ーー東京都■■区
雑居ビルと安アパートが無秩序に並び、街そのものが疲弊しているかのような一角。その中の一棟、年季の入った安アパートの前で、五条悟と夏油傑は並んで立っていた。
夕暮れ前の曖昧な光の中、二人はただ一人の帰宅を待っている。
やがて、路地の奥から小さな影が現れた。
黒髪の少年――小学一年生ほどの年齢だろう。擦り切れたランドセルを背負い、周囲を警戒するように歩いてくる。
「……あの子かい?」
低く抑えた声で傑が言う。
「ああ、間違いないね」
悟は即答し、少年から視線を外さない。
二人は顔を見合わせることもなく、同時に一歩を踏み出した。
「伏黒恵くん、だよね?」
声をかけられ、少年――恵は足を止め、ゆっくりと振り返った。
その顔立ちを見た瞬間、悟と傑の胸に、かつて死線を交えた男の姿が鮮明に蘇る。
目元、輪郭、無愛想な雰囲気。否応なく思い出させる血の濃さだった。
「……アンタ達、誰?」
恵は一拍置き、訝しげに続ける。
「っていうか、何その顔?」
視線の先には、苦虫を噛み潰したような表情の悟がいた。
「いや、ソックリだなって」
「?」
意味の通じない返答に、恵の眉間の皺はさらに深くなる。
「悟、伏黒くんが困惑しているよ。
ちゃんと説明してあげな」
傑は助け舟を出すように悟に説明を促した。
悟は一度、呼吸を整え、珍しく真面目な表情になる。
「君のお父さん、禪院っていう名家の呪術師なんだけどさ。俺が……いや、僕が引くレベルでろくでなしの一族で、家を飛び出して君を作った」
その途中、悟が自然に一人称を変えたことに、傑は一瞬目を見開き、すぐに柔らかく微笑んだ。
悟もそれに気づき、わずかに気恥ずかしそうに咳払いをする。
「君、見える側だし、持ってる側でしょ。
自分の
恵は答えない。ただ、否定もしなかった。
「禪院家は
だいたい四〜六歳で術式を自覚する」
悟は淡々と続ける。
「要するに、君のお父さんは禪院家に君を売ろうとしてたってわけ。腹立つでしょ? で、そのお父さんは――」
「別にどうでもいい」
恵の声は低く、感情の起伏がなかった。
悟の言葉を、切るように遮る。
「アイツがどこで何してようが興味ない。
顔も覚えてないし、今の話で十分だ」
少年は一度、視線を落とし、すぐに言葉を継いだ。
「津美紀の母親も、少し前から帰ってこない。俺たちは用済みで、二人で勝手にやってるんだろ」
あまりにも冷静な物言いに、悟と傑は思わず目を見張る。
「……本当に小学一年生かい?」
傑は感嘆混じりに呟いた。
「ま、いいや」
悟は軽く肩をすくめる。
「父親のことが知りたくなったら、いつでも聞いてよ。そこそこ面白いとは思うよ」
そして、核心を突くように問いかけた。
「で、本題。
君はどうしたい? 禪院家に行く?」
恵は目を細め、鋭く聞き返す。
「津美紀はどうなる?」
「そこに行けば、幸せになれるのか? それ次第だ」
真剣な眼差しを受け止め、悟は一切の迷いなく答えた。
「ない。100%ない」
その断言に、恵の胸に不安が広がる。だが、それを悟らせまいと、睨むように視線を向けた。
そんな恵を見て、悟と傑は顔を見合わせ、小さく笑った。
「オッケー、あとは任せなさい」
悟はそう言い、恵の頭に手を置くと、少し乱暴に撫でた。
「私は夏油傑。
この軽薄そうな男は五条悟だ」
「おい、軽薄そうってどういう意味だ」
即座に悟が噛みつくが、傑は気にも留めず続ける。
「この男は、こう見えても五条家という名家の当主でね。禪院家と並ぶ家だ。
私も、微力ながら力になるよ」
「その代わり、恵くんには少し無理をしてもらうかもしれない」
悟はふっと笑い、静かに付け足す。
「……強くなってよ。僕たちに置いていかれないように」
その言葉は、少年に向けた約束であり、呪いのようでもあった。
―――■■県■■市、旧鬼綱地区。
山間部で進められていたダム建設現場では、不可解な出来事が相次いでいた。作業員や取引業者など、現場に関わる者たちが次々と変死を遂げ、あるいは忽然と姿を消す――いわゆる神隠しである。
原因は未だ特定されていないが、現地に残された痕跡から、未確認の呪霊による仕業である可能性が濃厚と判断された。
その調査および祓除の任を託されたのが、特級術師・夏油傑、そして同じく特級の神凪颯真であった。
――ただし。
現地に姿を現した颯真の装いは、任務に赴く術師のものとは到底思えなかった。
まず目を引くのは、もこもこと膨らんだダウンジャケット。羽毛がこれでもかと詰め込まれ、見るからに保温性は抜群だ。下にも相当着込んでいるらしく、腕回りは普段の倍ほどに太く見える。首には分厚いマフラー、両手には手袋。外気に晒されているのは、顔の上半分だけという徹底ぶりだった。
どう見ても冬のスポーツ観戦帰り――いや、今から行く途中と言われた方がしっくりくる。
もしその手に温かい缶コーヒーでも握っていようものなら、さすがの傑も堪忍袋の緒が切れていたかもしれない。
傑は深く息を吐き、呆れを滲ませた視線を颯真に向ける。
「……謹慎明けの初任務で、さすがに気を抜きすぎではありませんか?」
しかし、その苦言を意に介する様子もなく、颯真はへらりと力の抜けた笑みを浮かべた。
「大丈夫だろ。お前がいるからな」
反省の色は微塵もない。
傑はそれ以上の説得を諦め、再びため息をついた。
――それでも。
内心では、無条件に寄せられたその信頼が、くすぐったく、どこか居心地の悪いものとして胸に残っていた。
傑はそれを悟られぬよう、表情を引き締めると、踵を返す。
「……行きますよ」
颯真を伴い、調査のため山奥へと足を踏み入れた。
森に入って間もなく、景色は急速に変わった。
白く濃い霧が、まるで意思を持つかのように周囲を覆い尽くす。
「……颯真先輩」
霧とともに漂ってきた禍々しい残穢に、傑は眉をひそめ、颯真を振り返った。
当の本人は、相変わらず気怠そうな様子で、ゆっくりと周囲を見回している。
「そこらじゅうに、うじゃうじゃと小物はいるな。
だが――大元は表に出ちゃいねぇ」
何でもないことのように言いながら、その眼は確かに“捉えて”いた。
「おそらく、地下か……地中だろ」
その声音には確信があった。
やる気のなさを装っていても、彼の索敵能力は衰えてなどいない。すでに半径十キロ四方――この山域一帯が、神凪颯真の感知圏内に収まっていた。
傑は静かに息を整え、術師としての意識を研ぎ澄ませる。
意識を極限まで研ぎ澄ませていた傑の背後へ、音も気配もなく、黒い影が樹上から飛び掛かった。
それは完璧な奇襲――本来ならば反応すら許されぬ一撃であった。
しかし、張り詰めた警戒の網をすり抜けることは叶わず、傑は身を翻し、回転するように襲い来る黒影を紙一重で躱す。
躱した勢いのまま、呪力を凝縮した拳を叩きつけた。
鈍い衝撃音とともに地面が陥没し、叩き落とされた黒い影は地表に沈む。
――人の頭ほどもある巨大な蜘蛛が、砕けた脚を痙攣させながら転がっていた。
「これが、先輩の言っていた“小物”ですか?」
問いかけに応じるように、颯真は呼吸をするが如く不可視の風の刃を放ち、次々と迫り来る蜘蛛を切り裂いていく。
「ああ。あたり一帯、こいつらがうじゃうじゃ湧いてやがる」
傑もまた複数の呪霊を呼び出し、蜘蛛の群れを蹂躙しながら、小さく息を吐いた。
「一体一体は、せいぜい三級程度の雑魚……ですが、この数は異常ですね……」
わずか数分。地に伏す蜘蛛の死骸は、すでに三桁に届こうとしていた。
「このままではきりがない。
大元を叩かない限り、途切れる気配もない」
傑は颯真に視線を向ける。
「先輩、大元の位置は掴めましたか?」
「いや、まだだ」
颯真は眉をひそめる。
「地下に巣があるのは間違いねぇが、外からじゃ中の様子が読めねぇ」
その言葉に、傑は一瞬だけ思案し、やがて覚悟を決めたように顔を上げた。
「……このままでは埒があきません。
とりあえず、巣穴へ行きましょう」
「仕方ねぇな」
颯真は肩を竦めると、傑と並び、山奥へと歩を進める。
やがて二人は、濁流のように禍々しい呪力が溢れ出す洞窟の前に立ち、その闇へと足を踏み入れた。
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夏油傑は救済されるべき
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このまま救済されるべき
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羂索は夏油の頭でメロンパンしないと
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虎杖ママメロンパンが見たい!
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サマーオイル教師は見たくない