キングダムハーツ オラリオ ミィス   作:小説好きー

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20話 絶望の処刑人と、信じ抜く者たち

 ズンッ、ズンッ、と地響きのような重々しい足音が通路の奥から近づいてくる。

 そして、薄暗い靄の向こうから姿を現したのは――これまでのどの個体とも違う、異様な威圧感を放つ大型のハートレスだった。

 

 それは、首から上が存在しない、 身の丈は6M(メドル)に迫るほどの圧倒的な体躯。全身を覆う重厚な鎧は闇の光沢を放ち、胸のど真ん中には禍々しいハートレスのエンブレムが刻み込まれている。

 その名は『エクセキューショナー』。

 

 そして、そのあまりにも巨大な両手には、もがき苦しむカヌゥとその取り巻きの一人が握り込まれていた。

 

「た、助けっ……!」

「いやだ、死にたくねぇっ……!」

 

 鎧騎士の剛腕にギリギリと締め上げられ、宙吊りで絶叫していたのは、先ほど一目散に逃げ出したはずのカヌゥと、その取り巻きの一人だった。

 三人で逃げ出したはずだが、残るもう一人の取り巻きの姿はどこにもなく、どうやら彼だけは暗がりへといち早く逃げ延びたらしい。だが――運悪く捕らえられた二人に、もはや助かる道は残されていなかった。

 

「おい、やめろッ!」

 

 ソラがキーブレードを構えて飛び出そうとした、その瞬間。

 

 ――メキ、グチャリ。

 

 無慈悲な音がダンジョンに響き渡った。

 カヌゥたちの命乞いは空しく、巨大な鎧の拳によって、彼らの肉体はいともたやすく握り潰された。

 

「あ……」

 

 凄惨な光景に、リリが絶望に顔を青ざめさせてへたり込む。

 握り潰されたカヌゥたちの肉体から、ふわりと光る心が抜け出し、巨大な闇へと吸い込まれていく。そして、地面にボトボトと落ちた彼らの残骸は、真っ黒な泥のように蠢き――次の瞬間、新たなハートレスへと変貌を遂げたのだ。

 

 その光景を見たソラは思わずギリッと奥歯を噛み締めた。

 しかし、悪夢はそれだけでは終わらなかった。

 

 カヌゥたちが変貌したハートレスに呼応するように、周囲の空間が次々と歪み、濃密な闇が溢れ出したのだ。

 現れたのは、先ほどまでカヌゥが使役していたシャドウとは比べ物にならない、凶悪な波動を放つハートレスの大群だった。

 

 しなやかな体躯から鋭い爪を振るうハイソルジャー。

 背中の羽で宙を舞い、滑空攻撃を仕掛けてくるエアバトラー。

 そして、両腕に鋭利な刃を備え、機敏な動きで斬りかかってくるデュアルブレード。

 

「嘘……数がこんなに……」

 

 ベルはヘスティア・ナイフとバゼラードを強く握り直すが、直面した脅威にその手は微かに震えていた。

 前後を完全に塞ぐように出現した、上位ハートレスの軍勢。そしてその中心にそびえ立つ、6M(メドル)の巨大な処刑人。

 ダンジョン10階層の白い靄の中で、三人は真の絶望と対峙することとなった。

 

 

 

 

「俺はあの大きいのを倒してくる!ベルはリリを守ってて!」

 

 ソラはそう叫ぶと、キーブレードを手に弾かれたように駆け出した。

 ズズンッ!と、巨大なエクセキューショナーがその動きに反応する。闇の化身である巨大な鎧は、ソラが手にするキーブレードの放つ光に強く惹きつけられるように、ベルたちには目もくれず、地響きを立ててソラの後を猛然と追いかけていった。

 

「ソラ……!くっ、僕たちも!」

 

 残されたベルとリリの前に立ち塞がるのは、数十体に及ぶハイソルジャーとエアバトラー。そして、群れの奥でひときわ鋭い殺気を放ちながら、静かに刀を構えて佇む一体のデュアルブレードだった。

 

「リリ、僕の後ろから絶対に離れないで!」

「ベ、ベル様……!」

 

 ベルは右手にヘスティア・ナイフ、左手にバゼラードを強く握り締め、殺到するハートレスの大群を真っ向から迎え撃つ。

 

「シャァァァッ!」

 

 獣のような咆哮と共に、四方八方からハイソルジャーがしなやかな体躯を躍らせて飛びかかってくる。ベルはバゼラードの長いリーチを活かして先制し、鋭い爪の連撃を最小限の動きで弾き返した。

 

「上からも来ますッ!」

 

 リリの悲鳴。頭上の白い靄を切り裂き、背中の羽を羽ばたかせたエアバトラーたちが急降下爆撃のように滑空してくる。

 

「シッ!」

 

 ベルは迎撃の体勢から瞬時にプロテクターへ手を伸ばし、潜ませていた投げナイフを連続で投擲した。

 銀の軌跡が空中のエアバトラーの眉間を的確に撃ち抜き、次々と黒い霧に変えていく。だが、倒しても倒しても、闇の怪物たちは波状攻撃を仕掛けてくる。

 

(この数……普通にやってたらジリ貧だ……!)

 

 迫り来る無数の敵を前に、ベルはヘスティア・ナイフを握る右手に全魔力を集中させた。

 

「はあぁあッ!」

 

 それは魔法の射出ではない。ヘスティア・ナイフの黒い刀身に直接、光、炎、雷を纏わせる技。

 バチバチッ!と紫電と紅蓮の炎が交じり合う刃は、溢れ出す魔力によって形作られた光の剣のように、その刀身を数倍の長さへと劇的に伸ばしていく。

 

「はあああぁぁっ!」

 

 ベルは炎雷の魔力で刀身を伸ばしたヘスティア・ナイフを大上段から一閃する。

 炎の軌跡がダンジョンの空間ごと切り裂くように奔り、群がるハイソルジャーたちを一網打尽に薙ぎ払った。斬り裂かれた端から、ハートレスたちは爆炎に呑まれて瞬時に消滅していく。

 それはまるで、紅蓮の舞踏だった。リリを守る絶対的な炎の防壁となり、ベルは数十体のハートレスの群れを次々と圧倒し、文字通り焼き尽くしていった。

 

 やがて、有象無象の群れが完全に黒い霧となって霧散し、通路に一瞬の静寂が訪れる。

 

「ふぅ……っ、はぁっ……」

 

 激しい連戦に肩で息をつき、ベルがわずかに構えを解きかけた、まさにその一瞬だった。

 

「ベル様、危ないッ!!」

 

 鼓膜を劈くようなリリの絶叫。

 ハッとしてベルが視線を向けた先――霧の奥でただ一体、乱戦の間も微動だにせず、静かに機を窺っていた、デュアルブレードが動いた。

 両腕に備えた巨大で鋭利な刃。そこへ、空間が歪むほどの濃密な闇のエネルギーを極限まで『溜め』込んでいたのだ。

 

(しまっ――)

 

 迎撃も、回避も間に合わない。

 カッ、とデュアルブレードの黄色い双眸が光ったかと思うと、圧縮されたバネが弾けるような超常のスピードで、破壊的な突進クロス斬りが放たれた。

 

「ガ、ああぁっ……!?」

 

 咄嗟にディフェンダーを構え、防御したベルだったが、デュアルブレードの溜めに溜め抜かれた重い一撃の衝撃を、完全に殺しきれるはずもなかった。

 ギィィィンッ!!と激しい火花が散り、鋼が軋むような悲鳴を上げる。

 次の瞬間、ベルの防御姿勢は紙切れのように粉砕され、その小柄な体は木の葉のように宙を舞い、後方の苔むした壁に向かって凄まじい勢いで吹き飛ばされてしまった。

 

 

 

 

ドゴォォォンッ!!

 

 激しい衝突音と共に苔むした壁に叩きつけられ、ベルの体が力なく崩れ落ちる。土煙が舞い、彼が握っていたヘスティア・ナイフが、カランと虚しい音を立てて床を滑った。

 

「ベル様ッ!?」

 

 鼓膜を劈くようなリリの悲鳴が迷宮に木霊する。唯一の希望であり、頼みの綱であった少年の敗北。その事実は、リリの心を一瞬にして底なしの絶望へと突き落とした。

 

「……」

 

 対するデュアルブレードは、吹き飛んで動かなくなったベルにはもう一切の興味を示さなかった。

 感情の抜け落ちた無機質な黄色い双眸が、ゆっくりとリリを射抜き。次はお前だと言わんばかりに、無音の足取りで歩み寄ってくる。

 両腕に構えられた、ぎらつく巨大な双刃。じり、じりと距離を詰めるその足音と冷たい刃の輝きは、リリにとってただの死の宣告ではなかった。それは、彼女が生き延びるために繰り返してきた盗みや裏切り、数え切れないほどの罪状に対する、決して逃れられない『断罪』そのもののように感じ取れた。

 

(ああ……リリの命は、ここで終わるんですね……)

 

 冒険者たちに良いように利用され、虐げられ、搾取されるだけの、ただの薄汚れた荷物持ち。

 力がなく、卑屈で、心まで泥にまみれた醜く弱い自分を、誰よりも嫌悪していたのは、他ならぬリリ自身だった。

 ――別の誰かになりたい。こんな惨めな自分なんて、いっそ跡形もなく消し去ってしまいたい。

 己の魔法として発現してしまうほどに強烈な『変身願望』と深い自己嫌悪から、彼女はこれまでの地獄のような日々の中で、幾度となく自身の死と、完全なるリセットを望んできた。

 

 だから、もういい。

 リリは逃げることを諦め、氷のように冷たい迷宮の地面に自ら頬をつけた。

 這いつくばったまま抗う気力すら湧かず、ただ力なく諦念の笑みを浮かべ、振り下ろされる死神の刃を受け入れようとした――その時だった。

 

「……寂しかった」

 

 不意に。本当に不意に、自分の口からぽつりとこぼれ落ちた小さな呟き。

 それに一番驚き、目を見開いたのは、他ならぬリリ自身だった。

 

(……え?)

 

 他者を騙し、奪い、蔑まれること。たった一人でこの冷酷な世界を這いずり回り、孤独に生きていくことには、とっくの昔に慣れたつもりだった。……いや、そう無理やりに思い込み、心を殺して蓋をしていただけなのだ。

 本当は、誰かに優しく名前を呼んでほしかった。

 本当は、損得や打算なんて一切抜きにして、ただ誰かに必要とされたかった。

 ただ、誰かの隣で、笑い合って共に在りたかっただけなのだ。

 死の淵に立って初めて、自分でも気づかなかった、どうしようもなく弱くて純粋な自身の本心を自覚し、リリはひどく自嘲した。

 

(馬鹿ですね、リリは……本当に、大馬鹿者です……)

 

 ついに、何の価値もない惨めな自分を終わらせられる。これでようやく楽になれるという、暗い安堵の思い。

 それなのに。

 

(ようやく……リリと一緒に居てくれるって言ってくれる……温かい誰かを、見つけられそうだったのに……っ)

 

 胸の奥底からとめどなく込み上げてくるのは、絶対に捨てきれない強烈な未練だった。

 相反する二つの感情が激しく交錯し、リリの顔はぐしゃぐしゃに歪む。大粒の涙をぼろぼろと溢れさせながら、彼女は不器用な泣き笑いを浮かべていた。

 

 デュアルブレードが、無慈悲に致命の双刃を高く振り上げる。

 リリがギュッと目を閉じ、己の体が両断される衝撃に備えた、まさにその刹那だった。

 

「リリィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ!!」

 

 リリを呼ぶ声が、デュアルブレードの凶暴な一撃を遮る。

 爆炎が爆炎を生む轟音。突突として始まった背後からの襲撃に、デュアルブレードは方向転換しようとするが、爆風に煽られてうまく身動きがとれない。

 立て続けに炸裂する火炎が、デュアルブレードの外殻を真っ赤に加熱するが、傷一つ付かない。

 その強固な外殻に弾かれたベルの攻撃に構わず、デュアルブレードはリリへトドメを刺そうとする。

 リリの見開いた目にもはっきりとその炎の雷が見えた瞬間……白髪の少年が、爆炎を割って飛び出してきた。

 

「さぁせるかぁッ!」

 

 ヘスティアナイフとディフェンダーを振りまわすベルは、その巨体から繰り出される容赦のない一撃をすれすれで躱し、カウンターを叩き込んで強引に退けた。

 リリの側で腕を振り上げたまま固まっていた敵に肉薄し、瞬時に強烈な一撃を見舞って距離を取らせる。

 

「リリッ! 大丈夫!?」

 

 自分の体を抱く人物が、リリには最初わからなかった。

 深紅の瞳が動揺に震えている。肩を摑む指が痛いくらいに握りしめられていた。

 慌てながら取り出されたポーションが、口元に寄せられる。

 縋るような眼差しを向けられてリリはゆっくりと口を開き、その青い液体を飲んだ。

 すぐに、けほっ、けほっ、と可愛らしい咳が響く。

「……ベル、さま?」

「そうだよっ。無事、だよね?」

 

 先程のリリのように涙ぐむベルは、笑いながら声を上擦らせていた。

 今の今まで凍えていたリリの胸が痛いくらいに締めつけられ、熱くなる。

 ベルはリリの安否を確認すると、すぐに顔を上げた。

 鋭い双眸が依然として健在しているデュアルブレードに向けられる。

 

「リリ、そこで待ってて?今度こそ守るから」

 

 最後にそう言って、ベルは立ち上がった。

 怒りの啼き声がルームに木霊している。あちこちで煙を上げ揺らめいている炎はベルの魔法の残滓だ。

 これ以上のない孤立無援。

 ベル達の前に立ち塞がるのは、かつてベルが経験したどのモンスターよりも強大だ。

 その禍々しい存在感は、ルームの空気を圧し潰していた。

 今にも飛びかかってきそうな凶悪なハートレスの、死の予感をはらんだ瞳に、しかしベルは怖じけない。

 先日までのベルなら間違いなくその力の差に屈していた相手。いや、今でさえ正面からやり合っては太刀打ちすることはかなわない。

 

「いくぞっ……!」

 

 レッグホルスターから柑橘色の液体が詰まった試験管を取り出す。

 魔法制限に関わる精神力の存在を知ったベルが、決死の覚悟で購入した価格8700ヴァリスの切り札。

 精神力回復特効薬(マジックポーション)だ。

 ベルは栓を抜いて一気に飲み干した。

 

『……!!」

「ッッ!」

 

 デュアルブレードが駆け出した瞬間、ベルも右腕を正面に構える。

 

「はぁああっ────ッ!!」

 

 光の稲光が炸裂した瞬間、デュアルブレードはその衝撃にたじろぐものの、すぐに持ち直して咆哮を上げた。

 体勢を立て直し向かってくるデュアルブレードにベルは咆哮を連ねる。

 炎雷の速射砲がベルが叫ぶ度、猛り狂った炎が走り抜けダンジョンを煌々と照らし出す。

 緋色の雷は確実にデュアルブレードを捉え、その分厚い装甲を焦がし、亀裂を入れていった。

 爆風の余波を受け、デュアルブレードはその巨体を震わせながらも、着実にベルへと近づいてくる。

 圧倒的な力の差を、魔法の恩恵が辛うじて埋めていく。

 

「あああああああああああああああああああッ!」

 

 大きなダメージを負い、外殻が剥がれ落ちたデュアルブレードに、ベルは武器を構えた。

 右手にヘスティア・ナイフ、左手の指の隙間に三本の投げナイフを構え、満身創痍の敵へと、文字通り死力を尽くしてぶち当たる。

 ナイフから発せられる紫紺の輝きが走る度、デュアルブレードの身体に新たな傷が刻まれていく。

 ベル自身も限界を超えながら、執念の一撃を叩き込み、ついにデュアルブレードの巨体が宙を舞って崩れ落ちた。

 

「……」

 

 リリはその光景を半ば呆然としながら見守っていた。

 白い影が駆け抜ける度に、デュアルブレードの巨体がついに動かなくなるまで。

 気が付くと、あれほど恐ろしかったデュアルブレードは動かなくなっており、ルームに立っているのは少年一人だけになっていた。

 魔法で武器を消したベルは、自身も安堵したような表情で振り返り、リリのもとへ小走りでやって来る。

 

「大丈夫?リリ?」

 

 ベルが心配する声に、リリはその場から一歩も動くことができなかった。

 ベルの、一切の疑いを持たない純粋な信頼の視線が、今の彼女には刃のように痛かった。

 

「……して」

「え? 何、リリ?」

「どうして、リリを守るんですか!?」

 

 ついには耐えきれなくなったリリの口は気付けば、勝手に動き、リリは悲痛な叫び声を上げた。

 他に何か言うことがある筈なのに、自制の利かない感情が口をついて出てくる。

 

「さっきの男の言葉、聞いたでしょう!リリは泥棒なんですよ!あなたたちからも、隙を見て装備を盗もうとしていた最低なクズなんです!それなのに、どうして……どうして仲間なんて友達なんて、馬鹿なことが言えるんですか!?」

 

 間抜けな顔をするベルに、リリはとうとう声を荒げた。

 

「ベル様達って何なんですか! 馬鹿なんですか! 間抜けなんですか!? 救いようのない能天気な頭の持ち主なんですか!?」

「えっ……!? ちょ、リリっ、落ち着いて……!?」

「無理です!! ベル様は何も気付いていらっしゃらないでしょう!? リリは換金の際にお金をちょろまかしていました! ベル様達とリリの分け前は半々などではなく四対六です! 後から調子に乗って三対七にした時だってありました! アイテムのお使いを頼まれた時も定価の倍以上の代金をベル様達に吹っかけました!」

 

 次々と暴露される事実にベルは口をひくつかせる。

 リリの声は止まらない。頭の片隅が『もう止めてっ』と必死に訴えてくるが、どうしても告白することを止められなかった。

 

「これでわかりましたか!? リリは盗人なんです! あなたたちからも、隙を見て装備を盗もうとしていた最低なクズなんです! サポーターの風上にも置けない最低のパルゥムなんです!」

「え、えと……」

「それでもっ……それでもベル様達は、リリを助けるんですか!?」

「う、うん」

「どうしてっ!?」

 

 息を切らしながらリリはベルを見つめた。

 少年が次に言う言葉に何を期待しているのか、リリ自身わからなかった。

 ただ心臓が馬鹿みたいに動悸を抱えている。

 リリの剣幕に気圧され続けたベルは、軽く動転し、まるで反射的な行動のように、その言葉を口にした。

 

「お、女の子だから、かな?」

 

 ──かぁっ、とリリの全身が熱で燃え、眉が怒りの角度に持ち上がりリリ自身、意味がわからない不満が爆発した。

 

「ベル様の馬鹿ぁぁッ!! そんなことを言ってっ!? ベル様は女性の方だったら誰でも助けるんですか!? 信じられませんっ、最低っ! ベル様のすけこましっ、女ったらしっ、女の敵ぃいいいい!!」

 

 そんなことを言える立場ではないのに、目の前の少年に不満をぶつけていく。

 この胸の高鳴りは、一体全体、彼に何を言ってほしかったとのかリリにはもうわけがわからない。

 ベルは非難の嵐をたじろいで受け止めていたが、やがてリリが息も絶え絶えになると。

 ベルはそんな彼女の姿を見て、少しだけ真剣な顔で考え込み――そして、すべてを包み込むように優しく微笑んで答えた。

 

「じゃあ、リリだからだよ」

「────」

 

 栗色の瞳が、一杯に見開かれた。

 

「僕、リリだから助けたかったんだ。リリだから、いなくなってほしくなかったんだ。……それに」

 

 ベルはゆっくりとリリの目を見つめ、静かに告げた。

 

「誰の心にも、光と闇があるって、前にソラが教えてくれたんだ。リリがどんなに辛い思いをして、自分の心を闇で塗りつぶそうとしても……僕達は、君の奥底にある優しい『光』をちゃんと見てる」

「っ……」

「僕が見ているのは、泥棒なんかじゃない。一緒にダンジョンを乗り越えてくれた、素晴らしいサポーターの『リリルカ・アーデ』だ。……だから、信じる。それだけだよ」

 

 損得も、理屈も超越した、ただひたすらに純粋な信頼の言葉。

 リリの全身が大きく震え、張り詰めていた心の糸が、ついにプツンと切れた。

 涙腺が決壊する。大粒の涙が、ぐしゃぐしゃになった瞳からぽろぽろ溢れ出してくる。

 リリはもう我慢することもできず、声を出して泣き始めた。

 

「うえっ、うええええええええええええぇぇぇぇっ……!」

 

 リリはベルのお腹に思い切り抱きついた。

 堪えきれずに子供のように泣き出したリリは、そのままベルの胸に飛び込み、すがりついて号泣した。ベルは戸惑うことなく、震える彼女の背中を優しく、ただ優しく受け止めた。

 

「ごめっ、ごめんっ……ごめん、なさいっ……!」

「……うん」

 いつまでもどこまでも涙声は響き続けた。

 ハートレスの死骸が散乱する殺風景なダンジョンの一角。崩れかけていた魔石が一つ割れ、また一つ割れ、一部のモンスター達が黒い霧となって消え去り、未だ残る炎の欠片に巻かれ宙を舞う。

 小さなリリを抱きしめるベルは、苦笑しながら、ずっと顔を綻ばせ続けていた。

 

 

 

 

 

 そうしてダンジョンの片隅で、ベルの胸で泣きじゃくっていたリリが、ようやくその涙を拭い終えた時のことだ。

 

「リリは、ここで待ってて。……僕は、ソラの手伝いに行ってくる」

 

 決意に満ちた瞳で立ち上がり、激戦の轟音が響く通路の奥へ向かおうとするベル。

 だが、その傷だらけの背中を追うように、リリは思わず手を伸ばし、彼の鎧の袖をギュッと掴んで引き留めていた。

 

「えっ……リリ?」

 

 不意に引き留められ、不思議そうに振り返るベル。

 その純粋で無垢な顔を見た瞬間、リリの胸の奥底から、醜くも切実な、身勝手な心の叫びがドロドロと溢れ出しそうになった。

 

(あんな恐ろしいモンスターのところに行ったら、ベル様まで死んでしまいます! もう、リリの前からいなくならないで……失いたくない! お願いだから、一緒に……っ!)

 

 ようやく見つけた、自分のすべてを受け入れてくれた大切な光。それを再び失ってしまうかもしれない恐怖に、リリの小さな足はガタガタと震えていた。

 だが。ここで彼を一人で行かせて、自分だけ安全な場所に逃げ込んだら――リリは一生、元の「卑怯で臆病な泥棒」のままだ。

 それに、今も一人で強大なハートレスと戦っているソラを見捨てることなど、絶対にできない。あのお節介で、太陽のように明るく自分を信じてくれた少年もまた、リリを救ってくれたかけがえのない仲間なのだ。

 

 彼らを失う恐怖。そして何より、今の惨めな自分から『変わりたい』という強い想いが、身勝手な弱音をぐっと喉の奥へと押し留めた。

 

「……リリも、行きます」

 

 思わず口を突いて出た己の言葉に、リリ自身が一番驚いていたかもしれない。

 

「だ、ダメだよリリ!」

 

 ベルが心配そうに尋ねるが、リリは震える膝に無理やり力を込め、泣きはらした顔で必死に強気な笑みを作ってみせた。

 

「大丈夫です。リリには……これもありますし」

 

 そう言って、リリは背負った巨大なバックパックの中に手を突っ込み、一本の剣を取り出してみせた。

 刀身から微かな熱と強力な魔力を放つ、切り札の使い捨て魔法兵装――魔剣である。

 

「いざとなれば、囮としてあのモンスターを引き付けることだってできます。サポーターの意地、見せてやりますよ!」

 

 必死に強がるリリの姿に、ベルは少しだけ驚いたように目を丸くした後――すべてを察したように、優しく、本当に嬉しそうに微笑んだ。

 

「……そっか。わかった」

 

 ベルは腰のホルスターに手を伸ばすと、先ほどリリから受け取ったばかりの短い剣を引き抜き、彼女へ向けて真っ直ぐに差し出した。

 

「じゃあ、これ、返すよ」

「え……?」

「今は僕より、リリの方に必要だと思うから」

 

 ベルはバゼラードの柄をリリの手に押し付け、力強く頷いた。

 

「一緒に行こう、リリ」

「……はいっ!」

 

 

 

 

 ベルとリリが迷宮の片隅で互いの絆を確かめ合い、涙を流していた正にその頃。

 二人のいる場所から少し離れた10階層の広大なエリアでは、階層全体を覆い尽くすほどの白い靄を余波だけで吹き飛ばす、凄まじい死闘が繰り広げられていた。

 

 迷宮の硬い石畳を、目に見えない巨大な槌で打ち付けているかのような重低音が響き渡っていた。歩を進めるごとに地を這うような重い振動が伝わり、ダンジョンの構造そのものを揺るがしている。

 一定のリズムでゆっくりと、しかし確実な死の気配を纏って距離を詰めてくるのは、身の丈6M(メドル)に迫る巨大な黒銀の鎧騎士――エクセキューショナー。

 その歩みには、生き物としての怒りも殺意も、あるいは闘争への熱意も一切存在しない。ただ感情の抜け落ちた機械的な動作で、「目の前の標的を排除する」という目的のみで稼働する冷酷な処刑人であった。

 

「はぁぁぁッ!」

 

 対するソラは、両手に白と黒、相反する二本のキーブレードを力強く握りしめ、光と闇の衣を纏う『ダブルフォーム』の姿で果敢に相対していた。

 流れるような連撃と共に放たれたファイガが、エクセキューショナーの分厚い胸当ての表面で激しい爆発を引き起こす。熱波が周囲の空気を歪めるほどの一撃であったが、もうもうと立ち昇る煙が晴れて現れたのは、無傷の装甲だった。その極めて硬い黒銀の重装甲には、微かな焦げ目一つ付いていなかったのだ。

 

「くっ、いくらなんでも硬すぎるだろ……!」

 

 魔法が通じないとなればと、ソラは速度を上げて肉薄し、二本のキーブレードによる直接攻撃を叩き込む。しかし、全力で振り抜いた一撃すらも、分厚い鋼の壁を叩いたかのように容易く弾き返され、逆にソラの腕に鋭い痺れを走らせた。

 攻撃が弾かれ、ソラがわずかに体勢を崩したその一瞬の隙。エクセキューショナーは手にした巨大な双頭の斧を、大上段から容赦なく振り下ろした。

 あれほどの質量を誇る巨大な重装甲でありながら、その動きには関節の軋む音一つ生じない。鋼鉄の塊が重力すら無視しているかのような、ひどく滑らかで不気味な挙動だった。だが、そこに込められた威力は絶大にして絶対。

 

 振り下ろされた巨大な刃が直撃した石畳が粉砕され、まるで落石が落ちたかのように巨大な破片が四方八方へと弾け飛ぶ。回避したソラでさえ、圧倒的な質量が生み出す暴風のような風圧に巻き込まれ、あわや体を吹き飛ばされそうになる。

 しかしエクセキューショナーの追撃は止まらない。地面にめり込んだ斧を引き抜きざまに、今度はソラの胴を両断すべく横薙ぎを一閃する。ソラは咄嗟に跳躍してそれを空中で回避しようとしたが――。

 エクスキューショナーは、その回避行動すらも完全に予測していた。横薙ぎの勢いを一切殺すことなく手首を返し、斧の柄を捻ることで、真横への攻撃から下から上へと強烈にかち上げる変則的な軌道へと瞬時に変化させたのだ。

 

「うおっ!?」

 

 空中で身をよじり、鼻先を掠めるほどの距離でギリギリ刃を躱すソラ。そのまま逆落としの勢いを利用して敵の足元へと斬り込もうとするが、エクセキューショナーはその攻撃を意に介すことなく、引き抜いた斧の柄を無造作に振り回し、無防備なソラの腹部を容赦なく強打した。

 

「ガ、はっ……!」

 

 巨人の全力の柄打ちを喰らい、ソラは肺の中の空気をすべて吐き出しながら、ボールのように後方へと吹き飛ばされる。

 空中で必死に受け身を取り、ブーツを石畳に激しく滑らせて着地したソラの目に、さらに信じられない光景が飛び込んできた。

 エクセキューショナーがその場で巨大な斧を大回転させ、猛烈な竜巻を発生させていたのだ。遠心力を極限まで高められた重兵器は、やがて赤い軌跡を描くほどの超高速となり、巨大な双頭の斧がそのままソラへ向けて真っ直ぐに投擲された。

 

「嘘だろ!? あんなのまで投げてくるのかよ!」

 

 ソラは瞬時に横へ身を投げ出し、激しく転がりながら赤い竜巻となって飛来する斧を回避する。頬を撫でる熱風に戦慄する暇もなく、彼が見上げた先にはさらなる絶望が迫っていた。

 斧を手放した状態のエクセキューショナーが、重装甲の常識を覆す恐るべき跳躍力で空高く舞い上がっていたのだ。

 怪物は空中で両手を組み、巨大なハンマーのような形を作ると、直下のソラの頭上を狙って隕石のごとく一直線に落下してくる。

 

 着地と同時に大地がすり鉢状に激しく隆起し、巨大な地震のような衝撃波が迷宮の全方位へと広がっていく。

 吹き荒れる土砂と強烈な風圧にソラが腕で顔を覆って耐える中、エクセキューショナーはゆっくりと立ち上がり、手を開いて虚空を掴むような奇妙な動作を見せた。すると、後方の壁に深々と突き刺さっていた双頭の斧が、見えない磁石に引かれるかのように超高速で手元へと引き寄せられ、再びその剛腕にピタリと収まった。

 

「……なんだあの規格外のモンスターは!?」

 

 不意に、激しい衝撃波によって晴れた白い靄の向こうから、恐怖に震える声が響いた。

 偶然この階層の探索に訪れていた、別パーティの冒険者たちだ。これまで見たこともない異形の鎧騎士と、それが引き起こす地形を変えるほどの破壊を目の当たりにし、彼らは完全に腰を抜かさんばかりに驚愕し、その場に縫い止められていた。

 そして、機械的な処刑人は彼らの存在を見逃さなかった。即座に「新たな標的」として認識を切り替える。

 重々しい動作で向きを変えると、逃げ遅れた冒険者たちに向かって巨大な斧を無慈悲に振り下ろそうと、その冷たい腕を振り上げた。

 

「危ないッ!」

 

 ソラは弾かれたように大地を蹴り、驚異的な速度で冒険者たちの前へと割り込んだ。

 同時に、手にしたキーブレードの形状を意志の力で変化させる。ダブルフォームの二刀流から一転、ソラの腕には輝く星の意匠が施された堅牢な盾――『カウンターシールド』が展開されていた。

 

 石畳ごと冒険者たちを粉砕しようとした凶悪な一撃を、ソラは盾を両手でしっかりと支え、激しい火花と金属の絶叫を散らしながら、一歩も退かずに完全に防ぎ止めた。

 

「ここは俺に任せて、早く逃げて!」

「あ、ありがとう!」

 

 ソラの力強い叫びにようやく我に返った冒険者たちは、涙目で必死に礼を言いながら、一目散に通路の奥へと逃げ出していく。

 彼らの背中が安全な距離まで遠ざかったのを見送ったソラは、重い一撃の圧力を全力で弾き返すと同時に、盾を構えたまま虚空へと高々と跳躍した。

 

「ここから反撃だ、はぁぁぁぁぁっ!」

 

 ソラがカウンターシールドに蓄積された敵のエネルギーを、己の力と合わせて一気に解放する。

 発動するのは防御から転じる大技『カウンターラッシュ』。ソラの構えた盾から、純粋な光で形成された無数の巨大な拳が実体化し、エクセキューショナーの巨体に向かって怒涛の連続殴打を叩き込んだ。

 空気を震わせるほどの激しい乱打が黒銀の鎧を何度も打ち据え、あの微動だにしなかった圧倒的な質量を誇る巨体が、ついに大きく後方へと吹き飛ばされていく。

 

「これで決めるッ!」

 

 ソラは空中で盾を解除し、再び『ダブルフォーム』へと戻って白と黒のキーブレードを胸の前で交差させた。

 放たれるのは、光と闇の力を極限まで高めた必殺の『ミラージュスラスト』。

 無数の光の矢と闇の光線が、まるで降り注ぐ流星群のように天空から殺到し、エクセキューショナーの強固な黒銀の鎧を次々と無情に穿っていく。

 凄まじい魔法の爆発と閃光が幾重にも連続して巻き起こり、10階層の視界を遮っていた白い靄が、この一撃で完全に吹き飛んで消滅した。

 

「……はぁっ、はぁっ……」

 

 着地したソラが、荒い息を吐きながらも決して警戒を解かずに見つめる先で、エクセキューショナーはついにその脅威の動きを停止させていた。

 両腕をだらりと下げ、沈黙して動かない鎧の巨人。

 ソラからの持てる力のすべてを叩き込んだ猛攻撃を喰らい、その装甲のあちこちからは煙が上がり、完全に機能停止したかのように見えた。

 

 だが、安堵の瞬間は訪れなかった。

 

 エクセキューショナーの胸に穿たれた深い穴の奥深くから、禍々しいほどの熱を帯びた赤い光と、凍てつくような冷気を放つ青い光が、まるで心臓の鼓動に合わせて脈打つように漏れ出し始めたのだ。

 それはまるで、分厚い装甲の内部で無理やり押さえつけられていた二つの全く異なる極端な属性の力が、外側の枷を外されたことによって、歓喜と共に暴走を始めたかのような光景だった。

 

「なんだ……どうなってるんだ!?」

 

 ソラが焦燥感と疑問を叫びながら、再びキーブレードを構え直したのを節目にするかのように。停止していたはずのエクセキューショナーは、ゆっくりと、ひどく不気味な動作で両腕を天へと上げた。

 そして、自らの武器である巨大な双頭の斧の柄を両手でしっかりと掴むと、一切の躊躇なく、自らの怪力任せにそれを真っ二つにへし折ったのだ。

 

 分厚い鋼鉄がへし折れる凄まじい破砕音が、静寂を取り戻しかけていた空間を再び鋭く切り裂く。

 同時に、胸に刻まれていた巨大なエンブレムが、乾いた不気味な音を立てて中央から真っ二つに割れ開いた。

 

 完全にへし折られた分厚い鋼鉄の破砕音の余韻が残る中、破壊された胸の巨大なエンブレムの亀裂から、禍々しくも鮮烈な赤い光と青い光が爆発的に溢れ出した。交じり合うことのない二つの極彩色の光芒は、ダンジョンの空間そのものを歪ませながら実体化し、周囲に立ち込めていた白い靄を完全に払いのけるほどの凄まじい魔力を放つ。光が収まった後、そこに立っていたのは巨大な黒銀の鎧騎士ではなく、二体に分裂を果たしたエクセキューショナーの姿であった。

 

 先ほどまでソラを見下ろしていた巨大で鈍重な威圧感は鳴りを潜め、彼らの身の丈はソラたちよりふた回りほど大きい程度にまで極端に圧縮されている。だが、体が小さくなったからといって脅威が去ったわけでは決してない。むしろ、その強固な鎧の内に秘められた魔力の密度と、標的を屠ろうとする純粋な殺気は、先ほどとは比較にならないほど桁違いに跳ね上がっていた。

 スプリット・エクセキューショナーと化した二体の怪物は、それぞれが自らへし折った巨大な斧の片割れを無造作に手にし、まるで獲物を前にした飢えた獣のように深く前傾姿勢をとる。左側に立つ赤の個体は、鎧の隙間から陽炎が立つほどの凶悪な熱波を放ち、内包する圧倒的な「力」と「炎」を誇示している。対して右側に立つ青の個体は、周囲の空気中の水分すら瞬時に凍てつかせるほどの絶対零度の冷気を纏い、研ぎ澄まされた「速度」と「氷」を体現していた。

 

「分裂して、機動力を上げてきたのか……!」

 

 ソラが己の額に滲む汗を感じながら警戒を限界まで強め、両手に握る白と黒のキーブレードを力強く構え直した、まさにその直後だった。

 静寂を破り、青の個体が視界から完全に消失するほどの異常な速度で迷宮の床を蹴り飛ばした。氷の残像すら引くような神速の踏み込みから、絶対零度の冷気を纏った鋭利な斧の連撃が暴風雨のようにソラへと殺到する。ソラは卓越した反射神経で二本の剣を交差させ、致命傷を避けるべく辛うじてその連撃を受け流していく。

 しかし、速度に特化したブルー・スプリット・エクセキューショナーの猛攻に防戦の意識を強制的に割かれたそのわずかな一瞬の隙を、もう一体の災厄である赤の個体が見逃すはずもなかった。

 ブルー・スプリット・エクセキューショナーが正面から繰り出す刃も見えないほどの高速連続攻撃。それがソラの意識と視線を完全に手前に釘付けにしているその裏で、レッド・スプリット・エクセキューショナーは恐るべき無音の足取りで、ソラの背後という絶対の死角へとすでに回り込みを終えていたのだ。

 ソラが背後の異様な熱気に気づき、振り返ろうとした時にはすでに手遅れであった。燃え盛る巨大な斧の柄が、地を這うような極端に低い軌道から豪快に振り上げられ、ソラの無防備な背中から腹部にかけてを強烈に打ち据える。凄まじい物理的な腕力によって、ソラの体は抗う間もなく上空へと高く打ち上げられてしまった。

 

「しまった……完全に連携されてる!」

 

 空中で体勢を崩し、無防備な状態のまま宙へ浮かされたソラ。その絶好の標的を前に、二体のスプリット・エクセキューショナーは機械的な冷酷さで一切の容赦なく確実な追撃を仕掛けてくる。

 レッド・スプリット・エクセキューショナーとブルー・スプリット・エクセキューショナーは左右に大きく分かれ、示し合わせたかのように同時に力強く地を踏み込み、ソラを追って高く跳躍した。空中に孤立したソラを両側から完全に挟み込む陣形をとり、寸分の狂いもない完璧なタイミングを合わせてそれぞれの斧を振りかざす。そして、炎の熱線と氷の凍気が空中で残酷に交差する、回避不能の十字斬りが放たれた。

 

 極限の集中力で空中で強引に身をよじり、ソラは手にした二本のキーブレードから光の防御を全開にして展開する。交差する刃の直撃だけは辛うじて避けたものの、炎と氷という相反する極端な属性が衝突したことによって発生した爆発的な衝撃波までは相殺しきれなかった。

 激しい爆風に木の葉のように吹き飛ばされ、ソラはダンジョンの硬い苔むした壁面に背中から激しく打ち付けられる。肺の空気を吐き出しながら床に転がったソラは、痛む体を起こしながら戦慄を覚えた。

 

(なんて息の合った連携なんだ……赤と青、別々の体のはずなのに、まるで一つの意志で完全に統率されているみたいだ!)

 

 それは、二体が完全に視界を共有し、互いの思考を読み取っているかのような恐るべき同調であった。

 一体の攻撃を弾いて隙を作ったと錯覚した瞬間に、もう一体が即座に死角から波状の双撃を仕掛けてカバーに入る。常に一対二の不利な状況を強いられるため、攻撃を差し込む反撃の糸口が極端に掴みづらいのだ。

 だが、ソラが体勢を立て直す猶予すら与えず、追撃の手を一切緩めない二体の処刑人は、さらなる苛烈な猛攻に出る。レッド・スプリット・エクセキューショナーは周囲を焼き焦がす爆発を伴う炎を、ブルー・スプリット・エクセキューショナーは飛ぶ軌道上の空気すら白く凍らせる氷を、それぞれの巨大な斧の刃に高密度で纏わせた。そして、狙い澄ましたかのようにソラへ向けて、絶妙な時間差をつけて凶器を連続投擲してきたのだ。

 炎の豪雨と氷の吹雪を纏った二つの凶刃が、交互に空間を削りながら迫り来る。ソラは背後の壁を力強く蹴って鋭く前転し、複雑な軌道を描く斧を紙一重で回避しながら、あえて敵陣の懐へと深く前進する。

 巨体を捨てて装甲が薄くなった分、相手の攻撃の手数と速度は劇的に跳ね上がった。だが、それは同時に、今まで弾かれていたこちらの魔法や斬撃が、確実に敵の肉体へと通るようになったという唯一の勝機でもある。

 

「連携が完璧なら、まずは片方を確実に倒す!」

 

 決意を固めたソラは、強烈な斧の投擲を行った直後で武器を手放し、一瞬の隙を晒していたレッド・スプリット・エクセキューショナーへと狙いを絞り込んだ。床を蹴り、目にも留まらぬ速度で一気に距離を詰める。

 放たれるのは、出し惜しみを一切しない渾身の力を込めた強力な魔法と、二本のキーブレードが織りなす怒涛の連続攻撃だった。防御を捨てて機動力を得たが故に薄くなった赤い装甲は、もはやダブルフォーム状態のソラの猛攻を弾き返す硬度を持っていなかった。

 放たれた純白の光の連撃が確実にレッド・スプリット・エクセキューショナーの体を捉え、その装甲を深々と切り裂いていく。そして流れるような連撃の最後、ソラの握る白のキーブレードがレッド・スプリット・エクセキューショナーの胸の中心を正確に貫き、絶対的な致命傷を与えた。

 熱波を放っていた赤い装甲の巨体が唐突に力を失って力なく膝をつき、そのまま大量の黒い霧を噴出させながら、音もなく床へと崩れ落ちていく。

 

「よし、これでまずは厄介な片割れを仕留めたぞ……!」

 

 強敵を打ち倒したことにソラが小さく安堵の息を吐き、すぐさま残るブルー・スプリット・エクセキューショナーへと警戒の視線を向けた、まさにその時だった。

 相棒とも呼べるレッド・スプリット・エクセキューショナーを失ったはずのブルー・スプリット・エクセキューショナーは、仲間を殺されたことに対して怒り狂う素振りも、警戒して後退する素振りも全く見せなかった。ただ静かにその場で氷の斧を下ろすと、胸の前で両手を組むような、まるで神に祈りを捧げるかのようなひどく不気味で奇妙な動作をとったのだ。

 次の瞬間、警戒するソラの目の前で、世界の常識を覆すような信じられない現象が巻き起こった。ダメージを負い、完全に黒い霧となって空気中に霧散しかけていたはずのレッド・スプリット・エクセキューショナーの残骸が、突如として強烈な赤い光を放ち始めたのだ。

 そして、時間を巻き戻す逆再生の映像を見せられているかのように、四散していた闇の霧が瞬時に一箇所へと寄り集まり始める。わずか数秒の出来事だった。光が収まった後、そこにはソラが与えたはずの傷が一つ残らず消え去り、完全な状態へと復元されたレッド・スプリット・エクセキューショナーが、何事もなかったかのように悠然と立ち上がっていたのである。

 

「嘘だろ……!」

 

 あまりの絶望的な光景に、ソラは思わず毒づいた。

 それは、互いが互いを相互に蘇生し合うという、戦う者にとってまさに悪夢のような恐るべき特性だった。どちらか片方をどれだけ完璧に打ち倒したとしても、もう片方がその場に生き残っている限り、何度でも際限なく完全な復活を果たしてしまう。

 この異常な修復の連鎖を断ち切る方法はただ一つ。独立して動く二体の敵の体力を極限まで均等に削り合わせ、寸分の狂いもないタイミングで完全に同時にトドメを刺さなければ、いつまで経ってもこの地獄のような戦闘が終わらないという残酷な事実を意味していた。

 

「これは……想像以上に厄介すぎる……!」

 

 ソラが思わず絶句し、額から嫌な冷や汗を流して動きを止めたその僅かな動揺を、感情を持たない処刑人たちは最大の好機と見た。

 復活を果たしたばかりのレッド・スプリット・エクセキューショナーと、祈りを終えたブルー・スプリット・エクセキューショナーは、互いの頑強な腕をがっちりと掴み合うと、そのまま凄まじい勢いでコマのようにその場を激しく旋回し始めたのだ。

 二体の超高速の回転は、周囲の空気を巻き込み、瞬く間に猛烈な炎の熱気と凍てつく氷の吹雪が不気味に混ざり合った巨大な竜巻――『共鳴の双竜巻』を発生させた。

 天を突くほどの極彩色の竜巻は、ダンジョンの広いフィールド全体を無差別に破壊しながら縦横無尽に暴れ回る。竜巻の中心部から発生する強烈なブラックホールのような引き寄せ効果に抗えきれず、ソラの体が宙に浮き上がり徐々に中心へと吸い寄せられていく。炎と氷という相反する属性の鋭い暴風が、ソラの体を何度も切り裂き、容赦なくその体力を削り取っていく。

 そして、竜巻による無差別攻撃の勢いが最高潮に達したその最終段階。回転の頂点で二体は互いの腕を離し、凄まじい跳躍力で同時に迷宮の空高くへと跳び上がった。

 空中で静止した赤と青の処刑人は、それぞれがわずかな時間差をつけて、逃げ場を失ったソラの頭上を正確に狙い、隕石のような圧倒的な速度で急降下してくる。着地した瞬間に、炎の爆発と氷の破砕という二つの致死的な衝撃波が円状に広がり、ソラを中心に絶対的な死の爆心地が形成されようとしていた。

 

 引き寄せられたことで足場を失い、空中から迫り来る二重の質量攻撃を回避する場所はどこにもない。強力な衝撃波を完全に防ぎ切るだけの盾を展開する時間すら、もはや残されてはいなかった。

 絶体絶命の窮地の中、ソラが歯を食いしばって直撃の痛みに耐える覚悟を決めた、まさにその刹那のことだった。

 

炎雷(ファイアボルト)ッ!!」

 

 ダンジョンの淀んだ空気を震わせ、暗い空間そのものを鮮やかに焼き尽くすような、馴染み深い少年の鋭い叫び声が響き渡った。

 直後、白銀のまばゆい閃光と紅蓮の猛火が複雑に交じり合った太い魔力の雷撃が、一直線に虚空を駆け抜ける。その強烈な一撃は、まさにソラを押し潰さんと空中から急降下していた二体のスプリット・エクセキューショナーの無防備な側面に、計算し尽くされたかのように正確無比に直撃した。

 予想外の方向から叩き込まれた強力な魔法の衝撃に、空中の二体は完全に降下の姿勢を崩された。本来の狙いであったソラの頭上から軌道を大きく逸らされ、赤と青の処刑人たちはソラから遠く離れた迷宮の壁際へと、無様な姿勢のまま激しく墜落していく。

 

 直撃によって立ち上る巨大な爆炎と、墜落によって舞い上がった土煙。その分厚い幕を真っ直ぐに切り裂くようにして、力強い足音をダンジョンに響かせながら駆け付けてきた影があった。

 激戦の跡を物語るように、その体はあちこちが傷つき満身創痍の状態であった。だが、ルビーのように赤いその瞳には、どんな困難にも決して屈することのない、消えることのない純粋な闘志の炎が煌々と宿っている。紛れもなく、彼が信じた白髪の少年だった。

 

「僕達も手伝うよ、ソラ!」

 

 ベル・クラネルは息を切らしながらも頼もしい笑みを浮かべ、右手で漆黒の刀身を持つヘスティア・ナイフを力強く構えながら、絶望の淵に立っていた親友の隣へと迷いなく並び立った。

 そして、ただ一人で駆け付けたわけではない。ベルの背後からは、つい先ほどまで流していたはずの悲痛な涙の痕を完全に拭い去り、何があってもこの仲間を支え抜くという新たな決意に満ちた表情で、己の身の丈よりも巨大なバックパックを力強く背負い直したサポーターの少女――リリルカ・アーデもまた、迷いのない真っ直ぐな足取りで二人の元へと駆け寄ってきていた。

 

 

 

 

 壁際へと墜落していくスプリット・エクセキューショナーたちを見届け、ソラは信じられないものを見るように目を丸くした後、パァッと顔を輝かせた。

 

「ベル! それにリリも! 無事だったんだな!」

「うん! 僕たちなら大丈夫だよ!」

 

 ベルは力強く頷き返し、リリもソラに向かって無事を知らせるようにコクリと頷いた。

 だが、ベルが再び前方の土煙へと視線を向けた時、その表情に明らかな困惑が浮かんだ。

 

「でもソラ……あいつ、さっき見た時と随分様子が違わない? すごく小さくなってるし、二匹いるし……」

 

 巨大な黒銀の鎧騎士であったはずの敵が、赤と青の二体の小柄な騎士へと姿を変えている。ベルの当然の疑問に、ソラは油断なく二本のキーブレードを構えたまま答えた。

 

「あいつ、分裂するんだ」

「分裂……」

 

 ベルがその言葉を呆然と繰り返す。

 

「ああ。しかも、ただ分裂して数が増えただけじゃない。片方を倒しても、もう片方が生き残ってると瞬時に復活させてくるんだ」

「っ……!?」

 

 ソラの口から語られた絶望的な特性に、ベルの顔が途端に苦く歪む。

 片方を倒しても蘇る。それはつまり、二体を均等に削り、寸分の狂いもないタイミングで『同時』にトドメを刺さなければならないということを意味していた。

 あの素早く厄介な怪物を相手に、そんな神業のような立ち回りが可能なのか。

 だが、ベルはすぐに顔をバッと上げ、迷宮の闇を睨み据えながら力強く提案した。

 

「……だったら、ソラが二体同時に倒せるように、僕とリリであいつらを上手く一箇所に誘導するよ!」

 

 自分の力では大ダメージを与えることは難しくとも、リリルカと強力して囮として敵の動きをコントロールすることはできるはずだ。

 ベルの必死の提案。しかし、ソラはそれに首を横に振った。

 

「いや、もっといい方法がある」

「えっ? もっといい方法……?」

 

 疑問符を浮かべるベルの目の前で。

 ソラはダブルフォームの状態で握っていた二本の剣のうち、漆黒の刀身を持つキーブレード――過ぎ去りし思い出を、なんとベルの胸元へと真っ直ぐに差し出したのだ。

 

「ベル、これを使って…」

「え……?」

 

 ベルは目をパチクリと瞬かせ、差し出された過ぎ去りし思い出とソラの顔を交互に見比べた。

 それは、ソラだけが扱えるはずの、選ばれし勇者の武器。かつて黄昏の館でキーブレードを手に取ったフィン・ディムナの手元から消えたのを見たはずだ。

 

「で、でも……僕には、そんな資格……」

 

 無意識のうちに『無理だ』という弱音が口からこぼれそうになる。

 だが、ベルの言葉は途中でピタリと止まった。

 

 目の前にいる親友は、すべてをわかった上で、ベルの目を見て真っ直ぐに武器を託そうとしている。

 なら、ここで逃げてどうする。親友がこれほどまでに自分を信頼し、背中を預けようとしてくれているのに、それに応えなくて何が『仲間』だ。

 

(ソラが信じてくれるなら……僕も、僕自身を信じる!)

 

 ベルはギュッと唇を噛み締めると、左手に持っていたバゼラードを咄嗟にプロテクターの隙間へ収め、空いた左手で、差し出された漆黒のキーブレードの柄を力いっぱいに握りしめた。

 

 カチリ、と。

 不思議な感触が、ベルの手のひらから全身へと伝わっていく。

 本来なら元の持ち主の元へと消え去るはずのキーブレード は、ベルの心と、ソラとの強い絆の共鳴に呼応したかのように、消散することなくベルの手にしっかりと留まっていた。

 

「……すごい、僕にも持てた……!」

「なっ、言っただろ!」

 

 ソラがニカッと、最高に嬉しそうな太陽のような笑顔を見せる。

 白き光のキーブレードを持つ異世界の少年と、黒き闇のキーブレードを託された白髪の少年。

 二人の心が完全に重なり合った瞬間、土煙を吹き飛ばして、怒り狂う赤と青のスプリット・エクセキューショナーが再び猛然と襲い掛かってきた。

 

「行くよ、ソラ! リリ!」

 

 ベルが漆黒のキーブレードとヘスティア・ナイフを交差させて叫ぶ。

 

「おう!」

「はいっ!」

 

 ソラとリリの力強い返事が、迷宮に高らかに響き渡る。

 心強い仲間と、託された親友の力を胸に。三人は決着をつけるべく、最強の怪物へと真っ向から駆け出していった。

 

 

 

 

 迷宮の空間を完全に二分するほどの激しい咆哮が響き渡り、ダンジョンは二つの異なる戦場へとその様相を変貌させた。

 一切の感情を持たずに氷の冷気を撒き散らしながら、視界から消えるほどの高速で駆け回るブルー・スプリット・エクセキューショナーを、ソラが単独で引き受ける。そして、周囲の空気すらも一瞬にして蒸発させるほどの激しい熱波と、純粋で圧倒的な物理的腕力を振るうレッド・スプリット・エクセキューショナーの正面には、ベルとリリの二人が退路を断って立ち塞がった。

 肌を刺すような熱気が絶え間なく押し寄せ、呼吸をするだけで肺が焼かれるような苦しい環境下にあっても、二人の瞳に決して怯む色はなく、これまで培ってきた信頼に基づく連携の陣形をしっかりと構築する。

 

「こっちです!」

 

 リリは小人族(パルゥム)特有の小柄で身軽な体を最大限に活かし、迷宮の広大な空間を縦横無尽に素早く立ち回りながら、右手に構えた小型のボウガンで連続して牽制の矢を放ち続けた。

 放たれた矢は空気を裂き、レッド・スプリット・エクセキューショナーの強固な装甲へと次々に命中していく。硬質な金属の衝突音が幾度となく響き渡るものの、それだけで致命傷を与えられるとは最初から考えていない。彼女の真の狙いは別の場所にあった。

 矢を放ち終えると同時に、リリは左手に構えていた貴重な切り札――魔剣を頭上高く大きく振るい、猛烈な炎の魔法を戦場へと解き放った。紅蓮の炎が猛烈な勢いで広がり、レッド・スプリット・エクセキューショナーの視界を燃え盛る炎の壁で完全に塞ぎ込む。

 自らが司る属性と同じ炎による攻撃とはいえ、目障りな小動物の執拗な牽制と挑発に、感情を持たないはずのレッド・スプリット・エクセキューショナーが明らかな苛立ちの動作を見せた。その巨大な双眸がリリを捉え、標的を完全に彼女一人へと絞り込む。

 

(いける……リリが自分の身を危険に晒して、隙を作ってくれている!)

 

 レッド・スプリット・エクセキューショナーがリリへと巨大な両刃の斧を高く振り上げた、まさにその絶対的な死角。ベルは自らの武器である敏捷を一気に爆発させ、足音すら立てることなく、敵の懐の最も深い場所へとすでに潜り込んでいた。

 

「はぁぁぁっ!」

 

 右手には、自身の成長と共に強さを増す愛用のヘスティア・ナイフ。そして左手には、親友であるソラから全幅の信頼と共に託された、漆黒の刀身を持つキーブレード――過ぎ去りし過去。

 白髪の少年は、白と黒の二刀流が描く美しくも致命的な旋風となって、無防備を晒しているレッド・スプリット・エクセキューショナーの側面や、装甲の薄い脚部の関節部分を的確に、そして無慈悲に斬り刻んでいく。ヘスティア・ナイフの鋭利な斬撃が鋼を裂き、キーブレードの重厚な打撃が内側の骨組みを揺るがす。相反する二つの武器による怒涛の連続攻撃が、赤い装甲に幾筋もの深い亀裂を走らせ、確実に、そして着実にその巨体へとダメージを蓄積させていた。

 

 二人の連携は完璧に機能し、このまま押し切れるかに見えた。だが、鍛冶師が作り出した使い捨ての魔法兵装である魔剣には、使用者の意志とは無関係に訪れる残酷な限界が存在する。

 

「次の一撃で、さらに大きく削りま――えっ?」

 

 リリが再びレッド・スプリット・エクセキューショナーの注意を強く引こうと、刀身に魔力を込めて魔剣を振りかざした、まさにその瞬間だった。

 薄氷が砕け散るような繊細で残酷な破砕音が手元から響き渡り、紅蓮の刀身に無数のひび割れが走る。頼みの綱であった魔剣が突如として限界を迎え、空中でガラス細工のように粉々に砕け散ってしまったのだ。

 手の中に残ったのは、もはや何の力も持たない無用の柄のみ。予想外の事態に、リリの思考が白く染まり、その場に縫い付けられたように動きが完全に停止してしまう。

 その致命的すぎる一瞬の隙を、装甲を捨てて恐るべき素早さを得たスプリット・エクセキューショナーが見逃すはずもなかった。

 

「リリッ! 早く逃げて!!」

 

 事態を察知したベルが血相を変え、肺が裂けんばかりの悲痛な叫び声を上げる。

 しかし、ベルの声が届くよりも早く、レッド・スプリット・エクセキューショナーは強靭な脚力で跳躍を果たしていた。そして、呆然と立ち尽くすリリの頭上の死角から、燃え盛る巨大な双頭の斧を無慈悲に振り下ろそうと構える。

 ベルが全速力で床を蹴り、彼女を助けようと手を伸ばす。だが、ほんのわずかに距離が遠すぎる。ベルの足の速さをもってしても、振り下ろされる斧の刃の方が確実に早いという絶望的な事実が、冷たい刃となってベルの胸を突き刺した。

 

「頼んだぞ、ドリームイーターッ!!」

 

 激戦の最中、少し離れた場所でブルー・スプリット・エクセキューショナーと激しく剣を交えていたソラの、迷いのない鋭い声がダンジョンに響き渡った。

 その呼び声を聞いた瞬間、死を覚悟して目を閉じたリリと、焦燥に駆られて空高く手を伸ばしていたベルの脳裏に、ある一つの映像が同時に浮かび上がった。

 それは先日彼らの前に姿を現した、マシュマロのように柔らかく、犬と猫を合わせたようなあの愛らしい精霊――ワンダニャンの丸っこい姿だった。

 

(あの精霊が助けてくれる……!?)

 

 だが、リリの目の前の空間が眩い光の渦と共に弾けて飛び出してきたのは、二人が想像していたようなピンク色の丸っこい姿では到底なかった。

 闇を切り裂くような激しい稲妻を全身に纏い、神々しいまでに美しい一本角を天に突き立てた、雷の天馬――『エレキユニコーン』が唐突にその威容を現したのだ。

 

(……えっ!? ワンダニャンじゃない!?)

 

 予想を完全に裏切る未知の精霊の登場に、死の淵にいたリリも、必死に助けに向かっていたベルも、緊迫した状況下でありながら内心で大きく目を見開いて激しく驚愕した。

 高らかな馬のいななきと共に、エレキユニコーンはリリの小柄な体を器用に、そしてひどく優しく自身の背中へと掬い上げた。直後、本物の雷光が閃くような神速のステップを踏み、赤い斧の射程圏外である真横へと大きく跳躍する。

 リリがほんの数秒前まで立っていた硬い石畳が、赤い斧の直撃によって無惨に粉砕され、周囲の地形を変えるほどの巨大なクレーターを穿つ。だが、間一髪で死地を脱した彼女の体には、ただの一つの掠り傷すら付いていなかった。エレキユニコーンの華麗な救出劇によって、絶対的な死の運命が覆されたのだ。

 

 突然背中に乗せられ、目まぐるしい視界の移動と浮遊感に、リリは状況を呑み込めず目を回している。

 だが、標的を逃したレッド・スプリット・エクセキューショナーはどこまでも執拗だった。巨大な斧を振り下ろした着地の勢いを一切殺すことなく、背中にリリを乗せたエレキユニコーンの方向へとすぐさま向き直る。そして、追撃の斧を横薙ぎに一閃して両者をまとめて両断しようと、深く腰を落として低く構え直した。

 

「させないッ!!」

 

 リリを傷つけようとする敵への激しい怒りと、絶対に仲間を守り抜くというベルの強い想いが、左手に握りしめた漆黒のキーブレードと激しく共鳴を起こす。

 己の精神力と魔法の力を極限の限界まで高め、ベルは黒いキーブレードを真っ直ぐに、追撃を目論むレッド・スプリット・エクセキューショナーの胸元へと突き出した。

 

「光よッ!!」

 

 ベルの魂からの叫びと共に発動したのは、純粋で圧倒的な光の魔法――ホーリー。

 眩い白銀の光柱が、レッド・スプリット・エクセキューショナーの足元の床から間欠泉のように噴き上がり、追撃の構えに入っていた巨体を真正面から完全に飲み込んだ。

 視界を白く染め上げる浄化の光に激しく焼かれ、分厚い装甲をひしゃげさせながら、レッド・スプリット・エクセキューショナーは抗う間もなく後方へと大きく吹き飛ばされる。そして、重厚な石の壁が陥没するほどの凄まじい衝撃と共に壁面に激突し、ついにその動きを完全に停止させた。

 

「リリ! 大丈夫!? 怪我はない!?」

 

 敵が沈黙したのを確認するや否や、ベルは弾かれたように駆け寄り、エレキユニコーンの背中に乗っているリリを見上げて必死に安否を確認する。

 

「は、はい……。リリは、この子のおかげで、どこも怪我していません。大丈夫です……!」

 

 リリはまだ少し心臓の鼓動を早く打ち鳴らしながらも、自分を確実な死から救ってくれた頼もしい天馬の美しい首筋を、感謝を込めて優しく撫でた。エレキユニコーンは主の仲間の無事を喜ぶように誇らしげに鼻を鳴らし、その美しい鬣を優雅に揺らしている。

 

「よかった……本当に、本当によかった」

 

 リリが無事であるという事実をその目で確認し、ベルは張り詰めていた緊張の糸を少しだけ緩め、安堵の深い息を吐き出した。

 だが、戦いはまだ終わっていない。ベルはすぐに気を取り直し、壁際で再びゆっくりと立ち上がろうと蠢き始めているレッド・スプリット・エクセキューショナー、そして遠くでブルー・スプリット・エクセキューショナーと激闘を繰り広げるソラの方へと鋭い視線を向けた。

 

「ここから一気に巻き上げるよ!」

 

 ベルの頼もしい決意の言葉に、リリは不安を振り払うように力強く頷く。そして、彼女を乗せたエレキユニコーンもまた、主の親友の号令に応えるように前足を高く天へと掲げ、これから始まる反撃の狼煙を上げる勇ましい声を響かせた。

 

 

 

 

 親友であるベルに対して、過ぎ去りし過去を全幅の信頼と共に託したソラ。彼は右手に残された約束のお守り――約束のお守り一本のみを構え、青い装甲を纏ったスプリット・エクセキューショナーとの、瞬きすら許されない超高速の死闘を繰り広げていた。

 巨大で重厚な装甲を脱ぎ捨てて、防御を代償に極限まで素早さを増したブルー・スプリット・エクセキューショナーの動きは、まさに迷宮の閉鎖空間内に吹き荒れる猛吹雪そのものだった。巨体に似合わぬ神速の踏み込みから放たれる巨大な両刃の斧の連続攻撃は、刃が通った軌跡に存在する空気中の水分すらも瞬時に凍てつかせる。薄暗い石畳には、斧が振るわれるたびに鋭利で巨大な氷の結晶が次々と狂い咲き、ソラの退路を物理的に奪っていった。

 ソラは激しい運動によって吐く息を真っ白に染めながら、斧に纏われた絶対零度の力を、約束のお守りで的確に、そして最小限の動きで受け流していく。二刀流で戦っていた時のような、相手を圧倒するほどの爆発的な手数こそ減ってしまったものの、一本の剣に己の全神経と魔力を集中させることで、防御の精度と敵の死角を見切る身のこなしは、かつてないほどに格段に研ぎ澄まされていた。

 迫り来る氷の刃を紙一重の身のこなしで弾き返し、ソラが反撃の隙を見出して地を蹴ろうとした、まさにその時だった。

 遠く離れた別の戦場で、レッド・スプリット・エクセキューショナーを引き付けていたリリの牽制攻撃が途絶えた。彼女が使用していた魔剣が突然限界を迎え、空中でガラス細工のように儚く砕け散る絶望的な光景が、ソラの視界の端に鮮明に映り込んだのだ。

 ソラは瞬時に最悪の事態――無防備なサポーターへ向けられる凶刃の軌道を予測し、己の心と深く繋がる異世界の絆へと意識を完全に向けた。状況は一刻を争う。誰がこの場に適任かなどと思考を巡らせ、個別に精霊を指定して喚び出しているような物理的余裕すら、もはや残されていない。

 ただ純粋に、絶対に仲間を救い出したいという切実で強い願いだけを胸の奥底に抱き、ソラは迷宮の暗い天井へ向かって魂の底から叫んだ。

 

「力を貸してくれ、ドリームイーターッ!」

 

 ソラの祈りにも似た叫びに応じ、淀んだ迷宮の空間が眩い光の渦と共に弾け飛んだ。

 絶体絶命の危機に瀕していたリリの元へ、エレキユニコーンが一直線に駆けつけるのと完全に同時に、ソラの目の前の空間からも一つの頼もしい小さな影が光の中から飛び出してきた。

 立派に湾曲した二本の角を持ち、愛らしい顔立ちに反して燃え盛るような闘志をむき出しにした山羊型のドリームイーター――ヤギホーンだった。

 ソラが明確に彼を戦力として選んで喚び出したわけではない。主の焦燥と仲間を想う窮地を敏感に察知した精霊が、自らの強い意思と、ソラと結んだ絆の導きによって、この最も危険な戦場に駆けつけることを自ら決断してくれたのだ。

 ヤギホーンは短い脚で力強く迷宮の冷たい地面を蹴ると、ソラの細かな指示を待つことなど一切なく、すぐさま独自の判断で勇敢な行動を開始する。

 ブルー・スプリット・エクセキューショナーがソラの動きを完全に封じるべく、斧を振りかざして絶対零度の冷気を広範囲に放とうとした瞬間。ヤギホーンは限界まで圧縮された高熱の火球を連続して吐き出した。

 放たれた炎の弾丸は、ブルー・スプリット・エクセキューショナーが展開していた致死の冷気を真っ向から相殺し、周囲の空間に立ち込めていた無数の氷の棘を瞬時に溶かして、視界を覆うほどの白い蒸気へと変えていく。

 

 得意としていた氷の結界を容易く破られ、無機質なブルー・スプリット・エクセキューショナーが、計算外の事態にわずかに後退の姿勢を見せた。その僅かな隙を、戦意に満ちた精霊が見逃すはずもない。

 ヤギホーンの全身が眩い光のオーラに包み込まれたかと思うと、その小柄な体そのものが一本の光の矢と化し、超高速の突進攻撃となってブルー・スプリット・エクセキューショナーの懐へと真っ直ぐに突き刺さった。

 視認することすら困難な速度での連続体当たりが、青い装甲に容赦なく激しい物理的打撃を与え続ける。機動力を最大の武器としていたはずのブルー・スプリット・エクセキューショナーも、精霊の常識を超えた予測不能な超高速攻撃の前では完全に防戦一方となり、氷を撒き散らして迷宮を滑走していたその足が完全に縫い止められていた。

 自らの意思で危険な戦場を駆け回り、主のために反撃の活路を切り開いてくれた頼もしい相棒の姿に、ソラは約束のお守りを構えながら最高の笑顔を向けた。

 

「ありがとう! ここからは一緒に行くぞ!」

 

 ソラが約束のお守りを高く天へと掲げ、ヤギホーンとの間に結ばれた絆の力を極限まで解放する。

 光の粒子となってソラの元へ舞い戻ってきたヤギホーンの背中に、ソラが軽やかに飛び乗った。主と精霊の心が完全に一つの器へと重なり合い、劣勢の戦局を完全に覆す必殺のリンク攻撃が発動する。

 ヤギホーンはソラを乗せたまま、突進。突進しながら上空に回転しながら飛ぶことで炎の玉となる。――スピニングロデオが形成されていく。

 限界の限界までパワーを溜め込んだソラとヤギホーンは、周囲の冷たい空気をすべて巻き込む巨大な太陽のごとき炎を纏ったまま、動きを止めているブルー・スプリット・エクセキューショナーへと一直線に突撃した。

 圧倒的な破壊力を持った炎の直撃を真正面から受け、ブルー・スプリット・エクセキューショナーの強固な黒銀の装甲が激しくひしゃげる。凄まじい衝撃波が迷宮の空間全体を激しく揺るがし、ブルー・スプリット・エクセキューショナーの重厚な巨体は完全に石畳から引き剥がされて、無防備な状態のまま高く宙へと浮き上がった。

 

「そのまま飛んでけぇっ!」

 

 ソラの気合の入った叫びと共に、炎はブルー・スプリット・エクセキューショナーを空間の彼方へと容赦なく吹き飛ばす。

 弾き飛ばされたブルー・スプリット・エクセキューショナーが宙を舞って一直線に向かった先は、ベルの放ったホーリーによって遥か遠くの壁際へと吹き飛ばされ、ちょうど体勢を立て直して立ち上がろうとしていたレッド・スプリット・エクセキューショナーの真横だった。

 ソラの放った青い巨体は、巨大な質量を持った砲弾となって赤い巨体へと激しく衝突する。二体のスプリット・エクセキューショナーはもつれ合うようにしてダンジョンの分厚い壁に激突し、周囲の地形を崩落させるほどの土煙を上げながら、完全に一箇所へと固まってその厄介な動きを完全に停止させた。

 

「決めるぞ!ベル!!リリ!!」

 

 ヤギホーンの背の上から高く跳躍し、ソラが親友たちに向けて力強く叫ぶ。

 

「うんッ!」

「はいッ!!」

 

 ベルとリリの迷いのない力強い返事が、激戦の迷宮に高らかに響き渡った。

 互いを復活させ合うという、悪夢のような特性を持つ厄介な二体の敵。それが完全に一箇所に集まり、同時にトドメを刺すための千載一遇のチャンスが訪れたのだ。三人は示し合わせたかのように、迷宮の硬い床を力強く蹴って同時に駆け出した。

 それぞれの心に宿る決して砕けない強固な絆と、絶対に仲間を守り抜くという共通の願い。それが極限まで高まった瞬間、三人の足元を中心にして、ダンジョンの石畳に巨大で神々しい光の紋章が一気に展開された。

 トリニティリミットの発動である。

 

「いくよっ!!」

 

 足元の光の紋章から溢れ出す圧倒的な魔力と、身体能力の劇的な向上を受け、三人は完全に一体の刃となった。

 ソラの右手には、主の想いに応えてまばゆい光を放ち続ける約束のお守り。

 ベルの右手には、親友から絶対の信頼と共に託された過ぎ去りし過去。そして左手には、彼自身のこれまでの成長の証であり、ヘスティアから授かった漆黒の短刀、ヘスティア・ナイフ。

 リリの両手には、ベルから真っ直ぐな想いと共に預けられた銀の短剣、バゼラードがしっかりと握りしめられている。

 三人の姿は、光と闇、そして白銀の流星となって、身動きの取れない二体の処刑人へと容赦なく殺到した。

 

 壁際で重なり合う赤と青の巨体に対し、三人は縦横無尽に戦場を駆け抜けながら、息の合った怒涛の連続攻撃を叩き込んでいく。

 ソラが空を舞い、純白の光の軌跡を空中に描きながら、硬質な青い装甲の関節部分や急所を的確に斬り裂いていく。

 ベルが地を這うような神速の踏み込みから、右手から放たれる闇の重撃と、左手から放たれる3つの魔法属性を纏ったヘスティア・ナイフの斬撃の十字砲火を浴びせ、分厚い赤い装甲を完全に粉砕する。

 そして、二人の少年が怒涛の攻撃によって作り出した決定的な装甲の隙を縫うように、リリが小柄な体を最大限に活かして敵の懐へと深く潜り込んだ。非力な彼女であっても、仲間が作った弱点になら刃は届く。持てるすべての力を込めて、バゼラードの刃を敵の剥き出しの急所へと深々と突き立てた。

 

 上空から、左右から、そして予測不能な死角から。

 光三人の想いが激しく交錯し、幾千もの斬撃が全く同タイミングで二体の処刑人を捉える。相互蘇生の能力が発動する猶予など、一瞬たりとも与えはしない。

 

「「「はぁぁぁぁぁっ!!」」」

 

 三人の魂の叫びが完全に重なり合った瞬間、巨大で純粋な光の柱が、迷宮の天井を穿つ勢いで天高く噴き上がった。

 その圧倒的な質量の光は、迷宮の薄暗い空間も、暴れ回っていた強大な処刑人たちも、すべてを優しく、そして絶対的な力で包み込んでいく。

 視界を白一色に染め上げる純粋な光の奔流の中で、赤と青のスプリット・エクセキューショナーの巨体は、断末魔の声を上げることもなく、静かに、そして完全に浄化されるように黒い霧となって溶け落ちていった。

 やがて、網膜を焼くほどの眩い光がゆっくりと収束していく。

 元の薄暗さと静寂を取り戻したダンジョンの石畳には、もはや異世界の強大な怪物の姿はどこにもない。空気中には、消滅した証である光の粒子だけが名残惜しそうに舞い散っている。

 そこにはただ、全力を出し切って肩で荒い息をする三人の少年少女だけが、互いの無事を心から喜び合うように、確かな勝利の証として並び立ち、静かに微笑み合っていた。




ハートレス紹介
・エクスキューショナー
M(メドル)の首なしの重装甲騎士。
防御力が高くさらには炎と氷の魔法に対する高い耐性を持つ。
弱点は光、闇、打撃系が有効
手に持つ斧の威力は凄まじく投擲すれば滑らかな軌道を描く。
・スプリット・エクスキューショナー
エクスキューショナーを追い詰めることで発動する第二形態
2体に分裂しさらには両方倒さねければ倒せないという厄介な性質を持つがその反面大きさは元の半分まで小さくなりさらには防御力の著しい低下。それぞれに炎と氷の弱点が生まれる。しかしそれでも攻撃力は据え置きなので厄介なことに変わりない
もし仮にソラ一人で倒すのならばそれぞれのHPを削りながら最後にダブルフォームのフィニッシュで決着
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