キングダムハーツ オラリオ ミィス   作:小説好きー

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第5話 神々の宴とベルの新しい力

 神々という存在は、往々にして自らの気まぐれに突き動かされ、娯楽を求めるものである。この宴もまたそんな神々の気紛れなのかもしれない。

 そんな神々の宴はある場所に行われた。

 全長30M(メドル)はある奇抜というか奇妙なというよりおそらく万人が見ればほとんどの人は心の底から頭がおかしいのかと思われる代物である。

 象の頭を持つ巨人像が、白い塀に囲まれただけのただっ広い敷地の中で、胡坐をかいてデンと座っている。大型の魔石灯によってライトアップされ、見さらせと言わんばかりに威風堂々と胸を張るその姿は、すさまじいの一言であった。

 

 この像の元となった今回の宴の主催者、神ガネーシャである。

 ちなみにこの巨大施設は【ファミリア】の貯金をはたいて建造されたもので、しかも入口が股間の中心のため構成員たちの間ではもっぱら不評である。

 しかし一部の神々から好評のようで『ガネーシャさん何やってんすか』『ガネーシャさんマジパネェっす』と言葉が聞こえる。

 会場に入ると、巨大な像の仮面を被った神ガネーシャがステージの上で後々開催される祭りについてのスピーチをしているが、周囲の神々はガネーシャの言葉を聞き流し、各々は談笑していた。

 ヘスティアもまた宴に呼ばれた神々の一柱として今回の宴に参加していた。

 正直な話、ヘスティアはこのパーティーに参加するつもりはなかった。しかし、ソラと出会い、ベルがダンジョンやハートレスから生き残るためのことを考えれば、ある女神にヘスティアは力を借りるべくこの宴に参加したのだ。

 

「これ、美味しい。よし、これも…」

 

 ヘスティアは持参したタッパーに料理を積み込み、口の中に積み込みながら目的の神物であるヘファイストスを探す。

 そうして辺りをキョロキョロしていると…

 

「何やってるのよ。あんた」

「むぐっ、あっ!へふぁふぃふぉす!!」

「喋るなら、全部飲み込んでからにしなさい」

 

 ヘスティアが声の方向に振り向くと、そこには燃えるような紅い髪に線が細くありながら鋭角的である顔立ちで顔半分を覆い右眼に大きな眼帯をしたヘスティアの神友である女神で、ヘスティアが宴に参加した目的である。へファイトスである。

 

「んむ、むぐ……ごっくん! ぷはっ……!」

 

 ヘファイストスは呆れたように言いヘスティアは急いで口の中の食べ物を流し込み、嬉しそうに彼女のもとへと駆け寄る。

 

「ヘファイストス!」

「会えて嬉しいよ、ヘスティア。元気そうで何よりだけど……もう少しマトモな格好をしてきてくれたらもっと嬉しかったんだけどね」

 

 ヘスティアの服装を見て、ヘファイストスがため息をつくが、ヘスティアはそんなことは気にしないとばかりに頭のツインテールがぶんぶんと揺れ彼女の元へと走る。

 

「会えてよかった! ここに来て正解だったよ!」

「何? 言っておくけど、1ヴァリスたりとも貸さないわよ」

「失敬な!」

 

 へファイトスの辛辣な物言いにヘスティアは頬を膨らませた。

 

「ボクがそんなことをする女神に見えるかい!? 確かに昔は世話になったけど、今はへファイトスのおかげさまで自立してるんだよ! 今のボクはもう親友の懐を食い漁る必要なんてないんだ!」

「ついさっきまでただ飯を食い漁ってタッパに詰めてる神物の言葉とは思えないわね?」

「い、いやぁ。この料理はどうせ余るんだし……捨てられるくらいなら、ボク達が有効活用したほうがいいだろう?」

 

 へファイトスのさらなる皮肉にヘスティアは弱々しく答えた。

 

「素晴らしい言い分ね。そのケチくさい精神に変わってくれて、わたしゃあ、嬉し涙が止まらないよ」

「ぐぬぬっ!……」

 

 へファイトスの言葉にヘスティアは苦虫を噛み潰したような顔をする。

 やがて、ヒールの足音が近づいてくるのが聞こえ、その音に目を向けるとそこには新雪を思わせるきめ細かな白皙の肌。細長い肢体は宙を泳いだだけで見る者を魅惑するような色香を漂わせており、黄金律という概念を体現した女神フレイヤがヘスティアの前に現れた。

 

「何で、君が…」

「ふふ……相変わらず仲良しね」

「まあ、そうとも言えるけど……」

 

 フレイヤの言葉にヘスティアは躊躇いがちに答える。

 

「お邪魔だったかしら、ヘスティア?」

「そういうわけじゃないけど……ボクはその、君のことが苦手なんだ」

 

 ヘスティアのそんな失礼な言葉を聞いて、フレイヤはクスクスと笑う。

 

「ふふ、正直ね。あなたのそういうところ、私は好きよ?」

 

 フレイヤの言葉にヘスティアは勘弁してくれと手を振るう。

 ヘスティアが知る中で『美の神』達は一様に食えない性格をしている。

 正直、ヘスティアは本音を言えばあまり関わりたくない神物なのだ。

 

「よう!ファイたーん フレイヤ〜!ドチビ!」

「げっ、ロキ」

 

 品良く微笑むフレイヤの先に大きく手を振りながら一柱の女神が歩み寄ってくる。

 その声を聞いた瞬間、ヘスティアの顔が不快感で歪んだ。

 

「あ、ロキ」

 

 ロキの接近にヘファイストスが感情のこもらない声で挨拶する。

 

「この間のことがあってよくボクに挨拶ができたね、ロキ」

 

 ガネーシャ主催の『神の宴』。きらびやかな装飾と酒と料理の芳醇な香りが漂う会場の片隅で、ヘスティアは刺すような視線を目の前の女神に向けた。

 青いリボンで結ったツインテールを怒りで震わせ、手にしたグラスをきつく握りしめている。

 その隣では、赤髪に眼帯をつけた男装の麗人――鍛冶の女神ヘファイストスが、「また始まった」と言わんばかりに小さく溜息をついた。

 ロキは細めた目を三日月のように歪め、ヘスティアの剣幕などどこ吹く風といった様子で、ひらひらと手を振った。

 

「いや……せやからこそ、挨拶しとかなあかん思てな」

「……は?」

 

 予想外の反応に、ヘスティアは目を丸くした。

 ロキは手にしたグラスを弄びながら、いつになく真面目な、少しシュンとした表情で言葉を続けた。

 

「この間のことは、ほんまにウチの不手際や。ウチのアホ共がミノタウロス討ち漏らしたせいで、ドチビのとこ子……ベルやったか? あの子には、ほんまに怖い思いさせてしもうた。……すまんかったな」

 

 そう言って、ロキは神妙に頭を下げた。

 その姿に、怒り心頭だったヘスティアは完全に毒気を抜かれてしまった。振り上げた拳の落とし所が見つからず、口をパクパクとさせる。

 

「え、あ、いや……ええっ!? ロ、ロキが素直に謝った!?」

「なんやその反応は。ウチかて悪い思たら謝るわいな。眷属(こども)らがヘマしたら、(ウチ)が頭下げんのはしゃーないやろ」

 

 ロキはため息交じりに肩をすくめた。

 普段の飄々とした態度はどこへやら、そこには眷属の失敗を悔いる「主神」としての顔があった。

 

「あの子、怪我はなかったみたいやけど……ウチのアイズたんも、えらい気にしててなぁ……」

「そ、そこまで言うなら……」

 

 ヘスティアは戸惑いながらも、握りしめていたグラスの力を緩めた。

 ベルが危険な目に遭ったことは許せない。だが、相手がここまで誠心誠意謝罪し、さらにベルの心の傷まで心配しているとなると、これ以上噛み付くのは狭量に思えてくる。

 

「……ベル君は、大丈夫だよ。ヴァレン何某に助けてもらったことは感謝してるし、むしろそれをバネに頑張るよ」

「そうか……。強い子やなぁ」

 

 ロキはほっとしたように表情を緩め、目を細めた。その言葉には、皮肉ではなく純粋な安堵と称賛が含まれているように見えた。

 

「ま、今回はほんまに堪忍な。せっかくの宴や、湿っぽい話はこれくらいにして……ほら、これで機嫌直してーな」

 

 ロキは給仕から新しい果実酒のグラスを受け取ると、ヘスティアに差し出した。

 

「……ふん、今回だけは許してあげるよ。ベル君に免じてね」

 

 ヘスティアは少し頬を膨らませながらも、差し出されたグラスをカチンと合わせた。

 

「珍しいこともあるものだね。ロキがそこまで低姿勢とは」

 

 一部始終を見ていたヘファイストスが、感心したように口を挟む。ロキは「茶化すなや」と苦笑いした。

 

「ウチかて、子供らが大事なんは一緒やからな。もしウチの子が同じ目に遭うてたらと思ったら、ヘスティアが怒るんも無理ないわ」

「……調子狂うなぁ」

 

 ヘスティアはため息をつきつつ、少しだけ軽くなった胸の内を感じながら、グラスを傾けた。

 その光景を、銀色の髪をした美の女神は、ワイングラスを優雅に揺らしながら静かに見つめていた。

 あの傲岸不遜なトリックスター、ロキが、弱小ファミリアの主神であるヘスティアに対し、嘘偽りなく頭を下げたのだ。

 

「本当に久しぶりね、ロキ。まさかあんたが頭を下げるなんて、今日はフレイヤやヘスティアにも会えるとは思わなかったし。珍しいことの連続ね」

「あー、確かにそうやなぁ、まぁ、久しくないのもおるんやけど」

 

 ロキは糸目な瞳を薄く開き、銀髪の女神にニヤニヤと視線を送るがフレイヤは給仕から頂戴したグラスを傾け、微笑むのだった。

 

「なに、貴方達どこかで会っていたの?」

「先日にちょっとね。といっても、会話らしいのはしていないのだけど」

「よく言うわ、話しかけんなっちゅうオーラ、全開やったやろ」

「ふーん。あ、ロキ、貴方の【ファミリア】の名声よく聞くわ? 上手くやってるみたいじゃない」

「いやぁー、大成功してるファイたんにそないなこと言われるなんて、うちも出世したなぁー。……でもま、つい最近やらかしてしもうてなぁ」

「あー、ミノタウロスを取り逃がして冒険者になったばかりの子が襲われただったかしら…もしかしてそれってヘスティアの?」

「まっ、そんなところや」

 

 へファイトスの言葉にロキは苦い顔をする。

 ヘスティアはこれ幸いにとロキにある質問をする。

 

「ねぇ、ロキ。君のところのヴァレン何某について聞きたいんだけど」

「あっ、【剣姫】ね。私もちょっと話を聞きたいわ」

「うぅん? ドチビがうちに願い事なんて、明日はハルマゲドーン! ラグナロクー!になるんか?」

 

 ロキの言葉にヘスティアはぶっ飛ばすぞこの野郎と思いながら、その思いを踏みとどまりあること聞く。

 

「君のとこ【剣姫】は、付き合っているような男や伴侶はいるのかい?」

 

 ヘスティアのその言葉を聞いたロキが激高する。

 

「あほぅ、アイズはうちのお気に入りや。嫁なんかに絶対出さんし、誰にもやらんわ! うち以外があの子にちょっかい出すもんなら、そいつは八つ裂きや!!」

「ちッ!」

「何で舌打ちすんのよ……」

 

 ヘスティアの反応にヘファイストスが呆れかえっているとふとロキの格好に視線が向く。

 

「今更だけどさ、あんたがドレス着てるのって違和感あるわね、ロキ。普段は男物の服なのに?」

「あー、それなんやけどな。小耳に挟んでん。どこぞのドチビがパーティーに来る準備してるとか……」

 

 ロキは忍び笑いを漏らしながら、ヘスティアの方へとかがみ込んだ。

 

「ドレスも着れん貧乏神が来るっちゅうから、笑うたろ思てな」

(うっぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!)

 

 ロキのその言葉にヘスティアは内心で感心していたが評価は一変する。

 謝罪のための礼服ではなく態々おちょくるための格好だと知りヘスティアは思わず爆発しそうになるがロキのある個所を見てヘスティアはにやりと笑みを浮かべる。

 

「はっ! 傑作だね! みんなの前で自分のコンプレックスをネタにして笑いを取るなんて! ロキは笑いの天才だよ!」

「なんやとぉ!?」

「おっとごめん。笑いじゃなくて、墓穴を掘る天才だったね!」

 

 ヘスティアの言わんとすることが理解できた瞬間、ロキは顔を真っ赤にして睨みつけた。

 

「やっぱり始まるのね……」

 

 ヘファイストスが目の前の二人の女神を見ながら呟き、フレイヤは果実酒のグラスを弄びながらただ微笑んでいた。

 

「その絶壁という絶望の崖から何人の男が落ちたことやら! はっはー! どうだい今ボクは上手いこと言っただろう?」

「笑えへんわ、このボケェェェ!」

「キーーーーーッ!」

 

 ヘスティアの言葉に目に涙を浮かべたロキがヘスティアに掴み掛かる。

 神々はそんな光景に見物だと言わんばかりに集まり、各々賭けをする。

 そんな光景にへファイトスはげんなりとした顔を浮かべるのだった

 

 

 

 

「ふん……次はそんな無様な顔を見せるんじゃないよ、負け犬らしく尻尾を巻いて逃げな!」

 

 ヘスティアはヒリヒリする頬をさすりながら、ロキを罵倒する。

 

「次はこうはいかへんで、覚えときや! 次はな!」

 

 闘いに勝ったのにそうは見えないセリフを残し、ロキは悔し涙を流しながら、ドアに向かって脱兎のごとく会場を抜け出す。

 それを眺めていた神々は、もう見るものはないとばかりに散っていった。ヘファイストスはため息をつきながらヘスティアの元へ歩む。

 

「やれやれ、とんだ見世物だったわね。それで貴方はどうするの?このままパーティーを楽しむのかしら?」

「いいえ、確認したいことは聞けたし、もう帰るわ」

「…貴方、ここに来てから誰かに聞いていたかしら?」

 

 パーティで会ってから一緒に行動していたへファイトスの質問にフレイヤは答えず、ヘスティアに微笑む。

 

「それじゃあ、良い夜を」

 

 そう言って、フレイヤは二柱の元を去っていった。

 ヘファイストスはため息をつき、ロキにつねられた頬をさすっているヘスティアに向き直った。

 

「で、アンタはどうするの? 私はもう少し歩き回って、何人かの顔を見てから帰るんだけど。残るなら久しぶりに飲みにいかない?」

 

 そう聞かれ、ヘスティアはようやくここに来た本来の目的を思い出し、「あっ」と声を上げる。

 ヘファイストスは突然しどろもどろになったヘスティアに首を傾げるとヘスティアは覚悟を決めたとばかりにヘファイストスに声を掛ける。

 

「あー、それなんだけど。ヘファイストスに頼みがあって……」

 

 ヘファイストスはヘスティアの言葉を聞いて左目を細める。

 

「具体的に、何を頼むの?」

 

 また金の無心かと疑うような目でヘスティアを見る。その視線にヘスティアは身震いしたが、勇気を振り絞った。

 

「ボクのファミリアの子に……ベル君に、武器を作って欲しいんだ」

 

 ヘファイストスの眉がピクリと動き、即座に断って立ち去ろうと口を開きかけた。

 

「何か言う前に、これを見て! ちゃんと対価はあるんだ!」

 

 ヘスティアは即座に声を上げ、ヘファイストスに手を差し出した。

 

「対価……?」

 

 ヘファイストスは疑わしげに繰り返した。 ヘスティアは鞄を漁り、ある袋を取り出してヘファイストスに渡す。袋の中を見た瞬間、ヘファイストスの目が大きく見開かれた。

 

「これは……!」

 

 ヘファイストスは驚愕の声を漏らすと、すぐにヘスティアは彼女の手首を掴み、人目につかないように下げさせた。

 

「話だけでも聞いてくれないかいへファイトス」

 

 ヘスティアはそう言うと、へファイトスと共にパーティー会場から抜け出すのだった。

 

 

 

 

 第七階層に到達するなり出迎えたのは、 燃え盛る核を持つハートレス――『フレイムコア』の大群だった。

 爆発する火の玉を避けるために足を止めることは許されず、しかもその火球は執拗に追尾してくる。

 

「ぐぅっ……!」

 

 咄嗟にディフェンダーを構えたが、フレイムコアの突進の威力は凄まじかった。ベルは短い呻き声を上げ、盾ごとダンジョンの壁へと叩きつけられた。

 

 盾で防ぎきれなかった箇所からは焦げ臭い匂いが漂う。

 再び灼熱の体当たりが迫る。ベルは痛む身体を叱咤し、寸前で横へと回避行動をとった。

 

 すれ違いざま、ベルは左手の盾を大きく振るい、その硬い縁を敵の側面に叩きつけた。

 鈍い音が響き、フレイムコアの軌道が逸れる。

 体勢を崩した敵の瞳へ、今度は右手のナイフを突き立てる。

 暴れるフレイムコア。だがベルは逃さない。さらに深く刃を押し込み、その勢いのまま横薙ぎに切り裂いた。

 

 霧散する敵を見送り、ベルは荒い息を吐きながら戦場を見渡す。

 

 圧倒的な物量。だが、その大半はソラによって既に消滅しかけていた。

 彼は驚異的な敏捷性とキーブレードの技量で、群れを成すフレイムコアを次々と薙ぎ払っていた。ベルが理想とする動きそのものだ。

 敵のヘイトはほとんどソラに向いている。ベルが相手にしているのは、そこから溢れた数体だけ。

 悔しいが、今のベルではそのはぐれの相手だけで手一杯だった。

 遠方から攻撃してくるフレイムコアを倒すにはためには走って距離を詰めるしかない。だが、無数の火球がそれを阻む。

 思考する間もなく、フレイムコアの頭頂部が赤熱し、新たな火の玉がベルを襲った。

 

「ぐぅっ……!」

 

 ベルは自身の身の丈ほどもある大盾を構え、火球を受け止める。

 重い衝撃と熱波が盾越しに伝わるが、盾のおかげでダメージはない。

 爆炎が視界を塞ぐ。だが、ベルはそれを好機と捉えた。

 

「いっけぇ!」

 

 ベルは爆炎の向こう側へ、渾身の力でディフェンダーを投げつけた。

 回転しながら飛来した重厚な盾が、フレイムコアの顔面に直撃し、大きく仰け反らせる。

 その隙に一気に懐へ潜り込み、目と目の間へナイフを一閃。

 だが、倒すだけじゃない。

 ベルはナイフを突き刺したまま、フレイムコアの身体を強引に引き寄せ、背後から迫っていた追尾火球を、盾にしたフレイムコアに着弾させる。

 断末魔の悲鳴と共に、肉の盾にされたフレイムコアが消滅する。

 その隙にベルは、投げた盾を回収しつつ最後の個体へと肉薄する。

 怒涛の連撃を叩き込むと、最後のフレイムコアは消滅するのだった。

「はぁ、はぁ、はぁ……!」

 

 ベルは肩で息をしながら、油断なく周囲を警戒する。

 幸い、ソラの方も片付いたようだ。

 最後のフレイムコアを消滅させたソラは、涼しい顔でキーブレードを肩に担いだ。汗ひとつかいていない。

 

「これで最後みたいだな」

「……うん、よかった」

 

 ソラの言葉に、ベルはようやく安堵の息を吐き、へたり込んだ。

 自分の身体を確認する。あちこち煤だらけだが、傷は浅い。盾での防御が機能した証拠だ。

 これだけの連戦を軽傷で切り抜けられたのは、間違いなくソラから貰った装備のおかげだ。

 

 なんでもソラの服は、三人の妖精による魔法で強化されているらしい。ポケットは四次元的に深く、どれだけ道具を入れても膨らむことすらないという。

 そんなとんでもない収納能力を持つソラが、「予備があるから」とベルに貸してくれたアクセサリーたちの効果は劇的だった。

 

 耳元で揺れるのは『フェンサーピアス』。瀕死状態になると防御力が跳ね上がるという代物だ。   

 手にはめた『ヒーローズグローブ』は、火や闇属性への耐性を上げつつ、ポーションなどの回復効果を高めてくれる。

 そして何よりありがたいのが、腰につけた『森のブローチ』だ。

 キングダム・オブ・コロナで見つけたというこの木の葉型のブローチは、なんと歩いているだけで体力が回復するのだ。戦闘(バトル)スタイルの関係で動き回るベルにとって、これ以上の恩恵(ギフト)はなかった。

 

「あーあ、結構食らってるな。ほらベル、じっとしてて。癒やしよ!」

 

 ソラがかざした手から、柔らかな緑色の光が溢れ出す。

 光に包まれると、ベルの傷と疲労が嘘のように引いていった。

 

「ふぅ……ほんと、助かるよソラ」

 

 正直なところ、この魔法のおかげでポーション代が浮いているのが一番ありがたい。貧乏性のベルは心の中で手を合わせた。

 

「今日はこれくらいにしておくか」

「賛成。結構戦ったしね。この階層のハートレスもあらかた片付いたし」

 

 ベルはまだ熱の残る戦場を見回して頷いた。

 

「次は第八階層か」

「八層……数日でここまで来るなんて、想像もしてなかったよ」

 

 第四階層から潜り始めてまだ数日。驚異的なペースだ。もちろんソラの力が大きいが、それでも信じられない。

 

「ベルが強くなってる証拠だって!」

「そ、そうかな。……でも、まだまだだよ」

 

 ソラに肩を叩かれ、ベルは苦笑いで返す。

 シャドウやソルジャーのような下級種相手なら余裕も出てきた。だが、深く潜るほど敵は強大になる。ソラにとっては雑魚でも、ベルにとっては死闘だ。

 

「特に遠距離攻撃……あれがないと、離れた敵に対処するのがきついよ。さっきみたいに盾を投げるのも手だけど、すぐ拾えないと怖いし……。ソラは旅してた頃、どうしてたの? やっぱり魔法?」

「まぁ魔法も使うけど、ドナルドに『魔法を無駄遣いしちゃいけない!』ってよく怒られてたからなぁ。魔法が効かない奴もいたし。だから武器を投げてたんだ」

「ぶ、武器を投げる!?」

 

 ベルは素っ頓狂な声を上げた。

 冒険者にとって武器は命だ。それを手放すなんて自殺行為に等しい。

 

「武器がなくなったら丸腰じゃないか!」

「そう思うだろ? でもな……」

 

 ソラはニカっと笑うと、通路の奥を指差した。一匹のコボルトがこちらに気づき、咆哮を上げようとしている。

 

「見ててね」

 

 言うが早いか、ソラは腕を大きく振りかぶった。

 

「いっけぇっ!」

 

 手から離れたキーブレードが、唸りを上げて空を裂く。

 回転する刃はまるで円盤のように軌道を描き、コボルトへ殺到した。

 反応する暇もなかった。コボルトは一撃で両断され、魔石を残して崩れ落ちる。

 そして虚空で弧を描いたキーブレードは、閃光と共にソラの手元へと戻り、パシリと収まった。

 

「――えっ!?」

 

 ベルは目を丸くして、ソラの手元とコボルトの残骸を交互に見る。

 

「戻って、きた……?」

「ああ。『ストライクレイド』って技さ。キーブレードは持ち主が望めば必ず戻ってくる。便利だろ?」

「す、すごい……!」

 

 魔法のような、けれど物理法則を無視したあまりに自由な戦い方。

 ベルの瞳が、羨望と興奮で輝いた。

 

「いいな、僕もキーブレードとまではいかないけど武器を手元に出せたらなぁ…」

「大丈夫さ。キーブレードを使えるぐらいベルの心は強いんだから」

 

 ソラの言葉にベルは嬉しくなったが同時に内心で落胆のため息をつく。

 ソラはベルの心は強いと言っているが果たしてそうなのだろうか?

 そもそもベルがオラリオに来たのは出会いを求めたのもある。

 ダンジョンで女の子を助けて……あわよくば結婚、さらにハーレムを作るなんていう不純な動機でオラリオに来たことを考えると ベルの頬が赤くなる。客観的に見れば未熟で恥ずかしく、助平な動機だ。すべては祖父の教えのせいなのだが。

 心のどこかでまだ期待している自分もいる。だが今は、ソラのように強く、アイズ・ヴァレンシュタインに並び立てるような英雄になりたいと思っている。

 

 振り返ってみれば、ベルは危険から逃げてばかりだった。臆病風に吹かれて逃げるのは心の弱さだ。 心が弱ければ……ソラやアイズ・ヴァレンシュタインの隣で戦うにふさわしい英雄になれるのか?

 

「じゃあさ、キーブレードとはいかないけど魔法を覚えてみないかベル?」

 

 ソラが事もなげに言った。

 あまりに軽い調子だったので、ベルは一瞬何を言われたのか理解できなかった。

 

「えっ……ま、魔法!?」

 

 裏返った声がダンジョンの通路に響く。

 ベルは慌てて口元を押さえ、恐る恐るソラを見返した。

 

「ぼ、僕が……魔法を……?」

「うん。グーフィーやドナルドも俺のキーブレードみたいに手元に出せるんだ。これは二人の武器の固有の力じゃなくて魔法なんだ。だからベルも魔法が使えれば、戦い方の幅が広がると思うんだ」

 

 ソラの提案は魅力的だった。喉から手が出るほど欲しい力だ。

 けれど、ベルの表情はすぐに曇った。視線を自分の掌へと落とす。

 

「む、無理だよ……」

「どうして?」

「だって、僕には、魔法の才能も……その、心の強さも足りないから……」

 

 自信なさげに肩を落とすベルを見て、ソラはきょとんとした後、ニカっと笑い飛ばした。

 

「難しく考えすぎだって!」

「え?」

「才能とか、難しい理屈とか、俺もよくわかんない。だけどドナルドが言ってたんだ――魔法はイメージだって」

 

 ソラはベルの顔を覗き込み、諭すように続ける。

 

「こうなってほしい、こうなるはずだ、って強く思う心。魔法は心で描く絵みたいなもんだからさ」

「心で描く……絵……」

「火を出したければ燃え盛る炎を、守りたければ頑丈な壁を。そして――武器を投げても、友達が呼べば応えてくれるっていうイメージを持つんだ」

 

「友達……」

 

 ベルは遠方に投げつけられた自分の手にある大盾、『ディフェンダー』に視線を落とした。

 犬の顔を模したような、少し不気味で重厚な盾。

 その表面には傷一つはなくもし盾がなければ無数の傷、焦げ跡をベルは負っていたかもしれない。

 

 今日使ったばかりの盾。

 けれど、生死を共にした時間は、長さよりも密度で絆を育む。

 そう考えると、この厳つい顔をした盾が、不器用だが頼りになる相棒のように思えてきた。

 

「こいつは……僕の、友達……」

 

「そうそう、その感じ!」

 

 ソラが嬉しそうに指を鳴らす。

 

「『投げる』んじゃなくて、『行ってこい』って送り出すんだ。そして役目を終えたら『戻っておいで』って信じて待つ。ベルと盾が繋がっていれば、魔法はその手助けをしてくれるだけさ」

 

 ベルはディフェンダーを握りしめた。

 ベルを守り、ベルのために傷ついた友達。

 まだ、ソラのように自在に武器を操ることはできないかもしれない。魔法で呼び戻すなんて芸当は、今のベルには夢物語だ。

 けれど、不安で縮こまっていた心が、少しだけ熱くなるのを感じた。

 

「……イメージ、か」

 

 ベルは遠くを見据えた。

 この頼れる友を信じて放ち、そして再びこの手に迎え入れる自分を想像してみる。

 それは不思議と、今の自分よりも少しだけ大きく、そして英雄に近い姿をしている気がした。

 

「やってみるよ、ソラ。……まずは、信じるところから」

「うん、ベルならきっとできるよ。だってベルの心は、俺が保証するくらいあったかいからな!」

 

 根拠のない、けれど力強いソラの言葉に、ベルは救われたような気がした。

 不純な動機でも、臆病な心でも。

 この気持ちだけは、嘘じゃないと思えたからだ。

 

「いくよ……!」

 

 ベルは空っぽになった右手を、何もない空間へと突き出した。

 傍から見れば滑稽な姿かもしれない。でも、ソラは笑わなかった。真剣な眼差しで、ベルの横顔を見守っている。

 

(イメージ……イメージだ)

 

 ベルは目を閉じ、意識を集中させる。

 ただの金属の塊じゃない。さっきまで自分の命を守ってくれた、熱を持った友達。

 その重み、握り手の感触、頼もしい存在感。

 それらを脳裏に鮮明に描き出す。

 

(まだだ。もっと強く……)

 

 恐怖心や不純な動機、そんな雑念が頭をよぎる。

 けれどベルは、それを振り払うように「友達」への信頼だけを心に残した。

 ――戻ってきてくれ。僕には君が必要だ。どこにいても、僕の手の中に。

 

 心の中で強く念じ、ベルは目を見開いて叫んだ。

 

「戻ってこい!!」

 

 その瞬間だった。

 遠く転がっていた盾が、淡い光を放った。

 

「えっ!?」

 

 驚くベルの目の前で、光に包まれた盾の輪郭がぼやけ、掻き消えた。

 

 次の瞬間、ベルの突き出した右手のひらで光の粒子が弾けた。

 

「うわっ!?」

 

 唐突な出来事に、ベルは思わず声を上げる。

 だが、反射的に握りしめた指は、確かに「それ」を掴んでいた。

 ずっしりとした、慣れ親しんだ重み。そして、確かな金属の冷たさと熱が、何の前触れもなく手の中に『出現』していたのだ。

 恐る恐る視線を向けると、そこには紛れもなく、さっきまで遠くに転がっていたはずの『ディフェンダー』が握られていた。

 

「う……うそ……」

 

 ベルは自分の手と盾、そして盾が転がっていたはずの何もない地面を交互に見比べる。

 夢じゃない。本当に、魔法のように転移して戻ってきたのだ。

 

「す、すごい……できた……本当に、できたよソラ!!」

 

 ベルが弾かれたように振り返ると、ソラが満面の笑みでガッツポーズをしていた。

 

「やったなベル! すっげーじゃん! 一発成功だよ!」

「あ、ありがとう! 自分でも信じられないよ! 遠くで光ったと思ったら、いきなり手の中に現れて!」

 

 興奮冷めやらぬ様子で、ベルは身振り手振りを交えてまくし立てる。

 その顔からは、さっきまでの自信のなさや不安は吹き飛んでいた。

 

「言ったろ? ベルなら出来るって!」

「うん……!ありがとう、ソラ!」

 

 ベルは愛おしそうに盾を撫で、そしてソラに向かって今までで一番の笑顔を向けた。

 英雄への憧れ、不純な動機への後ろめたさ。それらが消えたわけではない。

 けれど今、この小さな魔法の成功体験は、ベルにとって「自分にもできることがある」という大きな自信の種となった。

 

「へへっ、どういたしまして! これで遠くの敵も怖くないな! 投げて、呼び戻して、自由自在だ!」

「うん! これなら……もっと上手に戦える気がする!」

 

 薄暗いダンジョンの通路で、二人の少年たちの明るい声がこだまする。




武器の召喚:バースバイスリープのヴェントゥス編にてドナルドとグーフィーにそういう描写があったのでそういう魔法があるのだという独自解釈で生まれた魔法
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