颯真が、岩盤に深々と突き刺さったラピスへ追撃を仕掛けようと身を躍らせた、その刹那。
額に縫い目を刻んだ女が、冷えた意志を宿したまま右手を翳した。空間が歪み、見えざる圧が収束する――重力波。
だが、それを見逃すほど、傑は鈍くなかった。
土蜘蛛の吐き出す蜘蛛糸が、女の腕ごと絡め取り、呪力の奔流を強引に縛り上げる。
「……貴女の相手は、私がしてあげるよ」
不敵に口角を吊り上げる傑に、女は露骨な苛立ちを滲ませ、蔑むような視線を向けた。
「私の器風情が……生意気な」
吐き捨てると同時に、女は自身を拘束する蜘蛛糸を断ち切り、一足で間合いを詰める。刃が閃き、殺意が奔る。
土蜘蛛が咄嗟に主を庇おうと立ちはだかるが、その頭上から叩き落とされたのは、圧倒的な重力だった。巨体は抗うことすら許されず、地面へと押し潰され、沈み込む。
――来る。
呪霊使い、式神使いは近接戦を苦手とする。
その定跡ゆえに、幾度となく肉薄を挑まれてきた傑は、今回も同じ手合いだと悟り、内心で嗤った。
(……随分と、舐められたものだ)
傑は静かに呪霊を一体呼び出す。
その口腔の奥、闇の中から引き抜かれたのは、赤く染まった三節棍。
――特級呪具『遊雲』。
特級呪具の中で唯一、いかなる術式効果も持たぬ異端。
だが、それゆえに宿すのは、混じり気のない“力”そのもの。
呪力を、ただ暴力へと変換するためだけの器。
踏み込んだ瞬間、女の姿が掻き消えた。
次の瞬間、横薙ぎの一閃が闇を裂く。
(――速いッ!)
だが、遊雲は応えた。
三つの節が連なり、鞭のように、棍のように、しなやかでありながら暴虐に空を叩く。
刀と呪具が交錯した刹那、夜そのものが震撼した。
それは金属の衝突音ではない。
呪力と呪力が正面から噛み合い、ぶつかり合う――獣の咆哮にも似た轟音。
「……重い」
女の腕が、わずかに、だが確かに軋んだ。
傑は、間髪入れずに遊雲を振るう。
横薙ぎ。
返し。
そして、容赦のない打ち下ろし。
三節は自在に伸び縮みし、女の間合いを蹂躙していく。
刀で受ければ、骨の奥まで衝撃が浸透し、
避ければ、裂けるのは空気そのもの。
――これは術の戦いではない。
純粋な呪力と肉体がぶつかり合う、暴力の応酬だった。
傑と女が繰り広げる死闘の傍らで、颯真とラピスの戦いもまた、熾烈さを増していた。
岩盤に深々と突き刺さっていたラピスは、女から放たれようとする重力波に颯真の意識が向いた、その刹那――岩を引き裂くように身体を引き抜き、一瞬で間合いを詰める。
音もなく颯真の背後へと肉薄し、その首元への大剣を振り下ろした。
完全なる死角からの奇襲。
――だが、颯真にとって死角は存在しなかった。
周囲一帯の風を掌握する彼には、空気のわずかな歪みすら視界に映る。
文字通り“視えて”いた颯真は、振り下ろされた水晶の大剣を、紙一重で躱した。
必殺の一撃を空振りした瞬間、ラピスの体勢が崩れる。
その背に、颯真の拳が深く突き刺さった。
刹那――呪力が奔流となって弾ける。
黒い稲妻のような火花が、空間を切り裂いた。
――黒閃。
通常の攻撃を遥かに凌駕する威力の黒光がラピスの背中で炸裂し、仮面の奥から、押し殺された苦悶の声が漏れる。
「そのまま――死ねッ!」
颯真のギアが、さらに一段引き上げられる。
死に体となったラピスに、容赦はない。
左右の拳が突き刺さるたび、黒い火花が舞い散る。
一撃、二撃、三撃――
黒閃の連打が、五度を超えた、その瞬間だった。
仮面の下で、ラピスの双眸が朱に染まる。
「――――死ネ」
声音は、もはや人のそれではなかった。
機械仕掛けの人形のように途切れ途切れの言葉を吐き、損傷も痛覚も無視した異様な動きで、ラピスは颯真の拳の隙間をすり抜ける。
そして、大剣を――片手で。
横薙ぎに振るう。
「――っ!?」
それまでとは次元の違う速度と威力。
本能が警鐘を鳴らし、颯真は反射的に大きく後方へ跳び退く。
だが、間に合わなかった。
腹部に、浅くも確かな裂傷が走る。
追撃の気配を察し、颯真は牽制として無数の風の刃を解き放つ。
不可視の刃が、嵐のごとくラピスへと殺到した。
しかし――
ラピスは、それをまるで木の棒でも振るうかのように、軽々と大剣を振るう。
風の刃は次々と断ち切られ、砕かれ、やがてその全てが、水晶の大剣へと吸い込まれていった。
刃は、より一層、禍々しい輝きを帯びていく――。
颯真の放つ風を吸い込み、妖しく輝きを増した水晶の大剣を、ラピスは両手で握り直した。上段に構え、わずかな間を置いて、力強く振り下ろす。
刹那、刀身が妖光を放ち、そこから暴風が解き放たれた。
風は竜巻となって渦を巻き、岩壁を抉り、地を削りながら一直線に颯真へと迫る。
「……こんなもんが、効くかよ」
心底うんざりした声音で呟き、颯真は迫り来る竜巻を風の刃で真っ向から切り裂いた。
暴風は散り、空気は再び静寂を取り戻す。
――ラピス自身も、これが颯真に通じるとは思っていなかったのだろう。
颯真が竜巻を蹴散らした、その瞬間には、ラピスはすでに動いていた。
透明へと戻った大剣を振り上げ、いつの間にか、彼の目前にまで肉薄している。
「――ちっ」
颯真は舌打ちとともに身を屈め、眼前を薙ぐ大剣を紙一重でかわす。そのまま前転し、距離を取った。
ラピスは追撃を焦らず、隙のない構えのまま、鋭い視線で颯真を捉えている。
(……仕掛けは分からねぇが、タフさも身体能力も、確かにあの野郎に匹敵してやがる。
『術師殺し』――大剣で遠距離を封じ、フィジカルギフテッドの身体能力で間合いを詰め、術式を使う暇すら与えずに叩き潰す。
その戦法を、ほぼ完成形まで研ぎ澄ませてやがるな)
倒せない相手ではない。
だが、想像以上の実力を前にして、颯真は内心で小さく舌を巻いた。
(……さて、どうするかね)
「……マスターの仇敵は、死ね」
颯真が対処法を思案するよりも早く、ラピスは動いた。
大剣を肩に担ぐように構え、砲弾のごとき速度で間合いを詰め、その刃を颯真へと叩き落とす。
空気が裂ける。
颯真は身を半身に開き、紙一重でそれを躱した。
行き場を失った大剣は、そのまま地面へと激突する。
次の瞬間、爆発めいた衝撃が洞窟内を揺るがし、砕けた岩礫が雨のように周囲へ飛び散った。
無数の礫が颯真の身体を打つ。だが、意に介さない。
彼は踏み込み、ラピスの胴へ蹴りを叩き込んだ。
吹き飛ばされる――かに見えたラピスは、その衝撃すら利用した。
蹴られた勢いのまま身体を回転させ、遠心力を乗せた横薙ぎの一閃。
だが、その反撃も読まれていた。
颯真は蹴り抜いた反動を使い、すでに後方へ跳び退いている。
大剣の刃は、彼の眼前をなぞるだけで空を切った。
「……もういいわ。面倒くせぇ」
呟きは、ひどく投げやりだった。
視界の端では、傑と女が一進一退の攻防を続けている。その光景を一瞥した颯真は、思考を放棄するかのように、呪力を一気に練り上げた。
彼の瞳が蒼く輝く。
掌の上には、台風を圧縮したかのような暴風が凝縮され、唸りを上げながら渦を巻く。
呪力の異変を察知し、傑と女は同時に動きを止め、颯真を注視した。
ラピスはそれを許さぬとばかりに地を蹴り、大剣を構える。
弾丸のように鋭い刺突――殺意だけで洗練された一撃。
しかし、その切っ先は颯真の目前で、見えない何かに阻まれて止まった。
不可視の壁。
幾重にも重ねられた、風の防壁だった。
本来、術式を吸収するはずの大剣が、弾かれ、押し返される。
追い詰められ、殺戮人形と化していたラピスでさえ、その光景に驚愕し、動きを止めた。
「……化け物め」
吐き捨てるような呟き。
ラピスは気づかなかったが、女は颯真を見据え、冷や汗を流していた。
――吸収されるたびに、防壁を貼り直している。
勢いを殺すためだけに、呪力を重ねるという、あまりにも強引で、しかし的確な防御。
それを見抜いたのは、彼女だけだった。
「傑、死ぬなよー」
まるで散歩にでも行く前のような軽さで、颯真は言った。
そして、掌の上に封じていた“災害”を解き放つ。
次の瞬間、洞窟は咆哮する。
圧縮されていた暴風が解放され、すべてを呑み込む嵐となって、空間そのものを蹂躙した。
洞窟内は、ただの風ではなく――
破壊そのものに覆い尽くされていた。
仕事忙しいし、寝ないとキツいと分かっているのに、感想や評価を頂けたことによるモチベだけで更新できました(笑)
こんな拙作に付き合ってくださる皆様には感謝しきれません。
今はただ君に感謝を……
夏油傑は救済されるべき
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このまま救済されるべき
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羂索は夏油の頭でメロンパンしないと
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虎杖ママメロンパンが見たい!
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サマーオイル教師は見たくない