キングダムハーツ オラリオ ミィス   作:小説好きー

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第16話 剣姫の償いと黒衣の男と白兎に繋がる縁

 剣姫アイズ・ヴァレンシュタインにとって、ここ数日の出来事は控えめに言っても「波乱に満ちていた」という表現がふさわしかった。

 

 発端は怪物祭(モンスターフィリア)での騒動だ。その際に借りた大剣を壊してしまった彼女は、ゴブニュ・ファミリアに四千万ヴァリスという莫大な借金を返済するため、ダンジョンでひたすら稼ぐ計画を立てていた。

 だが、第18階層に到達した彼女たちを待っていたのは、殺人事件によってパニックに陥ったリヴィラだった。ファミリアの仲間たちと共に事件の解決に手を貸すことにしたアイズとレフィーヤは、不審な動きを見せるヘルメス・ファミリアの団員、ルルネを追跡。

 そして――問い詰めた末に鞄の中身を見たアイズは、全身に冷たい衝撃が走るのを感じたのだ。

 

 直後、真犯人であるレヴィスという謎の女が姿を現し、食人花を解き放ったのだ。幸い食人花は以前のような異常個体ではなかったが、レヴィス自身が、アイズのエアリエルをもってしても容易に倒せないほどの圧倒的な強敵だった。

 レヴィスの一撃によって頭蓋骨を砕かれそうになった、絶体絶命の瞬間。

 彼女を救ったのは、突如として介入してきた『黒コートの人物』だった。

 

 黒コートは直後に理不尽なまでの戦闘能力を見せつけ、あのレヴィスを撤退に追い込むほど圧倒したのだ。目の前で繰り広げられたその凄まじい力を見て、アイズの心は激しく揺さぶられた。

 

(――どうしたら、あんなに強く…)

 

 どうすればあんな次元の強さを手に入れられるのか。何が彼にそのような能力を与えたのか。しかし、黒コートの人物はフィンたちが駆けつける頃にはすでに姿を消していた。

 未知の強者から情報を得られないと悟ったアイズは、自分が知っている唯一の『強くなる方法』を選択した。それは、Lv.5の壁を打ち破るための偉業の達成。

 第37階層の階層主(モンスターレックス)、ウダイオスへの単独挑戦である。

 

 死闘だった。だが、強い決意と風の加護により、彼女はついに単独で階層主を打ち倒すことに成功したのだ。あとは地上に戻り、ロキにステイタスを更新してもらえば、念願のLv.6に昇格できるはずだ。

 そうして深い階層からの帰路につき、リヴェリアと共に上層まで戻ってきた時のことだった。

 

 思いがけない人物に出くわした。ソラだ。

 Lv.1でありながら異常個体のモンスターを撃退し、戦闘を助ける不思議な魔法の盾を使う未知の少年。彼もまた、アイズが密かに注目していたもう一人の謎の人物である。

 そして、ソラの腕の中でぐったりとしている白髪の少年は――かつて自分が身勝手な理由で傷つけてしまったかもしれないと、ずっと罪悪感を抱いていた『ウサギ』を連想させる少年だった。

 

 ・

 

「ソラと……? あの子は……もしかして?」

 

 薄暗い通路の先で、アイズは不思議そうに小首を傾げた。

 近づいていくと、ソラは今にも泣き出しそうな顔でアイズたちを見上げた。

 

「ど、どうしたの?」

 

 アイズが尋ねると、ソラはパニック状態のまま早口でまくしたてた。

 

「わ、分からない……! さっきまで魔法を使ってたベルが、いきなりフラッとして倒れちゃって……! 息はあるけど、全然起きないんだ! どうしよう、俺のせいでベルが……っ!」

「魔法を使って……倒れた?」

 

 ソラの言葉にアイズが目をパチクリとさせる横で、リヴェリアが静かに歩み寄った。

 彼女は翡翠色の瞳でソラの腕の中にいるベルを観察し、小さく、呆れたように息を吐いた。

 

「落ち着け、少年」

 

 エルフの王族たる威厳に満ちた、しかしひどく冷静な声。

 リヴェリアはベルの顔色や呼吸の乱れがないことを確かめ、あっさりと診断を下した。

 

「ふむ、これは……典型的な精神疲弊(マインドダウン)だな」

「…………精神疲弊(マインドダウン)?」

 

 ドナルドのゼタフレアを連想し、絶望していたソラは、リヴェリアの口から出たその聞き慣れない単語に、頭の上に巨大な疑問符を浮かべてきょとんとするのだった。

 

「精神疲弊《マインドダウン》は、精神力(マインド)を使い果たしたときに陥る状態のことだ。魔力を酷使しすぎると、このように一時的に意識を失う状態のことだ。ことになる。ダンジョン内であらゆる危険に対して無防備になるため、極めて危険な状態だ。魔法の試行に君が同行していたのは幸運だったな」

「気絶……するだけ?」

「ああ。しばらく休ませていれば、自然に目を覚ます」

 

 リヴェリアの淡々とした説明を聞いて、ソラは心底ホッと胸を撫で下ろした。

 

「ただの魔力切れか、良かった……」

 

 ソラはへなへなとその場に座り込み、眠りこけているベルの額を軽く撫でた。

 

「とりあえず、ベルが無事でよかったよ。教えてくれてありがとう、えーと……」

 

 名前を知らずにソラが言葉を濁すと、ハイエルフは小さく頷いた。

 

「ああ、すまない。私はリヴェリア・リヨス・アールヴだ」

「俺はソラ。こっちはベル!」

 

 ソラはニカッと笑って礼を言った。

 一方、リヴェリアはさりげなくソラを観察していた。

 

(この少年が、怪物祭(モンスターフィリア)でアイズたちが出会ったという……)

 

 主神であるロキが「あの子はLv.1に収まらない実力を有している」と不機嫌そうにぼやいていたこと。異常個体の食人花と互角に渡り合える戦闘力と、未知の魔法の盾。

 第一印象としては、友好的で親しみやすい普通の少年だが、魔法の基礎知識に関しては驚くほど無知だ。この少年が謎とされるのも頷ける。

 

(実に不可解だ……)

 

 リヴェリアが心の中で呟いていると、ずっとソラの横でベルの寝顔を見つめていたアイズが、ふと静かに口を開いた。

 

「……ねぇ、ソラ。リヴェリア」

「ん? どうした、アイズ」

「……私、この子に、償いがしたい」

 

 アイズの唐突な申し出に、ソラはきょとんとした。

 

「償い? なんで?」

「……私が、ミノタウロスを逃がしたから。それに、怪物祭(モンスターフィリア)でも、ソラの大切な盾を壊してしまったから……」

 

 アイズは伏し目がちに、消え入りそうな声で言った。

 彼女はずっと気に病んでいたのだ。自分たちの失態で、この白髪の少年を危うく死なせかけたことを。そして、自分たちを助けるためにソラが魔剣のような盾を失ってしまったことを。

 アイズの真摯な言葉に、リヴェリアも重々しく頷いた。

 

「アイズの言う通りだ。あの日、我々の失態でミノタウロスを取り逃がし、君たちを危険に晒してしまった。加えて怪物祭(モンスターフィリア)での借りを返さないわけにはいかない。我々の能力の範囲内で、望むものを補償させてもらいたいのだが……」

 

 真面目すぎる二人の謝罪に、ソラはひどく居心地の悪そうな顔をして頭を掻いた。

 

「いや、でもベルは今ぐっすり寝てるし、俺も別に何も望むものなんてないし……」

 

 ソラが困惑して言葉を濁していると、リヴェリアがふと、何かを思いついたようにアイズを見て、小さく口角を上げた。

 

「……アイズ。この少年への償いなら、一つ良い案があるぞ」

「良い案……?」

「ああ。今、この少年の頭は冷たい石の床の上だ。お前が『膝枕』をしてやるというのはどうだ? 目覚めるまでお前が守ってやれば、立派な償いになるだろう」

 

 リヴェリアの提案に、アイズは目をパチクリとさせた。

 

「……膝枕? そんなことで、いいの?」

「ああ。安心しろ、お前の膝枕なら、喜ばない男は下界に一人もいない」

 

 どこか面白がっているようなリヴェリアの後押し。

 アイズは少しだけ首を傾げたが、「償いになるなら……」と納得したように頷き、静かにその場に膝をついた。

 

 そして、まだ状況が呑み込めていないソラを見上げて、淡々と言った。

 

「ソラ。その子の頭を、私の膝に乗せて」

「えっ? あ、うん。わかったけど……」

 

 意味が分からないまま、ソラは言われるがままにベルの頭をそっと持ち上げ、アイズの柔らかい太ももの上へと移動させた。

 ソラの手から極上のクッションへと移動したベルは、「むにゃ……」と幸せそうな寝息を漏らし、アイズの太ももに顔を擦り寄せる。

 

「おー……なんか、すっごく居心地良さそう」

「……」

 

 アイズは無表情のまま、器用にベルの頭を自分の膝に収め、その白い髪をそっと撫で始めた。

 

「それで、ソラ。先ほども言ったが、君の失った盾についてだ。代わりとなる代物ををこちらで用意したいと……」

 

 リヴェリアが再び補償の話を切り出すと、ソラはたまらず苦笑いをして右手をスッと横に伸ばした。

 

「えっと、そのことなんだけど……別に補償とかはいらないよ。ほら」

 

 ソラがそう言った瞬間。

 何もない虚空から光の粒子が集束し、カチャリという小気味よい金属音と共に、一つの奇妙な武具――フライパンやカトラリーの意匠が組み込まれた、銀色に輝く『グランシェフ』の盾形態――が、ソラの手の中に忽然と顕現したのだ。

 

「なっ……!?」

 

 突如として空間から武具を出現させたソラに、リヴェリアは翡翠の目を限界まで見開いた。

 

「あれは俺のスキルみたいなものだから、気にしなくていいよ」

「スキル、だと……? 何もない空間から、物質を創り出すスキルだというのか……!?」

 

 オラリオの常識を根底から覆す『異質なスキル』を目の当たりにして、リヴェリアは、驚愕のあまり完全に言葉を失って固まってしまった。

 

 一方その頃。

 呆然と立ち尽くす副団長の横で、アイズは我関せずといった様子で、膝の上の特等席で幸せそうに眠るベルの白い髪を、ただ静かに、優しく撫で続けていた。

 

 しかし、尽きせぬ探究心が王族の矜持を上回ったのか、彼女はゴクリと喉を鳴らしてソラを見た。

 

「……無作法を承知で頼むのだが。無理かもしれないが、その盾に少し触らせてもらえないだろうか?」

「え? ああ、いいよ。はい」

 

 ソラは全く躊躇することなく、あっさりとリヴェリアへ盾を差し出した。

 まさか本当に手渡されるとは思っていなかったリヴェリアは、自らの非礼を恥じつつも、恐る恐るフライパンへと手を伸ばす。

 だが――彼女の指先が柄に触れ、盾を受け取ろうとした次の瞬間だった。

 

 シュンッ!

 

 盾はリヴェリアの手からすり抜けるように光の粒子となって消え去り、瞬きをする間に、再びソラの手の中へと戻っていたのだ。

 

「なっ……!? これは一体……」

 

 意図的に奪い返したような素振りはなかった。まるで盾そのものが、持ち主以外に触れられることを拒絶したかのような現象。

 リヴェリアの口から、隠しきれない驚愕の声が零れ落ちる。

 

「あー、これは……」

 

 ソラが苦笑いしながら口を開きかけた、その時だった。

 

「……待て。言わなくていい」

 

 リヴェリアは己の顔を覆い、ソラの言葉をピシャリと静止した。

 彼女の翡翠の瞳には猛烈な好奇心が渦巻いていたが、ロキ・ファミリアの副団長としての理性がそれを必死に押さえ込んでいた。

 

「他派閥の者に、己のスキルの機密をおいそれと明かすものではない。君は少し、警戒心が無さすぎる…」

 

 ため息交じりに忠告するリヴェリアに、ソラは少しだけ不思議そうな顔をした。

 

「いや、まあ……明日、君たちのホームへ行った時に、これも含めて全部話すことになってるんだけど…」

「……は?」

 

 リヴェリアの動きが、再びピタリと止まった。

 

「明日? 私たちのホームに来るだと? そんな話は、私は一切聞いていないぞ……?」

「えっ、そうなの? 今日の夕方、ヘスティアがロキからの招待だって…それにそろそろハートレスについて話さなきゃいけないって思ってたし…」

 

 あっけらかんと告げるソラの言葉に、リヴェリアの額に青筋がピキッと浮かんだ。

 

(ロキめ、まさか私に相談もなく、勝手に他派閥との重要な密談を取り付けて……!一体なんのつもりだ!)

 

 内心で主神に対する怒りを爆発させたリヴェリアだったが、なんとか深く深呼吸をして、沸点に達しそうな感情を鎮めた。

 そして、ソラの口から出た『ハートレス』という単語について、静かに思案を巡らせる。

 

(ハートレス……ギルドに匿名で渡されたという、オラリオの外で生まれたモンスターのことか)

 

 とある場所で、『アンセム』という名の研究者によって生み出されたという未知のモンスター。

 先日、自分たちが深層への遠征前に遭遇し、第一級冒険者たちをも大いに手こずらせた『フロントサーペント』なる厄介なモンスターも、そのハートレスの一種だという。

 

 リヴェリアは目の前の無邪気な少年をジッと見据えた。

 この少年が、ギルドへ匿名で情報を送った情報源そのものなのだろう。そう確信した彼女は、一つ頷いて口を開いた。

 

「……明日の夜に正式な場を設けているのなら、本来はそれを待つべきなのだろう。だが、未知の脅威についての情報は、早いうちに知っておくに越したことはない」

 

 リヴェリアはソラの目を真っ直ぐに見て、真摯に頼み込んだ。

 

「その少年が目覚めるまでの間でいい。私に、その『ハートレス』について教えてくれないか?」

 

 リヴェリアの真剣な言葉に、ソラは少しだけ考えた後、「いいよ」と快諾してコクリと頷いた。

 そして、傍らでアイズの極上の膝枕を堪能しながら幸せそうに眠る親友をちらりと見て、どこから話したものかと頭を掻いた。

 

「えっと……まずは、俺はこの世界の外から来たんだ、ってところからかな」

 

 ソラは、まるで『今日は少し遠くの街から歩いてきたんだ』とでも言うような、ごく自然な、世間話のようなトーンでそう切り出した。

 

「……………………」

 

 リヴェリアの頭脳はあまりにも突拍子がなさすぎる、スケールが違いすぎるその第一声によって――完全に理解を拒絶し、真っ白に思考停止してしまうのだった。

 

「……リヴェリア? おーい、リヴェリア…?」

「…………」

 

 瞬き一つせず、石像のように固まったまま動かないリヴェリアの目の前で、ソラが心配そうにひらひらと手を振る。

 数十秒の完全な沈黙の後、リヴェリアはカクンと首を動かし、ひどく掠れた声で問い返した。

 

「……『外』、だと? それは、君が天界から降り立った神だという意味か? いや、しかし君からはそのような気配など微塵も……」

「いや、神様じゃないって。俺は普通の人で……えっとね、夜空を見ると星がたくさんあるだろ? あれ、全部別の世界なんだ。俺はそういう、別の(せかい)からやってきたんだよ」

「……別の、世界……?」

 

 リヴェリアはこめかみを強く押さえた。

 下界と天界という概念で構成されたこの世界の住人にとって、ソラの話は「ダンジョンの底が空に繋がっていた」と言われるのと同じくらい、常識を根底から破壊するものだった。

 

「……待て。すまないが、その壮大な話はいったん保留にさせてくれ。私の頭がパンクしそうだ」

「あはは、ごめんごめん。いきなり言われても信じられないよな」

「いや……君のその常識外れの力を見れば、信じざるを得ないのが恐ろしいところだ」

 

 リヴェリアは深く、ひどく深くため息をつき、どうにか気を取り直して話を本筋に戻した。

 

「今は、その『ハートレス』についてだ。あれは一体何なんだ? なぜダンジョンに現れた?」

「ハートレスはね、一言で言うと『心の闇』が具現化したモンスターなんだ」

 

 ソラは真面目な顔つきになり、淡々と語り始めた。

 

「誰の心にも少なからずある、悲しみとか怒りとか、そういう暗い感情……心の闇。それに飲まれた人が変えられちゃう姿がハートレスだ。あいつらは、本能的に他の『心』を求めて集まってくるんだ」

「心の闇……人が、変えられた姿、だと?」

 

 リヴェリアの背筋に、ゾクリと冷たいものが走った。

 怪物祭(モンスターフィリア)でアイズたちに牙を剥いたハートレスが元々は人間だったというのか。

 

「そして、一番厄介なのは……あいつらに奪われた心はハートレスになるんだ。放置しておけば、最終的にはこの世界そのものの『心』を喰らって、世界ごと闇に沈めてしまう…」

「世界を、闇に……」

 

 その途方もない脅威のスケールに、リヴェリアは息を呑んだ。

 目の前にいる無邪気な少年は、そんな文字通り『世界の存亡』に関わる次元のバケモノたちを相手に、平然と戦いを続けていたのだ。オラリオの冒険者たちが富や名誉、あるいは己の成長のためにダンジョンへ潜っているのとは、根本的に見据えているもののスケールが違った。

 

「……強いの?」

 

 ふと、それまで黙ってベルの頭を撫で続けていたアイズが、静かに問いかけた。

 

「ん? ハートレスが?」

「うん。あの時、戦ったあのハートレスは……ソラが倒してきた中では、強いの?」

 

 純粋な強さを求める剣姫の問いに、ソラは少しだけ顎に手を当てて考えた。

 

「いや、あれはまだまだ強い方であるんだけど厄介なハートレスは、あんなもんじゃないんだ。それに、一番恐ろしいのは……あいつらを裏で操ろうとするやつがいた時のが大変なんだ」

「……」

 

 アイズは金色の瞳をわずかに見開き、そして再び視線を落として、膝の上のベルの白い髪をそっと撫でた。

 

「……ソラたちは、そんな強い敵と戦っているんだね」

「まあね。でも、一人じゃないからさ! 今はベルも一緒に戦ってくれてるし、ガネーシャ様やシャクティ、それに椿も協力してくれてるから!」

 

「……なんだと?」

 

 ソラの口からあっけらかんと飛び出した名前に、リヴェリアは翡翠の瞳を限界まで見開いた。

 

 オラリオの治安維持を担う最大派閥の一つ【ガネーシャ・ファミリア】の主神と、その団長であるシャクティ・ヴァルマ。さらには、都市最高峰の鍛冶派閥【ヘファイストス・ファミリア】の団長にして第一級冒険者の椿・コルブランド。

 都市の根幹を支えるトップ層たちが、すでにこの少年と繋がり、未知の脅威に対抗すべく水面下で動いているというのか。

 

(私やロキが思っていた以上に、事態はずっと深刻で……そして彼は、すでにオラリオの中枢に深く食い込んでいるというのか……っ!)

 

 自分たちロキ・ファミリアは、単に有望な新人を逃したどころの騒ぎではない。世界の危機とそれを防ぐための巨大な渦から、完全に置いてけぼりを食らっていたのだ。

 リヴェリアが戦慄と共にソラの底知れなさを再認識し、僅かに冷や汗を流した。だが、彼女の頭脳は、ソラの話から一つの恐ろしい欠落に思い至った。

 

「……待て、ソラ。一つ聞かせてくれ」

「ん? どうしたの?」

「心が闇に飲まれ、奪われた者が『ハートレス』になる理屈は理解できた。だが……心を奪われた後に残された『肉体』や『魂』は、一体どうなってしまうのだ?」

 

 リヴェリアの鋭い指摘に、ソラの表情が僅かに曇った。

 

「普通は心を奪われた時点でそのまま闇に溶けて、跡形もなく消滅するんだ……だけど、強い心を持っていた人は残された肉体と魂は『ノーバディ』になるんだ…ノーバディはハートレスと比べるとすごく厄介なんだ…」

「消滅かノーバディが生まれる……」

 

 遺体すら残らず、この世から完全に存在が消え去る。あるいは、二つの異形の怪物に成り果て、かつての同胞に牙を剥く。

 そのあまりにも救いのない残酷な結末に、リヴェリアは絶句し、アイズもまた微かに息を呑んで唇を噛み締めた。

 重苦しい沈黙が、冷たい迷宮の通路に落ちる。

 

 ――その時だった。

 

 深い深い心地よいまどろみに抱かれていたベルの目が覚める。

 澄み切った風のような香りと、お日様のような温もり。肌を通じて感じる全ての気配が穏やかな感覚が自分を優しく包み込んでいる。

 ずっとこの居心地に抱かれていたいとベルは思った。

 

(……?)

 

 そっと、アイズがベルの白い髪を撫でる。額に触れる細い指の感触がくすぐったくも、ひどく優しい。安心しきったベルは、微睡みの中で、顔も知らない人の名前を無意識に唇で転がした。

 

「……おかあさん?」

 

 すると、ベルの頭を撫でていたアイズの輪郭の動きがぴたりと止まり、透き通った声が静かに降ってきた。

 

「……ごめんね。私は、君のお母さんじゃない」

「……え」

 

 その声にはっとしたベルは、おずおずと閉じている瞼を開けた。

 霞む視界が次第にクリアになっていき、はっきりとしてくる線の形。最初に像を結んだのは眩い金の髪で、次は綺麗に整った顔立ち。最後は髪の色と同じ、金色の瞳だった。

 

「起きたかな……?」

 

 ベルの思考は真っ白に停止した。

 自分が今、何をされているのか。頭の後ろの柔らかさと温もりから、それが『膝枕』であることはすぐに見当がついた。だが、自分を見下ろしているこの憧れの剣姫――アイズ・ヴァレンシュタインの顔に見入ったまま、ベルの時間は完全に止まってしまった。

 アイズの細い指が、再びベルの髪を梳く。触れられた瞼が、熱い。

 

「……」

 

 やがて、ベルはのろのろと上半身を起こした。

 頭の後ろから遠のく温もりがひどくもったいない気がしたが、とりあえず起き上がって周囲を見渡す。そこには、ニヤニヤと笑いを堪えているソラと、呆れ顔で見下ろしてくるリヴェリア。

 見てはいけないものを見た気がして、恐る恐る振り返った。アイズは、まだ消えずにそこにいた。

 

「……幻覚?」

「……幻覚じゃないよ」

 

 失礼なことを呟いたベルに、アイズはむっ、と少しだけ形の整った柳眉を斜めにする。

 それから、二人はじっとお互いを見つめ合った。深紅の瞳と金の瞳が交差する。

 無言の空間の中、アイズがちょっと困り出した頃。ベルの首から上が、みるみるうちに沸騰するように赤く染まっていく。ソラやアイズがその異常事態に気付いた時には、すでに爛熟し過ぎた林檎が出来上がっていた。

 ベルの瞳の焦点は合わず、糸ミミズのようにぐちゃぐちゃと泳いでいる。

 

 そして、勢いよく弾かれたように立ち上がった。

 

「──だぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

「あっ、おいベル!?」

 

 奇声を上げ、羞恥心のあまり完全に周りが見えなくなっていたベルは、ソラの制止も聞かずに全力で駆け出した。

 そして、わずか数歩先で。

 通路の真ん中に突如として現れた、巨大な『何か』に激突した。

 

 ゴォォォンッ!!!

 

 まるで教会の鐘を至近距離で鳴らしたような、重く鈍い金属音がダンジョンに響き渡る。

 

「いっっっっっっっっっっっったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 ガシャーンと派手に跳ね返ったベルは、顔面を押さえてその場にうずくまり、ビチビチと魚のように跳ね回って悶絶した。

 ソラは慌てて駆け寄ろうとして――ふと、ベルがぶつかった『それ』に目を奪われた。

 

「……なに、これ?……ハンマー?」

 

 それは、ベルの身長ほどもある巨大な鉄塊だった。奇妙な意匠が施された、槌のような形状。どこか見覚えがあるような気がして、ソラは視線をその柄の方へと辿っていく。

 そして、見た。

 巨大すぎるハンマーとは不釣り合いなほど小さな、奇妙な人型の『何か』が、柄を握ってそこに佇んでいるのを。

 

「――っ!?」

 

 瞬間、ソラの体に戦慄が走った。このシルエット、この質感、見間違えるはずがない。

 ソラは反射的に、痛みにたうち回るベルの襟首を掴み、全力で後ろへと引き戻した。

 

「えっ、ソラ……!? な、なに……?」

 

 突然乱暴に引っ張られ、涙目で振り返るベル。アイズとリヴェリアも、ソラの急変した態度に訝しげな視線を向ける。

 だが、ソラは構わず、何もない空間から瞬時にキーブレードを召喚し、切っ先をその『何か』に向けた。

 

「気をつけろ! あいつは……『ノーバディ』だ!!」

 

 ソラの叫びが木霊する。

 呼応するように、巨大なハンマーを持った人型――上級ノーバディ『バーサーカー』が、ゆらりと幽鬼のように動き出した。

 それだけではない。

 

 ヒュンッ、ヒュンッ、ヒュンッ!

 

 空間が歪み、白い茨のようなエフェクトと共に、新たな影が次々と実体化していく。

 まず石畳を這いずるように無数に湧き出してきたのは、灰色のゴムのような身体をぐにゃぐにゃと不気味に蠢かせる下位ノーバディ『ダスク』の群れ。

 さらにその後方から、上位の個体たちが姿を現す。

 

 紫色のローブを纏い、宙に浮きながら不気味な魔力を溜め始める『ソーサラー』。

 宙に浮くカードとサイコロを操り、不気味な遊戯へと誘う『ギャンブラー』。

 尖った足先でコマのように回り、長いリボンのような装飾をなびかせながら、奇妙なステップを踏む『ダンサー』。

 頭上からは槍を構えた竜騎士のような『ドラグーン』が音もなく舞い降り、虚空からは二刀流の剣士『サムライ』が、ゆっくりとアイズを見据えて立ち塞がった。

 

「なっ……!?」

「……!」

 

 突如として現れた、オラリオの常識が一切通用しない未知の異形たち。

 リヴェリアが息を呑み、アイズが瞬時に腰のデスペレートを引き抜く。

 静まり返っていた夜のダンジョンが、一瞬にして緊迫した戦場へと変貌した。

 

 

 

 

 刹那、迷宮の静寂が破られた。

 通路を埋め尽くした異形たち――『ノーバディ』が一斉にソラたちへ襲い掛かる中、真っ先に先陣を切ったのはアイズだった。

 その頭上の死角から、竜の意匠を持つドラグーンが空気を引き裂きながら急降下攻撃を放ってくる。落石のごとき質量と速度を伴う必殺の一撃。だが、『剣姫』の金色の瞳は、その軌道を氷のように冷徹に見切っていた。

 

「――【テンペスト】」

 

 可憐な唇から紡がれた短い詠唱と共に、翠緑の暴風が爆発的に巻き起こる。アイズは敵の技の神髄を瞬時に読み取り、自らの力へと昇華させるかのように、風を纏って一直線に天へと跳び上がった。重力すら置き去りにする、美しくも苛烈な迎撃の跳躍。

 空中で激突した両者の勝敗は、瞬きする間に決した。白銀の愛剣『デスペレート』による神速の斬り上げが、ドラグーンの槍ごとその堅牢な胴体を真っ二つに両断し、竜騎士は悲鳴を上げる間もなく白い光の粒子となって爆散した。

 だが、優雅に着地したアイズの背後に青鈍色の死神が迫る。二刀流の剣士、サムライだ。両袖から抜き放たれた凶刃と、アイズの白銀の剣が常人の目には不可視の領域で激突する。

 ガギィィィィィンッ!と凄まじい衝撃波と眩い火花が迷宮の暗闇を連続で照らし出す。斬、突、弾、薙。サムライの変幻自在な双剣を、アイズは風の装甲と天性の剣術でことごとく弾き返し、逆に鋭い反撃を叩き込んでいく。刹那の間に数十の死線が交差した直後――両者は激しく刃を交えたまま弾き合い、距離を取ってピタリと動きを止めた。アイズは剣を青眼に構え、サムライもまた双剣を下げて身を沈める。互いの僅かな隙を窺い、次の一振りで全てを決する『一騎打ち』の構え。瞬きすら死に直結する極限の集中力の中、剣姫は静かに必殺のタイミングを待っていた。

 

 一方、ソラは自身に立ち塞がったギャンブラーに対し、一切の躊躇なく踏み込んでいた。

 ダメージ判定のあるカードやサイコロの投擲をキーブレードで的確に弾き落とすと、ギャンブラーは巨大なスロットやサイコロを出現させ、不気味な遊戯を仕掛けてきた。サイコロやカードに変えられてしまう厄介な技だが、ソラは冷静にタイミングを見極めてスロットの目を揃える。怯んで隙だらけになったギャンブラーの懐に潜り込み、重い一撃で瞬時に粉砕してみせた。

 

 一方、リヴェリアの戦場は理不尽な猛攻に晒されていた。

 彼女に襲い掛かる上級ノーバディ『バーサーカー』は、およそこの世界の物理法則を無視していた。巨大なハンマーがまるで意志を持っているかのように暴れ狂い、持ち手であるはずの本体が操り人形のように振り回されながら突進してくるのだ。さらには、本体が赤子ほどのサイズに縮小したかと思えば、巨大なハンマーだけが狂ったように凶悪な回転を始め、周囲の空間ごと連続で叩き潰そうと迫り来る。

 そこへ紫色のソーサラーが介入し、無数のキューブが全方位から押し潰そうと襲い掛かる。だが、リヴェリアは洗練された身のこなしでそれらを躱しながら、美しき唇で魔法を紡いでいた。

 

「――【終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に風を巻け】」

 ハンマーの凶悪な衝撃波を跳躍して避け。

「――【閉ざされる光、凍てつく大地】」

 迫るキューブの弾幕を杖で弾き。

「――【吹雪け、三度の厳冬──我が名はアールヴ】」

 そして、極大の魔力が杖の先に収束する。

「――【ウィン・フィンブルヴェトル】!!」

 

 放たれたのは、三条の絶対零度の吹雪。

 扇状に広がるその広範囲殲滅魔法は、ダンジョンの壁ごとバーサーカーとソーサラーを完全に呑み、一瞬にして純白の霜と分厚い氷に閉じ込められる。

 しかし――ソーサラーの異常な魔法耐性によって凍結を無効化。逆に無数のキューブを束ねた『カオスショット』を放ってきた。

 

「くっ……!」

 

 リヴェリアは瞬時に後方へ跳んで躱すが、その死角から、凍りついていたはずのバーサーカーが怪力で氷を打ち砕き、怒り狂ったようにハンマーを振り上げて頭上から迫っていた。体勢を崩したリヴェリアでは、回避が間に合わない。

 

「リヴェリア!」

 

 そこに疾風の如く駆けつけたソラが、リヴェリアの空いている左手を咄嗟に強く握りしめた。

 

「え……?」

 

 ソラに手を握られた瞬間、リヴェリアの体に未知の魔力回路が繋がったような不可思議な感覚が走る。直後、彼女の意志とは無関係に、ソラに握られていない反対の右手から、鋭く巨大な『氷の刃』が凄まじい速度で射出された。

 ゼロ距離から放たれた氷刃は、迫り来るバーサーカーの胴体をハンマーごと見事に貫通し、ノーバディを光の粒子に変えて消滅させた。

 

(なっ……!? 今のは、私の魔法ではない……!?)

 

 何が起きたのか全く理解できず、都市最高峰の魔導士の頭上に巨大な疑問符が浮かぶ。

 だが、ソラは「よし!」と短く声を上げると彼女の手を離し、すぐさまソーサラーへと肉薄する。

 

「はぁああ!!」

 

 キーブレードを構えたソラが、光の軌跡を描きながら神速の連続突きのソニックレイヴを放ち、キューブごとソーサラーの無敵の防御を強引に突破して粉砕した。

 

 そしてベルは、無数のダスクと一体のダンサーを相手に、これまでにない変則的な戦い方を展開していた。

 新たな魔法の力を応用し、右手に握るヘスティア・ナイフに白銀の『炎』を、左手に構えた盾『ディフェンダー』に白金の『雷』を纏わせる。ゴムのように這いずるダスクの連続頭突きを雷の盾で弾き飛ばし、すぐさま炎のナイフで切り伏せていく。

 

「いける……!」

 

 だが、その隙を突いて、ダンサーが氷上をスケートで滑るかのような滑らかな動きで、ベルの死角から急接近してきた。

 

「つっ――!?」

 

 反応が遅れたベルの頭部を、ダンサーの細い両腕がガッチリと掴む。次の瞬間、ベルの身体は軽々と宙に持ち上げられた。ダンサーはベルを掴んだまま、コマのように高速回転しながらダンジョンの石畳を猛スピードで引きずり回す。

 

「ぐああっ!?」

 

 そして、遠心力が最高潮に達した時、ダンサーはその身体を凶暴に引き伸ばし、ベルを石壁に向かって勢いよく投げ飛ばした。

 

 凄まじい速度で吹き飛ばされるベル。このまま壁に激突すればただでは済まない。

 しかし、空中で目を見開いたベルは、痛みを堪えて身を捻り、迫りくる硬い石壁を両足で強く蹴りつけた。

 

(ソラが教えてくれたみたいに……!)

 

 壁を足場にして、弾丸のように飛翔する。

 ベルは宙を舞いながら、自らの身体を縦に高速回転させた。それはかつてソラが語った、雷を操る機関員『ラクシーヌ』の苛烈な動きそのものだった。

 炎を宿したナイフと、雷を帯びたディフェンダーを交差させ、体に光を纏う。重力と遠心力、そして3つの魔法の力を乗せた重い一撃を、追撃しようと待ち構えていたダンサーの頭上へと真っ直ぐに叩きつけた。

 

「はあぁぁぁぁぁっ!!」

 

 ナイフと盾がダンサーを捉えた瞬間、爆発的な衝撃波がドーム状に弾け飛んだ。強烈な魔法の嵐がダンサーを瞬時に消滅させ、さらにその余波は周囲で蠢いていた無数のダスクたちをも飲み込み、塵一つ残さず一掃してのけた。

 

 ベルが見事にノーバディの群れを蹴散らし、ソラがそれに親指を立てる。

 通路に残ったのは、微動だにしないアイズと、彼女と『一騎打ち』の機を窺い合うサムライ一体のみとなった。

 

 ――その時だった。

 

 パチ、パチ、パチ、パチ。

 

 極限の緊張感が漂う迷宮に、突如として場違いな『拍手』が鳴り響いた。

 

「見事な立ち回りだ…」

 

 落ち着いた、しかしどこか芝居がかった男性の声。

 ソラたちが一斉に声の方向へと振り向くと、そこにはいつの間にか、頭から深くフードを被った『黒コートの人物』が立っていた。

 

「――っ! XIII機関!!」

 

 その禍々しい黒いコートの姿を見た瞬間、ソラは鋭い声で叫び、キーブレードを構え直した。アイズもまた、以前レヴィスとの戦いに介入してきた謎の人物と同じ出で立ちに、対峙していたサムライから警戒を解かぬまま、金色の瞳を鋭く細める。

 

 黒コートの人物は、ソラの敵意を気にする素振りも見せず、ふっと口元だけで笑みを作った。

 

「久しぶりだな…ソラ」

 

 そう言って、男はバサリと自らのフードを外した。

 現れたのは、綺麗に撫でつけられた金髪と顎髭、そしてピアスを光らせた、どこか飄々とした男の素顔だった。

 

「ルクソード……っ!!」

 

 キーブレード墓場で倒したはずの人物の登場にソラは驚愕の声をダンジョンに響かせた。

 

「お前、人間に戻ったんじゃなかったのか!?」

「そのはずだったんだがな。どういうわけか、私はこの世界で再びノーバディとしての肉体を得て……さらには、この世界に囚われてしまったらしい」

「囚われた……?」

 

 ルクソードの言葉に、ソラは頭上に疑問符を浮かべた。

 

「ゼムナス曰く、このダンジョンとやらは、あらゆる世界から様々な要素を吸い込んでいるらしい。我々も、そして君も……その過程でこの迷宮に吸い込まれたのだろう、とな」

「ゼムナス……!? ゼムナスもここにいるのか!?」

 

 機関のリーダーの名が飛び出し、ソラはさらに大きな衝撃を受けた。

 そんな中、ふとアイズが一歩前へと進み出た。

 

「……先日は、助けてくれてありがとうございます…」

 

 以前、第18階層でレヴィスから自分を救ってくれた黒コート。その恩義に対し、アイズは素直に感謝の言葉を口にした。

 しかし、ルクソードは小さく肩をすくめる。

 

「人違いだな。君を助けたのは私ではなく、ゼムナスだ」

「ゼ、ゼムナスがアイズを助けたぁっ!?」

 

 あのゼムナスが、わざわざ赤の他人を人助けしたという事実に、ソラは本日一番の素っ頓狂な声を上げてしまった。

 

「……では、なぜ助けたアイズ含めた私たちを強襲した?」

 

 ソラの驚愕をよそに、リヴェリアがアイズの横に並び立ち、威圧感を込めて鋭く問い詰めた。

 彼女たちをノーバディの大群で襲撃しておきながら、かつては助けたという。その矛盾した行動に、リヴェリアの翡翠の瞳が危険な光を帯びる。

 

「正確には、君たちに用事があったわけではない。そこにいる少年の実力を、確かめる必要があったのさ」

 

 ルクソードは手品のように一枚のカードを取り出し、ベルを真っ直ぐに指差した。

 

「ぼ、僕に……?」

「なんでベルを……!?」

「『新入り』からの頼みでね」

「新入り? そいつとベルに何の関係があるんだよ!」

 

 ソラが食ってかかると、ルクソードはカードを指先で弄びながら「さてな」と薄く笑った。

 

「この世界で生まれたノーバディは、我ら機関の者とは違い、心があった頃――つまり、人であった頃の記憶を大半失っている。せいぜいが、自分の名前くらいしか覚えていない。……しかし、おそらくだが彼女は、そこにいる少年……ベル・クラネルと、深い関係にあると推察できる…」

 

 静かな迷宮に、ルクソードの言葉が重く響き渡る。

 

「僕と……深い関係……?」

 

 ベルが呆然と呟いた、次の瞬間だった。

 急激な精神の疲労と、複合魔法剣の連続使用による負担、そして立て続けに押し寄せた衝撃的な情報の処理に脳が耐えきれなくなったのだろう。

 グラリ、とベルの身体が大きく傾き、糸が切れたように前へと倒れ込んだ。

 

「ベル……!?」

 

 ソラが手を伸ばすより早く、隣にいたアイズがサッと身を翻し、倒れゆくベルの身体を柔らかく受け止めた。

 腕の中で完全に気を失い、スースーと寝息を立て始めた少年を見下ろし、アイズは小さく瞬きをする。

 

「ふむ。その調子では、対面させるのは難しそうだな。また別の機会にしよう」

 

 ルクソードは事も無げにそう言うと、懐から謎の粉が入った小さな小瓶を取り出し、ソラに向かって軽く放り投げた。

 

「おっ……! こ、これは!?」

 

 パシッと反射的にそれを受け取ったソラが、怪訝な顔で手のひらの小瓶を見つめる。

 

「先ほど言っただろう。このダンジョンは、あらゆる世界から様々なものを吸い込んでいると。それは、吸い込まれた他の世界からのものだ。持っていれば、君たちの役に立つかもしれん」

 

 ルクソードはそれだけ言うと、背後に禍々しい『闇の回廊』を展開した。

 そして、踵を返して底知れぬ闇の中へと歩みを進めながら、最後に肩越しに振り返る。

 

「それじゃあソラ、ベル。次のゲームでまた会おう」

 

 飄々としたギャンブラーの言葉を残し、黒コートの男と、通路に残っていたサムライの姿は、闇の回廊ごと跡形もなく迷宮から掻き消えたのだった。




やけくそになったリヴェリアがレット・イット・ゴーを熱唱する夢をみたのでリヴェリアに氷を自在に扱う魔法が思い浮かびました。
後、アイズたちがルクソードと戦ってアイズがトランプに閉じ込められたりリヴァリアがサイコロにされたりとか考えたりはしました
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