呪術廻戦〜蒼風を纏う者   作:腹黒薩摩

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寝不足で書いたので、誤字あったらすみません。


第27話

 洞窟だったはずの場所は、すでに存在しなかった。

 颯真の解き放った災害的な一撃によって、地形そのものが削り取られ、そこにはただの更地が広がっている。

 

 砕け散った岩壁と瓦礫の山。その隙間から、傑は呻くように身を起こした。呪力で防壁を張ったとはいえ、衝撃と威力のすべてを殺しきれたわけではない。全身が、鈍い痛みで悲鳴を上げている。

 

「お、生きてたな。

 良かった、良かった」

 

 軽薄な調子でそう言いながら、颯真は肩をすくめて笑った。

 

 その笑顔に、傑の額に青筋が浮かぶ。

 

「……普通なら、死んでます」

 

「お前らは普通じゃねぇだろ。

 問題ない」

 

 あまりにも雑な言い草に、傑は思わず睨み返すが、颯真は気にした様子もない。

 

 すでに掌には、さらに収束された風が渦を巻いていた。圧縮された呪力が、空気を軋ませる。

 

 ――終わっていない。

 

 それを察した傑もまた、歯を食いしばりながら呪力を練り上げる。

 

「……仕留めきれてませんか?」

 

「ラピスとか言ったガキんちょには、そこそこ入ってるだろうがな。

 だが、あの縫い目女には、ほとんど効いてねぇ」

 

 吐き捨てるように言いながら、颯真は風による探査で位置を捉えていた。

 

「……底が見えねえ。

 何者なんだか」

 

 次の瞬間、放たれた不可視の風刃が、崩れた岩壁と瓦礫をまとめて両断し、埋もれていた二人へと迫る。

 

 だが――

 

 ラピスは大剣で、

 縫い目の女は、刀で。

 

 それぞれ、風の刃を正面から受け止めた。

 

 無傷なのは、縫い目の女だけだった。

 

 ラピスの全身からは大量の血が流れ落ち、剣を握っていない左腕は、あらぬ方向に折れ曲がっている。

 満身創痍――その言葉でさえ、生温く感じるほどの重傷。

 それでもなお、彼女は戦意を失わず、ふらつきながら立ち上がろうとしていた。

 

「自慢の切り札とやらも、もう死に体だぞ?」

 

 油断なく二人を睨み据えながら、颯真は縫い目の女を挑発する。

 

「やれやれ……それは借り物だからね。

 これ以上壊されるのは困る」

 

 困ったように肩を竦め、縫い目の女は続けた。

 

「……しかし、本当に驚いたよ。

 現代の術師とは思えないほどの実力だ」

 

 その言葉に、傑は目を細める。

 

(現代の術師……?

 まるで、自分は違う時代の存在だと言わんばかりだ)

 

 だが、その真意に辿り着く前に、颯真が口を開いた。

 

「で、お前は何者だ?」

 

 鋭い視線を向けたまま、言い放つ。

 

「この土蜘蛛も、お前の仕込みだろ?」

 

 その指摘に、縫い目の女は笑みを深めた。

 

「今は“香織”と名乗っている。

 好きに呼ぶといい。名前など、私にとっては意味をなさない」

 

 淡々と語りながら、彼女は続ける。

 

「土蜘蛛の件も、その通り。

 領域を使えない呪霊操術の少年を守るために、キミは必ず領域を展開する。

 土蜘蛛程度ではキミたちは仕留められないが……術式が焼き切れている間なら、キミは探知も使えない。

 その隙を突けば、奇襲で仕留められると踏んでいた」

 

 そこまで言って、香織は小さく息を吐いた。

 

「まさか、直前で気づかれるとは思わなかったがね」

 

 その言葉の断片が、颯真の中で静かに繋がっていく。

 

(“現代の術師”

 “私の器”

 “名前は意味をなさない”)

 

「……狙いは傑の身体か。

 術式ごと、だな?」

 

 その瞬間、香織の目が見開かれた。

 

「……ほう」

 

 颯真は畳み掛ける。

 

「お前の術式は、重力操作じゃねぇ。

 他人の身体を乗っ取って、術式を奪うタイプだ。

 その身体、何人目だ?」

 

 香織は、ゆっくりと額の縫い目を解いた。

 

 頭蓋が割れ、露わになったのは――

 口を持つ脳。

 

「――キッショ。

 なんで分かるんだよ」

 

 不快そうに言いながらも、否定はしない。

 

「その通りさ。脳を入れ替えれば、肉体はいくらでも渡り歩ける。

 もちろん、刻まれた術式も使える」

 

 そして、楽しげに続けた。

 

「彼の呪霊操術が欲しくてね。

 色々と手を打っていたんだが……いつもキミが邪魔をする」

 

 一瞬だけ、視線が颯真に向けられる。

 

「それも、愉しくはあった。

 だが、そろそろ邪魔になってきたから――

 まとめて処理しようと思ったんだが」

 

 再び頭蓋骨を被り、縫い目を縫い直しながら、香織は肩をすくめた。

 

「上手くいかないものだね」

 

 颯真は、殺気を隠そうともせず、低く告げる。

 

「随分余裕だな。

 目論見は外れ、切り札は瀕死。

 俺の術式も戻った。

 手の内も、目的も、全部割れてる」

 

 一歩、踏み出す。

 

「――この状況で、逃げられると思ってるのか?」

 

 だが、その言葉を受けても、

 香織の表情が揺らぐことはなかった。

 

 まるで――

 まだ、何かが残っているかのように。

 

「映画や物語は好きかな?」

 

 唐突な香織の問いに、颯真は思わず眉をひそめた。

 

「……は?」

 

 間の抜けた声が漏れる。

 

「私のような悪役が、わざわざ手の内を語り出す時のお約束は、知っているだろう?」

 

 香織は薄く笑い、愉しげに言葉を紡ぐ。

 

「――逃げ切れる確信がある時、だよ」

 

「そーかい!!」

 

 戯れ言は終わりだと告げるように、颯真は地を蹴った。迷いのない一撃を叩き込むべく、香織へと飛びかかる。

 

 それを察したラピスが、満身創痍の身体とは思えぬほど鋭い動きで、香織の前に立ち塞がった。

 

「――邪魔だッ!!」

 

 颯真は掌に圧縮した風へ、さらに呪力を叩き込み、掌底の要領で解き放つ。嵐を拳ほどに凝縮した、純粋な破壊の奔流。

 

 だが香織は、その圧倒的な暴力が迫っているにもかかわらず、微塵も意に介さなかった。

 

 静かな所作で、彼女はラピスの仮面に手を伸ばす。

 

 仮面が外れ、隠されていた素顔が露わになる。

 

 それを見た瞬間、颯真の瞳が大きく見開かれた。

 

(――翠鈴!?)

 

 かつて護ろうとして、護れなかった幼馴染。

 

 瑠璃色に輝く、忘れもしないその瞳。

 

「……颯真、助けて」

 

 護りたかったはずの少女と瓜二つの顔から、救いを求める声が零れ落ちる。

 

 だが――。

 

 すでに放たれた必殺の一撃は、もはや止まらなかった。

 

 圧縮された暴風はラピスの胸部に直撃し、刹那、巨大な台風すら凌駕する暴力が解き放たれる。

 

 ラピスは――いや、ラピスだったものは、肉片一つ残さず、霧となって消え失せた。

 

 あり得ない光景に、颯真の思考が一瞬、完全に停止する。

 

 その刹那の隙を、香織が見逃すはずもなかった。

 

 鋭い銀の閃光が奔り、颯真の身体が逆袈裟に斬り上げられる。

 

 一拍遅れて、鮮血が宙を染めた。

 

「……おやおや。感動の再会、とはならなかったようだね」

 

 傑は即座に土蜘蛛を再召喚し、吐き出された蜘蛛糸で颯真を包み込み、追撃を防ぐ。

 

 しかし――香織は、もはや攻める意思を見せなかった。

 

 彼女の背後で空間が裂け、漆黒の闇が口を開く。

 

 そこから現れたのは、漆黒よりもなお黒い紳士服に身を包んだ、初老の男だった。

 

「……試作品だから壊すなと、言っていたはずだが?」

 

「すまないね。予想以上に手強くてさ」

 

 世間話でもするかのような軽い口調。

 

 その男――ヴェルンハルト・ローデスを、颯真は射殺さんばかりの視線で睨みつけた。

 

「――テメェの差し金か、ヴェルンハルト・ローデス!!」

 

 剥き出しの憎悪を受けても、ヴェルンハルトは気にも留めず、静かに嘆息する。

 

「いやいや、私は少しアレを貸しただけに過ぎんよ。

 確かに我々にとって、貴様は不俱戴天の仇敵だがね」

 

 淡々と、しかし慎重に言葉を続ける。

 

「私は小心者でね。確実に勝てる時以外、戦う趣味はない。

 正直に言おう。この状況、この手傷を負ってなお――君たちは恐ろしい。勝つ自信がない」

 

 一瞬、瞳を細める。

 

「試作品とはいえ、『術師殺し』の模倣品を容易く屠るあの非常識な力を見せられては、なおさらだ」

 

「――というわけで、今日はここまでだ」

 

 香織がその言葉を引き継ぐように、別れを告げる。

 

「神凪颯真。……そして、私の“器”。いずれまた会おう」

 

 二人の姿は、漆黒の裂け目の中へと溶けるように消え去った。

 

 颯真は傷を反転術式で癒すことすらせず、即座に風の刃を放つ。

 

 だが、刃は虚空を裂くだけで、すでに誰もいない。

 

 周囲一帯の風を探知するも、二人の痕跡は掴めなかった。

 

「……チッ」

 

 苦々しい舌打ちが、虚しく響いた。

 

 悔恨を滲ませるように目を伏せた颯真へ、傑は思わず案じる視線を送った。

 ここまで感情を剥き出しにした颯真を見るのは、星漿体の一件以来のことだった。

 

 咄嗟に口を衝いて出た少女の名。

 生け贄という言葉に向けられた、露骨なまでの嫌悪。

 そして、抑えきれず噴き上がったあの激情。

 

 そのすべてを理解できたわけではない。

 

 それでも――敬愛する先輩が抱え込んできた禁忌の一端に触れ、自身が狙われているという現実さえ、傑の意識からは遠のいていた。

 

 ただ、颯真が気がかりでならなかった。

 

 一瞬の逡巡。

 やがて颯真は、何かを断ち切るように瞼を開き、傑へと向き直る。

 

 そこにはもう、いつもと変わらぬ斜に構えた笑みが浮かんでいた。

 

「高専に戻るぞ。悟や正道にも共有して、あのメロンパンの対策を立てねぇと。

 アイツにお前の術式を取られたら、厄介なんてもんじゃねぇ」

 

 軽口めいた調子でそう言う颯真は、確かにいつも通りだった。

 

 だが傑の目には、その笑みの奥に、鞘から半ば抜かれたままの刀のような――触れれば血を呼ぶ危うさが、確かに宿っているように映っていた。

 




 これにて、五条悟と夏油傑の学生時代編で書きたかったことは概ね終了しました。
 夏油傑の闇堕ちを回避し、五条悟を孤独にしないという私の願望二お付き合い頂き、本当にありがとうございます。

 闇堕ち回避しても、メロンパン夏油も捨てがたく、アンケートにもお付き合い頂きありがとうございます。

 今後とも精一杯書いていきますので、感想や評価を頂けると嬉しいですので、よければお願い致します。 
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