キングダムハーツ オラリオ ミィス   作:小説好きー

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第10話 サポーター

 肺が焼き切れそうなほどの猛スピードで、ベル・クラネルは荒廃した街区を疾駆していた。積み上がった瓦礫を軽々と跳躍し、朽ちた支柱を足場に空へと身を躍らせる。その瞳は一瞬たりとも警戒を解かず、訪れるはずの「好機」を逃さぬよう、全感覚を極限まで研ぎ澄ましていた。

 

(――来るッ!)

 

 直感が警鐘を鳴らした瞬間、予期した通りの脅威が襲いかかる。風切音を伴い、高圧の水塊が凶器となって迫った。

 

「っ!」

 

 瞬時の判断で地面を蹴り、直撃を紙一重で回避。そのまま勢いを殺さずに廃屋の屋根へと駆け上がるが、休む間もない。

 背後から迫る水弾の雨が次々と瓦礫を打ち砕く中、ベルは起死回生の跳躍を敢行した。目標は、宙に揺れる一本のロープ。

 

(届け……ッ!)

 

 指先がロープを掠める――だが、その刹那。

 死角から放たれた水流が、無慈悲にもベルの横腹に突き刺さった。

 

「ぐふっ!?」

 

 無様な悲鳴と共に、ベルは路上へと派手に叩き落とされた。

 

「げほ、ごほっ……」

 

 肺に入った水を吐き出し、ずぶ濡れの状態で身体を起こす。恨めしげに見上げた視線の先では、遥か頭上の屋上でソラが無邪気に手を振っていた。

 ベルは重くなった服を絞りながら、深く重い溜息を吐き出した。

 先日モバイルポータルに見せられたフリーフローアクションを覚えるべく始まったこの修行はベルの予想を遥かに超える難易度だった。

 さらに追加でソラによる水魔法の妨害もあり、この特訓をクリアするにはまだまだ時間が掛かりそうだ。

 

 これで何度目の水浴びだろうかとベルは考えながら、ソラからの風と炎の魔法で濡れた体を乾かした後、ベル達は朝食を食べるべく本拠(ホーム)に戻るのだった。

 

 

 

 

「ぐっ……!」

 

 重たい衝撃音と共に、ベルの体は後方へと吹き飛ばされた。

 地面を転がりながらも即座に受身を取り、バッと顔を上げる。対するソラは、息一つ乱していない。その手には、ベルと同じ長さの「木剣」が二本、握られていた。

 

「ほらほらベル! もっとガンガンいかないと!」

 

 ソラは楽しげに笑いながら、二本の木剣を逆手に持ち替え、腰を深く落として構えた。その姿は、獣が獲物を狩る直前のそれを想起させる。

 魔法を使わず、ガードすら捨てて、ただひたすらに攻撃のみを追求する型。

 

「防御なんて考えないで やられる前にやるんだ!」

 

 ソラの掛け声と共に、赤い残像が見えるほどの猛ラッシュが迫る。

 右、左、回転斬り、そして突き。

 一撃一撃は軽いが、その回転数が異常だ。ベルは必死に二本の木剣で応戦するが、受けるだけで手一杯になってしまう。

 

「はあっ!」

 

 ベルが隙を見て左腕の斬撃を放つ。だが、ソラはその刃を自分の剣で弾くと同時に、もう片方の剣でベルの懐へ踏み込んでいた。

 

「遅いっ! 片方で弾いたら、もう片方はすでに攻撃に入ってなきゃ!」

 

 風圧が頬を撫でる。

 ベルは転がりながら体勢を立て直すが、ソラは休まない。地面を滑るように接近し、全身を回転させて二本の剣を叩きつけてきた。

 

「うわあっ!?」

 

 たまらずベルは後方へ跳躍して距離を取る。

 

 ソラが木剣をクルクルと回しながら声を張り上げる。

 

「一本目の剣が攻撃を終える前に、二本目の剣を動き出す。右手が引く動作を、左手を出す勢いにして、呼吸をするように回転させ続けるんだ!」

「は、はいっ!」

 

 その言葉を聞き、ベルの瞳に新たな闘志が宿る。

 二刀流――二つの武器を振るうということは、単に攻撃力が二倍になるわけではない。攻撃と攻撃の間に生まれるはずの「空白」を、もう一本の剣で埋め尽くし、永遠に自分の攻撃を継続させる技術。

 

(もっと速く、もっと鋭く……!)

 

 ベルは歯を食いしばり、木剣を握り直した。思考を捨て、左右の腕を別々の生き物のように連動させる。

 

「行くよ! ソラッ!!」

 

 ベルは咆哮と共に、二つの刃の嵐となって突っ込んだ。

 

 

 

 

 朝の修行が一段落した二人は廃教会の入り口で並んで涼んでいた。

 ベルは乱れた呼吸を整えながら、ソラから渡された水を喉に流し込む。身体的な疲労もさることながら、今のベルを最も苦しめていたのは脳の疲弊だ。

 

 右手で突き、左手で薙ぐ。

 右の剣で攻撃しながら、左の剣で次の軌道を描く。

 左右で全く異なる矛盾した命令を、コンマ数秒の世界で処理し続けた代償だ。頭の芯がジンジンと熱を持って痺れ、耳から煙が出てしまいそうな感覚に陥っていた。

 

「どう? 何か掴めた?」

「……なんとなく…どう途切れさせないかって、感じかな?」

「おっ、いい線いってる!」

 

 ソラは嬉しそうに木剣をポンと叩いた。

 

「そう、二刀流はリズムだ。一本剣の『攻撃と戻し』のリズムを、二本剣なら『攻撃と攻撃』に変えられる。防御なんて考える暇もないくらい、攻め続ければいいんだ」

 

「攻め続ける……」

 

 ベルは言葉を反芻し、手元の木剣を見つめて唇を噛んだ。

 理論は頭では理解できた。けれど、先ほど目の当たりにしたソラの動きは、技術という枠を超えた何かに見えた。

 止まることのない暴風のような連撃。思考する隙間さえ与えない、圧倒的な圧力。

 あんな神業を、駆け出しの冒険者である自分が本当に体得できるのだろうか。

 偉大な英雄と、非力な自分。その間に横たわる絶望的なまでの実力差に、ベルの胸に不安の影が落ちる。

 

(僕が本当に、ソラみたいに……?)

 

 俯きかけたベルの横顔から、その迷いを感じ取ったのだろう。

 ソラはニカッと笑い、ベルの肩をバンと叩いた。

 

「大丈夫!! ベルならすぐに俺みたいに戦えるって!」

 

 その言葉には、一ミリの嘘も、お世辞も混じっていなかった。

 友が、自分自身でさえ信じきれない可能性を、心の底から信じてくれている。

 その事実が、どんな魔法よりも力強く、ベルの萎縮した心を奮い立たせた。

 

(……そうだ。ソラが信じてくれているんだ。だったら――!)

 

 迷いは、熱い決意へと変わる。

 ベルは顔を上げ、眩しい太陽のような友人に、満面の笑みで答えた。

 

「うん! 僕、もっと頑張るよ!」

 

 いつか、隣に立っても恥ずかしくない、男になるために。

 

 

 

 

 朝の鍛錬を終え、装備を整えた二人は、神の塔(バベル)の足元に立っていた。

 

「へへっ、新しい鎧、似合ってるよベル!」

 

 ソラが口笛交じりに指差したのは、ベルが新調したばかりの装備だ。

 急所を的確に守る白い軽量アーマー。右太腿には投げナイフ用のホルスターも備え付けられている。

 

「ありがとうソラ。これ軽くて動きやすくて、結構気に入ってるんだ」

「そいつはよかった。よし、それじゃあ行こうか」

 

 二人がダンジョンへ向かって足を踏み出そうとした、その時だった。

 

「サポーターはいかがでしょうか、白髪の冒険者様! ツンツン頭の冒険者様!」

 

 不意に、視界の下方から元気な声が飛んできた。

 二人が目を白黒させて振り返ると、そこには体躯に見合わない大きなリュックを背負った少女が立っていた。

 

「リリとパーティを組みませんか? 荷物持ちから魔石拾いまで、なんでもこなしますよ!」

 

 リリと名乗ったその少女は、営業スマイル全開で二人に迫った。

 

「えっと……昨日の?」

 

 ベルがぽつりと呟く。

 昨日の騒動で見かけた少女によく似ている気がするという話をするが、リリは「はい? 何のことでしょう?」と不思議そうに首をかしげるばかり。

 どうやら人違いらしい。

 

 場所を噴水広場に移し、二人はリリの身の上話を聞くことになった。

 曰く、自分は弱くてファミリアの落ちこぼれであること。

 そして――。

 

「最近、ダンジョンに『変なモンスター』が出るようになったって噂、知ってますか?」

「えっ……」

 

 ベルとソラの肩がピクリと跳ねる。

 

「そのせいで、みんなピリピリしてて……。リリみたいに弱くて足手まといになりそうなサポーターなんて、誰も雇ってくれないんです」

 

 リリは涙ながらに手を合わせ、必死に頭を下げた。

 

「ですからお願いします、リリを雇ってください! お二人の役に立てるよう、精一杯頑張りますから! このままじゃリリ、野垂れ死んじゃいます!」

 

 そのあまりに健気で切実な訴えに、ソラは「ひどい話だな」と眉をひそめ、ベルも同情の眼差しを向ける。

 だが、ベルには一つだけ、看過できない懸念があった。

 

「ちょ、ちょっと待っててください。少しソラと相談が……」

 

 ベルはソラを少し離れた場所へ引っ張っていくと、声を潜めて耳打ちした。

 

「ねえソラ、リリを連れて行って大丈夫かな? ハートレスのこと、あまり他の冒険者の前で見られない方が……」

「確かに。他所の人に見られるのはリスクがあるよな…」

 

 ソラは腕を組んで唸ったが、すぐにポンと手を打った。

 

「でも、魔石拾いを任せられれば、俺たちはハートレス退治に集中できる。それに……」

 

 ソラはリリの方をチラリと見て、悪戯っぽく、けれど優しく笑った。

 

「困ってる子を見捨てるのは寝覚めが悪い」

「……だよね」

 

 ベルも同じ気持ちだった。そこで二人は顔を見合わせ、ある『名案』を思いつく。

 

「お待たせしました、リリルカさん」

 

 戻ってきた二人に、リリは不安げな上目遣いを向ける。捨てられた子犬のような瞳だ。

 

「リリルカさんを雇うことに決めたよ」

「本当ですか!? ありがとうございます!」

 

 深々と頭を下げるリリに、ベルは真剣な顔で人差し指を立てた。

 

「ただし、条件があります。ダンジョンでこれから見るものについて、他言無用でお願いしたいんです」

「他言無用、ですか?」

「うん。実は最近、ダンジョンに『見たことない新種のモンスター』が出てるって話、さっきリリルカも言ってたろ? 俺たち、その調査も兼ねてるんだ」

 

 ソラがもっともらしい嘘を継ぐ。

 

「未知のモンスターが相手だから、何が起こるか分からないし、危険も大きい。だからその分……正規の報酬とは別に『危険手当』を出させてほしいんだ」

「き、危険手当……ですか?」

 

 ソラの言葉にリリルカは目を丸くした。

 調査の秘密を守るためとはいえ、サポーター相手に手当?

 

「うん。守秘義務と、リスクへの対価ってことで。もちろん、君を危険な目には合わせないって約束するし、足りないなら、ドロップアイテムもいくつか……」

「い、いいえ! そもそも、サポーターに手当てなんていらないです!リリは今日の探索で得た報酬の三割恵んでもらえるだけでも贅沢なのですから! そんな、お気を使わないでください!」

 

 慌てて手を振るリリに、ソラは真顔で頷いた。

 

「いや、それは不公平だろ。俺たちパーティを組むんだから、余分に払うのはともかくとしてちゃんと分配にしないと」

 

 迷いのない真っ直ぐな瞳にリリルカは呆気にとられた。

 

(……本気ですか、この人……?)

 

 内心の困惑と、湧き上がる嘲笑を必死に隠し、リリルカは殊勝な顔で頷いた。

 

「わかりました。リリはその条件で受けさせていただきます」

「よし、それじゃあこれからよろしくな、リリ!」

 

 

 

 新たなサポーターを加え、ダンジョンへと潜ったベル達の道中は驚くほど順調だった。

 

「せあっ!」

 

 ベルの漆黒のナイフが、キラーアントの外殻を紙のように切り裂いた。

 硬度を無視する異常な切れ味。だが、ベルの攻勢はそれだけでは終わらない。

 

「えいっ!」

 

 彼はあろうことか、左手に構えたディフェンダーを、円盤のように放り投げたのだ。

 唸りを上げて飛翔した盾は、後続のモンスターの頭蓋を粉砕すると――

 

 パァンッ!

 

 弾ける音と共に、無数の光の粒子となって霧散した。

 そして次の瞬間、何もないベルの左手に光が収束し、再びディフェンダーが握られていた。

 

(……は?)

 

 その光景を背後で見ていたリリは、冷や汗と共に目を見開いた。

 

(投げた盾が光になって消えて……手元に現れた!?)

 

 リリルカの鋭い鑑定眼と泥棒としての直感が、絶望的な事実を突きつける。

 当初、リリルカは隙を見て装備を盗み出し、逃げて売り払うつもりだった。だが、あの挙動を見てしまっては、その目論見は崩壊する。

 盗んでリリの鞄に入れたとしても、ベルが念じれば勝手に光となって彼の手元に戻ってしまうだろう。つまり、物理的に盗難不可能な代物だ。

 

(なんて厄介な……! あれじゃあ、仮に盗めても無駄足になるだけじゃないですか!!)

 

 盗むのは不可能。だが、ベルは新人冒険者にしては強く、そして驚くほどのお人好しだ。

 リリルカは口元を歪め、冷徹な計算を完了させた。

 

(装備を盗むのではなく……あの『強さ』と『甘さ』を利用するとしましょう)

 

 そうしてベルの活躍もあり一同は順調に進んでいく。

 その道中、リリの観察眼はもう一人の冒険者、ソラに向けられていた。

 

(……この人、本当に冒険者なんですか?)

 

 リリルカは怪訝な視線を送る。

 ベルは軽量とはいえ金属製のアーマーを身につけているが、ソラに至っては、およそダンジョンに潜るような格好ではない。

 奇抜なデザインのジャケットに、ダボっとしたズボン。金属鎧はおろか革鎧すら身につけていない。街中を歩く一般市民のような軽装だ。

 それに武器もおかしい。手に持っているのは、剣ではなく巨大な『鍵』。

 

(あんな巨大な鍵、どう使うんですか……? しかも、さっきちらっと見ましたけど、ソラ様もあの武器を光から呼び出していました。ベル様と同じ魔法……)

 

 盗品目当てのリリルカにとって、このパーティは最悪の相性だった。

 だが、それ以上にリリルカの心をざわつかせたのは、ソラが身につけている『服』そのものだった。

 

(……なんなんですか、あの服は……)

 

 モンスターの爪が掠めても、裂けるどころか傷一つつかない。泥水が跳ねても、まるで蓮の葉のように弾いて汚れが一切付着しない。

 そして何より異常なのが、あの『ポケット』だ。

 

 さっき、ソラは休憩の際に取り出した巨大な水筒や、採取した素材の束を、無造作に腰のポケットに突っ込んだ。

 物理的に入るはずがない大きさ。だというのに、ポケットはまるで底なし沼のようにそれらを飲み込み、あろうことか服のシルエットすら変わらなかった。重さを感じている様子すらない。

 

 リリルカは自分の背中にある、重く巨大なバックパックのベルトを握りしめた。

 あのポケットがあれば、こんな重荷を背負う必要もない。

 見た目はただの服なのに、破格の性能。そんな規格外の代物を、事もなげに着こなしているソラ。

 

 リリは自身のローブを握りしめ、ソラの服に、嫉妬と羨望を抱いた視線を向ける。

 

(……どんな物でも収納できる魔道具(マジックアイテム)…そんなの反則です。リリの商売上がったりですよ)

 

 もし自分がそれを持っていれば今よりマシな自分になれたかもしれない。リリルカの心に、羨望と嫉妬という黒い感情が渦巻いた。

 だが、その感情をすぐに押し殺し、営業スマイルを貼り付ける。

 

 第7階層、さらに奥へと進もうとした、その時だった。

 

「――待って…」

 

 先頭を歩いていたソラが、鋭い声と共に立ち止まった。

 彼は右手を水平に突き出し、ベルとリリルカを静止させる。その背中から、先ほどまでの砕けた雰囲気が消え失せていた。

 

「ソラ……?」

「気をつけろ、ベル。……この辺り、やけに『闇』が濃い」

 

 ソラは油断なく周囲の暗がりを睨みつける。その瞳は、まだ何もいない空間に潜む確かな脅威を捉えていた。

 

「来るぞ……!」

 

 ソラの警告と同時だった。

 周囲の影が粘着質に膨れ上がり、そこから異形の怪物たちが染み出してきた。

 レッドノクターン、ラージボディ、ウォーターコア――オラリオの常識には存在しない、ハートレスたち。

 

「な、なんですかこのモンスターは!?」

 

 しかも数が異常だ。通路を埋め尽くさんばかりの殺意の群れ。

 

怪物達の宴(モンスターパーティ)!? 冗談じゃありません、こんなの死にます!)

 

 リリルカが逃走ルートを目で探した、その時。

 ヒュンッと、リリルカの動体視力ですら捉えきれない速度で、ソラの背中がかき消えた。

 次の瞬間、最前線のハイソルジャーの集団が、何かに弾かれたように四散して消滅する。

 

「はっ!」

 

 空中に躍り出たソラが、巨大な鍵を一閃。

 それだけではない。彼もまた、その武器を敵の群れに『放り投げた』のだ。

 回転する鍵は生きた円盤のように空を裂き、ピンボールの要領でハートレスを次々と粉砕してソラの手元に戻ってきた。

 

(なっ……!? こっちもですか!?)

 

 リリは開いた口が塞がらなかった。

 ベルだけでなく、ソラまでもが武器を投擲し、意のままに操っている。このパーティは一体どうなっているのか。

 

 ソラは着地と同時に回転し、全方位の敵をなぎ払う。

 それは一方的な蹂躙だった。彼一人で軍団を相手取ってもお釣りが来るレベルだ。

 

(ソラ様があれほどの強さなら、ベル様も……!?)

 

 リリの視線がベルに向く。

 ソラとは対照的にベルは必死だった。

 

「くっ!」

 

 真正面から突進してくる巨漢――ラージボディに対し、ベルは一歩も引かずに踏み込んだ。

 左手のディフェンダーを構え、真正面から叩きつける。

 重厚な金属音が響き、ラージボディの突進が強制的に止められる。

 その隙に背後へ回り込み、ヘスティア・ナイフで背中を貫く。

 

 だが、息つく暇はない。上空からエアソルジャーが急降下してくる。

 ベルはバックステップで距離を取りながら、右手をホルスターへ走らせた。

 

「はあっ!」

 

 取り出したのは4本の投げナイフ。

 ベルはそれを、指と指の間に挟み込む特殊な持ち方で構えると、手首のスナップを効かせて扇状に投擲した。

 空を裂いた刃が、不規則に飛び回るエアソルジャーの翼を撃ち抜く。

 さらに追撃とばかりに、左手の盾をフリスビーのように投擲。撃ち落とされた敵を粉砕し、光となって手元に戻る盾をキャッチする。

 

(……悪くはありません。ですが、この数ではジリ貧です…)

 

 リリルカは冷徹に分析し、腕のクロスボウを構えた。

 ベルが倒れれば、リリルカの生存率も下がる。それに利用すると決めた以上、ここで死なれては困る。

 

 放たれた矢がエアソルジャーの動きを止める。

 

「ありがとうリリ!」

 

 その隙を逃さず、ベルが敵を一掃した。

 

 

 

 

 最後のハートレスが霧散すると、ソラはふぅと息を吐き、凝り固まった体をほぐすように首を鳴らした。

「よし、一丁上がり。……ベル、怪我はないな?」

「うん、大丈夫。リリの援護のおかげで、いつもより戦えたから」

 

 涼しい顔で笑うソラと、肩で息をするベル。

 その二人を交互に見ながら、リリルカは震える唇をようやく開いた。

 

「ベル様たちはいつもあんなの相手にしているんですか……?」

「ん?」

「あんな気色の悪いモンスターを、わざわざ自分から探しに行ってるんですか…?」

 

 リリルカの悲鳴のような問いかけに、ソラはキョトンとして、あっけらかんと答える。

 

「うん。だって、それがダンジョンに潜ってる理由の一つだし」

 

 リリルカは戦慄した。この男は狂っている。

 自殺志願者か、あるいは死ぬことが怖くない戦闘狂か。

 しかも、倒したモンスターは通常の「魔石」を残さず、代わりに見たこともない奇妙なかけらを落とした。

 

「あのモンスターは魔石の代わりに変わった素材を落とすんだ。経験値(エクセリア)も稼げるし、リスクに見合うだけの実入りはあるよ」

 

 ソラの説明を聞きながら、リリルカは内心で舌打ちをした。

 リスクに見合うだけの実入りはあるかもしれない。だが、あの数を相手取るなど自殺でしかない。自身の命を考えてリリはこれ以上この二人に関わるのは、命がいくつあっても足りないと考えパーティは今日限りにしようと決意するのだった。

 ――地上に戻り、ギルドの換金所へ行くまでは。

 

「お待たせ、合計で50000ヴァリスだったよ」

 

 ソラがなんともないような声で報告し、袋をベルとリリルカに見せる。

 

「「50000ヴァリス…」」

 

 ソラの言葉を聞いた瞬間、ベルとリリルカはお互いのおでこをくっつけて袋の中を覗き込む。

 そこには数えきれない大小の金貨が、眩しいほど袋の中でひしめき合っていた。

 ベルとリリルカは一緒に袋から顔を上げて、至近距離で見つめ合った瞬間…

 

「「やあぁーーーーーーったぁああ!!」」

 

 二人は歓喜して飛び上がった。

 二人の声量は凄まじく、周囲の冒険者たちがギョッとして振り返るほどの音量だ。

 

 50000ヴァリス。それはLv1の五人組パーティが一日かけて稼げる金額だ。

 望外の喜びをベル、ソラと一緒に分かち合ったリリルカだったが、すぐに彼女の頭は急速に冷えていった。

 

(……浮かれてどうするんですか…)

 

 過去、幾度となく味わってきた不条理が、リリルカの思考を冷たく塗りつぶす。

 たとえパーティ全体でどれだけ稼ごうとも、その富がサポーターに平等に分配されることなどありえない。

 サポーターは冒険者の付属品。ただの荷物持ち。

 『お前は拾うだけだろ』『戦ったのは俺たちだ』『守ってやった代賃を引いておくぞ』

 そう言われて、約束の報酬すら踏み倒されるのは日常茶飯事。

 酷い時は囮に使われ、傷だらけになっても治療費さえ出ず、小銭を顔に投げつけられて終わりだった。

 

(この50000のうち、リリに渡されるのは良くて数1000ヴァリス……いや、あの戦闘です。消耗品費だなんだと理由をつけて、端金すら貰えない可能性だって……)

 

 期待するだけ無駄だ。

 どうせまた、惨めな思いをするだけなのだから。

 リリが諦観の溜息をつこうとした、その時だった。

 

「はい、これリリの分」

「……え?」

 

 呆然とするリリルカの手に、ベルはずっしりと重い革袋を乗せた。

 きっちり三等分された報酬。

 それだけでも信じられないのに、さらに横からソラが、自分の取り分から数枚の金貨だけを抜き取ると、残りを全て、リリルカの手に乗せたのだ。

 

「えっ……? あ、あの、ソラ様?」

 

 リリルカは目を白黒させる。

 三等分どころではない。ソラの手元には僅かな小銭しか残っていない。

 

「これ……ほとんどリリに? 計算、間違ってませんか?」

「ううん、合ってるよ。それは全部リリのだから」

「はぁ!? 意味が分かりません! なんでソラ様の分までリリが貰うんですか!?」

 

 あまりの事態に、リリルカは猫を被るのも忘れて声を荒らげた。

 そんなリリルカに、ソラは不思議そうに首を傾げ、とんでもないことを言い放った。

 

「だって俺、今日あんまりモンスター倒してないし」

 

 リリの思考が停止した。

 

「……はい?」

「だから、俺はそんなに倒してないから…」

 

 ソラは真顔だ。

 リリルカは笑顔のままこめかみをひくつかせ、震える指でダンジョンの方向を指差した。

 

「い、いやいやいや! 倒したじゃないですか! 山のように! あの大群を一人で消し飛ばしてましたよね!?」

「あれはほら、あくまで『調査対象』だから」

 

 ソラは人差し指を立てて、困ったように笑った。

 

「あれが落とした素材は、全部ギルドじゃなくて俺たちの調査用として回収しなきゃいけないんだ。だから換金できない。つまり、今日のこの50000ヴァリスのほとんどは、ベルが倒したモンスターと、リリが拾った魔石の分ってこと」

 

 ソラはポンと手を打った。

 

「俺は今日の稼ぎにそんなに貢献してないんだから、少なくていいよ。それにこれは約束の『口止め料』も込みだし」

 

 リリルカはソラの言葉に口をパクパクと開閉させた。

 詭弁だ。どう考えても屁理屈だ。

 あの素材が換金できなかろうが、パーティの危機を救ったのは間違いなくソラだ。報酬を少なくていい理由になるわけがない。

 

「でも……! そんなの、良くないです! 通りません!」

 

 リリルカは思わず声を上げた。貰えるなら貰っておけばいい。そう頭では分かっているのに、あまりの理不尽なまでの優しさに、良心が悲鳴を上げていた。

 

「ベル様からも言ってください! こんなの、おかしいって!」

 

 助けを求めるようにベルを見ると、彼は困ったように、けれど優しく微笑んで首を振った。

 

「ううん、そんなことないよ、リリ」

「ベル様まで!?」

「だって、正直に言うとね……僕たちだけじゃ、こんなに稼げなかったから」

 

 ベルは申し訳なさそうに苦笑する。

 

「僕もソラも、戦うのに夢中になると魔石を拾うのを忘れちゃうんだ。ドロップアイテムも、リリがいなかったら半分も回収できてなかったと思う」

「そ、それは……」

「だから、この50000ヴァリスは、リリがいてくれたから稼げたお金なんだよ……」

 

 真っ直ぐな瞳。

 そこに計算や媚びへつらいは一切ない。

 二人は本気で、リリの働きに価値を見出し、感謝しているのだ。

 

(……馬鹿なんですか? それとも、リリをおちょくってるんですか?)

 

 だが、二人の瞳に嘲笑の色はない。

 ただ純粋に、仲間への労いと、わけのわからない理屈を信じ込んでいる。あるいは信じ込ませようとしている光があるだけだ。

 

(……信じられない。本当の本当に、底抜けのお人好し……)

 

 リリルカの手が震える。

 いつか裏切るかもしれないという疑念すら、この呆れるほどの善意の前では霞んでしまう。

 リリは手の中にある数枚の金貨と、重い革袋を強く、痛いくらいに握りしめた。

 その重みは、これまでのどんな報酬よりも温かく感じられた。

 

「……わかりました。お二人がそこまで言うなら、リリはありがたく頂戴します」

 

 従順な仮面の下で、リリルカは少しだけ、本当に少しだけ、彼らを信じてみようかという迷いを抱いた。

 

 

 

 

「さて、と……」

 

 ベルは一息つくと、少し照れくさそうに頬をかいた。

 

「これだけ稼げたんだし、今日はパーッと美味しいものでも食べに行かない?」

「おっ、いいなそれ!」

 

 ソラが待ってましたとばかりに腹をさする。

 ベルは笑顔で頷くと、リリの方を向いた。

 

「リリも、一緒に行こう? 『豊饒の女主人』っていう、料理がすごく美味しいお店があるんだ」

「……え? リリも、ですか?」

 

 リリルカはベルの言葉に目を丸くした。

 パーティ解散後の食事。パーティとしての結束を確認する場であり、通常、サポーターごときが同席を許されるものではない。

 

「ええ。もちろん割り勘じゃなくて、僕の奢りで」

「い、いいえ! これだけ頂いたのに、食事まで奢ってもらうわけには……!」

「えー、行こうよリリ! みんなで食べた方が絶対に美味しいって!」

「それに、今日の稼ぎの立役者はリリだから。断らないでくれると嬉しいな」

 

 二人に屈託のない笑顔で畳み掛けられ、リリルカはたじろいでいるとリリの小さなお腹が「ぐぅ」と可愛らしい音を立ててしまった。

 

「……ぷっ」

「あはは」

「うぅ……わ、わかりました。リリもお供させていただきますからぁ…」

 

 顔を赤くして俯くリリを連れ、三人は夕暮れの街へと歩き出した。

 

 木製のジョッキが軽快な音を立ててぶつかり合う。

 活気に満ちた『豊饒の女主人』の喧騒の中、三人のテーブルには山盛りの料理が並べられていた。

 ソラはリスのように頬を膨らませてパスタを頬張り、ベルはニコニコとそれを見守る。リリルカもまた、久しぶりの温かい食事の味に、密かに涙ぐみそうなほどの幸福を感じていた。

 

(……美味しい食事に、対等な扱い……)

 

 夢なら覚めないでほしい。そう思いながら、リリは幸せを噛み締めていた。

 誰にも邪魔されることのない、穏やかで温かい時間。

 リリルカは少しだけ、本当に少しだけ、目の前の二人を――この温もりを信じてみようかという迷いを抱いてしまうのだった。

 

 そうして3人が美味しい食事を楽しみ、店の前でリリと別れたベルとソラが、満ち足りた気分で本拠(ホーム)である廃教会の隠し部屋へ帰宅すると……。

 

「ヘスティアー! ただいまー!」

「帰りました、神様」

 

 二人が扉を開けた、その瞬間だった。

 

「ソラくぅぅぅぅぅぅぅぅぅん!! ベルくぅぅぅぅぅぅぅぅぅん!!」

 

 ドタドタドタ! という凄まじい足音と共に、二人の主神ヘスティアが猛然と飛び出してきた。

 その形相は鬼気迫るもので、ツインテールを振り乱しながら二人の目の前で急停止する。

 

「うわっ!? ヘ、ヘスティア!? どうしたの!?」

「なにかあったんですか!?」

 

 驚く二人に、ヘスティアは一枚の羊皮紙をババン! と突きつけた。

 

「ギルドから! ギルドから至急の呼び出しが来てるんだよぉ!!」

 

「「ええっ!?」」

 

 二人が声を揃えて驚く。

 ヘスティアは涙目になりながら、早口でまくし立てた。

 

「さっきガネーシャの眷属()が来てね、明日、ソラ君を連れてギルドに来てほしいって!」

 

 ヘスティアは二人の肩をガシッと掴み、揺さぶりながら説明を続けた。

 

「なんでも、この前の『怪物祭(モンスターフィリア)』の件で、ソラ君にどうしても直接お礼を言いたいって騒いでるらしいんだよ!」

 

「なんだ。お礼か…」

「お礼を伝えるならそんなに慌てる心配はないんじゃないんですか、神様?」

 

 ソラがポリポリと頬をかき、ベルもまた、大した問題ではないのではではと話すと、ヘスティアはさらに顔を近づけた。

 

「それだけじゃないんだよ! ギルドの方も、ハートレスについて詳しく話を聞きたいから、情報共有のために来てくれって要請まで来てるんだ!」

 

 ヘスティアは「はぁ、はぁ」と荒い息を吐き、改めて二人を見上げた。

 心配とパニックが入り混じった主神の剣幕に、ソラとベルは顔を見合わせるのだった。

 

 

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