――東京都立呪術高等専門学校 医務室。
簡素なベッドが並ぶ静かな室内に、乱暴な音が響いた。
扉が勢いよく開き、息を切らした二人の少年が飛び込んでくる。
「二人とも、大丈夫か!?」
五条悟と夏油傑。
普段の軽薄さや余裕は影を潜め、焦燥を隠しきれない声だった。
ベッドに横たわる灰原と七海は、思わず目を見開く。
その様子を横目に、治療を担当していた家入硝子が小さく眉をひそめた。
「……気持ちは分かるけどさ。ここ、医務室なんだけど。静かにしてくれる?」
至極もっともな指摘に、傑は我に返り、頭を下げる。
「すまない、硝子」
「んなことよりさ」
悟は一歩前に出て、硝子を真っ直ぐに見据えた。
「二人はどうなんだよ」
その視線には、誤魔化しを許さない強さがあった。
硝子は小さく息を吐き、淡々と告げる。
「命に別状はないよ。
運ばれてきた時は、灰原くんの方がちょっと危なかったけど……
神凪先輩が応急処置で反転術式をかけてくれてたしね」
その言葉に、傑は胸の奥に溜まっていた息を、ようやく吐き出した。
だが、硝子の言葉はそこで途切れる。
「……ただ」
「ただ、なんだよ」
悟の声が低くなる。
「灰原くん、相当無理したみたい。
術式の底上げに、自傷を縛りとして無意識に組み込んでた。肺の内部の熱傷がひどくて、反転術式の効きも悪い」
一瞬、医務室の空気が張りつめた。
「命は助かる。でも……肺機能が完全に戻るかは難しい。
術師として、激しい戦闘に出続けるのは、正直厳しいと思う」
努力を重ね、前だけを見ていた後輩に突きつけられた、あまりにも残酷な現実。
悟と傑は、言葉を失い、悔しそうに唇を噛んだ。
その沈黙を破ったのは、かすれた声だった。
「……心配、ありがとうございます。夏油さん、五条さん」
灰原が、ゆっくりと笑みを作る。
「でも、大丈夫です。
僕、後悔してません」
無理を押して紡がれる言葉。
「七海も僕も生き残れたし、補助監督さんも守れた。
結構、すごくないですか?」
冗談めかしたその声に、痛みと必死さが滲む。
「神凪さんが言ってました。あの呪霊、最低でも一級、下手したら特級に近かったって」
心配をかけまいとする、その健気さが、かえって胸を締めつけた。
「……すまない、灰原」
隣のベッドで、七海が上体を起こす。
あの時、もっと力があれば。
その思いだけが、七海の胸に重く残っていた。
「謝らないでよ」
灰原は首を振る。
「二人で生き残れたことを、喜ぼう。七海がいなかったら、僕は間違いなく死んでた」
そして、ふっと表情を明るくする。
「それにね。新しい目標も、できたんだ」
「目標?」
「うん」
灰原は天井を見上げる。
「今回の戦い、たぶん一年前の僕だったら、為す術なく殺されてた。
神凪さんや夏油さん、夜蛾先生が、任務の合間に色々教えてくれたおかげで……少しは強くなれたんだと思う」
その視線は、確かな未来を見据えていた。
「だから、今度は僕が守りたい。
これから入ってくる後輩たちのために……教師になりたいんです」
絶望の縁に立ちながら、なお希望を語るその姿に、七海は目を見開き、悟と傑もまた言葉を失った。
しばらくの沈黙のあと、硝子が肩をすくめる。
「希望を語るのはいいけどさ。
七海くんはともかく、灰原くんはまだ安静。
……はい、部外者は帰った帰った」
そう言って二人を追い出しながら、硝子の口元は、わずかに緩んでいた。
静かな医務室には、確かに未来へ繋がる温度が残っていた。
――記録
2007年9月
■■県■■市(■■村)
山に囲まれ、外界から切り離されたその村では、相次ぐ神隠しと変死が起きていた。
原因は不明。呪霊の存在が疑われ、調査および祓除任務が下された。
任務遂行者は、特級術師・神凪颯真。
そして同じく特級術師、夏油傑。
先月、二級術師であった灰原・七海の任務において、呪霊等級の誤認という重大事案が発生していた。
それを受け、神凪の要請により「等級不明案件には一級以上の術師を複数派遣する」という試験的措置が、この村で初めて適用された。
――皮肉なことに、それは呪霊ではなく、人間の在り方を暴く結果となる。
座敷牢の中には、重苦しい沈黙が澱のように溜まっていた。
土壁に囲まれた狭い空間の隅で、幼い女の子が二人、互いの体にしがみつくようにして身を寄せ合っている。
細い腕、幼い頬、破れた衣服の隙間から覗く肌には、数え切れぬほどの痣と裂傷が刻まれていた。
それは一目で理解できるほど、明確な“人の手による傷”だった。
その光景を前に、神凪颯真と夏油傑は言葉を失った。
二人の周囲に、目には見えぬ怒気が静かに、しかし確実に満ちていく。
「……これは、なんだ?」
颯真の声は低く、底冷えするほどに抑えられていた。
その問いを向けられた村人は、何の疑問も持たぬ様子で答える。
「何とは? この二人が一連の事件の元凶でしょう」
その言葉に、傑は一瞬だけ目を伏せ、感情を押し殺すように息を吐いた。
「違います。事件の原因となっていた呪霊は、すでに私たちが祓いました」
理性を保った声とは裏腹に、内心では腸が煮えくり返っていた。
「このガキどもは頭がおかしい! 不思議な力で村人を襲うのです!」
「それは、あっちが――」
「黙りなさい、化け物め!!」
座敷牢の中から上がったか細い反論は、怒声によって無慈悲に叩き潰された。
村人の顔には疑いも迷いもなく、ただ確信だけがあった。
「親もそうだった。だから言ったんだ。赤子のうちに殺しておくべきだったとな」
その言葉が放たれた瞬間、傑の中で何かが音を立てて軋んだ。
――そして。
グシャッ。
湿った、何かが潰れるような鈍い音が座敷牢に響いた。
次の瞬間、村人は言葉の途中で崩れ落ちていた。
神凪颯真の裏拳が、ためらいなくその顔面を打ち抜いていたのだ。
「……もう、黙れ」
感情の起伏を感じさせない声だった。
糸が切れた操り人形のように倒れ伏した男の隣で、老婆が悲鳴を上げ、後ずさる。
だが、その動きが終わる前に、颯真の拳が側頭部を捉えた。
老婆の意識は、一瞬で闇に沈んだ。
――後日、総監部に提出された報告書には、淡々と次のように記される。
・特級術師 神凪颯真・夏油傑の両名により、本件事案の原因であった二級呪霊の祓除を確認。
・任務遂行中、旧■■村の座敷牢内にて、村人により監禁・虐待を受けていた未登録術師の幼女二名を発見、保護。
・幼女救出の際、村人より組織的な抵抗を受けたため、神凪術師が反撃。結果として住民百十二名が重傷。
・呪術規定第九条違反として即時処刑を求める意見が上がるも、五条家当主および特級術師・夏油傑より、当該行為は虐待下にあった幼女救出を目的としたものであり、同条除外規定に該当すると強く主張。
・協議の結果、神凪颯真に対し三ヶ月の謹慎処分とする。
記録はそこで終わっている。
だが、あの座敷牢の冷たい空気と、幼い手の温もりを、神凪颯真と夏油傑が忘れることは、決してなかった。
――呪いとは、必ずしも呪霊の形をしているとは限らないのだから。
新年あけましておめでとうございます。
昨年は、拙作の閲覧して頂きありがとうございます。
本年も、遅筆ですが、時間を見つけて更新していこうと思いますので、何卒よろしくお願いします。
また、いつも誤字報告や評価、感想などありがとうございます
夏油傑は救済されるべき
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このまま救済されるべき
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羂索は夏油の頭でメロンパンしないと
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虎杖ママメロンパンが見たい!
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サマーオイル教師は見たくない