最近番外編でダンメモとかダンクロイベントでKHキャラを絡めたのを書きたいなって考えています
書くとしても以前出した番外案もあるので当分先ですけど
オラリオの工業区に位置するヘファイストス・ファミリアの工房。目前に迫ったダンジョン深層への遠征に向け、フィンとロキは希少素材の譲渡と引き換えに上級鍛冶師の同行を取り付けるべく、この場所へと足を運んでいた。
出迎えた主神ヘファイストスとともに工房の奥へ進むと、団長の椿が一心不乱に鉄を打っていたが、すぐさま両ファミリアの首脳陣による会合が開かれ、交渉の末に椿を含む約二十名の腕利き職人の同行が確定した。遠征において懸念されていた武器破壊モンスター対策の特殊武装も、すでに椿の手によって完成に至っているという。
都市最大派閥と鍛冶大派閥の強固な同盟が結ばれたことで、ロキ・ファミリアの深淵への挑戦は着々と準備が整っていくのだった。
高く響く槌音とむせ返るような熱気に包まれた、職人たちの聖域。そんな空間へ、突然、ひどく場違いなほどに明るい声が飛び込んできた。
「おーい、椿?」
屈託のない笑顔を浮かべ、工房の入り口からひょっこりと顔を出したのは、オラリオで噂の渦中にあるソラだった。
「ソラ。珍しいじゃない、あなたがここに来るなんて。……どうしたの? グミシップの件なら、この前話したばかりだと思うけれど」
予定になかったソラの来訪に、ヘファイストスが不思議そうに眉を上げる。
すると、ソラは少しだけ意外そうに目を瞬かせた。
「え、俺、昨日椿に連絡したんだけど……届いてなかった?」
「あー……。すまんソラ、手前としたことがすっかり忘れておったわ!」
鉄を打つ手を止めた椿が、豪快に笑いながら頭を下げた。これにはさすがのヘファイストスも呆れたように、深い溜息を吐き出す。
「椿、あんたね……。大事な客人の連絡を忘れるなんて、鍛冶師として以前の問題よ。……それで、ソラ。椿に何の用だったのかしら?」
ヘファイストスが改めて要件を問おうとしたが、それよりも先に、椿が濡れたタオルで汗を拭きながらソラの元へと駆け寄った。その瞳は、獲物を狙う猛禽類のような鋭い好奇心でギラついている。
「そんなことよりソラ! 例のあれ、あれは上手くいったんだろうな!?」
椿がソラの肩をがしっと掴み、身を乗り出して問い詰める。その気迫に気圧されながらも、ソラは満足げに短く頷いた。
「ああ、バッチリ成功したよ。……ほら、これ」
ソラが懐から取り出し、椿の掌へと差し出したのは、先ほどミアハの店で受け取ったばかりの燃え上がる結晶だった。
内側から脈動するような真紅の光を放つその結晶を、椿は吸い込まれるように見つめる。
「おお……おおお! こいつは……これなら、あの構想も形にできるかもしれん。……よし、ソラ! ちょっと待ってろ、すぐに他の素材も持ってこよう!」
興奮を抑えきれない様子で、椿はソラの返事も待たずに工房の奥へと猛烈な勢いで走り去っていった。
嵐が過ぎ去ったかのような静寂の中、一部始終を見ていたフィンが、不思議そうにソラへと歩み寄った。
「ソラ。椿がこれほど取り乱すなんて珍しい。……今の結晶は一体、何だい?」
「あ、フィン。これはね、ミアハ様のところで合成に成功したんだ」
ソラがさらりと口にした言葉に、フィンだけでなく、ロキまでもが首を傾げた。
「ごうせい? なんやそれ。素材を混ぜて別の物を作るんは調合とか言うけど、それとは違うんか?」
ロキが目を細めて尋ねると、ソラは自慢げに胸を張って説明を始めた。
「俺の知ってる合成は、もっと自由なんだ。手に入れた素材同士を組み合わせて、エリクサーみたいな回復アイテムだけじゃなく、武器や防具、それに不思議な力を持ったアクセサリーまで作れるんだよ。……これで、今までベルやみんなが命がけで集めてきた素材を、もっとみんなの役に立つ形にできるんだよ」
嬉しそうに語るソラの言葉は、オラリオの住人にとって、にわかには信じがたい魔法のような話だった。
しかし、実際に椿が目の色を変えて飛びついた事実が、その技術の有用性を何よりも雄弁に物語っている。
「よかったやな、ソラ」
「……あ、そうだ! 俺、フィンたちに渡したいものがあったんだ!」
思い出したようにソラが宣言すると、フィンとロキは揃って疑問符を浮かべた。
ソラは独り言をこぼしながら、自身のポケットやポーチの中をガサゴソと物色し始める。
やがて、彼は机の上に、過去の数多の冒険で手に入れてきた様々なアクセサリーを山のように取り出した。どれもがオラリオの魔石製品とは異なる、独特の光沢と神秘的な気配を放っている。
「えーっと、確か……フィンたちにはこれと……アイズにはこれ、だったかな。……あった!」
大量の素材を抱えた椿が工房の奥から戻ってきた頃、ソラはようやく目当ての品を見つけ出し、歓喜の声を上げた。
ソラはまず、フィンへと数種類の小ぶりなアクセサリーを差し出した。
「ソラ、これは……?」
「それはね、フィン。特別な効果が付いてるアクセサリーなんだけど……特にこっちのやつには、ラストリーヴって効果があるんだ」
「ラストリーヴ……?」
聞き慣れない単語にフィンが眉を寄せると、ソラは真剣な表情でその効果を解説し始めた。
「ラストリーヴはね、身につけた人の生命力に干渉して、致命傷から無理やり命を繋ぎ止めてくれる力なんだ。まだ戦える余力がある状態の時に、本来ならやられるような強烈な攻撃を受けても、不思議な力が命そのものを保護してくれる。……だから、どんなに絶望的な一撃を受けても、ギリギリのところで絶対に一度は踏みとどまって、立て直すチャンスを作れるんだ」
その説明が終わるか終わらないかのうちに、フィンの瞳に驚愕の色が走った。
深層での戦いにおいて、不測の事態による一撃死を回避できるという事実は、冒険者の生存率を劇的に引き上げる。それはもはやアクセサリーという枠を超えた、神の奇跡にも等しい保険だった。
「……ソラ。君は、自分が何を渡そうとしているか分かっているのかい? これは、とんでもなく価値のある
「そんなのいいんだよ。これから深層でモンスターやハートレスに赤髪の
ソラはさらに、机の上に残っていた青く透き通った装飾品を拾い上げ、フィンの手の中へと一緒に押し込んだ。
「ついでに、アイズにはこれを渡しておいてくれないかな。エアロカフスって言って、アイズの風を強くしてくれて、助けになってくれるはずだからさ」
流石にこれ以上の品を受け取るわけにはいかないと、フィンが躊躇いの表情を浮かべて逡巡していると、ソラは少しだけ寂しそうに視線を落とし、自らのキーブレードを握り締めた。
「まだ上層のどこにあるっていう鍵穴が見つかってないから……俺はみんなと一緒に深層まで行くのは難しいかもしれない。……だから、俺がいない時でもみんなが無事でいられるように、持っていってほしいんだ」
少年の純粋なまでの仲間への想い。自分たちを信じながらも、同時にその身を案じずにはいられない優しさ。
フィンは手の中にあるアクセサリーをじっと見つめ、長く、重い沈黙の後、覚悟を決めたように顔を上げた。
「……分かった。君の厚意、ありがたく受け取らせてもらうよ。アイズにも、必ず君の言葉と一緒に届けておこう。……だが、これだけは約束させてくれ、ソラ。僕たちは必ず、この恩を君に返す。君が困った時、あるいは君の力が及ばない時、今度は僕たちが君を支える盾になろう」
その言葉は、ファミリアの団長としてではなく、一人の男としての、決して違えぬ誓いだった。
「ありがとう、フィン! あ、椿、合成は素材以外にも武器とかアクセサリーとか作れるけど、どうする?」
ソラがいつもの調子で椿に呼びかけると、工房内には再び活気が戻り、より一層熱い火花が散り始めた。
彼らが手にした新たな力が、これから待ち受ける未知の深淵において、希望の光となる。その確信を胸に、フィンは、ソラの背中を見つめながら深く頷くのだった。
・
今朝、アイズは少し申し訳なさそうに小首を傾げた。
「今日はあまりレフィーヤのためにならない訓練なんだけど……」
「私はいっこうに構いま――」
嬉々としてアイズの提案に乗ろうとしたレフィーヤの言葉は、背後から現れたリヴェリアの凛とした声に遮られてしまう。これから行う魔法の実験に手を貸すようにと有無を言わさぬ命を下され、結果として憧れの剣姫との甘美な訓練時間はあえなく中止の憂き目に遭ってしまった。
リヴェリアが口にした実験内容とは、彼女自身が新たに開花させた氷魔法を、果たして他者にも伝授できるかどうかの検証を行うというもの。ソラによってその魔法を引き出されたという事実を伏せつつ、他者に魔法を伝授し得る高名な魔導士の師事を受け、氷を自在に操る術を身につけたと語るリヴェリアの姿に、レフィーヤをはじめとするエルフたちは一斉に熱烈な称賛の声を上げていく。
同胞たちからの羨望と畏敬を一身に浴びながら、リヴェリアはヒューマンやエルフの団員を集めて意気揚々と検証を開始するものの、その結果は芳しいものではなかった。レフィーヤがエルフ・リングを唱えて疑似的に発現させるという例外を除けば、誰一人として氷魔法を顕現させることなどできなかったのである。
事態の壁にぶつかったリヴェリアは、一人執務室へと戻ると、モバイルポータルを用いて密かにソラへと通信を繋ぐことに。事情を聞いたソラからの返答によって、他者に魔法を与えられない根本的な原因が、他ならぬリヴェリア自身の実力不足にあることが判明してしったのだ。その後、中庭へと戻った彼女が集まった団員たちに自身の力不足を率直に謝罪して実験の失敗を告げるものの、エルフたちは慌てふためき、自分たちの器こそが足りなかったのだと敬愛するリヴェリラを必死にフォローして場を収める形となった。
結局、実験はそのまま解散となってしまった。ポツンと中庭に取り残されたレフィーヤは、すっかり空いてしまった予定を埋めるべく、一人でダンジョンへ向かい魔法の訓練に打ち込むことを決意する。
そうして迷宮へと歩を進めていた道中、彼女の前に思いがけない人物たちが姿を現した。麗しい男神ディオニュソスと、その眷族であるフィルヴィスだ。先日二十四階層で起きた事件のお礼がしたいと申し出るディオニュソスに誘われるがまま、レフィーヤはおしゃれなカフェでの茶会へ同席することになった。
華やかな席で、これからダンジョンで魔法の訓練を行う予定だとレフィーヤが明かすと、ディオニュソスはサポート役として半ば強引にフィルヴィスを同行させるよう取り計らってくれた。他者との間に深い溝を作りがちな我が子を案じる、親のような優しくも切実な顔つき。これからも彼女と友好を深め、笑顔を引き出してやってほしい――そうレフィーヤに深く頼み込むと、男神は足早に一人でカフェを後にしてしまった。
神が去り、その場に取り残された二人の間には、どこかむず痒い沈黙が降りていく。それでも、照れ隠しで不器用にそっぽを向くフィルヴィスの態度の裏に潜む感情を優しく察し、レフィーヤは満面の笑顔でそれに応えてみせた。そうして二人の少女は肩を並べ、新たな絆を育むようにダンジョンの訓練へと向かっていくのだった。
その後、薄暗い迷宮の通路にて、レフィーヤはついに至難の業である並行詠唱を見事に成功させてみせた。
確かな手応えに歓喜し、杖を握りしめたまま打ち震えるレフィーヤへと、武器を収めたフィルヴィスが静かに歩み寄っていく。いつもの近づきがたい氷の仮面をすっかり溶かし、どこか不器用で柔らかな微笑みを浮かべた彼女は、今まで頑なに避けてきたレフィーヤの名前を初めて親しげに呼び、自らの魔法をも託すことを告げたのである。
ずっと距離を置いていたフィルヴィスからの歩み寄りに、レフィーヤは驚きに目を丸くしながらも、感極まって満面の笑みを向けてみせる。分厚い心の壁を見事に乗り越え、二人の間に確かな絆が結ばれた、まさにその時であった。
「レフィーヤ……?」
通路の奥から、聞き慣れた鈴を転がすような声が響く。
ハッとして振り返ると、そこには不思議そうにこちらを見つめるアイズの姿があった。その後ろには、ベルとソラの姿も見え隠れしている。思いがけない人物の登場に、レフィーヤはポカンと口を開けたまま固まってしまうのだった。
・
アイズ達と再会したレフィーヤは彼女たちに事の経緯を聞けば、訓練のためにダンジョンへ潜っていたのだという。
大型の敵の体を軸にして自身が回転するボールスピンと、その遠心力を利用して敵ごと投げ飛ばすブロウオフ。その一連の流れで繋がるコンボアクションを、シルバーバックを相手に練習すべく、第十一階層へと向かっている最中だった。
「他派閥の事情もある、私が混ざるのは……」
レフィーヤと共に同行することになったフィルヴィスだったが、彼女はディオニュソス・ファミリアの所属であるため、最初は他派閥に混ざることを酷く遠慮していた。
「いいんじゃないか? 俺たちだって他派閥だし、レフィーヤの友達なら全然大丈夫だろ!」
ソラがいつものように屈託のない笑顔でそう言い切ったことで、フィルヴィスも押し切られる形で同行することになったのである。
そして一行は、目的のダンジョン第十一階層へと到着した。
「よーし、まずは俺がお手本を見せるよ!」
接敵するなり、ソラは意気揚々と前線に飛び出した。ターゲットは、前方を塞ぐように現れたオークの群れだ。
ソラはキーブレードを構えたまま素早くオークの懐に潜り込むと、相手の体に入り込み、その巨体を軸にして自らの身体を横に激しく回転させるボールスピンへと持ち込んだ。オークを支点にして自身がグルグルと高速で宙を舞い、遠心力を極限まで高めていく。
「そぉらっ!」
そして、回転が最高速に達した瞬間、ソラはそのまま流れるようにブロウオフへと移行した。生み出した凄まじい遠心力を利用し、自分よりも遥かに大きく重いオークの巨体を軽々と宙に浮かせ、群れの後方にいる別のオークたちに向かって豪快に投げ飛ばしたのだ。
ズドォォォンッ、という轟音と共にオーク同士が激突し、まとめて灰となって消え去っていく。
(な、なんて無茶苦茶な……!?)
オラリオの常識から完全に逸脱したその荒技を目の当たりにし、フィルヴィスは完全に唖然として立ち尽くしていた。
しかし、ソラの戦い方に慣れっこになっている仲間たちは違った。
「すごい……!よし、僕も…」
「……私も」
目を輝かせたベルとアイズが、ソラのお手本を真似てすぐさまモンスターの群れへと突撃していく。
ベルが俊敏な動きでオークの胴体へ飛び込み、見よう見まねで遠心力を生み出そうと奮闘する横で、現れたシルバーバックに対し、アイズは壁を蹴って空を滑るように突進した。
青白い光を全身に纏いながら、敵の巨大な胴体へと飛び込む。そのまま胴体を軸にして重力を無視した猛烈な回転を見せ、強烈な遠心力と巻き起こる旋風によってシルバーバックのバランスを崩していく。
そして、限界まで加速したアイズは、敵の巨体を強引に宙へと引き剥がし、その勢いのまま天空高くへと力強く投げ飛ばした。
放物線を描いて吹き飛んだ巨体は遠方の壁に激突し、その凄まじい衝撃は周囲のオークたちをも巻き込んで一掃する。大技を終えて静かに着地したアイズの体から光が消えゆく中、土煙の向こうで巨大な敵が完全に沈黙したことが確認されるのだった。
(……なんだ、あれは…?)
あまりの光景を前に、フィルヴィスが頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた、まさにその時だった。
突如として、迷宮の空気を切り裂くように、異質な気配が空間を埋め尽くした。床や壁から黒い靄が噴き出し、ハートレスたちが次々と這い出してくる。
ブックマスター。ルーンマスター。バリアマスター。ディスターブマスター。
魔法に長けた大量のハートレスたちが、一行を取り囲むように出現。
無数のブックマスターが宙に浮遊する魔導書から、炎の魔法ファイアを絶え間なく撃ち放つ。押し寄せる熱波と、死角を縫うように襲い来る雷撃の魔法サンダー。それらを紙一重で躱しながら、レフィーヤは流麗な動作で自身の詠唱を紡ぎ出した。
「解き放つ一条の光、聖木の弓幹。汝、弓の名手なり。狙撃せよ、妖精の射手。穿て、必中の矢」
レフィーヤの唇から力強く紡がれた魔法、アルクス・レイが虚空を切り裂いて飛翔する。その傍らでは、フィルヴィスもまたディオ・テュルソスをを解き放っていた。
しかし、二人の放った一撃は、バリアマスターが瞬時に展開した分厚い光の盾によって完璧に阻まれてしまう。
「くっ、厄介な……!」
フィルヴィスが忌々しげに舌打ちを漏らす一方、ベルもまた炎や雷の魔法で牽制を交えながら、ルーンマスターの群れへと勇敢に切り込んでいた。
鋭い踏み込みと共にベルウェスタを一閃する。しかし、その一撃もまた割り込んできた盾に虚しく弾き返されてしまった。さらに、背後から忍び寄ったディスターブマスターによって、ステータスが低下する
「ああっ!?」
体が一瞬にして鉛のように重くなった隙を突かれ、ルーンマスターが操る分厚い魔導書に手元を痛打される。強烈な痺れが腕を駆け抜け、ベルは思わずキーブレードを手放してしまった。
乾いた音を立ててキーブレードが迷宮の床に転がった瞬間。それを好機と見た複数のルーンマスターが即座にベルを取り囲み、ブリザドやファイアの魔法を容赦なく浴びせかけてくる。
「ぬわぁっ――!」
ベルは持ち前の俊敏な足回りで必死に窮地から脱しようとするが、絶え間ない魔法の弾幕と緻密な包囲網によって退路を塞がれ、ベルは追い詰められる。
無数の炎と氷が、無防備なベルへと殺到する。その絶体絶命の光景に、レフィーヤは喉が裂けんばかりの悲鳴を上げた。
「兄さんッ!」
思考よりも先に、体が勝手に動いていた。レフィーヤは弾かれたようにベルの元へと地を蹴る。
(まったくもう……!)
呆れたような悪態を内心で吐き捨てながらも、必死に両足を前へと進める。ベルを救うことだけに全神経を研ぎ澄ませ、彼女は疾走しながら並行詠唱を展開した。
「ウィーシェの名のもとに願う。森の先人よ、誇り高き同胞よ。我が声に応じ草原へと来れ。繋ぐ絆、楽宴の契り…」
その無我夢中の最中である。走りながら固く握りしめていた彼女の杖が、突如として眩い光を放ち始めたのだ。
溢れ出した光の粒子が渦を巻き、長年使い込んだ杖の形状を一瞬にして書き換えていく。淡い光芒が収まった時、彼女の手には一振りのキーブレード――フェアリー・エピタフが握られていた。
剣身は透き通った淡い若草色のクリスタルで構成され、細身で優美なレイピア状の刀身を成している。表面にはエルフの古代文字が緻密に刻み込まれ、魔法の気配に呼応して白く神秘的な脈動を打つ。
護拳の部分は、満開に咲き誇る白い花々がレフィーヤの小さな手を優しく包み込むような、流麗な意匠となっていた。
そして鍵刃の先端には、開かれた魔導書から溢れ出す光の断片が、鋭利な刃の形を象っていた。
しかし、視線をベルの姿だけに釘付けにし、詠唱に深く没頭していたレフィーヤ自身は、自らの得物が変貌を遂げた事実に全く気がついていない。エルフ・リングの詠唱を紡ぎ終えるや否や、無数の炎と氷がベルへと殺到しようとしたまさにその時、レフィーヤはベルの前に滑り込みながらフィルヴィスから託された魔法を叫んだ。
「盾となれ、破邪の聖杯――ディオ・グレイル!」
直後、レフィーヤの周囲に強固な防御が展開され、雨あられと降り注ぐ魔法を弾き返す。ベルを守護するための防壁は、確かな威力を発揮して炎を凌いだ。
執拗に押し寄せるルーンマスターの連続ファイアを真正面から受け止めた光の結界は、その熱と衝撃を吸収するように眩く輝きを増していく。そして限界まで敵の魔力を溜め込んだ次の瞬間、結界は鼓膜を震わせる轟音と共に弾け、強烈な光の爆風となって周囲の空間へと猛烈な勢いで吹き荒れた。
「ギギィッ!?」
想定外の衝撃波をまともに受け、ルーンマスターたちが為す術もなく吹き飛ばされて体勢を崩す。
レフィーヤは、その一瞬の隙を決して見逃さなかった。背後に座り込むベルの腕を力強く掴み上げると、先ほどの特訓の要領を思い出すように、渾身の力で彼の身体を敵の集団へと向かって投げ飛ばした。
「いっけえええええええっ!」
「うわああああああああっ!?」
細腕のエルフの少女に投げ飛ばされ、ベルの身体が砲弾のように迷宮の宙を裂いて飛翔する。
しかし、空中で見事に体勢を立て直した彼の右手には、いつの間にか持ち主の元へ帰還したベルウェスタがしっかりと握り締められていた。そのまま刀身に眩い光の魔力を限界まで収束させ、大きく斬撃を振りかぶる。
その一撃を阻むべく、いち早く態勢を立て直したバリアマスターが、再び強固な盾を展開しようと前面に躍り出た。
「させるかぁ!」
「……邪魔」
だが、その障壁が形を成すよりも早く、疾風の如く駆け抜けたソラとアイズの洗練された斬撃がバリアマスターを捉え、一切の抵抗を許さずに光の粒子へと還した。
「はああああああっ!」
障害が完全に排除された空間。ベルは眩き光を纏って巨大な刃と化したベルウェスタを、密集するルーンマスターのど真ん中へと、持てる全ての力を込めて振り下ろした。
視界を白く染め上げるほどの閃光が弾け飛び、一帯に群がっていたハートレスたちは為す術もなく一掃されるのだった。
「やりましたっ!レフィーヤさん!!」
ブックマスターたちが光となって霧散し、第十一階層に再び静寂が舞い戻る。激戦を終えたベルは、額に浮かんだ汗を拭いながら、心の底から安堵したように大きく息を吐き出した。
先ほどまでの死闘の余韻が残る中、無事に強敵を一掃できた喜びを露わにするベル。しかし、その平和な空気は一瞬にして打ち破られることとなる。背後から音もなく忍び寄ったレフィーヤの細い手が、ベルの柔らかい頬をむんずと容赦なく摘み上げたのだ。
「い、いはいです、レフィーあしゃんっ!?」
「まったくもうっ! 油断しすぎです! もう少しで黒焦げになっていたところなんですよ!? だいたい、後先考えずに突っ込みすぎなんです! 敵の魔法の射線も、自分が囲まれる位置にいることも全く見えていなかったじゃないですか! あまつさえ武器を手放すなんて、冒険者としてあるまじき失態ですよ! 私がいなかったら今頃どうなっていたか……少しは自分の命の重さを自覚してくださいっ!」
抗議の声を上げるベルの頬を、レフィーヤは親の仇のように思い切り抓り上げ、ぐにぐにと左右に激しく揺らしながら矢継ぎ早に雷を落とした。
間一髪で助かったとはいえ、先ほどのベルのあまりに無防備な姿は、彼女の心臓を酷く跳ね上げさせていた。もしあのままルーンマスターの魔法を真っ向から浴びていれば、彼がどうなっていたか分からない。心配を誤魔化すようにレフィーヤの小言は止まらなくなっていた。
「……そのヒューマンと、ずいぶん仲がいいのだな、レフィーヤ」
「ど、どこを見たらそんな風に見えるんですか、フィルヴィスさん!!」
二人のやり取りを少し離れた場所から見守っていたフィルヴィスが、唐突に静かな言葉を投げかけた。その指摘に、レフィーヤは抓っていたベルの頬からパッと手を離し、顔を真っ赤に染め上げて叫ぶ。
「だが、先ほどそのヒューマンのことを兄さんと呼んでいたし、戦いの時だって迷わず手を取っていたではないか」
「うっ……」
「エルフとヒューマンが兄妹になっているというのは、どういうことなのか私にはよく分からないが。……何か、複雑な事情があるのだろう?」
「ち、違いますっ! このヒューマンとは断じて兄妹ではありません!! そもそも会ったのだって最近で、オラリオで出会ったばかりですし!!」
フィルヴィスは心底不思議そうに首を傾げながら推論を述べている。その追及に対し、レフィーヤは必死の形相で両手を振り回し、食い気味に捲し立てて否定した。
「では、なぜ兄さんと?」
「それは……っ」
痛いところを的確に突かれ、レフィーヤは完全に言葉に詰まってしまった。
まさか、夢の中で、ハーフエルフになった自分がこのヒューマンと兄妹になっていたからだなどと、馬鹿正直に打ち明けられるはずがない。そんな突拍子もない真実を語れば、さらなる誤解の沼に嵌まり、頭がおかしくなったのかと心配されるのは火を見るより明らかだった。
必死に誤魔化すための言い訳を探して視線を彷徨わせていると、ふいに横から穏やかな声が掛けられた。
「レフィーヤ。……キーブレード、出せるようになったんだね」
「え?」
いつの間にか歩み寄ってきていたアイズの言葉に、レフィーヤが間の抜けた声を上げた瞬間だった。
彼女の右の手元から、突如として眩い光の粒子が溢れ出す。星の瞬きのような光が渦を巻き、それがふっと収まった時、そこには先ほどの激戦で振るっていたキーブレード、フェアリー・エピタフが再びその優美な姿を現していた。
「……これは?」
キーブレードを見たフィルヴィスが訝しげに細い眉をひそめた。
その警戒と疑問の入り混じった反応を見たレフィーヤは、不意に天啓を得たかのようにハッと顔を上げる。そして、勢いよくフィルヴィスに向き直った。
「け、継承魔法って知ってますか、フィルヴィスさん?」
「……いや、知らないが」
「継承魔法というのは、ここからすごく遠い場所で研究されていた特別な魔法なんです! そこにいるソラさんはその継承魔法が使えて……それで、私とそこのヒューマン……ベル・クラネルは適性があるということで、彼の弟子になっているんです!」
勢いに任せ、息もつかせぬ早口で口から出まかせの言い訳を並べ立てるレフィーヤ。設定の辻褄が合っているかどうかも分からないまま、とにかくこの場を切り抜けることだけを考えて必死に熱弁を振るう。
「お前がリヴェリア様以外に師事している人物がいるとは……」
フィルヴィスは驚愕に目を丸くし、武器を構えたままのレフィーヤと、どこか暢気な顔をしているソラを交互に見つめた。レフィーヤがソラから師事しているという事実は、彼女にとってよほど衝撃的だったらしく絶句している。
「あ、あの……レフィーヤさん」
「なんですか!」
どうにか誤魔化し切れたかもしれないと冷や汗を拭っていたところに、ルーンマスターが残したドロップアイテムを回収し終えたベルが、おずおずと控えめな声で近づいてきた。いまだ内心の激しい動揺が収まりきっていないレフィーヤは、つい八つ当たり気味に勢いよく振り返って声を荒らげてしまう。
「ひぃっ……あ、いや、さっきは助けてくれてありがとうございます。……よろしかったら、これをどうぞ」
ベルはビクッと肩を震わせて申し訳なさそうに頭を下げると、両手で大事に抱えるようにして一つの品をレフィーヤへと差し出した。
それは、先ほどまで彼らを苦しめていた魔法使いの魔物、ルーンマスターのドロップアイテムである分厚い魔導書、アカシックレコード+だった。
一見して、それは書物というよりは、レフィーヤの腕全体を覆うほど巨大で重厚な、小型の盾と言った方が適切であろうか。深淵を思わせる濃い紫色の表紙は、木目調の頑丈な茶色のフレームでしっかりと縁取られている。その四隅には、木製の土台に固定された金属製の、鋭く三角形に尖ったスパイクが外側に向かって威圧的に突き出し、巨大な質量と相まって、強力な防御具でありながら打撃武器としての側面も予感させた。表紙の中央には、赤と黒で描かれた、交差する棘とハートを組み合わせた不気味でありながら神秘的な紋章が浮かび上がっている。固く閉じられたページのエッジは古い木の年輪のように層を成し、その隙間からは微かに淡い青白い魔力の粒子がこぼれ落ち、ただの書物ではない神秘的なオーラを周囲に放っていた。
「ソラから聞いたんですけど……この本は身につけているだけで魔力の回復力を上げてくれるものらしくて。それに、とても頑丈で盾としても使えるらしいので、よかったらレフィーヤさんにどうぞ」
「……次からは、絶対に油断しないでくださいね」
不器用ながらも、命を救ってくれたことへの純粋な感謝が込められたベルからの贈り物。その真摯な態度を前にしては、レフィーヤもこれ以上怒り続けることはできなかった。
小さく溜息をつき、先ほどまでの刺々しい態度もすっかり毒気を抜かれたような顔つきになる。彼女は少しだけ恥ずかしそうに視線を逸らしながら、その立派な魔導書をそっと受け取った。手にした瞬間、魔導書から流れ込んでくる温かな魔力の波動が、彼女の疲労を優しく癒していくのを感じる。
その微笑ましくも眩しい光景を、フィルヴィスはどこか羨望の入り混じった、酷く優しい瞳で静かに見つめるのだった。
・
無事にダンジョンを抜け、地上へと帰還した一行は、都市の喧騒の中で足を止めた。
「私はここで失礼する。……少し用事があるのでな」
フィルヴィスは小さく頭を下げると、そう言い残して足早に去っていった。レフィーヤは名残惜しそうにその背中を見送り、それから隣に立つ憧れの剣姫へと向き直る。
「アイズさん、この後の予定はどうされるんですか?」
「うん。これから城壁で、ベルと訓練」
アイズの短い返答を聞いた瞬間、レフィーヤの瞳に強い光が宿った。
「城壁で訓練……! 私もご一緒してもよろしいでしょうか!」
食い気味に申し出るレフィーヤ。本来、後衛の魔導士である彼女にとって前衛の近接戦闘訓練など全く必要ないのだが、アイズと共に過ごせるチャンスを逃す手はない。アイズが不思議そうに小首を傾げながらもこくりと頷くと、レフィーヤはぱぁっと花が咲いたような笑顔を浮かべた。
そうして一行が向かったのは、都市を囲む巨大な城壁の上だった。風が吹き抜ける人気のない開けた場所で、さっそく特訓の続きが開始される。
「よし、よく見てて」
ソラが前に出ると、手にしたキーブレードをくるりと回し、刃を後ろに向ける逆手持ちの構えをとった。重心を低く落とし、全身の力をため込むように静かな闘気を纏う。
次の瞬間、目にも留まらぬ神速の踏み込みから、強烈な横薙ぎの一閃が虚空を切り裂いた。空気を断ち切る鋭い音と、残像すら置き去りにするような凄まじい剣閃が城壁の上に弾ける。
「これがザンテツケン。一撃にすべての力を込めて、どんなに硬い敵の装甲でも真っ二つにする技なんだ」
息を呑んで見つめるベルとレフィーヤに向かって、ソラは構えを解きながら解説した。今日の特訓は、このザンテツケンの習得が目標となる。
「こ、こう……ですかっ?」
ベルはベルウェスタを、レフィーヤはフェアリー・エピタフを、それぞれソラの手本に倣って逆手で握り込んだ。
「そうそう! 逆手に持つことで、振り抜く時の遠心力と体重を剣先に上手く乗せるんだ。レフィーヤ、どうしても杖を持つみたいになって力が入ってないから、もっと足の踏み込みを強くしてみて」
「はいっ!」
アイズとソラが並んで立ち、剣を振るう二人の動きをじっと観察しながら的確なアドバイスを送っていく。ベルは持ち前のセンスで徐々に動きを形にし始め、レフィーヤもアイズに良いところを見てもらいたい一心で懸命に鍵剣を振るった。
「ベル、もう少し踏み込みを深く。……レフィーヤは、剣を振るう軌道をまっすぐに」
アイズの静かで的確な指導を受けながら、二人は何度も何度もザンテツケンの素振りを繰り返す。
やがて訓練はさらに熱を帯び、ベルとレフィーヤが実践形式で互いにザンテツケンを放ち、互いの鍵剣を激しく交差させる打ち合いへと移行していった。甲高い衝突音が城壁の上に何度も響き渡り、鋭い火花が散る。
アイズとソラから飛び交う指導の声に真剣に耳を傾け、充実した特訓に夢中になっているうちに、気がつけば時間は流れ、辺りはすっかりと暗くなっていた。夜の帳が下りた通りをソラたちが歩いていると、不意にアイズが微かな違和感に気がついた。
その横顔から平穏な空気が消え去り、黄金の瞳が鋭く細められる。アイズの変化を感じ取ったソラもまた、瞬時に纏う空気を変え、周囲へと油断なく警戒の視線を配った。
「なんだ、あいつら?」
普段とは違う二人の険しい顔つきを感じ取り、ベルとレフィーヤも弾かれたように足を止めて身構える。
建物と建物の細い間隙から、影を払って何者かが歩み出てきた。穏やかだった空気が一変し、不穏で危険な気配が漂い始める中、素顔を兜やバイザーで隠した謎の集団が突如として姿を現したのだ。
異変に気付き足を止めたベルたち四人だったが、前方のみならず背後からも次々と現れる敵によって、瞬く間に退路となる通りを完全に塞がれてしまう。
ベルたちの前にいる人物の一人、ベルより一つ背丈の低いその獣人の冒険者は歩を止めず、約20
直後、前方に立っていた槍使いの
「――っ!」
「下がれ、ベル!?」
その致命的な一撃を、ソラがキーブレードを用いて間一髪のところで弾き飛ばし、ベルを護るように前へ進み出る。
攻撃を防がれた猫人は苛立ちを見せつつ薙ぎ払いを仕掛けてくるが、ソラはそれも冷静に受け流し、直後に力を込めたカウンタースラッシュで反撃を行った。
重い一撃が槍の柄を直撃し、その凄まじい衝撃によって猫人は後方へと大きく押し流される。
さらにその隙を突くように、今度は四人の
「な、なんなんですか、一体……っ!?」
突如として襲撃を受けたレフィーヤは、敵の正体も目的も分からず混乱の声を上げる。
ベルもまた周囲を見渡すが、暗がりからさらに敵の数が増え続けていく事態に直面し、ひっ、と身をこわばらせた。
前後を塞がれ、じりじりと包囲網を狭めてくる正体不明の襲撃者たち。最終的に、自分たちが完全に包囲され、逃げ場のない状況に陥っていることを理解したレフィーヤは、背筋に氷を当てられたかのような深い戦慄を覚えるのだった。
今作品のMPヘイスラ等の一部アビリティはキングダムハーツⅡと同じ仕様です。
ベルとシャクティとレフィーヤのキーブレードのアビリティを考えたら
ベルはファイアアップとラストリーヴ、シャクティはディフェンダーとクライシスハーフ、レフィーヤはフルMPバーストとマジックルーレットにしました