すみません。
「――星と叡智の名の下に、主の敵に鉄槌をッ!」
斬馬刀を携えたラピスは、叫ぶや否や標的を定め、弾丸のように飛び出した。
その一歩で床を抉り、砕けた破片が後方へ飛び散る。
「いっ……!? 僕を狙ってるのか!?」
前衛を無視した突撃に、灰原は一瞬、息を呑む。
だが、迷いは刹那。
灰原は腰を落とし、両拳を握り締めた。
「――来るなら、迎え撃つ!!」
体内。
その奥に構築された“蒸気機関”が、低く唸る。
呪力を送り込む。
それを水として。
術式が火となり、機関を稼働させる。
生み出された蒸気が、全身へと駆け巡った。
「――蒸気呪法」
圧力が上がる。
筋肉が膨張する。
身体の芯へと、凄まじい力が満ちていく。
ドンッ!!
灰原の足元が爆ぜた。
同時に、その身体が前へと弾け飛ぶ。
「させません!!」
灰原を守るべく七海が追撃に転じた、その瞬間――
死角から、双剣のラピスが音もなく踏み込む。
刃が交差し、首を狩る軌道を描いた。
「お前の相手は――俺だよ」
乾いた声と同時に、白刃が閃く。
日下部が割って入り、居合の一閃で双剣を弾き返した。
金属同士が噛み合い、火花が散る。
(……重い)
一瞬の打ち合いで、力の桁違いさが伝わる。
技量ではない。
純粋な“圧力”。
(双剣でこの圧……冗談じゃねぇぜ)
だが、日下部は微動だにせず、足を踏み締め、再び居合の構えを取る。
双剣のラピスは無言。
次の瞬間――嵐のような連撃が襲いかかる。
右、左、逆手――
間断なく繰り出される刃を、日下部は最小限の動きで受け流し、弾き、いなし続ける。
視界の端で、斬馬刀を構えた本体が前進するのが見えた。
(行かせるわけには……いかねぇが)
だが、この相手を放置するわけにもいかない。
双剣ラピスは、日下部の一瞬の意識の揺れを正確に捉えた。
踏み込み――
体重を乗せた横薙ぎ。
――重い。
腕が痺れ、足が半歩滑る。
「ッ……!」
しかし、日下部は崩れない。
(……あっちは、七海と灰原に任せる!)
即断した日下部は、歯を食いしばりながら双剣を弾き飛ばし、刹那に居合の初動へ戻った。
*
その頃。
灰原は、自身に迫るラピスを追って七海が救援に向かうのを視界の端で捉えていた。
ならば――ここで迎え撃つ必要はない。
「七海!!」
灰原は一気に前へ出た。
「――っ」
七海は一瞬、目を見開く。
だが、すぐに小さく嘆息すると、その動きに合わせた。
挟撃。
灰原の狙いに応えるように、七海の鉈が全呪力を込めて振り下ろされる。
ラピスは瞬時に七海と灰原の狙いを悟った。
背後からの七海の一撃を斬馬刀で受け止める。
ギィンッ!!
絶対の自信を持つ自らの膂力で弾き返し――
そのまま返す刀で灰原を斬り払おうとする。
だが。
その狙いは、七海に読まれていた。
七海建人の生得術式――十劃呪法。
対象を線分した際、七対三の比率に“強制的な弱点”を生み出す術式。
七海の狙いは、最初からラピス本人ではない。
――斬馬刀だった。
「そこです」
七海は斬馬刀の刀身を線分する。
そして、呪力で強化した鉈を、その“弱点”へと叩き込んだ。
脆弱点は、凶刃の重みに耐えきれない。
鈍い音が響いた。
斬馬刀が――砕け散る。
「――!」
予想外の事態に、ラピスの瞳が揺れる。
一瞬。
時間が止まったように見えた。
「――拡張術式・瓦落瓦落」
その隙を逃すことなく、七海は畳みかける。
砕けた刃一枚一枚に呪力を宿し、雨のように降らせる牽制。
ラピスの視界を、一瞬にして奪った。
「――今です!!」
灰原は答える代わりに、一歩踏み込んだ。
体内の蒸気機関へ、さらに呪力を送り込む。
「――蒸気呪法」
圧力が跳ね上がった。
心臓の鼓動とは別に。
身体の奥底で、巨大な機関が唸る。
蒸気が全身を駆け巡る。
腕へ。
肩へ。
腰へ。
そして、拳へ。
「――おらぁッ!!」
ドンッ!!
灰原の身体が弾丸のように飛び出した。
視界を奪われたラピスへ、一瞬で肉薄する。
「――もらったぁッ!!」
拳を引く。
全身の力を一点へ集中。
圧縮された蒸気が、灰原の身体をさらに加速させる。
「――蒸気呪法・纏打ッ!!」
振り抜いた拳が、ラピスの背中へ突き刺さった。
ドゴォンッ!!
衝撃が爆ぜる。
蒸気によって極限まで引き上げられた膂力。
そこへ呪力を乗せた一撃。
さらに――
「――黒閃!!」
空間が歪んだ。
黒い火花が爆ぜる。
ラピスの身体が、猛烈な勢いで吹き飛んだ。
「このまま畳みかけるよ!!」
灰原の叫びに呼応し、七海の拳が黒い閃光を放つ。
――黒閃。
ゾーンに入った二人は、言葉を交わさず動く。
黒い火花が連続して空を裂く。
一度。
二度。
三度。
四度。
灰原の拳がラピスを捉え、七海の打撃が追撃する。
再び灰原。
そして七海。
呼吸すら必要としないかのような連携。
四度。
四度。
合計八度の攻撃が、ラピスの身体を壁へと叩きつけた。
最後の一撃。
壁面が大きく陥没する。
砂煙が舞い上がり――
ラピスは、動かなくなった。
*
双剣のラピスと対峙したまま、日下部は視界の端で七海と灰原が仕留めるのを捉えていた。
戦況は、決した――
だが。
日下部の表情に油断はない。
一歩も退かず、静かに、しかし確かな警戒を込めて声をかける。
「……これで三対一だ。
退いてくれるなら、追わないぜ」
――頼む。
このまま引いてくれ。
胸中の焦りを隠し、悠然と撤退を促す。
だが、ラピスは表情一つ変えず、その答えを刃で返した。
一閃――
双剣が風を裂き、日下部へ迫る。
「クソッ……それが答えかよ」
吐き捨てるように呟き、日下部は刀を鞘に収め、身を沈めた。
居合の構え――
――シン・陰流、居合『夕月』。
日下部が独自に構築した呪力プログラム。
簡易領域内に侵入した“物”を、思考を介さず全自動で迎撃する術式。
目にも留まらぬ速さで放たれた斬撃は、それをさらに上回る速度で弾かれる。
「――っ!?」
自身の速度に対する絶対の自信が裏切られた事実に、ラピスは息を呑んだ。
その一瞬の隙を、日下部は逃さない――
攻守が反転した。
簡易領域へ踏み込んだラピスに対し、日下部の斬撃が嵐のように襲いかかる。
脳で考えることはない。
脊髄反射で放たれる超高速連続斬撃。
ラピスは双剣で捌くが、すべてを防ぎ切ることはできない。
刃がかすめるたび、全身に細かな裂傷が刻まれていく。
(――押し切られる……)
判断した瞬間、ラピスは地を蹴り、大きく後方へ跳んだ。
距離を取り、日下部の間合いから脱する。
日下部は追わない。
居合の構えを保ったまま、静かに見据えていた。
その日下部の左右に、七海と灰原が降り立つ。
「……まだやるかい?」
そう問いかける日下部。
ラピスは表情を変えない。
ただ、その双眸だけが三人を静かに見据えている。
――そして。
不意に何かを察知したように、明後日の方向を向いた。
仮面のような無表情が、一変する。
焦燥。
明確な動揺。
ラピスは日下部たちには目も向けず、突然、疾走した。
「――!?」
唐突な逃走に、日下部らの動きが一瞬止まる。
だが、すぐに立て直したのは七海だった。
「――逃がしません!!」
七海はラピスを追いかけようと走り出す。
「待て待て! どうせ追いつけねぇよ」
しかし、すぐに日下部が制止する。
天与呪縛のフィジカルギフテッドを擬似的に再現したラピス。
その本気の逃走に、ここにいる誰も追いつけないことは明らかだった。
「……しかし」
「敵は、アイツだけじゃないでしょうが!!」
尤もらしい日下部の説得が続く。
「まだまだこの周辺にも呪霊も、アイツらに造られた呪詛師擬きも山程いる。
逃げた奴を追えるほどの余力があるなら、先ずは眼前の脅威を祓うべきでしょうが」
七海も灰原も押し黙る。
やがて、七海が小さく頷いた。
「……分かりました」
「分かったら、協力して辺りの奴らを祓うぞ」
日下部はそう言って、刀を構え直す。
――もっとも。
(あんな危ないヤツを俺は絶対追いかけたくない!
このままダラダラと雑魚を祓って時間を潰したい……
……何故なら死にたくないから!!)
そんな情けない日下部の内心など知る由もない。
七海と灰原は、術師として一番経歴の長い日下部の指示に従い、周辺の祓除へと向かうのだった。
その背後。
遠ざかっていくラピスの姿を、灰原は一瞬だけ振り返って見つめた。
「……あの子、どこへ行くんだろう」
「さぁな」
日下部が肩をすくめる。
「あとは、神凪あたりがなんとかするでしょ」
ちょっと体調崩してしまって、あんまり更新しないのもエタったみたいだったので、無理くり投稿しました。
なので、ちょっと短めです。
そして、更新出来ていない間にも高評価くださったり、閲覧して下さった方、本当にありがとうございます。