キングダムハーツ オラリオ ミィス   作:小説好きー

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トリニティリミットの項目を色々見ていたらこれは魔法よりスキルの方がいいなって思ったので変更しました


第13話 ロキの溜息と、鍛冶師たちの狂熱

「ほい、終わったで〜」

 

 ロキはベートの背中から指を離すと、大げさに肩をすくめてみせた。

 

「全く、こんな時間に叩き起こしてステイタスの更新しろやなんて。これがアイズたんやったら大歓迎やったんやけどな〜」

「うるせえ、さっさと、寄越せ」

 

 ベートは上半身に服を纏いながら、苛立たしげに手を差し出した。普段の彼なら、相当な期間を置くか、遠征の直前でもなければこんなことは言い出さない。その珍しい申し出に、ロキは内心でニヤリとしながら、更新したばかりの羊皮紙に目を落とした。

 その瞬間、悪戯好きの女神は目を丸くして、興味深げに鼻歌を鳴らした。

 

「お、見てみぃベート!今回はエライことになっとるやないか。ステイタス、全体で80も上がっとるで!」

 

 ロキが楽しげに告げると、ベートも目を丸くし、驚いた様子で振り返った。

 

「……はあ!?80だと?」

「せや!しかもそれだけやないで。新しいスキルまで発現しとるわ。名前は……『トリニティリミット』や!」

「トリニティ……?なんだそりゃ」

「なんや、仲間と力を合わせて放つド派手なスキルみたいやで〜?」

 

 ロキがニヤニヤと意地悪く茶化すと、ベートの顔は見る見るうちに険しくなり、耳まで赤くして牙を剥いた。

 

「……ッ!ふ、ふざけんな!なんで俺がんな馴れ合いみたいなモン……!」

「あはははは!ええやんか、強くなったんやから素直に喜びぃや!普段から鍛え上げとるLv.5がこんだけ一気に成長して、おまけに新しいスキルまで覚えるなんて異常や……間違いなく、あのモンスターとの戦いと、あの子(ソラ)の力に引っ張られた影響やろうなぁ」

 

 ロキが地下貯水槽での戦いとソラの存在に触れると、ベートの目は鋭く細められた。あの不気味な怪物との戦いは、今も鮮明に脳裏に焼き付いている。

 戦いには参加していたものの、自分は十分な役割を果たせなかったという感覚があった。決して足手まといだったわけではない。状況を考えればうまく立ち回っていたはずだ。それでも、「もっとできたはずだ」という思いが消えない。あの巨大な怪物を、二度と動けなくなるまで叩き潰しておくべきだったのだ。だが、あの忌々しい怪物のしぶとさは異常だった。

 そして何より、あの戦いにおいてソラがどれほど貢献していたかは明白だった。最後は三人がかりで仕留めたとはいえ、ベートは、ソラが戦いのキーマンであったことを認められないほど、プライドに目が眩んでいるわけではなかった。

 

(あのツンツン野郎……!)

 

 ベートは新しく刻まれた『トリニティリミット』という文字を思い出し、悔しさに拳を握りしめた。

 あの少年は、まさに矛盾の塊だ。

 ベートが弱者を蔑んでいるのは、周知の事実だ。特に、実力もないくせに偉そうにして、いざ危なくなったら泣き叫ぶような弱者は反吐が出るほど嫌いだった。

 ソラなんて名前は聞いたこともない。冒険者がランクアップすれば、ギルドでの発表なり、酒場の噂なりが必ず耳に届く。それが一切ないということは、ソラがまだLv.1である確たる証拠だった。

 それなのに、Lv.1であるはずのソラは、ベートとシャクティの隣で戦うに値する実力を見せつけた。

 Lv.1がLv.5と肩を並べて戦う。本来ならありえない話だ。

 ベートの胸中には、複雑な感情が渦巻いていた。

 一部では、妙な満足感もあった。Lv.1の分際で、口だけではないことを見せたからだ。口だけの弱者でもなければ、助けを求めて喚き散らすマヌケでもなかった。

 極めて有能なLv.1。弱者ではない存在。正直に言えば、それはベートにとっても「悪くない」ものだった。

 だが同時に、屈辱に似た苛立ちもあった。

 ソラのようなLv.1がどうやってそれほどの力を手に入れたのか、その詳細は分からないし、正直興味もない。ただ一つはっきりしているのは、Lv.1が自分についてきているという事実だ。

 ならば、今日まで死に物狂いで戦って、今の地位を築き上げてきた自分は何なのだ?自分の歩んできた道のりを、冗談扱いにされることだけは我慢ならなかった。

 ましてや、ソラの影響で『仲間と協力するスキル』などという柄にもないものを押し付けられるなんて。Lv.1にいいところを持っていかれ、自分の方が引き上げられたように見える真似など、絶対に許せない。

 

「……まだ足りねえ」

 

 ベートは低く唸るように呟くと、苛立たしげに立ち上がって部屋を出ていった。

 ロキは去っていくベートの背中を見送り、ふんと鼻を鳴らした。

 

「全く、感謝の言葉一つないんやから。あのツンデレ狼め」

 

 ロキは呆れたように呟いたが、本気で怒っているわけではなかった。彼女は背もたれに寄りかかり、ふう、と深く溜息をついた。

 

「やっぱり、あの地下貯水槽での戦いを引きずっとるんやなぁ。まぁ、無理もないか……」

 

 ロキは独りごちた。

 あの黒いモンスター――『ハートレス』とかいうのは、完全に謎に包まれている。文字通り、どこからともなく現れた。

 そしてなぜか、ソラは彼らのことをよく知っているようだった。本人はなぜここにいるのか知らないと言っていたが、その答え自体、ロキには「正体を知っている」という確信を持たせるものだった。

 それに、ガネーシャ・ファミリアの団長がソラと協力しているという事実もある。

 

「あの(シャクティ)も、明らかに何か隠しとる素振りやったしなぁ……」

 

 ロキは眉間に皺を寄せ、少し前の出来事を脳裏に蘇らせた。

 そう、あの地下貯水槽での一件を終えて帰る道中のことだ。

 

 

 

 ・

 

 

 

 事は、街路の一角でロキとディオニュソスが遭遇したことから始まった。

 人食い花の残り香を嗅ぎつけたベートが殺気立つ中、ディオニュソスはロキに真実を語り出した。彼もまた、自らの眷族を殺した謎の存在と「極彩色の魔石」を持つモンスター、そして近頃オラリオに出没し始めた正体不明の『黒いモンスター』を追っていたのだと。

「怪物祭」の裏にギルドの影を感じ取ったディオニュソスは、核心を突くようにある少年への疑念を口にした。

 

「……あのソラとかいう少年。彼が現れてから、あの黒いモンスターが出現しだしたように思えるんだ。偶然にしては出来すぎていると思わないかい?」

 

 ソラの来訪と同時に活性化した黒いモンスターたち。そのタイミングの一致は、彼もまたギルドと深い関わりがある「駒」ではないかという疑いを抱かせるに十分だった。

 深まる謎を前に互いに協力体制をとることにした二柱。ディオニュソスは地下の調査を、そしてロキは全ての元凶と疑わしき本丸、ギルド本部への「殴り込み」を決意し、行動を開始した。

 夕刻のロビーを突き抜け、顔なじみの受付嬢ミィシャから「主神ウラノスはいつもの場所にいる」という言質を取るやいなや、関係者以外立ち入り禁止の深部へと強引に足を踏み入れた。

 行く手を阻んだのは、巨漢のエルフ、ギルド長ロイマンであった。彼や職員たちの制止を、ロキは持ち前の不敵な態度と強引さで受け流していく。

 すると、地の底から響くような声が許可を出した。ロキは不敵に笑い、地下祭壇『祈りの間』へと足を踏み入れた。

 最下層の祭壇、神座に鎮座する巨躯の老神に対し、ロキは単刀直入に核心を突きつけた。

 

「単刀直入に聞くでウラノス。あの人食い花の糸を引いてんのはギルドなんか?……それと、あの黒いモンスターは一体何や」

 

 揺らめく松明の炎の中、ウラノスは淡々と答えた。

 

「……人食い花に関しては否定しよう。我々は関与していない」

「ほーん。なら、黒い方は?」

「あれらは『ハートレス』。ダンジョンのモンスターとは別種の、この世界の…心持つ者の敵」

「ハートレス……?」

 

 聞き慣れない単語に眉をひそめるロキに対し、ウラノスは続けて告げる。

 

「詳しくは、近いうちにソラが【ロキ・ファミリア】を訪れる。その時に直接聞くがいい」

「あの子がウチに来るやと……?」

 

 驚きを隠せないロキに対し、ウラノスはそれ以上語らず、沈黙の石像へと戻った。

 これ以上の追求は無駄と悟ったロキは、大きく舌打ちを一つ落とす。しかし、ギルドが黒幕ではないという確証と、謎の少年ソラが鍵を握っているという情報を胸に、本拠(ホーム)へと帰還したのだった。

 

 

 ・

 

 

 自室の窓辺で、ロキはウラノスの言葉を反芻する。

「ハートレス……心の無いもん、か」

 

 ディオニュソスは、ソラこそが原因ではないかと疑っていた。一方でウラノスは、敵だと断言し、説明をソラに委ねた。

 ギルドの怪しい動き。ディオニュソスの忠告。そしてウラノスの言葉。

 

「あの子がここに来るんやったら、ちょうどええわ」

 

 ロキは鋭い眼光を光らせた。

 

「フィンやリヴェリア、ガレスも交えて、じっくり『見極め』させてもらうで。あの子が白か黒か、それとも……」

 

 だが、シリアスな思考はそこまでだった。

 ロキの表情が、一転して欲深いものへと変わる。

 

「ま、それはそれとして……や」

 

 ロキはニヤリと口角を吊り上げた。

 ソラの戦力は、ハッキリ言って異常だ。

 超短文詠唱でありながら、重傷すら一瞬で癒やす破格の回復魔法。

 そして、あの鍵型の剣と、そこから感じる力。あれはただの武器ではない。まるでヘスティアの『意志』が宿っているかのような、奇妙な神性を感じる杖。

 何より、ベートに干渉し、ステイタスを底上げし、あまつさえスキルなんてものを発現させる影響力。

 

「あんなもん、ダンジョン攻略の切り札以外の何物でもないやろ……!」

 

 ロキは唸った。

 もしソラが加入すれば、派閥を劇的に強化する究極のサポーターになるだろう。荷物持ちや前衛の手伝いなどにするつもりはない。少なくともソラはLv.5であるロキ・ファミリアの幹部クラスと並んで戦えることを証明したのだ。なによりソラの力は集団の中でこそ真価を発揮し、周囲を限界以上に引き上げる。

 

「それやのに、ドチビのところにおるなんて。マジで宝の持ち腐れや……」

 

 これからの遠征で、ソラは絶大な戦力になったはずだ。喉から手が出るほど欲しい。

 遠征という言葉が頭をよぎった瞬間、女神にある考えが閃いた。

 

「……待てや、ちょい待て……」

 

 ロキは気づき始め、独り言をこぼした。

 次回の遠征にソラを「外部協力者」として雇うのだ。実力もアイズたちが保証しすればいいし、ベートへの影響を考えればフィンの説得もできる。後は遠征の結果次第ではあるが、ソラの有用さを証明できればソラの所属するヘスティア・ファミリアを傘下或いは同盟にフィンたちは積極的になるはずだ。

 なんという完璧な作戦や!とロキは内心で自分を褒めたたえるが、ある事実に気づき、ピタリと動きを止めた。

 

「それをやるには……頼まなあかんのか……」

 

 ロキは顔を覆い、盛大にうめき声を上げた。

 

「よりによって、あのドチビに『あの子(ソラ)を貸して』なんて頼まなあかんのかいな! いやや! 絶対いやや!!」

 

 誰もいない執務室で、ロキの悲痛な叫びが木魂した。

 

 あのヘスティアに頭を下げるなど、想像しただけで蕁麻疹が出そうだった。

 『おやぁ? ロキじゃないか。ボクの可愛い眷属(ソラ君)の力が借りたいのかい? うーん、そうだなぁ…あ、それじゃあ、まずはボクに跪いて――』

 脳内で勝手に再生される、ドヤ顔のヘスティア。

 その光景に、ロキはワナワナと震え上がった。

 

「あーっ! 腹立つ!! なんであのドチビのトコにあんな超ド級の当たりくじが行ってんねん!!」

 

 ロキは机の上に突っ伏し、ジタバタと足をバタつかせた。

 しかし、どれだけ駄々をこねようと、客観的な事実は変わらない。

 

 ソラという未知の戦力。

 『トリニティリミット』のような共鳴現象。

 そして、ダンジョン深層を目指す遠征において、彼の回復魔法と適応力は、文字通り「命綱」になり得る。

 ファミリアの主神として、ハートレスへの対策と迷宮の開拓を天秤にかければ、私怨を優先している場合ではないことは百も承知だった。

 

「……しゃあない」

 

 ひとしきり暴れた後、ロキは乱れた赤髪を掻き乱しながら起き上がった。

 その瞳から、先ほどのふざけた色は消え失せ、底知れぬ智謀の神としての冷徹な光が宿る。

 

「まずは、近いうちにウチに来るっちゅうソラの品定めや。あの子が何を隠しとるんか、ウラノスが何を企んどるんか……全部丸裸にしたる」

 

 ロキは窓枠に腰掛け、オラリオの夜景を見下ろした。

 魔石灯の光が連なる巨大な迷宮都市。その地下深くで蠢く、正体不明の『ハートレス』。

 ソラという少年は、この都市に何をもたらすのか。破滅か、それとも希望か。

 

「……それに、ドチビと交渉するにしても、ただ頭を下げるだけやない。こっちが優位に立てる『取引材料(カード)』を用意せんとなぁ」

 

 ニヤリと、三日月のような笑みを浮かべるロキ。

 彼女の頭脳は既に、来たるべきソラとの会談、そしてヘスティアとの交渉に向けた盤面を描き始めていた。

 

「待っとれよ、ソラ。自分がどないな規格外のジョーカーやろうと……ウチ等が綺麗に使いこなしたるわ」

 

 夜風が、女神の野心を孕んで吹き抜けていった。

 

 

 

 

 早朝のオラリオ。

 まだ街が本格的に動き出す前の、冷たく澄んだ空気が漂う時間帯。

 北西の区画に座する【ヘファイストス・ファミリア】の工房兼店舗は、すでに熱気を帯びていた。

 

 その最奥にある執務室。

 書類の山に囲まれた机の向こうで、隻眼の女神ヘファイストスはペンを止め、ゆっくりと顔を上げた。

 

「……来たわね」

 

 入室してきたのは、少し緊張した面持ちのソラと、いつになく真剣な表情のヘスティアだった。

 ヘファイストスは二人をソファに促すと、自身も対面の席に腰を下ろした。

 その表情は平素と変わらぬクールなものだが、組んだ手の指先がわずかに強張っているのを、彼女自身だけが自覚していた。

 

(落ち着きなさい、私。……ようやく、聞けるのだから)

 

 彼女の胸の内で、鍛冶神としての「高揚」が渦巻いていた。

 

 ――昨夜のことだ。

 バイト終わりのヘスティアが、血相を変えて工房に駆け込んできたのは。

 

『ヘファイストス! 頼む、少しだけでいい。話を聞いてくれないか』

『悪いけど無理よ、ヘスティア。見ての通り、月末の決算と発注書の山で手一杯なのよ。遊びなら他を当たってちょうだい』

 

 いつもなら、そこでお茶を濁して追い返すところだった。

 だが、ヘスティアは食い下がった。いや、その瞳には切迫した色が浮かんでいた。

 

『遊びじゃないんだ。……前に言っていた、話せないと言った「長く複雑な事情」……それに関連することなんだよ』

 

 その言葉に、ヘファイストスの筆がピタリと止まった。

 ソラという少年。彼が持つ、理外の変形機構を持つ鍵の剣。

 かつて問い詰めた際、「長くて複雑で、説明しても信じてもらえない」とはぐらかされた、あの件だ。

 

『……なぜ、今なの? アンタ、頑なに口を閉ざしていたはずよね…』

『状況が変わったんだ。事態はより複雑化し、危険になっている。……正直に言うと、これを話せば、ヘファイストス、君まで巻き込むことになるかもしれないけど』

 

 ヘスティアは苦渋の表情を浮かべていた。

 ベルのために『ヘスティア・ナイフ』を打ち、ソラのために新しい『キーブレード』を生み出す手伝いもしてくれた。

 これ以上、彼女を危険な領域に踏み込ませたくないという葛藤が見て取れた。

 

『ボクたちは、君にはもう、十分すぎるほど世話になってる。だから、本当は黙っているべきだと思ったんだ。だけど……もう、ボクたちだけじゃ抱えきれないところまで来てるんだ』

 

 震える声で告げるヘスティアに、ヘファイストスはしばしの沈黙の後、溜息をついてこう答えたのだ。

 

『……わかったわヘスティア。明日の早朝にソラと一緒に私の執務室に来なさい。そこでアンタの「長く複雑で説明できない事」を聞いてあげるから…その代わり、私の質問にも答えなさいよね…』

 

 ――そして、今。

 目の前には、意を決した様子の親友と、その中心にいる異界の少年がいる。

 

 ヘファイストスは、ソラの瞳をじっと見つめた。

 あの日、初めて会った時に感じた違和感。彼が持ち込んだ結晶やグミシップについて、ヘファイストスにはソラに問い詰めたいことが山ほどあった。

 

 鍛冶の神としての探求心が、魂の奥底で灼熱の炎のように燃え上がっているのを感じながら、ヘファイストスは努めて冷静な声を紡いだ。

 

「それで、話ってなにかしら?」

 

 その問いかけは、オラリオの裏側に潜む「世界の真実」への、最初の一歩だった。

 

 

 ・

 

 

(確か、極東の言葉で『知らぬが仏』と言うのかしら?……)

 

 ヘファイストスはデスクの椅子に深く沈み込み、両手で顔を覆いながら、そのことわざの重みを噛み締めていた。

 ヘスティアとソラから聞いた話は、彼女の神生で最大の頭痛になってしまった。

 ヘスティアが言っていた「長くて複雑な話」というのは、決して比喩や冗談ではなかった。

 大げさに言っているだけで、要約すればソラの事情なんてシンプルで分かりやすいものだろう――異世界の人間()が迷い込んだ、その程度だと思っていた。

 実際にソラという少年は見れば見るほど違和感の塊だ。彼と交流を重ねれば、ほとんどの神が彼はこの世界の生まれではないと推測はできるだろう。

 ヘファイストス自身も、ソラから渡された素材やグミブロックの件で、ソラが神々の知らぬ未知の領域から来た存在なのであろうと推測は立ててはいた。

 

 だがしかし、ソラの事情はヘファイストスが推定するものを遥かに凌駕する内容であった。

 そして最悪なのは、そのパンドラの箱を開けることを了承したのが、他ならぬ自分自身だということだ。

 さっきまでの、未知の素材に胸を躍らせていた自分を殴ってやりたいとまでヘファイストスは考えてしまう。

 

「……これは、処理しきれないわね」

 

 ソラ達の言葉を聞き終えたヘファイストスは、指の隙間から呻くように呟いた。

 

「ボクの気持ちが分かっただろ……」

 

 隣に座るヘスティアは、どこか悟りを開いたような冷ややかな目でソラを見ながら言った。

 当のソラは、きょとんとして瞬きをしている。

 そんなソラの様子に、ヘスティアは顔を覆って嘆息し、改めてヘファイストスに向き直った。

 

「ま……ソラ君については、これで全部だよ。外の世界から来たこと、キーブレードのこと、ハートレスのこと、そして……世界の壁のこと。で、正直どう思う?」

「どう思うって? ソラの口から全部聞いた後じゃ、神酒(ソーマ)でも飲まなきゃやってられないわよ」

 

 ヘファイストスは額をこすりながら唸った。

 

「でも、秘密にしていた理由はようやく分かったわ。これは軽々しく扱える話じゃない。外の世界から誰かがここに来て、この世界のあらゆる移動手段を超える乗り物を作れと言っているなんて……」

 

 ヘファイストスは、鍛冶神としての視点を切り替えた。

 ソラが見せてくれた設計図、そして彼が語った「グミシップ」という次元を超える船。

 

「乗り物と言えば、進展はどうなっているんだいヘファイストス?」

 

 ヘスティアが眉を上げて尋ねると、ヘファイストスは指を組み、少し思案してから口を開いた。

 

「……ソラから預かったあの『グミブロック』……あれを使って、あなたの設計図通りに組む作業自体は、もうあらかた終わっているわ」

 

「えっ、本当!? すごい!」

 

 ソラが目を輝かせて身を乗り出す。

 まだ素材を渡してからそれほど時間は経っていないはずだ。さすがは天界屈指の鍛冶神だと、ソラは尊敬の眼差しを向けた。

 

 だがそんな言葉を聞いたヘファイストスの表情は晴れない。彼女は真剣な眼差しでソラを見据え、核心を告げた。

 

「制作自体は問題はないわ。ただ、あなたの要求を満たすなら――量が圧倒的に足りないわ」

「量が?」

「ええ。あなたが求める性能を実現するには、あなたが最初に渡してくれた量の、少なくとも数十倍のグミブロックが必要になるわ」

 

 ヘファイストスはデスクの上で手を広げ、大きさを示すようなジェスチャーをした。

 

「今の状態は、動くことはできるし、街中やダンジョンで使う分には問題はないわ。だけど星の大海に出れば、瞬く間に圧力に押しつぶされるか、遭難するのがオチね」

「そっか……。やっぱり、もっと集めなきゃダメなのか」

 

 ソラが肩を落とすと、横で話を聞いていたヘスティアが恐る恐る口を挟んだ。

 

「ね、ねぇヘファイストス。その……グミブロックがないなら、ボク達の世界の材料で代用できないのかい?」

 

 その問いに、ヘファイストスは待っていましたとばかりに一枚の羊皮紙を提示した。そこには、びっしりと計算式と数字が書き込まれている。

 

「もちろん、私もそれを考えたわ。グミブロックを、魔石や希少金属で補うのを」

「おお! さすがヘファイストス! それなら――」

「――ただし」

 

 ヘファイストスは冷徹に言葉を遮り、羊皮紙の最後にある合計金額を指差した。

 

「それを実現するためのコストを試算してみたのだけど……これを見てちょうだい」

 

 ヘスティアとソラが羊皮紙を覗き込む。

 そこには、ゼロの数が多すぎて一瞬では理解できない桁の数字が並んでいた。

 

「い、いち、じゅう、ひゃく、せん、まん……億……!?」

 

 ヘスティアの顔が青ざめ、やがて白くなり、魂が口から抜け出ていく。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ! なんだいこのふざけた金額は!?前に言ってた金額を遥かに凌駕して『兆』すら超えてるじゃないか!?」

 

 ヘスティアの叫びに、ヘファイストスは乾いた笑いを漏らした。

 

「まず、星の大海を渡り、それらに耐えうるには私達の世界だと最硬金属(オリハルコン)が必要よ。さらには星の大海にある障害を取り除くにしても、既存の魔剣を遥かに凌駕するものが必要なのよ。…これでも最低限の見積もりよ。仮にオラリオすべてのファミリアの全財産を没収しても足りないわね」

 

 その言葉に、ソラもあんぐりと口を開けたまま固まった。

 どうやら、代用品で船を作るというのは、現実的ではないどころか、夢物語らしい。

 

「じゃあ無理なのかい……?」

 ヘスティアが心配そうに言うと、ヘファイストスは小さく眉をひそめた。

 

「そう言いたいところだけど、グミシップを作るには、やっぱり『グミブロック』を手に入れることよ。そもそもどうやって手に入れるのよ?」

 

 その問いに、ソラは記憶を探るように視線を宙に彷徨わせた。

 

「えっと……確かアンセムのレポートによると……」

「アンセムのレポート?」

 

 ソラは思い出しながら説明を始めた。

 

「たしか、世界の心へと続く扉が開かれ、その世界を守る壁が崩壊した時に、壁の破片としてグミブロックが現れるらしいんだ。グミブロックの性質と起源が、グミシップに他の世界へ移動する力を与えているんだそうです」

 

 その説明を聞いた瞬間、ヘファイストスとヘスティアは信じられないといった顔で瞬きをした。

 

「壁が、崩壊した時……?」

「つまり……この『世界の心』を見つけて、その扉を開けろってこと?」

 

 ヘファイストスは不信感を露わにして繰り返した。

 

「ボクたちの世界に『心』があるってこと自体、まだ理解が追いつかないんだけど……」

 

 ヘスティアが唸る。神である彼女たちにとっても、世界の構造そのものに関わる話は未知の領域だ。

 

「ただ、ヘファイストス様に渡したグミブロックは前にダンジョンで出現したハートレスから手に入れたんだ。だからもしかしたら、ダンジョン探索をしてたら手に入るかもしれないんだ」

 

「ダンジョンで、ハートレスから……」

 

 ヘファイストスは、ソラのその言葉を反芻するように繰り返した。

 モンスターから素材がドロップする。その仕組み自体はこの世界の冒険者にとって当たり前の日常だ。だが、その「素材」が世界の壁の破片であるという事実は、あまりに規格外だった。

 

「なるほどね。扉を開けるなんて物騒な真似をしなくても、この世界に染み出してきた闇を叩けば、必要な『破片』が手に入る可能性があるってわけね」

 

 ヘファイストスは少しだけ顔を上げ、デスクの上に置かれたグミブロックの欠片を見つめた。

 神の目から見ても、それは物質というよりは、固形化された「概念」に近い。この世界の物理法則に縛られない船を造るには、やはりこれが必要不可欠なのだ。

 

「うん! だから、扉を探すのは危ないけど、この世界に現れてるハートレスを片っ端から倒していけば、必要な素材が集まるかもしれない。……よし、俺、頑張って探してみるよ!」

 

 ソラの瞳に、いつもの前向きな輝きが戻る。

 

「それで、他に話したいことはないのですか?ヘファイストス様?」

 

 ソラの問いに、ヘファイストスは少し黙り込んだ。

 聞きたいことは山ほどある。外の世界の鍛冶技術、キーブレードについて、ソラが渡してくれた素材のこと……。

 だが、今の彼女の頭の容量(キャパシティ)は、文字通り限界を突破していた。

 

「いいえ……今は、これ以上は驚かされたくない気分よ」

 

 ヘファイストスは、これまでにない疲労感を隠すように首を横に振った。

 

「わかった! じゃあ、俺はさっそくダンジョンへ行ってくるよ。グミブロック、頑張って集めてくるから!」

 

 ソラは元気よく手を振って執務室を出るべくドアに手を掛ける。

 

「主神様、あの素材で面白い魔剣が…」

 

 すると、ソラがドアノブを回すよりも先に、ヘファイストスのように眼帯を付けた褐色肌の女性――椿・コルブランドが執務室に入ってきた。

 

「あ……」

 

 勢いよく入ってきた【ヘファイストス・ファミリア】の団長である椿と、ドアを開けようとしていたソラの視線が至近距離でぶつかった。

 椿は手にしていた報告書を丸めると、ソラの顔をまじまじと見つめ、何かを確かめるように考え込んだ。

 

「その頭……。お主、もしやソラか?」

 

 ソラは突然のことに瞬きをしたが、特に気にする様子もなく答えた。

 

「ソラは俺だけど……。君は?」

 

「ははっ! そうか! お主があの素材を主神様に渡した依頼人か!」

 

 椿の口角が吊り上がる。それは、ずっと探していた珍しい玩具を見つけた子供のようであり、同時に、獲物を追い詰めた肉食獣のようでもあった。鍛冶師として、そして冒険者として、彼女がその身に宿す「業」が歓喜に震えている。

 

「なぁ、ソラ。お主、あの素材をまだ持っておったりはせぬか? 主神様に見せてもらったあの素材と、お主が提供したという『グミシップ』とやらの設計図……あれを見てからというもの、血が騒いで夜も眠れなくてな。脳裏に焼き付いて離れんのだ!」

 

 彼女の瞳の奥には、未知の技術体系に対する純粋な狂気がぎらついている。ソラを見つめるその視線は、もはや人間を見ているというよりは、未発見の鉱脈を鑑定しているかのようだった。

 

「おっと、自己紹介がまだであったな。手前は椿・コルブランド。手前のことは遠慮せず『椿』と呼んでくれ。家名より名前で呼ばれる方が性に合っておるのでな。これでも、このファミリアの団長を務めておる」

 

 椿はソラの肩をがっしりと掴むと、物理的な圧力すら感じるほどの熱量で語りかけ始めた。

 

「どうだ、手前と専属契約を結ばんか?お主に手前が持つすべてを差し出してもいい。その代わりと言っては何だがあの素材を手前に優先的に回すだけで良い。どうだ、良い取引とは思わんか?」

「ソラ君に専属契約!?」

 

 団長直々の破格の提案にヘスティアが愕然と呟く背後で、ヘファイストスは「やっぱりか」とばかりに溜息をついた。

 椿の狙いは明白だ。ソラが持ち込んだ未知の合成素材――それは、ファミリアの鍛冶師たちにとって、喉から手が出るほどのご馳走そのものだからだ。

 その価値たるや、アダマンタイト、いや、オリハルコンにも匹敵する。当然、誰がその素材を打つかで血で血を洗う競争になるわけだが……まさか団長である椿自らが、こうも堂々と乗り出してくるとは。

 専属鍛冶師という契約は、冒険者が持ち帰る素材の優先権を得るための常套手段だ。つまり椿は、ソラが手に入れる希少素材を根こそぎ独占しようと目論んでいるのである。

 本来ならば、オラリオ屈指の鍛冶師である椿からの申し出など、冒険者にとっては願ってもない栄誉だ。彼女の打つ武具は至高の逸品。断る馬鹿など、この迷宮都市には存在しないはずなのだが――。

 

 ソラは困ったように笑って首を横に振った。

 

「気持ちは嬉しいけど……ごめん。装備なら、今のこれで十分なんだ」

 

「……何? 十分だと?」

 

 椿の目が細められた。改めてソラの格好を見る。鎧どころか、軽装な私服にしか見えない出で立ち。ギルドの情報によれば彼はLv.1の新人だ。

 

「お主、冗談を言っておるのか? Lv.1で防具も着けずにダンジョンへ潜るなど、命を捨てに行くようなものだぞ。その甘い考えは……」

 

 椿は苦言を呈しながら、「これでは話にならん」と言わんばかりにソラの服の襟元を掴んだ。その瞬間、彼女の指先がピタリと止まる。

 

「……っ!?」

 

 最上級鍛冶師(マスター・スミス)としての卓越した感覚が、指先に伝わる異質な手触りを感知した。布地に編み込まれた精緻な魔法、そして見たこともない強靭な素材。

 椿は言葉を失い、食い入るようにソラの服を観察し始めた。

 

「椿? どうしたのよ」

 

 ヘファイストスが声をかけるが、椿の耳には届いていない。彼女はもう、ソラの服の構造を解き明かすことだけに全意識を奪われていた。

 

「ねぇ、離してよ。ソラ君が困ってるだろ!」

 

 ヘスティアが椿を退かそうと必死に腕を引くが、Lv.5の第一級冒険者である椿の身体は、山のようにびくともしない。

 

「……呆れたわね。職人魂に火がつくとこれだもの」

 

 ヘファイストスは溜息をつき、ヘスティアを見た。

 

「ヘスティア、ソラ。いい機会よ、椿にも『ハートレス』のことを話してしまいなさい」

「えっ、良いの? ヘファイストス様」

 

 ヘファイストスの言葉にソラが驚いて聞き返すと、ヘファイストスは頷く。

 

「いずれロキのところにも話を通すなら、遅かれ早かれ知ることになるわ。椿はロキたちの遠征に随行するのだから。強力なハートレスと遭遇する可能性は高いわ。情報の性質上、全員に話すのは危険だけど……椿の『心』なら、闇に呑まれる心配はないでしょう」

 

 ヘファイストスからの許可が出たことで、ソラとヘスティアは我を忘れた椿をどうにかソファへと座らせた。

 ――それから、時間が経つこと約一時間。

 ようやく意識がこちらに戻り、改めて事情の説明を受けた椿は、ソラに向かって深く頭を下げた。

 

「……すまぬ。あまりの代物に、つい我を忘れてしまった。ソラ、お主のその服……とんでもない代物だな。これほどの代物なら、確かに手前のは必要はないのやもしれん」

 

「分かってくれたならいいよ」

 

「ところで、どうやってソラ君だと分かったんだい?」とヘスティアが尋ねると、椿は頭をかきながら答えた。

 

「以前、ギルドにこれ(力の魔石)を売った奴を調べてみてのぉ…結果としてはLv.1と特徴的な髪型の少年だと分かったのだ。確信はなかったが、本人に聞けたから結果としては手前の勘は間違ってはいなかったというわけだ。だがソラ、装備は良くてもやはり下層を目指すなら武器は必要だろ? 改めて――」

 

「それも含めて、聞いてほしいんだ」

 

 ソラは真剣な顔で、外の世界のこと、そして自分の持つ『武器』について椿に語った。

 椿は「外の世界」という響きに驚愕したが、それ以上に、ソラが出現させた『キーブレード』に狂おしいほどの興味を示した。

 

「な、なんだこれは!?武器なの、か!?……!……ソラ、これはどうやって打たれたものなのだ!?」

「ごめん、俺も知らないんだ……」

「……そうか。くっ、これほどのものを前にして構造が分からぬとは……」

 

 椿は心底残念そうに項垂れたが、ソラが「イェン・シッド様なら何か知っているかも」と零すと、その名に敏感に反応し、眉をピクリと動かした。

 

「……さて。事情は分かった。お主に協力するには、相応の武器が必要だということもな。専属契約が無理なら、せめて素材を良い値で買わせてくれ。なんなら、手前がパーティを組んで一緒に潜ってもいいぞ!」

 

「椿。アンタはただあの素材が欲しいだけでしょう」

 

 ヘファイストスの冷ややかな叱咤が飛ぶ。ソラも苦笑いしながら断った。

 

「今は上層で『鍵穴』を見つけなきゃいけないんだ。下に行くのは、もう少し待ってくれないかな」

「むぅ、残念だ。……では、他に何か『結晶』は持っておらんのか?」

 

 ソラはポケットを探り、ハートレスから手に入れた『欠片』や『魔石』をいくつか取り出した。

 

「結晶は、もう持ってないんだ」

 

 椿はその素材を手に取り、まじまじと見つめてから溜息をついた。

 

「これでは……。手前が求める性能を出すには、足りぬ……」

 

 項垂れる椿を見て、ソラはふと呟いた。

 

「……モーグリがいたらなぁ」

 

 ソラの言葉に「モーグリ?」とヘスティアが聞き返す。

 

「うん。俺の世界で、ポーションや武器を売ってくれたり、武器の強化をしてくれる小さな生き物なんだ。モーグリの『合成』なら、こういう欠片や魔石を組み合わせて、『結晶』に変えることができるんだ。なぁ、ヘスティア、ヘファイストス様、知り合いに合成とかが得意な人とか神様っていない?」

 

「合成ならミアハとかに頼めばいけるかもしれないけど…さすがにこんな危険な話に巻き込むわけにはいかないし……」

 

 ヘスティアの悩みに対し、ヘファイストスが意外な助け舟を出した。

 

「……ソラが持っているその『欠片』程度のものなら、数は少ないけれど、実はこのオラリオの市場にも時々珍品として出回っているわ」

 

 その言葉に、ソラの顔がパッと明るくなった。

 

「本当!? じゃあ、大丈夫だな!」

 

 ソラの屈託のない笑顔に、椿もようやく毒気を抜かれたように笑った。

 

「ははっ、いいだろう。ソラ、何か協力が必要ならいつでも手前を頼ってくれ。手前はいつでもお主の力になろう……」

「ありがとう、椿!」

 

 こうして、騒がしい朝の会談は幕を閉じた。

 執務室を後にするソラとヘスティアを見送りながら、椿は自分の手のひらをじっと見つめ、まだ見ぬ「結晶」の輝きを夢見るのだった。




やっと原作2巻当たりが完成しました。確認次第投稿します。予定としては番外編なしで第22話まで投稿します
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