呪術廻戦〜蒼風を纏う者   作:腹黒薩摩

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なんとか書き上げたので投稿します。



第40話

――東京都立呪術高等専門学校。

 

 憂太、真希、パンダ、棘の四人は、日課となった訓練へ向かうため、高専のグラウンドを目指して石畳の上を歩いていた。

 

 冬の気配を孕んだ風が、校舎の影を縫うように吹き抜けていく。

 

そのとき、不意に胸の奥がざわついた。

 

「……?」

 

 憂太は足を止め、無意識に周囲を見回す。

 

 言葉にしがたい、湿った不快感。皮膚の裏を撫でられるような、嫌な予感。

 

 先を歩いていたパンダが、その異変に気づいて振り返った。

 

「どーした、憂太?」

 

 問いかけに、憂太は首を傾げる。

 

 高専に来て数カ月。呪力操作や体術、座学に実地と、学ぶべきことは山ほどあったが――自分の感覚に対する信頼は、まだ心許ない。

 

「えーっと……なんか、ちょっと嫌な感じがして……」

 

 半信半疑のまま告げると、真希が即座に言い放った。

 

「気のせいだ」

 

 取りつく島もない。

 

「気のせいだな」

 

 パンダも同調し、棘も

 

「おかか」

 

と一言残し、何事もなかったかのように歩き出してしまう。

 

「えぇ!? ちょっと、みんな……!」

 

 憂太は三人のあまりに淡白な反応にショックを受けながら、慌てて後を追った。

 

「だって、憂太の呪力探知、超ザルじゃん」

 

 パンダの容赦ない一言に、真希が肩越しに付け加える。

 

「まぁ、里香みたいなのが常に横にいりゃ、感覚も鈍るわな」

 

「ツナ」

 

 その点については、三人の意見は一致していた。

 

――そんな四人の様子を、校舎の上階から見下ろしている者たちがいる。

 

 五条悟。

 夏油傑。

 そして、夜蛾正道。

 

 特級術師二名と高専の学長は、先日の商店街襲撃事件以降、校内の警戒を強めていた。

 

 夜蛾は顎髭を擦りながら、重く口を開く。

 

「あれから、呪詛師どもに目立った動きはない……。

 やはり、高専が狙いというのは、杞憂だったのではないか?」

 

 その疑問に、夏油が淡々と否を返す。

 

「学長、それはあり得ません」

 

 静かな声音とは裏腹に、言葉は断定的だった。

 

「魔術結社《アルマゲスト》は、すでに狗巻棘、乙骨憂太――両名の任務中に直接襲撃を仕掛けています」

 

 五条も軽い口調で続ける。

 

「それに、パイセンの話じゃ、あいつらのアジトにさ。

 高専関係者の情報をまとめた資料が、しっかり保管されてたらしいし」

 

 笑みを浮かべながらも、その瞳に油断はない。

 

「僕らが“的”にされてるのは、まず間違いないね」

 

 状況証拠は、確かに揃っていた。

 それでも、夜蛾の胸には拭いきれぬ違和感が残る。

 

 現在の高専には――規格外の存在がいる。

 単独で国家転覆すら可能な、化け物じみた力。

 

 特級術師が、二名。

 

 魔術結社《アルマゲスト》の全容は未だ掴めていないとはいえ、この布陣の高専に正面から挑むなど、自殺行為にしか思えなかった。

 

 それでもなお、迫り来る気配は消えない。

 

 悟と傑は、空気のわずかな歪みに同時に眉をひそめた。

 それは音にもならない、しかし確かにそこに在る“異物”の気配だった。

 

 一拍遅れて、夜蛾もそれを察知する。

 

 ――結界は破られていない。

 それにもかかわらず、何者かが高専の内側へと忍び込んだ。

 

「……ガッデム。噂をすれば、だな」

 

 夜蛾は舌打ち混じりに吐き捨てると、即座に踵を返し走り出した。

 

「校内の準一級以上の術師を全員ロータリーに集めろ! 総力戦だ!」

 

 悟と傑は無言で応じ、その場を離れる。

 

ーーーー

 

 彼らが感じ取った気配を、ほんの一瞬遅れて真希たちも感知していた。

 

「……珍しいな」

 

 真希が低く呟く。

 

「憂太の勘が当たったってわけか」

 

「しゃけ」

 

 真希、パンダ、狗巻棘。

 三人は結界の内側を進みながら、確実にこちらへ近づいてくる異質な存在を肌で感じ取っていた。

 

 だが――。

 

 先程、誰よりも早く異変を察知した乙骨憂太だけが、その気配を掴めずにいた。

 

 次の瞬間。

 

 彼らの足元、石畳の中央に、まるで夜そのものを切り裂いたかのような漆黒の裂け目が走る。

 

 空間が、静かに、しかし決定的に歪んだ。

 

 裂け目の奥から姿を現したのは、紳士服に身を包んだ初老の男――

 ヴェルンハルト・ローデス。

 

 その隣には、金髪碧眼の美青年、ミハイル・ハーレイ。

 

 そして彼らの背後。

 

 かつて「ラピス・ローデス」と名乗った美少女と、寸分違わぬ顔を持つ少女たちが、五人、無言で並び立っていた。

 

 言葉を交わすまでもない。

 その光景が放つ不穏さに、真希は即座に察した。

 

 大刀を引き抜き、正眼に構える。

 

 パンダは手甲をはめ、重心を落とす。

 

 棘はネックウォーマーに指をかけ、喉元の呪言を封じたまま、鋭く相手を睨んだ。

 

 そして――。

 

「……っ」

 

 憂太が、ようやく気づく。

 

 胸の奥を刺す、遅れてきた違和感。

 

 目の前に立つのが、先日、自分と棘を襲撃した呪詛師の一味であることを。

 

 寸分の狂いもなく並ぶ、同一の顔。

 

 まるで鏡を複数枚並べたかのような光景を前に、真希は思わず息を呑み、小さく呟いた。

 

「……五人同じ顔って、五つ子か?」

 

 その声に応じるように、パンダが一歩前へ出る。全身の毛を逆立てるほどではないが、確かな警戒を滲ませながら、軽口を叩いた。

 

「お〇松くんかよ……」

 

 緊張と冗談の狭間にある空気をよそに、侵入者の一人――ヴェルンハルトは悠然と歩を進め、ゆっくりと周囲を見渡していた。

 古木の立ち並ぶ境内、手入れの行き届いた石畳、長い時を刻んできた建造物の佇まい。

 そのすべてを、品定めするような眼差しで眺める。

 

「……なるほど。これが呪術高専か」

 

 低く、しかしどこか感嘆を含んだ声が落ちる。

 

「良い学び舎だ。日本古来の厳かさと、美が今なお息づいている」

 

 その言葉を、冷ややかに切り捨てたのはミハイルだった。視線すらまともに向けず、吐き捨てるように言う。

 

「所詮は東洋の島国の学び舎でしょう」

 短い沈黙の後、肩をすくめる。

「……くだらない。さっさと終わらせて帰りますよ」

 

 異様なほど緊張感の欠けた侵入者たち。その態度に、パンダは一層警戒を強め、低い声で問いかけた。

 

「オマエら、何者だ? 侵入者は許さねぇぞ。憂太さんが――」

 

「こんぶ!」

 

 唐突な叫びが空気を裂いた。

 

「……え?」

 

 いきなり矢面に立たされた乙骨憂太は、素っ頓狂な声を上げる。

 

「殴られる前に帰んな! 憂太さんに!」

 

「えぇっ!?」

 

 混乱のあまり、憂太の思考は一瞬停止する。

(なんで僕!? 真希さんまで!)

 助けを求めるように真希へ視線を向けた、その刹那――

 

 ヴェルンハルトの姿が、忽然と消えた。

 

 次の瞬間、彼はすでに憂太の目の前にいた。距離は、呼吸が触れ合うほど。

 反射すら許さぬ速さで伸びた手が、憂太の手を包み込む。

 

「キミが……乙骨憂太くんかね?」

 

 穏やかな声。だが、その奥には、底知れぬ圧があった。

 

「なるほど。なかなかの呪力量だ」

 

 真希、パンダ、そして棘。

 三者は揃って息を呑む。その動きを、誰一人として見切ることができなかった――

 

「――キミのその力を、人類の進化のために使ってみようとは思わないかね?」

 

 穏やかな声だった。

 だが、その声音の奥には、底知れぬ確信と傲慢が滲んでいる。

 

「呪力すら感じ取れぬ下等なヒトが、自らを万物の霊長などと称している。

 ……実に、嘆かわしいとは思わないかね?」

 

 淡々と紡がれる言葉は、説教というよりも、すでに結論の出た真理の朗読のようだった。

 

「下賤な存在であるヒトを、より高位な存在へと進化させるのだよ。

 ヒトの持つ無限の可能性――それを、我々の手で引き出し、我々のいる高みへと引き上げてあげようではないか」

 

 その視線は、憂太を、いや“人類”そのものを見下ろしている。

 

「下賤なヒトの魂を抽出し、その力を糧として、

 下賤なヒトの中でも“活かす価値のある存在”を進化させる。

 ――星と叡智の名の下に、だ」

 

 演説は静かだった。

 しかし、言葉の一つひとつは呪いのように重く、空間を圧迫していく。

 

 敵だと理解しているはずなのに、憂太は掴まれた手を振りほどくことができなかった。

 その雰囲気に、思考そのものを縫い止められていた。

 

(……何を、言ってるんだ?)

 

 あまりにも壮大で、あまりにも歪んだ論理。

 憂太たち四人は、その意味を理解できずにいた。

 

 ただ一つ、確信できることがあるとすれば――

 この男が、救いようのない選民思想に取り憑かれた狂信者である、という事実だけだった。

 

「……僕の生徒に、イカれた思想を吹き込まないでもらおうか?」

 

 声のした方へ、全員が振り向く。

 

 そこに立っていたのは、五条悟と夏油傑。

 その背後には夜蛾正道をはじめ、灰原、七海、冥冥、猪野琢真――高専の術師たちが静かに集結していた。

 空気が、戦闘のそれへと切り替わる。

 

「キミたちが、最強と名高い五条悟くんと、呪霊操術の使い手・夏油傑くんだね」

 

 ヴェルンハルトは朗らかな笑みを浮かべたまま、二人を見据えた。

 

「どうだい? キミたちも我々に協力してくれないかね。

 ヒトを今より高みに進化させれば、この腐りきった呪術界も、少しはマシになると思わないかね?」

 

 だが、悟と傑は一切表情を崩さなかった。

 

「まずは――僕らの教え子から、離れてもらおうか」

 

 悟の声音は軽い。

 しかし、その奥に込められた殺気は、隠しようもなかった。

 

 数瞬の沈黙の後、ヴェルンハルトは小さく肩をすくめた。

 

「……どうやら、協力は得られないようだ。

 仕方ない。では、プランBといこう」

 

「プランBだと?」

 

 傑が鋭く睨み返す。

 

「――宣戦布告さ」

 

 その瞬間、ヴェルンハルトの笑みは消え去り、氷のような冷たさが表情を覆った。

 

 ミハイルが一歩前に出て、高らかに宣言する。

 

「お集まりの皆様、よく聞いていただこう。

 我ら『アルマゲスト』は、人類の進化と繁栄のため――

 キミたち呪術界に、ここに宣戦布告する!」

 

 場の空気が、凍りつく。

 

「来たる十二月二十四日、日没と同時に百鬼夜行を開始する。

 場所は、呪いの坩堝・東京新宿。

 そして、呪術の聖地・京都だ」

 

 淡々と告げられる言葉が、惨劇の予告であることを、全員が理解していた。

 

「各地に、我々の創り出した呪いを解き放つ。

 下す命令はただ一つ――『鏖殺』」

 

 ミハイルの声に、狂気はなかった。

 それが、なおさら恐ろしい。

 

「進化の儀式に必要な、生け贄だ。

 地獄絵図を止めたくば、死力を尽くして止めに来い!」

 

 その言葉を引き継ぐように、ヴェルンハルトが不敵な笑みを浮かべる。

 

「思う存分、呪い合おうじゃないか」

 

 アルマゲストの儀式の全容は、誰にも分からない。

 だが、新宿と京都、二方面での民間人虐殺――

 その宣言だけで、場は完全に沈黙した。

 

「さて、我々も忙しい身でね。

 これにて、お暇させてもらうよ」

 

 ミハイルが生み出した次元の裂け目へと、ヴェルンハルトが足を向ける。

 

「――このまま、行かせるとでも?」

 

 悟が呪力を収束させ、狙いを定める。

 その気配を察し、ヴェルンハルトは立ち止まった。

 

「やめておいた方がいいと思うがね。

 ……キミたちの可愛い生徒は、私の創ったラピスの間合い内だよ」

 

 いつの間にか、ラピスは銀色に輝く双剣を構えていた。

 

 疑似的フィジカルギフテッド。

 その一閃が、悟の赫よりも早く生徒たちを斬り裂く――

 そう直感した悟は、歯噛みしながら呪力を霧散させた。

 

「それでは――また会おう」

 

 そう言い残し、ヴェルンハルトは闇の中へと溶けていった。

 

 残されたのは、迫り来る十二月二十四日と、

 避けられぬ戦争の予感だけだった。




隙間時間にポチポチしてなんとか書き上げました(笑)

皆様のおかげで、本日(令和8年1月26日の朝7時)に確認したところ、日間ランキング8位という快挙を達成することが出来ました。

嬉しくて、嬉しくて、隙間時間できる度にスマホをポチポチして書き上げることが出来ました。

これも全て閲覧して下さり、評価や感想を下さる温かい皆様のおかげだと感謝しております。

……まぁ、既に現在(同日午後2時)には12位となっていたので、一過性のもので、すぐに圏外にいくとは思いますが(笑)
 
 今後も皆様に読んで頂けるように、頑張っていこうと決意しました。
 

 本当にありがとうございました!
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