洗われた訓練場は、音という音を削ぎ落としたかのように静まり返っていた。

 風が渡るたび、植えられた木々の葉がかすかに擦れ合い、その音だけが夜に響く。

 

 その中心に、颯真と傑は向かい合って立っていた。

 

 言葉はない。だが互いの視線だけで、呼吸の間合いまでを正確に重ねている。

 

「――行きます!」

 

 声と同時に、傑の呪力が弾けた。

 烏賊を思わせる異形の呪霊が複数、闇から滲み出るように顕現する。

 牽制の意図を孕んだ呪力の光線が、一直線に颯真へと走った。

 

 颯真は、紙一重でそれらを躱す。

 

 否、"躱した"というより、すでにそこに当たらない未来を選んでいたかのようだった。

 

 次の瞬間、彼は傑の懐にいた。

 

 傑は反射的に拳を振るう。

 呪力を乗せた、渾身の一撃。

 だがその拳は颯真の手に導かれるように肘を押さえられ、軌道を失った。

 

 ――がら空きになった、背中。

 

 颯真の肘打ちが、呪力ごと傑の背へと叩き込まれた。

 

 息が、消えた。

 

 肺から空気が奪われ、世界が一瞬で遠のく。傑は膝を折りかけ、必死に呼吸を求めた。

 

「……お前はまず、領域対策と反転術式を身につけろ」

 

 淡々とした声が、夜に落ちる。

 

 颯真は胸元で両手を合わせた。

 人差し指と中指を刃のように交差させ、薬指と小指を軽く握り込む。

 

 ――金剛界・風輪印。

 

「領域展開――『風王葬陣』」

 

 世界が、反転した。

 

 颯真の生得領域が開かれ、あらゆる音が途絶える。

 傑の視界に広がったのは、蒼白な虚無だった。

 地と空の境界は溶け合い、上下の感覚すら曖昧になる。

 

 そこには、何もない。

 

 そして――逃げ場も、ない。

 

「……これが、領域展開……」

 

「呆けてる暇があるのか?」

 

 颯真の声が、空間そのものから響く。

 

「もうお前は俺の掌の中だぞ」

 

 言葉が終わるより早く、傑は異変を感じた。

 

 ――息が、できない。

 

 肺が動こうとしない。否、空気そのものが存在を拒絶している。

 

「この領域内の空気は、すべて俺の支配下だ」

 

 颯真は静かに告げた。

 

「早く領域対策を完成させないと……」

 

 一拍。

 

「……死ぬぞ」

 

 酸素を奪われ、身体が悲鳴を上げる。

 視界が白く滲み始め、四肢の感覚が遠のいていく。

 死が、あまりにも明確な輪郭をもって、傑に迫っていた。

 

(――苦しい……このままじゃ……)

 

 死の縁に立たされた傑の手が、虚空へと伸びる。

 恐怖でも、躊躇でもない。ただ――「掴まなければならない」という、剥き出しの意志だけがあった。

 

 その指先が触れたのは、形を持たない力の核。

 呪力の根源。本質としか呼びようのないもの。

 

(――これが……呪力の核心!?)

 

 苦しさが霧散する。代わりに、全身を満たす圧倒的な全能感。

 

 傑は、自身を中心に円環を描くように呪力を展開した。

 

 ――簡易領域。

 

 即席ながらも、確かな結界。

 领域展開の必中必殺の効果が、わずかに鈍る。

 

「おいおい……一回目で成功するか、普通」

 

 颯真は呆れたように、しかしどこか楽しげに笑った。

 

「……なら、このまま反転術式まで覚えていけ」

 

 その言葉と同時に、領域全域から刃が生まれる。

 逃げ場のない、不可避の斬撃。

 一瞬で、傑の簡易領域は削り切られた。

 

 傑は即座に再展開を試みる。

 

 だが――その、ほんの刹那。

 

 無数の刃が、彼の身体を貫いた。

 

 血が舞い、夜の闇に散る。

 

 それでも。

 

 傑の意識は――まだ、折れていなかった。




感想や評価ありがとうございます
更新頻度は少し落ちるかもしれませんが、今後とも頑張りますので、よければ閲覧お願い致します。

※ 追記
  冒頭の護衛任務失敗から1ヶ月後を1年後と指摘下さる方。
  いつも誤字報告ありがとうございます。

  ですが、これに関しては、誤字ではなくわざとになります。

  オリ主の影響で、悟、傑共により強さをストイックに求めており、原作より強さが増しているということが書きたくて、わざと期間を狭めております。

 筆者の能力不足により、勘違いさせてしまい申し訳ありません。
 今後とも精進して、このような解説なくても、伝わるようにしていきたいと思っていますが、中々難しく、それでも閲覧してくださる皆様に感謝を……

 今後ともよろしくお願いします
 

夏油傑は救済されるべき

  • このまま救済されるべき
  • 羂索は夏油の頭でメロンパンしないと
  • 虎杖ママメロンパンが見たい!
  • サマーオイル教師は見たくない
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