キングダムハーツ オラリオ ミィス   作:小説好きー

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アルコールを飲んでいる時に思いついたやつで女の子だからの部分をソラから聞いたパイレーツオブカリビアンのジャックの話の影響を受けたベルを書こうと思ったけどやめました。以下のが思いついたやつです。

 リリの剣幕を前にしても、ベルはふらふらと少しだけ身体を揺らし、大げさに肩をすくめて両手を広げてみせた。
「……目の前に、泣き出しそうな『レディ』がいたからさ。手を差し伸べるのが、英雄の流儀ってやつだ。……お分かり?」

うん、ないな

感想くれると作者のやる気が上がります


第21話 忍び寄る闇の陰と、闘技場に舞う二つの鍵

 遥か眼下で激しい決着の時を迎えた、光と闇の死闘。

 三人の少年少女が放った、迷宮の空間すべてを真っ白に包み込むほどに巨大な光がゆっくりと収束していく様を、階層の吹き抜けとなっている遥か上層の足場から、じっと見下ろしている影があった。

 頭の先から足元まで、全身をすっぽりと黒コートに包み込んだ、得体の知れない出で立ちの人物。

 その人物は、強大極まりないハートレスの脅威を見事に打ち倒し、肩で息をしながらも互いの無事を喜び合うベルたちの姿を、感情の読めない静かな双眸で見つめ下ろしていた。

 やがて、課した試練の結末に満足したかのように、ほんのわずかに小さく頷く。

 そして、彼らの勝利をこれ以上この場で見届ける必要はないとばかりに背中を向け、黒いコートの裾を翻して静寂の闇の中へ去ろうと歩き出した。

 だが、冷たい石畳を蹴って体を回したその直後。進むべき道程の先にある空間が、蜃気楼のようにぐにゃりと不気味に歪み、闇の回廊がぽっかりと口を開いた。

 

「冷たいねえ。あんなに頑張ったんだから、会いに行かないの、ザリファ?」

 

 静寂の迷宮にはひどく不釣り合いな、緊張感の欠片もない軽薄さを孕んだ声が響き渡る。

 ザリファに声をかけたもう一人の黒コートはフードに手を掛け、その素顔が露わになった。

 上には重力を無視して逆立った特徴的な金髪に、人を食ったような、あるいはすべてを茶化すようなニヤリとした笑みを浮かべる青年。その印象的な青い瞳には、どこかおどけたような、捉えどころのない光が宿っていた。

 手には武器を持たず、黒コートのポケットに両手を深く突っ込んだまま、気怠げに首を傾げている。

 もう一人の黒コートの名はデミックス。

 

 彼の飄々とした言葉に一切答えることなく、ザリファは表情一つ変えずに無言のまま、冷たい足音だけを響かせて彼の横を通り過ぎようと歩き出す。

 その取り付く島もない背中を慌てて追いかけながら、デミックスはポケットに入れたままの肩を大げさにすくめてみせた。

 

「いやいや、無視はないんじゃない? 態々制御できなハートレスをけしかけておいて、自分はもう何の関係もない部外者です、って顔をするのは流石に無理があると思うんだけど」

「……冒険者には、自らを超えるための試練が必要だ」

 

 足を止めることも、振り返ることもなく、ザリファはひどく淡々とした冷徹な声で返す。

 

「お前達の目的を達成するためにも、あの子が持つ力と成長が、どうしても必要になる」

「はいはい、そういうことにしておくよ。任務のため、ってね」

 

 デミックスは納得したのかしていないのか、ニヤニヤと意地悪い笑みを深めながら、わざとらしくザリファの顔を下から覗き込むように距離を詰めた。

 

「しかしさぁ、ベルがピンチの時、隠しきれずに身震いしてたじゃないか。そんなに心配なら、さっさと『お母』……」

 

 デミックスが、踏み込んではならないその先の単語を口に出しかけた、まさにその瞬間だった。

 振り返りざまに放たれたザリファの鋭い拳が、予備動作など一切ない神速の軌道を描き、空気を鋭く切り裂いてデミックスの顔面へと迫った。

 

「おわっ!?」

 

 軽薄な態度の裏に隠された持ち前の反射神経で、デミックスは寸前のところで大きく上体をのけぞらせ、鼻先を掠める致死の拳をなんとか回避する。

 ザリファは空を切った右の拳をゆっくりと下ろしながら、絶対零度よりも冷たい、殺気を孕んだ視線を青年に突き刺した。

 

「次は手加減しない。本気で殴る」

「いやいやいや! 冗談キツいって! 今のも消滅に関わるぐらい本気のやつだったんだけど!?」

 

 本気で肝を冷やしたのか、大げさに額の冷や汗を拭う素振りを見せて後ずさるデミックスに、ザリファは忌々しげに小さく鼻を鳴らす。

 

「それで、私に何の用だ」

「え?」

「わざわざ任務中の私を冷やかすためだけに回廊を開くほど、私とお前との間に親しい関係はないはずだが」

 

 これ以上の無駄話は容赦しないというザリファの剣呑な空気に当てられ、デミックスはやれやれと大げさな溜息を吐き、ポケットから両手を抜いて降参のポーズをとり、ようやく真面目なトーンを取り戻した。

 

「ダルザクスの食事が出来たって伝言とさ。あと、ゼムナスがザリファに直接、新入りの教育を頼みたいってさ」

「……新入りだと?」

 

 人員の追加という全く予想外の言葉に、ザリファはピタリと歩みを止め、わずかに疑問符を浮かべて不審げに眉をひそめた。

 

「うん。なんでも、ごく最近になって拾い上げたばかりの子なんだってさ」

「うん。なんでも、ごく最近になって拾い上げたばかりの子なんだってさ」

「新入りの教育ならば、ベクセルスに任せればいいだろ」

「いやぁ、ベクセルスは別件で忙しいらしいんだ。それに、『これはザリファのためになる』ってベクセルスが推したみたいでさ」

「記憶はほとんど真っ白な状態らしくてさ。任務のために感情があるように演じる振る舞いを覚えさせなきゃいけないらしくて、かなり時間がかかりそうな手のかかる新人みたいだそうだ。名前は、ゼムナスが…」

 

 デミックスは悪戯っぽく口角を吊り上げ、ザリファの顔を見据えながら、彼らの組織に加わることになった新たな同胞の名を告げた。

 

「『ディラクス』ってね」

 

 

・ 

 

 

 ダンジョンでの死闘を終え、強敵を退けたベル達は、安堵の息を吐きながら地上への帰還を果たした。

 一同はそのまま【ヘスティア・ファミリア】のホームへと戻っていったが、ソラは一つ重要な役目を果たすため、別行動を取ることにした。

 向かった先は、【ガネーシャ・ファミリア】のホーム『アイ・アム・ガネーシャ』である。

 

 ソラは、巨大な象の意匠が施された特徴的なホームの前に立つと、突然の訪問に少しだけ戸惑いながらも門をくぐった。

 広大な敷地内を歩いていると、ふと一人の青年と鉢合わせた。

 

「おや? 君は確か……怪物祭(モンスターフィリア)の時…たしかソラだったか? こんな所でどうしたんだ?」

 

 声をかけられ、ソラは振り返る。

 

「あ! あの時はどうも。ちょっとガネーシャ様に用があって……えっと、君は?」

 

「俺はモダーカだ。突然の訪問のようだが、あの時の恩もある。客人を放っておくわけにもいかないからな、案内しよう」

 

 モダーカはそう名乗ると、ソラを促して館の奥へと歩き出した。

 彼に案内された先は、主神であるガネーシャの私室だった。

 部屋の中には、象の仮面を被った屈強な神ガネーシャと、その傍らに控える凛とした出で立ちの団長、シャクティの姿があった。

 

「おお! よく来たな、ソラ! 俺がガネーシャだ!」

 

 いつものように大仰なポーズで出迎えるガネーシャだったが、ソラが真剣な表情で切り出した報告を聞くと、その態度は一変した。

 ダンジョン内での出来事――冒険者であるカヌゥ達が、あろうことかハートレスを使役していたという事実。

 

「……なんだと?」

「……にわかには信じがたい話だ。だが、お前が我々に嘘をつく理由もないだろう」

 

 ソラの報告に、ガネーシャは絶句し、シャクティは腕を組んで冷静に思考を巡らせた。

 治安を預かる彼らにとって、得体の知れない怪物であるハートレスを人間が利用していたというのは、決して見過ごすことのできない大問題だった。

 

「まさか、ソーマのとこの連中が……そこまで手を染めていたとはな」

 

 ガネーシャが象の仮面の奥で、重く苦い息を吐き出す。

 その言葉に引っかかりを覚えたソラは、小首を傾げて尋ねた。

 

「その『ソーマ・ファミリア』って、一体どういうところなんだ?」

 

 ソラの問いに対し、ガネーシャは腕を組み、静かに語り始めた。

 

「あそこの派閥はな、主神であるソーマの性質と、彼が生み出す『酒』によって、極めて歪な構造になっているのだ」

「酒……?」

「そうだ。主神ソーマは、野心や派閥の拡大には一切の興味を示さない『純粋な趣味神』でな。自分の趣味である酒造りに没頭することしか考えておらず、拠点を訪れた他神を無視して畑を耕し続けるほど、世俗に疎い男だ」

 

 ガネーシャは首を横に振る。

 

「しかし、奴には恐ろしい才能があった。『神の力を使わず、人の手と同じ製法のみで神の領域の酒……神酒(ソーマ)を作り上げる』という執念と才能がな。他の神々からも畏怖されるほどだ。奴が【ファミリア】を運営している唯一の理由は、その高価な酒造りの資金を調達するためという、極めて個人的なものなのだよ」

「そんな理由で……じゃあ、ファミリアの人たちはどうしてそれに従ってるんだ?」

 

 ソラの純粋な疑問に、今度はシャクティが冷静沈着な声で答えた。

 

「派閥の団員たちが崇めているのは、主神ではない。彼が作り出す『神酒(ソーマ)』そのものだ。完成品は、一口飲むだけで魂を震わせ、何事にも代えがたい陶酔感を与える……いわば心身掌握の酒である」

「しんしん、しょうあく?」

「薬物のような直接的な禁断症状はない。だが、一度その味を知った者は、醒めた後もその感動を忘れられず、再び飲むために手段を選ばなくなるのだ。街で評判の酒でさえ、ソーマにとっては失敗作に過ぎない。真の完成品は、それを遥かに凌駕する魔力を持っているのだろう」

 

 ガネーシャがシャクティの言葉を引き継ぐ。

 

「ソーマは、団員たちに酒造資金を稼がせるための『餌』……あるいは賞品として、この神酒を利用した。資金調達の成績上位者のみが神酒を味わえるという過酷なノルマと競争原理を敷いたのだ」

 

 ガネーシャの拳が、微かに震えていた。

 

「団員たちの異常な金への渇望は、すべて『もう一度神酒を飲みたい』という飢えからくる。目的を見失った団員たちは、神酒のために仲間を蹴落とし、他者の取り分を横取りするような『したたかなロバ』へと変貌していく……完全にモラルが崩壊しているのだ」

「……主神が管理を放棄し、団員たちが『神酒』という対価にのみ突き動かされている現状は、いつ暴発してもおかしくない危うさを孕んでいる」

 

 シャクティが眉間を揉むように目を伏せ、客観的な事実を述べる。

 

「Lv.2以上の上位陣は神酒への耐性を持ち、比較的冷静さを保っているようだが……神酒を得られない下層の団員たちは常に飢えている状態だ。関わる者を騙してでも利益を得ようとする『毒』を持っていると言えるだろう」

 

 二人の説明を聞き、ソラは暗い顔で俯いた。

 

「……だから、ハートレスの力にまで手を出したってことか」

 

 金と神酒への執着が生み出した狂気。カヌゥたちがハートレスを使役して冒険者狩りを行っていた理由は理解できた。だが、だからといって許されることではない。ソラの胸に、やるせない感情が渦巻いた。

 

「事情は整理できた。彼らの行いは、未知の怪物であるハートレスの使役という危険行為に加え、他派閥の冒険者殺害の嫌疑もかかる。我々【ガネーシャ・ファミリア】が責任を持ってカヌゥ達を捕縛し、尋問しよう」

 

 シャクティが治安組織の長として力強く宣言したが、ソラは更に苦い顔を浮かべた。

 

「……それは、無理かもしれない」

「何故だ? 取り逃がしたのか?」

 

 ソラはゆっくりと首を横に振る。

 

「殺された冒険者の人は、心が闇に飲まれてハートレスになっちゃったんだ。だから……肉体はないんだ。それに、肝心のカヌゥも……突然現れた巨大なハートレスに握りつぶされて、そのままハートレスになっちまったんだよ」

「なっ……!?」

「なんという……」

 

 ソラから告げられた凄惨な顛末に、流石のシャクティも絶句し、ガネーシャは呻き声を上げた。

 証拠となる遺体も残らず、主犯格のカヌゥすらも闇に消えた。ハートレスという存在の厄介すぎる性質に、シャクティはギリッと奥歯を噛み締める。

 

「これでは……事件を立証することすら困難ではないか……っ!」

 

 歯がゆさに顔を歪めるシャクティ。しかし、ソラはハッと思い出したように顔を上げた。

 

「あ、でも待って! 確かカヌゥの取り巻きに、もう一人男がいたはずだ!」

「本当か、ソラ!?」

「うん! 巨大なハートレスが現れた時、そいつはあの場にいなかったから……もしかしたら生きているかもしれない!」

 

 ソラの言葉に、重苦しかった部屋の空気に一筋の希望の光が差し込んだ。

 シャクティが鋭い視線をガネーシャに向ける。

 

「ガネーシャ。ならば、その逃げ延びた男を見つけ出し、尋問すれば事件の全容が掴めるだろう」

「ああ! 直ちに巡回を増やし、尚且つ【ソーマ・ファミリア】の構成員に目を向ければ、自ずと見つかるはずだ! 俺がガネーシャだからだ!」

 

 ガネーシャの力強い宣言が、部屋の中に響き渡った。

 

 その力強い宣言の後、部屋の空気は再びピンと張り詰めた。

 ガネーシャは腕を組み、仮面の奥の双眸を鋭くしてソラを見据える。

 

「しかし……カヌゥを握り潰したというその巨大なハートレスの出現は由々しき事態だ」

「ああ。あれは上層に出るようなやつじゃない。ダンジョンの浅い階層をうろついているとなると、本当に危ないんだ」

 

 ソラも真剣な顔で頷く。

 

「うむ。オラリオの平和を守るためにも、早急に『鍵穴』を見つけ出さねばなるまい。ソラ、そっちの調査はどうなっている?」

「それが……フィンたちも手伝ってくれてはいるんだけど、それらしい情報は見つかってないんだ。上層のどこかにあるはずなんだけど……」

 

 ソラは申し訳なさそうに頭を掻く。

 

「こちらでもシャクティに命じて各所を調査させているが、結果は同じだ。手掛かり一つ掴めていない」

 

 ガネーシャが重いため息を吐き出すと、隣に立つシャクティが一歩前に出た。

 

「鍵穴の件もそうだが、上層における厄介なハートレスの出現は、我々にとっても早急に対処すべき問題である。新人冒険者では決して太刀打ちできない脅威が上層を徘徊しているとなれば、被害は拡大する一方だからだ。見過ごすわけにはいかない」

 

 シャクティの凛とした顔には、治安維持を預かる団長としての強い焦りと、それを抑え込む理性が同居していた。

 彼女はまっすぐにソラを見つめる。

 

「ソラ。どうか、私に手合わせを頼めないだろうか」

「シャクティと手合わせ?」

「ああ。最近、私も自身のキーブレードを変形させることができるようになってな」

 

 シャクティの言葉に、ソラは驚いたように目を丸くした。

 

「今後現れる強大な未知の脅威に確実に対抗するためにも、実戦経験が豊富な君を相手に、その変形の成果を確認しておきたい。……頼めるか?」

 

 真摯で真っ直ぐな申し出に、ソラは少し戸惑いながらも、彼女の強い意志を受け止めるように表情を引き締めた。

 

 

 

 

 オラリオの治安維持を担う最大派閥の団長シャクティが、他派閥の新人であるソラに手合わせを願った。

 その事実は、瞬く間に【ガネーシャ・ファミリア】のホーム『アイ・アム・ガネーシャ』全体へと知れ渡り、かつてないほどの大混乱と熱狂を巻き起こした。

 

 巨大な中庭に設けられた広大な訓練場には、噂を聞きつけた団員たちが仕事を放り出して次々と押し寄せ、あっという間に黒山の人だかりを作り上げていた。

 

「おい、聞いたか!? あの団長が、自ら新人に手合わせを申し込んだってよ!」

 

「ああ。あのソラって少年、Lv.1でありながらインファントドラゴンを瞬殺するくらいには規格外の実力を持ってるって噂だからな。ただモノじゃないとは思っていたが……まさかシャクティ団長が直々に相手を指名するなんてな」

「にしても、ハンデ無しの一騎打ちだろ? いくらなんでも新人があの団長に勝てるわけが……」

 

 興奮冷めやらぬ団員たちが口々にざわめき、熱気でむせ返るような空間の中、一際大きな声が訓練場に響き渡った。

 

「っしゃああああっ! この世紀の一戦、実況はこのイブリ・アチャーに任せろォッ!」

 

 拳を天に突き上げ、やる気満々で叫んだのは獣人の青年イブリだ。

 一方、その横で腕を組みながら闘技場の中央に立つ少年を、ひどく訝しげな、品定めをするような鋭い目つきで睨みつけているアマゾネスの少女がいた。

 シャクティの義妹であるイルタ・ファーナだ。

 

「あれがソラ……。最近、姉者がしきりに目をかけているという男か……」

 

 イルタは不満げに鼻を鳴らし、厳格な姉が認めたという少年の力量を、その双眸で徹底的に見極めようと目を細めた。

 

 そんな周囲のすさまじい熱気と喧騒の中心に立たされた、ソラとシャクティ。

 シャクティは周囲の団員たちを一度ぐるりと睨みつけて黙らせようとしたが、熱狂は一向に収まる気配がない。彼女は小さくため息をつき、目の前で頭を掻いているソラに向き直った。

 

「すまない、ソラ。純粋な手合わせのつもりだったのだが……ここまで騒ぎを大きくするつもりはなかった。団員たちの不調法を許してくれ」

 

 深々と頭を下げるシャクティに、ソラは困ったように、しかしどこか楽しげに苦笑いをした。

 

「あはは、いいよ気にしてないから。オリンポスコロシアムの闘技大会を思い出すっていうか……こういう賑やかなのは、嫌いじゃないしね」

 

 ソラが笑って許容したことで、シャクティもわずかに表情を緩め、真剣な眼差しと共にスッと戦闘の構えに入った。

 

 そうして少しの時間が経ち、互いの準備が整った訓練場の中央で、実況役を買って出たイブリが拡声器代わりの魔法道具を手に声を張り上げた。

 

「お待たせいたしましたァ! それではこれより、【ガネーシャ・ファミリア】団長シャクティ・ヴァルマvs【ヘスティア・ファミリア】所属ソラの戦いを始めます! ルールは完全なる一騎打ち、しかも団長にはハンデは一切ありません! 果たしてこの試合、一体どうなるかァ!?」

 

 イブリの過激な煽りに、周囲を取り囲む団員たちからワァッと割れんばかりの歓声と口笛が上がる。

 

「それではガネーシャ様! 開始の合図を!」

 

 イブリが、特等席のバルコニーから見下ろしている主神へと話を振る。

 何百という団員の視線が一斉に集中する中、巨大な象の仮面を被った神ガネーシャは、闘技場を見下ろしながら両腕を天高く掲げ、腹の底から空気を震わせるような大音量で叫んだ。

 

「俺がガネーシャだぁ!!」

 

 ――それが、両者の激突を告げる開戦の合図となった。

 

 象の仮面を被った主神の、腹の底から響き渡るような特大の大音声。それが、静まり返っていた闘技場の空気を一気に爆発させる開戦の合図となった。

 歓声が地鳴りのように響く中、ソラは不敵な笑みを浮かべて右手をスッと横に突き出す。光の粒子が瞬時に収束し、彼の手の中に一本の特異なキーブレードが顕現した。

 その名は『ラダーオブフェイト』。

 海賊船の帆柱を模した重厚な黒い刀身には、潮風に晒されて破れた帆のような装飾が張り巡らされている。鍵の歯にあたる先端には、船の進行方向を決める無骨な舵輪があしらわれ、持ち手の底で揺れるキーチェーンには、不気味に笑うような髑髏が連なっていた。

 洗練された神々の武具とは対極にある、海の荒くれ者を象徴するような異端の出で立ち。その姿を見た観客席から、驚きとどよめきの声が次々と上がる。

 

「おおっとォ! なんだあの奇抜な武器はァ! 船の舵輪に、髑髏の装飾!? まるで海賊の持ち物だァ!」

 

 実況役を買って出たイブリが、拡声器代わりの魔道具越しに興奮しきった声を叫んだ。

 

「なんだありゃ、本当に武器なのか? まるでガラクタの寄せ集めみたいじゃないか」

「だが、不思議とソラには似合ってるぜ! なんだかワクワクしてきやがる!」

 

 周囲の団員たちが好き勝手に感想を言い合う中、闘技場の中央ではすでに極限の緊張感が張り詰めていた。

 観客の反応など一切意に介さず、最初に動いたのはシャクティだった。

 彼女の手に握られているのは、象牙の規律(アイボリー・オーダー)。象牙のように白く滑らかに湾曲した美しい刀身を持ち、護拳は赤と金を基調とした交差する象牙の意匠で彩られている。そして鍵刃は、彼女が仕える主神であるガネーシャの『象の頭部』のシルエットを模していた。

 シャクティは迷いなく、洗練された無駄のない足取りで鋭く踏み込むと、白き刃をソラの脳天へと容赦なく振り下ろした。

 

 ガキィッ!!

 

 金属が激しくぶつかり合う甲高い音が、闘技場に響き渡った。

 ソラはラダーオブフェイトの黒い刀身で、その重く鋭い一撃を真正面から受け止める。

 腕にズシリと伝わる重い衝撃。しかし、ソラは力任せに押し返すのではなく、瞬時に刃を滑らせて力を受け流す『スライドターン』を発動させた。

 シャクティの攻撃軌道を滑るように躱しながら、ソラは彼女の背後という絶対の死角へと素早く回り込み、反撃の一撃を放とうと剣を振り上げる。

 だが、オラリオの治安を束ねる団長の反応速度は、その予測をさらに上回っていた。

 

 ソラの黒い剣が届くよりも早く、シャクティは前へと大きく跳躍した。

 そして空中で体を独楽のように回転させながら、手にしたキーブレードを眩い光と共に変形させる。

 

捕縛の戒鞭(パニッシュ・ウィップ)

 

 シャクティの短く鋭い呼称と共に、白き刀身と柄が複数のパーツに分裂し、光の鎖で繋がれた長い鞭へと瞬時に姿を変えた。

 シャクティが空中で手首をスナップさせると、蛇のようにうねる鞭が全く予測不能な軌道を描いてソラへと襲い掛かり、彼の握るラダーオブフェイトの刀身に堅く巻き付いた。

 

「うおっ!?」

 

 そのままシャクティが着地と同時に力強く鞭を引き上げると、武器を拘束されたソラは、抗う間もなく体ごと宙へと高く巻き上げられそうになる。

 だが、数多の世界で数多の戦いを潜り抜けてきたソラは、焦るどころか不敵に笑った。

 彼はギリギリまで引っ張られたところで、握っていたキーブレードからパッと手を離したのだ。

 空中に取り残されたラダーオブフェイトが、シャクティの鞭に絡め取られたまま一瞬で光の粒子となって消滅し、目標を失った鞭が空を虚しく切る。

 

「なっ……消えた?」

 

 その光景にイルタがわずかに目を見張った直後、着地したソラの右手に再び眩い光が集い、瞬時にラダーオブフェイトが手元へと呼び戻された。

 完全な状態を取り戻したソラは、その勢いのまま地を強く蹴り、鞭の射程を潰すためにシャクティとの距離を一気に詰める。

 

 シャクティも即座に鞭を手元に引き戻し、散らばっていたパーツを連結させて、武器を基本形態である象牙の規律(アイボリー・オーダー)へと戻した。

 再び両者が激突し、黒き海賊の剣と白き象牙の剣が激しい火花を散らしながら、力と力のつばぜり合いに持ち込まれる。

 至近距離でソラの持つ無骨な武器をまじまじと見つめながら、シャクティは鋭い視線を向けて口を開いた。

 

「奇妙な意匠だな。一体どこで手に入れた?」

「これ? ある世界で海賊をしてた時に、ジャックから貰ったんだ!」

 

 ソラが激しい力比べの最中だというのに、屈託のない太陽のような笑顔で答える。

 しかし、その言葉を聞いたシャクティの表情が、僅かに、しかし明確に険しくなった。治安を守り、法を司る者として、『海賊』という無法者の単語を決して見過ごすわけにはいかないからだ。

 

「海賊だと……まさか略奪を働いていたわけではあるまいな?」

 

 声音に冷たい尋問の響きが混じる。だが、ソラは慌てることなく、心からの言葉を明るく返した。

 

「いやいや! 俺は海を自由に冒険する海賊だ!」

 

 ソラの迷いのない真っ直ぐな言葉と、一切の曇りがない澄み切った瞳。

 それを見たシャクティは、目の前の少年が嘘をついていないことを直感で理解し、小さく息を吐いて厳しい口元をスッと緩めた。

 

「そうか。私の不安は杞憂だったな」

 

 言うが早いか、シャクティはつばぜり合いの均衡を自らの力で強引に崩し、弾き返すようにして大きく距離を取った。

 そして、手にした象牙の規律(アイボリー・オーダー)を再び強烈な光で包み込む。

 

制圧の戦槍(サプレッション・スピア)

 

 光が弾けると同時に柄が長く伸び、先端に鋭利な刃と捕縛用の返しがついた長槍が顕現する。

 シャクティは、彼女の本来の得意武器であるその長槍を両手で構え直すと、闘技場の空気を切り裂きながら、ソラをまとめて薙ぎ払うかのような鋭く重い一撃を、広範囲にわたって横薙ぎに振るった。

 

 シャクティの放った、闘技場の空気を切り裂くような鋭く重い長槍の薙ぎ払いを、ソラは上体を大きく背後に反らせることで紙一重で回避する。

 鼻先を冷たい刃が掠めるのと同時に、ソラは負けじと手にしたラダーオブフェイトを眩い光と共に高く掲げた。

 

「こっちだって!」

 

 光の奔流の中で無骨な黒い刀身が真っ直ぐに伸び、鋭利な穂先を持つ長槍の形態――『ハイウィンド』へと一瞬にして姿を変える。

 ここに、オラリオの治安を預かる達人と、数多の世界を救ってきた勇者による、互いの得物が長柄の武器となる洗練された槍対決が幕を開けた。

 

「はぁっ!」

 

 シャクティが間髪入れずに鋭く踏み込み、無数の刺突を放つ大技『スピアラッシュ』でソラを激しく攻め立てる。

 彼女の突きは一つ一つが急所を正確に狙っており、流星のような連撃となってソラの視界を完全に埋め尽くした。

 ソラは大きく後方へと跳躍してその猛攻の致死範囲から逃れると、すぐさま闘技場の高い壁を力強く蹴り、残像を残すほどの超高速移動『フリーフロー』を発動させた。

 

 重力を無視したかのような予測不能な軌道で空中を縦横無尽に駆け抜け、ソラはシャクティの頭上の完全な死角へと一気に飛び上がる。

 そのまま空中で下段に向けて鋭い槍を構え、雨あられと無数の突きを地上へと降らせる『スピアレイン』を放った。

 

 だが、迷宮都市の治安組織を長年束ねてきたシャクティの闘争心は、その程度の奇襲で揺らぐほど柔なものではなかった。

 彼女は上空から降り注ぐ刺突の雨を冷静に見極めると、瞬時に自身の槍を光に包み込み、『捕縛の戒鞭(パニッシュ・ウィップ)』へと変形させる。

 

「捕らえたぞ」

 

 シャクティが手首をスナップさせると、蛇のようにしなやかにうねる光の鎖が空中のソラへと的確に伸び、ハイウィンドの鋭い先端をガッチリと掴んで絡め取ったのだ。

 武器の要である穂先を完全に固定され、ソラの怒涛の連続攻撃は空中で強制的に中断されてしまう。

 

「もらった」

 

 ソラの動きを完全に封じたシャクティは、鞭の張力を利用してソラを地上へ引き摺り下ろし、そのまま鞭を再び槍へと戻して一気に勝負を決めようと動く。

 だが、彼女の意識が頭上のソラに完全に集中していたその不意を突くように、前方から一枚の奇妙な『旗』が凄まじい速度で飛来してきた。

 それは、ソラが空中で鞭に捕まる直前、密かにハイウィンドから瞬時に変形させて投擲していたもう一つの形態、『ストームフラッグ』だったのだ。

 

 ブーメランのように見事な弧を描いて手元へと返ってきたストームフラッグの柄を空中でガシッと掴むと、ソラはそのまま旗を激しく大回転させる。

 

「いっけえええっ!」

 

 強烈な突風を生み出す大技『サイクロン』が、着地と同時にシャクティへと放たれた。

 

 猛烈な竜巻がシャクティへと襲い掛かる。

 しかし、シャクティは瞬時に自らの槍を地面に深く突き刺し、それを強固な支えにすることで、猛烈な暴風によって吹き飛ばされるのを完全に回避してみせた。

 

「まだまだぁっ!」

 

 ソラは休むことなく追撃とばかりに、ストームフラッグを力の限り振り回して無数の斬撃を喰らわせる怒涛の連撃『フラッグランペイジ』を繰り出す。

 凄まじい風切り音と共に、目に見えない風の刃と旗の斬撃が四方八方から殺到する。

 だが、シャクティは突き刺していた槍を素早く引き抜き、一瞬で両腕を重厚な『粉砕の剛腕(デモリッション・ガントレット)』へと変形させた。

 黒鉄の分厚い腕を顔の前で交差し、強固な盾とすることで、その猛烈な斬撃の嵐を一歩も退かずに真正面から耐え凌ぐ。

 

 そして、ソラが連続攻撃を終えて着地し、わずかに体勢を崩して息を吐いたその一瞬の決定的な隙。

 シャクティは交差していた腕を解き、猛然と跳躍して一気に距離を詰めると、岩をも容易く粉砕するガントレットの必殺の一撃をソラの胴体へと放った。

 

「しまっ――」

 

 ドゴォォォンッ!という凄まじい物理的な打撃音が響き渡り、ソラの小柄な体は闘技場の端へ向かって砲弾のように大きく吹き飛ばされる。

 しかし、数多の激戦を潜り抜けてきたソラは空中で『エアリカバリー』を発動し、風を掴むようにして瞬時に体勢を立て直すと、闘技場の床に軽やかな着地を決めた。

 

「すごい威力だけど……こっちだって、とっておきがあるんだ!」

 

 ソラは瞬時に手元の武器を切り替える。

 右手に集束した眩い光の中から現れたのは、シャクティの主神であるガネーシャから先日贈られた記念品のキーチェーンをセットすることで発現した、このオラリオの闘技場に最も相応しいキーブレード――『マッシブ・ガネーシャ』だった。

 

 その剣身は極めて太く頑丈な黄金の円柱形で構成されており、表面には極彩色の紙吹雪や星の賑やかな意匠が色鮮やかに描かれ、見ているだけで祭りの熱狂がダイレクトに伝わってくるような派手なデザインだ。

 持ち手を守る護拳には、巨大な黄金の象の頭部が精巧に形作られており、その長い鼻がグリップをぐるりと囲うようにしてソラの持ち手をしっかりと保護している。

 そして何よりも観客の目を釘付けにするのは、鍵の歯にあたる剣先である。

 そこにはなんと、象の仮面を被り、自慢の筋肉を見せつけるような『マッスルポーズ』をとった黄金のガネーシャ像が、これ以上ないほどの存在感を放ってそのまま鎮座していたのだ。

 

 ソラは、この最も強烈なインパクトを持った黄金の剣先を真っ直ぐにシャクティへと向け、全身の力を込めて武器そのものを豪快に投げつける大技『ストライクレイド』を放った。

 

「いっくぞおおおっ!」

 

 黄金の円柱が空気を裂いて高速で回転し、極彩色の紙吹雪の魔法的な残像を闘技場に撒き散らしながらシャクティへと迫る。

 しかしシャクティは、飛来する黄金のガネーシャ像の異様さに微塵も動じることなく、黒鉄のガントレットに包まれた剛腕を力強く振るい、強烈なストライクレイドを正面から見事に弾き返した。

 奇抜でふざけた神々しい見た目に反して、シャクティの渾身の重い打撃を真っ向から受け止めるだけの高い強度と、武器としての圧倒的な基本性能を誇っている証拠である。

 弾き返された『マッシブ・ガネーシャ』は、空中でブーメランのように軌道を変え、再びソラの手元へとピタリと収まった。

 

 その激しい攻防の直後、ソラの手元に戻り、光を反射して輝く武器の全貌をハッキリと視認した観客席の団員たちが、次々と信じられないものを見るような声を上げた。

 

「おおおおおっ!? なんだあのふざけた、いや神々しい武器はァッ! ガネーシャ様が剣の先にくっついているぞォォッ!」

 

 実況のイブリがマイク越しに喉を枯らさんばかりに絶叫し、それを見た他の団員たちも、自分たちの主神の姿を完璧に模したあまりにも奇抜な武器に腹を抱えて大爆笑し、闘技場の熱狂はさらに最高潮へと加速していく。

 そんな喧騒の中、特等席のバルコニーから闘技場を見下ろしていた主神ガネーシャが、自らの姿を模した武器を目にして力強く両腕を天に突き上げた。

 

「あれもガネーシャである!」

 

 神自身のノリノリな叫び声が闘技場に響き渡り、観客席からはさらに割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こった。

 

「へへっ、お祭りはまだまだここからだよ!」

 

 観客と主神の歓声に応えるように、ソラは手にした武器の秘められた力をさらに大きく解放する。

 『マッシブ・ガネーシャ』が太陽のように眩い光に包まれると、キーブレードは瞬時にして、長さ3M(メドル)ほどの巨大で重厚な石柱へと形態変形を遂げた。

 先ほどまでの取り回しの良いサイズから一転、規格外の質量と圧倒的なリーチを誇る、豪快な粉砕兵器への変貌である。

 

「いくよ、シャクティ!」

 

 ソラは自身の体よりも遥かに巨大な石柱を両手で軽々と持ち上げると、地響きを立てながら猛然と踏み込み、凄まじい遠心力を乗せて石柱を大車輪のように激しく振り回した。

 ブォォォォンッ!という空気を叩き潰すような重低音が闘技場に鳴り響き、凄まじい風圧が周囲の砂塵を巻き上げる。

 

「くっ……なんという質量だ!」

 

 シャクティは『粉砕の剛腕(デモリッション・ガントレット)』の分厚い黒鉄の装甲を盾にして、薙ぎ払われる石柱の直撃を真正面から受け止める。

 だが、巨大な石柱がもたらす圧倒的な破壊力と重量は、シャクティの足元に敷き詰められた闘技場の石畳を容易く粉砕し、彼女の体を強引に後方へと押し込んでいく。

 力押しでは分が悪いと判断したシャクティは、石柱を弾き返した反動を利用して後方へ大きく跳躍すると同時に、両腕のガントレットを素早く『制圧の戦槍(サプレッション・スピア)』へと変形させた。

 

「隙ありだ!」

 

 ソラが巨大な石柱を振り回す大振りな動作の合間を縫い、シャクティは長槍による神速の連続突きを放つ。

 鋭い刃がソラを捉えようとするが、ソラは手にした巨大な石柱を即座に分厚い盾として機能させ、金属音を響かせながらその刺突をすべて防ぎ切った。

 そして、防御から転じて再び石柱による怒涛の薙ぎ払いと、地面を砕く強烈な叩きつけの連撃が開始される。

 

 闘技場を破壊しながら大暴れする巨大な石柱に対し、シャクティは槍の機動力で素早く躱し、回避が間に合わない広範囲の薙ぎ払いに対しては、瞬時にガントレットに変形させて強引に耐える。

 戦況に合わせて武器を切り替える高度な変形の使い分けで対峙を続けていた彼女だったが、その額にはじわりと濃い汗が滲み始めていた。

 一撃一撃が規格外の重さを持つ石柱の猛攻に対し、ひたすら防御と回避を強いられ続ける現状。ガントレットで受け止めるたびに、彼女の腕の筋肉は悲鳴を上げ、確実に体力を削り取られていく。

 

(……このまま受けに回っていては、いずれこちらのスタミナが底を突く。完全にじり貧だ)

 

 シャクティは額に滲む汗を感じながらも、極めて冷静な思考で現在の戦況を分析し、己の不利を瞬時に悟った。

 一撃ごとに闘技場の地形を変えてしまうほど、あの巨大な質量を誇る石柱の連撃は規格外だ。それを完全に打ち破り、戦局をひっくり返すには、小手先の武器変形による地上での近接戦闘ではいずれ限界が訪れる。

 

 ならば、彼女が取るべき道はただ一つしかなかった。

 

「そこだっ!」

 

 ソラが全体重を乗せ、巨大な石柱を大きく振りかぶってから、シャクティの頭上目掛けて力任せに叩きつけようと振り下ろした、まさにその絶対的な破壊の瞬間。

 シャクティは『粉砕の剛腕(デモリッション・ガントレット)』による防御の構えを完全に解き、自らその危険極まりない巨大な質量の塊へと向かって真っ直ぐに飛び込んだのだ。

 

 凄まじい風圧を伴って迫り来る巨大な石柱。

 シャクティは激突する寸前、その石柱の側面に軽やかに、しかし力強く己のブーツを叩きつけた。

 そして、ソラの振り下ろす圧倒的な破壊のベクトルと勢いを完全に逆利用し、巨大な石柱そのものを強固な足場にして、一直線に天へと向かって大きく飛翔したのである。

 

 重力を完全に置き去りにしたかのような、美しい弧を描く大跳躍。

 遥か上空へと高く舞い上がったシャクティは、眼下で巨大な石柱を構えるソラを見下ろしながら、その凛とした瞳にさらなる闘志の炎と、戦局を一気に覆すという強い決意を宿していた。

 

 遥か上空へと高く舞い上がったシャクティは、眼下で巨大な石柱を構えるソラを真っ直ぐに見下ろした。

 その凛とした瞳には、オラリオの治安を預かる者としての矜持と、勇者に対する純粋な戦士としての敬意が燃え盛っている。

 

「ソラ。これは私から君へ贈る、最大の敬意だ」

 

 空中で体勢を整えたシャクティは、静かに、しかし闘技場の隅々にまで響き渡るような力強い声で宣言した。

 

「そして、この全霊の一撃を以て――私は君に勝つ!」

 

 彼女が手にしたキーブレードを虚空へと力強く放り投げた瞬間、武器は星の爆発を思わせる膨大な光の粒子へと分解された。

 眩い光の渦が空中のシャクティの体を完全に包み込み、瞬く間に新たな形へと再構築されていく。

 現れたのは、彼女を乗せて空中に鎮座する、神々しい黄金の飛行玉座。圧倒的な空中制圧能力を誇る、シャクティの切り札。

 

「『神鳴る天舟(ヴィマーナ)』!」

 

 黄金の天舟が顕現した瞬間、闘技場を押し潰すほどの凄まじい威圧感が上空から降り注いだ。

 ヴィマーナは主の意志に応え、彗星の如き圧倒的な推進力と破壊のエネルギーを纏い、地上のソラへ向けて一直線に急降下を開始する。

 

「負けるかぁっ!」

 

 空から迫り来る黄金の流星群のような絶望的な質量の突撃に対し、ソラは一歩も退くことなく、腹の底から裂帛の気合いを叫んだ。

 彼は両手で高く掲げていた巨大な石柱を、渾身の力を込めて闘技場の地面へと真っ直ぐに突き刺した。

 

 ズドォォォォォォンッ!!

 

 闘技場が真っ二つに割れるかのような凄まじい地鳴りが轟く。

 突き刺された石柱を中心に、太陽を間近で直視したかのような極彩色の眩い光がソラの全身を包み込んだ。

 光の奔流が渦を巻き、大地を割って、そこから最低でも3M(メドル)を優に超える巨大な黄金の塊が実体化していく。

 それは、象の仮面を被り、見事な筋肉を見せつけるマッスルポーズをとった主神の姿――巨大なガネーシャ像そのものであった。

 

「おおおおおっ!? なんだあれはァッ! ガネーシャ様が、闘技場の中にもう一人現れたぞォォッ!」

 

 実況のイブリが信じられない光景に悲鳴のような声を上げ、観客席の団員たちもかつてない驚愕の声を上げて総立ちになる。

 そんなパニック寸前の闘技場を見下ろしながら、バルコニーの特等席に立つ本物の主神が、自らの分身とも言える黄金の巨像に向けて両腕を天に突き上げ、最高潮のテンションで叫び声を上げた。

 

「ガネーシャ出撃ぃぃぃっ!!」

 

 主神の破天荒な号令が響き渡った次の瞬間。

 天空から凄まじい速度で墜落してくるシャクティの『神鳴る天舟(ヴィマーナ)』に対し、地上でソラを護る巨大なガネーシャ像が、大きく腰を落として右腕を限界まで後方へと引き絞った。

 

 上空からの彗星の突撃と、地上からの迎撃。

 二つの圧倒的な質量が交差する瞬間、ガネーシャ像の渾身の右ストレートが、寸分の狂いもなく空へと向かって解き放たれた。

 

 ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!

 

 激突。

 黄金の天舟と黄金の拳が正面から衝突し、闘技場の結界すらも揺るがすほどの爆発的な衝撃波が全方位へと吹き荒れた。

 観客たちが猛烈な突風に悲鳴を上げて顔を覆い、巻き上がった分厚い砂塵が闘技場の中央を完全に覆い隠す。

 

 やがて、荒れ狂う風がゆっくりと収まり、土煙が少しずつ晴れていく中。

 衝撃の中心から大きく後方へと吹き飛ばされたのは、シャクティの『神鳴る天舟(ヴィマーナ)』の側であった。

 空中で限界を迎えた黄金の玉座は光の粒子となって霧散し、放り出されたシャクティは空中で身を捻って激しく回転しながら、闘技場の端へと滑るようにして両足で着地を決めた。

 

 彼女が荒い息を吐きながら鋭い視線を前方へ向けると、そこには信じられない光景が広がっていた。

 激突の余波で地面が大きく陥没したクレーターの中心。

 ソラを護るようにして立っていた巨大なガネーシャ像は、『神鳴る天舟(ヴィマーナ)』の突撃を真っ向から受け止めた代償として、渾身の一撃を放った右手が完全に粉砕され、バラバラに崩れ落ちていた。

 しかし、その右腕を失ってなお。分厚い黄金の胸板を持つ主神の巨像は、一歩も退くことなく、ソラの盾として確かにその場に堂々と立ちはだかっていたのである。

 

「……くっ」

 

 まだだ、まだ戦える。

 シャクティは即座に光を取り戻した基本形態のキーブレードを右手に構え直し、再び地を蹴ってソラへと突撃しようと深く重心を落とした。

 

 だが、その張り詰めた空気を断ち切るように、バルコニーから主神の威厳と喜びに満ちた声が轟いた。

 

「そこまで! 勝負ありだぁ!!」

 

 その宣言が響き渡った瞬間、シャクティの全身からピリピリとした刺すような殺気と闘気が、潮が引くようにスッと抜け落ちていく。

 彼女は右手に構えていたキーブレードを下ろすと、意志の力でそれを光の粒子へと還元し、静かに虚空へと霧散させた。

 

 同時に、ソラを護るように立っていた巨大な黄金のガネーシャ像も、役目を終えたとばかりに極彩色の紙吹雪と星の光へと分解され、お祭りの終わりのようにキラキラと闘技場の宙を舞いながら消え去っていく。

 

「ふうーっ……! 終わったぁ!」

 

 ソラは緊張を解き、肩で大きく息を吐きながら、いつもの屈託のない太陽のような笑顔を咲かせた。

 そんな少年の元へ、シャクティが静かな足取りで歩み寄る。激戦の直後だというのに彼女の息はほとんど乱れていなかったが、額には確かな汗が光り、その瞳には先程までの冷徹な治安維持の長としての顔ではなく、一人の戦士としての純粋な敬意が浮かんでいた。

 

「見事だ、ソラ」

 

 シャクティはソラの目の前で立ち止まると、真っ直ぐに彼の目を見て言った。

 

「私の最大の攻撃である神鳴る天舟(ヴィマーナ)の突撃を、あのような力で正面から打ち破ってみせるとは。君の実力、確かにこの目で見極めさせてもらった」

 

「へへっ、シャクティもすっごく強かったよ! 槍や鞭に変形するのも凄かったけど、最後に乗り物に変形して飛んできた時は、かっこよくてびっくりしたよ!」

 

 無邪気に目を輝かせて称賛してくるソラに、シャクティは少しだけ毒気を抜かれたように、ふっと柔らかい笑みをこぼした。

 

「あれほどの激戦を繰り広げた直後に、真っ先に敵の武器を褒めるか。……君は本当に、不思議な少年だな」

 

 そう言って、シャクティはスッと右手を差し出した。

 ソラも満面の笑みでその手を力強く握り返し、ここに迷宮都市の治安を守る団長と、外の世界から来た鍵の勇者による、互いの健闘を称え合う固い握手が交わされた。

 

 その光景を見た瞬間、静まり返っていた闘技場が、爆発的な歓声と拍手の渦に包まれた。

 

「うおおおおおおおおっ!! すげえええっ!!」

「あの新参、マジでシャクティ団長と互角以上にやり合いやがったぞ!」

「あんな熱い戦い、そうそう見られねぇっての!」

 

 興奮冷めやらぬ団員たちが、口々に叫びながらソラとシャクティへ向けて惜しみない拍手を送る。

 実況席のイブリも、拡声器代わりの魔道具を握り締めながら感極まったように叫んでいた。

 

「なんという結末ゥ! 両者一歩も譲らぬ、まさに伝説のような激闘でしたァ! 我らが誇る最強の団長と、計り知れぬ力を持つ戦士に、今一度盛大な拍手をォォッ!」

 

 イブリの煽りに呼応して、闘技場の熱狂はさらに一段階跳ね上がる。

 そんな中、腕を組んで壁際から試合を見届けていた副団長、イルタが、鋭い目つきを少しだけ和らげて不敵な笑みを浮かべていた。

 

「……ふん。ただの線の細いヒューマンのガキかと思っていたが、あれほどの力と度胸を持っているとはな。姉者がわざわざ名指しで手合わせを願うのも頷けるというものだ」

 

 イルタは獰猛なアマゾネスの血を騒がせるように、好戦的に舌舐めずりをした。

 

「見ていて血が滾ったぞ。……次は、私もぜひ手合わせを願いたいものだな」

 

 そこまで言ってから、イルタはソラと握手を交わしている姉の横顔をまじまじと見つめ、ひどく訝しげに目を細めた。

 

「……だが、それはそれとして、姉者のあの目……」

 

 普段は鉄面皮で知られる厳格な姉が、一人の少年に向けている、これまでに見たこともないほど柔らかく、どこか熱を帯びたような眼差し。

 

「あんな顔で男を見る姉者なんて、今まで一度も見たことがないぞ……? いや、あれはまさか……」

 

 イルタは一人で首を傾げ、未知の強敵に対するのとはまた別の、奇妙な胸騒ぎを覚えていた。

 そんなイルタの困惑をよそに、闘技場が歓喜に包まれる中、特等席のバルコニーから一つの巨大な影が力強く跳躍した。

 ズドォォンッ!という重い着地音と共に砂塵を巻き上げて現れたのは、象の仮面を被った屈強な主神、ガネーシャだ。

 

「俺がガネーシャだぁっ!!」

 

 お決まりのポーズを決めながら、ガネーシャはソラとシャクティの肩をバンバンと豪快に叩いた。

 

「素晴らしい戦いであった、二人とも! 特にソラ! 最後に見せた俺の美しく逞しい肉体を完璧に再現したあの巨大像! あれこそが真の芸術! ガネーシャである!」

「あはは……ガネーシャ様が喜んでくれてよかったよ」

 

 自分の像が活躍したことが余程嬉しかったのか、興奮して鼻息を荒くするガネーシャに、ソラは苦笑いしながら頭を掻いた。

 ひとしきり二人の健闘を讃えた後、ガネーシャは仮面の奥の双眸をスッと細め、主神としての真面目な声音へと切り替えた。

 

「冗談はさておき。ソラ、お前の実力は我々がしかとこの目に焼き付けた。……これからのハートレスに対抗するには、間違いなくお前の力が不可欠だ」

 

 シャクティも深く頷き、真剣な表情でソラを見つめる。

 

「ああ。これほどの実力を持つ君がいてくれれば、強大なハートレスの脅威に対しても、我々は希望を持って対処できる。……オラリオの平和を守るため、引き続き君たちの協力を頼めるだろうか?」

「もちろん! あいつらを放っておくわけにはいかないからね。一緒に世界を守ろう、シャクティ!」

 

 ソラの力強く、迷いのない返答に、シャクティは今度こそ心からの安堵の笑みを浮かべた。

 外の世界から訪れた鍵の勇者と、迷宮都市の治安を司る象神の眷族たち。

 迫り来る闇の脅威に対抗するための強固な連携が、この闘技場での激闘を経て、確かな絆と共に結ばれたのだった。

 

 

 

 

 ソラが用事を終えて【ガネーシャ・ファミリア】のホームを後にすると、闘技場を包んでいた熱狂は少しずつ落ち着きを取り戻し始めていた。

 しかし、団員たちの間では未だに先ほどの規格外な模擬戦の余韻が色濃く残っており、あちこちで興奮気味な会話が交わされている。

 そんな中、後片付けの指示を出していたシャクティの元へ、一人のアマゾネスことイルタがツカツカと歩み寄ってきた。

 

「なんだ、イルタ」

 

 気配に気づいたシャクティが振り返り、短く問う。

 

「単刀直入に聞くが……あのソラという少年は、姉者の息子か?」

「は……?」

 

 唐突すぎるイルタの問いかけに、常に冷静沈着なシャクティが完全に絶句し、思考を停止させた。

 だが、そのやり取りを近くで聞いていた団員たちは、信じられない爆弾発言に一瞬の静寂の後、大パニックに陥った。

 

「む、息子ォォォッ!?」

「た、確かによく見れば、二人とも整った顔立ちをしている……! 団長のあの美しい見た目を考えれば、あんな美形の息子がいてもありえなくはないぞ……!」

「なんでそう思ったんですか、イルタさん!?」

 

 モダーカが目を血走らせて叫びながら、イルタに詰め寄る。

 対するイルタは、至極真面目な顔で腕を組み、堂々と自らの推理を披露し始めた。

 

「姉者がソラに向けていたあの柔らかい目が……かつて、妹であるアーディに向けていたものとよく似ていたのだ。最初は弟かとも考えたが、姉者に弟がいるのなら、アーディがすでに言っているはずだろう。ならば、息子ではないかと思ってな」

「なっ……!?」

 

 アーディ。

 かつて命を落とした、シャクティのたった一人の大切な実の妹。

 その名前が出たことで、イルタの言葉は妙な説得力を持って団員たちの間に響き渡ってしまった。シャクティがソラに向けていたあの柔らかな親愛と敬意の眼差しが、身内に向ける愛情と完全に重なって見えたのだ。

 

「だ、団長! 本当なんですか!?」

「あんな大きな隠し子がいたなんて……お相手は一体誰なんですか!?」

「いつの間にそんな……っ!」

「俺がガネーシャだぁ!!」

 

 大混乱に陥り、涙目で詰め寄ってくる何百人もの団員たち。

 そして、空気を一切読まずにバルコニーの上で高らかにお決まりのポーズを決め続ける主神ガネーシャ。

 あまりにもカオスすぎる状況と、とんでもない誤解の蔓延に、ついにシャクティの堪忍袋の緒がブチッと音を立てて切れた。

 

「いい加減にしろ、馬鹿者どもがぁっ!!」

 

 シャクティの雷のような怒声が、闘技場全体をビリビリと震わせた。

 

「私とソラが親子なわけがあるか! 見た目を考えろ、見た目を! 私とあの少年のどこに血の繋がりを感じさせる要素があるというのだ!」

 

 顔を真っ赤にして怒鳴り散らすシャクティの凄まじい剣幕に、団員たちはヒィッと悲鳴を上げて縮み上がる。

 その横で、元凶であるイルタだけは「……違うのか?」と不思議そうに首を傾げていた。

 

 迷宮都市の治安を守る最強の派閥は、未知の脅威よりも厄介な身内の大暴走によって、その日一番の大騒ぎを繰り広げるのだった。




予定としてシャクティとの手合わせは軽くしてそのままベル達サイドに戻るつもりだったんだだけどシャクティのキーブレードを考えたり、形態変形とかを留まりし思念を参考にしてたりガネーシャモチーフのキーブレードを考えていたらこんなに増えちゃった
そのせいでこのシャクティは小説で一番の魔改造をしたと思っています
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