公式から新規イラスト一つ貰えるだけでものすごく喜ぶ自分はチョロいのだろう
中庭の和やかな空気を刃物のように鋭く切り裂く、苛立ちを含んだ極めて獰猛な声。
振り返ったソラの視線の先には、鋭い犬歯を剥き出しにし、周囲の空気を威圧するほどの凶暴な気配を全身に纏った狼人の青年、ベート・ローガが立ち塞がっていた。
「おい、ツンツン野郎」
「だから、俺はソラだってば!」
不躾な呼び方にソラがむっとして即座に反論するが、ベートはそんな抗議など全く気にする素振りも見せず、凶悪な笑みを浮かべて要求を突きつけた。
「知るかよ。おい、俺と戦え」
「えっ? なんでいきなり……」
「俺はまだ、お前が遠征に加わることを認めてねぇんだよ。得体の知れねぇ奴に背中を預けるわけにはいかねぇからな。俺たちに着いて行く気があるなら、ここでその実力を示してみせろ」
好戦的な牙を剥くベートに対し、アイズが咎めるように静かに目を細めた。
「……ベートさん」
アイズは二十四階層で、自分と椿、そしてソラが共に戦ったあの光景を思い返していた。あの実力を目の当たりにしているはずなのに、なぜわざわざ喧嘩を売るような真似をするのか、ベートの真意が測りかねた。それに、フィンの方針で今回の遠征にソラが参加するのは難しいと、彼も知っているはずなのに。
しかし、ベートはアイズの視線を鼻で笑い飛ばし、今度はその凶暴な矛先を傍らに立つ白髪の少年へと向けた。
「それに、こんな雑魚に構って特訓なんかしてやる必要がどこにある。どんなに速くアイズを追い越す成長を見せようが、雑魚は所詮雑魚だ。どうせ中途半端な力で調子に乗って、俺たちの品位を下げる結果になるだけだ。そんなのを相手にするぐらいなら、俺が直々に身の程をわきまえさせてやった方が、よっぽどそいつのためだぜ」
ベルを容赦なく見下し、鋭い言葉の刃で切り刻むベート。
その暴言は、ただ純粋にソラを挑発し、怒りでこちらに手を出させるためだけに放たれた意図的なものだった。仲間を侮辱されれば、この真っ直ぐな少年は間違いなく激昂して向かってくる。そう確信しての煽りである。
案の定、容赦ない罵倒を浴びせられたベルは痛いところを突かれたように暗い顔で俯いてしまった。
「ベートさん……そんな言い方、しなくても」
アイズが苦言を溢し、少し離れた場所で見ていたラウルたち他の団員も一様に顔を顰める。先ほどまでワンダニャンの背中で笑顔を見せていたティオナでさえ、気まずそうに完全に無言になってしまっていた。
重く冷たい空気が中庭を支配する。誰もが、ソラが怒りに任せてベートに掴みかかる展開を予想した。
しかし。
「……そっか。ベートはすごく優しいんだな」
「はぁっ!?」
怒るどころか、どこか感心したような、晴れやかな笑顔で頷くソラ。 予想外すぎる反応に、ベートの喉から素っ頓狂な声が漏れた。 ソラの脳裏には、以前ロキがベートを評して言っていたツンデレという単語と、その意味についてヘルメスから面白おかしく教えられた記憶が鮮明に浮かび上がっていたのだ。普段は攻撃的で素直じゃない態度をとるが、本当は相手のことを深く思いやっている性格。その知識をベートの先ほどの言葉に当てはめた結果、ソラの中では完全に一つの温かい結論が導き出されていた。
「ベル、気にするなよ。ベートはベルに、冒険者としての戦いの手本を見せたいんだよ。さっきのキツい言葉だって、ベルが調子に乗って無理な冒険をして死んだりしないようにっていう、あいつなりの激励なんだ」
「えっ? そ、そうなんですか? ベートさん……?」
ソラのあまりにも前向きすぎる解釈を聞き、俯いていたベルがパッと顔を上げて、尊敬と感動の入り交じった純粋な瞳をベートへと向ける。
「……これが、ロキの言っていたツンデレ?」
アイズまでもが真顔で首を傾げ、ラウルたち他の団員も温かい、しかし「本当にそうだろうか」という訝しげな視線を一斉に狼人の青年へと向け始めた。ティオナも無言のまま、半信半疑といった表情でベートを見つめている。
「なっ……ふ、ふざけんなてめぇら! 誰がそんな気色悪ぃこと……ッ!」
完全に自身のペースを乱され、羞恥と怒りで顔を真っ赤に染め上げたベートが激昂する。彼は地面を爆発させるような勢いで踏み込み、ソラの顔面へ向けて容赦のない鋭い蹴りを放った。
しかし、ソラは風のように軽やかな身のこなしでその強烈な一撃を紙一重で回避する。 そして、横に跳んだ先で体勢を整え、背後のベルへと向かって自信に満ちた笑みを向けた。
「見てて、ベル。特訓の参考になるように、俺も全力でいくからさ!」
宣言と同時に、ソラが右手を横に振るう。 眩い光の粒子が収束し、中庭の空気を一瞬にして凍てつかせるような冷気を纏ったキーブレード 、クリスタルスノウがその手に顕現した。
極低温の冷気を放つ異界の剣を油断なく構えるソラ。 完全に茶番のような流れになってしまったものの、とりあえず自分の目論見通りに事が進んだことに対し、ベートは苛立ちを隠しながらも、その凶悪な犬歯を剥き出しにして内心でニヤリと嗤うのだった。
中庭の空気を完全に凍てつかせるような冷気を放つクリスタルスノウを前に、最初に動いたのはベートだった。
「オラァッ!」
第一級冒険者たる狼人の爆発的な脚力が芝生を深く抉り、瞬きすら許さない速度でソラの懐へと踏み込む。防御ごと対象を圧殺するような、全身のバネを乗せた強烈な飛び蹴り。しかし、ソラはその超速の一撃を的確に予測していた。冷気を立ち昇らせるクリスタルスノウの腹を強固な盾のように構え、狼の蹴りを真正面から受け止める。
「くっ……!」
大気が爆ぜるような衝撃波が周囲の芝生を波打たせる中、重い一撃の威力を完全に殺しきったソラは、上空へと高く跳躍した。
「はあっ!」
そして、落下する重力と速度のすべてを足に乗せ、強烈な反撃であるリベンジダイブを繰り出す。
上空から迫るソラに対し、ベートは蹴り上げた足を落とすことなく、具足でその氷の刃を迎え撃った。
「チィッ!」
空中で激突する両者。拮抗するかと思われた力と力のぶつかり合いは、ソラの一撃がわずかに上回った。姿勢を崩されたベートは、地面を何度も転がりながら後方へと大きく吹き飛ばされる。
「嘘だろ……あのベートさんの蹴りを真正面から防いだ上に、弾き飛ばしただと!?」
「アイズさんと同じ第一級冒険者だぞ!?」
周囲で固唾を飲んで見守っていたロキ・ファミリアの団員たちから、信じられないものを見たというような驚愕の声が上がる。
しかし、ソラの追撃は終わらない。吹き飛ぶベートの姿が視界に映った瞬間、ソラの身体は光の粒子となって消失し、体勢を立て直そうとする狼人の眼前に瞬時にワープして出現した。
「そこだ!」
死角からの転移。そのままキーブレードを鋭く振り上げ、必殺の斬り上げを放つ。対するベートは空中で強引に身を捩り、迫り来る刃を逆の足で蹴り上げることで防御した。
「舐めんなァ!」
激しい火花と冷気が交錯し、両者は同時に中庭の地面へと着地する。
「なんだよあの出鱈目な魔法は!」
団員たちがさらなる驚異に顔を引きつらせる中、大地に足をついたまさにその刹那、ベートは再び凶悪な牙を剥いてソラへと肉薄する。
「おらぁッ!」
息もつかせぬ怒涛の連続蹴りが叩き込まれる。
対するソラは、手にしていたクリスタルスノウの形態を一瞬にして変化させた。クリスタルスノウが眩い光に包まれたかと思うと、次の瞬間、ソラの両腕には巨大な氷の爪、ブリザードクロウが顕現する。
「させるか!」
迫り来るベートの猛攻を躱すため、ソラは後方へと大きく跳び退きながら、同時に両腕の氷の爪を水平に薙ぎ払うバックスラッシュを放った。回避の挙動と同時に繰り出される鋭利な氷の斬撃が、ベートの猛攻を削り取るように完全に相殺する。
「あはは! ソラすごい! ベート相手に一歩も引いてないよ!」
ティオナが、圧倒的な近接戦闘の応酬を前に目を輝かせて歓声を上げた。
そこから、ブリザードクロウの特性を完全に引き出したソラによる、流れるような氷の連撃が始まった。
「いくよっ! えいっ!」
大地を滑るように前進し、両腕の氷の爪を交差させるように力強く振り下ろす。その斬撃の軌跡から冷たい吹雪が舞い上がり、ソラは休む間もなく斜め上方へと鋭く爪を振り上げた。怒涛の連携にベートの体勢が一瞬だけ浮き上がる。
「てめぇ!」
その僅かな隙を見逃さず、ソラはさらに前進しながら空中で四連続の斜め振りを叩き込んだ。
周囲の空気を完全に凍りつかせるような無数の氷の斬撃の嵐。ベートは持ち前の野生の反射神経と圧倒的な脚力を駆使し、襲い来る氷の刃をことごとく蹴り弾いて防御するが、その表情には明らかな苛立ちが浮かび、圧倒的な手数の前に徐々に防戦一方へと押し込まれていく。
両者の攻防が極限に達し、中庭の気温が急激に低下したその時、ソラの両腕の氷の爪が一気に巨大化した。
「これで、決める!」
ソラは巨大なクロウを前方に構えたまま全身を独楽のように回転させ、極低温の冷気を纏った巨大な氷の竜巻となってベートへと真っ直ぐに突撃する。クリスタルスノウが放つ強力な連携の終着点、アイスヴォルテックス。
「上等だ、来やがれェッ!」
地面の芝生すら抉り取りながら迫る圧倒的な質量と回転力による突撃を前に、ベートは逃避を選択せず、両腕を交差させて強引に正面から受け止めようとする。
次の瞬間、巨大な氷の竜巻がベートの身体に激突し、中庭全体を飲み込むような眩い光と共に凄まじい規模で炸裂した。
「うわあっ!? 凍る、凍るってば!」
「なんなのよこの冷気は! 早く下がって!」
観戦していた団員たちがたまらず悲鳴を上げて後退するほど、猛烈な冷気と鋭い氷の破片が嵐のように吹き荒れ、ロキ・ファミリアの庭園の視界が完全に真っ白に染め上げられるのだった。
巨大な氷の竜巻が炸裂し、ロキ・ファミリアの中庭に猛烈な冷気と鋭利な氷の破片が吹き荒れる。視界を真っ白に染め上げる絶対零度の嵐の中心から、ベートは獣のようなしなやかさで跳躍し、後方へと大きく距離を取った。
「チィッ……!」
直撃こそ免れたものの、第一級冒険者として鍛え上げられた強靭な肉体にも、氷のダメージは確実に刻み込まれている。吐く息は白く染まり、強固な金属の具足には薄らと霜が降りていた。しかし、その瞳に宿る凶暴な闘志は微塵も衰えることはなく、むしろ強敵を前にして一層の苛立ちと歓喜を滲ませ、不敵な笑みを浮かべて体勢を低くする。
「ソラ、すっごい……ベートさんを押し込んでる」
「ああ、だけどベートのやつ、全然戦意が落ちてへんな。むしろ楽しんどる」
見守るベルが感嘆の声を漏らし、いつの間にか隣に立っていたロキが、横でニヤリと笑う。
対するソラは爆発の余韻が残る中、一瞬の隙も与えずに次なる一手を打っていた。手にしたクリスタルスノウを光の粒子と共に消失させ、瞬時に別のキーブレードへと持ち替える。そして、持ち替えたキーブレード、ハニートレンタを即座に形態変化させた。
ソラの両腕を覆うように装着されたのは、甘い蜂蜜のような黄金色のエネルギーを纏った巨大な二丁の銃、ハニーブラスターであった。極寒の空気に、突如として場違いなほど甘く濃厚な香りが漂い始める。
「なに、あの武器は……? 甘い、匂い?」
「あんなの見たことないぞ!」
アイズが目を丸くし、周囲の団員たちもざわめき始める。
後退して体勢を整えようとするベートに向けて、ソラは無言のまま両腕の銃口を向け、静かに引き金を引いた。
放たれたのは、着弾と同時に爆発を引き起こす蜂蜜色のエネルギー弾。それが文字通り雨あられのように連射され、一直線にベートへと降り注ぐ。中庭の上空は無数の黄金色の爆発に包まれ、甘い匂いと熱波が周囲を支配した。
「オラァッ!」
だが、ベートは空から迫り来る無数の爆発弾の軌道を野生の勘と圧倒的な動体視力で完全に見切り、自らの脚力のみで迎撃を開始した。
右足が空気を裂き、左足が閃光を描く。迫る弾丸を次々と精確に蹴り落とし、爆発の衝撃を靴底で殺していくベートの姿は、まさに執念の塊であった。いかなる弾幕であろうと、決して己の領域には踏み込ませないという強烈な自負の表れである。
ソラはその見事な防御の技術を冷静に観察しながら、連射の合間に傍らへと一瞬だけ視線を向けた。
視線の先には、特訓の疲労を完全に忘れたかのように目を輝かせ、自分たちの戦闘を食い入るように見つめているベルの姿がある。
ソラは思い出す。午前中の特訓で、アイズの重い一撃を受けて吹き飛ばされたベルに対し、ディフェンダーを用いた滑走という立て直しの技術を見せたことを。あれはあくまで防御と回避のための手段だった。ならば今度は、その機動力を攻撃に転化させるための、より能動的で素早い足技の手本を見せたい。ソラはそう思考を巡らせた。
ソラは引き金を引く指を止め、即座に手元のハニーブラスターの武装を解除した。そして、先ほどまで中庭を凍りつかせていたクリスタルスノウを再び呼び覚ます。
巨大な爪を構成していた冷気がソラの意思に応えて再構築され、新たな形へと姿を変えていく。ソラの両腕には鋭利な氷の刃を備えた腕輪が装着され、両足の靴底には地面を滑走するための分厚い氷の刃、スケート靴が形成された。氷の魔力の第二の形態、ブリザードブレードの完成である。
「行くよ!」
重力と摩擦を完全に無視したかのように、ソラは氷のスケートで芝生の上を滑走し始めた。一切の足音を立てず、滑らかな、しかし目にも留まらぬ驚異的な速度で一気にベートの懐へと肉薄する。
「舐めんな!」
迎撃態勢を解いていなかったベートは、瞬時に間合いを詰めてきたソラに対し、容赦のない重い下段蹴りを放つ。対するソラは、足元に装着された氷のブレードを直接打ち当ててその蹴りを受け止めた。
「くっ!」
「ハァッ!」
硬質な金属の具足と、絶対零度の魔力で構成された氷の刃が激突し、甲高い衝撃音が中庭の空気を震わせる。
そこから、二人の近接戦闘は完全に足技のみの応酬へと移行した。
ベートが死角から回し蹴りを放てば、ソラはスケートの滑走を利用した遠心力で鋭い蹴りを返す。ベートが上段から踵落としを振り下ろせば、ソラは腕の氷の刃で軌道を逸らし、即座に低い姿勢からの足払いを見舞う。
「すごい……綺麗」
視認することすら困難な超高速の近接戦闘。しかしベルは、瞬きすら惜しむように二人の攻防をその目に焼き付けていた。力任せではなく、流れを読み、相手の力を利用し、次の一手へと滑らかに繋げていくソラの洗練された足技。それは、自身の体格や筋力に依存しない、ベルにとって最も必要とされる戦闘技術の極致であった。
「でりゃあっ!」
拮抗する蹴りの応酬の中、ソラはベートの重い回し蹴りを腕の氷刃で受け流すと同時に、大地を強く蹴り上げた。
スケートの刃が芝生に深く食い込み、ソラは全身を後方へと大きく回転させる。魔力を極限まで高めながら放たれた、渾身のサマーソルトキック。
ソラの足先から放たれた強烈な氷の魔力が、蹴りの軌跡に沿って大地へと叩きつけられる。
次の瞬間、大音響と共に地面が裂け、ソラの位置を起点にして前方へと一直線に、見上げるほど巨大な氷の刃が次々と突き出した。
地を這うように迫り、爆発的に隆起する巨大な氷の連撃。
「チィッ!」
ベートは咄嗟に両腕を交差させて防御を試みたが、大地そのものを隆起させるような規格外の破壊力を完全に殺しきることはできなかった。巨大な氷の刃はベートの金属の具足ごと強引に打ち破り、その身体を力任せに上空へと大きく吹き飛ばす。
中庭の大地が陥没し、砕け散った巨大な氷の破片が宙を舞う中、狼人の青年は空中で完全に無防備な状態へと陥った。
その決定的な隙を、ソラが見逃すはずがなかった。
吹き飛ばされたベートを見上げながら、ソラは両腕と両足の氷の武装を瞬時に解除する。そして、先ほどまで使用していた黄金色の魔力を再び呼び出し、今度はそれを巨大な大砲の形へと再構築した。
ソラの右肩に担がれたのは、甘いエネルギーを極限まで溜め込んだ巨大なランチャー、スイートランチャーである。
「今度はあんなでかい大砲!?」
「次から次へと……一体どれだけ武器を持ってるのよ!」
ラウルやアキが驚愕の叫びを上げる中、ソラは空中で落下を待つベートに照準を合わせ、砲身の奥深くへと莫大なエネルギーを充填していく。黄金色の魔力が収束し、周囲の空間が微かに歪むほどの熱量が凝縮された瞬間、ソラは無言のまま静かに引き金を引いた。
砲口から撃ち出されたのは、最大出力のチャージショット。
巨大な黄金色のエネルギー弾が空気を焼き切りながら一直線に飛翔し、空中で体勢を崩しているベートの身体へと見事に直撃する。
上空で、甘く濃厚な匂いを伴った巨大な爆発が炸裂した。猛烈なエネルギーの奔流と黄金色の爆風がベートの全身に容赦なく圧しかかり、空を眩い光で染め上げる。
「ぐはっ……!」
凄まじい爆発の衝撃に耐えながら、ベートは空中で強引に身を捩り、無理やり受け身の姿勢をとって中庭の地面へと着地した。
両足が大地を捉え、地面を深く削りながら後退を止める。全身の筋肉と骨に走る激痛に低い呻き声を漏らしながらも、ベートの闘志は決して折れていない。彼は受けた痛みを何倍にもして返すべく、すぐさま顔を上げて反撃の標的を探した。
しかし、彼が大地を蹴って次の動作へと移行しようとしたその瞬間、身体に致命的な違和感が走った。
動かない。身体が、重い。
「……あ?」
痛みを受け、それを何倍にもして返すべく、ソラを睨みつけ、大地を蹴ろうとした。しかし、全身を動かそうとする意思と、肉体の挙動が完全に乖離している。まるで、身体全体が極めて粘り気のある重い液体の中に沈み込んでいるかのような、経験したことのない異常な感覚。
自身に何が起きているのか、その正体にも気づかず、狼人は戸惑いと驚愕に目を見開く。
ベートがその異変に目を疑っていると、彼の目前には、いつの間にかソラが静かに立っていた。
ベートは、その光景に驚愕した。ソラは自分を上空へと吹き飛ばした後、巨大なスイートランチャーでエネルギー弾を放ち、その直後に一瞬で目前まで接近してきた。さっきのような転移の魔法かと思ったが、実際にはソラの「ハニー状態」の呪縛に陥り、自身の身体の時間が奪われていることにも気づかず、相対的にソラが瞬間移動したかのように錯覚しているだけだった。
自身の肉体の時間が奪われていることにも気づかず、重い身体を引きずってなおもソラへ牙を剥こうとするベート。
ソラはそのベートの姿を冷静に見上げながら、勝利を確信したような笑みを向けるのだった。
ベートの肉体に走る呪縛は、ベートの動きを本来よりは遥かに遅くしていたが、それでもソラにとっては十分な隙だった。
「これで終わりだ!」
ソラは担いでいた巨大なランチャーを無造作に放り出すと、今度は足元の氷のスケートを芝生へと力強く踏みつけた。
スケートの刃が大地に食い込み、ソラが極限まで解放した瞬間、彼を中心に中庭の空気が一瞬にして凍りついた。
踏みつけたスケートの刃を起点にして、極低温の冷気が大地を這うように奔流し、動けないベートの足元へと瞬時に押し寄せる。
ベートは異変に気づき、身体を動かそうとするが、ハニー状態による重さと、大地から這い上がってきた強烈な冷気が、彼の両足を完全に拘束していた。
「なっ……動きが!」
ソラは無防備なベートを見上げ、今度は上空へと視線を向けた。
ソラの頭上、中庭の夜空に、巨大な異界の魔力が収束し始める。
光の粒子が集束し、空中に精巧で巨大な氷のシャンデリアが形成されていく。
「なんだ、あれは……?」
空を見上げたラウルたちが悲鳴のような声を上げる。アイズもまた、その規格外の氷の規模に言葉を失っていた。
ソラの意志に応えて、氷のシャンデリアはさらに巨大化し、絶対零度の冷気を立ち昇らせながら、ベートの真上へとその巨大な質量を現した。
ソラが静かに手招きをすると、空中の氷のシャンデリアは重力を増して落下を始める。
「くそがあああああっ!」
ハニー状態による重さと、大地からの冷気で完全に拘束されているベートは、頭上に迫る巨大な氷のシャンデリアを前に、回避も防御もできず、ただ見上げるしかなかった。
次の瞬間、巨大な氷のシャンデリアはベートの全身を飲み込み、中庭の大地へと激突した。
大地が爆ぜ、凄まじい破壊音と共に土埃と氷の破片が吹き荒れる。シャンデリアが直撃した場所には巨大なクレーターが陥没し、ベートの身体は巨大な氷の質量の下へと完全に踏み潰された。
「ベートさん!」
ロキ・ファミリアの団員たちは、その規格外の破壊力を目の当たりにし、誰もがベートの敗北を確信した。
ソラもまた、ブリザードブレードの武装を解除し、中庭の喧騒が収まるのを待つ。
土埃と氷の破片が吹き荒れ、視界を完全に遮るクレーターの奥底。
誰もが静寂を予感したその時、土埃の奥から、不気味で苛立ちを含んだ低い笑い声がこだまし始めた。
「面白れぇ……。おもしれーぞ! ソラ!!」
土埃を切り裂き、クレーターの底からベートが立ち上がる。
シャンデリアの直撃を受け、全身に傷を負い、金属の具足は砕け散り、衣服はボロボロに引き裂かれていたが、その表情は先ほどまでと違い、狂気じみた高揚感に満ち溢れていた。
ベートは、受けた痛みを返すべくソラを睨みつける。その全身からは、これまでとは比較にならないほど凶暴で、野生の殺気が立ち昇っていた。
ソラは、ベートの気配が劇的に変化したことに気づき、その強烈な殺気に表情を引き締め、油断なくキーブレードを構えた。
両者の攻防が極限に達しようとしたその時、中庭を照らしていた雲が流れ、隠れていた満月が姿を現した。
月光が中庭を照らした瞬間、ベートに変異が起きる。
ベートの「獣化」が発動する。
獣化し、超常的な速度でソラへと襲いかかるベート。
中庭の空気を切り裂き、必殺の蹴りがソラの首元へと迫ると同時にソラが魔法を発動する。
その瞬間、二人の影が中庭へと飛び込んできた。
「そこまでじゃ!」
「やめるんだ、ベート!」
ガレスが巨大な戦斧、フィンが槍を振るい、ソラへと迫るベートの足蹴りをそれぞれの武器で受け止める。
ガレスの戦斧とフィンの槍、そしてベートの具足がぶつかり合い、中庭に再び凄まじい衝撃波が広がる。ガレスとフィンによって、ベートの暴走は辛うじて食い止められるのだった。
ガレスの巨大な戦斧とフィンの槍によって強引に動きを止められたベートは、血走った赤い瞳を向け、激しい怒りを露わにする。
「邪魔するな! 俺はそいつと……!」
「君が勝手に他派閥の者に喧嘩を売っている状況を、団長として見過ごすわけにはいかないな」
冷静な、しかし絶対の威圧感を放つフィンの言葉に対し、ソラが慌てて割って入る。
「待ってよ、フィン! 喧嘩ってわけじゃ……俺も了承して戦ったんだし」
「そもそも、あのような見え透いた挑発に乗るな」
ソラの言葉を冷たく遮ったのは、静かに歩み寄ってきた副団長のリヴェリアだった。
彼女は杖を振るうことすらなく、冷徹な視線と共に氷の魔法を展開する。瞬く間に絶対零度の魔力がベートの身体に絡みつき、強力な四肢を強固な氷の枷で完全に拘束してしまった。
「てめぇ、ババァ……っ!」
拘束を力任せに引き千切ろうと暴れ、リヴェリアへ悪態を突こうとしたベート。しかし、次の瞬間には彼の口元まで冷気が這い上がり、強引にその口を氷で塞ぎ、強制的に沈黙させた。
「すまない、ソラ。ベートが迷惑をかけた」
完全に動きを封じられたベートを見届けた後、フィンは武器を収め、ソラに向かって真摯に謝罪の言葉を口にする。
「いや、でもベートの言葉に同意したのは俺だし……それに、中庭をこんなにボロボロにしちゃったんだから、むしろ謝るのはこっちだよ。本当にごめん」
ソラは巨大なクレーターが穿たれ、氷の破片が散乱する悲惨な状態の中庭を見渡し、申し訳なさそうに肩を落とした。
しかし、フィンは静かに首を横に振る。
「いや、謝るべきはこっちだ。まだオラリオに来て一ヶ月の君に、早く言っておくべきだったね。冒険者同士の個人的な衝突であっても、こういった事態は時として、神々を巻き込んだ大規模な派閥抗争へと発展し得る場合があるんだ」
「派閥、抗争……」
「ああ。特に、うちのロキと君のところの神ヘスティアの仲の悪さを考えれば、今回のベートの行動一つで、僕たちの関係が悪化することだって十分にあり得る話なんだよ」
都市の頂点に立つファミリアの団長としての、重く現実的な見解。
自分たちの純粋な力比べが、派閥全体の危機に繋がりかねないという重大な事実に気づき、ソラは顔を青ざめさせて深く反省の色を浮かべた。
「そんな……ごめん、俺、そこまで考えてなくて……」
「君が気にする必要はないさ。今回の件は、完全にベートの独断が招いた結果だ。僕からも、重ねて謝罪させてもらうよ」
フィンは穏やかな笑みを向けてソラの罪悪感を拭うと、集まっていた団員たちへと視線を向け、この場の一旦の解散を宣言した。
獣化の熱を強制的に冷却され、氷漬けのまま無言で睨みつけるベートがガレスによって担ぎ上げられ、騒動は静かに幕を下ろすのだった。
ガレスの太い腕に担ぎ上げられ、氷漬けのまま強制的に退場させられていくベートの背中を見送った後、ソラは大きく息を吐き出してキーブレードをしまう。
そして、荒れ果てた中庭の傍らで一部始終を息を呑んで見守っていたベルの方へと歩み寄る。
「ごめん、ベル。特訓の参考になるように戦おうとしたんだけど、ベートが強くて途中から熱が入っちゃったよ。最後は大技ばっかりになっちゃって……あんまり手本にならなかったよな」
ソラは頭を掻きながら、申し訳なさと照れ隠しが入り交じったような苦笑いを浮かべた。
防御や回避からの素早い立て直し、そして機動力を活かした近接戦闘の技術を見せるはずが、アブソリュートゼロや巨大な氷のシャンデリアといった大魔法の応酬に発展してしまったことを、ソラは戦いを振り返って素直に反省していた。
「そんなことないよ! 本当に、すごかったよ、ソラ!」
しかし、ソラの言葉に対するベルの反応は、彼の予想とはまったく異なるものだった。
ベルは力強く首を横に振り、興奮と熱を帯びた真っ直ぐな瞳でソラを見つめ返した。彼の心臓は、未だに激しい早鐘を打って鳴り止まない状態だった。
ベートの放つ視認すら困難な神速の蹴りや、猛烈な殺意を伴った暴力的な連撃。それらを前にして、ソラは一歩も退くことなく、氷の刃とスケートを用いた独自の足技で完全に渡り合い、的確に対処してみせたのだ。
力任せに押し切るのではなく、洗練された技術と機動力を駆使してベートの猛攻を捌き切るその姿は、今のベルが最も求めている戦闘スタイルの究極の形だった。
自分もいつか、あんな風に強く、そして自在に戦えるようになりたい。ベルは、次元の違う戦いを体現してみせた友人に、ただひたすらに純粋な羨望の眼差しを向けていた。
一方、そんな二人のやり取りを少し離れた場所から静かに見つめていたアイズもまた、内心で静かな、しかし確かな熱を燻らせていた。
彼女の金色の瞳の奥には、都市最強の一角としての抑えきれない思いが揺らめいている。
(ソラ………)
アイズは先ほどの激絶な戦闘の軌跡を、脳内で何度も鮮明に再生していた。
甘い匂いを放つ謎の爆発弾、大気を凍らせる氷のスケート、そして巨大な氷のシャンデリア。どれもオラリオの常識を根底から覆す規格外の力でありながら、ソラはそれらを極めて実戦的かつ洗練された技術で使いこなしていた。
もし自分が彼と真っ向から戦ったなら、果たしてあの変幻自在の猛攻をどうやって捌き切るだろうか。自身の剣術は、あの未知にどこまで通用するのだろうか。そう想像するだけで、アイズの胸の奥で純粋な闘争心が心地よく疼き始める。
(私も……本気で手合わせしてみたいなぁ……)
普段の感情の起伏が乏しい彼女にしては珍しく、その横顔には剣姫としての闘志と、未知の強敵に対する好奇心が入り交じった笑みが微かに浮かんでいた。
派閥抗争の火種になりかねないというフィンの深刻な忠告などすでにすっかり頭から抜け落ちており、アイズはただ純粋な戦闘者として、ソラとの手合わせを密かに熱望するのだった。
その後、他派閥との関係悪化を招きかねない独断専行の罰として、ベートには数日間の謹慎処分が下された。
さらに、彼が挑発した結果として生じた惨状の責任を取らされ、謹慎中は破壊され尽くした広大な中庭の修繕と手入れを一人で命じられるのだった。
・
「なぁ、頼む! あとちょっとだったんだ、見逃してくれよ! そしたら俺の
「うるせぇ、さっさと歩け」
ガネーシャ・ファミリアの団員たちに両脇を抱えられ、地下牢へと引きずられていく男が浅ましい命乞いを喚き散らす。しかし、屈強な団員たちはその狂気じみた懇願を冷酷に一蹴し、冷たい鉄格子の中へと男を乱暴に放り込んだ。
「あーあ……またかよ」
「お前もか。そっちの奴は何をやらかしたんだ?」
「俺がしょっ引いた奴は恐喝と詐欺だ。被害者がすぐに俺たち衛兵を呼んだからよかったものの……」
鉄格子が立ち並ぶ薄暗い地下牢。その冷たい石造りの通路を歩きながら、牢屋への連行を終えたガネーシャ・ファミリアの団員たちが、うんざりした様子でため息を吐き出しながらぼやき合う。
「これでソーマ・ファミリアの連中をしょっ引くのは、もう三人目か……」
「今回の騒ぎに紛れて、もう一人に逃げられたのが痛ぇな。あいつを捕まえるのは骨が折れそうだ」
「ま、そのうち尻尾を出すだろ。どうせあいつら、すぐにソーマ・ファミリアのホームに戻ってくるさ」
「それにしても、こいつら異常だぞ。
「シャクティ団長、どう思われますか?」
一人の団員が振り返り、山積みの報告書に目を通していたシャクティ・ヴァルマに尋ねた。
「……ソーマ・ファミリアの内部が、見かけほど安定していないのは明らかだとしか言えないな」
シャクティは書類から視線を外さず、冷静な、しかしどこか険のある声で答えた。
「お前たちは下がっていい。通常の都市警備任務に戻れ」
「はっ!」
二人の団員は背筋を伸ばして敬礼すると、足早にその場を立ち去っていく。彼らの足音が石造りの通路から完全に消え去ると、シャクティは手元の書類を置き、重い溜息を一つだけ吐き出した。
「……状況は、当初の予想よりも遥かに厄介だな」
迷宮都市の治安維持を担う彼女は、ダンジョンから地上へ帰還して以来、以前交わした約束通りにソーマ・ファミリアの動向を密かに、そして厳重に監視し続けていた。
その監視において、いまの彼女には以前とは決定的に違う点がある。キーブレードを扱えるようになった影響なのか、シャクティは他者の心に巣食う闇を敏感に感じ取れるようになってしまったのだ。
悪意や企みを持つ者を直感的に見抜くことができるその力は、都市の治安を守る門番としての仕事においてはこれ以上ないほど有用であり、職務を格段にやりやすくしてくれた。しかし、良いことばかりではない。
ソーマ・ファミリアの団員たちから発せられる闇は、通常のならず者のそれとはひどく異質だった。
蓋を開けてみれば事態は想像以上に深刻だった。ソラたちのパーティーを襲撃しようとした三人のならず者など、組織の腐敗のほんの氷山の一角に過ぎなかったのだ。
ソーマ・ファミリアの団員の多くが、まとまったヴァリスを手に入れるためだけに、都市の裏側で怪しげな違法行為に手を染めている。たった今牢に叩き込まれた三人目の逮捕者も、違法なモンスターのドロップアイテムの密輸に関与していた。
だが、シャクティの表情を最も曇らせているのは、別の理由だった。
「どんなに末端の団員を調査し捕縛しても、肝心のハートレスとの繋がりが一切見えてこない……」
ハートレス。都市の脅威となり得るその存在とソーマ・ファミリアが裏で結託している可能性があり、網を張っていた。しかし、逮捕した団員たちの口から出るのはヴァリスと
「これだけの不審な動きを掴んでいても、今の証拠でギルドが動いたとしたら、せいぜい重い罰金刑か、
シャクティは腕を組み、静かに思考を巡らせる。
この閉塞状況を打破し、ハートレスの影を暴くには、もはやファミリア本部への直接的な強制捜査に踏み切るしかない。しかし、治安維持組織といえど、他派閥のホームに踏み込むにはギルドを納得させるだけの決定的な大義名分が必要だった。
「強制捜査へ踏み切るための鍵……ダンジョンでソラたちを襲撃したカヌゥという男の取り巻きにいた最後の一人が未だに都市のどこかに潜伏し、発見されていないのが最大の痛手だな」
唯一逃げ延びたあの男を捕縛し、証言を引き出すことができれば、事態は大きく動くはずだ。だが、男は巧妙に姿をくらまし、心の闇を感知できるようになったシャクティの厳重な捜査網すらも躱し続けている。
「時間の問題とはいえ、連中の行動はあまりにも異常で不安定だ。ヴァリスに対するあの異様な執着……尋常ではない」
そんな狂気に満ちた派閥から、一人のサポーターの少女が脱退を希望している。その話を聞いた時、シャクティは全く驚かなかった。むしろ、あの異常な集団から抜け出したいと考えるのが正常だろう。
しかし、金を集めるための手駒を、ソーマ・ファミリアの団長がそう易々と手放すはずがない。事態は、あの異界から来た真っ直ぐな少年、ソラが直接介入を決意するほどに切迫し、深刻化しているのだ。
「……背後に闇が介入しているという決定的な証拠を、一刻も早く見つけ出さなくてはな」
暗い地下牢の通路で、シャクティは独り言ちる。
都市の暗部で不気味に蠢くソーマ・ファミリアと、そこに確実に忍び寄るハートレスの影。彼女は迷宮都市の治安を守る門番として、迫り来る見えない脅威を迎え撃つべく、静かに決意を固めるのだった。
最近ふと思ったんですけどダークロードからBBSが65年の歳月が過ぎてるってことはエラクゥスとゼアノートって80代ぐらいになるのかね
リヴェリアより20歳ぐらい年下か