キングダムハーツ オラリオ ミィス   作:小説好きー

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この話を入れて、後3話ぐらいで終わります。


第27話 深淵の死闘 ~蠢く闇と白銀の風~

 蒼白い花が咲き乱れる通路の一角で、アイズ達は新種のモンスターである食人花に加え、植物型のハートレスたちと激しい攻防を繰り広げていた。

 地を這う根で鞭打つクリーププラント、灼熱の火炎弾を吐き出すファイアプラント、周囲を凍てつかせる冷気を放つブリザドプラント、そして猛毒の胞子を撒き散らすポイズンプラント。属性の異なる植物型ハートレスの厄介な連携に対し、ソラはキーブレードを縦横無尽に振るって魔法を撃ち返す。

 

「炎よっ!」

 

 ソラの放った炎がポイズンプラントの胞子を焼き尽くすと同時に、椿が顕現させた大剣や薙刀を豪快に振るい、群れを一網打尽に薙ぎ払っていった。

 

「ルルネ、相手の魔石は!?」

「えっと、確か口の中!」

 

 前線で立ち回っていたルルネが、身を躱しながら敵の急所を叫ぶ。

 その情報を受けたアスフィは、特製の純白のマントを翻して敵の鞭打つ触手を滑るように弾き流した。そのままベルトの袋から緋色の液体が詰まった小瓶を取り出し、大きく開かれた食人花の口腔へと瞬時に投げ入れる。

 それは彼女にしか作製できない、火山花を原料とした爆炸薬だった。小瓶は怪物の内部で激しく炸裂し、巨大な食人花を一瞬にして灰へと変える。

 さらにアスフィは、ガンブレードをも構え、前線で猛威を振るった。多方向から迫る触手を鋭い刃で斬り払い、別の食人花の巨大な顎を紙一重で掻い潜る。そして、開かれた口から喉の奥深くへと刃を容赦なく突き刺した。

 

「消し飛びなさい」

 

 アスフィは柄に備え付けられた引き金を躊躇なく引き、内部で弾丸を炸裂させる。次々と厄介な敵を内側から爆砕していくその戦いぶりは、【万能者(ペルセウス)】の名に恥じないものだった。

 激しい戦闘後、あらかた片付いたと感じたアスフィがアイズに食人花についての情報を求める。

 アイズは打撃は効きにくく、代わりに斬撃の耐性は低いことと魔力に過敏に反応し、魔法の発生源に押し寄せることを話した。

 

「……あと、他のモンスターを率先して狙う習性が、あるかもしれません」

 

 アイズが以前の経験から導き出した推測を口にすると、アスフィは即座に仮説を打ち明けるように解説を始めた。

 

「迷宮のモンスター同士が争う要因は、大体二つのパターンに分類されます」

 

 アスフィは冷静に分析を述べていく。

 

「まず一つ目は、単純な同士討ちです。縄張り争いや流れ弾が当たったことによる偶発的な戦闘ですね。これは単体でも群れでも起こり得ます」

 

 剣を収めたアイズが相槌を打つのを確認し、アスフィは核心へと触れた。

 

「問題なのはもう一つのケース……『魔石』を捕食する旨みを知ってしまった場合です。同類の核を喰らった怪物は、私達冒険者が恩恵(ステイタス)を更新するように、急激な能力の底上げが行われます」

「……強化種」

「ご名答です。通常の規格を外れるほどに魔石を貪った個体は、元の種族とは比べ物にならないほどの脅威へと変貌を遂げます」

 

 アイズの言葉をアスフィは肯定した。

 ダンジョンの怪物は基本、同族同士での殺し合いを避けるようにできている。しかし、稀にその法則を外れる異端が現れる。己を鍛えて強くなる人間と違い、彼らは他者を喰らうという原始的な手段で限界を突破していくのだ。

 一度その力に魅入られたモンスターは同胞の魔石を際限なく狙うようになり、度が過ぎればギルドから多額の懸賞金が掛けられる討伐対象と化す。過去の事例を見ても、数個の魔石を摂取しただけで劇的な変化をもたらしたという報告は少なくない。

 

「それじゃあ、あの不気味な花達も魔石目当てで他のモンスターを襲撃してるってわけ?」

「その可能性が高いでしょうね。理由もなく共食いをするとは考えにくいですし、さっきの戦いでも、異常に丈夫な個体とそうでない個体が混在していましたから」

「確かに、強さのバラつきは酷かったよね。あっさり倒せるのもいれば、妙に頑丈なのもいたし。……でもさ、種族丸ごと魔石狙いなんて聞いたことないよ。生まれつき魔石を喰う生態なんて…」

 

 ルルネ達の推測に耳を傾けつつ、アイズは記憶を遡る。

 アスフィの分析は的を射ているように思えた。今戦った群れよりも、以前地上や怪物祭で遭遇した個体の方が遥かに戦闘力は上だった。個体差の一言で片付けるには無理があるほどの差だ。

 そして最も不気味なのは、彼らが同族である食人花同士では決して共食いをしないことだ。ルルネが指摘した通り、あの極彩色の魔石を持つ新種は、偶然魔石の味を覚えたのではなく、誕生した瞬間から他のモンスターの魔石を喰らうよう製造されているのかもしれない。

 敵の生態の恐ろしさに、ヘルメス・ファミリアの団員たちの間に緊張が走る。

 魔石を喰らい続けることで際限なく強くなるモンスター。これ以上奴らを野放しにするわけにはいかないと、一行は陣形を立て直して迷宮の奥へと歩みを進めた。

 しかし、不気味な肉の空間の岐路に差し掛かったその瞬間である。

 三方向から、地鳴りのような蠢きとともに、大量の食人花とハートレスが入り混じった大群がなだれ込んできたのだ。

 

「しまっ……囲まれた!」

「退路が断たれました……総員、死力を尽くして迎撃しなさい!」

 

 アスフィの悲痛な叫びが響き渡る。

 夥しい数の牙と触手がうねり、一行は逃げ場のない絶望的な包囲網へと飲み込まれていくのだった。

 

 さらに、遠方の安全な位置からは傘を差した貴婦人のような姿をしたハートレス、パラソルレディの集団が姿を現した。優雅な外見には似つかわしくない凶悪な武装を展開し、傘の先端から驟雨のようなガトリング掃射と高出力のレーザーを容赦なく撃ち込んでくる。

 絶え間ない十字砲火にパーティが晒される絶体絶命の危機の中、アスフィは即座に戦況を見極めた。

 

「ソラ、椿!もっとも厄介な、奥の掃討をお願いします!剣姫は手薄になった左の通路を単独で抑えてください!」

 

 アスフィは遠距離攻撃を仕掛けてくる未知の敵の対処を、規格外の機動力と破壊力を持つ二人に一任し、アイズにも的確な指示を飛ばした。

 

「わかった!任せて!」

「手前に任せておけぇっ!」

「了解」

 

 アイズがアスフィの要請に応え、立ちはだかる食人花や植物型ハートレスを次々と斬り伏せた直後だった。見計らったかのように、巨大な肉の柱が天井から落下してきたのだ。

 アイズは間一髪で回避したものの、分厚い壁と化した柱によって、アスフィやソラ、椿たちと完全に隔離されてしまう。

 

「みんな!」

 

 隔離された空間で残る食人花とクリーププラントたちを瞬時に仕留め、アイズは壁を破壊して仲間と合流しようとした。しかし、背後から放たれた強烈な殺気に思わず足を止める。

 振り返った薄闇の先にいたのは、以前リヴィラの街で交戦した赤髪の調教師の女だった。

 薄闇に浮かぶ氷のような視線を、アイズは黄金の双眸で真っ直ぐに見据える。巨大な肉塊の壁に囲まれた異様な空間で、二人は静かに向かい合った。

 

「この異常な迷宮は、貴方の仕業なの?」

「お前が知るべきことではない」

 

 剣を正眼に構えたまま、アイズは眼前の敵を観察する。

 身に纏っているのは所々が擦り切れた野戦服だけで、鎧や武装の類は一切見当たらない。投げかけた問いに対しても、以前水晶の街で刃を交えた時と同じく、冷淡に突き放すだけだった。

 

「お前はただ大人しく従えばいい。お前に会いたがっている者がいる。同行してもらうぞ、アリア」

 

 その名を聞いた瞬間、アイズの目に険しい光が宿る。

 

「私はアリアじゃない」

 

 アイズの強い否定に、女は少しだけ訝しげな表情を浮かべた。

 

「アリアは、私のお母さん」

「馬鹿げたことを抜かすな。アリアに子供などいるわけがない。……まあいい、お前が本人であろうとなかろうと、連れ帰ることに変わりはない」

 

 女の言葉に、アイズは思わず一歩踏み出し、身を乗り出した。

 

「どうしてアリアを知っているの?あの人の、何を知っているの!」

「ただ名前を聞かされているだけだ。アリアに会わせろと、ひたすら煩く付き纏われてな。その鬱陶しい声に従って動いていたら、お前を見つけたというだけの話だ」

 

 感情を露わにして問い詰めるアイズとは対照的に、赤髪の女はひたすらに無機質だった。

 これ以上の問答は無意味だと判断したように、冷酷な声で話を打ち切る。

 

「無駄口はここまでだ。お前を連れていく」

 

 言い放つと同時、女は緑色の肉で形成された床へ右腕を深く突き入れた。

 豊満な胸が揺れ、足元から泥水をすするような不気味な音が響き渡る。やがて力任せに腕を引き抜くと、真っ赤な体液を飛び散らせながら、巨大な一本の剣が引きずり出された。

 それは、生物の肉体を無理やり剣の形に固めたような悍ましい長剣だった。装飾は一切なく、赤黒い刃は鈍らそのものに見えるが、触れれば命を削られそうなほどの禍々しい呪気を放っている。迷宮が産み落とした異質な天然武器に、アイズは目を瞠った。

 静かに呼気を吐き、アイズは全身から無駄な力を抜き去る。

 得体の知れない強敵を前に、己の身と心を愛剣デスペレートへと預け、研ぎ澄まされた一振りの刃へと昇華させた。

 

「行くぞ」

 

 瞬きする間もなく、女が地を蹴った。

 血飛沫のように赤い髪を翻し、禍々しい肉の長剣を力任せに振り下ろしてくる。

 アイズは逃げることなく正面から迎え撃ち、銀の剣で強烈な一撃を弾き飛ばした。

 甲高い金属の響きと、分厚い岩盤を叩いたような鈍重な音が交錯する。以前の戦いと同じく、女は野獣のような凶暴さで次々と連撃を浴びせてきた。風を切り裂くような大振りの横薙ぎを、アイズは姿勢を低くして完璧に見切り、そのまま下段から鋭い斬り上げを見舞う。

 かつての敗戦をなぞるかのように、純粋な剣術と体術のみの応酬が繰り広げられた。

 

「……?」

 

 激しい剣戟の最中、女の顔に微かな焦りが浮かぶ。

 打ち合うたびに加速し、鋭さを増していくアイズの剣閃。その異常な変化に気づいた直後、女は驚愕に見開かれた目を疑うことになった。

 瞬きすら許さない銀色の斬撃が、女の防御反応を上回って炸裂する。肉の剣が大きく弾き飛ばされ、女の体勢が完全に崩れた。

 

「ばかなっ!」

 

 驚きの声に構うことなく、アイズは無言のまま踏み込み、怒涛の連続攻撃を叩き込む。

 防戦一方となった女はなんとか致命傷を避け続けたものの、アイズの重い袈裟斬りを受けて大きく弾き飛ばされた。肉の床に深く足を踏み込んで無理やり後退の勢いを殺すが、その顔には信じられないという色が浮かんでいる。

 女が自身の胸元に視線を落とすと、そこには薄く切り裂かれた傷口があり、生温かい鮮血が指を濡らしていた。女は顔を上げ、アイズを睨みつける。

 

「お前、まさか……」

 

 剣を構えたまま静かに佇むアイズを見据え、女は忌々しげに顔を歪めた。

 

恩恵(ステイタス)を昇華させたというのか……!」

 

 たった十日前とは比べ物にならないほどの圧倒的な身体能力。その事実から、女もようやく目の前の少女が到達した次元を理解した。

 凶悪な階層主との死線を越え、絶対的な壁を打ち破ったことで至ったレベル6という境地。リヴィラの街で無力に地に伏した少女の姿は、もはや過去のものだ。

 

「ああ、面倒な……っ!」

 

 女は苛立ちを隠そうともせずに毒づく。

 かつては児戯のごとく圧倒できたはずの白兵戦において、完全に互角、あるいはそれ以上の勝負を強いられているのだ。

 激昂する女を見据え、アイズは淡々と言葉を返す。

 

「貴方には、負けたくなかったから」

 

 月明かりの下で味わわされた圧倒的な敗北。あの屈辱と無力感が、アイズを死地へと駆り立て、新たな力を掴み取らせた。彼女の心の根底にある、ファミリアの仲間たちにも引けを取らない勝利への執着。生来の負けず嫌いこそが、この再戦を引き寄せた原動力だった。

 決意を証明するように、アイズは切っ先を女へと真っ直ぐに向ける。

 

「チッ……」

 

 女は不愉快そうに舌打ちを鳴らし、赤い長剣を構え直した。

 余裕に満ちていた無表情は完全に消え去り、目の前の少女を確実な脅威として認識した鋭い殺気が放たれる。先程とは比べ物にならないほどの重圧が空間を支配した。

 互いに間合いを測る緊迫した空気の中、不意に女が口を開いた。

 

「風を使わないのか?」

 

 アイズの代名詞とも言える、あの風の魔法をなぜ纏わないのかという問い。最大の切り札を隠したまま戦う少女に対し、女は訝しげに尋ねる。

 

「いらない」

 

 アイズの答えは短く、そして揺るぎなかった。

 魔法の力に頼り切っていた過去の自分への決別。一人の剣士として鍛え上げてきた純粋な武の力だけで、この因縁の敵を打ち破るという固い誓いが込められている。

 

「私を、舐めるな……!」

 

 魔法すら使う価値がないと宣言されたと受け取った女は、かつてないほどの激しい怒りに顔を歪ませた。

 端正な顔立ちを凶悪な殺意で染め上げ、握りしめた肉の剣の柄がミシミシと軋み声を上げる。激高した女は緑色の肉壁を蹴り砕き、砲弾のような速度で突進してきた。

 迫り来る赤い脅威に対し、アイズもまた力強く地を蹴って迎撃に向かう。

 薄暗い迷宮の最奥で、銀の閃光と紅の凶刃が、凄まじい衝撃を伴って激突した。

 

 

 

 

 大主柱の根元には、白骨の鎧兜を被った白ずくめの男が陣取っていた。大主柱の表面には、巨大花の蔦に守られるように雌の胎児のような宝玉が寄生し、ダンジョンの養分を貪欲に吸収している。

 白ずくめの男は、大空洞に侵入してきたヘルメス・ファミリアを殲滅するため、闇派閥(イヴィルス)の残党であるローブの集団に迎撃を命じた。

 

「やれ、闇派閥(イヴィルス)の残党ども」

 

 白ずくめの男が短く命じると、大空洞に潜んでいた闇派閥(イヴィルス)の残党であるローブの集団が一斉に動き出した。侵入してきたアスフィ達を殲滅すべく、不気味な足音を立てて殺到してくる。

 

「侵入者を全員、同胞にしろォ!」

 周囲のローブとは違う色を羽織った男の声に他のローブの者達は呼応し、得物を掲げ、アスフィ達のもとに押し寄せる。

 

 

「あいつら、本気で私たちをやる気だぞ!」

「迎え撃ちます! 彼らの目的を聞き出すためにも、生け捕りを狙って正面から応戦しなさい!」

 

 ただならぬ殺意を漲らせて向かってくる敵の姿にルルネが警戒の声を上げると、アスフィも即座に迎撃の指示を飛ばした。

 アスフィの号令に従い、ヘルメス・ファミリアの団員たちは武器を構えて前衛へと躍り出る。両陣営が激突し、大空洞の中で激しい白兵戦が巻き起こった。

 数の有利を活かし、雪崩れ込むようにして襲い掛かってくる闇派閥(イヴィルス)の残党たち。しかし、ヘルメス・ファミリアの面々は決して烏合の衆ではない。水面下でレベルを偽装している彼らは、その高い連携と本来の潜在能力を遺憾なく発揮し、ローブの集団を次々と圧倒していった。

 

「大人しくしな!」

「ぐあっ……!」

 

 乱戦の中、ルルネが俊敏な動きで敵の一人の背後を取り、地面へと押さえつけることに成功する。彼女はすぐさま懐から開錠薬を取り出した。神の恩恵に鍵をかける隠蔽魔法を強制的に解除し、彼らがどこのファミリアに所属しているのかを暴き出すためだ。

 しかし、開錠薬を振りかけようとしたその瞬間、組み伏せられていた男が異常な行動に出た。

 

「おおおぉぉッ! 闇の盟約に従い、絶対の忠誠を!」

 

 追い詰められた男は血走った目で狂信的な叫びを上げると、隠し持っていた短剣をあろうことか自らの胸の奥深くへと容赦なく突き立てたのだ。

 

「なっ……!?」

 

 男が自刃した直後、その傷口からおびただしい量の黒い霧が噴出した。それは単なる血ではなく、自らの心を意図的に深い闇へと沈めたことによって生み出された、凄まじい闇の奔流だった。

 あまりの禍々しさと、目の前で起きている冒涜的な光景に、ルルネは全身の毛が逆立つような生理的な嫌悪感を覚えた。

 

「う、うわああぁぁッ!」

 

 ルルネは反射的に思い切り後ろへと跳び退き、男から距離を取る。直後、爆発的な闇の波動が巻き起こり、先ほどまで彼女がいた場所を濃密な闇が飲み込んだ。

 情報の漏洩を防ぐため。そして、侵入者を確実に抹殺するため。男は自らの命と心すらも闇に捧げたのだ。

 やがて黒い霧が晴れた後、そこに自刃した男の姿はなかった。代わりに空中に浮かび上がっていたのは、巨大な大剣を携え、悪魔のような漆黒の翼と角を持つハートレス。インビジブルだった。

 

「嘘、だろ……」

「人が、モンスターになった……!?」

 

 目の前で生きた人間がハートレスへと変貌を遂げたという、世界の常識を根底から覆す悪夢のような光景。ルルネをはじめとする団員たちは息を呑み、完全に絶句した。

 ダンジョンとは魔物を生み出す場所であり、人間がモンスターになることなど絶対にあり得ない。冒険者として数多の死線をくぐり抜けてきた彼女たちでさえ、この冒涜的な現実を前にはただ呆然と立ち尽くし、言い知れぬ恐怖と驚愕に全身を粟立たせるしかなかった。

 

「我らが悲願のために!」

「今こそ我らも!」

 

 しかし、悪夢はそれだけでは終わらない。インビジブルの誕生を皮切りに、次々とローブの者たちが狂気に満ちた叫び声を上げ始めた。仲間の名や、己の信奉する神の名を叫びながら、次々と刃を自身に突き刺し、己の心を闇に染め上げていく。

 戦場は瞬く間に不気味な黒い霧に包まれた。

 霧の中から現れたのは、中空を不規則に浮遊しながら凶悪な牙で噛み付いてくる無数のダークボール。巨大な獣の顔が象られた盾を構え、堅牢な守りと魔法を兼ね備えるディフェンダー。そして、ローブの残骸を纏いながら強力な魔法を放つウィザード。

 狂信的な死兵たちは、次々と異形のハートレスへと成り果てていった。

 

「ひっ……!」

 

 人間が目の前でモンスターへと変貌する狂気。そして、人の心の闇から生み出されたハートレスたちの圧倒的な暴力。

 理解の及ばない事態にルルネは戦慄し、恐怖で足がすくむ。強固な守りを見せていたはずのヘルメス・ファミリアの戦線は、予測不能の怪物たちの強襲により、一気に崩壊の危機に瀕するのだった。

 

 血と泥、そして異形の怪物が放つ悪臭が入り混じる大空洞の最深部。

 自らの命を絶ち、心を暗黒へと投げ打つことで生み出された純血のハートレスたちが、狂気と共に戦場を蹂躙している。だが、その凄惨たる地獄絵図を、巨大な水晶柱の根元に立つ白骨の鎧兜の男は、まるで無価値な虫でも眺めるかのような、絶対零度の視線で見下ろしていた。

 

「闇なぞを崇める阿呆どもめ……」

 

 男の兜の奥から漏れ出たのは、嘲笑に満ちた侮蔑の言葉だった。

 自らの信奉のために心を捧げ、ハートレスへと成り果てた闇派閥(イヴィルス)の残党たち。だが男からすれば、彼らの狂信的な自己犠牲すらも、己の目的を達成し、この大空洞という盤面を整えるための安価な捨て駒に他ならなかった。

 男はゆったりとした動作で片手を上げ、人差し指を前方へと向ける。

 そして、感情の起伏を一切感じさせない、ひどく冷淡な声で命じた。

 

「すべて喰らえ」

 

 その短くも絶対的な命令が下された瞬間。

 迷宮の壁面や肉の床、破壊された黒い檻の残骸から、極彩色の不気味な花弁を持つ食人花の群れが、一斉に首を激しくもたげた。

 それらは雄叫びにも似た植物の軋み声を上げ、うねるようにして行動を開始する。

 ここで、戦場に致命的なまでの「異常」が発生した。

 心を失い、ただ目前の生命を貪るためだけに暴れ狂うはずのハートレスたち。彼らは、真横を通り過ぎる食人花に対して、一切の攻撃行動をとらなかったのだ。

 食人花たちも同様である。すぐ頭上を不規則に飛び回るダークボールや、大剣を振り回すインビジブルの姿をまるで透明な空気であるかのように無視し、ただ一直線にヘルメス・ファミリアの陣形のみを目指して殺到していく。

 迷宮が独自の法則で産み落としたモンスターと、外なる世界から訪れた人の心の影。決して交じり合うはずのない両者が、あたかも一つの軍旗の下に集った軍勢のように完璧な連携を見せ、冒険者たちに容赦なく牙を剥いた。

 瞬く間に、大空洞は一縷の希望も存在しない、完全なる絶望の坩堝と化した。

 

「嘘だろ……っ! なんでモンスター同士で殺し合わないのさ!」

 

 ルルネが、半泣きになりながら悲痛な叫びを上げる。

 迫り来るディフェンダーの獣盾から放たれる火炎弾を間一髪で躱し、直後に襲いかかってきた食人花の溶解液をすんでのところで回避する。

 本来であれば、ダンジョン内で異なる種の怪物が遭遇すれば、縄張りや獲物を巡って同士討ちが始まるのが常識だった。しかし、ここには迷宮の絶対的なルールは存在しない。

 すべての怪物が、あの白ずくめの男の意思一つで完璧に制御されていた。

 四方八方から押し寄せるハートレスの軍勢。死兵の自爆。絶え間ない魔力弾と触手の嵐。

 もはや防衛陣形を維持することすら不可能であり、かといって退路は完全に断たれている。撤退という選択肢はすでに消滅していた。

 このままでは、ヘルメス・ファミリアは数分のうちに全滅する。

 極限の絶望に包まれる戦況を覆すためのたった一つの方法を、団長であるアスフィは即座に導き出していた。

 

(おそらく、あの男は調教師でしょう。ならば……!)

 

 アスフィは少ない情報の中で敵の正体を仮定。銀縁眼鏡の奥で、理知的な碧眼に決死の覚悟を宿した。

 

「指揮を頼みますファルガー。全員を集めてこの場で持ち堪えなさい!!」

 

 そう言うや否や、彼女は群がってくるダークボールの集団に対し、ベルトの嚢から取り出した複数の爆炸薬をピンポイントで投げつける。

 

 空洞を震わせる爆音と共に、緋色の火炎が巻き起こった。

 闇の魔物たちが悲鳴を上げて爆散し、分厚い黒煙と白煙が視界を遮るように広がる。

 アスフィはその煙の壁を自ら作り出した隠れ蓑とし、一気に地面を蹴り飛ばした。

 彼女が狙うのはただ一人。大主柱の根元で、この地獄を平然と見下ろしている白骨の兜を付けた男。

 風を裂くほどの最高速度で煙の帳を抜け、彼女は一直線に男の懐へと飛び込んだ。

 短剣を逆手に構え、必殺の間合いへと肉薄する。だが、距離が数メートルまで縮まっても、男は一歩も退くことなく、ただ兜の奥の唇を歪めてみせた。

 

「食い殺せ」

 

 男の無情な命令が下された、まさにその瞬間。

 アスフィが踏み込もうとした足元の地面が、地雷を踏んだかのように激しく爆発した。

 緑色の肉の床を突き破り、無数の鋭利な槍――食人花の硬化した根が、下から上へと刃のように突き出してきたのだ。さらに、周囲の空間を埋め尽くすように、土中から巨大な食人花が次々と出現し、巨大な顎を開いて彼女を取り囲む。

 全方位からの完全な包囲網。地上に逃げ場は一切存在しなかった。

 

「……っ、これならどうですか!」

 

 前後左右、そして足元からの致命的な攻撃。だが、アスフィは少しも狼狽することはなかった。

 彼女はすぐさま、自らの足に装着している最高傑作の魔道具、飛翔靴に魔力を流し込む。

 靴に刻まれた翼の意匠から純白の光と莫大な推進力が噴き出し、彼女の身体をこの世界の重力から完全に解放した。

 アスフィは群がる食人花と槍衾の檻を嘲笑うかのように、垂直方向へと急上昇し、大空洞の遥か高空へと舞い上がった。

 

「はぁああ!」

 

 己の最大の切り札である空中戦の優位性を晒すことになったが、仲間の命がかかっている今、出し惜しみをしている余裕はない。

 アスフィは遥か眼下にいる男と、彼を守るように密集している食人花の群れを見下ろした。

 確実な死を与えるため、彼女はベルトの嚢に残っていたすべての爆炸薬を両手に掴み取る。

 そして、空から降り注ぐ死の雨のごとく、それらを一斉に投下した。

 無数の小瓶が、重力に従って敵陣のど真ん中へと吸い込まれていく。

 直後、空洞全体を揺るがすような連続爆発が巻き起こった。

 まさに絨毯爆撃だった。緋色の爆炎が咲き誇り、分厚い肉の壁を構成していた食人花たちが、為す術もなく木っ端微塵に粉砕されていく。

 極彩色の花弁が燃え上がり、おぞましい植物の肉片と体液が四方八方に飛び散った。

 視界のすべてを塞ぐほどの爆煙と猛火。

 その混乱の最中、アスフィは翼の推力を反転させ、獲物を狩る猛禽のような速度で急降下を開始した。

 狙いは、炎に包まれた男の完全な背後。誰もが予想できない死角からの強襲。

 アスフィは手にした短剣の切っ先を男の首筋へと合わせ、飛翔靴の全速度と自身の全体重を乗せて、渾身の刺突を放った。

 ――もらった。

 長年の冒険者としての直感が、確かな手応えを予感させた。

 だが、それは、この男の前では何の役にも立たなかった。

 ガシィィィンッ!

 硬質な音が鳴り響き、急降下していたはずのアスフィの身体が、空中でピタリと静止させられた。

 白ずくめの男は、一切振り返る素振りすら見せなかった。ただ、左手を背後へと無造作に伸ばし、目にも止まらぬ速度で放たれたアスフィの必殺の短剣を、その素手一つで完璧に受け止めていたのだ。

 

「な……っ!? 刃を、素手で……!?」

 

 理解不能の光景に、アスフィの碧眼が驚愕に見開かれる。

 だが、男は彼女が驚く時間すら与えなかった。

 刃を握り込んだまま、男は人外の怪力を発揮し、アスフィの身体を空から強引に引きずり下ろした。

 

「虫けらが。空を舞えた程度で、図に乗るな」

 

 冷徹な声と共に、男の右手がアスフィの胸ぐらを鷲掴みにする。

 そして、一切の慈悲もなく、彼女の華奢な身体を硬い緑色の地面へと力任せに叩きつけた。

 メゴォッ!!

 骨が軋むような嫌な音が鳴り、アスフィの肺からすべての空気が強制的に押し出される。

 全身を走る激痛に視界が明滅し、意識が飛びかける中、それでも彼女は不屈の精神で身を起こそうと足掻いた。

 だが、男の動きは、限界を超えた彼女の足掻きすらも遥かに上回っていた。

 アスフィが膝をついて立ち上がろうとしたその瞬間、男はまるで空間を転移したかのような幽霊じみた速度で、彼女の背後へと回り込んでいたのだ。

 その手には、先ほど彼女から力ずくで奪い取った、銀色に輝く短剣が握られている。

 

「ぐ、あ……っ!?」

 

 鈍く、重い衝撃と共に、アスフィの脇腹を焼け付くような痛みが貫いた。

 己の命を預けてきた武器が、背中から腹部へと深々と突き刺さり、身体を完全に貫通したのだ。

 男は冷酷な無表情のまま、刃をさらに奥へと押し込み、そして躊躇いなく引き抜いた。

 

「アスフィッ!!」

 

 遠くで戦っていたルルネの悲痛な絶叫が、大空洞に響き渡る。

 アスフィは耐えきれずに苦悶の声を漏らし、傷口から溢れ出す大量の鮮血を抑えることもできず、緑色の肉の床へと力なく崩れ落ちた。

 口の端からごぼりと真っ赤な血が零れ落ち、急速に失血していく体温と共に、彼女の意識は深い闇の中へと沈んでいった。

 ヘルメス・ファミリアの要であり、いかなる困難な状況下でも活路を見出してきた万能者の陥落。

 その残酷な現実は、極限の緊張状態の中で必死に防衛線を維持していた団員たちの心を、文字通り粉々に打ち砕くのに十分すぎるほどの破壊力を持っていた。

 

「団長が、やられた……?」

「そんな……団長が……」

 

 戦線に、絶望という名の取り返しのつかない動揺が走る。

 武器を握る手が震え、怪物を睨みつけていた視線が虚ろに泳ぐ。

 そのほんのわずかな隙を、情け容赦のない闇の怪物たちが逃すはずもなかった。

 精神的支柱を失い、統率が崩壊したヘルメス・ファミリアに対し、無数のインビジブルや強力な魔法を操るウィザード、そして巨大な大顎を鳴らす食人花たちが、狂喜の咆哮を上げてさらに苛烈な猛攻を仕掛ける。

 一斉に牙を剥く異形の群れ。盾は弾き飛ばされ、剣は叩き折られる。

 悲惨な断末魔の悲鳴が次々と上がり、ヘルメス・ファミリアの陣形は、もはや立て直しようのないほど無残に、そして完全に崩壊していった。

 怒号と絶鳴が飛び交う阿鼻叫喚の地獄の中。

 大主柱の根元で、白ずくめの男は倒れ伏したアスフィの血まみれの身体を見下ろしながら、ゆっくりとその細い首を片手で掴み上げた。

 

「がっ、はっ……」

 

 空中に吊り上げられたアスフィの喉から、掠れた呼吸音が漏れる。

 男は彼女の苦しむ顔を冷ややかに見据え、口元を醜く歪めた。

 男は自らの足元に転がっていた飛翔靴を、重厚なブーツで無造作に踏み砕いた。

 バキリと、貴重な魔道具が残酷な音を立てて粉砕される。それを意にも介さず、男は血に染まったアスフィの首を片手で軽々と掴み上げたまま、喉の奥で暗い愉悦の声を鳴らした。

 何度地に這いつくばろうとも立ち上がってくる、冒険者という生き物の異常なしぶとさ。それを過去の経験から誰よりも熟知している男は、兜の奥で残忍な笑みを深める。

 

「お前もハートレスとして、永遠に闇を彷徨うがいい」

 

 冷酷に言い放つと同時、男の腕からどす黒いオーラが噴き出した。

 それはアスフィの心を完全に破壊し、意図的にハートレスへと貶めるための呪われた闇。抵抗する力を持たない彼女の身体を濃密な闇が包み込もうとした、まさにその瞬間だった。

 ドゴォォォォォンッ!!

 巨大な大空洞の空気をビリビリと震わせながら、鼓膜を劈くような一条の雷鳴が轟き渡った。

 強烈な雷光が暗い空間を白く染め上げ、男の意識を強引に引き剥がす。

 

「……何奴だ」

 

 男が不愉快そうに呟き、雷撃が放たれた方向へとゆっくりと振り返る。

 彼の視界の先に広がっていたのは、絶望に支配されていたはずの戦場に突如として現れた、新たな嵐の光景だった。

 ヘルメス・ファミリアの団員たちに群がり、今まさに止めを刺そうとしていた巨大なインビジブルの胴体が、恐るべき速度の蹴りによって無惨にへし折られ、吹き飛んでいく。さらに空を舞っていたダークボールの群れも、怒涛の連続蹴りを受けて次々と破裂し、黒い霧となって容赦なく蹴散らされていった。

 圧倒的な暴力で闇の怪物たちを蹂躙していたのは、鋭い牙を剥き出しにして吼える、灰色の髪を持った狼人(ウェアウルフ)だった。

 そして、その狼人(ウェアウルフ)が切り開いた道の後方。

 絶え間なく詠唱を紡ぎ、莫大な魔力を宿した杖を静かに構えながら戦場を見据える、二人のエルフの姿がそこにあった。

 

 

 

 

 一方その頃、肉の柱によってアイズやアスフィたちと分断されたソラと椿は、大空洞から続く別の広大な通路で、パラソルレディの集団と熾烈な攻防を繰り広げていた。

 頭上から降り注ぐのは、優雅な傘の先端から放たれる驟雨のような光弾と、鼓膜を焼くような高出力のレーザー掃射である。

 

「うぉっと!」

「傘型の魔剣というのも一興かもしれんな!」

 

 ソラが身軽な連続バック転でレーザーの軌道を間一髪で躱す横で、椿は敵の特異な武装に鍛冶師としての興味を惹かれながら豪快な笑い声を上げていた。

 彼女は両手に集束させた光から、身の丈を越える巨大な大盾を複数顕現させ、それを空中に配置してパラソルレディたちの射撃を防ぐ防壁としている。さらにその隙を突き、ソラがツーガンアローに変形させたキーブレードから無数の魔法の矢を撃ち返し、空中に浮かぶ敵を次々と撃ち落としていた。

 

「よし、これで最後!」

 

 ソラが放った一筋の閃光が、最後の一体のパラソルレディを正確に射抜く。優雅なハートレスは悲鳴を上げる間もなく黒い霧となって霧散した。

 二人の息の合った連携により、厄介な遠距離攻撃を仕掛けてきていた集団は完全に沈黙する。

 

「見事だ。手前たちの援護に戻るとしようか」

「うん!早くアイズやアスフィたちのところへ――」

 

 ソラが頷き、来た道を引き返そうと踵を返した瞬間だった。

 迷宮の底からせり上がってくるような強烈な地響きが通路全体を揺らした。

 

「なんだ!?」

「下から来るぞ、ソラ!」

 

 椿の鋭い警告と同時、二人が立っていたすぐ前方の緑色の肉の床が泥のように黒く変色し、巨大な闇の沼を形成した。

 底なしの沼から這い出るようにして姿を現したのは、見上げるほどに巨大で、漆黒の身体を持つ異容のハートレスだった。

 揺らめく影そのもので構成されたような巨体。頭部には捻れた触手のような髪がうねり、不気味に光る巨大な黄色の双眸が輝いている。胸元には心臓の形をした空洞が開いており、全身から濃密な赤黒い闇の瘴気を立ち昇らせる。

 その名も、ダークフォロワー。

 周囲の光をすべて飲み込むかのような、圧倒的な威圧感を放つ巨大なハートレスである。

 

「あれは……!」

「またしても規格外に巨物が現れおったわ!深層も顔負けの異常事態じゃのう!」

 

 かつて幾度となく刃を交えた巨大なハートレスの出現にソラが身構える一方で、第一級冒険者である椿は、恐怖どころか好戦的な笑みを深く刻んで武器を構え直した。

 得体の知れない強敵を前にして、彼女の闘争心は最高潮に達している。離れた場所にいる仲間たちのもとへ一刻も早く合流するためには、目の前のこの巨大な障害を迅速に排除するしかなかった。

 

「椿、気をつけて!」

「任せておけ!どのような図体であろうと、手前が真正面から粉砕してやろう!」

 

 ソラの的確な忠告に頼もしく応え、椿は両手に莫大な魔力を集束させた。

 顕現したのは、彼女自身の身長を遥かに超える、重厚な鋼の巨大戦鎚だった。空気を圧迫するほどの質量を誇る得物を軽々と担ぎ上げ、彼女は地を蹴って巨大なダークフォロワーへと真っ直ぐに突進していく。

 それを迎え撃つように、ダークフォロワーは巨体を大きくのけぞらせると、丸太のように太く長い右腕を高く振り上げた。そして、緑色の肉の床に向けて、渾身の力で漆黒の拳を叩きつける。

 巨大な拳が地面に激突し、強烈な衝撃波が通路全体に放射状に広がった。

 さらに、拳が突き刺さった地点を中心に黒い闇の沼が広がり、そこから無数の小さな影の魔物であるシャドウたちが次々と這い出してきたのだ。

 

「小賢しい真似を!」

 

 衝撃波を跳躍で躱した椿だったが、着地と同時に群がってくるシャドウの波に足止めを食らう。彼女は巨大戦鎚を風車のように振り回し、迫り来る黒い影たちをまとめて豪快に吹き飛ばしていった。

 

「椿が小さいのを相手をしてくれてる間に……!」

 

 シャドウの掃討を椿に任せ、ソラが動く。

 ダークフォロワーの右腕は、地面に叩きつけられた反動で一時的に動きを止めていた。ソラはその隙を逃さず、地面に沈み込んだ巨大な拳を足場にして跳躍し、太い腕の上を駆け上っていく。

 目指すは巨大な弱点である頭部。

 

「そこだ!」

 

 腕を駆け上がりきったソラは、キーブレードを構えてダークフォロワーの頭部へと強烈な跳躍斬りを見舞う。

 閃光を伴った一撃が顔面に直撃し、ダークフォロワーは苦悶の声を上げて大きくよろめいた。

 しかし、巨獣はすぐに体勢を立て直し、ソラを振り落とすように腕を激しく振り払う。空中に投げ出されたソラに対し、ダークフォロワーは胸に開いた心臓型の空洞を不気味に発光させた。

 直後、その空洞から漆黒のエネルギーの球体が次々と生成され、意思を持った誘導弾となって空中のソラへと殺到してくる。

 

「危ない!」

 

 ソラは空中で器用に身を翻し、迫り来る闇の弾幕をキーブレードで次々と弾き落とす。弾かれた闇の弾が周囲の肉壁に着弾し、次々と爆発を起こして通路を揺るがせた。

 一方、地上でシャドウの群れを一掃した椿も、上空の異変に気づいて動く。

 

「ソラ、手前に合わせろ!」

 

 椿は巨大戦鎚を光の粒子へと還元し、今度は極寒の魔力を秘めた氷の魔剣を顕現させた。周囲の水分を凍結させながら、彼女は魔剣を大きく振りかぶり、ダークフォロワーの足元へ向けて絶対零度の冷気を放った。

 放たれた氷の奔流がダークフォロワーの巨体を包み込み、下半身から徐々に分厚い氷の層で拘束していく。

 動きを鈍らせたダークフォロワーは、苛立ちを露わにするように両腕を高く掲げた。

 そして、自らの胸の空洞に両手を深く突っ込むと、そこから周囲の光をすべて吸い込むような、ひと際巨大で高密度の闇の球体を引きずり出したのだ。

 怪物はその巨大な闇の球体を、真上の空間に向けて力任せに放り投げた。

 上空で静止した闇の球体は、次の瞬間、無数の光る闇の雨となって、通路全体に無差別に降り注ぎ始めた。

 それは逃げ場のない絨毯爆撃だった。通路の床や壁が次々と爆砕され、緑色の肉片が飛び散る。

 

「鬱陶しい!だが、この程度の雨で手前を止められると思うな!」

 

 椿は氷の魔剣を頭上で激しく回転させ、降り注ぐ闇の雨を氷の結界で強引に弾き飛ばしながら、ダークフォロワーの足元へと肉薄していく。

 上空で回避を続けていたソラも、この猛攻が最大のチャンスであると悟った。

 闇の雨を降らせている間、ダークフォロワーは完全に無防備に上を向いているのだ。

 

「椿!一気に決めるよ!」

「任せておけ!手前のとっておきを見せてやるわ!」

 

 ソラの意図を瞬時に理解した椿は、氷の魔剣を光へと還元し、別の武器を顕現させた。

 それが彼女が先日作り出した傑作の一つ、轟雷機剣・雷電丸である。椿は重厚なその剣を鞘に収めた。内部機構が重々しく噛み合う金属音が鳴り響き、剣と鞘は完全に一体化して長大な双胴の砲身へと劇的に変形を遂げる。

 膨大な重量を誇るその砲身を抱え上げ、椿は肉壁を力強く蹴り、ダークフォロワーの胸元すなわち心臓型の空洞へと向かって真っ直ぐに跳躍した。

 同時に、ソラも迷宮の肉壁を蹴り上げてさらに高く跳躍し、天井の際まで到達する。

 彼の右手に握られたキーブレードが、眩い純白の光を放ち始めた。内側から溢れ出す無数の光の粒子が剣身に高密度に集束し、巨大な光の刃を形成していく。

 ソラは重力を味方につけた猛烈な速度で、斜め下方へと急降下を開始した。

 光を纏った一筋の流星となって、闇の雨を降らせているダークフォロワーの頭部へと一直線に突き進む。

 一方の椿も、驚異的な跳躍力でダークフォロワーの巨体に肉薄していた。彼女は双胴の砲身の先端を、怪物の胸にある空洞の縁に密着させて容赦なく押し付ける。平行に伸びた二本のレールの隙間では、高密度のエネルギーが明滅し、鋭い紫電を激しく散らしていた。

 

「これで、終わりだ!」

「吹き飛べ!」

 

 二人の渾身の叫びが交差する。

 巨大な光のキーブレードがダークフォロワーの脳天に深く突き刺さると同時に、椿の轟雷機剣・雷電丸から紫電を纏った極太の高密度エネルギー光線が至近距離で放たれた。

 光の爆発と紫電の奔流が、ダークフォロワーの巨体を上下から完全に挟み撃ちにする。

 漆黒の巨体の内側から純白の光と紫の雷光が激しく溢れ出し、ダークフォロワーは空洞を揺るがすほどの断末魔の風切り音を上げた。巨大な影の身体が強大なエネルギーに溶かされるようにして崩壊を始め、頭部から胸の空洞にかけて、霧散していく。

 光と雷の浄化の力に耐えきれず、ダークフォロワーはついに完全にその形を失った。

 後には、巨大な闇の怪物から解放された、目を見張るほど大きなピンク色の心が空中に浮かび上がった。

 その心はしばらく空中を漂っていたが、やがて空高くへと上昇し、迷宮の天井へと吸い込まれるようにして静かに消えていった。

 

 ダークフォロワーが消滅したことで、降り注いでいた闇の雨も、床を覆っていた氷も、光の粒子となって消散していく。通路には再び、静寂と元の緑色の肉の床が露わになった。

 着地したソラはキーブレードを肩に担ぎ、大きく息を吐き出した。

 

「なんとか倒せたな椿」

「見事な一撃じゃったぞソラ!手前の雷電丸の威力も完璧じゃったわ。見よ、あの巨体が完全に浄化されてしもうた」

 

 椿も双胴の砲身を光へと還元し、豪快に笑いながらソラの肩を力強く叩いた。

 激戦を制した二人だったが、彼らの顔に安堵の色は長くは続かなかった。巨大な障害を排除したことで、ようやく本来の目的に意識が引き戻されたのだ。

 

「アイズやアスフィたち、大丈夫かな……。急いで戻ろう、椿!」

「そうじゃな。手前たちがここで足止めを食らっていたということは、あやつらも無事では済んでおらんかもしれん。急ぐぞ!」

 

 ソラと椿は顔を見合わせ、力強く頷いた。

 二人は足並みを揃え、アイズたちと分断された巨大な肉の柱が塞ぐ方向へと、一目散に駆け出していくのだった。

 

 

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