呪術廻戦〜蒼風を纏う者   作:腹黒薩摩

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第28話

――東京都立呪術高等専門学校。

 

 夕暮れが校舎を朱に染め、長い影が教室の床に伸びていた。

 その一室に集められたのは、五条悟、夏油傑、神凪颯真、夜蛾正道、そして家入硝子。重苦しい沈黙の中心にあるのは、颯真と傑が語る、土蜘蛛祓除任務の顛末だった。

 

 未登録の特級呪霊の出現。

 それを餌に現れた、「香織」と名乗る正体不明の呪詛師。

 他者を乗っ取るという異質な術式、そして標的にされた夏油傑。

 さらに、その背後にいる颯真の宿敵――外国人呪詛師ヴェルンハルト・ローデス。

 彼が“創り上げた”と豪語する、『術師殺し』天与呪縛――フィジカルギフテッドの模倣品。

 

 どれか一つでも荒唐無稽だというのに、それらすべてが一つの線で結ばれている。

 信頼する二人の口から語られなければ、誰も信じはしなかっただろう。

 

「……颯真と傑、二人から逃げおおせる呪詛師、か」

 

 低く、重々しく夜蛾が口を開いた。

 その声音には、理性よりも先に感情が滲んでいる。――信じられない、というより、信じたくない、という色だった。

 

「相当ヤバいよね。先輩と傑を同時に相手にして生きて帰るとか」

 

 悟は軽く肩をすくめながらも、その目は冗談めかしてはいなかった。

 話を聞いた瞬間から、彼はすでに最悪の結論に辿り着いている。

 

「でも、それ以上にヤバいのは……」

 

 言葉を濁した悟の続きを、颯真が引き取る。

 軽薄な笑みを浮かべながらも、その瞳は冴えきっていた。

 

「――こっちの上層部に、内通者がいるってことだ」

 

 空気が、一段階重く沈んだ。

 夜蛾と傑は無言で頷く。その表情が、悟と颯真と同じ結論に達していることを雄弁に物語っていた。

 一方、硝子だけが目を丸くする。

 

「……マジ? それ、相当ヤバくない?」

 

 颯真は小さく息を吐き、硝子にも分かるように言葉を選んで説明を始めた。

 

「少なくともだ。

 傑の術式が呪霊操術であること。

 土蜘蛛の任務に、俺と傑が派遣されること。

 俺が領域展開を使えること。

 それに、俺の術式が探知能力に優れていること――」

 

 指を折りながら、淡々と並べていく。

 

「……これだけの情報が、あのメロンパン女には筒抜けだった。

 総監部の上層に内通者がいると考えるのが、一番自然だろ」

 

 一拍置いて、付け足すように呟く。

 

「……俺の術式に関してだけは、ヴェルンハルト経由の可能性もあるがな」

 

 ようやく事態の深刻さを飲み込んだ硝子は、喉を鳴らした。

 

「で、そのヴェルンハルトって、何者?

 パイセンと、ただならぬ因縁がありそうだけど」

 

 海外では呪力の発生自体が稀で、外国人術師は極端に少ない。

 その中で“凄腕”と称される呪詛師。悟が興味を示すのも無理はなかった。

 

「正道に拾われる前にな、ちょっとした因縁があってさ」

 

 颯真は、どこか遠い過去を思い返すように視線を落とす。

 

「『アルマゲスト』っていう、ヨーロッパを中心に活動してた魔術結社の残党だ。

 俺が頭と幹部連中を殺して、壊滅したと思ってたんだけどな……」

 

 肩をすくめ、乾いた笑みを浮かべる。

 

「まぁ、次に会ったら今度こそ俺が殺す。

 だが、もし奴らに遭遇したら気をつけろよ。

 あいつら、全員がマッドサイエンティスト気質の愉快犯だ」

 

 軽い口調とは裏腹に、その言葉の端々には、抜き身の刃のような冷酷さと残酷さが滲んでいた。

 

 夕暮れの光が差し込む教室で、誰もが無意識に、その刃の切っ先を感じ取っていた。

 

「……重要なのは、これからどうするかだ」

 

 夜蛾は一度場の空気を切り直すように、話を元へ引き戻した。

 

「犯人探しも面倒だ」

 

 低く、苛立ちを隠そうともしない声で悟が続ける。

 

「いっそ――上の連中、全員殺してしまおうか?」

 

 常日頃から鬱積していた不満が、殺気となって滲み出ていた。

 

「……魅力的な提案だが、それじゃ意味がないな」

 

 颯真は、どこか可笑しそうに笑いながら首を振った。

 

 否定されるとは思っていなかったのか、悟は一瞬目を見開き、颯真を見た。

 

 その視線を引き継ぐように、今度は傑が口を開く。

 

「上層部は、呪術界の魔窟だよ」

 

 淡々と、感情を削ぎ落とした声音。

 

「保身、世襲、高慢、傲慢、そして救いようのない愚鈍。

 腐ったミカンのバーゲンセールさ。皆殺しにしたところで、首がすげ替わるだけだ。

 同じような内通者は、必ず現れる」

 

 事実だけを並べたその言葉に、悟は奥歯を噛み締め、拳を強く握った。

 

「……当面の間だ。傑は単独で任務に出るな」

 

 夜蛾の出した結論は、あまりに消極的だった。

 

 それを聞いた颯真は、小さく嘆息する。

 

「無理だろ。それ」

 

 鋭い一言。

 

「アンタがそう言ったところで、特級術師の傑を遊ばせるなんて、あのクソ爺どもが認めるはずがない」

 

 核心を突く指摘に、夜蛾は何も返せなかった。

 

「……じゃあ、どうすんの?」

 

 行き場のない沈黙に、硝子が投げた問い。

 

 誰も答えられない。

 部屋に沈黙が降り、時間だけが無為に流れていく。

 

 その静寂を裂くように、颯真が口を開いた。

 

「……俺が高専を抜ける」

 

 一瞬で、全員の視線が颯真に集まった。

 

「俺が姿を消せば、上層部に入る情報は途絶える。

 それなら、傑を単独行動させても“囮”に見えるだろ」

 

 淡々とした説明。だが、その裏にある覚悟は、誰の目にも明らかだった。

 

「俺の術式は探知も得意だが、隠蔽もそこそこいける。

 本気で隠れた俺を見つけ出すのは、そう簡単じゃねぇ」

 

「――それなら、俺が」

 

 悟が言いかけた瞬間、颯真は笑みを崩さぬまま、静かに首を横に振った。

 

「お前らは教師になるんだろ。やるべきことをやれ」

 

 柔らかい声だった。

 

「適材適所ってやつだ。

 まあ……困った時は、格安で助けてやるよ」

 

 その言葉を最後に、颯真の姿が揺らいだ。

 

 空気の屈折率を操る光学迷彩。

 それだけではない。音は消え、熱は遮断され、存在そのものが空気層の中へ溶けていく。

 

 彼は、世界から消えた。

 

 悟と傑は、反射的に手を伸ばす。

 

 だが――もう、そこには何もなかった。

 

「……パイセン、アンタはいつだって……」

 

「神凪先輩……」

 

 二人は伸ばした手を、強く握り締める。

 

 掌に爪が食い込み、血が滲み、静かに床へと滴り落ちた。

 

 それでも、掴めたものは何一つなかった。

 




 これにてさしす組の学生時代編完結となります。

 ここまでお付き合い頂いた読者の皆様、本当にありがとうございます。 
 皆様の感想や評価がモチベとなってここまで続けることが出来ました。

 呪術廻戦0や本編の話については、大まかな構想はありますが、ご希望があれば続けようかなーとは思っていますが、仕事も忙しいので、少し時間がかかるかもしれません。

 ご要望が多ければ、頑張ろうとは思いますが…… 

 兎にも角にも、本当にここまでありがとうございました。

 今はただ、君に感謝を
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