呪術廻戦〜蒼風を纏う者   作:腹黒薩摩

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感想、誤字報告、閲覧といつもありがとうございます。

令和8年9月3日
オリジナル術式で描写してましたが、公式がファンパレで新たに術式が設定されたことを知ったので修正しました。


第18話

――一年後、2007年八月。東京都立呪術高等専門学校・訓練場

 

 蝉の声が、頭上で弾けるように降り注いでいた。

 容赦のない日差しが訓練場を白く照らし、息を吸うだけで肺の奥まで熱が入り込んでくる。

 

 気怠げに目を細めながらも、神凪颯真は一切の隙を見せなかった。

 呪力を纏った拳で連携して打ちかかってくる七海建人と灰原雄。

 その攻めを、まるで戯れでも相手にするかのように、軽やかにいなしていく。

 

「七海!」

 

 灰原の短い呼びかけに、七海は即座に応じた。

 

「十劃呪法――拡張術式・瓦落瓦落」

 

 呪力を込めた鉈が地面を撃ち抜く。砕けた大地から跳ね上がった無数の瓦礫が呪力を帯びた弾丸となって、颯真へと殺到した。

 

 颯真は楽しげに口角を上げ、風の防壁を展開する。破片は弾かれ、軌道を失って地面に散った。

 

 その隙を逃さず、灰原が前に出る。その身体から、低い駆動音が響いた。

 

 ――蒸気呪法。

 

 灰原雄の生得術式。呪力を「水」とし、生得術式を「火」として熱を生み出す。

 発生した蒸気は呪力によって構成された肉体の内部を駆け巡り、筋肉と骨格を強引に駆動させる。

 単純な身体強化。だが、その出力は決して侮れない。

 

 灰原の身体が、一瞬だけ沈み込んだ。

 

 次の瞬間――地面が爆ぜた。

 

「――ッ!」

 

 蒸気圧によって加速された身体が、弾丸のように颯真へと迫る。

 踏み込み、腰の回転、肩から肘へ、そして拳。全身を一つの機関として連動させた一撃が、一直線に叩き込まれた。

 

「……ほう」

 

 颯真は僅かに目を細めた。拳を躱す。だが――灰原は止まらない。

 

 拳を振り抜いた直後、身体内部で再び蒸気圧が跳ね上がる。

 

「――まだですッ!」

 

 踏み込んだ右脚が地面を蹴る。

 その瞬間、灰原の身体がさらに前へ滑った。

 

「……連携は良くなった。だが、まだ甘い」

 

 颯真は紙一重で身体を捌き、灰原の肩を軽く押した。僅かな力。それだけで、灰原の身体が大きく流れる。

 

「うわっ!?」

 

「力任せになってるぞ」

 

「はい!」

 

 灰原は空中で体勢を立て直し、着地する。その直後だった。背後から七海の鉈が迫る。

 

「十劃呪法」

 

 颯真が身体を捻る。鉈が掠める。七海はそのまま踏み込み、間髪入れずに二撃目を放つ。それを颯真が受け流した瞬間――。

 

「灰原!」

 

「任せて!」

 

 灰原の身体から、甲高い蒸気音が響いた。術式によって生み出された蒸気が一気に加圧される。脚部、腰、背中、全身へ。

 

「――蒸気呪法」

 

 瞬間的に跳ね上がった出力。灰原の拳が、先ほどまでとは比較にならない速度で迫った。

 

 颯真はそれを腕で受ける。衝撃。地面が僅かに沈んだ。

 

「……へぇ」

 

 颯真の口元が愉しげに歪む。

 

「今のは悪くない」

 

 灰原は笑った。だが次の瞬間には肩で荒く息をしている。

 

「……はぁ、はぁ……」

 

「燃費が悪いな、お前」

 

「それは……術式の仕様なので……!」

 

「便利な言葉だな」

 

 颯真が笑う。

 

「けど覚えとけ。出力を上げれば上げるほど、身体への負担も呪力消費も増える。お前の術式は強いが、雑に使えば自分からガス欠になるぞ」

 

「はい!」

 

「それに、蒸気を溜め込むだけじゃ駄目だ。どこで加圧して、どこで吐くか。それを考えろ」

 

「吐く?」

 

「蒸気機関なんだろ?」

 

 颯真は灰原の胸元を指差す。

 

「全部を動力に使う必要はねぇ。余った圧を逃がせば、次の加圧も早くなる」

 

「……なるほど」

 

 灰原の表情が真剣になる。七海もまた、興味深そうに灰原を見た。

 

「つまり、出力を一定に保つのではなく、攻撃の瞬間だけ圧力を上げる……ということですか」

 

「そういうことだ」

 

 颯真は頷いた。

 

「お前ら二人は悪くねぇ。七海が相手の動きを制限して、灰原がそこへ突っ込む。問題は、灰原の方がまだ出力管理に慣れてねぇことだな」

 

「精進します!」

 

「……私も、もう少し連携を詰めます」

 

「その意気だ」

 

 颯真は笑いながら、纏っていた呪力を霧散させた。

 

「今日はここまでだな」

 

 訓練終了の言葉に、七海と灰原は揃って息を吐いた。

 

「ありがとうございました!」

 

「……ありがとうございます」

 

 元気よく頭を下げる灰原と、静かに礼を述べる七海。戦闘では見事な連携を見せる二人だが、普段の振る舞いは正反対だった。

 

「神凪さん。明日の任務、遠出になるのですが……お礼に何かお土産を買おうかと思いまして。苦手なものはありますか?」

 

 七海の言葉に、颯真はわずかに目を見開いた。一年の間、先輩として何度か訓練に付き合っただけだ。土産をもらうほどのことをした覚えはない。

 

「甘いのがいいですか? それともしょっぱいの?」

 

 灰原も子犬のような笑顔で尋ねてくる。その様子に、颯真は小さく息を漏らした。

 

「……酒のつまみになりそうなのを頼む」

 

「了解です!」

 

「……神凪さん、まだ未成年では? まぁ、家入さんにしろ神凪さんにしろ、普段から喫煙しているので、今さらかもしれませんが」

 

 勢いだけで頷く灰原と、冷静に疑問を呈する七海。その対照的な反応が可笑しくて、颯真は小さく笑った。

 

「面倒を見てやった誼だ。手に負えなくなったら電話しろ……格安で助けてやる」

 

「えぇ!? タダじゃないんですかー?」

 

 不満そうに声を上げる灰原。その様子を見て、颯真と七海は顔を見合わせ、静かに笑った。

 

---

 

## ――東京都立呪術高等専門学校・学生寮

 

 任務を終え、寮のシャワーで汗と血の匂いを洗い流した夏油傑は、湯気の残る髪を無造作に拭きながら、自販機の前に立った。

 

 硬貨の落ちる乾いた音が、夜の廊下にやけに大きく響く。冷えたペットボトルを取り出し、口をつける。喉を通る冷たさに一瞬だけ生を感じ、それが過ぎ去ると同時に、胸の奥から重たい溜め息が零れた。

 

 今年の夏は、異様なほどに忙しかった。昨年頻発した災害の影響か、呪霊は雨後の菌糸のように湧き続ける。

 

 祓う。取り込む。また祓い、また取り込む。

 

 その繰り返し。

 

(……皆は、知らない)

 

 傑は視線を落とし、ペットボトルを握る指に力を込めた。

 

(呪霊の味を)

 

 喉の奥が、条件反射のようにひくりと引き攣る。

 

(吐瀉物を拭いた雑巾を、丸ごと呑み込む――そんな不快感が、何度も、何度も、身体に染みついていくことを)

 

 深く、もう一度溜め息をついた。

 

「……酷ぇ顔してんな」

 

 軽薄で、どこか気怠げな声が廊下に落ちた。傑はっとして顔を上げる。

 

「神凪先輩……」

 

 そこに立っていたのは、いつものように飄々とした笑みを浮かべる神凪颯真だった。

 

「悩みがあるなら聞いてやるぞ? 後輩割で」

 

「そこは、タダじゃないんですか?」

 

「……クックック」

 

 颯真は喉を鳴らして笑った。先ほどの灰原とのやり取りが脳裏をよぎり、こみ上げた笑いを抑えきれなかったのだ。

 

 突然笑い出した先輩を前に、傑は怪訝そうに眉をひそめる。

 

「…………なんですか?」

 

「いや、思い出し笑いだ。気にすんな。お前と灰原、反応がまるで同じでな」

 

 そう言って肩を揺らす。

 

「やっぱ、お前ら似てるわ」

 

 根明で素直な後輩と似ていると言われ、傑の表情がわずかに曇る。自分が灰原と似ていると感じたことなど、一度もなかった。

 

「なんだ、自覚ねぇのか。似てるよ、お前らは」

 

 颯真は軽く笑いながらも、どこか真剣な眼差しで続ける。

 

「呪術師としてどうあるべきかを考えて、誰かのために戦う。……まぁ、灰原の方がお前に憧れて真似してる部分もあるんだろうが」

 

 一拍、言葉を区切る。

 

「根っこの善性は、同じだ」

 

 その言葉に、傑は思わず目を見開いた。

 

「……っと、それはさておき。さっきまで今にも倒れそうな顔してたぞ、どうした?」

 

 見透かすような視線に、傑は観念したように肩を竦めた。

 

「悩み、というほどではないんですが……」

 

 一瞬の逡巡のあと、ぽつりと口を開く。

 

「神凪先輩は、呪霊の味って、どんなだと思います?」

 

 その言葉に、颯真の目が細められる。

 

「……不味いだろうな」

 

「吐瀉物を拭いた雑巾を丸呑みしてる、と言えば少しは伝わりますかね」

 

 淡々とした口調。だが、その奥に滲む疲弊と鈍い痛みを、颯真が聞き逃すはずもなかった。

 

 颯真は笑みを消し、静かに口を開いた。

 

「……悪かったな」

 

 ゆっくりと、頭を下げる。

 

「知らなかったとはいえ、簡単に取り込め、手数を増やせなんて言っちまった」

 

 思いがけない素直な謝罪に、傑は慌てて首を振った。

 

「――いえ、先輩が悪いわけでは……」

 

「これは俺のケジメだ」

 

 遮るように言って、颯真は肩を竦める。

 

「取り込まなくていい、とは言えねぇしな。……まぁ、辛くなったら言え」

 

 そして、いつもの軽さを少しだけ取り戻した笑みを浮かべた。

 

「味変に、美味いもん奢ってやる」

 

 その何気ない気遣いに、傑の胸の奥が、じんわりと緩んだ。

 

「破産しても、知りませんよ?」

 

「心配すんな。そこそこ稼いでる」

 

 軽口を交わしながら、二人は子どものように笑った。

 

---

 

「楽しそうだね、神凪君。そして、君が夏油傑君かな?」

 

 不意に、廊下の空気を切り裂くように、よく通る女性の声が響いた。振り返ると、そこには九十九由基がいた。気負いもなく、しかし確かな存在感を伴って、まるでこの場が自分の居場所であるかのように颯爽と歩み寄ってくる。その足取りには迷いがなく、長く世界を渡り歩いてきた者特有の軽やかさが滲んでいた。

 

「……夏油君、どんな女が好み(タイプ)だい?」

 

 唐突すぎる問いに、傑は思わず目を細める。視線の奥には警戒と困惑が入り混じり、状況を測りかねるような沈黙が落ちた。一方で颯真は、わずかに顔を歪めた。

 

 ――面倒なのが来た。

 

 その感情は、ため息一つ分の重さで表情に滲んでいた。

 

「……どちら様ですか?」

 

「相手にしなくていいぞ、こんな変わり者……」

 

 九十九が口を開くよりも早く、颯真が投げやりに忠告する。その声には、親切というよりも厄介事を避けたいという率直な感情が含まれていた。

 

「君も大概変わり者だと思うけどね……」

 

 間髪入れず返された言葉に、傑は内心で小さく頷く。

 

(それはそう……)

 

 心の中だけで肯定した、その一瞬を見透かしたかのように、颯真がジト目で傑を睨む。傑はそれに気づき、わずかに視線を逸らした。余計な火の粉は被りたくない。

 

「……それはそうと、答えてくれないかい? 夏油君」

 

「まずはあなたが答えてくださいよ。どちら様?」

 

 言葉は丁寧だが、その奥には一線を引く冷静さがあった。

 

「特級術師、九十九由基。って言えばわかるかな?」

 

 その名を聞いた瞬間、傑の表情が一変する。知識として知っていた存在――噂や評価の中で語られる、掴みどころのない異端。その当人が今、目の前にいるという事実が、思考を一瞬遅らせた。

 

「――あなたがあの……!?」

 

「おっ、いいね! どのどの?」

 

 期待に満ちた視線を真正面から向けられ、傑は一拍置いた後、残念そうに告げた。

 

「特級のくせに任務を全く受けず、海外をぶらぶらしているろくでなし……」

 

「高専って嫌ーい」

 

「……ぷっ」

 

 露骨に拗ねる九十九の態度に、颯真はつい堪えきれずに吹き出す。場の空気が一瞬、奇妙に緩んだ。

 

「冗談。でも、高専と方針が合わないのは本当。私は、対症療法じゃなくて原因療法がしたいの」

 

 言葉の調子が変わる。その声音には、冗談めかした軽さの奥に、長く考え続けてきた者の確信が宿っていた。

 

「原因療法?」

 

 傑は自然と身を乗り出す。

 

「そ。呪霊を狩るんじゃなくて、呪霊が生まれない世界を作ろうよってこと」

 

「!」

 

 その一言は、傑の思考に直接触れた。常識として受け入れていた前提が、音を立てて崩れ落ちる感覚。目を見開いたまま、言葉を失う。

 

 対照的に、颯真は興味なさそうに窓ガラスへと体を預け、煙草をふかす。思考の熱から距離を取るように。

 

「少し、授業をしようか。そもそも、呪霊とは何かな?」

 

「人間から漏出した呪力が澱のように積み重なり形を成したものです」

 

 即答だった。傑の声には迷いがなく、基礎を血肉として叩き込まれてきた術師の自負がある。

 

その通り(エクセレント)。すると、呪霊の生まれない世界の作り方は二つ。①全人類から呪力をなくす。②全人類に呪力のコントロールを可能にさせる」

 

 九十九の言葉は軽快だが、その内容は重い。

 

「①はね、結構いい線いくと思ってたんだ。モデルケースもいたしね……」

 

「モデルケース?」

 

「君達が倒した男さ、『術師殺し』禪院甚爾――」

 

 その名に、傑の胸の奥がわずかにざわつく。敗北の記憶と、抗いがたい力の差が、鮮明に蘇った。

 

「……いえ、撃退したのは先輩と悟です」

 

 自嘲気味な苦笑。己の未熟さを受け入れつつも、それを言い訳にしない視線だった。

 

 九十九はその立ち居振る舞いをしばらく見てから、小さく目を細める。

 

「……君なら勝てそうに見えたから勘違いしたようだ」

 

 そう前置きしてから、再び話を進める。

 

「今の私の本命は②だね――全人類が術師になれば、呪いは生まれない」

 

 その結論に、傑も颯真も言葉を失った。しかし颯真はすぐに鼻で笑う。

 

「全人類呪術師にどうやってするんだよ。術師セミナーでも開催すんのか?」

 

「無理ですね。呪術規定違反ですし、何より総監部が黙っているとは思えない」

 

 冷静な否定。理想と現実の隔たりを、傑ははっきりと理解していた。

 

「……一番簡単(イージー)なのは、非術師を消してしまうことさ」

 

 その言葉が放たれた瞬間、空気が凍った。

 

 颯真の纏う気配が、一変する。笑みが消え、静かに、しかし確実に、室温が下がるような殺気が滲み出た。

 

「巫山戯てんのか?」

 

 言葉は短い。だがその一言が、廊下全体の空気を制圧した。

 

 九十九は一瞬だけ目を瞬かせ、それから肩をすくめる。

 

「いや、私も流石にそれを実際にやろうって思うほどイカれてはいないさ」

 

 彼女の理想は過激だが、狂気とは一線を画している――そう示すように、その声は穏やかだった。

 

 やがて、九十九は立ち上がる。

 

「じゃあね。五条悟君にも挨拶したかったが、間が悪かったようだ。これからは、特級同士仲良くやろう」

 

 別れの言葉は、驚くほどあっさりしていた。

 

「――あ、忘れるところだった」

 

 そう言って取り出された手紙が、傑の手に渡される。

 

「夏油君と五条君にラブレターだそうだ」

 

 軽口めいたその一言の裏に、含みのある微笑。

 

「それと最後に、星漿体のことは気にしなくていい。天元は安定しているよ」

 

 その言葉は、傑の胸の奥に静かに沈んだ。

 

 九十九由基は、来た時と同じように、迷いなく踵を返し、去っていった。嵐が過ぎ去った後のような沈黙だけが、廊下に残る。

 

 傑は、しばらく手紙を見つめてから、そっと裏返した。

 

 そこには、R.A のイニシャル。

 

 それを確かめた瞬間、彼の口元に、柔らかい笑みが浮かんだ。




一昨日は、推しのふたりの命日で、喪に服しており更新出来ず、申し訳ありませんでした。
 
 すみません、嘘です。
 仕事が忙しかっただけです(笑)

 年末年始も、出来るだけ更新しようとは思っていますが、出来なかったらすみません。

 よければ今後ともよろしくお願いします


 令和8年9月3日
 灰原の術式が新たに設定されたことを知ったので、修正しました。

夏油傑は救済されるべき

  • このまま救済されるべき
  • 羂索は夏油の頭でメロンパンしないと
  • 虎杖ママメロンパンが見たい!
  • サマーオイル教師は見たくない
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