キングダムハーツ オラリオ ミィス   作:小説好きー

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キングダムハーツ3の召喚はソラとの心の繋がりを魔法によって生み出されたって設定があるんだけどソラっていつラルフと繋がっただろう?
もしかして考察で言われていたUXプレイヤー→青ローブ→ソラみたいな感じで心が溶けているのか?


第29話 吹き荒れる暴風と三位一体の光撃、そして帰るべき場所

 自我を失い、禍々しい捕食者へと姿を変えゆくオリヴァスの成れの果てを前にして、レヴィスは無表情のまま自らの腕を動かした。

 怪物の胸奥深くにまで突き刺さっていた手を、一切の躊躇なく引き抜く。

 

食人花(ヴィオラス)では血肉にならん…」

 

 冷酷な宣告と共に引き抜かれた彼女の掌の中には、血と黒い泥に塗れた極彩色の魔石が握られていた。それはオリヴァスという怪人の力の源であり、命の核そのもの。

 レヴィスはそれを顔の高さまで持ち上げると、無造作に自らの口へと放り込み、鋭い牙で噛み砕いた。

 硬質な魔石が砕ける不快な音が響く。直後、仲間の魔石を捕食したレヴィスの全身から、爆発的な魔力と闘気が噴出した。失われていた体力が瞬時に回復し、限界を超えたさらなる力が彼女の肉体を満たしていく。

 そして彼女は、砲弾のごとき恐るべき速度でアイズへと襲い掛かった。

 空気を切り裂き、瞬きすら許さない踏み込み。純粋な身体能力のみで、風の魔法を最大出力で纏うアイズを完全に上回る速度だった。

 

(……魔石を喰らって、能力を上げる強化種!)

 

 神の理から外れた怪人の生態。その事実を確信し、アイズの背筋に戦慄が走る。

 レヴィスは緑色の地面から新たな紅の大剣を力任せに引き抜き、そのまま猛烈な勢いでアイズへと斬りかかった。

 アイズの振るう風の銀剣と、レヴィスの紅の大剣が真っ向からぶつかり合う。

 激しい火花が散り、剣圧によって周囲の空気が弾け飛んだ。鍔迫り合いの中で、レヴィスはアイズを間近で睨み据える。

 

「すまなかったアリア。舐めていたのは私の方だったよ」

 

 それは、実力を認めた強敵への謝罪であった。

 彼女が静かにそう告げた瞬間、レヴィスは自らの内に秘めた底知れない闇を解放した。

 レヴィスの背後の空間がどよめき、歪む。濃密な闇の中から姿を現したのは、剥き出しの赤い筋肉に全身を覆われた巨躯の怪物だった。

 その異形の全身には、不気味な無数の瞼がびっしりと張り付いている。今は沈黙を守るように固く閉じられているが、その存在感だけで見る者の精神を削り取るような悍ましさがあった。だが、顔だけは違った。ボサボサの黒髪の隙間から覗く、ランタンのように怪しく光る黄色い双眸が、ぎらりとアイズたちを射抜いている。

 圧倒的な存在感を持つ、レヴィス自身の闇から生み出された特異なハートレスが、そこに顕現していた。

 

「いくぞ、アリア」

 

 魔石を捕食して能力を格段に上昇させたレヴィスと、背後に出現した不気味な巨躯のハートレス。

 絶望的な連携を前に、アイズは風の結界をさらに強固にして迎え撃つ。二つの絶大な力が交錯し、アイズは即座に苦戦を強いられることとなった。

 

 二人の次元の違う激闘が繰り広げられるその裏で、アスフィは冷静に戦況を見極め、行動を起こしていた。

 オリヴァスが口にしていたオラリオの破壊。その鍵を握るのは、大主柱に寄生し、今も不気味な脈動を続ける雌の胎児のような宝玉であることは明白だった。

 

「あれを、ここで確実に破壊するか、回収しなければ……!」

 

 ソラの魔法によって体力を完全に回復させたアスフィは、乱戦をすり抜け、大主柱へと肉薄した。

 彼女が宝玉に手を伸ばそうとした、まさにその時である。

 大主柱の裏側の暗がりから、紫の外套を深く被り、不気味な紋様が刻まれた仮面で顔を隠した謎の襲撃者が突如として姿を現した。

 

「なっ……!」

 

 襲撃者は無言のまま、アスフィの死角から強烈な一撃を見舞った。

 防御の暇すら与えられない重い打撃を腹部に浴び、アスフィは大きく宙を舞って後方へと吹き飛ばされる。地面を転がりながら何とか体勢を立て直した彼女の視線の先で、仮面の人物はレヴィスの声なき指示に従うように動いていた。

 

「十分に育った。エニュオに持っていけ!」

『ワカッタ』

 

 レヴィスの声に反応を返した謎の襲撃者は大主柱に張り付く宝玉へと手を伸ばし、寄生する根を強引に引き剥がしていく。そして、胎児のような宝玉をその腕に抱え込むと、アスフィたちが追撃する隙も与えず、素早い身のこなしで大空洞の奥へと続く暗い通路へ逃亡していった。

 

「待ちなさい!」

 

 アスフィが叫び、後を追おうとする。

 しかし、それを阻むように、アイズと交戦していたレヴィスが大主柱に向けて冷徹な命令を下した。

 

「枯れ果てるまで、産み続けろ」

 

 その声に応えるように、大主柱に最後まで巻き付いていた三体目の巨大花が、狂ったような痙攣を始めた。

 巨大花は石英の柱から暴君のごとき勢いで強引に養分を吸い上げ始める。限界を超えた魔力の吸収により、大空洞の全領域の地面や壁面に密生していた数百もの小さな蕾が、強制的に開花を始めたのだ。

 役目を終え、すべての色素を失って白く枯れ果てた巨大花が、力を失い崩れ落ちる。

 だが、事態はそれで終わらなかった。枯れ落ちた巨大花の残骸に向かって、戦場を漂っていた無数の影やダークボールといったハートレスたちが次々と吸い込まれるように入り込んでいったのである。

 闇の力を取り込んだ巨大花の残骸が、禍々しい漆黒のオーラを放ちながら新たなハートレスへと変貌を遂げる。

 それと同時に、強制開花させられた数百の蕾から、狂暴な食人花(ヴィオラス)たちが一斉に産み落とされた。それらの食人花(ヴィオラス)もまた闇の瘴気を帯びており、通常の個体よりも遥かに凶悪な姿へと変異していた。

 かつてない規模の怪物の宴。大空洞は、正真正銘の地獄へと変貌したのである。

 

「無理無理、こんな数無理だって!」

「陣形を崩すな!孤立すれば食い殺されるぞ!」

 

 無数の触手にルルネは泣きながら逃げ惑う。ベートが怒声と共に蹴撃を放ち、ファルガーが懸命にヘルメス・ファミリアの団員たちを鼓舞する。

 夥しい数の食人花(ヴィオラス)と、巨大花から変貌した規格外のハートレスが怒涛のごとく押し寄せ、彼らは圧倒的な数の暴力に完全に呑み込まれた。炎を纏う武器の力をもってしても、前線を押し返すことはおろか、現状を維持することすら困難な大混戦へと陥っていく。

 そしてアイズもまた、極限の戦いを強いられていた。

 目の前には、魔石を喰らって限界突破を果たしたレヴィス。さらに背後からは、剥き出しの筋肉と無数の瞼を持つ巨躯のハートレスが、死角を突いて重い拳を叩き込んでくる。

 かつてない絶望的な挟撃の前に、オラリオ最強の剣士でさえも防戦を余儀なくされ、デスペレートを振るうその表情には濃い苦悶の色が浮かんでいた。

 

 

 ・

 

 

 かつてオリヴァス・アクトと呼ばれた男の成れの果て。緑と紫が混じり合う巨大な毒々しい蕾を持ち、胸の奥で茨に絡まれた心臓型の紋章を不気味に脈打たせるハートレス、コラプトブルーム。完全に自我を喪失し、ただ底なしの飢餓感と破壊の本能だけを残した怪物が、新たな獲物を定めて悍ましく蠢いた。

 

「ソラ、来るぞ!」

「気をつけて、椿!あいつから凄く嫌なものを感じる!」

 

 二人の声が交差した直後、コラプトブルームは巨大な蕾を痙攣するように激しく揺らした。中心の亀裂から、黄色と紫色が斑に混じり合った不吉な粉塵が、突風に乗って広範囲に撒き散らされる。

 それはコラプトブルームが放つ呪いの花粉(カース・ポレン)であった。通路一帯を覆い尽くすほどの濃密な粉塵の嵐を正面から浴びた瞬間、ソラの体に異変が生じる。体内の活力が強制的に削り取られていくような激しい疲労感に襲われ、それと同時に彼の視界が唐突に真っ暗に染め上げられたのだ。

 

「前が見えない!それに、力がどんどん抜けて……!」

 

 ソラが咄嗟にキーブレードを構えたまま片膝をつき、周囲の気配を探ろうと顔を巡らせる。

 一方で、同じく花粉の嵐を浴びていた椿は、涼しい顔で周囲を見渡していた。第一級冒険者として長年迷宮を生き抜いてきた彼女は、発展アビリティ耐異常により、この悪辣な花粉の影響を完全に無効化していたのだ。だが、苦しげに顔を歪めるソラの様子を見て、彼女は瞬時に事態を察知する。

 

「手前には全く効かんが……ソラのその様子、強力な毒か、あるいは感覚そのものを狂わせる類の異常か!」

 

 五感のいずれかをランダムで奪い、生命力を削り取るというデバフの性質を看破した椿は、一切の迷いなく視界を奪われたソラを庇うように立ち塞がった。

 獲物が弱ったと判断したのか、コラプトブルームは容赦のない追撃を仕掛けてくる。怪物は大きく開いた蕾の奥底から、体内で培養した醜悪な虫型のハートレスを無数に吐き出した。インセクト・ボムと呼ばれるその群れは、空中で不規則な軌道を描きながら、明確な殺意を持ってソラたちへと殺到してくる。

 

「ソラ、そこから動くな!手前が防ぐ!」

「椿、気をつけて!上からもたくさん来てる気がする!」

 

 視力を失いながらも気配で敵の襲来を察知したソラの警告に、椿は好戦的な笑みを浮かべて愛機を顕現させた。

 彼女の手に握られたのは、巨大な質量を誇る鋼の戦鎚。椿はそれを頭上で風車のように激しく回転させ、炎の属性を纏わせた強固な防壁を全方位に展開する。

 飛来した無数の虫型ハートレスたちが次々と炎の防壁に激突し、大気を震わせる連鎖的な自爆を引き起こした。爆炎と衝撃波が荒れ狂う嵐の暴威となって通路を揺るがすが、椿の鉄壁の防御は決して揺るがない。

 しかし、上空の迎撃に意識が向いたその一瞬の死角を、底意地の悪い怪物は見逃さなかった。

 

「足元か!」

 

 視界のないソラが足元からの殺気に気づき跳躍しようとしたが、それよりも早く緑色の肉の床が激しく隆起した。

 地中を潜行してきたコラプトブルームの寄生根(パラサイト・ルート)が、鋭い槍のように無数に飛び出してくる。漆黒の極太の根が大蛇のような滑らかな動きでソラの四肢に絡みつき、そのまま空中の高い位置へと乱暴に吊り上げた。

 

「力が、吸い取られる!」

 

 根の表面に生えた無数の棘がソラの皮膚に容赦なく食い込む。そこから直接、生命力が猛烈な勢いで吸い上げられていく。拘束されたソラが苦痛に顔を歪めるのと反比例するように、コラプトブルームの胸にある茨の紋章が赤黒く輝き、怪物の表皮が瞬く間に再生していく。対象の命を啜り、己の傷を癒すという悪魔のような吸収能力である。

 

「手前の友に何をしておるか!」

 

 上空の爆炎を戦鎚で薙ぎ払った椿が、空中に囚われたソラを見て烈火のごとく怒りを爆発させた。

 彼女は戦鎚を瞬時に光の粒子へと還元し、極寒の魔力を秘めた氷の魔剣を顕現させる。地を蹴って高く跳躍すると、ソラを縛り付けていた強靭な寄生根の束を、絶対零度の剣閃で一刀両断に切り捨てた。

 凍結し粉砕された根から解放され、空中に投げ出されたソラを椿が力強く受け止める。着地と同時、ソラの瞳から暗闇が晴れ、元の明るい視界が戻ってきた。どうやら状態異常のデバフは一時的なものだったようだ。

 

「助かったよ、椿。もう見える!」

「礼は後だ。あれ、こちらの力を奪うだけではなく己の回復に回しおる。これ以上の長期戦は手前たちにとって致命的だぞ」

「うん、一気に決着をつけよう!」

 

 ソラはキーブレードを強く握り直し、椿と共に再び前傾姿勢を取る。

 標的を逃したコラプトブルームは激しく怒り狂い、再び巨大な蕾を揺らして呪いの花粉を散布しようと蠢き、同時に地中からは無数の寄生根が絨毯のように押し寄せてきた。上空からは新たな虫型ハートレスの群れが自爆の雨を降らせようと迫る。

 全方位からの致死の猛攻。だが、二人の目に絶望の色は欠片もなかった。

 

「もう同じ手は食らわない!風よ!!」

 

 ソラがキーブレードを天高く掲げると、彼を中心に迷宮の空気を全て巻き込むような極大の風。エアロガンが発生した。

 エアロガンは、散布されようとしていた花粉の嵐と、降り注ぐ虫型ハートレスの群れを根こそぎ巻き込み、巨大なミキサーのように空中で粉砕して彼方へと吹き飛ばしていく。

 上空の脅威が完全に排除されたその隙を突き、椿が動く。

 

「その忌々しい根ごと粉砕してやるわ!」

 

 椿は氷の魔剣を還元し、轟雷機剣・雷電丸(ゴウライキケン・ライデンマル)を顕現させた。重厚な剣を鞘に収め、長大な双胴の砲身へと劇的に変形させる。膨大な重量を誇る砲身を小脇に抱え、彼女は迫り来る無数の寄生根の中心へと肉薄した。

 二本のレールの隙間から紫電を伴う高密度のエネルギーが放たれ、極太の光線が地を這う寄生根の群れを跡形もなく蒸発させる。さらにその砲撃の余波はコラプトブルームの巨体を直撃し、体を大きく仰け反らせて巨大な蕾の一部を吹き飛ばした。

 

「今だ、ソラァ!」

「はぁああっ!」

 

 完全な無防備となった怪物の胸元、赤く明滅する茨の紋章が露わになる。

 椿の咆哮に応え、ソラは迷宮の壁面を蹴って限界まで跳躍した。

 彼の手にあるキーブレードの先端に、眩い純白の光とごうごうと燃え盛る炎が高密度に収束していく。光と炎が完全に融合した極大の剣閃を形成し、ソラは重力を味方につけた猛烈な速度で斜め下方へと急降下を開始した。

 迎え撃つように、コラプトブルームも残された無数の寄生根を束ねて巨大な槍を作り出し、空中のソラへと真っ直ぐに突き出す。

 光を纏った一筋の流星と、漆黒の怪物の悪意が真正面から激突した。

 強烈な閃光と衝撃波が通路全体を白く染め上げ、大気を激しく震わせる。

 完全に自我を失い、底なしの飢餓感で冒険者を喰らわんとする巨大なハートレスと、それを浄化せんとする鍵剣使いと鍛冶師。大空洞から続く通路の一角で、彼らの熾烈な死闘はさらに激しさを増していくのだった。

 

 

 ・

 

 

 数百の食人花(ヴィオラス)と巨大なハートレスが産み落とされ、大空洞が絶望的な怪物の宴へと変貌したその時。夥しい数の暴威に呑み込まれそうになっていた戦場を貫くように、エルフの少女の悲痛で、しかし毅然とした大声が響き渡った。

 

「私を守ってください!」

 

 それは、魔導士としての決死の覚悟を叫んだ言葉だった。

 極限の状況下で腹を括った彼女の姿に心を打たれたアスフィやフィルヴィス、そしてヘルメス・ファミリアの団員たちは、全幅の信頼を寄せて即座にレフィーヤのもとへと集結した。レフィーヤの指示のもと、冒険者たちは密集して彼女を中心に方円陣形を組み、命懸けとなる三分間の防衛戦の幕を上げる。

 その悲壮なまでの叫びは、離れた通路で巨大ハートレスであるコラプトブルームと交戦していたソラと椿の耳にも届いていた。

 

千の妖精(サウザンド・エルフ)がどうやら、魔法を撃つつもりようだが。どうする、ソラ?」

「レフィーヤがそうできるなら、オレはそうさせたい。それに、こいつを倒しても、アイズたちの方にはさらに強い力を感じるんだ」

「ならば、手前はアイズたちの方に行く。あれを三分間、手前抜きで抑えられるかソラ?」

「うん。大きいのとたくさんいるやつには、とっておきのが最近できたんだ」

「それが見られないのは残念だが、頼むぞソラ!」

 

 互いの意図を瞬時に理解し、椿は豪快に笑うと、背中をソラに預けて猛然とアイズやレヴィスたちが激突している方向へと駆け出していった。

 一方、陣形の中心に立つレフィーヤの足元には、美しい山吹色の魔法円が展開されていた。彼女は自らの師である九魔姫リヴェリアの極大の全方位殲滅魔法を召喚すべく、精神を極限まで集中させて魔法の詠唱を開始する。

 しかし、その膨れ上がる強大な魔力は、暗闇に灯る松明のように怪物の群れを引き寄せてしまった。四方八方から殺到する食人花(ヴィオラス)の猛攻を、虎人(ワ―タイガー)やドワーフの冒険者たちが血を吹き出しながら自らの体を肉の盾にして受け止め、アスフィやルルネたちが頭上から降り注ぐ無数の触手を必死に切り払ってレフィーヤを死守する。

 仲間の命を懸けた献身に応えるため、レフィーヤは自らの視覚を完全に遮断し、ただひたすらに魔法の構築に没入していった。

 そして通路側では、コラプトブルームの巨大な触手や呪いの花粉が、防衛線を構築しているレフィーヤたちの方へも被害を及ぼそうと蠢き始めていた。

 

「レフィーヤたちの邪魔はさせない!」

 

 

 そう叫んだソラはヴォルカニク・キャノンを構え。銃身に備わった炉の口から、周囲の空気を歪ませるほどの巨大なエネルギーが急速に集束していく。

 限界まで圧縮された力は、極太の灼熱レーザーとなって一直線に発射された。

 強烈な光の奔流が通路を薙ぎ払い、迫り来る無数の食人花(ヴィオラス)たちを瞬く間に焼き尽くし、次々と討伐していく。

 周囲の脅威を多く一掃したソラは、さらにコラプトブルームからレフィーヤを完全に守るべく、キーブレードをマッシブ・フェスティバルへと変え、変形を発動、手にした武器を三M(メドル)ほどもある巨大な石柱へと変貌させる。

 ソラが渾身の力でその巨大な石柱を迷宮の地面に深く突き刺した瞬間、眩い光がソラの全身を包み込んだ。

 強烈な光の奔流の中から姿を現したのは、6M(メドル)は下らない、筋骨隆々とした巨大なガネーシャ像であった。象の頭を持つその荘厳な巨像は、圧倒的な質量をもってコラプトブルームへと真正面から襲い掛かった。

 

「巨大ガネーシャ!?」

 

 死闘の最中、突如として戦場に乱入してきた異様すぎる存在に、ルルネが思わず素っ頓狂な叫び声を上げた。

 怪物の群れとの防衛戦で一言くらいなら無駄口を叩けるほどに気力を振り絞っていた冒険者たちも、巨大ガネーシャ像がコラプトブルームと組み合い、力任せに地面へと組み伏せる光景を視界の端に捉え、誰もが一度は驚愕の表情を顔に刻み付けた。

 眼前の通路でとんでもないことが起こっているようだったが、視覚を遮断しているレフィーヤの集中が途切れることはなかった。

 高速で詠唱を紡ぎ終えたレフィーヤが、凛とした声で魔法名を唱える。

 直後、足元の山吹色の魔法円が鮮やかな翡翠色へと変化し、リヴェリアの魔法の召喚が完全に開始された。

 しかし、レフィーヤが召喚した攻撃魔法の詠唱へと移った直後のことである。迷宮の別の区画を彷徨っていた巨大な食人花(ヴィオラス)の群れが、大空洞の通路から一斉に出現したのだ。階層主にも匹敵しそうな大型の個体たちは、味方である小型の食人花(ヴィオラス)を無慈悲に蹴散らしながら、レフィーヤを守る陣形を目掛けて地鳴りを響かせながら猛進してくる。

 

「くっ、させるか!」

 

 陣形が崩壊しかねない絶体絶命の危機を察知し、フィルヴィスが盾役のルルネたちを乱暴に押しのけて最前線へと飛び出した。

 背後で必死に詠唱を続けるレフィーヤの声を背中に受けながら、フィルヴィスは自身が隠し持っていた二つ目の魔法である、超短文詠唱の障壁魔法を発動する。

 

「盾となれ、破邪の聖杯!」

 

 フィルヴィスはアスフィとルルネ達が目を見張る中、魔法を発動する。

 

「ディオ・グレイル!!」

 

 彼女が左手を前方に力強く突き出すと、大気を震わせて白い輝きを放つ巨大な円形障壁が空間に出現した。

 濁流のように押し寄せてきた食人花(ヴィオラス)の強烈な突撃が障壁に激突するが、白い光の壁はひび割れることすらなく、その理不尽なまでの圧倒的質量を真正面から完璧に受け止めてみせたのだった。

 

 

 ・

 

 

 彼方でフィルヴィスによる白い輝きの障壁魔法が生まれる中、大空洞の中心ではアイズは絶望的な防衛線を強いられていた。

 風を纏い、凄まじい斬撃を放ち続けるアイズだが、その不可視の鎧は徐々に強烈な圧力によって押し戻され、削り取られつつあった。周囲の視界を真っ黒に染め上げ、退路を限定してくる無数の食人花(ヴィオラス)の群れ。それに加え、同胞の魔石を喰らうことで限界を超えた強化種である赤髪の女レヴィスと、彼女の意に従う禍々しい巨躯のハートレスが、アイズを執拗に追い詰めていたのである。

 レヴィスの全身からは、魔石を喰らった代償のような悍ましい闘気が噴出し続けている。純粋な身体能力のみでアイズの魔法を凌駕するその暴力は、相対する者に圧倒的な死の恐怖を植え付けるには十分だった。

 

 アイズは決してデスペレートを手放すことなく、風の斬撃で死に物狂いの応戦を続ける。

 だが、レヴィスが自身の闇から顕現させたハートレスは、あまりにも異質であり、純粋な凶悪さに満ちていた。

 剥き出しの赤い筋肉に無数の不気味な瞼を這わせたそのハートレスは、巨大な捕食口のような形をした異形の右腕を高く振り上げる。

 プレデタースマッシュと呼ばれるその一撃が、巨大な鉄槌のように大空洞の緑色の地面へと容赦なく叩きつけられた。

 地盤を粉砕する凄まじい衝撃波が円状に広がり、風の結界ごとアイズの姿勢を大きく崩しにかかる。内臓を揺さぶるような振動にアイズが顔をしかめた隙を突き、ハートレスは全身から赤黒いオーラを噴出させて暴走状態へと移行した。

 ライオットラッシュによる猛烈な突進。大質量の巨体が弾丸のごとくアイズへと迫り、間一髪で回避された勢いそのままに迷宮の分厚い肉壁面へと激突する。その理不尽なまでの破壊力は迷宮の壁を大きく抉り、大量の岩塊と緑色の肉の破片を土砂降りの雨のように降り注がせた。

 物理的な破壊の雨が、アイズの視界とわずかに残された退路を完全に奪い去っていく。

 

 降り注ぐ無数の岩塊と、間髪入れずに襲い来るハートレスの猛攻。

 アイズは風を極限まで纏わせたデスペレートを振るい、辛くもそれらを凌ぎ切る。だが、休む間もなく巨大な右腕が不気味に蠢き始めた。

 右腕の先端に開いた大口の奥底に、周囲の空間を歪ませるほどの膨大な闇のエネルギーが急速に収束していく。これまで捕食し、溜め込んできた絶大なエネルギーを、極太の光線として一気に放出する絶望の砲撃。グラトニーキャノンが今まさにアイズに向けて放たれようとしていた。

 

 長時間の交戦による体力的な激しい消耗と、風の魔法を最大出力で維持し続けることによる過負荷が、アイズの細い全身を確実に蝕みつつある。

 肺は焼け焦げるように熱く、剣を握る手足は鉛のように重い。対して、文字通り怪物的な存在であるレヴィスとハートレスの体力は、底なしの泥沼のように尽きる気配がなかった。

 限界を迎えつつあるアイズの隙を、レヴィスが見逃すはずがなかった。

 

「いい加減、終われ!!」

 

 冷たく吐き捨てながら、頰から冷たい汗が散るアイズへ、食人花(ヴィオラス)とハートレスの猛攻に乗じたレヴィスが紅の大剣を高く振り下ろす。

 死の刃が迫る絶体絶命と思われたその瞬間。

 間もなく炎は放たれるという、エルフの少女の透き通るような詠唱が、モンスターたちの喧騒と咆哮を縫って、アイズの耳元へと真っ直ぐに届いた。

 

『──間もなく、焰は放たれる』

 

 王族が奏でる玲瓏な詠唱を彷彿させる、あまりにも力強い魔力を持った響き。

 レフィーヤが紡ぐ魔法の調べに、アイズは驚きに目を見開く。彼女だけではない、仲間たちがまだそこで命懸けで戦っている。その事実が、凍りつきそうになっていたアイズの心に再び熱い火を灯した。

 更にそこへ、彼女の危機を救うべく二つの影が凄まじい速度で疾走してきた。

 灰色の毛並みを靡かせる狼人の青年と、豪快な笑みを浮かべるオラリオ最高の鍛冶師。

 間一髪のところでアイズの援護に飛び込んできたのは、ベートと椿であった。

 椿は鋭く光る一振りの刀を構え、紅の大剣を振り下ろそうとしていたレヴィスの側面へと鋭く踏み込んだ。

 

「手前もいるぞ!!」

 

 椿の放った強烈な斬撃を、レヴィスは咄嗟に大剣の腹で難なく受け止める。

 だが、椿の攻撃はそれだけで終わらなかった。

 彼女は魔法を発動させ、瞬時に手元の刀を光の粒子へと還元すると、全く形状の異なる巨大な戦斧を空中に顕現させて握り直した。

 

「息をつく暇など与えん!」

 

 防御のタイミングをずらす予測不能な重の一撃がレヴィスを襲う。

 さらに戦斧から双剣へ、双剣から長槍へと、椿は魔法によって次々と手元の武器を別の得物へと入れ替えながら、怒涛の連続攻撃を叩き込んでいった。

 オラリオの第一級冒険者にして最高の鍛冶師である彼女ならではの、武器の特性を完全に理解した変幻自在の猛攻。手数を限界まで増やして敵を圧倒しようとする椿だったが、魔石を喰らい力を増したレヴィスの大剣から放たれる規格外の反撃は、彼女の想像をはるかに上回る重さを持っていた。

 強烈な剣圧を伴った横薙ぎの一閃を辛くも槍の柄で防いだ椿は、たまらず後方へと大きく跳躍して距離を取る。

 

 間合いを空けた椿は、すぐさま魔法によって左右の手にそれぞれ新たな刀を顕現させた。

 

「とくと味わうがいい!」

 

 裂帛の気合いと共に、椿は両手の刀をレヴィスに向けて勢いよく投擲した。

 空気を切り裂いて飛来する二振りの刃を、レヴィスは大剣で容易く弾き落とす。しかし刃が弾かれて地面に落ちるよりも早く、椿は魔法で瞬時に刀を光へと還元して回収し、自らの手元に再び顕現させては投げるという、恐るべき速度の波状攻撃を幾度も繰り返した。

 魔法による顕現と回収を織り交ぜた、無限に降り注ぐかのような刃の雨。

 その絶え間ない攻撃を鬱陶しく感じたレヴィスは、忌々しげに舌打ちをして顔を歪めた。

 

「目障りだ。あの女を消せ」

 

 レヴィスは自身の闇の顕現であるハートレスへ、アイズではなく椿を狙うよう攻撃の指示を出した。

 主の命令に即座に従い、グラトニーキャノンのエネルギーを充填し終えようとしていたハートレスが、巨大な右腕の銃口を椿へと向ける。

 絶対的な破壊の光線が放たれようとしたその直後。

 横合いから弾丸のような速度で疾走してきたベートが、ハートレスの無防備な胴体に向けて、炎を纏った白銀の長靴による思い切り強烈な回し蹴りを見舞った。

 

「しゃしゃり出てんじゃねえ!」

 

 強靭なハートレスの巨体が、ベートの蹴りの規格外な威力と燃え盛る炎の爆発力によって大きく横へと吹き飛ばされる。

 照準を完全に狂わされたグラトニーキャノンは明後日の方向へと放たれ、大空洞の分厚い天井を焼き焦がして終わった。

 ハートレスの攻撃動作を完全に妨害したベートは、そのまま邪魔なハートレスへ向かって鋭い牙を剥き出しにして吠える。

 

「失せろ!おいアイズ、俺に風をよこせ!」

 

 燃え盛る闘志を瞳に宿したベートが、アイズに強力な連携を要求する。

 アイズはその意図を全て理解し、風を呼んだ。

 伸ばされた細い手から膨大な気流が揺らぎ、すれ違ったベートのフロスヴィルトへと文字通り吸い込まれていく。強烈な付与魔法による風の加護。両脚に凄まじい風の気流を宿したベートに後の前衛を任せ、アイズは一度戦列から大きく離れて体勢を立て直す。長時間の酷使で悲鳴を上げている肺に酸素を送り込み、決着の時を見据えて魔力を練り直すための、極めて冷静な判断だった。

 

「化物女は、そこで大人しくしていろ!」

 

 アイズと入れ替わるようにして最前線に躍り出たベートが、鋭い牙を剥き出しにして挑発の声を上げる。

 そのあからさまな敵意と、両脚から吹き荒れる風の魔力は、レヴィスと彼女が使役する巨大なハートレスの注意を完全に自分へと引きつけることに成功した。

 狼人は両脚に宿した気流を爆発的な推進力として駆使し、全力の連続蹴撃で敵をその場に縫い止める。目にも留まらぬ速度で放たれる白銀の軌跡が、迷宮の空気を切り裂きながらハートレスの巨体を殴りつけ、レヴィスの大剣を牽制する。

 しかし、仲間の魔石を喰らって限界を突破し強化されたレヴィスの基礎能力と、純粋な暴力の塊であるハートレスの執拗な連携は、やがて風の加護を得たベートをも徐々に圧倒し始めた。

 

「どけ、狼人(ウェアウルフ)!」

 

 感情を剝き出しにしたレヴィスの怒声が、大空洞に鋭く響き渡る。

 彼女の剛腕から放たれる紅の大剣は、先程よりも更に恐るべき速度と破壊力を纏っていた。その圧倒的な剣圧の前に、ベートの繰り出す風の蹴撃が徐々に押し戻されていく。

 致命の一撃を躱しきれず、ベートの戦闘衣(バトルクロス)が鋭く千切られた。防御を掻い潜った刃が彼の肩口を浅く、しかし確実に斬り裂き、血飛沫が大空洞の宙を舞う。

 ハートレスの巨腕による叩きつけを横跳びで回避したものの、着地の隙を狙ったレヴィスの追撃が容赦なく迫る。防戦一方に追い込まれたベートの体が、強烈な衝撃に耐えきれず大きく揺らいだ。

 このままでは押し切られる。死の影が狼人の足元に忍び寄る中、追い詰められるベートの耳に、場違いなほどに透き通った少女の歌声が聞こえてきた。

 

『ことごとくを一掃し、大いなる戦乱に幕引きを』

 

 視界の端を掠めたのは、円陣を敷いて決死の防衛戦を繰り広げる冒険者たちの光景だった。

 血まみれになりながらも一歩も退かずに肉の盾となる男たちがいる。魔法の杖を握り締め、なりふり構わずモンスターを殴りつける少女たちがいる。彼らは皆、自分よりも遥かに格上の化け物たちを前にして、雄叫びを上げて死地でなお抗い続けているのだ。

 そして、その円陣の中心で誰よりも強い輝かしい魔力光を放っているのは、先程まで震えていたはずのエルフの魔導士、レフィーヤだった。

 彼女が紡ぐ詠唱が、不屈の意志となって戦場を震わせている。

 その弱者たちの凄絶な足掻きを目の当たりにした瞬間、歯を食い縛り苦痛に顔を歪めていたベートの相貌が、無理矢理に、凶暴なまでに口端を裂いて歪んだ。

 

「てめえがくたばれ!」

 

 眼前のレヴィスに向かって激しく毒づきながら、ベートは自らの内側から湧き上がる熱い感情を爆発させた。

 あんな雑魚どもが、震える足で立って命懸けであがいているのだ。それなのに、第一級冒険者たる俺ごときが、こんな場所で敵に押さえ込まれていて、一体どの面を下げてオラリオを歩けるというのか。

 強者としての絶対の矜持と、決して折れることのない男の意地。

 今この瞬間も泥臭く戦い続ける弱者たちの姿に視界を白熱させながら、ベートは自らの内にあった限界の壁を、その鋭い牙で完全に食い千切った。

 彼の両脚で暴れ狂っていたアイズの風が、主の気迫に呼応するようにさらに激烈な輝きを放つ。借り物の力であったはずの暴風を完全に己の支配下に置き、より凶悪で圧倒的な力として従わせたのだ。

 速度と威力が跳ね上がったベートの蹴撃に、今度はレヴィスが防御を強いられる。予想外の反撃に彼女は瞠目し、すぐにその緑色の瞳を激しい苛立ちに吊り上げ、渾身の力を込めて紅の大剣を高く振りかぶった。

 ベートもまた、限界を超えた力で踏みしめた迷宮の地面をクレーターのように粉砕させる。

 

「おおおおおおおおっ!」

 

 獣の哮り声を引き連れ、狼人は全身のバネを解放して渾身の風脚を繰り出した。

 上段から振り下ろされた絶死の紅の大剣と、下から跳ね上げられた白銀の長靴が、大空洞の中心で真正面から激突する。

 鼓膜を破るほどの凄まじい金属音が響き渡り、互いの絶大な力が拮抗した。

 ベートの脚から吹き荒れる風の渦に、レヴィスの紅刃が強引に貫通してくる。大剣とぶつかり合った白銀の長靴に、悲鳴のような音を立てて夥しい亀裂が走り抜けた。

 ブーツを装着したベートの足の皮膚が圧力で裂け、鮮血が空中に吐き散らされる。骨が圧砕するかのような想像を絶する衝撃が全身を駆け巡ったが、狼人は決してその脚を引かなかった。

 己の肉体が壊れることと引き換えに放たれた破格の蹴撃は、ついにレヴィスの膂力を上回り、彼女と背後のハートレスの体勢を完全に、そして大きく崩してのけたのである。

 

 まさにその決定的瞬間。

 スルトの剣にすべてを焼き尽くすよう命じる、レフィーヤの長大な詠唱が遂に完了の時を迎えた。

 

『レア・ラーヴァテイン!!』

 

 レフィーヤの絶叫と共に、世界を白く染め上げるような光の音響が弾け飛ぶ。

 大空洞の全域へと急激に拡大した翡翠色の魔法円から、大気を焼き焦がす放射状の連続した火炎の極柱が、天を衝く勢いで立ち昇った。

 それはまさに神の怒りそのものであった。極大の劫火は、大空洞を埋め尽くしていたすべての食人花(ヴィオラス)と、闇から這い出た悍ましいハートレスたちを容赦なく呑み込み、一瞬にして焼き尽くしていく。

 断末魔の叫びすらも炎の轟音にかき消され、モンスターの魔石も、残骸たる灰すらも残さない完全なる広域殲滅魔法。

 絶望に支配されていた大空洞は、エルフの少女が放った奇跡によって、瞬く間に紅い炎が支配する灼熱の世界へと変貌を遂げた。

 

 すべてを燃やし尽くす熱波と、視界を紅く染める炎の光に横顔を焼かれながら、ベートの口が深く吊り上がった。

 大空洞を埋め尽くしていた数多のモンスターたちは完全に殲滅された。あの震えていたエルフの少女が、見事に大役をやり遂げてみせたのだ。泥に塗れながらも抗い続けた弱者たちが、ついに強大な敵に対して反撃の咆哮を上げたのである。

 ベートの琥珀色の瞳に、野性的な強い光が宿る。

 

「るぉおおおおおおおおおおっっ!!」

 

 このまま大剣の圧力に押し切られようとしていた左脚に、彼は自身の細胞を燃やすようななけなしの力をすべてそそぎ込んだ。弱者の咆哮に応えるように、強者であるベートもまた己の魂を震わせて咆哮し、渾身の力を振り絞った白銀の蹴撃で、レヴィスの紅の大剣を完全に上方へとはね返した。

 大剣を弾かれ、レヴィスの胸元が完全に無防備に晒される。

 大量の火の粉が舞い散る戦場を抜け、体勢を崩したレヴィスのもとへ、一つの影が音もなく、しかし弾丸のような速度で疾走してきた。

 戦列を離れ、魔法の力を再び完全に目覚めさせていたアイズである。

 極限まで圧縮された風を纏い直し、正真正銘の神速の弾丸と化した彼女は、決してその手から手放さなかった愛剣を静かに振りかぶった。

 すれ違いざまに放たれた、渾身の力による袈裟斬り。

 鋭利な風の刃を纏ったデスペレートは、レヴィスが咄嗟に盾にした紅の大剣を、まるで紙のようにあっさりと両断して切断する。

 武器を破壊され、驚愕に見開かれたレヴィスの瞳。その視界の下から、アイズの流れるような続く斬り上げが放たれた。

 銀の軌跡がレヴィスの胸部を深く薙ぎ払い、真っ赤な血飛沫が炎の世界に美しくも残酷な弧を描いて飛び散る。

 

「はああああああっ!」

 

 そして、流れるような連続攻撃の最後、すべてを終わらせる止めの振り下ろし。

 アイズは迷宮の床を強く蹴って高く宙へと跳び上がると、猛り狂う暴風の渦を剣身に極限まで付与した。

 全身の体重と、風の魔力、そして仲間たちの想いのすべてを乗せた絶大なる一撃を、眼下で体勢を崩しているレヴィスに向かって容赦なく叩きつける。

 レヴィスは折れた大剣の柄を捨て、咄嗟に両腕を顔の前で交差させて、その純粋な腕力と装甲で風渦の剣を受け止めようとした。

 だが、今のアイズの刃を受け止めることなど、今のレヴィスには不可能だった。

 激突した瞬間に途轍もない力の反発が発生し、大空洞の空気が弾け飛ぶ。

 鋼鉄をも砕く凄まじい風の圧力に腕の骨を軋ませ、レヴィスはたまらず苦悶の声を上げた。彼女の強靭な肉体は、決河の勢いで押し寄せる風の暴力によって後方へと一直線に押し飛ばされていく。

 地面を削りながら吹き飛び、ついに大空洞の最奥にそびえ立つ石英の大主柱に、背中から激しい音を立てて叩きつけられた。

 ひび割れた大主柱の根元で、レヴィスは糸が切れた人形のように力なく崩れ落ちる。

 炎の粉が舞い散る静寂の中、息を乱しながらも静かに剣を構え直すアイズの姿があった。

 

 デスペレートを片手で力強く握りしめながら、アイズは荒い息を吐き出した。

 彼女の細い身体に纏われていた、唸りを上げていた風の鎧がシュウッと音を立てて霧散し、解除されていく。肩で息をしながらも、アイズはその黄金の双眸から警戒の色を消すことなく、激突の末に吹き飛ばしたレヴィスのいる大主柱のもとへと静かに歩みを進めた。

 エルフの少女レフィーヤが放った極大の召喚魔法によって、薄暗かった大空洞の食料庫は、火の粉と熱気が満ちる灼熱の異世界へと様変わりしていた。迷宮の床や壁を覆っていたおぞましい緑色の肉や巨大花の組成も、その大半が完全に焼け落ちて消滅し、迷宮本来の無機質な岩肌があちこちから覗きつつある。

 アイズの背後、少し離れた後方では、死闘の末に敵勢力を掃討し、完全に力尽きた冒険者たちが緑の残骸や焼け焦げた地面にへたり込んでいた。激戦の余韻と静寂が、炎の爆ぜる音と共に大空洞を包み込んでいる。

 油断なくアイズが近付いていくと、ひび割れた石英の大主柱の根元で片膝をついていたレヴィスが、ゆっくりと立ち上がった。

 

「……」

 

 レヴィスの全身からは、淡い光を放つ魔力の粒子が陽炎のように立ち上っている。それは強化種特有の異常な治癒能力が働き、傷ついた肉体を修復し始めている証拠だった。

 しかし、レヴィスはアイズに向かって構えを取ることはなく、ただひどく冷めた、淡々とした声で口を開いた。

 

「今のお前には、勝てないようだな」

 

 それは自身の敗北をあっさりと認める、感情の抜け落ちた宣告だった。

 レヴィスは視線をアイズから外し、自らの背後にそびえ立つ石英の大主柱へと見上げるように首を巡らせた。

 

「これがこの食料庫(パントリー)の中枢だ。これが壊れればどうなるか、知っているか?」

 

 アイズが答えるよりも早く、レヴィスは握りしめた拳を無造作に振り上げ、背後の石英の柱に向かって容赦なく叩きつけた。

 鈍い破壊音が響き、硬質な石英の柱に深い亀裂が走る。中枢が砕け散り、大主柱が崩壊するかと思われたその瞬間だった。

 地中から突如として無数の黒い茨が飛び出し、亀裂の入った石英の柱にびっしりと絡みついたのだ。茨はまるで柱の崩壊を強引に縫い合わせるかのようにして、その完全な破壊を防いでみせた。

 

「チッ……アレへの愛だけは、完全に闇に溶けなかったか」

 

 想定外の現象に、レヴィスは忌々しげに悪態をついた。

 それは先程ソラと椿に討伐されたオリヴァスの成れの果て、心を失ったはずのハートレスが最期の最期に残した執念だったのかもしれない。自らの自我すら失う底なしの闇に飲まれながらも、彼が崇拝していた聖域を守るという狂信的な愛だけは、消えずに残っていたのだ。

 柱の破壊を諦めたレヴィスは、再びアイズへとその緑色の瞳を向けた。

 

「アリア」

「……っ」

「五十九階層で待つ」

「どういう意味?」

 

 アイズは眉を顰め、鋭く問い返す。

 アリアという母の名前で呼ばれることへの拒絶と、見知らぬ深層の階層を指定されたことへの困惑が、彼女の黄金の瞳を小さく揺らした。

 そんなアイズの反応を見て、レヴィスは冷酷な笑みを浮かべて促すように言った。

 

「薄々感づいているだろうがな。私の話が本当だとしても、お前の体に流れる血が教えているはずだ。お前自ら来れば、手間も省ける」

 

 意味深長な言葉だけを一方的に残し、レヴィスは跳躍した。

 アイズが追撃する隙も与えず、レヴィスは超人的な脚力で大空洞の崩れかけた壁面を蹴り上がり、暗い迷宮の通路の奥へと一瞬にして姿を消した。

 赤髪の強化種はその場から完全に逃亡し、熱気と火の粉が舞う大空洞には、剣を握りしめたまま立ち尽くすアイズと、満身創痍の冒険者たちだけが残されたのだった。

 

 

 ・

 

 

 大空洞を覆っていた灼熱の炎が徐々に収まり、圧倒的な威容を誇っていた巨大ガネーシャ像が光の粒子となってソラのキーブレードへと還っていく。

 同時に、遠く離れた大主柱の方向から感じていた、息が詰まるような強大な闇の気配が急速に弱まっていくのをソラは肌で感じ取っていた。

 

「やったな、レフィーヤ」

 

 ソラは安堵の息を吐き、キーブレードを下ろして彼女の元へと駆け寄る。

 極大の召喚魔法を放ち終えたレフィーヤは、深刻な精神疲弊を起こして迷宮の冷たい地面に力なく倒れ伏していた。その傍らには、彼女を命懸けで守り抜いたフィルヴィスが膝をついている。

 フィルヴィスは、疲労困憊のレフィーヤを抱き起こそうと手を伸ばしかけて、不自然にその動きを止めていた。かつての凄惨な事件で同胞を失い、自らを呪われた存在だと忌み嫌う彼女は、自身の穢れた手で純粋なエルフの少女に触れることをひどく躊躇していたのだ。

 だが、そんなフィルヴィスの震える指先を、倒れ伏したレフィーヤが自らそっと握りしめた。

 

「大丈夫、ですよ……」

 

 弱々しくも温かい微笑みを浮かべて無事を伝える少女の姿に、フィルヴィスは驚きに目を見開く。

 穢れを恐れないその真っ直ぐな信頼に触れ、フィルヴィスは切なそうに自らの胸を強く握り締めた。そして、何かを振り切るように決意を固めた表情を浮かべると、今度こそ迷うことなく両腕を伸ばし、レフィーヤの華奢な体を優しく抱き起こした。

 死闘の果てに訪れた、静かで感動的な場面。

 しかし、そんな穏やかな空気に冷水を浴びせるように、背後から底知れない巨大な闇のうねりが突如として膨れ上がった。

 

「なっ……まだ終わってないのかよ!?」

 

 背筋を凍らせるような強烈な悪寒に襲われ、ソラは弾かれたように後ろを振り向く。

 ガネーシャ像の質量によって完全に圧殺され、霧散したはずのコラプトブルーム。だが、迷宮の床に散らばっていた無数の漆黒の茨が、まるで意思を持っているかのように一箇所へと寄り集まり始めていたのだ。

 巨大な花という質量を捨て去り、より高密度な闇の塊として再構築されていく異形の肉体。

 茨が複雑に絡み合い、編み込まれるようにして形成されたのは、人間の成人ほどの大きさを持つ人型の姿であった。

 顔にあたる部分には目も口もなく、ただ鋭い棘の渦が不気味に蠢いている。背中からは枯れ葉や蝙蝠の被膜を思わせる、血のように赤黒い四枚の異形な羽が展開されていた。

 そして何より目を引くのは、その胸の奥で禍々しく赤く輝く、茨に縛られたハートの紋章。

 さらに、両腕の先には手など存在しなかった。代わりにそこにあったのは、空間を歪ませるほどの赤い稲妻を激しく纏った、巨大で鋭利な二振りの大鎌である。

 巨大な蕾の姿とは全く異なる、純粋な殺戮のみに特化した死神のようなフォルム。

 それは、周囲の光を全て吸い尽くすかのような圧倒的な絶望感を放ちながら、ソラたちに向けて静かにその赤い稲妻の鎌を構えたのだった。

 

 禍々しい茨の集合体から成る死神、ブライア・スウォーム。赤い稲妻を纏う二振りの大鎌が、ソラを明確な標的として定めた。

 

「まだ終わってないなら、何度でも倒すまでだ!」

 

 ソラはキーブレードを強く握り直し、迷宮の床を力強く蹴って猛然と突貫した。

 迎撃に出たブライア・スウォームの大鎌と、ソラのキーブレードが正面から激突する。強烈な赤い稲妻と純白の光が交錯し、大空洞に鼓膜を刺すような金属音と火花が幾度も散らされた。

 質量を圧縮したことで、ブライア・スウォームの動きは巨大花の頃よりも遥かに速く、そして鋭い。ソラが剣を振り抜く隙を縫って、ブライア・スウォームは変幻自在に棘の刃を繰り出してくる。

 数合の熾烈な斬り合いが続いた直後、ブライア・スウォームは突如として鍔迫り合いを放棄した。

 

「なっ……!?」

 

 ソラが体勢を崩したその一瞬の隙を突き、ブライア・スウォームは背中の異形な四枚羽を羽ばたかせ、ソラの横をすり抜けて猛スピードで背後へと跳躍した。

 ブライア・スウォームが向かった先。それは、極大魔法を放って精神疲弊を起こし、迷宮の地面に倒れ伏しているレフィーヤたちのいる場所だった。

 

「レフィーヤ!」

 

 ソラの血の気を引いた叫び声が響く。

 強烈な殺気に気づいたフィルヴィスが、抱き起こそうとしていたレフィーヤを背にかばい、すぐさま手にした短い杖を構えて立ち塞がった。

 

「来させは……!」

 

 しかし、迎撃の魔法を紡ぐよりも早く、ブライア・スウォームの接近は常軌を逸していた。

 赤い稲妻を引くような速度で肉薄したブライア・スウォームは、大鎌を振るうまでもなく、強靭な茨の脚でフィルヴィスの腹部を無慈悲に蹴り上げた。

 防御の暇すら与えられない重い衝撃に、フィルヴィスの身体はくの字に折れ曲がり、そのまま無残にも後方の分厚い壁へと叩きつけられる。

 

「ウィリディス!!」

 

 壁際で崩れ落ち、血を吐きながらもフィルヴィスは悲痛な叫びを上げた。

 彼女の絶望に満ちた声をよそに、ブライア・スウォームは完全に無防備となったレフィーヤを見下ろした。そして、赤い稲妻を激しく纏わせた凶刃を、気を失っているエルフの少女の細い首筋へと容赦なく振り下ろす。

 誰もが、肉が裂かれ命が散る最悪の結末を想像した。

 だが、大空洞に響き渡ったのは、肉を裂くような鈍い音ではなかった。

 

 ガァンッ!!

 

 激しい火花と共に、鼓膜を劈くような甲高い金属音が弾け飛んだのだ。

 ソラも、フィルヴィスも、信じられないものを見るように息を呑んで目を見開く。

 気を失い、固く目を閉じているはずのレフィーヤ。彼女の右腕がゆっくりと持ち上がり、迫り来る大鎌の刃を完全に防いでいた。

 いや、ただ腕を上げたのではない。

 彼女のその小さな手には、杖ではなく、神々しい光を放つ鍵型の剣――キーブレードがしっかりと握り締められていたのである。

 

「レフィーヤの手に、キーブレードが……!?」

 

 気を失ったまま、全くの無意識下で彼女は自らの内に眠る光の力を具現化させ、絶対の危機に反応して致命の一撃を弾き返してみせたのだ。

 予期せぬ光の力の発現と、その剣から放たれる純粋な脅威を本能で感じ取ったのか、ブライア・スウォームは忌々しげに赤い稲妻を散らしながら大きく後ろへと跳び下がった。

 距離を取ったブライア・スウォームを前に、意識のないままのレフィーヤの桜色の唇が、ゆっくりと微かに動き出す。

 

「契約に答えよ、森羅の風よ。我が命に従い敵対者を薙げ」

 

 それは無意識の底で、魔導士としての彼女の本能が呼び起こした風の魔法の詠唱だった。

 言葉が紡がれるごとに、彼女の握るキーブレードの先端へと凄まじい風の魔力が収束し、圧縮されていく。大空洞の空気が震え、不可視の暴風が荒れ狂う。

 

「ゲイル・ブラスト!!」

 

 目を閉じたままの少女が凛と叫んだ瞬間、極限まで圧縮された風が解放された。

 猛烈な暴風が真っ直ぐに放たれ、体勢を立て直そうとしていたブライア・スウォームを真正面から飲み込む。

 防ぐ術もなく強烈な風の暴力に当てられたブライア・スウォームは、空中に巻き上げられ、錐揉み回転しながら大空洞の奥へと一直線に吹き飛ばされていった。

 

 そして、その吹き飛ばされた先。ブライア・スウォームの軌道上には、力強く蹴って高く跳躍し、空中で待ち構えていたソラの姿があった。

 風の魔法によって完全に無防備となって飛んでくるブライア・スウォームへ向け、ソラは全身の力を込める。彼の手にあるキーブレードの先端に、眩いほどの純白の光が高密度に収束していった。

 

「これで、終わりだっ!」

 

 裂帛の気合いと共に、ソラは光を纏った自らのキーブレードを上段から全力で振り下ろした。

 空中で交錯する二つの影。

 絶対的な浄化の光を帯びたソラの渾身の一撃が、赤い稲妻を纏うブライア・スウォームの胴体を、脳天から真っ二つに両断する。

 不気味な断末魔の風切り音と共にブライア・スウォームの大鎌から赤い稲妻が四散し、茨の集合体であった肉体はドロドロの黒い霧となって完全に霧散していった。

 無意識の底から奇跡の風を呼び起こし、絶望の死神を吹き飛ばしたレフィーヤ。しかし、限界を遥かに超えた魔力の行使と極度の精神的緊張は、彼女の華奢な肉体から全ての体力を容赦なく奪い去っていた。

 手にしたキーブレードが光の粒子となって消失すると同時、糸が切れた操り人形のように、彼女の身体は迷宮の冷たい地面へと力なく崩れ落ちた。

 

「レフィーヤ!」

 

 その光景に心臓を鷲掴みにされたソラは、悲痛な叫びを上げて地に伏した少女のもとへ駆け寄ろうと力強く地を蹴る。

 だが、焦燥に駆られるその背中へ向けて、後方で陣形を維持していたアスフィから切羽詰まった、悲鳴のような警告が飛んだ。

 

「ソラさん、油断しないでください!後ろです!」

 

 アスフィの尋常ならざる叫びに、ソラが弾かれたように振り返る。

 そこには、己の目を疑うような悍ましい光景が広がっていた。ソラの渾身の斬撃によって真っ二つに両断され、霧散したはずのブライア・スウォーム。しかし、黒い霧と化して大空洞に漂っていた無数の茨は、完全に消滅するどころか空中で二つの巨大な塊へと分かれ、瞬く間に新たな異形の姿を再構築していたのだ。

 質量を二つに分け、赤い稲妻を纏う大鎌を備えた禍々しい死神が、なんと二体へと増殖を遂げていたのである。

 分裂と再生を終えた二体のブライア・スウォームは、一切の思案を挟むことなく即座に行動を開始した。一体は振り返ったソラへ向けて、死を告げる大鎌を高く振りかぶって猛然と襲い掛かる。そしてもう一体は、ソラを完全に無視し、無防備に倒れ伏すレフィーヤたちの陣形へと真っ直ぐに凄まじい速度で疾走していく。

 

「させるかあっ!」

 

 ソラは自らに迫る一体の迎撃を瞬時に捨て、迷宮の焼け焦げた壁面を力強く蹴り上げた。

 重力の軛から完全に逃れたかのような、アクロバティックな軌道を描くフリーフローの発動。超速の跳躍は空間を切り裂き、レフィーヤへと肉薄していたブライア・スウォームの頭上へと一瞬にしてソラを運んだ。

 赤い稲妻を帯びた大鎌が、エルフの少女の首筋へ振り下ろされようとしたその絶体絶命の瞬間。

 ソラは敵の巨体と振り下ろされる鎌そのものを強引に軸に見立て、自らのキーブレードをその茨の隙間へと深々と引っ掛けた。そのまま自身の全体重と落下の勢いを利用し、猛烈な速度で横回転するポールスピンを叩き込む。

 遠心力を伴った重い打撃の連続に、強固な茨の装甲が砕け散り、ブライア・スウォームの体勢が完全に崩れる。ソラはその回転の勢いを殺すことなく、流れるような動作で敵を弾き飛ばすブロウフロウへと技を派生させた。

 キーブレードに絡め取ったブライア・スウォームの巨体を、ソラを追って迫ってきていたもう一体のブライア・スウォームへと目掛けて、渾身の力で勢いよく投げつける。

 空中で二体の異形が大激突し、互いを構成する無数の茨が複雑にもつれ合いながら、激しい轟音を立てて迷宮の地面を無様に転がっていった。

 そこへ、大空洞の奥から強烈な足音が響き渡り、頼もしい援軍が合流を果たした。レヴィスとの死闘を制したアイズ、椿、そしてベートたちである。

 

「あれはなんだ」

「さっきのやつの茨が集まったやつだよ!」

「まだ、戦いは続くようだな」

 

 大空洞に再び現れた不気味な死神の姿を前に、椿が目を細めて問い、ソラが油断なくキーブレードを構え直しながら答える。アイズもまた、静かにデスペレートを握り直し、黄金の瞳に鋭い剣気を宿した。

 

「俺がやる!」

 

 レヴィスとの激戦で両脚の皮膚が裂け、戦闘衣を血に染めているはずのベートが、鋭い牙を剥き出しにして真っ先に前に出ようとする。

 強者としての矜持が彼を突き動かしていたが、両脚に深刻なダメージを負い、立っていることすら奇跡に近いその満身創痍の姿に対し、椿は呆れたように短く息を吐いた。

 

「その足では無理であろう」

「うるせぇ!」

 

 ベートは椿の忠告を完全に無視し、痛みを噛み殺して強引に踏み出そうとした。

 だが次の瞬間、椿が容赦なく、そして的確に彼の軸足を軽く足蹴にした。

 限界を迎えていた脚を的確に払われ、ベートはたまらずバランスを崩し、無様な音を立てて緑色の地面に転がってしまう。

 

「手前の、その軽い蹴りすら避けられぬなら、あのモンスターと戦うのはちと厳しかろう。なに、手前たちがすぐに終わらせる」

「……チッ」

 

 椿の飄々とした、しかし絶対的な実力と自信に裏打ちされた言葉に、ベートは忌々しげに舌打ちをして地面を強く叩き、悔しげに顔を歪めることしかできなかった。

 ソラ、アイズ、そして椿。

 オラリオの最高戦力と異界の鍵剣使いが横一列に並び、それぞれの獲物を構えて立ち上がる二体のブライア・スウォームと対峙する。

 すると、もつれ合いから体勢を立て直したブライア・スウォームの内の一体が、突如として信じがたい行動に出た。己の右腕である大鎌を高く振り上げ、なんと自らの胴体へ向けて深々と突き立て、そのまま自身の体を縦に無残に引き裂き始めたのだ。

 

「自害……?」

 

 その異様で理解不能な奇行に、後方で陣形を守るアスフィが戦慄混じりの疑問の声を漏らす。

 だが、それは自らを滅ぼす行為などという生易しいものでは決してなかった。真っ二つに引き裂かれたブライア・スウォームの胴体の断面から、どす黒い無数の茨が狂ったように蠢き出し、瞬く間に欠損部分の肉体を編み上げるように再生していく。

 結果、引き裂かれた半身がそれぞれ新たな個体として完全に独立し、ブライア・スウォームは合計三体へとその数を増やしてしまったのだ。

 

「倒しても増えるとは、厄介極まりないな」

「すぐに終わらせよう!」

 

 限りなく増殖と再生を繰り返す悪夢の性質に椿が顔を顰めるが、ソラの瞳には一歩も引かない強い決意の光が宿っていた。

 その力強いソラの言葉に、アイズも無言で深く頷き、愛剣デスペレートに纏わせた風の魔力をさらに一段階引き上げる。

 三人が武器を力強く構え、互いの呼吸を合わせるように心を一つにしたその瞬間だった。

 彼らの足元に、見たこともない複雑で神聖な紋様が光の線となって浮かび上がり、三人の身体を眩いほどの純白の光が優しく、そして力強く包み込んだ。

 ソラの持つ特別なスキル。仲間との強い絆と信頼を絶大な力へと変換する究極の奥義、トリニティリミットが発動したのである。

 圧倒的な光のオーラを全身から放ちながら、三人の英雄と三体の異形が同時に迷宮の地を蹴り、大空洞の中心で真っ向から肉薄した。

 激突の瞬間、ソラ、アイズ、椿の三位一体の連携は、次元の違う完成度でブライア・スウォームを凌駕した。

 

 ブライア・スウォームが放つ赤い稲妻の凶刃を、アイズが神速の風の結界で完璧に弾き返す。その硬直の隙を突き、椿が炎を纏った大剣で死神の茨の装甲を粉々に粉砕する。そして完全に生じた無防備な死角へと、ソラが純白の光の剣閃を正確無比に叩き込む。

 死角のない完璧なコンビネーション。流れるような三人の強烈な打ち上げ攻撃が三体同時に炸裂し、ブライア・スウォームたちは為す術もなく、大空洞の遥か上空へと力強く吹き飛ばされていった。

 空中に無防備に放り出されたブライア・スウォームの群れへ向け、三人は渾身の力を込めて、真の最後の一撃を放つ構えを取る。

 ソラのキーブレードの先端から放たれる、闇を完全に浄化する純白の光の奔流。

 アイズのデスペレートから解き放たれる、嵐のごとき神速の風の刃。

 椿の刀から放たれる、全てを灰燼に帰す紅蓮の炎。

 光と、風と、炎。

 三つの強大な属性が上空で一つに激突し、大空洞の分厚い天井すらも吹き飛ばさんばかりの、広範囲に及ぶ絶大なる破壊の嵐へと変貌を遂げた。

 それはまさに天罰の如き一撃だった。融合した極大のエネルギーの渦が、三体のブライア・スウォームを完全に呑み込む。

 断末魔の叫びすらも圧倒的な光と力の渦に溶かされ、赤い稲妻も、執念の茨も、増殖する悪夢のすべてが、今度こそ塵一つ残さず完全に消滅していった。

 圧倒的な光の奔流が収まると、大空洞には静かに灰が舞い落ちるだけの完全なる静寂が訪れた。

 増殖する悪夢であったブライア・スウォームは、三位一体の連携によって見事に討伐されたのだ。

 

「終わった……のか?」

 

 誰かが安堵の息を吐きかけた、まさにその瞬間だった。

 メキメキという不気味な破砕音が、大空洞の最奥から鳴り響いた。レヴィスの拳によって砕かれながらも、ブライア・スウォームの茨によって強引に崩壊を免れていた石英の大主柱。ブライア・スウォームの消滅に伴い、その支えとなっていた茨もまた黒い霧となって消失してしまったのだ。

 つなぎ止めるものを失った巨大な石英の柱が限界を迎え、鼓膜を破るような轟音と共に完全に崩壊を始めた。

 

「まずいぞ!柱が!」

 

 椿が鋭く声を上げる。

 しかし、事態はそれだけでは終わらなかった。大主柱の崩壊に連動するかのように、大空洞の分厚い天井全体に巨大な亀裂が走り始めたのだ。パラパラと小石が落ちてきたかと思えば、瞬く間に家屋ほどもある巨大な岩盤が次々と剥がれ落ち、戦場だった空間へと容赦なく降り注ぎ始めた。

 

「やばい!全部崩れる!」

 

 迷宮の自壊とも言える絶望的な光景を前に、ソラは瞬時に判断を下した。

 彼はキーブレードを高く掲げ、魔法を極限まで解放する。キーブレードを天高く掲げると光が弾け、ソラの周囲に魔法のレールが出現した。それに導かれるように、眩いネオンの光を放つ光の列車、マウンテンコースターが大空洞の只中へと轟音を立てて召喚されたのである。

 

「みんな、全員それに乗り込め!」

 

 ソラが張り裂けんばかりの声で叫ぶ。

 突如として出現した色鮮やかな巨大な乗り物に、アスフィやフィルヴィス、ヘルメスファミリアの面々は一瞬呆気にとられた。しかし、頭上からは死の岩雨が降り注いでいる。何が何だか分からない状況ではあったが、彼らは気を失ったレフィーヤを抱え上げ、ソラの言う通りに慌ててマウンテンコースターの客車へと飛び乗った。

 

「ふざけんな!俺はあんな得体の知れないもんはいらねぇ!」

 

 負傷した脚を引き摺りながら自力で脱出しようとするベートが、鋭い牙を剥いて拒絶の声を上げる。

 だが、そんな強がりを許すような状況でも、それを聞き入れるようなオラリオ最高の鍛冶師でもなかった。

 

「四の五の言わずにおとなしく乗っておれ!」

 

 椿は逃げようとするベートの襟首を掴み、小脇に抱え上げると、そのまま強引にマウンテンコースターの座席へと放り込んだ。

 

「てめぇ、離せ!」

 

 負傷しているにもかかわらず暴れ狂う狼人に対し、椿は魔法で顕現させた頑丈な鎖を巻きつけた。さらに隣に座ったアイズも無言でその鎖の端を掴み、二人がかりで暴れるベートを座席へと強引に押さえつける。

 

「アイズ、てめぇまで!」

「今は、おとなしくしてて」

 

 アイズが淡々と告げる中、全員の乗車を確認したソラはマウンテンコースターの先頭車両に乗り込み、光の列車を急発進させた。

 轟音を立てて魔法のレールを滑り出したコースターの上空から、逃げ道を塞ぐように巨大な落石が次々と迫り来る。

 

「このっ!」

 

 ソラは煙突から猛烈な火炎弾ことチムニーフレアを上空へと連射した。

 燃え盛る炎の弾丸が次々と落石に着弾し、粉々に粉砕して安全な突破口を切り開いていく。

 

「手前も手伝うぞ!」

 

 後部座席からは、ベートを押さえつけている椿が空いた片手で次々と予備の斧を魔法で顕現させ、迫り来る岩盤に向けて豪快に投擲していく。巨大な斧が岩をカチ割る音と、チムニーフレアの爆音が大空洞に響き渡った。

 崩落の嵐を紙一重で掻き分けながら、マウンテンコースターはまだ瓦礫で塞がれていない出口通路へとギリギリで滑り込む。

 直後、背後で大空洞そのものが完全に崩れ落ちる、世界が終わるような地響きが鳴り響いた。

 崩壊する迷宮の闇を置き去りにして、光の列車は猛スピードで駆け抜けていく。彼らはそのまま安全地帯である18階層の宿場街、リヴェラの前へと向かって一直線に爆走していくのだった。

 

 

 ・

 

 リヴェラの前でマウンテンコースターを消したソラはその日の内に地上に帰還した。

 地上への帰還はアイズ達や椿も一緒にソラはベートの足を治すべく。エリクサーを渡そうとしたのだが施しはいらねぇと叫んだベートによってアイズ達や椿たちと解散。

 ソラは全力で帰還しながらこれからのことを考える。闇派閥のことやハートレスを使役していたやつらにハートレスの紋章が刻まれた食人花(ヴィオラス)とどれからヘスティア達に話すか悩んでいるとホームの廃教会に到着。

 

 扉を開けるとソラはベルと目が合う。思わずソラは後で合流しようと言ったのに緊急事態とはいえその約束を破ったことの負い目で申し訳なさそうな顔をする。ベルもまたダルザクスの言葉が思い浮かぶがダンジョンの異常の捜査から帰ってきたソラに暗い顔を見せないように笑顔を作っていると地下からドタバタと階段を駆け上がる音が聞こえる。

 

「おかえり、ソラくん!」

 

 ヘスティアの屈託のない笑顔を見た途端ソラの負い目もベルの暗い考えが吹き飛ぶ。

 

「おかえり、ソラ!」

 

 そうしてヘスティアの言葉に続くようにベルも屈託のない笑顔になり、ソラは口元を大きく綻ばせる。

 

「ただいま!ベル!!ヘスティア!!」

 

 こうして長い一日は終わり。ソラはベル達の元へ帰って来たのだった。




レフィーヤのやつはあれですこうフィーナの心がレフィーヤに溶けていてみたいな感じで、あの場で偶発とか危機とかハートレスに反応してみたいな感じで発動したみたいなものなのでこの作品にフィーナが出るわけではありません。ただそれとは別でレフィーヤには受難が訪れるかもしれません。

ガネーシャ像の大きさはある程度は自由です。ただし大きいほど形態の維持時間が短くなります。
最近はオリジナルキーブレ―ドばかり活躍してたので当分は3のキーブレードの活躍を書きます。
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