呪術廻戦〜蒼風を纏う者   作:腹黒薩摩

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本当に遅くなって申し訳ないです。

それでは
「気張っていきましょう」


第47話

 

 不敵に笑う冥冥を見て、ミハイルは忌々しそうに顔を歪めた。

 

「僕の創ったヴリトラは不死身だよ。

 

 斬っても、潰しても、燃やしても再生する」

 

 スライム状の龍が、ぐにゃりと首をもたげる。

 

 ビルをなぎ払い、アスファルトを溶かし、呪力を撒き散らした。

 

 冥冥は一瞥しただけだった。

 

「……不死身、ね」

 

 指先がわずかに動く。

 

 その合図に呼応するように、夜空に溶け込んでいた黒い影――無数の烏が、一斉に目を開いた。

 

 ――黒鳥操術。

 

 烏を自在に操ることができる、冥冥の生得術式である。複数の烏を操るほか、その視界情報を共有することもできる。

 

 冥冥と烏の視界が繋がり、彼女の意識が拡張されていく。

 

 上空、側面、背後、そして内部。

 

 全方位から観測され、ヴリトラは文字どおり丸裸にされた。

 

「構造は単純だ。

 

 ……核があるね」

 

 冥冥は静かに、冷たく呟く。

 

 ヴリトラの中心に、わずかに濁った呪力の塊がある。再生はそこから始まっていた。

 

 無数の目を持つ冥冥が、それを見逃すことはなかった。

 

 ヴリトラが咆哮する。

 

 粘液の尾が鞭のようにしなり、家屋を粉砕した。

 

 次の瞬間、冥冥の姿は消えていた。

 

 崩れ落ちる瓦礫に紛れ、彼女は軽やかにヴリトラへと肉薄する。

 

 月光を弾く巨大な斧が、弧を描いた。

 

 ――速い。

 

 ヴリトラの顎が迫る。

 

 飲み込まれる寸前、冥冥の斧が振り抜かれた。

 

 粘液が裂け、飛沫となって夜に溶ける。

 

 だが、瞬時に再生した。

 

「無駄だ!」

 

 冥冥は、微笑んだ。

 

「そのようだね。

 

 ……普通なら」

 

 指を鳴らす。

 

 一羽の烏が、冥冥の斬り裂いたヴリトラの体内へと突入した。

 

 呪力が凝縮され、限界まで圧縮される。

 

「神風(バードストライク)」

 

 次の瞬間――

 

 閃光。

 

 音は、遅れてやってきた。

 

 黒鳥操術の真骨、〝烏〟。

 

 操る烏に自死を強制する縛りと引き換えに、本来は微弱である烏の呪力の制限を解除し、強力な呪力の塊として相手へ突撃させる技である。

 

 文字どおり捨て身の一撃だけあって、その威力は絶大だった。ヴリトラの肉体は内側から爆散し、大きく抉り取られる。

 

 弾ける粘液。

 

 夜空に広がる、黒と緑の爆煙。

 

 ヴリトラの身体が崩れる。

 

 だが、まだ再生する。核がわずかに残っていた。

 

「……しぶといな」

 

 冥冥は空を見上げる。

 

 無数の烏が旋回していた。

 

「追加報酬は期待させてもらうよ」

 

 二羽、三羽。

 

 次々とヴリトラの内部へ突入し、連鎖して爆発する。

 

 再生速度を破壊が上回った。核は悲鳴のように震え、ひび割れ、砕け散る。

 

 粘液は蒸発し、呪力は霧散した。

 

 使役していたヴリトラを祓われ、苦悶に満ちた表情を浮かべながら、ミハイルは地面に膝をつく。

 

 そんなミハイルの眼前で、ヒールの音が止まった。

 

「ミハイルくんだったかな?」

 

 冥冥は、無造作に斧を肩へ担ぎ上げる。

 

 その仕草は戦場に似つかわしくないほど静謐で、まるで夕餉の値踏みでもするかのように、穏やかな声音で告げた。

 

「キミの命の値段は、いくらかな?」

 

 言葉が落ちた瞬間、彼女の背後で無数の烏がいっせいに羽ばたく。

 

 黒々とした翼が空を覆い、乾いた羽音が幾重にも重なった。

 

 それは凶兆そのもの――死を報せる鳥たちの葬列だった。

 

「――島国の猿風情がッ!! ヴリトラ一匹仕留めたくらいで、いい気になるな!!」

 

 ミハイルは血走った双眸を剥き、唾を飛ばして叫ぶ。

 

 端正な顔貌は怒気に歪み、両の掌を冥冥へと突き出した。

 

 その瞬間、彼女の背後の空間が、布を裂くような音とともにひび割れる。

 

 裂隙の奥から滲み出るのは、粘質の闇。

 

 先刻祓われたヴリトラと同質の、スライム状の竜が五体、ぬめりを伴って顕現した。

 

 形は定まらず、輪郭は揺らぎ、内部で濁流のように呪力がうねっている。

 

「僕の術式は――『生魂簒奪』」

 

 ミハイルの声は、誇示と狂気を孕んで低く響いた。

 

「他者の生命エネルギーを奪い取り、自身や使い魔の糧とする。

 

 この地を訪れていた大量の猿どもから搾り取った、とっておきの駒だ。

 

 ……神凪颯真用の隠し玉を使わせたことを誇りながら、死ぬがいい!」

 

 奥の手を使って仕留めたヴリトラと同質の存在が、五体。

 

 ただでさえ厄介な存在が、同時に牙を剥く。

 

 逃げ場のない包囲。

 

 常人であれば膝を折る、絶望の図だった。

 

 だが冥冥は、わずかに口角を上げる。

 

 その笑みは、恐怖に歪んだものではない。

 

 むしろ、滑稽な芝居を前にした観客のような、愉悦すら滲ませたものだった。

 

 予想外の反応に、ミハイルの眉間に皺が寄る。

 

「……死の恐怖で気が触れたかい?」

 

「この程度で、本当に〝あの規格外〟に勝てると思っているのかい?」

 

 冥冥は首を傾げた。長い髪がさらりと揺れ、烏たちが呼応するように鳴く。

 

「それとも、自分に言い聞かせているのかな?

 

 どちらにせよ、現実が見えていないようでね。少し可笑しくて」

 

 淡々とした声音。そこに嘲りも憎悪もない。ただ、冷えきった事実だけがある。

 

「気に障ったのなら、謝るよ」

 

 その一言が、刃のようにミハイルの自尊心を抉った。

 

「――貴様ァッ!!」

 

 怒号が空気を震わせる。五体の竜が一斉にうねり、地面が軋んだ。

 

 冥冥はミハイルの怒号など気にした様子もなく、軽く肩を竦める。

 

「……実際に試してみたらどうだい?」

 

 それは独り言のように、あまりにも静かに落ちた。

 

 次の瞬間、戦場を一条の風が横切る。

 

 風――そう呼ぶにはあまりに鋭く、あまりに澄み切った奔流だった。

 

 草木は遅れてざわめき、砂塵がふわりと舞い上がる。

 

 だが、それだけだ。

 

 轟音も、衝撃もない。ただ、空間そのものが一拍遅れて悲鳴を上げた。

 

 見えない刃が、そこを通り過ぎたのだ。

 

 空気が裂ける音が、ようやく耳に届く。

 

 その直後、五つの巨大な影がぐらりと揺らいだ。

 

 竜の首が、飛んだ。

 

 重力を忘れたかのように一瞬宙にとどまり、やがて鈍い音を立てて地へ落ちる。

 

 遅れて、胴体から噴き出すのは血ではない。

 

 粘性を帯びた半透明の体液――スライム状の肉体が、ぶるりと震え、崩れ、そして再び蠢きはじめた。

 

 断面が泡立ち、ぬらりとした触手が絡み合い、首を形作る。再生。

 

 それは彼らにとって、呼吸にも等しい営みだった。

 

 だが。

 

「……っ」

 

 ミハイルは息を呑んだ。

 

 攻撃の予兆がなかった。

 

 殺気も、呪力の高鳴りも、風圧すら感じなかった。ただ結果だけが、世界に刻まれている。

 

 自分が見落としたのではない。

 

 感じ取れなかったのだ。

 

 何も。

 

 虚空を見上げる。

 

 そこに、一人の男が立っていた。

 

 蒼。

 

 空と見紛うほど澄んだ風を身に纏い、衣の裾が静かに揺れている。

 

 まるでこの戦場だけが、彼にとっては凪いだ湖面であるかのように。

 

 神凪颯真。

 

 その瞳には激情も傲慢もない。ただ、薄く浮かべた笑みがあるだけだった。

 

 風と同じく、透明で、温度を持たぬ微笑。

 

「……よぅ」

 

 軽い調子の声音が、凍りついた空気をかすかに震わせる。

 

「ご主人様の後を追う覚悟は、できたか?」

 

 挑発のはずの言葉は、不思議と怒気を帯びていない。

 

 事実を告げる者の声音だった。

 

 再生を終えた五つの竜の首が、一斉に彼を睨む。粘つく顎が開き、戦場に瘴気が満ちた。

 

 だが、颯真の周囲だけは静謐だった。

 

 蒼い風が、彼の足元でささやく。

 

 次に裂けるのは空か、それとも……

 

 ミハイルの背に、冷たい汗が流れた。

 

「……ずいぶん遅かったね。

 

 もしかして、タイミングを図っていたのかな?」

 

 戦塵の匂いがまだ空気に残っている。

 

 崩れた瓦礫の上に立ちながら、冥冥はゆるやかに首を傾げた。

 

 救われたのは事実だ。だが、あまりにも出来すぎた登場だった。

 

 まるで、舞台の幕が上がる瞬間を正確に見計らっていたかのように。

 

 蒼い風を纏ったまま、神凪颯真は肩を竦める。

 

「ちょっと探しものしててな」

 

 軽い調子。

 

 だがその瞳は、どこか別の遠くを見ていた。

 

「京都にはいないようだし、新宿の悟たちからも〝見つかった〟って連絡はない」

 

 淡々と告げる声音に、わずかな苛立ちが滲む。

 

「探し回るのも面倒くせぇんで、直接聞いてみようと思ってな。幹部連中を探してた。

 

 一番近かったのがここだっただけだ。別にタイミング図ってたわけじゃねぇよ」

 

 言い終えると、風が彼の足元で静かに渦を巻いた。

 

 本当に偶然だと言わんばかりに。

 

 冥冥はその様子をしばし観察し、やがて小さく微笑む。

 

「てっきり、白馬の王子様でも気取っているのかと思ったよ」

 

 冗談めかした声音。

 

 だが瞳の奥には、わずかな探りがあった。

 

 颯真は一瞬だけ目を細め、それから口角を上げる。

 

「……アンタが助けを求めるようなお姫さんって柄かよ」

 

 低く、可笑しそうな笑いが零れた。

 

 その言葉に、冥冥も肩をすくめる。

 

 互いに、自分が〝救われる側〟の人間ではないことくらい、よく知っていた。

 

 吹き抜ける蒼い風が、血と呪力の残滓を静かに攫っていった。

 




 久々に主人公の神凪颯真登場回でした。

 体調も少しずつ戻ってきたのですが、仕事が忙しくて中々更新出来ず、申し訳ありませんでした。

 年度末が近づいてきたからか、とても忙しく、しばらく不定期更新になりそうです。

 可能な限り早めに更新しますので、今後とも閲覧頂けると嬉しいです。

 評価や誤字報告、ここ好き!の登録をして下さった方に、感想をくださった方、いつも本当にありがとうございます。
 忙しいなかでも更新しようというモチベになっております。

 それでは

「ありがとー!! また来て下さいねー!!」
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