呪術廻戦〜蒼風を纏う者   作:腹黒薩摩

20 / 49
第20話

――東京都立呪術高等専門学校 医務室。

 

 簡素なベッドが並ぶ静かな室内に、乱暴な音が響いた。

 

 扉が勢いよく開き、息を切らした二人の少年が飛び込んでくる。

 

「二人とも、大丈夫か!?」

 

 五条悟と夏油傑。

 

 普段の軽薄さや余裕は影を潜め、焦燥を隠しきれない声だった。

 

 ベッドに横たわる灰原と七海は、思わず目を見開く。

 

 その様子を横目に、治療を担当していた家入硝子が小さく眉をひそめた。

 

「……気持ちは分かるけどさ。ここ、医務室なんだけど。静かにしてくれる?」

 

 至極もっともな指摘に、傑は我に返り、頭を下げる。

 

「すまない、硝子」

 

「んなことよりさ」

 

 悟は一歩前に出て、硝子を真っ直ぐに見据えた。

 

「二人はどうなんだよ」

 

 

 その視線には、誤魔化しを許さない強さがあった。

 

 硝子は小さく息を吐き、淡々と告げる。

 

「命に別状はないよ。

 運ばれてきた時は、灰原くんの方がちょっと危なかったけど……

 神凪先輩が応急処置で反転術式をかけてくれてたしね」

 

 その言葉に、傑は胸の奥に溜まっていた息を、ようやく吐き出した。

 

 だが、硝子の言葉はそこで途切れる。

 

 

「……ただ」

 

「ただ、なんだよ」

 

 悟の声が低くなる。

 

「灰原くん、相当無理したみたい。

 術式の底上げに、自傷を縛りとして無意識に組み込んでた。肺の内部の熱傷がひどくて、反転術式の効きも悪い」

 

 一瞬、医務室の空気が張りつめた。

 

「命は助かる。でも……肺機能が完全に戻るかは難しい。

 術師として、激しい戦闘に出続けるのは、正直厳しいと思う」

 

 努力を重ね、前だけを見ていた後輩に突きつけられた、あまりにも残酷な現実。

 

 悟と傑は、言葉を失い、悔しそうに唇を噛んだ。

 

 その沈黙を破ったのは、かすれた声だった。

 

「……心配、ありがとうございます。夏油さん、五条さん」

 

 灰原が、ゆっくりと笑みを作る。

 

「でも、大丈夫です。

 僕、後悔してません」

 

 無理を押して紡がれる言葉。

 

「七海も僕も生き残れたし、補助監督さんも守れた。

 結構、すごくないですか?」

 

 冗談めかしたその声に、痛みと必死さが滲む。

 

「神凪さんが言ってました。あの呪霊、最低でも一級、下手したら特級に近かったって」

 

 心配をかけまいとする、その健気さが、かえって胸を締めつけた。

 

「……すまない、灰原」

 

 隣のベッドで、七海が上体を起こす。

 

 あの時、もっと力があれば。

 

 その思いだけが、七海の胸に重く残っていた。

 

「謝らないでよ」

 

 灰原は首を振る。

 

「二人で生き残れたことを、喜ぼう。七海がいなかったら、僕は間違いなく死んでた」

 

 そして、ふっと表情を明るくする。

 

「それにね。新しい目標も、できたんだ」

 

「目標?」

 

「うん」

 

 灰原は天井を見上げる。

 

「今回の戦い、たぶん一年前の僕だったら、為す術なく殺されてた。

 神凪さんや夏油さん、夜蛾先生が、任務の合間に色々教えてくれたおかげで……少しは強くなれたんだと思う」

 

 その視線は、確かな未来を見据えていた。

 

「だから、今度は僕が守りたい。

 これから入ってくる後輩たちのために……教師になりたいんです」

 

 絶望の縁に立ちながら、なお希望を語るその姿に、七海は目を見開き、悟と傑もまた言葉を失った。

 

 しばらくの沈黙のあと、硝子が肩をすくめる。

 

「希望を語るのはいいけどさ。

 七海くんはともかく、灰原くんはまだ安静。

 ……はい、部外者は帰った帰った」

 

そう言って二人を追い出しながら、硝子の口元は、わずかに緩んでいた。

 

静かな医務室には、確かに未来へ繋がる温度が残っていた。

 

 

 

――記録

 

 2007年9月

 ■■県■■市(■■村)

 

 山に囲まれ、外界から切り離されたその村では、相次ぐ神隠しと変死が起きていた。

 

 原因は不明。呪霊の存在が疑われ、調査および祓除任務が下された。

 

 任務遂行者は、特級術師・神凪颯真。

 そして同じく特級術師、夏油傑。

 

 先月、二級術師であった灰原・七海の任務において、呪霊等級の誤認という重大事案が発生していた。

 それを受け、神凪の要請により「等級不明案件には一級以上の術師を複数派遣する」という試験的措置が、この村で初めて適用された。

 

――皮肉なことに、それは呪霊ではなく、人間の在り方を暴く結果となる。

 

 

 

 座敷牢の中には、重苦しい沈黙が澱のように溜まっていた。

 

 土壁に囲まれた狭い空間の隅で、幼い女の子が二人、互いの体にしがみつくようにして身を寄せ合っている。

 

 細い腕、幼い頬、破れた衣服の隙間から覗く肌には、数え切れぬほどの痣と裂傷が刻まれていた。

 

 それは一目で理解できるほど、明確な“人の手による傷”だった。

 

 その光景を前に、神凪颯真と夏油傑は言葉を失った。

 

 二人の周囲に、目には見えぬ怒気が静かに、しかし確実に満ちていく。

 

「……これは、なんだ?」

 

 颯真の声は低く、底冷えするほどに抑えられていた。

 

 その問いを向けられた村人は、何の疑問も持たぬ様子で答える。

 

「何とは? この二人が一連の事件の元凶でしょう」

 

 その言葉に、傑は一瞬だけ目を伏せ、感情を押し殺すように息を吐いた。

 

「違います。事件の原因となっていた呪霊は、すでに私たちが祓いました」

 

 理性を保った声とは裏腹に、内心では腸が煮えくり返っていた。

 

「このガキどもは頭がおかしい! 不思議な力で村人を襲うのです!」

 

「それは、あっちが――」

 

「黙りなさい、化け物め!!」

 

 座敷牢の中から上がったか細い反論は、怒声によって無慈悲に叩き潰された。

 

 村人の顔には疑いも迷いもなく、ただ確信だけがあった。

 

「親もそうだった。だから言ったんだ。赤子のうちに殺しておくべきだったとな」

 

 その言葉が放たれた瞬間、傑の中で何かが音を立てて軋んだ。

 

――そして。

 

グシャッ。

 

 湿った、何かが潰れるような鈍い音が座敷牢に響いた。

 

次の瞬間、村人は言葉の途中で崩れ落ちていた。

 

 神凪颯真の裏拳が、ためらいなくその顔面を打ち抜いていたのだ。

 

「……もう、黙れ」

 

 感情の起伏を感じさせない声だった。

 

 糸が切れた操り人形のように倒れ伏した男の隣で、老婆が悲鳴を上げ、後ずさる。

 

 だが、その動きが終わる前に、颯真の拳が側頭部を捉えた。

 

 老婆の意識は、一瞬で闇に沈んだ。

 

 

 

――後日、総監部に提出された報告書には、淡々と次のように記される。

 

・特級術師 神凪颯真・夏油傑の両名により、本件事案の原因であった二級呪霊の祓除を確認。

・任務遂行中、旧■■村の座敷牢内にて、村人により監禁・虐待を受けていた未登録術師の幼女二名を発見、保護。

・幼女救出の際、村人より組織的な抵抗を受けたため、神凪術師が反撃。結果として住民百十二名が重傷。

・呪術規定第九条違反として即時処刑を求める意見が上がるも、五条家当主および特級術師・夏油傑より、当該行為は虐待下にあった幼女救出を目的としたものであり、同条除外規定に該当すると強く主張。

・協議の結果、神凪颯真に対し三ヶ月の謹慎処分とする。

 

 

 

 記録はそこで終わっている。

 

 だが、あの座敷牢の冷たい空気と、幼い手の温もりを、神凪颯真と夏油傑が忘れることは、決してなかった。

 

――呪いとは、必ずしも呪霊の形をしているとは限らないのだから。

 

 




新年あけましておめでとうございます。
昨年は、拙作の閲覧して頂きありがとうございます。
本年も、遅筆ですが、時間を見つけて更新していこうと思いますので、何卒よろしくお願いします。

 また、いつも誤字報告や評価、感想などありがとうございます
 

夏油傑は救済されるべき

  • このまま救済されるべき
  • 羂索は夏油の頭でメロンパンしないと
  • 虎杖ママメロンパンが見たい!
  • サマーオイル教師は見たくない
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。