キングダムハーツ オラリオ ミィス   作:小説好きー

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19話 暴かれた過去と、迷宮に蠢く狂気

「ソラ君……この子……ッ!」

 

 突如現れた謎の生物を前に、ヘスティアは驚愕に見開かれた瞳を震わせ、わなわなと言葉を詰まらせていた。

 

「なぁ、ヘスティア…」

「――すっごくプニプニしてて柔らかいんだよおおおおおっ!?」

 

 呆れ顔で窘めようとしたソラの言葉を遮り、ヘスティアは勢いよくワンダニャンの背中にダイブした。

 

「ホント、どうして!?こんなに柔らかいわけ!? 天界にだってこんな至高の柔らかさないよ!」

 

 そのままヘスティアはドリームイーターの背中に寝そべり、丸っこいフォルムを恍惚とした顔で抱きしめまくっている。彼女の『信じられないほど柔らかくてプニプニしている』という主張に、一切の誇張はない。それはまるで、意思を持った巨大な極上マシュマロだった。

 

「ドリームイーターがこんなに……柔らかいなんて……」

 

 ベルもまた、感嘆の吐息を漏らしながらワンダニャンのほっぺたを指でぷにぷにと突っついている。

 

 当のワンダニャン本人はというと、二人にどれだけ撫で回されても嫌がる素振りは全くない。それどころか、ちやほやと構ってもらえるのが心底嬉しいらしく、「わんっ!」と愛嬌たっぷりの鳴き声を上げて短い尻尾をパタパタと振っている。

 

 極上のモフモフとプニプニを堪能し、すっかり骨抜きにされている神様と眷族の姿を見て、ソラはポリポリと頬を掻きながら苦笑した。

 

(ワンダニャンでこれなら、クマパンダを出したら間違いなく気絶するほど大はしゃぎするだろうな……)

 

 頭の中で別の賑やかな仲間を思い浮かべつつ、ソラはニカッと笑いかけた。

 

「ワンダニャンを気に入ってくれてよかったよ! バトルでもそれ以外でも、最高の仲間なんだ!」

「しかも君は、好きな時にこの子をそばに置いておける贅沢ができるんだよね。ずるい、羨ましすぎるよ……」

 

 ヘスティアはワンダニャンの毛皮にスリスリと顔を擦り付けながら、恨めしそうに呟く。

 こんな抱き心地が最高の精霊がいるなら、神の権威だって喜んで差し出す神柱が続出するだろう。……そう考えた瞬間。

 ピタ、と。ヘスティアの動きが止まった。

 

「あ……これ、ちょっと大問題かもしれない……」

 

 弾かれたように身を起こしたヘスティアは、目の前で無邪気に転がるドリームイーターを見つめ、ひどく渋い顔を作った。

 

「どういうことですか、神様……?」

 

 ワンダニャンのほっぺたを揉んでいた手を止め、ベルが不思議そうに首を傾げる。

 

「この子は確かにすごいよ。でもね……それ故に、とてつもなく厄介な火種になりかねないんだよ」

「よく分かんないんだけど?」

 

 腕を組み、頭にハテナマークを浮かべるソラ。そんな異世界の少年に向かって、ヘスティアは「はぁぁ」と深い深いため息を吐き出した。

 

「ソラ君。今のオラリオで精霊使役できる冒険者はいないんだ。だから、もし君が『意のままに呼び出せる未知の精霊』を連れ歩いているなんて、他の神々や血の気の多い連中に知られたら……」

「あ……オレ、すっごく目立っちゃうってことか」

 

 ソラはハッとして言葉をこぼす。

 

「目立つなんてもんじゃない、争奪戦の的だよ。それに、それだけじゃない」

 

 ヘスティアの表情がさらに険しくなる。

 

「このドリームイーターは、ボクたちの世界の外から来た存在だ。それがどういう意味か分かるかい? 誰もこのワンダニャンを『精霊』だとは認識してくれない。代わりに……未知の『モンスター』だと勘違いされるんだよ」

「っ……」

 

 その指摘に、ソラの顔がわずかに歪んだ。

 繰り返しになるが、この世界の人々はダンジョンから溢れ出るモンスター全般に対して、強烈な忌避感と恐怖を抱いている。この世界のモンスターが本能的に人を襲い、野放しにすれば大惨事を引き起こすことはソラも理解していた。

 だが、だからといって、ワンダニャンのような心優しく愛らしい存在まで『モンスターだから』という理由で無条件に危険だと決めつけられ、排斥されるのは、ソラにとって到底納得できるものではなかった。

 

「それじゃあ……この子はどうすればいいんですか?」

 

 ベルが心配そうに身を乗り出す。

 

「表に出せないなら、探索を手伝ってもらうこともできないんじゃ……」

「まあ、ソラ君の『魔法』と同じ扱いだね」

 

 ヘスティアは腕を組み、結論を告げた。

 

「ダンジョンの中なら人目は少ないから、鍵穴探しやハートレスとの戦いで手伝ってもらう分には問題はないと思う。……でもね、今のオラリオの噂じゃ、ソラ君は凄腕の回復術師(ヒーラー)で、Lv.1でありながらインファントドラゴンを瞬殺する『未知の冒険者』だって話で持ちきりなんだよ」

「えっ、オレの噂が!?」

「そうさ。幸いソラ君の顔ははっきりとしてないけど、いくらダンジョンの中とはいえ、注目を集めている君が連れているこのドリームイーターの存在が、他の冒険者にバレるのもおそらく時間の問題だろうね」

「そ、それじゃあどうするんですか!?」

 

 いつか確実に発覚してしまうという未来に、ベルが慌てふためく。

 しかし、ヘスティアはそこでニヤリと不敵に笑い、ドンッと自身の胸を叩いた。

 

「最悪バレて騒ぎになったら……その時は、ロキとギルドを巻き込んで上手く対処しようじゃないか!」

「「えっ?」」

「あっちだって、ソラ君の力が必要なんだ。外の世界の事情を知ってる連中を上手く使って、ボクたちに都合のいいように丸め込んでやるのさ!」

 

 どんと構える頼もしい主神の宣言に、ベルは目を丸くし、ソラはパッと顔を輝かせた。

 

「そっか。それならいっか!」

 

 ソラは安堵の息を吐き、ワンダニャンの前にしゃがみ込んでその頭を優しく撫でた。

「わぅんっ!」と心地よさそうに目を細めるワンダニャン。

 来るべき騒動の火種を抱えながらも、頼もしい神々の後ろ盾を得て、彼らの絆はより一層深まっていくのだった。

 

 

 

 

 迷宮都市の象徴たるバベルのふもと。ダンジョンへの入り口を前にして、ベル・クラネルの足はわずかにすくんでいた。

 

「10階層……」

 

 サポーターであるリリルカ・アーデからの唐突な提案に、ベルの脳裏をどす黒い記憶が過る。

 これまでの浅層には出現しない『大型級』のモンスター。あの日、彼を絶望の淵に追いやり、死の恐怖を刻み込んだ強大な怪物、ミノタウロスの咆哮が耳の奥でフラッシュバックしたのだ。

 わずかに肩を震わせるベルの異変に、隣に立っていたソラがすぐに気がついた。

 

「ベル、大丈夫か? 無理しなくても……」

 

 ソラは心配そうにベルの顔を覗き込む。他者の『心』の痛みに敏感なソラには、ベルが抱え込んでいるトラウマの大きさが手に取るようにわかったのだろう。

 しかし、リリは深くフードを被ったまま、申し訳なさそうに、けれど切実な声で口を開いた。

 

「……実は、リリは近日中に、大金といえるお金を用意しなければいけないのです。事情は言えません。ただ、リリのファミリアに関係することで……」

 

 昨日、ガラの悪い冒険者たちに絡まれていたリリの姿。彼女が抱えているであろう、暗く重い事情。

 それを聞いた瞬間、ベルの中でくすぶっていた恐怖よりも、「目の前の少女を助けたい」という想いが勝った。

 

「……わかった。行こう、10階層」

「ベル……」

 

 覚悟を決めたベルの横顔を見て、ソラも力強く頷く。

 

「よし! オレも全力でサポートするよ! ハートレスが出ても出なくても、三人で力を合わせれば絶対大丈夫!」

 

 ソラの太陽のような明るい声に、リリはパッと顔を輝かせて「ありがとうございます!」と何度も頭を下げた。

 

「アイテムの方はリリが昨日揃えておきました。それとベル様、これを使ってみませんか?」

 

 そう言って、地面に下ろしたバックパックからリリが取り出したのは、墨色の柄の短剣だった。

 

「……これって」

 

 ベルは目を丸くする。彼が愛用している《ヘスティアナイフ》が刃渡り20C(セルチ)くらいだとすると、その剣は50C(セルチ)に届くか届かないかくらいだ。

 両刃短剣だろうか。棒状の柄頭の部分と鍔が刀身に対して垂直の形を取っている、シンプルな形状の武器だった。

 

「どうしたの、これ?」

「ベル様には悪いのですが、事前に準備させてもらいました。大型のモンスターと戦うことになると、今のベル様の武器ではリーチが短過ぎますので。そうでなくとも、リリはもう少し射程があった方がいいと前々から思っていました」

「ええっと、くれるんだよね? タダで頂くっていうのはちょっと……」

 

 戸惑うベルに対し、リリは深くフードを被ったまま頭を下げる。

 

「リリの我儘を聞いてもらうんですから、いわば恩返しです。もらってあげてください」

「……そういうことなら」

 

 ベルは受け取った《バゼラード》を鞘から抜いた。

 銀の剣身は両刃で薄い。割と軽く、短刀の延長とも言えるので、長剣を装備したことのないベルでも比較的取り回しは利きそうだった。

 

「上手く扱えるかな? 一度も使ったことのない武器だし……」

 

 不安げに刃を見つめて呟くベル。その横から、ソラがポンと彼の肩を叩いた。

 

「大丈夫だって、ベル! オレのキーブレードだって、最初は扱い方が全然わかんなかったけど、使っていくうちに手に馴染んできたからさ。ベルなら絶対すぐに使いこなせるよ!」

「ソラ……うん、そうだね」

 

 ソラの太陽のような笑顔と屈託のない励ましに、ベルは少しだけ張り詰めていた表情を和らげた。

 だが――ふと、その新しい武器をプロテクターへ装備しようとした瞬間。ベルの脳裏に、昨夜のホームでの出来事が蘇った。

 

『――そのリリルカって娘は……本当に信用に足る人物なのかい?』

 

 ヘスティアの、静かだが鋭い忠告。

 ソラは「彼女の目を信じる」と言い切った。ベル自身も、リリを信じたいと思っている。

 それでも――心の奥底にほんの数ミリだけ残ってしまった一抹の不安を、完全に拭い去ることはできなかった。

 

 ベルは無意識のうちに、ヘスティアナイフをいざという時に最も早く手が届く太もものレッグホルスターへと滑り込ませた。試験管サイズの囊へ、鞘ごとナイフを差し込む。

 

「……ベル?」

 

 ソラが不思議そうに小首を傾げる。

 

「ううん、なんでもないよ。新しい武器に慣れるまでは、こっちもすぐに抜けるようにしておこうと思って」

 

 誤魔化すように笑ったベルの背中に、見えない重圧がのしかかる。

 信じたい心と、捨てきれない警戒心。

 複雑な想いを胸に秘めたまま、ベルはソラとリリと共に、未知の領域であるダンジョン10階層へと足を踏み入れていく――はずだった。

 

「――っと。よし、周りには誰もいないな」

 

 10下層へと続く階段を目前にした広けた通路で、先頭を歩いていたソラがふいに足を止め、キョロキョロと周囲を確認し始めた。

 それに気づいたリリが、不思議そうに小首を傾げる。

 

「な、何かあったんですか、ソラ様?」

「ああ、ちょっと周りに他の冒険者がいないか確認してただけだよ。ここらで、俺たちの『新しい仲間』を紹介しようと思ってさ」

「あ、新しい仲間、ですか……?」

 

 リリは驚きと混乱でぱちくりと瞬きをした。

 なぜ今? そしてなぜ、こんなモンスターの徘徊するダンジョンのど真ん中で?

 

「ああ。信じてくれ、絶対にリリも気に入るから!」

「え、ええっと……?」

 

 ソラがポケットから星型のアイテム――お守りを取り出すのを見て、リリはさらに困惑を深める。

 そこへ、ベルが少し引きつった笑みを浮かべてフォローに入った。

 

「あ、あのね、リリ……これから見るものに対して、どうか『広い心』を持ってほしいんだけど……」

「どういうことですか、ベル様?」

 

「その……」ベルはポリポリと頭の後ろを掻きながら、必死に説明の言葉を探した。「最近、僕たちはある精霊と出会って、ダンジョンで協力してもらうことになったんだ」

 

「せ、精霊が協力してくれるんですか!?」

 

 リリは愕然と声を上げた。

 無理もない。この下界において、精霊と一般人が直接交流すること自体が極めて稀なのだ。火の精霊から作られるサラマンダーウールのような素材のために接触することはあっても、それはあくまで取引な関係に留まる。

 リリルカもノームの店主と関係はあるがそれでも冒険者のダンジョン探索に協力するなど、リリにとっては常識的に考えて信じがたい話だった。

 しかし、リリの不信感をよそに、ソラは不敵な笑みを浮かべ、お守りを胸の高さに掲げた。

 

「確か、百聞は一見に如かずだったけ? さあ、出てこいドリームイーター!」

「ちょ、ちょっと待ってソラ! まだリリにドリームイーターのことちゃんと説明してな――!」

 

 ベルの制止の悲鳴も虚しく、お守りから眩い光が溢れ出した。

 パァァァッ、と通路を覆い尽くすほどの光の奔流に、リリは思わずギュッと目を閉じる。

 やがて光が収まり、リリが恐る恐る目を開けると――そこには、見たこともない生き物がちょこんと座っていた。

 犬と猫を混ぜ合わせたような、丸々と太った愛らしいフォルム。青と白のポップな体色。

 それはリリの目の前で短い尻尾をパタパタと振りながら、不思議そうに、そして興味深そうに彼女を見つめていた。

 リリは呆然と目の前の生き物を見つめ、数秒遅れてようやく脳が情報を処理し始める。

 

「こ、これが……精霊!?」

 

 リリはビクッと肩を跳ねさせ、たまらず後ずさった。

 

「う、うん、精霊だよ! 大丈夫だよリリ、ワンダニャンはリリを傷つけたりしないから!」

 

 ベルが慌てて必死になだめるが、リリの混乱は全く収まらない。

 

(これが……精霊……?)

 

 彼女の知る精霊――サラマンダー、ノーム、ウンディーネといった一般的な精霊とは、何一つとして一致しない。猫と犬の混ぜたよう、マシュマロめいた精霊など聞いたことがない。

 未知のモンスターである可能性も頭を過ったが、敵意や襲ってくる気配は微塵もなかった。むしろ、「あそんで!」と言わんばかりに尻尾を千切れんばかりに振っている。

 その丸っこい姿を見て、警戒心で凝り固まっていたリリの心に、不覚にも一つの純粋な感想が浮かんでしまった。

 

(……意外と、可愛い………)

 

 思わず手を伸ばして撫でたくなるような、不思議な衝動。それだけで、目の前の生き物が凶悪なモンスターではなく、味方なのだと本能的に感じさせた。

 

「い、一体なんなんですか、この精霊は? どうやって連れてきたんです……?」

「あー、出会った経緯は色々と長くなるから省くけどさ」

 

 ソラはワンダニャンの隣に膝をつき、そのプニプニの背中をポンポンと叩いた。

 

「ワンダニャン、こっちはリリ。俺たちの頼れるサポーターだ。挨拶してやってくれ!」

「わぅんっ!」

 

 ワンダニャンは嬉しそうに甲高く鳴くと、ゴムボールのようにぽよんと飛び跳ねてリリに急接近し、そのまま彼女の顔をベロベロと舐め始めた。

 

「ひゃあっ!? ちょ、ちょっと、やめっ! くすぐったいです……!」

「あはは、ワンダニャンは一目でリリのことが気に入ったみたいだね」

「それはは嬉しいですけどぉぉぉ――!」

 

 ワンダニャンのもっちりとした体重に押し倒され、リリはバランスを崩して尻餅をついた。それを「遊んでくれるの!?」と好機と捉えたワンダニャンは、さらに激しく顔を舐め回す。

 

「ベ、ベル様! ソラ様! 助けて――!」

「はいはい、それくらいにしとけワンダニャン。挨拶は十分だろ?」

 

 涙目になるリリを見て、ソラが笑いながらワンダニャンの首根っこを掴んで引き剥がすと、ワンダニャンは「えー」とでも言うように不満げに、しかし満足げに吠えた。

 リリは顔を袖で拭い、立ち上がりながら少しむくれたが、この謎の精霊が人懐っこすぎるほど友好的であることだけは嫌というほど理解できた。

 

「それにしても、なんなんですかこの精霊? 愛情表現が激しすぎます……」

「それがワンダニャンのいいところだからな!」

「それは、身をもってわかりましたけど……でも、この精霊、ダンジョンで本当に戦えるんですか……?」

 

 あまりにも愛玩動物すぎるフォルムに、リリがもっともな疑問をこぼす。

 それに答えず、ソラはニヤリと自信ありげに笑ってワンダニャンの頭を撫でた。

 

「心配すんなって。ワンダニャンは戦いでもすっごい頼りになるから。見ててよ」

 

 ソラは立ち上がり、大きく開かれた10階層への入り口――濃密な霧が立ち込める大穴へと振り返った。

 

「よし、行くぞ! 10階層、俺たちで攻略してやる!」

 

 ソラの元気いっぱいの宣言に、ワンダニャンが「わんっ!」と威勢のいい歓声で応える。

 緊張と不安を吹き飛ばすようなその明るさに背中を押され、一行はいよいよ、未知なる10階層の領域へと足を踏み入れたのだった。

 

 

 

 

 ダンジョン10階層。そこは、8〜9階層よりも広大な10M(メドル)近い天井、苔むした壁面、短い草が生える草原といった構造を引き継ぎつつも、決定的な変化を遂げた空間だった。

 最大の特徴は、朝霧のような薄暗い光度の中で視界を妨げる「白い靄」がダンジョン中に立ち込めていること。冒険者はここで初めて、深刻な視界不良に直面することとなる。

 出現するモンスターはこれまでの浅層の総まとめと言え、強化されたゴブリンやコボルトに加え、身長3M(メドル)を超える豚頭の大型級モンスター「オーク」が新たに牙を剥く。

 さらに厄介なのが、この階層から初出となる地形効果『迷宮の武器庫(ランドフォーム)』と呼ばれる特性は空間内に点在する葉や枝のない奇妙な枯木をモンスターが引き抜くと、それが棍棒などの「天然武器(ネイチャーウエポン)」へと変貌し、モンスターの脅威を底上げる。武器や枯木を破壊しても時間が経てばダンジョン自身が修復してしまうため、これまでの階層とは難易度の桁が違う、生きた迷宮の悪辣さを象徴するような領域だった。

 ――しかし。

 

「ブギィィィッ!」

 

 オークが咆哮と共に丸太のような太い腕を振り下ろした、その瞬間。

 宙を舞ったベルが、愛用のヘスティア・ナイフの閃きでその太い腕を鮮やかに切断し、返す刃で一息に豚の首を刎ね飛ばした。

 ズスン、とオークの巨体が灰となって崩れ落ちる。

 軽やかに着地したベルは、期待と不安の入り混じった表情で背後のソラを振り返った。

 

「タイムは?」

「25秒!さっきのオークの相手より、5秒縮まったぞ!」

 

 ソラはモバイルポータルを操作し、ニカッと笑って画面を見せた。

 

「よしっ!」

 

 ベルは力強くガッツポーズをした。死にかけてトラウマを植え付けられた大型モンスターを相手に、またしても確かな成長を実感できたのだ。

 一方、後方で控えていたリリは、ただ呆然とその光景を見つめていた。

 通常、Lv.1の冒険者であれば、10階層のオーク相手には死に物狂いで慎重になるはずだ。だというのに、ソラとベルの二人はまるで日々の軽い訓練か何かのように大型モンスターをあしらっている。

 リリが彼らに雇われて、まだ一ヶ月も経っていない。普通なら次の階層へ進むのにもっと何倍も時間がかかるはずなのに、この異常なペースなら、すぐに11階層へ到達してしまうだろう。

 

(やっぱり……あのお二人、おかしいです……)

 

 リリが自分の常識との乖離に少し落ち込んでいると、横からふにふにとした何かが脚を突っついてきた。見下ろすと、ワンダニャンが心配そうに体を擦り寄せてきている。

 

「あ、あはは……リリは大丈夫ですよ……」

 

 しゃがみ込んでその頭を撫でてやると、ワンダニャンは「わぅんっ」と心底嬉しそうに鳴いた。

 

(不思議ですね……リリが誰かに慰められるなんて、いつぶりでしょう……?)

 

 打算も裏表もなく、ただ純粋にリリを気遣ってくれる温かい存在。そんな優しい扱いを、リリはずっと受けてこなかった。ベルとソラという、お人好しの少年たちに出会うまでは。

 

「リリ?」

「あっ」

 

 不意にベルの声に顔を上げると、彼もまた、ワンダニャンと同じように心配そうな表情でこちらを見ていた。

 

「大丈夫?」

「あ、ええ。リリは大丈夫です……」

 

 リリは咄嗟に営業用の笑顔を作って手を振ったが、少しぎこちなかったかもしれない。ベルは少しの間彼女の顔を静かにつ見つめ、ゆっくりと頷いた。

 

「……そっか。でも、大丈夫じゃない時は、すぐに言ってね」

「……はい」

 

 ベルの真っ直ぐな気遣いに、リリは胸の奥がチクンと痛むのを感じながら、誤魔化すように先回りして魔石の回収作業を始めた。

 そんなリリの小さな背中を見ながら、ソラとベルは視線を交わし、無言で小さく頷き合った。

 

 しばらくして、一行は白い靄の濃い新たなエリアへと足を踏み入れた。

 そこはまだ、ダンジョンのモンスターではない異物――ハートレスと対峙していない場所だった。

 彼らが足を踏み入れた瞬間、空間の闇が凝縮し、地面から這い出るようにして異形の影が実体化する。

 

「……ラージボディ…この前のでもう終わったと思ってたのに……」

 

 前方に現れた太ったハートレスの群れを見て、ベルがうんざりした声を出す。

 

「いや……ちょっと違うな。亜種ってとこか」

 

 現れたのはラージボディ、バンディット、そして兜を被ったヘルムボディの混成部隊だ。だがその中に、見慣れないラージボディの亜種が数体混じっている。全身を強固な鎧で覆い、金のブーツと赤紫のガントレット、銀と灰色の胸当てを身に着けた重装甲の個体。

 それを見たソラの脳裏に、自分のものではない記憶がフラッシュバックした。

 

(……待てよ、これは……!)

 

 それは、かつて彼の中にいた一人の少年――ロクサスから受け継いだ記憶だった。そのハートレスの名は。

 

「ラージアーマー……」

「ラージアーマー?」

「ああ……あの鎧着た二体だ。物理攻撃に対して異常に硬くて倒すには頭を叩くしかないんだけど、背中もデカい円盤でガードされててラージボディみたいに倒すのが難しいんだ」

 

 ソラの説明に、ベルはさらに顔をしかめた。

 

「正面のお腹に弾かれるだけじゃなくて、頭を狙うのも背中を狙うのも大変だなんて……」

「だけどさ」

 

 ソラはキーブレードを構え、ニヤリと笑った。

 

「あいつら、炎にはめっぽう弱いんだ」

 

 そのヒントに、ベルはハッと目を丸くし、すぐに理解した表情になった。

 

「なら、僕の魔法にも勝機はある……!」

 

 ベルはバゼラードとヘスティア・ナイフを構え直すが、冷静に敵の数を見る。

 

「でも、まずは……」

 

 ドスッ、ドスッ、とラージボディの亜種たちが地響きを立てて足を踏み鳴らす。

 

「あの数を減らさないと……」

「そうだな。固まってると厄介だから陣形を散らす必要があるな。となれば……」

 

 ソラは後ろで待機していたワンダニャンに振り返った。

 

「ワンダニャン!出番だ!」

「わんっ!」

 

 ワンダニャンがやる気満々の決意の声を上げて前に飛び出した。

 

「待ってくださいソラ様!?、ワンダニャン一匹にあの集団の相手を全部任せる気ですか!?」

 

 リリが悲鳴のようなツッコミを入れる。

 

「へっ、ワンダニャンを甘く見ないでよリリ!」

 

 ソラはリリにウインクし、ベルに向き直った。

 

「そういやベル、ワンダニャンとの『リンクアタック』を覚えるにはいい機会だから!せっかくだしやってみないか?」

「えっ、リンクアタックってどういう……!?」

「そのままだよ!ちょっと手荒いけどしっかり掴まってろよ!いけっ、ワンダニャン!」

 

 主人の意図を察した精霊は、猛スピードでベルに向かって走り出し、そのまま器用に股下へ潜り込んで彼を背中に乗せ上げた。

 

「うわっ!?ちょ、待って、練習する時間もな――!」

「いけワンダニャン!ぶっ飛ばせー!」

 

 ソラの容赦ない声援を受け、ワンダニャンはベルを乗せたままラージボディの群れへ向かってロケットのように突進した。ベルの情けない悲鳴がダンジョンに響き渡る。

 距離が縮まると、先頭のラージボディが巨大な腕を振り上げた。

 

「ワンダニャン、今だ……!」

「わぉんっ!」

 

 攻撃が当たる直前、ワンダニャンはベルを乗せたまま空中に高く飛び上がり、周囲に凄まじい旋風を巻き起こした。さらにそのまま、風船のようにその体がみるみるうちに巨大化し、ラージボディの集団のど真ん中へと超重量のボディプレスを見舞ったのだ。

 ドッゴォォォンッ!!

 凄まじい衝撃波が発生し、密集していたハートレスたちがボウリングのピンのように四方八方へ吹き飛んでいく。

 

「きょ、きょきょきょ、巨大化したぁ!?」

「良し!これで陣形も崩れた!」

 

 リリが目玉が飛び出そうなほど驚愕する中、ソラはキーブレードを手に散開した敵へと駆けていった。

 一方、背中に乗っているベルは生きた心地がしていなかった。

 

「うわぁぁぁぁっ!」

 

 ワンダニャンは巨大化した体のまま、トランポリンのようにドスンドスンと跳ね回り、まるで制御不能の暴れ馬だ。しかし、その巨大でプニプニの体のおかげで、振り落とされずにしがみつきやすくもあった。

 次の瞬間、ワンダニャンはプシューッと空気を噴出しながら急速に萎み、その推進力を利用して弾丸のように戦場をジグザグに駆け巡った。通り道にいたバンディットやヘルムボディたちが、次々とピンボールのように弾き飛ばされていく。

 そして哀れなベルは、この暴走機関車と化した精霊の背中に涙目で必死にしがみついていることしかできなかった。

 やがて狂乱の暴走タイムは終わり、ワンダニャンは元のサイズに戻って急ブレーキをかけた。ベルは勢い余って地面に転がり落ち、ぐるぐると目を回す。

 

「……ソラは、どうやっていつもこれに乗ってるの……?」

「きゅ〜ん……」

 

 ワンダニャンが心配そうにベルの顔をペロペロと舐める。

 

「あはは……大丈夫だよ、ワンダニャン……」

 

 そんな一人と一匹の和やかな時間は、近づいてくる重い地響きによって中断された。ベルはハッとして立ち上がり、音の主を睨みつける。

 無傷のラージアーマーだ。

 ベルは即座にヘスティア・ナイフとバゼラードを構えた。ラージアーマーは巨体からは想像もつかない跳躍力で宙に舞い、ベルとワンダニャンを押し潰そうと落下してくる。

 

「ベル様!避けて…!」

 

 ベルとワンダニャンは左右に飛び退いた。ズォンッ!と着地の凄まじい衝撃波が発生するが、ベルはすでにその軌道を予期していた。

 回避と同時に、即座に左手をかざす。

 

炎雷(ファイアボルト)ッ!」

 

 無詠唱で放たれた炎の雷撃がラージアーマーの鎧に直撃し、巨体がたまらずよろめいて倒れ込んだ。ベルはすかさず接近し、弱点である兜の隙間――頭部を斬りつける。

 だが、硬い。浅い一撃では致命傷にならない。

 ラージアーマーが怒り狂って起き上がろうとした瞬間、新たな重みがその背中にのしかかった。ワンダニャンが背中に飛び乗り、トランポリンのようにぽよんぽよんと跳ねて執拗なプレスを繰り返したのだ。

 

(ありがとう、ワンダニャン……!)

 

 動きが封じられた隙にトドメを刺そうとしたベルだったが、その耳に、背後から迫るバンディットの足音が届いた。ベルは振り返りざまに、迎撃の手を突き出す。

 

炎雷(ファイアボルト)ッ!」

 

 至近距離で放たれた白い炎がバンディットを包み込み、一瞬で黒い霧へと還した。

 ベルが再び向き直ると、ラージアーマーが強引にワンダニャンを振り落として立ち上がっていた。特有の回転攻撃を警戒して、ベルは大きくバックステップを踏む。

 案の定、ラージアーマーは独楽のように回転しながら突進してきた。横に飛んでギリギリで回避すると、今度は死角からヘルムボディが腹ばいで突撃してくる。

 対応が遅れる――そう直感したその時。

 横から飛び出してきたワンダニャンが、ヘルムボディの横っ腹に強烈な体当たりをぶちかました。

 軌道が大きく逸れたヘルムボディは、そのまま回転の勢いが止まらないラージアーマーと真正面から激突し、二体とも無様に体勢を崩して転がった。

 

「いっけぇぇぇぇっ!」

 

 ベルは両手に魔力を込め、最大火力のホーリーファイアボルトを連射した。

 ごうっ!と燃え盛る炎雷がもつれ合った二体のハートレスを完全に焼き尽くし、闇へと還した。

 ベルは大きく安堵の息を吐き、周囲を確認する。少し離れた場所で、ソラもキーブレードの一閃で残りの敵を綺麗に片付けていた。

 

「ありがとうワンダニャン。すっごく助かったよ」

「わんっ!」

 

 ベルに撫でられて嬉しそうに答えたワンダニャンは、パタパタと短い足でソラの元へ走っていく。

 その愛らしい後ろ姿を見つめながら、ベルは先ほどの背中に乗った奇妙な一体感を思い出していた。

 

(ドリームイーターとの共闘……僕もソラみたいに、彼らと契約できるのかな……)

 

 かつてソラが語ってくれた異世界の話では、眠りの世界で『ネク』という少年達がドリームイーターと契約して共に戦っていたという。

 僕でも、そんなことが可能なのだろうか。後でソラに聞いてみようと、ベルは密かに期待を膨らませるのだった。

 

 

 

 

 その後もワンダニャンの協力もあり、未知の領域だった10階層の攻略は予想を遥かに超えるペースで大きく進展した。

 

 探索に一区切りをつけ、安全な9階層への入り口に戻ってきたところで、ソラはしゃがみ込んでワンダニャンの丸い頭をわしゃわしゃと撫でた。

 

「ありがとな、ワンダニャン! 次呼ぶ時は、ご褒美にたっぷりお菓子をやるからな!」

「わぉんっ!」

 

 ワンダニャンが嬉しそうに一声鳴いた直後、ポンッ!という軽快な音と共に、その姿はピンク色の煙となってフッと虚空に消え去ってしまった。

 

「ど、どこに行ったんですか……!?」

 

 突然の消失に、リリが目を丸くして慌てる。

 

「ああ、家に帰ったんだよ。心配しないで」

「リリには……まったく意味がわかりません」

 

 異世界の精霊の生態にリリは深く困惑していたが、ひとまず本日の探索目標を十二分に達成した一行は、地上への帰路についた。

 

 薄暗いダンジョンの通路を歩きながら、リリは深く考え込んでいた。

 今日は、彼女のこれまでの常識がひっくり返るような奇妙な日だった。未知の精霊と出会い、あろうことかその精霊は自分に対して信じられないほど友好的だった。

 だが、何よりリリの心を大きく揺さぶったのは――ソラとベルの二人が、出会って間もない自分を心の底から信用し、あんな重大な秘密をあっさりと共有してくれたことだ。

 

 この情報をギルドや他の派閥(ファミリア)に売れば、間違いなく一生遊んで暮らせるほどの大金になる。以前のリリなら、一瞬の躊躇いもなく迷わずそうしていただろう。他者を騙し、奪うことこそが、彼女がこの冷たい世界で生き延びるための唯一の手段だったのだから。

 だが、今のリリには、どうしてもそれができなかった。

 

(……どうしてリリは、こんなに躊躇しているんですか……?)

 

 答えはわかっている。

 二人は、リリを使い捨ての道具ではなく、ひとりの『人間』として扱ってくれた。ベルは身を挺してリリをモンスターの刃から守ってくれた。ソラは常にリリの歩幅を気にかけて、明るく励ましてくれた。

 冒険者という生き物は、欲深く、傲慢で、邪悪なはずだ。なのに、彼らは決定的に違う。

 強固に閉ざされていたはずのリリの心の中で、何かが音を立てて揺らいでいた。

 

 その時、前を歩いていたベルがふと立ち止まり、後ろを歩くリリの方を振り返った。

 

「リリ」

「は、はいっ?」

 

 突然名前を呼ばれ、リリはビクッと肩を震わせる。

 

「その……僕のお節介かもしれないんだけど……」

 

 ベルは少し言い淀んだ後、真剣なルビー色の瞳でリリを見つめた。

 

「もし、何か困ったことがあったら、僕たちに言ってくれないかな?」

「え……?」

 

 予想外の言葉に、リリは呆然とする。ベルは照れくさそうに頭を掻いた。

 

「僕、鈍いからさ。直接言ってもらわないと、リリが何を悩んでるのか、わかってあげられないんだ」

「な、なんで……そんなことを……」

 

 リリの声が微かに震える。そこへソラが、ひだまりのように優しく微笑んだ。

 

「だって……僕たち、仲間でしょ?」

「っ……」

「ただの雇い主である冒険者と、雇われたサポーターじゃなくて。……こういうのって、迷惑かな?」

 

 損得勘定がすべてだったこのオラリオで、ベルはリリを仲間だと言い切った。

 リリはギュッと唇を噛み締めた。期待させてほしくない。信じた後に裏切られるのが、何よりも怖いのだ。

 だが、隣を歩いていたソラも、ニカッと笑って加勢した。

 

「ベルの言う通りだって、リリ。俺たち、リリがいつも支えてくれて本当に感謝してるんだ。だから、ひとりで抱え込まないで頼ってくれよ。友達なんだからさ!」

 

 眩しすぎる二人の『光』に当てられ、リリがギュッと両の拳を握りしめた、その時だった。

 

「――へっ、こんなところで会うとは奇遇だな」

 

 前方から響いた下劣な声と足音。

 広間の影からぬらりと現れたのは、かつてリリをこき使い、虐げていた冒険者の雇い主――ゲドだった。

 

 下卑た笑みを浮かべるゲドの姿を見た瞬間、リリの体が恐怖で硬直する。だが、ベルとソラは即座にリリを庇うように彼女の前に立った。

 

「なんだ、あんたか。今度は何の用だ?」

 

 ベルが鋭い声で問いただす。

 

「おいおい、そう警戒するなよ。俺はそこのサポーターにちょっと用があるだけだ」

 

 ゲドはベルたち越しに、震えるリリを指差した。

 

「その糞パルゥムは俺の剣を盗んで売り払いやがった泥棒なんだよ。被害者として、そのコソ泥から正当な代償を取り戻しに来ただけさ!」

 

 リリの血の気が一気に引いた。

 過去の罪が、最悪のタイミングで追いついてきた。一番知られたくなかった二人に、自分が卑劣な泥棒であることが知られてしまった。

 ソラがゆっくりとこちらを振り返る。怒りも嫌悪も浮かんでいない、読めない表情。

 

(ああ……終わった……)

 

 リリは絶望に目を閉じ、見捨てられるという罰を覚悟した。

 

 だが、予想した冷酷な言葉は降ってこなかった。

 

 チャリン、と。

 リリが恐る恐る目を開けると、ソラは腰のポーチから取り出した魔石の詰まった袋を、ゲドの足元へと無造作に投げ捨てていた。

 

「ほらよ。それで新しい剣を買いな。用が済んだなら、さっさと帰れよ」

「ソ、ソラ様……?」

 

 二人はリリを責めるどころか、冷たい視線でゲドを睨みつけていた。

 

「これっぽっちの額、俺たちならいつでも稼げるから」

 

 ソラが平然と言い放つ。ゲドは足元の袋の中身を確認すると、顔を歪めて嘲笑った。

 

「へっ、気前がいいこった。だがな、金で解決しても俺の受けた屈辱は消えねぇんだよ! その糞パルゥムの性根を、俺が個人的に罰して叩き直してやる! 心配すんな、殺しはしねぇ。ボコボコにして身ぐるみを剥いだら、後は好きにしていいぜ」

 

 その吐き気を催すような言葉に、ベルはバゼラードの柄を強く握り込み、ソラは右手にキーブレードを出現させて構えた。

 

「言っただろ。リリは渡さない」

 

 ソラの声が、かつてないほど低く冷酷に響く。

 

「その魔石を持って失せるか、ここで痛い目を見るか。選べ!」

 

「チッ!ガキどもが調子に乗りやがって。穏便に済ませてやろうと思ったのによぉ。――おいカヌゥ!手伝え!」

 

 ゲドが声を張り上げると、背後の通路から、ソーマ・ファミリアの団員であるカヌゥともう二人の悪漢が現れた。

 

「やれやれ、さっさと済ませろよ」

 

 カヌゥはダルそうに吐き捨てると、懐から何かを取り出し、ソラたちの足元へと投げつけた。

 それは、ドロリとした体液を滴らせる奇妙な肉塊だった。

 

「あれは、キラーアントの上半身!?」

 

 リリが悲鳴のような声を上げる。

 

「お前、正気か!?」

 

 ゲドが血相を変えて叫ぶ。

 

「なら、さっさと走ったほうがいいぜ」

 

 カヌゥがニヤリと嗤う。

 そして、カヌゥたちが指を鳴らすと、彼らの足元の影が不自然にうねり、黒い靄と共に異形の怪物――ハートレスが数体、這い出るようにして姿を現したのだ。

 

「なっ……!?」

 

 ベルが驚愕に目を見開く。

 

「どうして、お前たちがハートレスを呼び出せるんだ!?」

 

 ソラが声を荒げて問いただす。ダンジョンの外から来たはずの怪物を、なぜ下界の人間が使役しているのか。

 

「悪いが、そいつは極秘事項でな!」

 

 カヌゥは下卑た笑みを浮かべ、肩をすくめる。

 

「それに、知ってもどうせここで旦那もろとも死ぬんだから意味ないだろう?」

「おい、カヌゥ!どういうつもりだ!」

 

 ゲドが血相を変えて叫んだ、その瞬間だった。

 

 ――グチャリ。

 

 鈍い音と共に、カヌゥの握っていた短剣が、背後からゲドの腹を深々と貫いていた。

 

「ガ、は……?」

 

 口から血の泡を吹き、ゲドは信じられないものを見るようにカヌゥを振り返る。

 

「な、何故……?」

 

 困惑するゲドの耳元で、カヌゥは悪びれる様子もなく囁いた。

 

「ハートレスはなぁ、人をハートレスに変えるんでさ。ここから大量のキラーアントから生き残るには、俺たちの手持ちのハートレスじゃ心もとないんだ」

「な、に……」

「だから旦那。悪いが、俺たちのために犠牲になってくれや」

 

 冷酷に言い放ち、カヌゥが短剣を引き抜く。ゲドはどさりと膝をついた。

 

「ふ、ふざけるなああぁぁっ!」

 

 断末魔の絶叫を上げるゲド。だが、カヌゥの使役するハートレスたちが容赦なく彼に群がり、その鋭い爪でトドメを刺した。

 直後、ゲドの体からふわりと光る『ハート』が抜け出し、闇に飲み込まれる。そして残された肉体はドロドロと崩れ落ち、新たな、一回り巨大で禍々しいハートレスへと変貌を遂げたのだ。

 

「ひっ……!」

 

 ベルは思わず後ずさり、顔を激しく歪めた。

 ソラから話には聞いていたし、酒場の噂でも耳にしていた。だが、生きた人間が目の前でハートレスに変貌する瞬間を直に見るのは初めてだった。その光景のあまりの冒涜さに、吐き気すら込み上げてくる。

 

「あ、ああ……」

 

 リリもまた、絶望にへたり込んでいた。

 カヌゥが投げた肉塊のフェロモンに引き寄せられ、通路の奥からは無数のキラーアントが押し寄せてくる。

 迫り来るキラーアントの大群に生きたまま食い殺されるか、それともハートレスに心を喰われておぞましいモンスターにされるか。

 提示された二択の地獄に、リリの瞳から光が失われていく。

 

「お前ら……よくも……!」

 

 ソラの全身から、かつてないほどの激しい怒りが立ち昇っていた。

 人の心を踏みにじり、命を道具のように扱うカヌゥたちの所業。それは、ソラが最も許せない絶対の悪だった。

 

「お前らだけは、絶対に許さない!」

 

 ソラの全身から、かつてないほどの激しい怒りが立ち昇っていた。

 人の心を踏みにじり、命を道具のように扱うカヌゥたちの所業。それは、ソラが最も許せない絶対の悪だった。

 

「へっ、吠えてろ。じゃあな、お前たちの遺品は俺たちが有効活用してやる」

 

 カヌゥが下劣な笑い声を上げると、使役されたハートレスたちが一斉にソラたちへ襲い掛かってきた。

 しかし、カヌゥたちが使役できているハートレスは、そのほとんどが最下級のシャドウに過ぎなかった。

 

「行くぞベル!」

 

 ソラがキーブレードを構えて叫ぶ。

 

「行くよ。ソラっ!」

 

 その声に呼応したベルもまた、ヘスティア・ナイフとバゼラードを握りしめ、ソラと並び立った。

 そして、二人の声が重なる。

 

「「(いかづち)よッ!」」

 

 瞬間、薄暗いダンジョンの天井から、眩い閃光を伴う大小の落雷が嵐のように降り注いだ。

 轟音と共に周囲を薙ぎ払う紫電の群れ。それに巻き込まれた大量のキラーアントとハートレスたちは、抗う術もなく黒い霧と灰へと変わり、瞬く間に消滅していく。

 

「なっ……ば、馬鹿なっ!?」

 

 圧倒的な魔法の威力を前に、カヌゥたちは言葉を失い、完全に絶句していた。

 

「お前たち、もうここまでだ!」

 

 ソラがキーブレードを突きつけて叫ぶ。

 その鋭い気迫と、たった一撃で自らの軍勢を消し飛ばされた恐怖に、カヌゥたちは悲鳴を上げて一目散に通路の奥へと逃げ出した。

 

「あ、おいっ!待て!」

 

 ソラが後を追おうと叫んだ、その時だった。

 

「「「ぎゃああぁぁぁぁぁっ!?」」」

 

 通路の奥へ逃げていったはずのカヌゥたちの、身の毛のよだつような絶叫が響き渡った。

 

「なんだ……!?」

 

 思わず足を止め、ソラが疑問に思ったのも束の間。

 ズンッ、ズンッ、と地響きのような重々しい足音が通路の奥から近づいてくる。

 そして、薄暗い靄の向こうから姿を現したのは――これまでのどの個体とも違う、異様な威圧感を放つ大型のハートレスだった。

 




カヌゥたちがゲドをやれた理由としてハートレスに心頭して闇の力で強化されたのがあります
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