呪術廻戦〜蒼風を纏う者   作:腹黒薩摩

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第6話

――東京都、某競馬場

 

 悟と傑が『Q』の戦闘員を瞬殺し、星漿体と接触していた――まさにその同時刻。

 伏黒と呼ばれた男は、雑踏の一角で馬券を握り締め、砂煙を上げて走る競走馬の行方を無言で追っていた。

 

 観客の歓声と罵声が入り混じる中、背後から革靴の音が近づく。

 振り返ることもない伏黒の隣に、スーツ姿の男が歩み寄った。顔には隠しきれない疲労が滲み、肩もわずかに落ちている。

 

「急にいなくなったと思ったら、何してんだよ」

 

 非難を含んだ声にも、伏黒は意に介さない。馬券をひらひらと揺らしながら、前を向いたまま答えた。

 

「金を増やしてんのさ」

 

「お前が勝ってるの、見たことないわ」

 

 素っ気なく告げ、スーツ姿の男は伏黒の隣に腰を下ろす。その視線は前方のコースではなく、どこか遠くを彷徨っていた。

 

「仕事はどうした?」

 

 伏黒は面白くなさそうに口角を歪めたが、男の方を見ることはない。競走馬を追う視線だけを保ったまま、吐き捨てるように言った。

 

「うっぜぇなぁ。人を無職みてぇに言いやがって」

 

「無職だろ。仲介役(メッセンジャー)としては、依頼人(クライアント)に仕事ぶりを報告しなきゃならんのよ」

 

 ため息混じりにそう言うと、仲介役は首を軽く振った。

 

「テメェこそ仕事しろよ」

 

「したわボケ。何考えてんだ、手付金全額手放すなんて」

 

 反論しながら、仲介役は伏黒へ視線を向ける。

 手付金――日本円にして三千万円。軽々しく放棄できる額ではない。

 

「だから"削り"だよ。心配しなくても帰ってくるさ。このレースみたいにな」

 

 言い放ちながら、伏黒は自分の馬券を誇示するように掲げた。

 

 しかし次の瞬間、競走馬がゴールラインを駆け抜け、場内が歓声に包まれる。

 

 伏黒は何も言わず、馬券を握り潰した。

 

 あまりにも分かりやすい結末に、仲介役は深く息を吐く。

 

「オメェは楽して稼ぐのは向いてねぇよ」

 

 言い残し、仲介役は立ち上がった。人波へ消えていく直前、背中越しに最後の言葉を投げる。

 

「頼むぜ、『術師殺し』」

 

 返事はなかった。

 伏黒はただ、潰れた馬券を見つめたまま、微かに口角を持ち上げた。

 

---

 

――廉直女学院 中等部

 

 高い塀に囲まれた学院の敷地外で、五条悟は携帯電話を耳に当てていた。空気は張り詰め、静寂の中に不穏な気配が滲んでいる。

 

「さっさと高専戻った方が安全でしょ」

 

 苛立ちを隠そうともしない言葉に、電話の向こうで一拍の沈黙があった。

 

『……そうしたいのは山々だが、天元様の御命令だ。星漿体――天内理子の要望には、全て応えよと』

 

 悟の至極真っ当な意見に、夜蛾は諦観を帯びた声色で応じる。

 

 ――プッ。

 

 これ以上話しても時間の無駄だと判断し、悟は一方的に通話を切った。

 

「チッ。ゆとり極まれりだな」

 

 呪詛師、さらにはテロ行為すら辞さない宗教集団に狙われているという現実。それにもかかわらず、安全圏への退避を頑なに拒む天内の危機感のなさに、悟は吐き捨てた。

 

「そう言うな、悟」

 

 荒ぶる悟を宥めるように、夏油傑は静かな声で諭す。

 

「ああは言っていたが……同化後、彼女は天元様として高専下層で結界の礎となる。友人も、家族も、大切な人とも――もう、会えなくなるんだ」

 

 その言葉に、悟の脳裏に天内と初めて対面した時の光景がよぎった。

 

――天元様は妾で、妾は天元様なのだ。

 

 自分が消えゆく運命を理解しながら、恐怖を必死に押し殺していた中学生の少女。その重荷の大きさを思い知らされ、悟はそれ以上、言葉を紡ぐことができなくなった。

 

「好きにさせよう。それが私達の任務だ」

 

 傑の言葉を合図に、天内の付き人である黒井美里が二人の前で深々と頭を下げた。

 

「理子様にご家族はおりません。……幼い頃に事故で。それ以来、私がお世話をして参りました。ですから、せめてご友人とは、少しだけでも……」

 

 絞り出すようなその声に、傑は穏やかに言葉を返す。

 

「それじゃあ、あなたが家族だ」

 

「……はい」

 

 黒井は涙を堪えながら、嬉しさと寂しさを同時に抱き締めるように、小さく頷いた。

 

 その姿を目にして、五条悟の内側で何かが静かに切り替わった。

 軽薄さを纏っていた意識が沈み、代わりに静かな熱が胸の奥で燃え始める。

 

「傑、監視に出している呪霊は?」

 

 悟の声は、先ほどまでとは違う。任務に徹した術師のそれだった。

 

「あぁ。冥さんみたいに視覚共有ができれば一番いいんだが……」

 

 傑は小さく眉を寄せる。自らの力量不足を噛み締めながらも、すでに頭の中では次善の策を組み立てていた。

 

「それでも異常があればすぐに――」

 

 言葉は、途中で断ち切られた。

 

 傑の視線が、虚空を捉える。

 空気が、一変した。

 

 そこにあったのは、冗談も迷いも一切排した――純然たる戦場の眼だった。

 

「悟、急いで理子ちゃんのところへ!」

 

「あ?」

 

 唐突な変化に、悟が短く問い返す。しかし傑は、その視線を逸らさなかった。

 

「二体、祓われた」

 

 それは偶然ではない。監視用の呪霊が消えたという事実は、ただ一つのことを意味していた。

 

 新たな刺客の存在。

 

 呪詛師の襲来。

 

 戦いは、すでに始まっていた。

 

夏油傑は救済されるべき

  • このまま救済されるべき
  • 羂索は夏油の頭でメロンパンしないと
  • 虎杖ママメロンパンが見たい!
  • サマーオイル教師は見たくない
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