呪術廻戦〜蒼風を纏う者   作:腹黒薩摩

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第22話

ーー東京都■■区

 

 雑居ビルと安アパートが無秩序に並び、街そのものが疲弊しているかのような一角。その中の一棟、年季の入った安アパートの前で、五条悟と夏油傑は並んで立っていた。

 

 夕暮れ前の曖昧な光の中、二人はただ一人の帰宅を待っている。

 

 やがて、路地の奥から小さな影が現れた。

 

 黒髪の少年――小学一年生ほどの年齢だろう。擦り切れたランドセルを背負い、周囲を警戒するように歩いてくる。

 

「……あの子かい?」

 

 低く抑えた声で傑が言う。

 

「ああ、間違いないね」

 

 悟は即答し、少年から視線を外さない。

 

 二人は顔を見合わせることもなく、同時に一歩を踏み出した。

 

「伏黒恵くん、だよね?」

 

 声をかけられ、少年――恵は足を止め、ゆっくりと振り返った。

 

 その顔立ちを見た瞬間、悟と傑の胸に、かつて死線を交えた男の姿が鮮明に蘇る。

 目元、輪郭、無愛想な雰囲気。否応なく思い出させる血の濃さだった。

 

「……アンタ達、誰?」

 

 恵は一拍置き、訝しげに続ける。

 

「っていうか、何その顔?」

 

 視線の先には、苦虫を噛み潰したような表情の悟がいた。

 

「いや、ソックリだなって」

 

「?」

 

 意味の通じない返答に、恵の眉間の皺はさらに深くなる。

 

「悟、伏黒くんが困惑しているよ。

 ちゃんと説明してあげな」

 

 傑は助け舟を出すように悟に説明を促した。

 

 悟は一度、呼吸を整え、珍しく真面目な表情になる。

 

「君のお父さん、禪院っていう名家の呪術師なんだけどさ。俺が……いや、僕が引くレベルでろくでなしの一族で、家を飛び出して君を作った」

 

 その途中、悟が自然に一人称を変えたことに、傑は一瞬目を見開き、すぐに柔らかく微笑んだ。

 

 悟もそれに気づき、わずかに気恥ずかしそうに咳払いをする。

 

「君、見える側だし、持ってる側でしょ。

 自分の術式(ちから)にも、もう気づいてるんじゃない?」

 

 恵は答えない。ただ、否定もしなかった。

 

「禪院家は術式(さいのう)至上主義でね。

 だいたい四〜六歳で術式を自覚する」

 

 悟は淡々と続ける。

 

「要するに、君のお父さんは禪院家に君を売ろうとしてたってわけ。腹立つでしょ? で、そのお父さんは――」

 

「別にどうでもいい」

 

 恵の声は低く、感情の起伏がなかった。

 悟の言葉を、切るように遮る。

 

「アイツがどこで何してようが興味ない。

 顔も覚えてないし、今の話で十分だ」

 

 少年は一度、視線を落とし、すぐに言葉を継いだ。

 

「津美紀の母親も、少し前から帰ってこない。俺たちは用済みで、二人で勝手にやってるんだろ」

 

 あまりにも冷静な物言いに、悟と傑は思わず目を見張る。

 

「……本当に小学一年生かい?」

 

 傑は感嘆混じりに呟いた。

 

「ま、いいや」

 

 悟は軽く肩をすくめる。

 

「父親のことが知りたくなったら、いつでも聞いてよ。そこそこ面白いとは思うよ」

 

 そして、核心を突くように問いかけた。

 

「で、本題。

 君はどうしたい? 禪院家に行く?」

 

 恵は目を細め、鋭く聞き返す。

 

「津美紀はどうなる?」

 

「そこに行けば、幸せになれるのか? それ次第だ」

 

 真剣な眼差しを受け止め、悟は一切の迷いなく答えた。

 

「ない。100%ない」

 

 その断言に、恵の胸に不安が広がる。だが、それを悟らせまいと、睨むように視線を向けた。

 

 そんな恵を見て、悟と傑は顔を見合わせ、小さく笑った。

 

「オッケー、あとは任せなさい」

 

 悟はそう言い、恵の頭に手を置くと、少し乱暴に撫でた。

 

「私は夏油傑。

 この軽薄そうな男は五条悟だ」

 

「おい、軽薄そうってどういう意味だ」

 

 即座に悟が噛みつくが、傑は気にも留めず続ける。

 

「この男は、こう見えても五条家という名家の当主でね。禪院家と並ぶ家だ。

 私も、微力ながら力になるよ」

 

「その代わり、恵くんには少し無理をしてもらうかもしれない」

 

 悟はふっと笑い、静かに付け足す。

 

「……強くなってよ。僕たちに置いていかれないように」

 

 その言葉は、少年に向けた約束であり、呪いのようでもあった。

 

 

 

―――■■県■■市、旧鬼綱地区。

 

 山間部で進められていたダム建設現場では、不可解な出来事が相次いでいた。作業員や取引業者など、現場に関わる者たちが次々と変死を遂げ、あるいは忽然と姿を消す――いわゆる神隠しである。

 

 原因は未だ特定されていないが、現地に残された痕跡から、未確認の呪霊による仕業である可能性が濃厚と判断された。

 

 その調査および祓除の任を託されたのが、特級術師・夏油傑、そして同じく特級の神凪颯真であった。

 

 ――ただし。

 

 現地に姿を現した颯真の装いは、任務に赴く術師のものとは到底思えなかった。

 

 まず目を引くのは、もこもこと膨らんだダウンジャケット。羽毛がこれでもかと詰め込まれ、見るからに保温性は抜群だ。下にも相当着込んでいるらしく、腕回りは普段の倍ほどに太く見える。首には分厚いマフラー、両手には手袋。外気に晒されているのは、顔の上半分だけという徹底ぶりだった。

 

 どう見ても冬のスポーツ観戦帰り――いや、今から行く途中と言われた方がしっくりくる。

 

 もしその手に温かい缶コーヒーでも握っていようものなら、さすがの傑も堪忍袋の緒が切れていたかもしれない。

 

 傑は深く息を吐き、呆れを滲ませた視線を颯真に向ける。

 

「……謹慎明けの初任務で、さすがに気を抜きすぎではありませんか?」

 

 しかし、その苦言を意に介する様子もなく、颯真はへらりと力の抜けた笑みを浮かべた。

 

「大丈夫だろ。お前がいるからな」

 

 反省の色は微塵もない。

 傑はそれ以上の説得を諦め、再びため息をついた。

 

 ――それでも。

 

 内心では、無条件に寄せられたその信頼が、くすぐったく、どこか居心地の悪いものとして胸に残っていた。

 

 傑はそれを悟られぬよう、表情を引き締めると、踵を返す。

 

「……行きますよ」

 

 颯真を伴い、調査のため山奥へと足を踏み入れた。

 

 森に入って間もなく、景色は急速に変わった。

 白く濃い霧が、まるで意思を持つかのように周囲を覆い尽くす。

 

「……颯真先輩」

 

 霧とともに漂ってきた禍々しい残穢に、傑は眉をひそめ、颯真を振り返った。

 

 当の本人は、相変わらず気怠そうな様子で、ゆっくりと周囲を見回している。

 

「そこらじゅうに、うじゃうじゃと小物はいるな。

 だが――大元は表に出ちゃいねぇ」

 

 何でもないことのように言いながら、その眼は確かに“捉えて”いた。

 

「おそらく、地下か……地中だろ」

 

 その声音には確信があった。

 

 やる気のなさを装っていても、彼の索敵能力は衰えてなどいない。すでに半径十キロ四方――この山域一帯が、神凪颯真の感知圏内に収まっていた。

 

 傑は静かに息を整え、術師としての意識を研ぎ澄ませる。

 

 意識を極限まで研ぎ澄ませていた傑の背後へ、音も気配もなく、黒い影が樹上から飛び掛かった。

 

 それは完璧な奇襲――本来ならば反応すら許されぬ一撃であった。

 

 しかし、張り詰めた警戒の網をすり抜けることは叶わず、傑は身を翻し、回転するように襲い来る黒影を紙一重で躱す。

 

 躱した勢いのまま、呪力を凝縮した拳を叩きつけた。

 

 鈍い衝撃音とともに地面が陥没し、叩き落とされた黒い影は地表に沈む。

 

 ――人の頭ほどもある巨大な蜘蛛が、砕けた脚を痙攣させながら転がっていた。

 

「これが、先輩の言っていた“小物”ですか?」

 

 問いかけに応じるように、颯真は呼吸をするが如く不可視の風の刃を放ち、次々と迫り来る蜘蛛を切り裂いていく。

 

「ああ。あたり一帯、こいつらがうじゃうじゃ湧いてやがる」

 

 傑もまた複数の呪霊を呼び出し、蜘蛛の群れを蹂躙しながら、小さく息を吐いた。

 

「一体一体は、せいぜい三級程度の雑魚……ですが、この数は異常ですね……」

 

 わずか数分。地に伏す蜘蛛の死骸は、すでに三桁に届こうとしていた。

 

「このままではきりがない。

 大元を叩かない限り、途切れる気配もない」

 

 傑は颯真に視線を向ける。

 

「先輩、大元の位置は掴めましたか?」

 

「いや、まだだ」

 

 颯真は眉をひそめる。

 

「地下に巣があるのは間違いねぇが、外からじゃ中の様子が読めねぇ」

 

 その言葉に、傑は一瞬だけ思案し、やがて覚悟を決めたように顔を上げた。

 

「……このままでは埒があきません。

 とりあえず、巣穴へ行きましょう」

 

「仕方ねぇな」

 

 颯真は肩を竦めると、傑と並び、山奥へと歩を進める。

 

 やがて二人は、濁流のように禍々しい呪力が溢れ出す洞窟の前に立ち、その闇へと足を踏み入れた。

 




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夏油傑は救済されるべき

  • このまま救済されるべき
  • 羂索は夏油の頭でメロンパンしないと
  • 虎杖ママメロンパンが見たい!
  • サマーオイル教師は見たくない
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