皆様から温かい感想を頂けてホッとしました。
感謝の気持ちで更新です。
――憂太が決意を新たにしてから、三ヶ月が過ぎていた。
蝉の声が耳を打つ夏のグラウンド。
陽炎の立つ地面を挟み、訓練用の武具を構えた二人が、静かに向かい合っている。
憂太の手には竹刀。
真希が握るのは、実戦を想定した模擬槍だ。
パンダと棘は呪具を用いず、少し離れた石段に腰を下ろして観戦している。
空気は張り詰め、冗談の入り込む余地はない。
「それじゃ、二人とも……準備はいい?」
悟と傑が任務で不在のため、監督役を買って出た灰原が、慎重に声をかけた。
「……はい」
真希は無言で頷き、憂太も短く応じる。
「――では……始め!」
合図と同時に、先に動いたのは憂太だった。
「ハッ!」
初めて刀を握った頃の、頼りないぎこちなさはもうない。
踏み込みは鋭く、全身の力を乗せた竹刀が、一直線に真希へと振り下ろされる。
だが真希は、それを容易くいなした。
受け流す動きに一切の無駄はなく、まるで憂太の成長を測るかのようだ。
次の瞬間、反撃に転じる。
長い槍を大きく引き、ぶん回すと見せかけて――そのまま、最短距離を貫く鋭い突き。
フェイント混じりの一撃。
確実に仕留めに来たはずの模擬槍を、憂太は辛うじて竹刀で受け止めた。
「……!」
真希の目が、わずかに見開かれる。
そして憂太自身もまた、自分の動きに驚いていた。
観戦していたパンダと棘が、思わず声を漏らす。
「お!?」
「ツナ」
一瞬の隙を逃さず、憂太は攻めに出た。
連続する打ち込み。
だが、その攻撃の合間を縫うように、真希の蹴りが飛んでくる。
脇腹を狙った一撃。腕で受けたものの、衝撃に弾き飛ばされ、憂太の身体は後方へ転がった。
それでも――
すぐに地面を蹴り、体勢を立て直す。
呼吸を整え、視線を逸らさない。
再び、睨み合う二人。
張り詰めた空気を裂くように、聞き慣れた声が割り込んだ。
「――お、模擬戦中かな?」
任務を終えた傑が、グラウンドに姿を現す。
その一瞬。
憂太の意識が、わずかに逸れた。
「――!」
逃さなかった。
真希の模擬槍が、容赦なく憂太の顔を打つ。
「余所見してんじゃねぇよ」
「……はい」
打たれた頬を擦りながら、憂太は素直に返事をする。
「さっさと構えろ、ハゲ!」
(――きっつ……)
呪具使いとして、真希は憂太より一枚も二枚も上手だ。
食らいつくだけでも、容易ではない。
「私から一本取るんだろ?」
不敵に笑い、挑むように言う真希。
「――はい! もう一本、お願いします!!」
憂太は力強く答え、竹刀を構え直した。
真希の槍が、風を裂いて舞った。
しなやかな腕の動きに合わせ、刃先は回転を孕みながら憂太へと迫る。
憂太は竹刀でそれを受け流し、軋む衝撃を腕に感じながら、一瞬で間合いを詰めた。半身を滑らせるように回り込み、真希の背へ横薙ぎの一閃を放つ。
視線すら追いつかぬ、苛烈な応酬。
だが、死角から放たれたはずの一撃を、真希はひらりと跳んで躱した。
(躱された――!?
……けど、崩した!)
憂太の胸に、確かな手応えが灯る。
彼はそのまま一歩、さらに踏み込み、真希の着地点へ狙いを定めた。
(着地で捉える!!)
だが、真希はすでにその先を読んでいた。
身体を柔らかく折りたたむように地面へ伏せ、憂太の一撃を紙一重でやり過ごす。
「嘘ぉ!!」
空を斬った竹刀に引きずられ、憂太の体勢が大きく崩れる。
その一瞬の隙を、真希は逃さなかった。
「わっ」
足を絡め取られ、背後からシャツを引かれた憂太は、為す術もなく地面に叩きつけられる。
ゴンッ、という鈍い音とともに、倒れた頭へ容赦のない模擬槍の一撃が落ちた。
「はい、死んだ。
また私の勝ちだな」
真希は軽やかに立ち上がり、勝ち誇った笑みを憂太へ向ける。
憂太は頭を押さえながら、痛みに滲む視界で彼女を見上げた。
「……最後の、いりました?」
涙を浮かべ、弱音が思わず口をつく。
「甘えんな。
常に実戦のつもりでやれ。
その言葉と痛みの奥に、真希なりの思いが込められていることを、憂太は知っている。
彼は息を整え、再び立ち上がった。
竹刀を握る手に、迷いはない。
「……もう一本、お願いします!」
(――そうだ。僕は、強くなるんだ。)
胸の奥で、憂太は静かに誓う。
(強くなって、里香ちゃんが、もう誰かを傷つけなくてすむように……
そして、里香ちゃんと一緒に、誰かを守れるようになるんだ――)
その決意に呼応するかのように、憂太の手に力がこもる。
竹刀の柄が、きしりと小さく鳴った。
三ヶ月前。
五条悟に「超貧弱」と評された少年は、もはやそこにはいなかった。
血のにじむような鍛錬と、逃げずに積み重ねてきた日々が、確かに彼の身体と心を作り変えつつあった。
「……憂太が高専に来て、もう三ヶ月か」
竹刀を構える憂太の動きを眺めながら、パンダがしみじみと呟く。
「かなり動けるようになったな」
「しゃけ」
隣で、棘が短く応じる。
それが同意であることを、ここにいる誰もが理解していた。
「性格の方も、随分前向きになった」
夏油傑は穏やかに目を細め、微笑を浮かべる。
総監部の特別室――初めて憂太と向き合ったあの日。
自らの処刑すら受け入れようとしていた少年の面影を思い出し、教師としての感慨が胸に満ちていく。
「……本当によく、ここまで来た」
「すじこ」
棘が視線を真希へ向けながら呟く。
それにパンダも、深くうなずいた。
「確かに、真希も楽しそうだ。
武具同士の立ち会いって傑とくらいしかなかっーー」
武具同士が真正面からぶつかり合う稽古。
必死の形相で挑む憂太。
楽しそうに憂太の挑戦に応じる真希。
その瞬間。
(天啓ッ!!)
憂太と真希の立ち会いを眺めていたパンダの脳裏に、まるで天から雷が落ちたかのような閃きが走る。
勢いよく立ち上がり、パンダの瞳がきらりと輝いた。
「憂太ァ! ちょっと来い! カマン!!」
訓練場に、やけに場違いなほど陽気な声が響いた。
声の主はパンダだった。訓練に集中していた憂太に向かって、ぶんぶんと腕を振っている。
急用かと察し、憂太は動きを止めて駆け寄った。
「どうしたの、パンダくん?」
「超大事な話だ、心して聞け!」
パンダは意味深に周囲を見回すと、憂太の肩をがっしりと抱き寄せ、ひそひそと耳元に息を吹きかける。
「オマエさ……巨乳派? それとも微乳派?」
(いま!?)
あまりに唐突な問いに、憂太の思考は一瞬、完全に停止した。顔に熱が集まるのを自覚しながらも、逃げ場を失って口を開く。
「あ、あんまり気にしたことはないんだけど……」
「ほうほう」
憂太の反応を楽しむように、パンダはいやらしく口角を吊り上げる。
「でも……人並みに大きいのは、好き、かな……」
「ほっほーう!」
憂太が顔を赤らめた、その背後。気配もなく、もう一人の人物が忍び寄っていた。
「なるほどねぇ」
振り返ると、そこには悪戯っ子のような笑みを浮かべた夏油傑が立っていた。
「憂太は巨乳派で、しかも結構猥談も嫌いじゃない、と……」
わざとらしく間を置き、囁くように続ける。
「……このムッツリめ」
「げっ、夏油先生!?」
普段の穏やかで頼れる教師像とのあまりの落差に、憂太は完全に動揺した。羞恥と混乱がない交ぜになり、言葉を失う。
そんな二人を横目に、目的を果たしたパンダは満足げに踵を返した。視線の先にいるのは、腕を組んで成り行きを見守っていた真希だ。
「真希!」
「あ?」
パンダは急に芝居がかった動きを見せ、くるりとバレリーナのように回転すると、両腕で大きな円を描いた。
「脈ありデース!」
その瞬間、真希のこめかみに青筋が走った。
「なに勘違いしてんだ。殺すぞッ!!」
「照れんなって。小学生かよ?」
「おーし、殺す。
ワシントン条約とか関係ねぇからな!!」
もはや理性は吹き飛び、真希は模擬槍を振り上げた。国際条約も何もあったものではない。
「ちょ、待て待て!」
慌てて手甲を装着したパンダも応戦し、次の瞬間、訓練場は相手を変えての模擬戦というかたちのじゃれ合いの場と化した。
呆然と立ち尽くす憂太と、面白そうにそれを眺める傑と棘。
そこに、パンパンと手を叩く音が響いた。
御霊化強化計画はを受け入れて頂けるか不安だったのですが、温かい感想コメントが多く、とても嬉しかったです。
本当にありがとうございます。
今後とも更新頑張りますので、よろしくお願い致します