キングダムハーツ オラリオ ミィス   作:小説好きー

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第40話 ベル達の新しい友達

 目の前のドリームイーター、ミミバニーは嬉しそうに宙を飛び回り、そのまま一直線にベルの腕の中へと飛び込んだ。

 突然のことに目を白黒させながらも、ベルは慌ててその柔らかい体を受け止める。ドリームイーターはベルの胸元にすり寄るように顔を埋め、主と出会えた喜びを全身で表現していた。

 

「僕に……ドリームイーターが……」

 

 ベルは呆然と呟いた後、腕の中の愛らしい存在を高く掲げ、満面の笑みをパァッと咲かせた。

 

「僕のドリームイーターだ!」

「上手くいってよかったな!」

「うんっ!ありがとうソラ!!」

 

 持ち上げられたドリームイーターも短い腕を嬉しそうに振り、長い耳をピンと立てて主の喜びに全力で応える。自身にすり寄る相棒を見つめながら、ベルは心底からの感嘆の声を上げた。

 

(ああ、これは……とんでもないことになるぞ……)

 

 一部始終を見ていたヘスティアは、顔を引きつらせて心の中で呟いた後、深く、本当に深いため息をついた。

 

「ま、結果オーライってことにしておくか。それにしても、ドリームイーターが……ウサギの姿で現れるとは思わなかったよ」

 

 不思議そうな顔をするヘスティアに、ソラがあっけらかんと補足する。

 

「この子はミミバニーって言うんだ」

「ミミ……バニー?なんだいその名前は?」

 

 変わった名前の響きに、ヘスティアが怪訝そうに眉をひそめて尋ねた。

 

「そういう名前なんだ。せっかくだし名前を付けてみたらどうだ、ベル?」

 

 ソラが軽く肩をすくめて提案すると、ベルは目を瞬かせた。

 

「僕が、名前を……?」

「ああ。ベルとミミバニーの特別な繋がりなんだから、ベルが名付けたらどうだ?」

「名付ける……」

 

 ベルは愛おしそうに呟きながら、ミミバニーをそっと地面に下ろした。そして、その丸い瞳を真っ直ぐに見つめ、一生懸命に頭をひねる。

 

「うーん……ミミバニーだから……」

 

 ミミバニーは期待に満ちた瞳で、ベルの言葉を待つように長い耳を揺らしている。

 

「……『ミミ』、はどうかな?名前から取っただけで、ちょっと単純すぎるかもしれないけど……」

 

 少し自信なさげにベルが提案すると、ミミバニー――ミミはパァッと表情を明るくし、「きゅいっ!」と嬉しそうに鳴いてその場でぴょんぴょんと飛び跳ねた。

 

「気に入ってくれたみたいだな!」

「ふふっ、単純だけど、覚えやすくていいじゃないか」

 

 ソラとヘスティアが微笑ましく見守る中、ベルはホッと安堵の息をついて相好を崩す。

 

「よろしくね、ミミ。……僕の呼びかけに応えてくれてありがとう」

 

 ベルは優しく微笑みながら、小さな手を差し出した。

 

「僕が召喚したんだけど、一つ聞いてもいいかな。僕と一緒に、ダンジョンで戦ってくれるかい?」

 

 ミミはしばらくベルを見つめていたが、やがて嬉しそうにぴょんと飛び跳ねた。そして、その長い耳をベルの手にくるりと巻き付けると、ブンブンと握手をするように激しく揺らした。

 

「て、手伝ってくれるんだね?ありがとう!」

 

 ベルはさらに明るい笑顔を見せ、ミミの頭を撫でた。

 その微笑ましい光景を眺めながら、ソラは満足げに頷く。

 

「上手くいってよかったな!これなら、他のみんなにもドリームイーターを呼んでやれるな!」

 

 ソラが軽い調子でそんなことを口にした瞬間、ヘスティアがわざとらしく大きな咳払いをして会話に割って入った。

 

「ちょっと待った、ソラ君。君は自分の言っていることがどれだけオラリオにおいて重大な意味を持つか、全く分かってないだろう」

 ヘスティアのきっぱりとした宣言に、ソラは不思議そうに瞬きをして首を傾げる。

「……どういうことなんだ、ヘスティア?」

 ついにヘスティアは額に手を当てて、天を仰いだ。

「全く……!いいかいソラ君、前に言った通り、君自身が精霊を呼び出せるだけでも十分異常なんだ!その上、君の助けがあるとはいえ、他人にまで精霊を召喚させられるなんて事実が知れ渡ってみろ。君の背中に『僕を狙ってください』って巨大な的を描くようなものだよ!」

 ヘスティアはギリッとソラを睨みつける。

「もしあのアイテムと君の力が知れ渡れば、世界中の神や人が欲望を丸出しにしてソラ君を追い回すことになるんだよ!だから、このことは絶対に他言無用だ。まずはガネーシャたちに話をしないとね。他の誰かに精霊を呼んでやるのも、当分は禁止にするからね」

「えー、そうなのか?でも、リリとかフィンにならいいだろ?」

 ヘスティアの慎重な態度に、ソラは不満げに唇を尖らせた。

「これからファミリアの仲間がもっと増えたら、そいつらには呼んでやりたいんだけど」

「だから、それはまだ先の話だと言ってるんだよ」

 ヘスティアは厳しく腕を組み、息を吐いた。

「別に反対してるわけじゃないんだ。ただ、誰を仲間に入れるにしても、まずはその子が完全に信用できるか見極めなきゃならない。もし万が一、情報が外に漏れるようなことになったら、僕たちも、ソラ君の大切なドリームイーターも危険に晒されるんだ」

「なんで失敗する前提で話すんだよ?」

 ソラはあっけらかんと言い放つ。

「俺たちの仲間になるやつなら、絶対に秘密は守るって!やってみる前から疑う必要はないだろ?」

「ソラの言う通りです。僕たちの秘密は、きっとみんな守ってくれますよ」

 ソラの言葉に勇気づけられたのか、ベルも力強く同意する。

 その眩しいほどの決意と底抜けの楽観さに、ヘスティアは呆れつつも微かに口角を上げて笑みを浮かべる。

「まあ、ソラ君が物怖じしないのは今に始まったことじゃないけど。ベル君までそこまで楽観的になるとはねぇ。すっかりソラ君の影響を受けすぎなんじゃないかい?」

「ぼ、僕がですか……?」

 ベルが驚いて目を丸くすると、ソラが屈託なく笑って返す。

「悪いことみたいに言うなよ!」

「ソラ君の影響が、すべてにおいて良いものとは限らないからねぇ」

 ジト目でジロリと睨み返したヘスティアは、空気を変えるようにパンと大きく手を叩いた。

「さて、ベル君の精霊の件も片付いたことだし、ベル君のステイタス更新といこうか!」

 ドリームイーターの召喚という未知の体験にすっかり心を奪われていたベルだったが、主神から促されると、居住まいを正して神妙に頷いた。

「は、はい!準備万端です、神様!」

「それじゃあシャツを脱いで背中を見せておくれ!あ、言っておくけど、ドリームイーターを召喚できたからって、新しいスキルが発現しているとは限らないからね、ベル君」

「わ、分かりました」

 ベルは素直にシャツを脱ぎ、その無防備な背中を主神に向けた。

 更新の儀式が始まると、ベルの背中から神聖な淡い光が溢れ出す。ヘスティアの指先が神血をなぞって動くたびに、神聖文字が次々と書き換わっていく。視線を下に走らせていたヘスティアは、ある一点でピタリと動きを止め、カッと目を見開いて完全に凍り付いた。

「……えっ?なに……どうして……!?」

 信じられない、といったようにヘスティアの口から震える声が漏れる。

「か、神様……?」

「ヘスティア……?」

 二人の心配そうな声を完全に無視し、ヘスティアは目の前のステイタスを穴が開くほど凝視し続ける。やがて信じられない事実を受け入れるように何度も頭を振り、羊皮紙にその内容を急いで書き写した。

 書き終えた羊皮紙を慎重に見つめた後、ヘスティアはプルプルと震える手でそれをベルに差し出した。

「ベル君、スキルを……見てごらん……」

「ぼ、僕のスキル……?」

 困惑しながら羊皮紙を受け取ったベルは、その内容に視線を落とし――限界まで目を丸くした。

 ベル・クラネル

 Lv.2

 力:I0→F312

 耐久:I0→C630

 器用:I0→F350

 敏捷:I0→F388

 魔力:I0→E595

 《スキル》

 【キーブレード】

 ・あらゆる鍵の開閉

 ・心を解放する

 ・斬撃・打撃の変更

 ・闇の魔物に対して高い攻撃補正

 ・手元に召喚可能

 ・資格のある者に一時的に貸し出し可能

 ・キーチェーンを変更すると形、性能、アビリティが変化する

 【流転戦陣(スタイル)

 ・連続攻撃を契機とした自己強化の派生発現。

 ・形態変化に伴う任意での絶技実行権。

 ・絶技行使による効果解除。

 【夢想連鎖(ドリームリンク)

 ・ドリームイーターの召喚および使役。

 ・ドリームイーターの強さは契約者の強さに比例する。

 ・ドリームイーターとの絆を深めることで技、魔法、スキル、アビリティの獲得。

 【精霊同調(リンクスタイル)

 ・召喚したドリームイーターとの心の同調。

 ・自身を一時的にスピリット化し、対象が持つ技、魔法、スキルの一部をその身に宿すリンクスタイルへの移行。

 ・リンク時に属性が発現。

 ・スキル発動中、精神力(マインド)を消費する。

「ステイタスの伸びが相変わらず凄いけど……ぼ、僕にスキルが、新しく二つも追加されてる!?」

 ベルは顎が外れそうなほど驚愕して叫んだ。

「よかったな、ベル!」

 ソラは事の重大さを理解していないのか、一人だけニカっと笑った。

「うんっ!……でも、どうしてだろう」

 ベルは困惑した表情で、手元にある星型のお守りを見つめた。

「さっき、僕一人でお守りに触れて念じた時はまったく反応しなかったのに、ソラの手と重なった瞬間に、光が溢れて……どうして僕とソラが一緒に触れたら、ミミを呼べるようになったんだろう?」

 ベルの素朴な疑問に、ヘスティアも深く頷いて同意する。

 二人からの真っ直ぐな視線が一点に集まり、ソラは困ったようにポリポリと頭を掻いた。

「えーっと……まあ……」

 理由を考えあぐねるソラ。その視線は、ベルの足元で大人しく寄り添っているミミへと向けられる。

(……俺がドリームイーターを呼べるのは、みんなとの繋がりがあるからだけど、ベルにはそれがなかったから呼べなかった。でも、俺とベルが触れたことで……)

 そこまで頭の中で整理して、ソラはハッと閃いたように顔を上げた。

「そうか!ベルとミミの間に『繋がり』ができたからだ!」

 自信満々に言い放たれたその答えに、部屋の中に重苦しい沈黙が落ちた。二人が『何を言っているんだこいつは』という、完全に理解不能な顔でソラを見つめている。

「「は?」」

「……えっと、ソラ?具体的にどういうことですか?」

 ソラの言葉にベルが恐る恐る尋ねる。

「ベルとミミが強い繋がりを結んで、その繋がりがステイタスでスキルになったんだよ」

「もう少し僕たちが分かるように説明しておくれよ!」

 ヘスティアがたまりかねて叫ぶと、ソラはどう説明すれば二人に伝わるか頭をひねった。

「えーっと、ベルとミミの間の繋がりを、目に見えない『鎖』だと思ってくれ。俺はその鎖を作る手伝いをしたんだ」

 ソラは身振り手振りを交えて、懸命に説明を始めた。

「最初は鎖がなかったから、ベルはドリームイーターを呼べなかった。でも、俺がベルとドリームイーターを繋ぐ鎖の代わりになったんだ」

「繋がりが無かった……」

 ベルは自分の足元にいるミミをそっと見つめる。

「で、俺が間に入ったことで、ベルはミミと直接会うことができた。そこで二人の間に新しい鎖、つまり個人的な『繋がり』が生まれたんだ。もう俺という繋がりがなくても、ベル自身がしっかりと繋がってる。その自分だけの心の繋がりが、スキルとして形になったんだよ!」

 ドヤ顔で言い切るソラに対し、二人は言葉を失い、ただただ微妙な顔で彼を見つめていた。

「……言ってることの理屈は、なんとなく分かったよ」

 ヘスティアが疲労困憊といった様子で呟く。

「だろ!ヘスティア!」

 屈託のない笑顔で言い切る少年に、ヘスティアは冷ややかなジト目を見つめ返した。

 ヘスティアはソラの言葉についには思考を放棄した。ソラが持ち込む概念に、これ以上精神力を削られたくなかったのだ。

「襲撃もありましたし、今日はもう寝ましょう……」

 少し残念そうにベルが言う。本当なら、もう少しだけ初めてのドリームイーターと過ごしたかったのだ。彼は名残惜しそうにミミの前にしゃがみ込んだ。

「短い時間だったけど、またすぐに呼ぶからね」

 ベルの言葉を理解したのか、ミミは短くぴょんと飛び跳ねて手を振り、ポンッという軽い音と共にピンク色の煙となって消えていった。

 

「さて、もう寝るか」

 

 ベルとの繋がりの鎖、その奇跡的な発現にソラは満足げに頷き、ようやく自室へと歩みを進めようとした。

 

 ――その時だった。

 

トゥルルル、トゥルルル。

 

 突如として、ソラのポケットにしまってあったモバイルポータルが、夜の静寂を切り裂くようなけたたましい電子音を鳴り響かせたのだ。

 

 こんな夜更けに一体誰からだろうと、ソラは不思議に思いながらモバイルポータルを取り出し、液晶画面を確認することなく通話ボタンを操作する。モバイルポータルのスピーカーからは、鼓膜を直接揺さぶるような爆音が飛び出した。

 

「俺はガネーシャだァァァァァァッ!!」

「うるさいよガネーシャ!」

 

 予期せぬガネーシャの咆哮に、すぐさまヘスティアが青筋を立ててツッコミを入れる。ソラはヘスティアの怒号を制し、ガネーシャの声のトーンからただ事ではない気配を感じ取って、真剣な声をスピーカーへと向けた。

 

 

「どうしたんですかガネーシャ様。……もしかして、ハートレスが!?」

「いや、ハートレスではない!しかし、現在俺たちに起きている異常は……ソラ、お前に関与することだとガネーシャは判断した」

 

 ガネーシャが、普段の暑苦しい声からは想像もつかないほど重々しく、そしてどこか困惑の混じったトーンでそう告げた直後、ピコン、とモバイルポータルに一通のメールの受信通知が届いた。

 

「今、画像を送った。これを見てくれ」

 

 ソラは言われるがままにガネーシャからのメールを開き、そこに添付されていた画像ファイルをタップした。

 そこに写っていたのは、言葉を失うような、いや、言葉を失って当然の、ある種凄惨な光景だった。

 ガネーシャ・ファミリアの団長であるシャクティが、執務机の上で青と紫を基調とした極太の四肢に、淡い黄色の丸い頭部、そして鮮やかな緑色の長い鼻と大きな耳を持つ、彼女自身の背丈を遥かに超える巨大な象の姿をしたドリームイーター――ゾウエレファントに上からのしかかられている光景が克明に写し出されていたのだ。

 

 

「え……?」

 

 だが、事態はそれで終わらなかった。呆然とするソラの手元で、再びピコン、ピコン、と連続してモバイルポータルがメールの受信を知らせる。

 ソラが恐る恐る二通目の、今度はフィンから送られてきた画像を開くと、そこにはさらなる混沌とパニックが広がっていた。

 写真の背景はロキ・ファミリアの本拠(ホーム)のようだ。

 まず目を引いたのは、腕の中に紫と青の層になった美しい翼と、緑色の鮮やかな胴体を持つ猛禽類のようなドリームイーター、ナルバードを抱きかかえているアイズの姿だった。

 

 

 その横では、丸みを帯びた緑と黄色のグラデーションの腹部に、青い頭部と大きなくりくりとした黄色い縁取りの目をこれでもかと見開いたドリームイーター、ガンミフクロウがレフィーヤの肩をがしりと掴み、彼女の体を完全に空中に浮かせて飛び回っていた。レフィーヤは為す術なく、ぶら下がったまま呆然とした顔で悲鳴を上げている様子が激写されている。

 

 

 さらに凄惨なのは、その奥だ。リヴェリアが、カエル王子をはじめとした複数のカエルソルジャーやカエルシェフといったドリームイーターたちに群がられ、完全に覆い被さられている。彼女はカエルの山の中で、憤怒と困惑が入り混じった顔で藻掻いているが、数の暴力の前に沈みかけていた。

 極めつけは写真の隅の方。ベートが、猛スピードで突進してきたマジックラビットの強烈な頭突きを腹部に食らい、見事なくの字になっていた。

 

 

「「「えええええええっ――!?!?!?」」」

 

 

 あまりの混沌とした、光景の連続に、ついにソラたちが揃って限界を突破したような驚きの声を上げ、部屋中にその絶叫が木霊した。

 

 一体何が起きているというのだ。

 

 彼らがその混乱の極致にあった、まさにその直後だった。外の通りから、夜の静寂を破って彼らを呼ぶ声が響いてきた。

 

 

「ソラ!」

「起きてるかしら!ヘスティア!」

「こ、この声は……ヘファイストス!?」

 

 ただ事ではない神友の声に、ヘスティアは弾かれたように玄関へと駆け出し、勢いよくドアを押し開けた。

 しかし、そこに立っていたのは、これまで見てきたメールの画像すら霞むほど、常軌を逸した光景だった。

 ヘスティア・ファミリアの小さな本拠(ホーム)の前に広がる夜の通りで、ヘファイストスと彼女のファミリアの団長である椿が、赤を基調とした頑強な肉体に、緑や黄色の鮮やかな模様と鋭い棘、そして刃のように尖った尻尾を備えた獰猛なドリームイーター――ボウクンレックスの背中に跨り、威風堂々と騎乗してこちらを見下ろしていたのである。

 

 

 

 

 唖然として叫ぶヘスティアに対し、ボウクンレックスの背から椿がニカッと豪快に笑って返す。

 その後、フィン達からの電話も鳴り一同は緊急で他派閥間の会議が始まった。

 

「やっぱ今回のこの珍騒動、全部ソラが原因なんやな?」

「うっ……ご、ごめんなさい、ロキ様」

「ええんよええんよ! 謝る必要なんかこれっぽっちもないわ。おかげで腹抱えて笑うほどおもろいもんが見れたしな!」

 

 気まずそうに眉を下げて端末に向かって謝罪するソラを、ロキはケラケラと笑う声で許した。とはいえ、ソラの中には依然として大きな疑問が渦巻いていた。

 

「でもさ、俺がさっき繋がりを結んだのはベルだけなんだ。それなのに、なんでアイズやリヴェリアたち、他のファミリアのところにも一斉にドリームイーターが現れたんだ?」

「あほ! 自分が原因やのに自分にもわからんて、そんなもんうちらにわかるわけないやろがい!」

 

 ロキからのごもっともな鋭いツッコミがスピーカーから飛び出した、まさにその時だった。

 通話の向こう側、おそらくリヴェリアの近くに陣取っているであろうカエル王子の独特な鳴き声が、音声を通してはっきりと拾われた。

 

「ケロケロケッケケロ、ケロ!」

「……っ!? あの時の光は、ベルだけじゃなくて、みんなのところに!?」

「な、なんだと? 我々の……世界にだと!?」

 

 カエル王子の鳴き声を聞いたソラが驚きの声を上げ、それに呼応するように通話口の向こうからリヴェリアの驚愕の言葉が漏れ聞こえてくる。

 

「リヴェリア、ソラ。君たちはいったい何を言っているんだ?」

 

 状況が見えず完全に蚊帳の外に置かれたフィンが、通話越しに怪訝そうな疑問を投げかける。その間にも、再び端末の向こう側でカエル王子の鳴き声が響いた。

 

「ケロケロケロ」

「……いや、待て。……いや、そうか、分かった」

 

 リヴェリアが何事かを納得したような声を出した、まさにその瞬間だった。

 スピーカーの向こう側から、突如としてロキの素頓狂な叫び声が鼓膜を揺らした。

 

「なんやなんや! 光ってカエルどもが消えたで!? ……ってリヴェリア、自分いつのまに頭に王冠なんか被って、そこにいったい何が起きてるんや!」

「なんじゃぁっ!? ゆ、床からもう一人、赤いリヴェリアが這い出してきたぞ!?」

 

 ロキの声に続き、今度はガレスの信じられないものを見るような絶叫が通話口から轟く。

 映像がないソラたちには向こうの光景が直接見えないが、飛び交う声のやり取りだけで異常事態が起きていることだけは痛いほどに伝わってくる。本物のリヴェリアの側に、コック帽を被り独特な目をしたリヴェリアが出現したという混乱の気配が満ち、通話の向こう側にも重苦しい沈黙が流れ続けた。

 やがて、スピーカーから本物の威厳あるトーンとは似ても似つかない、愛らしい少女のような声が響き渡る。

 

「あのね、あのね。あの時にね、私たちはベルだけじゃなくて、ソラからの繋がりでみんなのところにも行ったの」

 

 新たな存在――カエル王子の能力で呼び出されたカエルシェフ改め、リヴェリアシェフの言葉に、ソラは驚きに目を瞬かせる。端末の向こう側から、彼女はさらに少女らしい声立ちで言葉を続けた。

 

「あとね、この世界と人たちはね、私たちや夢の世界に近いの。だから私たちはこの世界で出現できて、一緒に戦えるんだよ」

「夢の世界……。眠りに閉ざされた世界か」

 

 別回線で通話を繋いでいたガネーシャが、低い声で確認するように呟く。

 

「うん」

 

 リヴェリアシェフが素直な声で肯定する。

 ソラはどういうことだと疑問符を浮かべ、頭を抱えそうになった。原因を探り出すはずが、この世界の在り方に関わるさらなる巨大な疑問が生まれてしまい、思考が完全に混乱の渦に飲み込まれていく。

 

「まあ、細かい理屈はともかくとしてだ。とりあえず、こやつらに害はないのだろう?」

 

 目の前でボウクンレックスに乗ったままの椿が、確認を求めてくる。ソラは弾かれたように顔を上げ、力強く頷いた。

 

「うん! みんな、ベルのところに来てくれたミミと一緒で、みんなの手伝いをしたいんだ!」

「俺はいらねぇええええええっ!」

 

 通信の遥か奥の方からベートの怒鳴り声が響いたようだったが、端末から遠すぎたせいか、ソラの耳にはノイズ混じりでまともに伝わらなかった。

 

「……詳細の確認や検証は、後日にしましょう。夜も随分と更けてるし…」

 

 目の前にいるヘファイストスが落ち着いた声でそう発言し、混沌極まる場を一旦収束へと導いた。

 フィンが同意して通話が切られ、ロキ・ファミリアとの通信が終了する。しかし、繋がったままのもう一つの回線から、さきほどまで黙っていたシャクティの真剣な声が響いてきた。

 

「ソラ、先日ソーマ・ファミリアからリリルカ・アーデの探索願いが出された。連中のやり方を考えればおかしな行動だ。警戒をしておいてくれ」

「分かった」

「すまない。我々がふがいないばかりに……」

「大丈夫。もしソーマ・ファミリアのやつらが来たら、俺達がやっつけるから」

 

 ソラが端末に向かって頼もしい言葉を返すと、シャクティは通話の向こうで再び深く謝罪の言葉を口にした。それを最後にガネーシャたちの通話も切られ、モバイルポータルが静かに沈黙する。

 

「それじゃ、私たちも帰るわね」

 

 ヘファイストスが告げると、ボウクンレックスがゆっくりと巨体を反転させて夜の石畳を踏み締める。ヘスティアは、その神友の背中をいつまでも見送るのだった。

 

 

 

「貴方は不思議ね、ソラ……」

 

 バベルの上層階から夜闇に沈むオラリオを見下ろしながら、美と愛の女神フレイヤが独りごちた。

 ここ数日、彼女は物思いにふけることが多くなっていた。神命を下した実験の結果は、フレイヤの予想を大きく裏切るものだったからだ。ソラという少年は、神の目をもってしても容易には底が知れない存在であることを証明し続け、彼女にさらなる魅惑的な疑問を突きつけていた。

 本来、彼女は別働隊を動かしてアイズやレフィーヤを分断し、愛しのベルへ直接的な試練を与えるつもりだった。しかし、現場を指揮していたアレンは、ベルを追い詰めるどころか撤退を余儀なくされた。あろうことか、あの得体の知れない異界の少年がアレンの神速の槍を完璧に捌き切り、逆に彼を圧倒してのけたからだ。

 帰還したアレンは主神の前で平静を装っていたが、その表情からは隠しきれない屈辱と激しい怒りが見て取れた。報告を受けずとも、フレイヤにはその眼で手に取るようにわかっていた。オラリオ最速を誇るアレンがソラに手酷くあしらわれ、あまつさえその反撃によって素顔を隠す兜を無残に粉砕されたという事実を。

 さらにフレイヤの麗しい顔を曇らせたのは、戦闘の直後に訪れたある一件だった。

 事態の収拾に現れたシャクティのヴィマーナに同乗し、ホームへと送られる道中のことである。愛しのベルが、同行していたロキ・ファミリアのエルフの娘――レフィーヤと何やら気まずげに言葉を交わした末、後日彼女の買い物に付き合うという、実質的なデートの約束を交わす様を見せつけられたのだ。バベルの頂上から神の眼でその初々しいやり取りを最初から最後まで目撃していたフレイヤは、わき上がる独占欲と苛立ちから、思わずむすっと不機嫌に頬を膨らませてしまっていた。

 だが、フレイヤの思考を最も大きく揺さぶったのは、単なる格闘戦の勝敗や可愛らしい嫉妬の感情ではなかった。

 

(まさか、時間そのものを停止させてのけるなんて……)

 

 フレイヤはワイングラスを持った手を止め、蠱惑的な瞳を細めた。

 撤退を図るアレンたちに対し、ソラが介入したあの瞬間。白と黒の世界が路地裏を侵食し、物理法則のすべてが凍結した。神の恩恵(ファルナ)による極限の加速とは次元が違う、絶対的な時間の支配。ソラという個人が特異なのか、あるいは外の世界には、時間という概念すら自在に操る者たちが闊歩しているのかは定かではない。

 確かなのはアレンすら赤子同然に封じ込めるその力が、フレイヤの事前の想定を遥かに、そして劇的に超えていたという事実だった。

 

「魂が特異なだけじゃなく、世界の法則すら覆す強さを持っている……。ふふ、ソラ。貴方には驚かされてばかりね」

 

 フレイヤはグラスの赤ワインを艶やかに揺らしながら、熱を帯びた声で呟いた。

 魂の在り方と言えば、彼女は今回の衝突で他にもいくつかの重要な事実を学んでいた。

 ソラとアレンの刃が交錯したと知った時、彼女はソラの魂がアレンへ干渉し、あの美しい未知の繋がりの光が芽吹くのではないかと密かに期待していた。だが、結果として二人の間に繋がりは皆無だった。敗北したアレンの魂は、繋がりによって輝くどころか、どす黒い憤怒によって色濃く染まっていたのだ。

 つまり、単にソラと刃を交えたり言葉を交わしたりするだけでは、彼の魂との繋がりは発生しないということだ。

 

(もしかしたら、互いの心を知ろうとする意志が必要なのかしら……?いえ、今はまだ推論の域を出ないわね)

 

 フレイヤは心中で思考の糸を巡らせ、すでに複雑怪奇な様相を呈しているパズルに、さらなる難解な層が加わったことに甘い溜息をついた。

 

「本当に、これほど頭を悩ませてくれる存在は久しぶりだわ……」

 

 心地よい疲労と微かな頭痛を感じながら、フレイヤはどこか楽しげに呟くと彼女は再び窓の外、広大な都市の夜景へと視線を戻した。

 彼女はソラの魂という底知れぬパズルから一旦意識を外し、愛してやまないベルの魂へと焦点を合わせた。

 

「……ふふ、相変わらず透明で、ソラの影響を受けてとっても眩しく輝いているわ。でも……」

 

 フレイヤの眼をもって観測するベルの魂には、ある細かな変化が見て取れた。澄み切ったその輝きの中枢が、ほんの少しだけ白濁しているのだ。不安と、自身の無力さに対する恐怖に染まっているかのように。ベルがランクアップの報告をギルドにしに行った日以来、ずっとその色を引きずっている。

 それは良くない。あんなにも美しく透明な魂が、あのようなつまらない感情の澱で曇ることは到底許容できなかった。早急な手入れが必要だ。

 そしてフレイヤは、当初予定していた壮大なシナリオをここで大きく変更することを決断した。

 元々彼女の計画では、近いうちにベルへミノタウロスという死の試練をけしかけ、その成長を一気に促すつもりだった。その際、規格外の力を持つソラが横入りして試練を台無しにしないよう、アレン達を差し向けて彼を足止めさせる段取りを描いていたのだ。

 しかし、ソラが時間停止という絶対的なカードを隠し持っている以上、アレン達での妨害はもはや確実とは言えない。

 さらに決定打となったのは、あの路地裏の戦闘の最終盤――ソラたちが放とうとした強大な光の奔流だ。あの時、バベルの頂上にいたフレイヤの肌を粟立たせたほどの凄まじい力の胎動。そして今、ヘスティア・ファミリア、ガネーシャ・ファミリア、ロキ・ファミリアの拠点から同時多発的に感じ取った未知の気配の息吹。

 

(ええ、悠長に構えている時間はないようね)

 

 ロキやガネーシャの眷族たちが、あのソラがもたらす繋がりによって未知の戦力――ドリームイーターという新たな力を完全に我が物にしてしまう前に、劇薬を投じなければならない。

 フレイヤはオッタルへと意識を向け、その艶やかな唇に小さな笑みを浮かべた。事前の通達を覆す形になることへ、心の中でそっと謝罪を捧げる。

 

「ごめんなさいね、オッタル。どうやら私は、自分で思っているよりも我慢強くないみたいだわ」

 

 女神の唐突な言葉に、闇の中から重厚な気配が静かに応える。

 愛しい少年の魂から苦境という名の曇りを取り除き、極限の恐怖と歓喜によってその輝きを完成させる。この荒療治を任せられるのは、もはや彼をおいて他にはいない。

 

「任せたわね、オッタル……」

 

 フレイヤが甘く冷酷な命令を口にした瞬間、バベルの室内に落ちていた巨大な影が、主の意志を具現化するように音もなく揺れ動いたのだった。

 

 

 

 

 

 ダンジョン十二階層。視界を遮る濃密な白霧の中を、荒い息を吐きながら足を引きずって進む一つの人影があった。

 

「クソッ……!なんでガネーシャ・ファミリアが……!?」

 

 暗いダンジョンの壁に声を反響させながら、男は混乱と怒りのままに悪態をついた。

 彼はソーマ・ファミリアの団員であり、かつて同胞であるカヌゥ・ベルウェイらと組んで、同じファミリアのサポーターであるリリルカ・アーデをダンジョンで嵌めようと画策した際、突如として出現したハートレス――エクセキューショナーの襲撃を受けてしまい、男はその絶望的な死地から辛うじて逃げ延びることには成功したものの、自らが『ハートレス』と繋がりを持っている事実を周囲に悟られぬよう、半ば強引な形でこのダンジョンへと追いやられてしまったのだ。

 さらに不運なことに、ダンジョン内の不審な気配を察知した都市の番人たるガネーシャ・ファミリアが急激に捜査の網を狭めてきたため、こうして霧深く視界の悪い階層へと逃げ込む羽目に陥っていた。

 だが、そんな潜伏生活の中にあっても男に過度な焦燥や絶望はなかった。幸いにも、彼には秘密裏にダンジョン内で育て上げていた手持ちのハートレスが存在したため、凶悪なモンスターが蠢くダンジョン内にあっても自らの身を守らせ、致命的なピンチに陥ることはなかったのである。このまま追手の捜査が緩むのを待ち、機を見て再びオラリオの地上へと舞い戻る。男は濃霧の中に身を潜めながら、虎視眈々と脱出のチャンスを伺っていた。

 

「ここで隠れていれば……その内にほとぼりが冷めて帰れる……そうすれば、またあの神酒(ソーマ)を……!」

 

 男の顔に、正気とは思えない異常な渇望の表情が浮かび上がる。彼の精神は既に主神の造る神酒の虜となっており、逃亡の緊張感すらも神酒(ソーマ)への執着によって都合よく塗り潰されていた。

 だが、その甘美な液体へと思考を巡らせていた彼の耳に、背後の霧の奥から不気味な地響きのような、重い足音が届いた。男は舌打ちをし、自身の潜伏を邪魔する鬱陶しいモンスターを始末させようと振り返る。

 護衛として周囲に侍らせていた手持ちのハートレスたちが、主の意を汲んで白霧の奥へと飛び出していく。しかし、濃い霧を切り裂いて現れたその姿を捉えた瞬間、男の全身は驚愕と絶対的な恐怖によって凍り付いた。

 

「あ……」

 

 男の喉から、掠れた音だけが漏れ出る。震える足が、本能的に石の地面を後ずさった。

 そこに立っていたのは、男が使役するような手駒の次元を遥かに超えた存在。漆黒の影を固めたかのような異常な皮膚を持ち、頭部に巨大な双角をそそり立たせた巨獣――本来ならば中層以降に出現するはずの猛牛ミノタウロスの姿を模した、恐るべき影の怪物だった。

 男が差し向けた複数のハートレスたちが、巨獣の行く手を阻もうと群がる。だが、ミノタウロスを模したその影は歩みを止めることすらなく、圧倒的な暴力をもって蹂躙の突進を敢行した。凄まじい地響きと共に放たれた豪快な体当たりと巨大な拳の一振りが、立ち塞がる男の手駒たちを紙屑のように吹き飛ばし、闇の靄へと変えて一瞬にして完全消滅させてしまったのだ。

 

「な……なんで、ミノタウロスが――!?」

 

 頼みの綱であったハートレスたちのあっけない消滅に、男は絶望の叫びを上げた。

 だが、その疑問と悲鳴が最後までダンジョンの空気を揺るがすことはなかった。圧倒的な質量を感じさせる見た目からは到底考えられない、重力を無視したかのような異常な挙動で、影の怪物が一瞬にして男の致死の間合いへと踏み込んだからだ。

 相手に防御の暇すら与えぬ神速の挙動。次の瞬間、怪物の丸太のような豪腕が繰り出した凶悪な拳が、男の胸板を易々と打ち破り、その深くへと突き刺さっていた。

 

「がっ……!?」

 

 大量の血を吐き出し、男は声にならない苦悶の呻きを漏らす。自らが育て利用していたはずの闇の力に、絶対的な格の違いを以てあっけなく蹂躙されるという結末であった。

 怪物は微塵の慈悲もなく、突き刺した腕をゆっくりと引き抜いた。その漆黒の拳の中には、男の肉体から強引に引き剥がされた、ある不可思議で眩い光を放つ物体が握られていた。

 それは淡く美しいピンク色の光を纏った、結晶のようなハート型の物質――男の『心』そのものであった。

 怪物は手の中に捕らえたそのハート型の結晶を、感情の窺えない不気味な黄色の瞳で見つめ下ろし、直後、圧倒的な握力で無造作に握り潰した。

 パツン、というガラスが砕けるような儚い音と共に、光の粒子が霧の中へと散る。その瞬間、ソーマ・ファミリアの男は断末魔の叫びすら上げられぬまま、自らの輪郭を失っていった。肉体と装備がどす黒い闇の靄へと還元され、ダンジョンの底へと完全に溶けて消滅したのだ。

 後には一切の痕跡も残らない。独り残された影の怪物は、奪った心を取り込むように天を仰ぎ、階層全体の空気を震わせるほどの、血も凍るようなおぞましい咆哮を轟かせた。

 本能のままに動くその影は、さらなる獲物を――新たなる『心』を求め、深く濃い白霧の奥へと消えていくのだった。




この話を執筆した時にAIでドリームイーターと戯れるベル達を出力して遊びました。
なおオバケゴーストとかでしたら最大5人の小さいベルやリヴェリア等が出現します。
また、ベルとソラのスキルでリンクポイントの獲得量は増加します
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