呪術廻戦〜蒼風を纏う者   作:腹黒薩摩

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更新遅かった上に、今回少し短めです。
すみません。


第45話

 

「――星と叡智の名の下に、主の敵に鉄槌をッ!」

 

 斬馬刀を携えたラピスは、叫ぶや否や標的を定め、弾丸のように飛び出した。

 

 その一歩で床が抉れ、砕けた破片が後方へ飛び散る。

 

「いっ……!? 僕を狙ってるのか!?」

 

 前衛を無視した突撃に、灰原は一瞬、息を呑む。

 

 だが、迷いは刹那だった。

 

 腰を落とし、両拳を握り締める。

 

「――来るなら、迎え撃つ!!」

 

 体内の奥に構築された〝蒸気機関〟が、低く唸った。

 

 呪力を送り込む。それを水として。

 

 術式が火となり、機関を稼働させる。

 

 生み出された蒸気が、全身へと駆け巡った。

 

「――蒸気呪法」

 

 圧力が上がる。

 

 筋肉が膨張する。

 

 身体の芯へ、凄まじい力が満ちていく。

 

 ドンッ!!

 

 灰原の足元が爆ぜた。

 

 同時に、その身体が前へと弾け飛ぶ。

 

「させません!!」

 

 灰原を守るべく七海が追撃に転じた、その瞬間――

 

 死角から、双剣のラピスが音もなく踏み込んだ。

 

 交差する刃が、七海の首を狩る軌道を描く。

 

「お前の相手は――俺だよ」

 

 乾いた声と同時に、白刃が閃いた。

 

 日下部が割って入り、居合の一閃で双剣を弾き返す。

 

 金属同士が噛み合い、火花が散った。

 

(……重い)

 

 一合の打ち合いで、力の桁違いぶりが腕に伝わる。

 

 技量ではない。純粋な〝圧力〟だ。

 

(双剣でこの圧……冗談じゃねぇぜ)

 

 それでも日下部は微動だにせず、足を踏み締めて再び居合の構えを取った。

 

 双剣のラピスは無言。

 

 次の瞬間――嵐のような連撃が襲いかかる。

 

 右、左、逆手――

 

 間断なく繰り出される刃を、日下部は最小限の動きで受け流し、弾き、いなし続けた。

 

 視界の端で、斬馬刀を構えた本体が前進していくのが見える。

 

(行かせるわけには……いかねぇが)

 

 だが、目の前のこの相手を放置するわけにもいかない。

 

 その一瞬の意識の揺れを、双剣のラピスは正確に捉えた。

 

 踏み込み――体重を乗せた横薙ぎ。

 

 重い。

 

 腕が痺れ、足が半歩滑る。

 

「ッ……!」

 

 しかし、日下部は崩れない。

 

(……あっちは、七海と灰原に任せる!)

 

 即断し、歯を食いしばって双剣を弾き飛ばすと、刹那のうちに居合の初動へ戻った。

 

    *

 

 その頃、灰原は――

 

 自分に迫るラピスを追って、七海が駆けつけてくるのを視界の端で捉えていた。

 

 ならば、一人で受け止める必要はない。

 

「七海!!」

 

 灰原は呼びかけ、あえて足を止めてラピスを正面から迎え撃つ構えを取った。

 

「――っ」

 

 七海は一瞬、目を見開く。

 

 だが、すぐに小さく嘆息し、その動きに合わせた。

 

 挟撃。

 

 灰原の狙いに応えるように、七海は全呪力を込めた鉈を振り下ろす。

 

 ラピスは瞬時に二人の狙いを悟った。

 

 背後からの七海の一撃を、斬馬刀で受け止める。

 

 ギィンッ!!

 

 絶対の自信を持つ自らの膂力で弾き返し、そのまま返す刀で灰原を斬り払おうとした。

 

 だが。

 

 その動きは、七海に読まれていた。

 

 七海建人の生得術式――十劃呪法。

 

 対象を線分した際、七対三の比率の点に〝強制的な弱点〟を生み出す術式である。

 

 七海の狙いは、最初からラピス本人ではない。

 

 ――斬馬刀だった。

 

「そこです」

 

 七海は斬馬刀の刀身を線分する。

 

 そして、呪力で強化した鉈を、その〝弱点〟へ叩き込んだ。

 

 強制された脆弱点は、凶刃自身の重みに耐えきれない。

 

 鈍い音が響いた。

 

 斬馬刀が――砕け散る。

 

「――!」

 

 予想外の事態に、ラピスの瞳が揺れた。

 

 一瞬、時間が止まったように見えた。

 

「――拡張術式・瓦落瓦落」

 

 その隙を逃さず、七海は畳みかける。

 

 砕けた刃の破片一枚一枚に呪力を宿し、雨のように降らせる牽制。

 

 ラピスの視界が、一瞬にして奪われた。

 

「――今です!!」

 

 灰原は答える代わりに、一歩踏み込む。

 

 体内の蒸気機関へ、さらに呪力を送り込んだ。

 

「――蒸気呪法」

 

 圧力が跳ね上がる。

 

 心臓の鼓動とは別に、身体の奥底で巨大な機関が唸った。

 

 蒸気が駆け巡る。

 

 腕へ。

 

 肩へ。

 

 腰へ。

 

 そして、拳へ。

 

「――おらぁッ!!」

 

 ドンッ!!

 

 灰原の身体が砲弾のように飛び出し、視界を奪われたラピスへ一瞬で肉薄する。

 

「――もらったぁッ!!」

 

 拳を引き、全身の力を一点へ集中させる。

 

 圧縮された蒸気が、その身体をさらに加速させた。

 

「――蒸気呪法・纏打ッ!!」

 

 振り抜いた拳が、ラピスの背中に突き刺さる。

 

 ドゴォンッ!!

 

 衝撃が爆ぜた。

 

 蒸気によって極限まで引き上げられた膂力に、呪力を乗せた一撃。

 

 さらに――

 

「――黒閃!!」

 

 空間が歪み、黒い火花が爆ぜる。

 

 ラピスの身体が、猛烈な勢いで吹き飛んだ。

 

「このまま畳みかけるよ!!」

 

 灰原の叫びに呼応し、七海の拳もまた黒い閃光を放つ。

 

 ――黒閃。

 

 ゾーンに入った二人は、言葉を交わさずに動いた。

 

 黒い火花が連続して空を裂く。

 

 灰原の拳がラピスを捉え、七海の打撃が追う。

 

 再び灰原。

 

 そして七海。

 

 呼吸すら必要としないかのような連携だった。

 

 二人が交互に四度ずつ。合計八度の黒閃が、ラピスの身体を壁へと叩きつける。

 

 最後の一撃で、壁面が大きく陥没した。

 

 砂煙が舞い上がり――

 

 ラピスは、動かなくなった。

 

    *

 

 双剣のラピスと対峙したまま、日下部は視界の端で、七海と灰原が本体を仕留めるのを捉えていた。

 

 戦況は決した――

 

 だが、日下部の表情に油断はない。一歩も退かず、静かに、しかし確かな警戒を込めて声をかける。

 

「……これで三対一だ。退いてくれるなら、追わないぜ」

 

 ――頼む。このまま引いてくれ。

 

 胸中の焦りを隠し、悠然と撤退を促す。

 

 だが、ラピスは表情一つ変えず、その答えを刃で返した。

 

 一閃――

 

 双剣が風を裂き、日下部へ迫る。

 

「クソッ……それが答えかよ」

 

 吐き捨てるように呟き、日下部は刀を鞘に収めて身を沈めた。

 

 居合の構え――

 

 シン・陰流、居合『夕月』。

 

 日下部が独自に構築した呪力プログラム。簡易領域内に侵入した〝物〟を、思考を介さず全自動で迎撃する術式だ。

 

 目にも留まらぬ速さで放たれた斬撃が、それをさらに上回る速度で弾かれる。

 

「――っ!?」

 

 自らの速度への絶対の自信を裏切られ、ラピスは息を呑んだ。

 

 その一瞬の隙を、日下部は逃さない。

 

 攻守が反転した。

 

 簡易領域に踏み込んだラピスへ、日下部の斬撃が嵐のように襲いかかる。

 

 脳で考えることはない。脊髄反射で放たれる、超高速の連続斬撃。

 

 ラピスは双剣で捌くが、すべてを防ぎ切ることはできない。刃がかすめるたび、全身に細かな裂傷が刻まれていく。

 

(――押し切られる……)

 

 そう判断した瞬間、ラピスは地を蹴り、大きく後方へ跳んだ。

 

 距離を取り、日下部の間合いから脱する。

 

 日下部は追わない。居合の構えを保ったまま、静かに見据えていた。

 

 その左右に、七海と灰原が降り立つ。

 

「……まだやるかい?」

 

 日下部が問いかける。

 

 ラピスは表情を変えない。ただ、その双眸だけが三人を静かに見据えている。

 

 ――そして。

 

 不意に何かを察知したように、明後日の方向へ顔を向けた。

 

 仮面のような無表情が、一変する。

 

 焦燥。

 

 明確な動揺。

 

 ラピスは日下部たちには目もくれず、突如として疾走を始めた。

 

「――!?」

 

 唐突な逃走に、日下部らの動きが一瞬止まる。

 

 だが、すぐに立て直したのは七海だった。

 

「――逃がしません!!」

 

 七海がラピスを追って駆け出そうとする。

 

「待て待て! どうせ追いつけねぇよ」

 

 日下部がすぐに制止した。

 

 天与呪縛のフィジカルギフテッドを擬似的に再現したラピス。その本気の逃走に、ここにいる誰も追いつけないことは明らかだった。

 

「……しかし」

 

「敵は、アイツだけじゃないでしょうが!!」

 

 日下部の説得が続く。もっともらしい口ぶりだった。

 

「まだまだこの周辺にも、呪霊も、アイツらに造られた呪詛師擬きも山ほどいる。逃げた奴を追えるほどの余力があるなら、まずは眼前の脅威を祓うべきでしょうが」

 

 七海も灰原も押し黙る。

 

 やがて、七海が小さく頷いた。

 

「……分かりました」

 

「分かったら、協力して辺りの奴らを祓うぞ」

 

 日下部はそう言って、刀を構え直す。

 

 ――もっとも。

 

(あんな危ないヤツ、俺は絶対追いかけたくない!

 

 このままダラダラと雑魚を祓って時間を潰したい……

 

 ……何故なら死にたくないから!!)

 

 そんな情けない内心など、二人は知る由もない。

 

 七海と灰原は、術師として最も経歴の長い日下部の指示に従い、周辺の祓除へと向かった。

 

 その背後。

 

 遠ざかっていくラピスの姿を、灰原は一瞬だけ振り返って見つめる。

 

「……あの子、どこへ行くんだろう」

 

「さぁな」

 

 日下部が肩をすくめた。

 

「あとは、神凪あたりがなんとかするでしょ」

 




 ちょっと体調崩してしまって、あんまり更新しないのもエタったみたいだったので、無理くり投稿しました。
 なので、ちょっと短めです。


 そして、更新出来ていない間にも高評価くださったり、閲覧して下さった方、本当にありがとうございます。
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