キングダムハーツ オラリオ ミィス   作:小説好きー

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第26話 悪魔の城塞と、蠢く狂気の苗床

 目の前に現れたのは、巨大な箱のような形をした城塞にして、生命体という概念から完全に逸脱したハートレスだった。

 主成分は頑強な木材で構成されているようだが、その巨体を支えるように両側には二つずつ、計四つの巨大な黒い車輪が備え付けられている。前面はそれ自体が一つの巨大な顔を形成しており、下半分には黄色い唇を持つ赤くギザギザとした凶悪な口が大きく裂けていた。黒く染まった額の部分には銀色の重厚な金属部品が打ち付けられており、不気味に黄色く光る両目と、顔の中央には赤く縁取られた茨の十字――ハートレスのエンブレムがはっきりと刻まれている。

 さらに上部を見上げれば、黄色と赤の禍々しい模様で飾られた木製の手すりと、天を突くような四本の白い棘が城壁のようにそびえ立っていた。

 異様さはそれだけではない。その巨大な木製の城塞の上には、銀色の鎧をまとった小さなハートレスたちが無数に乗っていたのだ。

 銃弾のような形の兜を被り、その開口部からは漆黒の顔と不気味に光る黄色い目を覗かせている。兜には二本の短い棘と、カールした黒いアンテナのようなものがついており、小さな足で駆動するエンジンの上をせわしなく動き回りながら、眼下のソラたちに向けて藍色の銃のような武器を一斉に構えていた。

 

「何、あれ……!?」

 

 迷宮の常識から完全に外れた巨大な城塞兵器の出現に、大群を前にしても一切の動揺を見せなかったアイズでさえも、デスペレートを握る手に力を込めながら狼狽して呟いた。

 

「こいつは……!」

 

 ソラは巨大なエンジン音と空気を震わせる回転音を前にして、彼の脳裏に、自分のものではない全く別の記憶が奔流となって溢れ出したのだ。

 目の前のハートレスはかつてロクサスがXIII機関時代に戦ったハートレスだ。しかし目の前にそびえ立つそれは、以前ロクサスが対峙した時よりもさらに巨大な威容を誇っていた。そのハートレスの名は……。

 

「デモンズフォートレスだ!」

 

 異形の巨大城塞兵器を前にして、ソラ、アイズ、そして再び合流した椿の三人が真っ直ぐに立ちはだかると、デモンズフォートレスは獲物を認識したように、その内蔵されたエンジンを鼓膜が破れんばかりに唸り上げさせた。

 ズズズンッ、と迷宮の底を揺らすほどの排気音が響き渡り、上部の木製の手すりに乗っている小さなハートレスたちが、甲高い金属音を立ててせわしなく跳ね回る。彼らは一斉に藍色の弓のような武器を構え、眼下の三人に向けて無慈悲な射撃体勢に入った。

 さらに、デモンズフォートレスの前面にある巨大な顔――黄色い唇を持つ赤くギザギザとした口が、ギシギシと嫌な音を立てて大きく開かれる。すると、暗い内部の奥底から、鈍い光沢を放つ巨大な大砲がせり出し、その砲口を三人のど真ん中へと正確に照準してきたのだ。

 

「離れろ!」

 

 大砲の奥で赤熱する莫大なエネルギーの光を察知し、ソラが鋭く警告の声を上げた。

 言うが早いか、ソラは即座に地面を蹴ってその場から大きく跳躍し、回避行動をとる。アイズと椿もソラのただならぬ警告に瞬時に反応し、それぞれの卓越した身体能力を活かして左右へと大きく飛び退いた。

 三人が動いた、まさにその瞬間だった。

 デモンズフォートレスの開かれた口、その内部の巨大な大砲から、空間を歪ませるほどの熱量を持った巨大な火球が発射された。

 ゴオォォォォッという轟音と共に空気を切り裂いて飛来した火球は、三人がつい先ほどまで立っていた地点の地面に容赦なく着弾し、迷宮の石畳を抉り飛ばすほどの激しい大爆発を巻き起こした。凄まじい爆風と熱波が周囲を焼き尽くす。

 さらに息をつく暇すら与えず、城塞の上に陣取るガンナーのハートレスたちが一斉に魔法の弾丸を撃ち下ろしてきた。雨あられと降り注ぐ無数の射撃と、地を這うような爆炎。三人は分断された状態で、いきなり激しい弾幕による十字砲火に晒されることとなった。

 

「各員、剣姫たちを援護を!」

 

 後方で戦況を見守っていたアスフィが、すぐさまガンブレードを構えてヘルメス・ファミリアの団員たちに指示を飛ばした。

 しかし、彼女たちが前線へ向けて駆け出そうとしたその時、アスフィたちの足元、そして周囲の空間に黒い霧が渦を巻き、新たなハートレスの集団が立ち塞がるように出現したのだ。

 現れたのは、丸い爆弾のような体躯を持つ、危険極まりない自爆型のハートレスたちだった。頭に導火線のようなものを乗せ、カチカチと時計の針のような音を鳴らすミニッツボム。足元から冷気を噴き出しながら滑るように移動するスケートボム。そして、周囲に小さな竜巻を発生させながら浮遊するストームボム。

 色も特性も異なる三種類のボムの集団が、アスフィたちと前衛の三人の間を完全に分断するように立ちはだかった。

 

「蹴散らしなさい!」

 

 アスフィの号令と共に、団員たちが一斉に椿から借り受けた武器を振るって攻撃を仕掛けた。

 しかし、それが最悪の連鎖を引き起こす結果となってしまった。

 前衛の団員がスケートボムを剣で切り裂いた瞬間、断末魔を上げる代わりにその球状の体がパンッと破裂し、内部から絶対零度の冷気が爆発的に撒き散らされたのだ。

 

「うわあっ!?」

「な、なんだこれ、体が凍りつく……っ!」

 

 スケートボムの自爆を至近距離で浴びた一部の団員たちが、手足に分厚い霜を張り付かせ、急激な凍結によってその場に縫い止められてしまう。

 さらに、混乱する彼らの足元へ、今度はストームボムが不気味に回転しながら接近してきた。ストームボムの周囲に発生していたつむじ風が突如として強烈な吸引力を持ち、凍結して身動きが取れない団員たちを容赦なくその中心へと引き寄せていく。

 そして、獲物を十分に巻き込んだのを確認したストームボムが、その風の力ごと激しく自爆を遂げた。

 突風と衝撃波が荒れ狂い、逃げ遅れた何名かの団員たちが自爆の直撃を喰らって吹き飛ばされる。

 

「くっ……! 自爆するモンスターですか!」

 

 仲間たちが次々と戦闘不能に陥っていく光景に、アスフィは奥歯を強く噛み締めた。

 前線ではソラたちが巨大な城塞兵器の猛攻に晒されており、一刻も早く援護に向かわなければならない。しかし、下手に攻撃すれば自爆して被害を拡大させる厄介なボムの集団を前にして、アスフィたちは完全に手足を縛られ、痛恨の足止めを喰らってしまうのだった。

 

 城塞の上部に陣取るガンナーハートレスたちから、雨あられと降り注ぐ弾丸をソラ、アイズ、椿の三人は卓越した身のこなしで次々と躱し続けていた。

 激しい爆炎と土煙が迷宮の通路を覆う中、突如として、上空からの無慈悲な弾幕がピタリと鳴りを潜めた。

 

「今だ!」

 

 猛攻が停止した一瞬の静寂。反撃のチャンスだと踏み込もうとしたソラたちだったが、それはデモンズフォートレスが仕掛けた恐るべき罠だった。

 ズギュイィィィンッ! という空気を劈くような駆動音が響き渡る。城塞を支える四つの巨大な黒い車輪が猛烈な勢いで逆回転から正回転へと切り替わり、石畳を削りながら、山のような巨体が三人を轢き潰さんとばかりに猛突進してきたのだ。

 圧倒的な質量による回避不能の轢殺攻撃。その理不尽なまでの速度と巨体を前にして、ソラは咄嗟にキーブレードを天へと掲げた。

 

「風よ!!」

 

 ソラの叫びと共に、エアロガが発動する。

 彼らの足元から凄まじい暴風の竜巻が巻き起こり、迫り来るデモンズフォートレスの突進の間一髪で、アイズと椿、そしてソラの三人の身体をふわりと上空高くへと浮かび上がらせた。

 眼下を轟音と共に巨大な城塞が通り過ぎていく。しかし、空中に逃れた彼らを待ち受けていたのは、狙い澄ましたガンナーハートレスたちの銃口だった。宙に浮いて回避行動が取れない三人を完全な的と見なし、再び一斉射撃の体勢に入る。

 

「させんぞ!」

 

 空中で椿が吠え、光の集束と共に身の丈ほどもある重厚なタワーシールドを顕現させた。巨大な盾が空中の三人を覆い隠すように展開、下から撃ち上げられる弾丸をガキィィンッと連続で弾き返す。

 その鉄壁の防御の陰から、ソラが動いた。手にした武器を流麗な双丁の弩、ツーガンアローへと変形させ、二丁の銃口から無数の光の矢を乱れ撃つ。

 

「そこだっ!」

 

 ソラのツーガンアローから放たれた牽制の光弾が、上に乗るガンナーたちを正確に射抜き、彼らの射撃体勢を大きく崩した。

 敵の陣形が乱れたその一瞬の隙を見逃さず、ソラは空中でアイズの華奢な手を力強く掴んだ。

 

「アイズ、よろしく!」

「わかったっ!」

 

 短い意思疎通。ソラは自身の回転の遠心力と風の魔法の勢いを乗せ、アイズの身体をデモンズフォートレスの頂上へと向けて思い切り投げ飛ばした。

 風の弾丸と化した剣姫は、空中で鮮やかに身を翻すと、城塞の頂上へと音もなく着地する。そして、アイズに照準を定めようとしたガンナーハートレスたちの集団のど真ん中で、アイズはデスペレートの銀閃を解き放った。

 舞い踊るような卓越した剣技と、力任せの斬撃。頂上に潜んでいたガンナーハートレスたちは、悲鳴を上げる間もなくアイズの剣に飲み込まれ、次々と黒い霧となって消滅していった。

 頂上の脅威を完全に排除したアイズが軽やかに地面へと飛び降り、ソラと椿もまた無事に着地を果たす。

 だが、上に乗っていた兵を失ったデモンズフォートレスは、怒り狂ったように巨大な車輪を軋ませて向き直った。前面にある巨大な顔の口が限界まで大きく開かれ、暗い内部からゴロリと、導火線に火のついた超巨大爆弾タルが吐き出されたのだ。

 石畳を跳ねながら、三人をまとめて吹き飛ばそうと迫り来る巨大爆弾タル。しかし、地上に揃い踏んだ三人の冒険者たちは、誰一人として後退しなかった。

 

「それ!」

「ふっ!」

「砕け散れぃ!」

 

 ソラがツーガンアローから元のキーブレードに戻して、アイズがデスペレートで、そして椿が盾と共に顕現させた得物で。三人は迫り来る巨大爆弾タルに向かって同時に踏み込み、渾身の力で力任せに弾き返した。

 三人の凄まじい膂力と魔力を乗せられた巨大爆弾タルは、発射された時よりも遥かに速い速度で逆流し、デモンズフォートレスの大きく開かれた口の中へとスッポリと吸い込まれていった。

 

「伏せて!」

 

 ソラの叫びと共に三人が地面に伏せた直後、デモンズフォートレスの内部で巨大爆弾タルが激しく起爆した。

 鼓膜を破壊せんばかりの凄まじい大爆発が巻き起こり、頑強な木材と黒鉄の装甲で構成されていた巨大な城塞兵器が、内側から完全に粉砕される。空気を震わせる爆風と紅蓮の炎が迷宮を照らし出し、デモンズフォートレスは断末魔の機械音を上げながら、無数の光の粒子と黒い霧となって完全に消滅するのだった。

 

 

 

 

 巨大な城塞デモンズフォートレスが爆炎と共に完全に粉砕され、迷宮の通路に再び静寂が戻る。

 一方、はるか後方でアスフィたちを足止めしていたボム型のハートレスの集団も、自爆という自らの役目を終えて霧散していた。スケートボムやストームボムの自爆を至近距離で喰らったヘルメスファミリアの何名かの団員たちは、地面に倒れ伏して苦悶の声を漏らしていたが、幸いにも直接的な死に至るほどの威力ではなかったようだ。

 慌てて駆け寄ったソラが仲間たちを気遣いながらキーブレードを天に掲げ、回復魔法であるケアルガを発動すると、淡く温かい緑色の光が頭上から降り注いだ。

 魔法の光の粒子が傷ついた団員たちを優しく包み込むと、手足を覆っていた凍結の霜は瞬く間に溶け去り、自爆の衝撃や突風で負った打撲、切り傷も嘘のように完全に塞がっていく。ソラの規格外の全体回復魔法を目の当たりにし、倒れていた団員たちは驚きの表情で自身の身体をさすって立ち上がった。

 

 全員の無事を確認したアスフィは、眼鏡のブリッジを中指で押し上げながら小さく息を吐き、改めて前衛の三人と自派閥の団員たちに向き直る。そしてソラに治療の礼を述べた後、今後の動きについて指示を出した。目的の食料庫へ辿り着くまでの乱戦と精神力の浪費を極力抑えるため、前方にモンスターやハートレスが出現した場合はすべて前衛の三人に一掃を任せたいというアスフィの提案に対し、ソラ、椿、アイズの三人はそれぞれ快く頷いてその役目を引き受けたのだった。

 アスフィの言葉通り、その後の道中に現れる凶悪なモンスターやハートレスの群れは、ソラ、アイズ、椿の三人によって文字通り一蹴されていった。後衛のヘルメスファミリアに出番が回ってくることは一切なく、ただただ圧倒的な蹂躙劇の跡を歩く、散歩のような状況が続く。

 先陣を切りながら、アイズはソラが振るうキーブレードに強い興味を示していた。変幻自在に形を変え、炎の爆発すら引き起こし、さらには強力な魔法まで行使できるまさに万能という文字をそのまま武器にしたような剣。

 

(あれがあれば……もっと……強く……)

 

 アイズの胸の奥底で、黒い炎のような切実な渇望が燻る。彼女は歩きながら身を乗り出し、ソラの持つそのキーブレードを、喉から手が出るほど欲しそうな、食い入るような眼差しで見つめていた。

 そんな規格外の三人の圧倒的な背中を後方から眺めながら、ヘルメスファミリアの団員たちはすっかり緊張感を失っていた。

 

「いやぁ、すごいなありゃ……俺たち、本当にただ歩いてるだけじゃねえか」

「マジで助かるぜ。それにしても、あのソラってやつ、本当にLv.1なのか? どう見ても第一級冒険者並みの動きだろ」

「ステータス偽装なんじゃねえの? うちのファミリアみたいにさ」

 

 武器を肩に担ぎ、完全に遠足気分の団員たちが緊張感のない声で駄弁りながら、感嘆と疑いの声を上げている。

 異常事態の元凶が潜む食料庫を目前にして緩みきったその空気に、アスフィは眉間を揉み解しながら鋭い声で注意を飛ばした。

 

「あなた達、私語は慎みなさい!」

「「「はーい」」」

 

 団長からの厳しい叱責に対し、団員たちは間延びした声で気の抜けた返事を返すばかりだった。

 アスフィの指示通り、後衛であるヘルメスファミリアの体力と精神力の浪費を完全に抑えることには成功した。しかし、頼もしすぎる前衛陣の存在が結果として引き起こしてしまった味方の著しい士気と緊張感の低下に、アスフィは深く頭を悩ませながら大きなため息をつくのだった。

 

 そんなアスフィの深いため息などお構いなしとばかりに、一人の犬人が率先して薄弱な緊張感を完全に破り捨てた。

 

「なあなあソラ、ホントのホントはLv.いくつなんだよ? 流石にLv.7って事はないだろうけどさ、私だけでいいんだ、ちょーっとだけ教えてくれよ! 先っぽだけでもいいからさぁ!」

 

 ルルネが尻尾をパタパタと振りながら、興味津々といった様子でソラにズイッと詰め寄る。

 

「いや、だから俺はLv. 1だってば」

 

 ソラが困ったように苦笑して首を横に振った。

 

「もうそんな嘘は通じねぇよ。あんだけ派手に動いてそれはないだろ。ルルネがダメなら俺はどうよ?」

 

 横から口を挟んできたのは、ヘルメスファミリアの団員であるキークスだった。ニヤニヤと笑いながら自分を売り込んでくる彼に対し、ルルネが噛み付く。

 

「ちょっ、キークス!」

 

 ルルネが頭を押さえたキークスにギャーギャーと文句を言う中、ソラは真っ直ぐな瞳で彼らを見つめ返した。

 

「本当に俺はLv. 1だよ。俺が強いのは、ステータスが高いからじゃない。旅の中でいろんな人と心が繋がって、一緒にハートレスと戦ってきたからなんだ」

 

 ソラのその言葉に、アイズは不思議そうに小首を傾げた。心が繋がるから強いという概念は、ひたすらに自己の研鑽と迷宮での死闘を積み重ねてきた彼女にとっては、すぐには理解の及ばないものだった。

 一方、ソラの言葉の中にある別の単語に反応したのはルルネだった。

 

「ハートレスって、あの人工的に生み出されたってやつなんだよな? あれ、そんなに強いのか?」

 

 彼女の疑問に、ソラは真剣な表情で頷いた。

 

「ハートレスは強さの上下がすごく大きいんだ。さっき俺たちが戦ってた大きいやつも、アスフィたちが足止めされてたなやつも、全部同じハートレスだし」

「「「ええっ!?」」」

 

 ソラの言葉を聞いたルルネたちヘルメスファミリアの団員たちから、一斉に素っ頓狂な驚きの声が上がる。アンセムという人物がすでに死亡していることは、ギルドからの情報として彼らにも周知されていたからだ。

 

「待て待て待て! あの四つの車輪がついてた巨大なやつと、俺たちを凍らせたり吹き飛ばしたりした自爆野郎が、同じ種類だって言うのか!?」

「いくらなんでも無茶苦茶だろ! 見た目も大きさも、攻撃の方法も全然違うじゃねえか!」

「あんな城塞や、自爆するが、全部アンセムってやつが作ったものだなんて……!」

「しかも、創造主が死んでるのに、なんでそんなヤバいモンスターがこの迷宮で大量発生してんだよ!」

 

 団員たちが口々に信じられないといった様子で叫ぶ。彼ら冒険者の常識からすれば、ハートレスが迷宮からの自然発生ではなく、すでに死んでいるたった一人の人間の手によって作られたものだという事実が、さらなる混乱と不気味さを招いていた。

 団員のその言葉を耳にしながら、アスフィもまた、背筋にぞくりと冷たいものが走るのを感じていた。

 先ほど粉砕、ソラ達が倒した。あの巨大なデモンズフォートレス。歯車や巨大なエンジンで駆動し、大砲や爆弾の樽まで内蔵していた。そして前衛と後衛を分断するように現れた、的確に自爆を狙うボムの集団。

 あれほど複雑怪奇で、殺戮と破壊に特化した狂気じみた規格外の存在を、人為的かつ大量に生み出せるという事実。

 自分ですら到底及ばない、未知の技術と底知れない悪意の深淵。それを平然とたった一人で作り上げたアンセムという人物はすでに死んでいるにも関わらず、その遺産とも言うべき存在たちが、今このオラリオの地下で異常増殖を始めているのだと考えるとアスフィは身震いする。

 創造主無き狂気の産物が迷宮を徘徊しているのか、それともアンセムの遺した技術を継ぐ別の何者かが地下に潜んでいるのか。

 アスフィは銀縁眼鏡の奥で鋭い瞳をわずかに震わせ、到底一介のファミリアが背負いきれるはずのない巨大な闇の気配に、深く重い戦慄を覚えるのだった。

 得体の知れない怪物を生み出した創造主の存在と、未だ底知れない迷宮の闇にヘルメスファミリアの団員たちが戦慄を覚え、アスフィが深く重い恐怖に沈み込んでいる中。そんな彼らの深刻な空気など全く関係ないとばかりに、オラリオ最高の鍛冶師が口を開いた。

 

「のお、ソラよ。先ほど倒したハートレスが奇妙なものを落としてな。お主ならこれがなにかしらぬか?」

 

 そう言って、椿は懐から取り出したある物をソラへと差し出した。

 彼女の掌に乗せられていたのは、星の形をした美しいガラス細工のようなアイテムだった。それは、ソラが大切に持っている絆のお守りに酷似した形状をしている。しかし、微かに放たれる光の波動から、それがただの装飾品ではないことはソラにはすぐにわかった。

 何か強力な魔法の力が秘められている。だが、オラリオの他派閥の前で、外の世界のアイテムの真価を不用意に見せるわけにはいかないというヘスティアの指示からソラはとある判断をした。

 

「うーん……残念だけど、椿。これは武器や防具を打つための素材にはならないよ」

「なんじゃ、そうなのか?」

「うん。ただのお守りみたいなものかな」

 

 ソラが誤魔化すようにそう告げると、未知の素材を求めて目を輝かせていた椿は、途端に興味を失ったようにつまらなそうな顔をした。

 

「ふむ、素材にならぬなら手前にはいらぬ代物じゃな。ほれ、やるわ」

「え、いいの?」

「ああ。だが……素材としての価値はなくとも、これからは何か奇妙な力を感じる。お主ならば、その力を上手く使えるであろうて」

 

 椿はニッと豪快に笑うと、星型のアイテムをポンとソラの手の上に放り渡した。

 ソラはしっかりとそれを受け取ると、椿の気遣いと鍛冶師としての鋭い直感に内心で驚きつつ、絆のお守りに似たそのアイテムをそっと自分の懐へとしまい込むのだった。

 

 

 

 

「それで、これからどうするの、アスフィ?」

「モンスターがいるところを進みます」

 

 アスフィの即答に、ソラとアイズの頭の上に疑問符を浮かべ、不思議そうに小首を傾げて顔を見合わせた。

 

「モンスターが押し寄せてくる方面へ向かえば、その近辺に恐らく原因がある筈です。食料庫(パントリー)が大量発生の端を発しているというのなら、我々はモンスターが教えてくれる方角に進むだけでいい」

「なるほど! そういうことか!」

「……なるほど。わかりやすい」

 

 アスフィの理路整然とした判断に、ソラとアイズはおお、と深く頷いた。

 方針が定まったことで、パーティは迷うことなく大群の痕跡が色濃く残る経路を選択していく。

 

食料庫(パントリー)か。【剣姫】とソラはなんだと思う?モンスターが大量発生したオチ? それともハートレスとやらが原因?」

「わからない。けど、今回のは単純じゃないと思う」

「ハートレスだったら、俺に任せてよ。大丈夫、俺はハートレスとの戦いに関しては俺の得意分野だから」

「お、頼もしいね。だったらその時は任せるよソラ」

 

 やがて周囲の景色は、大樹がそびえる緑豊かな空間から、むき出しの赤茶けた岩肌が連なる洞窟のような構造へと様変わりしていった。岩の表面からは時折、栄養分をたっぷりと含んだ甘い匂いのする液体が滲み出している。この特異な環境こそが、モンスターの餌場である食料庫(パントリー)が近いという何よりの証拠であった。

 しかし、目的地に近づくにつれて、パーティの間に奇妙な違落感が広がり始める。

 

「……変だな。あんなにたくさんいたモンスターが、急に一匹もいなくなったよ」

「ああ。気配すら全く感じられん。不気味なほど静かじゃな」

 

 ソラの言葉に椿が同意するように周囲を見回す。激しい乱戦が嘘のように途絶え、通路には一行の足音だけが虚しく響き渡っていた。あまりにも静まり返った異常な状況に、誰もが油断なく武器を握り直し、極限まで緊張感を高めていく。

 そのまま警戒しながら進んでいた一行だったが、ふいに先頭を歩いていたルルネが足を止め、信じられないものを見るように目を丸くした。

 

「なんだよ、あれ……」

「行き止まり……? いや、なんだあの気色の悪い壁は」

 

 通路の先を塞いでいたのは、硬い岩壁でも人工的な扉でもなかった。視界を覆い尽くすほどの巨大な、緑色のぶよぶよとした肉の塊だったのだ。表面は不快な粘液でテカテカと光り、醜悪な肉腫のように膨れ上がっている。

 到底ダンジョンの自然な構造物とは思えない。まるで巨大な植物、あるいは迷宮の内部に出来た巨大な腫瘍のようなおぞましい姿に、百戦錬磨の冒険者たちも思わず息を呑んでざわめき立った。深層を幾度も探索しているアイズでさえ、このような不気味な物体を見るのは初めてだった。

 

「ルルネ。地図の読み間違いではありませんね?」

「ま、間違いないよっ。本来ならここは食料庫(パントリー)への直通ルートで、こんな邪魔なモノはないはずなんだってば!」

 

 アスフィの問いかけに、ルルネが慌てて羊皮紙の地図を広げて弁明する。一緒に地図を見ていたアイズも、彼女の案内が正しい最短ルートであったことを静かに頷いて肯定した。

 となれば、この肉壁こそがイレギュラーな障害物ということになる。

 

「念のため、他のルートも確認します。ファルガー、セイン、他の者を引き連れて左右の道を調べてきなさい。危険を感じたらすぐに引き返すように」

 

 アスフィの素早い指示を受け、数名の団員たちが二手に分かれて背後の分岐路へと走っていく。

 残されたアイズたちは、行く手を阻む巨大な肉壁を慎重に観察し始めた。高さも幅も優に十メートルは超えており、大通路を完全に塞ぎきっている。肉壁からは生ゴミが腐ったような強烈な悪臭が放たれており、ルルネがたまらず鼻をつまんで顔をしかめた。

 そんな中、アイズは躊躇うことなく肉壁へと近づき、その表面にそっと華奢な手を触れた。

 

「……温かい。それに、ドクン、ドクンって……動いてる」

 

 手のひら越しに伝わってくる確かな熱と、心臓のような規則正しい鼓動。この不気味な緑色の壁全体が、生きている一つの巨大な生命体であることをアイズは悟り、警戒の視線を鋭くした。

 しばらくして、周囲のルートを探索していた別働隊が血相を変えて戻ってきた。

 

「団長! ダメです、他の経路もすべて同じような肉壁で完全に塞がれていました!」

 

 報告を聞いたアスフィは、あごに手を当てて深く思考を巡らせる。そして、眼鏡の奥の理知的な瞳を光らせ、ここ数日の異常事態の全貌を導き出した。

 

「……なるほど、合点がいきました。モンスターの大量発生は、ダンジョンが急激にモンスターを産み落としたわけではないようです」

「えっ? それってどういうことだよ、アスフィ」

「この階層のモンスターたちは、飢えを満たすためにこの北の食料庫(パントリー)へと集まってきます。しかし、この巨大な肉壁によって餌場への道を完全に断たれてしまった。腹を空かせた彼らは、次にどんな行動をとるでしょうか?」

「あ……」

「……南にある、別の食料庫(パントリー)を目指す」

 

 ルルネがハッと気づき、アイズがその先を代弁する。アスフィは深く頷いた。

 

「北の餌場を奪われたモンスターの大群は、生存本能に従って南の食料庫(パントリー)へと大移動を始めたのでしょう。その移動ルートが、偶然にも冒険者たちが利用する正規のルートと重なってしまった。つまり、我々を苦しめていたのは大量発生ではなく、飢えたモンスターたちの大移動の余波だったのです」

 

 アスフィの明晰な推理に、団員たちが納得の声を上げる。

 事の真相が明らかになったことで、目の前に立ちはだかるこの巨大な肉壁こそが、すべての異常事態を引き起こした諸悪の根源であることが確定したのだ。

 

「原因が分かったのはいいけどさ……じゃあ、この肉の壁の向こうには一体何が待ち構えてるって言うんだよ」

「……それを確かめるためにも、進むしかありませんね」

 

 ルルネの怯えたような呟きに、アスフィが覚悟を決めた声で返す。

 肉壁の中央付近には、巨大な花びらが閉じたような出入り口らしき器官が存在していたが、開く気配は全くない。アスフィは強行突破を決断した。

 

「魔法でこの壁を吹き飛ばします。メリル、最大火力で焼き尽くしなさい」

 

 アスフィの指示に、小人族(パルゥム)のメリルが短い杖を構えて前へ出ようとする。だが、その小さな肩をソラが優しく手で制した。

 

「待って。ここはオレがやるよ」

「ソラ? しかし……」

「これから壁の奥で親玉と戦うことになるんだろ? メリルには、いざという時のために精神力(マインド)を温存しておいた方がいいだろ。俺なら、これくらいなら壊せるから」

 

 ソラの提案に、アスフィは少し驚いたように目を見張った後、彼の気遣いに感謝して深く頷いた。魔法使いの精神力(マインド)の枯渇はパーティの死活問題に直結する。無駄な消耗を抑えられるならそれに越したことはない。

 前へ出たソラは、手にしたフォージング・ハンマーを両手で構え直した。

 

「はぁあああぁあ……!」

 

 ソラの掛け声と共に、白熱していた金床の剣が眩い光に包まれる。光の中で金属が再構築され、長大な砲身と重厚なグリップを持つ巨大な大砲、ヴォルカニク・キャノンへとその姿を劇的に変貌させた。先端には灼熱の炎を宿した巨大な炉の口が開いている。

 質量も法則も無視した常識外れの武器の変形機構に、魔道具作成者(アイテムメイカー)であるアスフィが言葉を失って驚愕する中、ソラは迷うことなく巨大な銃口を緑色の肉壁へと向けた。

 

「吹き飛べっ!」

 

 引き金が引かれた瞬間、轟音と共に超高熱の溶岩弾が機関銃のごとき勢いで連続射出された。

 真っ赤な溶岩の塊が次々と肉壁に着弾し、爆発と同時に周囲の肉を激しく焦がしていく。緑色の巨大な壁は超高熱に耐えきれず、不気味な悲鳴のような音を立てながらドロドロと崩れ落ち、やがて人が通れるほどの巨大な大穴が開いた。

 

「今だ!」

 

 ソラの合図で、アイズを先頭に一行は空いた穴から肉壁の内部へと一気に飛び込んでいく。

 しかし、最後尾の団員が通り抜けた直後だった。気味の悪い音を立てて肉壁が自動修復し、アイズたちの退路は完全に塞がれてしまった。

 閉じ込められたことに動揺して口を閉ざすルルネたちだったが、アスフィが冷静な声をかける。

 

「帰りにまた穴を開ければいいだけのことです」

 

 その言葉によって、彼らはすぐに平静を取り戻した。

 あらためて周囲を見渡すと、そこは壁も天井も地面もすべてが緑色の肉で覆われており、一行はまるで巨大な生物の体内に飲み込まれたかのような不気味な空間へと足を踏み入れていた。充満する腐臭は外よりもさらに濃く、獣人たちはたまらずむせ返っていた。

 アイズが静かに剣を抜き、傍らの肉の壁を鋭く斬り裂く。

 ずるりと肉が崩れ落ちたその断面の奥には、本来の硬い石壁がわずかに顔を覗かせていた。

 

「……壁の、上に張り付いてる」

「なるほど。この異常な空間はダンジョンそのものが変異したわけではないということですか。何者かがこの迷宮に寄生して、己の肉体で強引にこの環境を作り出しているのですね」

 

 アイズの行動から事実を読み取ったアスフィが、戦慄を隠しきれない声で結論を口にした。迷宮の豊富な栄養を吸い上げ、通路を己の肉で覆い尽くす巨大な寄生生物。

 未知の怪物の気配に誰もが警戒を極限まで高める中、ソラだけはその場に立ち尽くし、アスフィの放った寄生という言葉を頭の中で繰り返していた。

 巨大な体内に取り込まれ、周囲の環境と同化するように蠢く肉壁。

 その悍ましい特徴は、かつてソラが星々の海を旅していた頃の、とある凄惨な記憶をフラッシュバックさせていた。巨大なクジラ、モンストロの腹の中。胃酸の海が広がる巨大な臓器の中で対峙した、あの不気味な寄生型のハートレス。

 

(もしかして、モンストロの中にいたみたいな…あのハートレスと同じような奴が……?)

 

 ソラの脳裏に、全てを飲み込もうとする巨大な顎の記憶が鮮明に蘇る。あの時と同じ、いや、それ以上の悍ましい悪意が、この巨大な肉の洞窟の奥から確実に放たれているのを、ソラは肌で感じ取っていた。

 ソラはヴォルカニク・キャノンからレムノス・アンヴィルへと姿を戻し、両手で柄を強く握りしめる。決意に満ちた強い眼差しで肉壁の最奥を睨みつけると、仲間たちと共に、未知にして最悪の領域へと足を踏み入れていくのだった。

 退路を断たれ、巨大な寄生生物が作り出したとおぼしき肉の洞窟へと足を踏み入れた一行は、極限の警戒を保ったまま不気味な緑色の壁で覆われた迷宮内を探索していた。

 

「なぁ……怖い想像なんだけど。もしかして私たち、本当に巨大な化け物の胃袋の中を進んでるんじゃないのか……?」

 

 耐えきれなくなったルルネが、尻尾を股の間に巻き込みながら恐ろしい想像を口にした。

 

「おい、よせ」

「縁起でもないことを言うな!」

「フラグが立つだろうが、バカ犬!」

 

 周囲の団員たちから一斉に非難の声が上がる。しかし、そんな彼らのやり取りに、ソラがあっけらかんとした声で同調した。

 

「それが本当ならあまり目立つものには攻撃しない方がいい。昔、すっごく大きなクジラの中を冒険したことあるんだ。突起物とかを不用意に攻撃したら上と下が逆さまになるから、気をつけて!」

「はははっ! 中々、面白い人生を歩んでおるなソラ!」

 

 冗談ではなく、本気で忠告してくるソラの言葉に団員たちは顔を引きつらせたが、椿が豪快に笑い飛ばしたことで、結果的に一行の張り詰めていた緊迫した空気は少し和らいだ。

 そんな中、アイズは一人、冷静に周囲の環境を観察していた。薄暗い肉の空間の中で、壁や天井のあちこちに極彩色の奇妙な花が咲き乱れており、それが微かな光源となって周囲を不気味に照らし出していることに気がついていたのだ。

 そうして、一行はさらに探索を続けるが、進めば進むほど、モンスターに全く遭遇しないという異様な静けさが不気味さを増していく。本来ならば危険なモンスターがひしめいているはずの食料庫(パントリー)の中枢で、この静寂は明らかに異常だった。

 やがて彼らは、通路の中央で散乱した大量のモンスターの灰と、いくつものドロップアイテムを発見した。

 

「ふむ、せっかくだ。拾っておくとしよう」

 

 張り詰めた空気の中、椿が真っ先に駆け寄り、地面に落ちていたドロップアイテムを拾い上げる。しかし、次の瞬間には彼女の顔から笑みが消え、鍛冶師としての鋭い目つきへと変わった。

 

「……む。この砕け方、ただのモンスター同士の共食いや縄張り争いではないな。一瞬で、一方的に蹂躙されとる」

「この周辺を縄張りにしていた強力な個体のモンスターたちが、ここで何者かに惨殺されたようですね……」

 

 椿の分析を聞いたアスフィが鋭く推測を口にすると、現場の空気は一気に氷点下まで張り詰めた。

 これだけの数のモンスターを跡形もなく粉砕するほどの異常な存在が、このすぐ近くに潜んでいる。一行はアスフィの指示に従い、すぐさま後衛の魔導士やサポーターを守るように円形の陣形を組み直して、周囲への警戒を限界まで強めた。

 ドロップアイテムには目もくれず、ソラはキーブレードを強く握りしめ、ひりつくような闇の気配を感じ取っていた。アイズもまた、剣を抜いて黄金の瞳を鋭く巡らせる。

 団員たちが前後左右の通路に神経を尖らせ、闇の奥を見透かそうとする中。

 アイズとソラの二人だけが、同時に薄暗い上空の異変に気がついた。

 

「上…」

「みんな、上だ!!」

「総員、ただちに迎撃しなさい!」

 

 アイズとソラの警告に合わせ、アスフィが声を張り上げて全員が反射的に上を見上げる。

 そこにいたのは、天井に咲いているとばかり思っていた極彩色の花たちだった。花弁と思っていた部分からドロドロの粘液を垂らし、醜悪な牙を剥き出しにした無数の巨大な食人花が、蠢く肉の天井を這い回っていたのだ。

 擬態を解いたモンスターの群れが、破鐘のような恐ろしい雄叫びとともに、一行の頭上へと一斉に落下してくる。

 

「炎よ!!」

 

 ソラが咄嗟にキーブレードを天へ突き出し、巨大な炎の塊を打ち上げて先制の魔法攻撃を放つ。

 その燃え盛る炎の明かりに照らされ、落下してくる極彩色の食人花の胴体に、赤く縁取られた――ハートレスのエンブレムが刻まれているのがはっきりと浮かび上がった。それにいち早く気がついた椿は、豪快な笑みを浮かべて刀と薙刀を顕現させる。

 

「手前も行くとするかぁ」

 

 未知の脅威を前にしても恐怖など微塵も感じず、椿は落下してくる食人花を両断すべく嬉々として踏み込んだ。アイズもまた風を纏い、剣を構えて跳躍した。

 未知の寄生空間の中で、一行はついに待ち受けていたハートレスたちとの激しい戦闘へと突入するのだった。

 

 

 ・

 

 赤光に照らされた不気味な大空洞にて、白ずくめの男が赤髪の女に対して激しい怒号を浴びせていた。

 

「レヴィス!あれに任せておけば、侵入者は全員ハートレスに成り果てるのではなかったのか!」

 

 男の激昂に対し、赤髪の女ことレヴィスは表情一つ変えることなく、冷徹に言葉を返す。

 

「相手がキーブレードの勇者である以上は、想定通りには運ばなくて当然だ…」

「ええい、忌々しい! ハートレスなどに頼るよりも、私が直接赴くべきだったのだ!」

「お前では到底勝てない」

 

 レヴィスの一蹴に、己の力を否定された男は顔を真っ赤にして怒りを爆発させた。

 

「なんだと……!」

「自身の闇すら制御できないのだから当然だろう」

 

 冷酷な事実を突きつけられ、完全に逆上した男は、周囲で蠢いていた影の魔物であるシャドウの一体を乱暴に掴み上げた。そして、あろうことかその漆黒の肉体へ直接齧り付くという狂気的な凶行に走る。

 

「ふざけるな! 今の私は彼女からの祝福と彼女への愛で、完全に闇を支配しているっ!」

 

 口の端から黒い靄を漏らしながら喚き散らす男。そんな二人の異常な剣幕をよそに、空洞の隅ではローブに身を包んだ者達がにわかに浮き足立っていた。侵入者の存在を危ぶんでいるのか、互いに声を張り合いながら慌ただしく駆けずり回っている。

 その滑稽な光景を、レヴィスはくだらなそうに一瞥した。そして、空中に映し出された映像――迷宮を進むソラ達の姿へと視線を戻す。

 映像の中でキーブレードを振るうソラの姿を見た瞬間、レヴィスは無意識に手を向けて言葉を漏らしていた。

 

「キーブレード …」

 

 だが、彼女はすぐさま小さく頭を振ってその思考を振り払う。そして、ソラの隣で剣を構える金髪金眼の少女、アイズの姿を見つけた瞬間、レヴィスの態度は急変した。

 アイズを特定の標的として明確に認識した彼女の全身から、獲物を狙う冷酷な狩人のような凄まじい威圧感が放たれ始める。

 

「あの金髪の冒険者を、他の冒険者たちから孤立させろ」

 

 レヴィスは白ずくめの男に向けて短く指示を飛ばした。そして、同行者の返事すら待つことなく、禍々しい赤い光が満ちる空間から単身で戦地へと出撃していくのだった。

 

 




ソラが新たに手に入れた絆のお守りは後々に登場します。
椿を出した理由はヘファイストスモチーフのキーブレードを絡めたかったというのがあります
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