ーー東京都立呪術高等専門学校
悟たちが廉直女学院中等部で呪詛師と刃を交えている、ほんの少し前のこと。
呪術高専の屋上で、神凪颯真はフェンスに背を預け、空を流れる雲を仰いでいた。
指先には煙草。吐き出された煙が、呪力の残滓のように風へ溶けていく。
その静寂を破るように、屋上へ続く扉が勢いよく開いた。
現れたのは二人の少年だった。
黒髪の少年――
呪術高専一年、灰原雄。
金髪の少年――
同じく一年、七海建人。
「ここにいたんですね、神凪さん!!
夏油さんたちが任務でいなくて、暇なんです! 訓練つけてください!」
灰原は颯真を見つけるや否や、尻尾でも振っていそうな勢いで駆け寄ってくる。
颯真はちらりと一瞥をくれただけで、何も言わず煙草をくゆらせ続けた。
「訓練つけてくださいよー 神凪さーん。
聞こえてますー?」
「……灰原。
神凪さんは聞こえていて、あえて無視しているだけです」
背後から七海がため息混じりに告げる。
二人のやり取りに、颯真はようやく深く息を吐き、視線だけを向けた。
灰原は満面の笑みで手を振り、七海はどこか緊張した様子で背筋を伸ばしている。
「却下。
面倒くせぇ」
「えぇー!?
訓練くらいいいじゃないですか。減るもんでもないでしょう?」
にべもなく切り捨てられても、灰原は気にした様子もなく食い下がる。
その粘りに、七海は諦観した表情を浮かべ、颯真は小さく舌打ちして七海へ視線をやった。
「……コイツ、いつもこんなん?」
「……申し訳ありません」
自分の責任ではないと分かっていながら、七海は思わず頭を下げる。
「で。
わざわざ俺に訓練をつけさせたい理由は?」
見透かすような視線が、二人を射抜いた。
「えっと……」
「神凪さんの戦い方を、学びたいと思いまして」
「嘘が下手だな」
即答だった。
二人の肩が、びくりと跳ねる。
颯真はその反応を見て、内心で鼻を鳴らした。
(……正道にでも、様子見を頼まれたか)
数秒の沈黙の後、颯真は煙草を地面に落とし、靴底で踏み消した。
「……気が変わった。
そこまで言うなら、死なない程度に遊んでやる」
フェンスから離れ、手首を鳴らす。
「本当ですか!?」
灰原の顔が一気に輝く。
それを見て、颯真は歪んだ笑みを浮かべた。
「ただし、自分らの言葉に責任は持てよ。
俺は傑みたいに甘くない」
「望むところです!」
「……よろしくお願いします」
正反対の反応を示す二人に、颯真は口角を吊り上げた。
次の瞬間、屋上の空気が、確かに変質した。
何かが立ち上がったわけでも、呪力が爆発したわけでもない。
それでも、皮膚の裏を撫でるような圧が、じわりと広がる。
(……来た)
七海は反射的に呼吸を整えた。
神凪颯真は、そこに立っているだけだ。
構えも取らず、呪力を誇示することもなく、ただ“いる”。
それだけで、場が支配されている。
(これが……一級術師)
理屈では分かっている。
特級や一級と、自分たち一年生とでは埋めがたい差があることも。
だが、実際に向き合うと話は別だった。
喉の奥が、わずかに渇く。
七海は無意識に、拳を握り締めていた。
一方で――
「おお……」
灰原は、小さく感嘆の声を漏らしていた。
怖くないわけではない。
だがそれ以上に、胸が高鳴っている。
(すげぇ……!
なんだこれ、空気が変わった……!)
目の前に立つ神凪颯真は、教師でもなければ同級生でもない。
呪術師として、明確に“格が違う存在”。
それを肌で感じて、灰原は笑みを抑えきれなかった。
「おい」
颯真の低い声が落ちる。
「感心してる暇はねぇぞ」
その一言で、灰原の背筋が伸びた。
「はい!」
「七海」
「……はい」
「まずは二人同時だ。
遠慮すんな。全力で来い」
七海の脳裏に、警鐘が鳴り響く。
(二人がかりで、全力……?
それでも“遊び”の範疇だと言うのか)
恐怖が、はっきりと形を持って迫ってくる。
それでも。
(ここで退いたら――
一生、この人との差を“想像”で終わらせることになる)
七海は歯を食いしばり、前に出た。
「灰原、連携します」
「おう!」
短い確認。
次の瞬間、灰原が地面を蹴った。
「うおおおっ!」
真正面から、一直線。
飾り気のない突撃。
七海は半拍遅れで横へ回り込む。
(神凪さんは、近接で迎え撃つはず。
なら、挟撃――)
――その思考は、途中で断ち切られた。
颯真の姿が、消えた。
「――っ!?」
灰原の視界から、神凪颯真が掻き消える。
直後。
「遅ぇ」
背後。
声と同時に、腹部へ衝撃。
「がっ――!」
息が詰まり、灰原の体が浮く。
殴られた、と認識した時には、すでに地面を転がっていた。
(なっ……!?
見えな――)
七海が振り返る。
そこには、すでに灰原を蹴り飛ばした後の颯真が立っていた。
構えもなく、呼吸すら乱れていない。
(速い……
いや、速さ以前に――)
“読めない”。
七海は背筋に冷たい汗が伝うのを感じた。
「一つ、教えてやる」
颯真が七海を見る。
「“連携”ってのはな、
同時に動くことじゃねぇ」
次の瞬間。
七海の視界が、真横に揺れた。
「――っ!!」
反射的に呪力を纏う。
それでも、衝撃は殺しきれない。
身体が宙を舞い、屋上の床を転がる。
(防げた……
だが――)
七海は歯を噛み締め、すぐに立ち上がる。
その目に、逃げはなかった。
颯真は二人を見下ろし、つまらなそうに言う。
「悪くねぇな。
でも、まだ“呪術師ごっこ”だ」
灰原が、ふらつきながら立ち上がった。
腹を押さえながらも、笑っている。
「……っは、やっぱ……
すげぇですね、神凪さん」
七海もまた、呼吸を整えながら、視線を逸らさなかった。
(怖い。
だが――)
その恐怖の奥に、確かな指標がある。
(この人の背中を見失わなければ、
私は、呪術師として道を誤らない)
颯真は、二人を見て、わずかに口角を上げた。
「いい目してきたじゃねぇか」
颯真の足元で、風が鳴った。
低く、唸るような音。
次の瞬間、屋上に渦が生まれる。
「――っ!?」
灰原と七海の足が、同時に浮いた。
暴風。
呪力を帯びた風が、容赦なく二人の身体を巻き上げる。
七海の視界が、真横に揺れた。
「うわぁぁぁ!?」
「くっ――!」
抵抗は、意味をなさなかった。
視界が反転し、空と校舎が混ざり合う。
だが。
叩きつけられる衝撃は、来なかった。
風は落下を殺し、二人を包み込むように制御される。
次の瞬間、足裏に土の感触。
――中庭、訓練場。
砂埃が舞い、風が嘘のように止む。
「……っ、生きてる?」
灰原が呆然と呟く。
七海は膝をつきながら、息を吐いた。
(落とされた……
いや、“運ばれた”)
精密すぎる制御。
吹き飛ばす力と、殺さない配慮が、同時に存在している。
その中心に。
颯真が、立っていた。
訓練場の縁に片足を乗せ、不敵に笑っている。
「場所移動だ。
屋上は狭ぇ」
風が、彼の背後で静かに揺らめく。
「訓練再開。
ここからは、遠慮しねぇぞ」
その一言で、空気が張り詰めた。
灰原は笑い、七海は歯を食いしばる。
「全力で来い」
二人は、同時に地を蹴った。
灰原が前。
七海が斜め後方。
連携は、先ほどよりも洗練されている。
(速い……!)
灰原の一撃が、颯真の側頭部を狙う。
七海は死角から、呪力を乗せた蹴り。
だが――
「悪くねぇ」
颯真は、軽く身を捻る。
それだけで、すべてが外れる。
拳は空を切り、蹴りは風に流される。
「だがな」
颯真が、地面を踏み込む。
「格上と戦う時、
一発逆転を狙うな」
風が弾け、二人の身体が弾き飛ばされる。
「生き残りたいなら――
手数を増やせ」
七海が転がりながら、理解する。
(手数……
攻撃の数、選択肢の数、対応の幅……)
「そのための道具がある」
颯真は指を鳴らした。
「――簡易領域」
瞬間、彼の足元に、淡い結界が展開される。
完成された領域ではない。
だが、呪力の流れを拒絶する“膜”。
「必中を殺す。
術式を薄める。
それだけで、生きる確率は跳ね上がる」
次に、颯真は自分の腕を、わざと裂いた。
血が流れる。
だが――
肉が、巻き戻るように塞がった。
「反転術式。
呪力を正に反す。
回復は、攻撃と同じ“手数”だ」
灰原の目が、輝く。
「すげぇ……!」
「感心してる暇があったら、身につける努力をしろ」
即答。
七海は、目を逸らさずにその光景を焼き付けた。
(理解できなくていい。
だが、“こういう世界がある”と知ることが――)
颯真が、再び構える。
「来い。
死なねぇ動きだけ、覚えろ」
その瞬間。
七海の身体が、勝手に動いた。
恐怖。
集中。
思考が、極限まで研ぎ澄まされる。
(――今だ)
拳を振るう。
呪力と肉体が、完全に一致する。
世界が、歪んだ。
――黒い、稲妻。
「……ッ!」
衝撃が、颯真を打つ。
一瞬。
確かに、手応えがあった。
訓練場が、静まり返る。
灰原が、目を見開く。
「七海……今の……!」
七海自身が、最も驚いていた。
(何だ……今の……
呪力の――核心……?)
颯真は、数歩下がり。
そして。
笑った。
「……はは」
心底、愉快そうに。
「やるじゃねぇか、七海建人」
その目は、初めて“対等な評価”を含んでいた。
「今のが、黒閃だ。
二度と狙うな。
――だが、その感覚は忘れるな。
その感覚を身体に刻み込むまで続けるぞ」
風が、再び渦を巻く。
その後訓練は、2人が立てなくなるまで続いた。
「今日は、ここまでだ
……まぁ、そう簡単には死ななくはなったんじゃねぇか」
灰原は、息を切らしながら笑い。
「……ボロボロですけどね!」
七海は拳を見つめ、静かに理解した。
(この瞬間を、
私は一生、忘れない)
呪術師としての“芯”が、
確かに、この訓練場で刻まれた。
最初から最後まで完全にオリジナル回でした。
原作に全くない描写をするのは怖いのですが、ご感想やコメントを頂けると励みになるので、良ければお願い致します。
夏油傑は救済されるべき
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このまま救済されるべき
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羂索は夏油の頭でメロンパンしないと
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虎杖ママメロンパンが見たい!
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サマーオイル教師は見たくない