それと章分けをしてみました
オラリオにおいて槍の使い手といえば、多くの者は迷宮都市の最大派閥の一つであるロキ・ファミリアの団長、
都市最強の派閥であるフレイヤ・ファミリアの副団長にして、『
しかし…
(ちっ、この野郎ッ!?)
アレンは激しく斬り結び、目にも留まらぬ速度で槍を繰り出しながら、心の中で忌々しげに、そして激しい怒りと共に悪態をついた。
主神であるフレイヤからの直々の神命を受け、ソラの実力を図るべく襲撃を仕掛けたのはいい。だが、アレンの想定は初撃を躱された時点で大きく狂い始めていた。さらに彼の自尊心を酷く逆撫でしているのは、当のソラが振るうそのふざけた玩具のような武器と、一撃を交えるたびに鳴り響く間の抜けたラッパの音だった。死闘の場に到底そぐわないその滑稽な音色は、アレンの研ぎ澄まされた神経をひたすらに刺激し、耐え難い屈辱で苛立たせていくのだった。
ソラはキーブレード、『クラシックノーツ』を眩い光と共に瞬時に変形させ、巨大なブーストハンマーへと姿を変える。赤、青、緑といった原色のカラフルなブロックがいくつも連なり、柄との接続部にはコミカルな白い手袋の意匠が施されている。そして何より目を引くのは、ハンマーの柄の底部と後部に取り付けられた金色のラッパだった。まるで幼い子供の玩具箱からそのまま飛び出してきたかのような、実用性など皆無に思えるふざけた外見の武器である。
「はぁあっ!」
ソラが、自身の背丈ほどもあるその巨大なブーストハンマーを両手でしっかりと握り、大きく振り回す。すると、攻撃の予備動作に合わせてハンマーの頭部と金色のラッパの口が、まるで息を吹き込まれた風船のように急激に膨張を始めた。見た目のコミカルさからは想像もつかない圧倒的な質量と密度を伴ったそれが、空気を押し潰すような重い風圧を引き連れて、アレンの頭上へと容赦なく叩き落とされる。
その桁外れの質量攻撃を、アレンは己の脚力で躱すのではなく、あえて槍の柄を両手で掲げて真っ向から受け止めた。重く鈍い衝突の衝撃が両者の間に弾け、足元の硬い石畳が蜘蛛の巣状にひび割れる。だが、アレンが激しい力比べに顔を歪めた直後、ハンマーに備え付けられたラッパ部分から、空気が漏れるような、ひどく気の抜けた滑稽な音が周囲の路地裏に高らかに鳴り響いた。
張り詰めた死闘の空気を台無しにするその呑気な音色は、オラリオ最速の異名を持つアレンのプライドを執拗に、そして確実に削り取っていく。もはや自分を格下と見て馬鹿にしているか、あるいは悪質なおちょくりを受けているとしか思えなかった。
「舐めるなァッ!」
怒りの沸点を突破したアレンは、獣のような咆哮を上げながら自身の武器である長槍を構え直し、さらに速度を上昇すべくと踏み込んだ。強靭な脚力が爆発的な推進力を生み出し、目で追うことすら不可能な連撃が、逃げ場のない嵐となってソラの全身へと殺到する。一突き一突きが岩盤を穿つ威力を持ち、それが数十の壁となって迫る様は、まさに圧巻の一言であった。
しかし、その必殺の槍撃の嵐は、あと一歩のところでソラの身体には届かない。
「守りよ! 水よ!」
ソラの短くも力強い詠唱に応え、彼の周囲に強固な魔法の防壁が瞬時に展開された。一つは、光を屈折させるほどの高密度な魔力で編み込まれた透明な光の壁。もう一つは、激しい水流が渦を巻きながら分厚い層を形成する水塊の壁。
アレンの放つ神速の突きが光の壁に衝突するたびに、激しい火花のような魔力の粒子が弾け飛ぶ。さらにその内側にある水の壁が、槍の持つ鋭い運動エネルギーを絡め取り、泥沼に引き摺り込むように威力を完全に殺していく。二重の防御陣が、アレンの槍をことごとく受け止め、弾き返し、完全に無力化していた。
アレンの名誉のために言っておくが、ソラは決してアレンをおちょくったり、馬鹿にしたりするためにこのクラシックノーツとふざけた戦法を用いているわけではない。実態は、その真逆であった。
ソラはかつて、XIII機関のナンバー3であり、風を操り六本の槍を同時に駆使する強敵、ザルディンと死闘を繰り広げた経験がある。死の淵を彷徨うようなその時の恐るべき連撃と、息もつかせぬ槍の猛攻の記憶から、ソラは目の前のアレンに対して、決して油断のならない相手として最大限の警戒を抱いていたのだ。
だからこそ、ソラは敵の猛攻を最も確実に防ぎ、生存能力を極限まで高める防御特化の姿――ガーディアンフォームを選択し、万全の態勢でこの命懸けの戦いに臨んでいたのである。
「たぁあっ!」
ソラは、アレンの槍撃の嵐が魔法の壁に阻まれてごく僅かに勢いを落とした、その一瞬の隙を見逃さなかった。彼は魔法の壁を解除すると同時に踏み込み、手元のブーストハンマーをさらに別の形態へと変形させた。
空中でカラフルなブロックがカチャカチャと小気味良い音を立てて瞬時に組み替わり、平坦だったハンマーの先端部分が鋭く前方に伸びていく。それは赤と黄色の警戒色のような縞模様を持つ、巨大な螺旋の溝を形成した。同時に、金色のラッパは後部へとスライドし、まるで莫大なエネルギーを排出する排気管のような役割を果たす配置へと変わった。
瞬く間に、打撃武器であったハンマーは、あらゆる装甲や障害物を粉砕して貫くための巨大なブーストドリルへとその姿を変貌させる。
直後、後部に備わったラッパから圧縮された魔力と空気が後方へと猛烈な勢いで噴射された。それに呼応するように、巨大なドリルが周囲の空気を渦のように巻き込みながら、重低音を轟かせて猛烈な高速回転を始める。赤と黄色の縞模様が回転によって完全に一つの光の輪のようにブレて見えるほどの、圧倒的で暴力的な駆動力であった。
ソラはその凄まじいドリルの推進力に自らの身を任せ、大地を蹴り飛ばした。自らを巨大で鋭利な弾丸と化し、アレンの懐へと向かって一直線に突進する。
「ちぃっ!」
迫り来る圧倒的な質量と、触れるものすべてを抉り取る回転の脅威に、アレンは舌打ちをしながらも瞬時に迎撃の態勢をとった。オラリオ最速の脚力を以て真横へと鋭く跳び退き、回避行動と同時にソラの無防備な側腹を正確に抉るような、冷酷な刺突を放つ。
しかし、ソラは突進の勢いを殺すことなく、強靭な体幹でドリルの軌道を強引に捻じ曲げた。そして、自らに迫る白銀の槍の穂先へと、巨大な螺旋の刃の側面を直接叩きつけたのだ。
甲高い金属音が暗い路地裏に木霊し、鋼と未知の物質が激しく削り合う凄まじい火花が夜の闇を照らし出す。アレンの放つ死角からの無数の突きを、ソラは回転するドリルの斜面で巧妙に受け流し、あるいは強引な回転力で巻き込んで弾き飛ばしていく。
ブーストドリルの強烈な回転は、触れるだけでアレンの槍の軌道を大きく逸らし、あわや武器の手元ごと弾き飛ばされそうになるほどの強い吸い込みと弾きを生み出していた。愛用の槍を絡め取られまいと、アレンは瞬時に踏み込みと後退、槍の引きと押しを幾度も繰り返さざるを得なくなる。相手を瞬殺することに特化した一撃必殺の神速の槍術が、分厚い螺旋の防壁と強引な推進力の前に、完全に手詰まりの膠着状態へと持ち込まれていた。
「まだまだっ!」
激しい攻防が拮抗する中、ソラがさらに気合の声を上げ、ドリルの出力をもう一段階引き上げる。後部のラッパから噴き出す突風がさらに激しさを増し、ドリルが硬い石畳を深く抉り、土煙を巻き上げながらアレンへと肉薄していく。
砕け散る石の破片が礫となって飛び散り、とめどなく撒き散らされる魔力の余波が大気を震わせる。アレンの槍とソラのドリルによる猛烈な剣戟は、終わりなき螺旋のようにさらに激しさを増していくのだった。
・
激しい火花を散らしながら一進一退の剣戟を交える最中、アレンとソラは、ふと視線だけを別の戦場――ベルとレフィーヤたちがいる方向へと向けた。
そこでは、素顔を兜やバイザーで隠した謎の襲撃者たちが、明確な殺意と敵意を剥き出しにして一人の少年に群がっていた。彼らの正体は、美の女神フレイヤの寵愛を一身に受けるベルを妬み、この機に乗じて痛めつけようと暗躍するフレイヤ・ファミリアの下級団員たちである。
しかし、彼らを待ち受けていたのは、数の暴力による一方的な蹂躙などではなく、到底信じがたい圧倒的な返り討ちの光景だった。
薄暗い路地裏に、幾重もの刃が交錯する鋭い金属音が鳴り響く。前後左右、完全に退路を塞がれた死地にあって、ベルの動きは常軌を逸していた。
背後からの死角を突く大剣の薙ぎ払いを、ベルは屈み込むような低い姿勢で紙一重で躱す。そのまま地面を蹴り上げ、滑るように敵の懐へと潜り込んだ。
「そこっ!」
鋭い呼気と共に、キーブレードが閃光を描く。
アイズから叩き込まれた、一切の無駄を削ぎ落とした洗練された体術。ソラと共に潜り抜けた、重力を無視するような規格外の三次元戦闘。そして、予測不能な動きで襲い来る無数のハートレスたちとの極限の実戦。
幾多の死線を越え、その身に刻み込まれた経験値は、もはや下級団員たちの単調な連携攻撃など容易く凌駕していた。壁を蹴って三角跳びの要領で宙を舞い、頭上から襲い掛かる敵の脳天に強烈な踵落としを見舞う。着地と同時に回転し、死角から迫る槍の穂先を短刀で弾き飛ばし、流れるような連撃で敵の急所を的確に打ち据えていく。
一方、その戦況のすぐ側で、レフィーヤはキーブレードを構えながらも身動きが取れずにいた。
奇妙なことに、これだけの多人数での襲撃でありながら、敵の狙いは異常なほどベル一人にのみ執拗に集中しているのだ。下手に広範囲に及ぶ強力な攻撃魔法を放てば、周囲の建物を破壊するだけでなく、乱戦の中心で立ち回るベルまで巻き込んでしまう恐れがある。そのため、彼女は援護のタイミングを慎重に窺いながら、少年の目覚ましい躍動を息を呑んで見守ることしかできなかった。
だが、事態は一瞬の隙を突いて動く。
ベルが包囲を抜けようと壁を蹴り、宙を舞って群がる敵を圧倒したまさにその瞬間。彼の意識が前方に向いた完全な死角――上空の暗がりから、一人の襲撃者が凶悪な刃を振りかざして音もなく落下してこようとしていた。
(させませんっ!)
空中にいるベルは回避行動が取れない。それを見たレフィーヤは、考えるよりも早く詠唱を紡ぎ出した。
「契約に答えよ、森羅の風よ。我が命に従い敵対者を薙げ」
短文詠唱と共にレフィーヤのキーブレードから放たれたのは、突風の魔法、ゲイル・ブラストだった。
風の砲弾が、空中のベルの背後を取ろうとした敵の胴体に正確に直撃する。凄まじい風圧が襲撃者の身体をきりもみ回転させながら、路地裏の奥の石壁へと豪快に吹き飛ばした。
それは、レフィーヤが本来習得していないはずの魔法だった。最近見るようになった不思議な夢の中で、ハーフエルフとなった自分が扱っていた風の魔法。目を覚ました後、フィルヴィスとの並行詠唱の訓練中にふと思いつき、試しに詠唱を口にしてみたところ、本当にそのまま現実でも発動できてしまった代物である。
背後の危機を救われたベルが、空中で鮮やかに体勢を立て直して無事に着地する。
その直後、ついに厄介な魔法使いを先に潰そうと判断したのか、二人の襲撃者が矛先を変え、手薄に見えるレフィーヤへと左右から鋭い斬撃を振り下ろしてきた。
「っ……!」
迫る白刃。しかし、レフィーヤの顔に焦りはない。
彼女はアカシックレコード+を咄嗟に盾として前面に突き出した。高い硬度と圧倒的な質量を持つその分厚い表紙と無骨なフレームが、敵の凶刃をガキンッという重い衝撃音と共に難なく弾き返す。手首に伝わる痺れを強靭な精神力で抑え込み、彼女は敵の体勢が崩れたその一瞬の攻防の最中、すでに次なる魔法の並行詠唱を展開していた。
「ウィーシェの名のもとに願う。森の先人よ、誇り高き同胞よ。我が声に応じ草原へと来れ。繋ぐ絆、楽宴の契り。円環を廻し舞い踊れ。至れ、妖精の輪。どうか――力を貸し与えてほしい」
神秘的な緑光の輪がレフィーヤの足元に展開され広がっていく。レフィーヤは敬愛する師であるリヴェリアが新たに習得した氷魔法を発動。
「凍りつきなさいッ!」
キーブレードの先から放たれた猛烈な吹雪と冷気が、路地裏の温度を一瞬にして氷点下へと叩き落とす。レフィーヤに迫っていた襲撃者たちは、逃げる間もなくその絶対零度の奔流に呑み込まれ、悲鳴を上げる暇すら与えられず美しい氷の彫像へと変えられていった。
舞うように敵を穿つ少年と、魔法で戦場を支配するエルフの少女。二人は互いの死角を完璧に補い合い、暗闇から湧き出る襲撃者たちを圧倒的な力で次々と無力化していくのだった。
(役立たずどもが……!)
暗がりから湧き出た下級団員たちが、ベルとレフィーヤの圧倒的な連携の前に次々と地に伏していく。不甲斐ない有様を目の当たりにし、アレンの端正な顔は苛立ちと怒りで激しく歪んだ。
無能な味方への怒りを槍先に込め、アレンは再び目の前の異界の少年――ソラへと標的を定める。
「死ねッ!」
回避不能のタイミングで放たれた必殺の一撃がソラの眉間めがけて真っ直ぐに突き進む。
しかし、この無為な攻防を終わらせるべく静かな決意を固めていたソラは、その場から一歩も引かなかった。
「守りよ!」
ソラの言葉に呼応し、強固な光の防壁であるリフレクが瞬時に展開される。アレンの放った渾身の突きは、分厚い魔力の壁に直撃した瞬間に激しい火花を散らし、その威力を完全に殺されてしまう。
ソラは防壁を解除すると同時に、間髪入れずに鋭いカウンターを放つ。重いドリルの一撃がアレンの槍の柄を激しく打ち据え、その反動でアレンの身体を後方へと大きく弾き飛ばす。
「がっ……!?」
体勢を崩し、アレンの足が完全に止まった一瞬の隙。ソラはそれを見逃さなかった。驚異的な踏み込みで一気にアレンの懐へと肉薄するとブーストドリルが空気を切り裂く轟音と共に猛烈な高速回転を始めた。
「はぁぁぁぁっ!」
ソラは自らを弾丸と化し、渾身の力でドリルブレイクによる突進を敢行。
アレンは反射的に手にした白銀の槍を構え、強固な防御陣を敷く。だが、猛烈な勢いで回転する巨大なドリルは、アレンの防御の要である槍を破壊することなく、その分厚い推進力と回転力で強引に弾き飛ばし、防御の軌道を完全に逸らしてみせた。
無防備となったアレンの身体。そのままの勢いで突進したソラのドリルが、アレンの頭部を覆っていた兜へと直撃する。
ガアァァァンッという凄まじい衝撃音と共に、頑強な兜が飴細工のようにきれいに砕け散った。
破片が宙を舞い、苦痛と怒りに顔を激しく歪めたアレンの素顔が、ついにあらわになる。
ソラは兜を失い息を呑む彼に対して、鋭い切っ先を突きつけた。なぜ自分たちを襲撃したのか、その意図を無言の圧力で静かに問い詰める。
アレンが屈辱に顔を歪め、低く呻き声を上げた直後だった。
彼のすぐ傍らの石畳に、けたたましい悲鳴と共に四つの小さな影が次々と叩きつけられた。
「ぐはぁっ!?」
「がはっ……!」
土煙を上げて転がったのは、
別所で応戦していたアイズは、彼らの厄介極まりない四位一体の連携を完全に崩すべく、ソラから学んだフリーフローアクションを存分に振るって戦場を支配していたのだ。
まずは先陣を切ってきたグレールに対し、敵の身体を軸にして激しく回転する「ボールスピン」で絡みつく。そのまま凄まじい遠心力を乗せた「ターンカッター」の斬撃を放ち、カバーに入ろうとした他の兄弟たちの連携を力技で強引に分断。
さらに、崩れた陣形を縫うように「フリーフローアクション」を駆使し、路地の壁を身軽に蹴り上げて立体的に飛翔する。今度はドヴァリンの頭上へと落下しながら「ボールスピン」で絡みつき、勢いそのままに強烈な「ブロウオフ」を発動。ドヴァリンの身体を砲弾のように力強く投げ飛ばし、体勢を立て直そうとしていたアルフリッグめがけて激突させ、一網打尽にしてみせたのである。
全身を打ちのめされ、地面に這いつくばる四兄弟。彼らが驚愕と畏怖の入り混じった視線を向ける先には、第一級冒険者四人を同時に相手取りながらも、息一つ乱していない涼やかなアイズの姿があった。
「何をしているッ!」
無様な姿を晒す仲間たちに対し、アレンは自らの失態を棚に上げて、苛立ちのままにアルフリッグへと怒号を浴びせた。しかし、痛みを堪えながら後方へと身を引いたガリバー兄弟たちも黙ってはいない。
アルフリッグが血を吐き捨てるように反論し、アレンに対してさらに厳しい言葉を叩きつける。
「うるさい! お前と違って、ちゃんと警告した!」
「お前こそ、あの異界の男の実力を本当に測れているのか!?」
「ベル・クラネルを襲った下っ端の奴らの方が……」
「まだちゃんと仕事しているぞ!」
兄弟たちからの容赦ない罵倒と正論を浴び、アレンはギリッと奥歯を強く噛み締めた。
自らの素顔が完全に割れてしまったことによる正体の露見。そして何より、剣姫アイズや成長著しいベル、さらには未知の力を持つ目の前のソラたちの実力が、自分たちの事前の想定を遥かに上回っているという事実が重くのしかかる。これ以上の戦闘を継続することは、被害を拡大させるだけの愚策でしかないと、アレンの思考が明確に告げていた。
現状の不利を理解したアレンは、屈辱に塗れた苦渋の表情を浮かべながら、即座に撤退を決断する。
「……退くぞ」
逃がすまいとソラが眉をひそめ、追撃の足を踏み出そうとした瞬間。アレンは強靭な脚力で後退しながら、手にした長槍をソラの顔面めがけて鋭く突き出した。
ソラがその強烈な牽制の一撃を弾き落とし、態勢を整えるための僅かな隙。その一瞬の間に、アレンとガリバー兄弟たちは路地の深い闇の中へと溶け込むように素早く姿を消そうとする。
「させるかっ!」
ソラが鋭く叫んだ瞬間。
迷宮都市の夜の闇が、突如として反転した。
周囲一帯が色を失い、完全に白と黒のモノクロームの空間に支配される。風の音も、衣擦れの音も、心臓の鼓動すらも消え失せた絶対的な静寂。ソラの放った時間干渉の魔法により、彼以外のすべての時間が完全に停止したのだ。
逃走を図り、宙に浮いたまま完全に静止しているアレンたち。
その止まった時の中で、自分だけが動くことができるソラは、手にしたドリルを構えて無防備な敵陣へと猛然と襲い掛かる。
放たれた技の名は――ノイジージャンプ。
残像すら置き去りにする神速の跳躍と共に、ソラは静止したアレンとガリバー兄弟たちに対し、計十六回にも及ぶ一方的で不可視の連続攻撃を叩き込んだ。
すべての攻撃を終え、ソラが着地すると同時に、白と黒の領域がパツンと音を立てて解除される。
時間が再び動き出した直後。
「がはぁぁぁっ!?」
何が起きたのか理解する間もなく、不可視の十六連撃の衝撃を時間差で受けたアレンたちは大きく後方へと仰け反った。
「アイズ、ベル、レフィーヤ!」
敵が完全に体勢を崩した絶好の隙を狙い、ソラが仲間たちの名前を高らかに叫ぶ。
その意図を瞬時に理解し、呼応した四人はスーパージャンプで夜空高くへと飛翔した。宙で四人の力が一つに重なり合い、トリニティリミットを発動しようと一点に収束させる。
――だが、勝利を確信した必殺の技が発動するよりも先に。
まるで空間そのものを切り裂くように、深くフードを被った三人の謎の人物たちが、アレンたちとソラたちの間に唐突に割って入った。
異常なまでの覇気を纏ったその乱入者たち。
ベルとレフィーヤが構えたキーブレードは、フードの人物の一人が振るう長刀によって、まるで児戯をあしらうかのように容易く受け止められ、そのまま凄まじい膂力で二人は路地の端へと吹き飛ばされた。
ソラは別の大剣使いの大男と激しいつばぜり合いに持ち込む。しかし、突然その大剣がどす黒い闇のような不気味なオーラに覆われた瞬間、大男の膂力が爆発的に跳ね上がり、ソラですら堪えきれずに空中から弾き飛ばされてしまう。
一方、アイズは三人目の人物と激しい剣戟を演じていた。だが、大剣の大男がソラを吹き飛ばしたその足で闇を纏わせ、アイズへと死角から凶悪な追撃の蹴りを放つ。アイズと打ち合っていた三人目の人物はそれを悟って素早くその場から離脱し、アイズもまた防ぎきれずに大男の重い一撃を受けて吹き飛ばされた。
圧倒的な力を持つ三人の乱入者によって、四人全員が地面へと激しく叩きつけられる。
土煙が舞う中、長刀を持った最初の人物が、長大な刀身を構えたまま静かに、そして厳かに詠唱を紡ぎ出した。
「永伐せよ、不滅の雷将」
大気中の魔力が異常な密度で一点に収束していく。相手の魔法行使の気配を瞬時に察知したレフィーヤもまた、倒れた状態から負けじと防御魔法の詠唱を放つ。
「盾となれ、破邪の聖杯」
そして、三人の声が同時に夜の路地に響き渡った。
「ヴァリアン・ヒルド」
「ディオ・グレイル!」
「守りよ!!」
長刀の人物が殲滅の魔法名を口にすると同時にレフィーヤが叫び、ソラも咄嗟にリフレガを発動させる。
直後、長刀の人物の刃から、雷光の大砲撃が放たれた。黄金の稲妻が四人を完全に飲み込もうと迫るが、レフィーヤの展開した防御魔法と、ソラのリフレガによる二重の防壁が正面から衝突し、それを見事に防ぎ切る。
防壁と雷光が拮抗し、発生した激しい閃光が周囲一帯を視界が焼き切れるほど真っ白に染め上げた。
大地を揺るがす轟音が消え去り、やがて光が収まって視界が晴れた時。
「……消えた?」
ベルが呆然と呟いた通り、荒れ果てた路地には静寂だけが残されていた。
土煙の向こうには、先ほどまで圧倒的な力を振るっていたフードの襲撃者たちはもちろんのこと、手負いのアレンたちや、ベルとレフィーヤによって戦闘不能にされ転がっていたはずの下級団員たちまでもが、影一つ残さず跡形もなく消え去っていたのだった。
「くそ、あいつら……!」
煙の向こうへ消え去った襲撃者たちを逃がすまいと、ソラがキーブレードを構え直して周囲を探しに行こうとする。しかし、その肩をアイズの手が力強く掴んで引き止めた。
「待って、ソラ。深追いは危険」
「でもアイズ、このまま逃がしたらまた……」
「さっき……真っ先にベルを狙っていた。もし別働隊がいて、ここで私たちが分断されたら、ベルが危ない」
アイズの冷静な指摘に、ソラははっと我に返り、追撃の足を止めた。確かに、暗がりから次々と湧いて出た襲撃者たちの狙いは、異常なまでにベル一人に集中していた。ここで下手に動いてベルを守り切れなくなるのは本末転倒だ。ソラは忌々しげに舌打ちをしつつも、深追いを思いとどまる。
一方、襲撃の標的とされていたベルの身を案じて急ぎ振り返ったレフィーヤであったが、そこでは予期せぬ事態が起きていた。先ほどの戦闘で共に吹き飛ばされた衝撃により、偶然にもベルの顔が彼女の胸に深く埋まってしまっていたのだ。
「んぅ……。あ、あの、レ、レフィーヤ、さん……?」
状況を完全に理解していないベルが、身をよじりながら間の抜けた声を上げる。その瞬間、羞恥に顔を真っ赤に染めたレフィーヤの堪忍袋の緒が切れた。
「こ、このっ……! 破廉恥ヒューマンがああああああっ!!」
「ぶべらっ!?」
激怒のあまり、レフィーヤは手にしたアカシックレコード+の分厚い背の部分でベルの頭を容赦なく殴り飛ばした。
「ご、ごめんなさいレフィーヤさん! わざとじゃないんです、本当に不可抗力で……っ!」
「問答無用です! 少しはその穢れた根性を叩き直してやります!!」
容赦ない制裁を受け、ベルは涙ながらに平謝りする羽目になる。
そこへ、上空から眩い光と共にヴィマーナに乗ったシャクティが降下してきた。
「お前たち! なにをしてる!!」
騒ぎを聞きつけて厳しい警告を発したシャクティだったが、その中にソラの姿を見つけて驚愕する。すぐさま事情聴取が行われ、ソラたちが一方的な襲撃の被害者であったことが判明すると、シャクティは安堵して胸を撫で下ろした。
「なるほど、そういうことか。お前たちが暴走したわけではないと分かり、安心した。だが、夜間とはいえこれほどの規模の襲撃事件とはな。……剣姫、何か襲撃者に心当たりはないか?」
襲撃者に心当たりがないか問われたアイズは、静かに首を横に振った。自分と交戦した四人組の連携から、彼らの正体がフレイヤ・ファミリアの
「そうか。念のため、安全を考慮して四人はヴィマーナに同乗し、それぞれの
その後、シャクティの提案により四人はヴィマーナに同乗してそれぞれのホームまで送ってもらうこととなった。
機上にて、理由なき理不尽な襲撃に対して憤りを隠せないソラに対し、アイズが淡々と告げる。
「ソラ。こういうことは、オラリオではよくあるよ。特に……都市の注目を集めている、ベルやソラみたいな人だと」
「……なんだよそれ」
アイズの言葉に、ソラはさらに顔をしかめる。
一方のベルとレフィーヤは、先ほどのアクシデントが尾を引いて気まずい沈黙に陥っていた。しかし、沈黙に耐えかねたレフィーヤが、意を決したように口を開く。
「べ、ベル・クラネル」
「は、はいっ!」
「先ほどの不敬についてですが……後日、私の買い物に荷物係として付き合うことを条件に、今回の件は許してあげます」
「えっ、本当ですか!?」
「勘違いしないでくださいね! あとこれはデートではないですから! 強く念押ししておきます!」
真っ赤な顔で必死に言い訳を並べるレフィーヤに対し、ベルはほっと安堵の表情を浮かべる。
「はいっ! 付き合います!」
あくまでデートではないと強く念押しするレフィーヤに対し、ベルは素直に同意の返事を返すのだった。
もしその初々しいやり取りをある女神が目撃していたならば、間違いなくアオハル!だと歓喜の声を上げていたであろう結末で、夜の騒動は幕を閉じた。
・
「襲撃されたぁっ!?」
「神様、声が大きいです……」
帰還した
「体は大丈夫なのかい!? どこか痛むところはないかい二人とも!?」
「大丈夫ですよ、神様。アイズさんやレフィーヤさんも一緒でしたし、怪我はありません」
ベルが苦笑しながら無事を伝えると、ヘスティアは心底安堵したようにへなへなとその場に座り込んだ。しかし、愛する眷族が夜の街で命を狙われたという事実は重く、まさかオラリオでこんなことが起きるなんてと、彼女は分かりやすく肩を落としてひどく落ち込んでしまった。
「ベル君が無事だったのはよかったけど……ソラ君やヴァレン何某がいつも一緒にいられるわけじゃないし。もしベル君が一人の時にまた襲われたら……」
沈痛な面持ちで呟くヘスティアの言葉に、ソラは腕を組んで少しだけ考え込んだ。確かに、自分が不在の際にベルの身を守る手段は必要だ。やがて何かを閃いたように顔を上げると、ソラは懐から星型の可愛らしいアイテムを取り出した。
「それなら、これを使ってみないか?」
「これは…確かお守り?」
「うん。これを使って、ベル自身にドリームイーターを召喚してもらうんだ。そうすれば、俺がいない時でもあいつらがベルと一緒に戦ってくれるし」
ソラの突拍子もない提案に、ヘスティアたちは顔を見合わせた。
「でもソラ君、ドリームイーターは君の力なんじゃないのか?」
「試してみなきゃ分からないさ。ほら、ベル。これを持って強く念じてみて」
ヘスティアが疑いの目を向ける中、ソラに促されてベルはおずおずと絆のお守りを受け取った。両手でしっかりと握りしめ、目を閉じて意識を集中させる。しかし、いくら待ってもお守りはうんともすんとも言わず、光を放つ気配は全くなかった。
「……駄目みたい…何も起きないよ」
「そっか……やっぱり俺以外じゃ使えないのかな」
がっくりと肩を落とし、残念がるベル。ソラも少し困ったように苦笑を浮かべ、ベルからお守りを返してもらおうと手を伸ばした。
ベルの手からソラの手へとお守りが渡ろうとした、その瞬間だった。
二人の手がお守りの上で重なり合った途端、星型のお守りから突如として太陽のような強烈な光が放たれたのだ。
「うわあっ!?」
「な、なんだっ!?」
部屋を包み込む眩い光の中で、ベルは自身の体の中を何かが凄まじい勢いで駆け巡るのを感じた。それはソラから流れ込んできた温かな力の奔流であり、同時に遥か遠くの、どこか別の世界へと深く繋がっていくような、酷く不思議で神秘的な感覚だった。
やがて、部屋を染め上げていた光が徐々に収まっていく。
恐る恐る目を開けたベルとヘスティアの視線の先、床の上には新たな存在がちょこんと座っていた。
「きゅぅ?」
黄色と緑の体色をした丸っこい体。ずんぐりとした手足。長い耳があり、その先端は肉球のようになっていた。頭には小さな角があり、頬には半円模様。首輪のような縞模様があり、黒い眼窩の中には黄色いハート型の瞳が輝いていた。
そして胸には、スピリットのシンボルマーク。
その光景にソラは満足げに微笑み、ベルとヘスティアは驚愕の声を上げた。
「「ウサギ!?」」
今作のドリームイーターはフリッククラッシュのコマンドを使用できます。