呪術廻戦〜蒼風を纏う者   作:腹黒薩摩

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なんとか更新出来ました。
それでは

「気張っていきましょう」


第48話

 

 敬愛する姉を救い出す“姫”に仕立て上げる――そんな甘美な戯れ言を本気で口にするとは。

 

「……神凪颯真。あなたは、なんと贅沢な男なのでしょう」

 

 憂憂は、敬愛する姉・冥冥と気安く言葉を交わす颯真へ、氷のように澄み切った視線を投げた。

 

 その眼差しには、かすかな嫉妬と、揺るぎない忠誠がないまぜになっている。

 

「だから違うって言ってるだろ。……ていうか、誰だよ、お前」

 

 怪訝に眉をひそめる颯真。

 

「憂憂。

 

 ――私の可愛い弟だよ」

 

 冥冥は妖艶に微笑み、あくまで優雅に応じる。

 

 その声音は戦場にそぐわぬほど柔らかく、三人のあいだには、刃を交える只中とは思えぬ静謐な空気が流れていた。

 

 だが、その“隙”を見逃すほど、ミハイルは甘くない。

 

 再生を終えた五体の竜が、いっせいに顎を開く。喉奥から迸ったのは、漆黒の炎――竜の吐息(ドラゴンブレス)

 

 五条の業火は一点に収束し、やがて螺旋を描く熱線へと姿を変える。

 

 空気を灼き、音を溶かし、存在そのものを融解させる黒の奔流が、颯真たちへと迫った。

 

 ――刹那。

 

 見えざる風が、彼らの前に立ちはだかる。

 

 不可視の結界に阻まれた熱線は、甲高い悲鳴をあげるかのように四散し、放射状に拡散した。

 

 散った黒炎は周囲の日本家屋を容易く両断し、梁も柱も、屋根瓦さえも、溶け崩れた蝋のごとく崩壊していく。

 

 それでも、風の檻に守られた三人の表情は、微塵も揺らがない。

 

「……この程度で勝てると思ったのか?」

 

 颯真は気怠げに首を傾げる。

 

 退屈そうな、あるいは本気で落胆しているかのような眼差しを、真正面からミハイルへ向けた。

 

「だとしたら、俺もずいぶん甘く見られたもんだな」

 

 その一言が、ミハイルの内奥に触れた。

 

 ――ぷつり、と。

 

 何かが断ち切れる音が、確かに響いた。

 

「……僕を、舐めるなァッ!!」

 

 憤怒に歪む貌。五体の竜はたちまち形を崩し、不定形の粘塊へと還る。

 

 うねるアメーバのようなそれはミハイルを呑み込み、胎動しながら再構築を始めた。

 

 さらに、側溝から、ひび割れたアスファルトの裂け目から、無数の粘塊(スライム)が湧き出る。

 

 どろり、と粘つく音を立てながら群れは這い進み、中心で脈動する塊へと合流していく。

 

 膨張。圧縮。変異。

 

 やがて粘塊は硬質な鱗へと変質し、その表面は黄金に輝きはじめる。

 

 金属のごとき光沢を帯び、背には蝙蝠を想起させる二対の巨大な翼が展開した。

 

 五つの首がうねり、二対の尾が大地を叩いた。

 

 咆哮。

 

 瞬く間に顕現したのは、黄金に燦然と輝く五頭竜。かつての姿をはるかに凌駕する、破滅の象徴。

 

「……おいおい、どこのキング◯ドラだよ」

 

 颯真は呆れたように嘆息する。

 

「東宝と円谷に怒られとけ、阿呆」

 

 挑発にも似た軽口。

 

 しかしその瞳の奥には、確かな戦意が灯っている。

 

「千を超える愚かな猿どもの精気を結集した、完全無欠の兵器だ!」

 

 黄金の喉から、ミハイルの声が轟く。

 

「アーウィン・レスザール様の仇は、この僕――ミハイル・ハーレイが討ち滅ぼす! あの世で、我が主に深く詫びるがいい!」

 

 黄金の五首が天を仰ぎ、灼熱の息吹を溜め込んだ。

 

 風は静まり、空は軋み、大地は震える。

 

 その中心で、颯真はただ一人、退屈そうに――けれど確かに愉しげに、口元を歪めた。

 

「……テメェらを殺したいのは俺も同じだよ」

 

 黄金の五頭竜が、天を仰ぐようにして顎を開いた。

 

 次の瞬間、迸る光。

 

 放たれた竜の吐息(ドラゴンブレス)は、先ほどの漆黒の熱線とは次元を異にしていた。

 

 凝縮された灼熱は白金に近い輝きを帯び、空間そのものを焦がしながら一直線に颯真へと奔る。

 

 不可視の風の防壁が、悲鳴をあげるように軋んだ。

 

 じり、じり、と削られていく結界。熱は風を蒸発させ、圧力は空気を砕き、境界は溶け崩れようとする。

 

「……へぇ?」

 

 予想外の威力に、颯真はかえって愉しげに口角を吊り上げた。その瞳に宿るのは焦りではなく、興味だ。

 

「……でもさ。これで俺に勝てると思ってるなら、本当に馬鹿だよ、お前」

 

 嘲りを孕んだ声音に呼応するかのように、空気が裂けた。

 

 ――風の刃。

 

 視認すら許さぬ速度で奔った一閃は、黄金竜に反応の隙を与えぬまま、背の巨大な翼を根元から断ち切る。

 

 金属光沢の鱗が砕け、翼は鈍い衝撃音とともに宙へ舞った。

 

 だが。

 

 切断された翼は、地に落ちるより早く、輪郭を失って半透明の粘塊へと還った。

 

 どろりとしたそれは、まるで帰巣本能を持つかのように本体へ吸い寄せられ、瞬く間に再融合し、再生を果たす。

 

 黄金の鱗が、再び完全な形で輝いた。

 

 次の刹那、二対の尾の先端に紫電が走った。

 

 空気を裂く雷鳴とともに、幾条もの電撃が颯真へと放たれる。

 

 颯真は地を蹴った。

 

 閃光が足元を穿ち、石畳を粉砕する。

 

 だが、逃がすまいとする意志のように、黄金竜はさらに追撃を放った。

 

 今度は漆黒に輝く熱線。

 

 意思を持つ蛇のごとく軌道を変え、颯真を追尾する。

 

 空が焦げる。空気が裂ける。黒い軌跡が、執拗に迫る。

 

「しつっこいんだよッ!」

 

 颯真は右手を横薙ぎに振るった。

 

 その一動作だけで、世界の流れが変わる。

 

 爆ぜるように生じた烈風が、迫り来る熱線を絡め取り、強引に軌道を捻じ曲げた。

 

 制御を失った黒光は、あらぬ方向へと逸れ、京の街並みに突き刺さる。

 

 瓦が砕け、柱が焼け落ち、炎が一瞬で通りを呑み込む。

 

 それでも風は止まらない。

 

 熱線を退けた奔流は、そのまま黄金竜へと牙を剥いた。

 

 目に見えぬ巨槌のごとき衝撃が、黄金の巨体を正面から打ち据える。

 

 轟音。

 

 巨躯が宙を舞い、日本家屋や生け垣をなぎ倒しながら地を転がった。

 

 瓦礫と土煙が舞い上がり、五つの首が不規則にうねる。

 

 その様を眺めながら、冥冥はくすりと笑う。

 

「……まるで怪獣映画のようだね」

 

 その声音には、恐怖も緊張も感じられなかった。

 

 颯真は、息を継ぐこともなく追撃に転じた。

 

 空気が裂ける。

 

 複数の不可視の風刃が、縦横無尽に黄金竜の巨躯を斬り刻む。

 

 鱗が弾け、五つの首が宙を舞い、翼が根元から断ち切られて地へ落ちる。

 

 金属質の光沢を放つ肉片が、瓦礫の上に散乱した。

 

「無駄だということが分からないのかい?」

 

 黄金の喉奥から、ミハイルの声が嘲る。

 

 斬り飛ばされた部位は、地に触れた瞬間に輪郭を失い、半透明の粘塊へと還った。

 

 どろりと波打ちながら本体へ吸い寄せられ、再び融合し、何事もなかったかのように再生する。

 

 斬撃。

 再生。

 斬撃。

 再生。

 

 その繰り返しを前に、ミハイルは愉快そうに笑った。

 

「千を超える精気と、僕の呪力が尽きぬ限り、再生は止まらないよ」

 

 五つの首が揺れ、黄金の眼が細められる。

 

「どれだけ斬り刻もうが、再生の源たる精気と僕の呪力が尽きるより、キミの呪力が尽きるほうが早い。

 

 ……そんなことも分からないほど馬鹿だったとは、思わなかったけれどね」

 

 勝利を確信した声音。嘲笑が、戦場に響く。

 

 だが――颯真の笑みは崩れない。

 

 軽薄さすら漂わせるその表情の奥で、瞳だけが冷えていた。

 

「俺もさ」

 

 静かな声。

 

「お前が、まさかそこまで馬鹿だったとは思わなかったよ」

 

 次の瞬間。

 

 黄金竜の最奥――幾重にも重なる粘塊と鱗の奥深くに潜んでいたミハイルの背に、鋭い衝撃が走った。

 

「――ッ!?」

 

 遅れて、激痛。

 

 自らの身体を見下ろしたミハイルの視界に、信じがたい光景が映る。

 

 蒼い風の槍が、背後から腹部へと一直線に貫いていた。

 

「……ば、かな」

 

 呆然と漏れる声。

 

 完全に黄金竜の内部、しかも最奥に身を隠していたはずだった。

 

 再生や再構築の流れは意図的に乱し、核や自身の位置を悟られぬよう細工していた。

 

 規則性は排し、挙動はランダムに。

 

 それでも――射抜かれた。

 

「俺が、そんな非効率なことするかよ」

 

 颯真の声は、凪いだ水面のように冷ややかだった。

 

「お前の位置を特定するために、削ってただけだ」

 

 削る。

 

 再生のたびに生じる、わずかな偏り。

 

 精気の流れ。呪力の滞留。完全にランダムなど存在しない――その綻びを、風は拾い上げていた。

 

 ミハイルの思考が追いつかない。理解が拒絶する。

 

 混乱が、致命的な一瞬を生む。

 

 蒼い閃光が、再び奔った。

 

 今度は黄金竜の核を、正確無比に貫く。

 

 ひび割れる音が、内側から響いた。

 

 次の瞬間、黄金の巨体は光を失い、硬質な鱗は溶け崩れ、すべてが透明な液体へと変貌する。

 

 どろりと地に広がり、音もなく蒸発するように消えていった。

 

 残されたのは――

 

 腹部を押さえ、蒼い槍に貫かれたまま立ち尽くす、ミハイルただ一人。

 

 京の焼け跡を渡る風が、静かに吹き抜ける。

 

 その中心で颯真は、まるで退屈な遊戯を終えたかのように、ゆるく肩をすくめた。

 

「再生が無限でもな」

 

 淡々と、告げる。

 

「隠れる場所が分かれば、意味ねぇんだよ」

 

 




昨日は、一瞬だけ日間ランキング6位になることができました。

今日は既にランキング圏外なので、完全なまぐれですが(笑)

一瞬とはいえ、ランキング上位にのれたのは、閲覧して下さる皆様のおかげと感謝しております。

これからも、頑張って更新していきますので、よければお付き合いください。

それでは
「ありがとー、また来てくださいねー!」
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