キングダムハーツ オラリオ ミィス   作:小説好きー

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キングダムハーツⅣにはどんなディズニーワールドが出るか楽しみです


48話 強欲な闇

 薄暗く、じめじめとした不快な湿気が肌にまとわりつくソーマ・ファミリアの地下室。その最奥から、鈍い打撃音と、くぐもった男の悲鳴が痛々しく響き渡っていた。

 

「たかが一人の小人族(パルゥム)のサポーター程度に、何を手こずっている。さっさと攫ってこいと言ったはずだが?」

「わ、わかった……!で、でもよ、そのために約束を果たしてくれよ……!」

「ふふっ……約束、だと?」

「ほら、あの小人族(パルゥム)を見つけたら、神酒(ソーマ)をたんまりと……」

 

 酒への異常な渇望で濁りきった瞳。床に這いつくばって懇願する下級団員を見下ろし、団長であるザニス・ルストラは嘲るように鼻を鳴らした。

 彼は無造作に腰の剣を引き抜くと、その刀身にドロドロとした、おぞましく冒涜的な闇のオーラを纏わせる。

 

「ヒッ……!?」

 

 男が恐怖に顔を引きつらせた次の瞬間、ザニスは一切の躊躇なく、その無慈悲な刃を男の胸深くに突き刺した。

 

「ギャアアアアアッ!?」

 

 断末魔の叫びはすぐに途絶えた。男の身体は瞬く間に紫黒色の闇に呑み込まれ、やがて人間の形すら失っていく。直後、そこに這い出たのは、黄色く発光する目を持つ異形の怪物――ハートレスであった。

 

「……アーデを連れてこい」

 

 ザニスが冷酷に命じると、ハートレスは音もなく地下室の深い闇へと溶け込んでいった。

 

 ザニスがこの忌まわしい闇の力を手に入れたのは、少し前のことだ。

 自室で密かに金勘定に耽っていた彼の前に、突如として空間が歪み、紫紺の外套を深く被った正体不明の人物が姿を現したのである。

 驚愕するザニスをよそに、外套の人物が手を翳すと、床から大量の影の怪物――シャドウが湧き出し、瞬く間にザニスの四肢を拘束した。

 

「ヒトヲ探シテイル。手伝エ」

 

 底冷えするような無機質な声とともに、強烈な闇がザニスの全身に叩き込まれる。

 

「なんだ、これは……!?」

 

 死の恐怖は、すぐに極上の歓喜へと反転した。

 身体の奥底から、これまで感じたこともない莫大な力がとめどなく湧き上がってくる。肉体が劇的に強化され、力が底無しに増大していく全能感。ザニスは恍惚とした表情で身を震わせ、高らかに嗤った。

 

「光ヲ探セ」

 

 外套の人物はただそれだけを言い残し、煙のように姿を消した。

 冷静さを取り戻したザニスが検証した結果、彼が手にした力はウォーシャドウのような影のモンスターを意のままに操るだけでなく、自身の肉体をも強化できるという、恐ろしく汎用性の高いものだった。

 これで莫大な利益を生み出せると確信したザニスは、この力を他者にも付与できることに気づき、手始めにカヌゥたちで実験を行った。だが、彼らは一向に本拠(ホーム)へ帰還せず、後になってソーマの口からカヌゥの死を知らされることとなる。

 

(ふん……無能どもめ。あの趣味に没頭するだけのやつに任せるより、俺自身がやった方が確実か)

 

 本性である底汚い内心を吐き出し、そう結論づけたザニスは、使えない団員やダンジョンへ向かう新人冒険者、さらには上層のモンスターまでも標的にしていくが、新人冒険者を狙おうとも上層のモンスターを悉くハートレスにしても全て、ソラたちによって倒され、ザニスは日増しに苛立ちを募らせていた。

 そんな折、再び紫紺の外套の人物が現れたのだ。

 

「光ヲ見ツケタ。リリルカ・アーデヲ寄越セ」

 

 愛想笑いを浮かべて媚びへつらうザニスに対し、外套の人物はそう命じた。

 絶大な力を与えてくれたこの得体の知れない存在に対し、ザニスは主神であるソーマ以上の敬意を抱いていた。だが、それ以上に彼の心を支配していたのは、底無しに膨れ上がる力への渇望と、莫大な利益への強欲だった。

 

「承知いたしました。ただ……その光とやらは、現在少々厄介な所にいましてね。確実に捕らえ、あなた様へとお渡しするためにも、出来ればもう少し、お力を貸していただけないでしょうか……?」

 

 欲に塗れた卑屈な懇願に対し、外套の人物は少し思案する素振りを見せた後、一つの黒い球体を投げ渡した。

 

「これは……?」

「必要ニナレバ使エ」

 

 それだけを残し、外套の人物は再び闇へと消えた。

 まんまと相手を動かせたと思い込んだザニスは、要求に応えるべく大量のハートレスをオラリオ中に解き放つが、それらもまた、食材の買い出しをしているダルザクスやオラリオで情報収集をしているベルセクスやダスクによってことごとく排除されてしまったのだ。

 それでも執念深く捜索を続け、ようやく一人の下級団員がリリルカの居場所を突き止めたザニスは用済みとなったその団員を先ほどハートレスに変え、ついに自らの手でリリルカを回収する準備を整えたのである。

 

(ヘスティア・ファミリア……最近オラリオで話題になっているようだが、所詮はLv.1とLv.2が一人ずつの弱小派閥。今の俺の力とこのモンスターの軍勢があれば、問題はない…)

 

 ザニスが自らの絶対的な勝利を確信し、醜く口角を吊り上げたその時。

 地下室の階段を下りてきたドワーフの冒険者、チャンドラ・イヒトが姿を現した。

 

「ザニス。玄関口にお前宛てに四人の来客だぞ」

「私は忙しいのだ、チャンドラ。今日は客の予定など入っていないはずだが?」

 

 ザニスは不機嫌そうに片手で払いのけようとする。しかし、チャンドラは冷ややかな目で彼を見据えたまま言葉を続けた。

 

「追い返していいのか?……客人の中に、あのアーデがいるが」

「ほう……?」

 

 その名前を聞いた瞬間、ザニスの目がギラリと妖しく光を帯びた。わざわざ自分から死地に飛び込んでくるとは、これほど都合の良いことはない。

 彼は顔に醜悪な歓喜の笑みを浮かべた。

 

「ふふっ……ならば、私が直接対応してやるしかないな」

 

 彼女の身柄を即座に確保し、さらなる金儲けと計画の駒にしてやろう。ザニスは意気揚々とした足取りで、地上への階段を上っていく。

 チャンドラは、そんなザニスの背中に強い嫌悪の視線を向けた。そして、本能的に彼という邪悪な存在に関わりたくないのか、ザニスとは反対の方向へと無言で歩き去っていくのだった。

 

 ・

 

 

 門番たちを無力化したソラは、立ち塞がる重厚な鉄の門に手をかけ、力強く押し開けた。

 錆びついた蝶番が軋む重苦しい音が響き渡り、三人はついに敵の本拠地である敷地内へと足を踏み入れる。すると、通路の先から一人のドワーフが姿を現す。

 チャンドラ・イヒト。門の外で虚ろな目をしていた他の門番たちとは異なり、彼の瞳には確かな理性が宿り、まともに意思疎通が可能な状態であった。

 

「アーデ……!?」

「ご無沙汰しております、チャンドラ様」

 

 突然ひょっこりと顔を出したリリルカの姿を認め、チャンドラは一瞬驚愕に目を見開く。

 だが、彼はすぐに冷静さを取り戻し、小さく息を吐いて感情を押し殺した。

 

「……少し、待っていろ」

 

 淡々とそれだけを指示すると、チャンドラは踵を返し、幹部であるザニスの元へと歩き去っていった。

 遠ざかる彼の広い背中を見送ったソラたちは、再びリリルカの先導で屋敷の奥へと歩みを進める。やがて視界が開け、広大な前庭へと出た彼らは、目の前に広がる異様な光景に思わず足を止めた。

 前庭には、数え切れないほどの団員たちがたむろしていたのだ。

 だが、誰一人として侵入者であるソラたちに警戒の目を向けようとはしない。武器を構えるどころか、焦点の合わない虚ろな瞳でただ上の空を見つめているだけだった。

 

「な、なんだよこれ……」

「これが、ソーマファミリアです」

 

 ソラの戸惑う声に、リリルカが暗い顔で答える。

 彼らの大半は完全に神酒(ソーマ)に飲まれ、重度の泥酔状態に陥っていた。理性を失って泥まみれになりながら地面を這いずり回る者や、虚空を見つめてだらしなく涎を垂れ流す者たち。

 そこはまさに、快楽に溺れた亡者たちが蠢く地獄絵図そのものであった。

 

「……ねぇ、リリ。神酒(ソーマ)って、そんなに異常なものなの……?」

 

 ベルが地獄絵図のような周囲の惨状を見回し、恐る恐る呟いた。

 

「ええ。ほんの一口で強烈な泥酔状態になります。誇張抜きで言いますが、あれを飲めば世界で一番美味しいものを味わった気分になれるんです。この有様を見れば異常性が分かりますよね。しかも、これらでさえ、ソーマ様にとっては失敗作に過ぎないんですから……」

 

 リリルカは苦々しい顔を浮かべ、足元に転がる団員たちへ吐き捨てるように言い放つ。

 

「おお、リリ君!無事だったのか!」

 

 突如、酷く白々しく、それでいて心底心配しているかのような芝居がかった声が中庭に響き渡った。

 ソラ達がピタリと足を止め、声の主を鋭く睨みつける。

 屋敷の重厚な入り口から姿を現したのは、リリにとって見覚えがありすぎる忌まわしい人物。ザニス。

 だが、彼の瞳にはソラやベルの姿など一切映っていなかった。その視線はただ一点、リリルカのみにねっとりと絡みついている。ザニスの頭の中では、すでに彼女という存在が莫大な富を生み出す『高額なドロップアイテム』へと変換されていた。彼女を利用し、限界まで取引し換金した後にその金で何をしようかと、捕まえる前から悠々と皮算用を弾いているのだ。

 そんな胸中の悍ましい欲望を隠し、ザニスは絶好の好機が自ら舞い込んできたことに歓喜しながら気取った足取りで歩み寄る。

 

「ザニス……様」

「随分と長い間ファミリアを留守にしていたね。君が一向に戻ってこないから、ダンジョンで野垂れ死んだのではないかと、私は夜も眠れないほど心配していたんだよ」

 

 ヘドロのように絡みつく嘘まみれの言葉。その姿を見た瞬間、リリの表情からサーッと血の気が引き、直後に激しい憎悪で顔が歪んだが、前へ出て応じた。

 

「お久しぶりですザニス様。本日は折り入って頼みごとをしに参りました」

「頼み……?」

 

 ザニスが怪訝そうに眉を上げる。

 対するリリは、両手の拳を白くなるほど強く握りしめた。

 もしも一人であれば、過去のトラウマと彼の放つ異常な執着から恐怖で震え上がっていたかもしれない。だが、今は違う。隣にはベルとソラ、さらにはフィン達も控えており、絶対に自分を守ってくれる最強の味方が並び立っているのだ。

 

「リリは今日、このファミリアを正式に抜けます。もうここには一切関わりたくありません」

 

 中庭に響き渡る凛とした声で、彼女はきっぱりと脱退を宣言した。

 ザニスは何度か瞬きをし、眼鏡を中指で押し上げると、堪えきれないといった様子で小馬鹿にしたように鼻で笑う。

 

「おや、随分と突然だね。カヌゥたちが聞いたら悲しむだろうに」

「もう、いない人間がどうやって悲しむというのですか!」

 

 リリが容赦なく吐き捨てる。

 ザニスはカヌゥの死をほのめかす彼女の強気な態度に、所有物であるアイテムが意思を持ったことへの不快感と、蛇のような危険な色を宿して目を細めた。

 

「なるほど。カヌゥたちはファミリアの優秀な資金源だったのだがね。彼らがいなくなって、我々はひどく金欠気味なんだよ」

「それはリリには全く関係のない話です」

「いや、大いに関係あるとも。ソーマ様の至高の酒造りを支えるには、莫大な金がいる。優秀なサポーターである君が抜けるとなれば、ファミリアにとって大きな損失だ。当然、規定の手切れ金として三千万ヴァリスは用意してきたんだろうね?」

 

 ザニスはいやらしい笑みを浮かべる。

 サポーターという底辺の職業に就くリリルカには、そんな大金など一生かかっても用意できるはずがない。結局は自分の足元にひれ伏し、莫大な富を生む道具として使われる運命なのだと高をくくっているのだ。

 

「ええ、持っていますよ。このファミリアを抜けるのに十分な額をね」

 

 リリは背負っていた荷袋を叩き、不敵に微笑んでみせた。

 チャリン、と硬貨がぶつかる重い金属音が響き、ザニスは予想外の返答に顔をしかめる。

 

「……何の冗談だ?サポーター風情の君が、どうやって三千万ヴァリスなどという大金を稼げるというんだ」

 

 ザニスが苛立たしげに問い詰める。だが、一瞬ひるんだかに見えたリリルカは、背負っていた大きなリュックを前に下ろし、その口を大きく開いて中身をザニスの目の前に突き出した。

 

「これを見ても、冗談だと言い張りますか?」

 

 リュックの中には、眩い光を放つ大量のミスリルが山のように詰め込まれていた。

 ベルの【幸運】のアビリティにより、通常の探索では考えられない確率でドロップし大量に手に入れたミスリルのかけらやしずく。さらに、ソラが異世界から持ち込んだ貴重な『満たされるしずく』を使い、ミアハに特別に頼み込んで合成してもらった、純度も魔力も極めて高い最高級のミスリル群であった。

 

「なっ……!こ、これは……これほどの量のミスリルだと!?」

 

 絶対に払えるはずがないと高を括り、リリを精神的に追い詰める算段だったザニスは、予想外すぎる事態に驚愕し、完全に思考を乱した。目の前にあるミスリルの山は、どう低く見積もっても三千万ヴァリスを優に超える途方もない価値を持っている。

 彼自身の立てた強欲な金儲けの皮算用が、一瞬にして音を立てて崩れ去ったのだ。

 

「これだけあれば、退団金として十分すぎるでしょう!」

 

 リリの毅然とした言葉が、ザニスのプライドを鋭く抉る。

 だが、それでも薄汚い本性を発揮したザニスは、目の前の莫大な富を逃すまいと、必死に頭を回転させた。

 

「……ふん。よかろう。この大量のミスリルの山、確かに退団金として認めてやろう」

 

 ザニスは平静を装ってそう言い放つ。だが、その頭の中ではすでに別の算段が組み上がっていた。この莫大なミスリルを資金源にし、さらには『あの御方』との取引で得た闇の力、そしてハートレスの軍勢を使えば、アーデなどいつでも再び攫って自分のものにできる。金も手に入れ、結局最後は力尽くで道具も取り戻せばいいだけのことだ。

 口元に浮かんだ凶悪な笑みを隠すようにクルリと背を向けると、ザニスはソラたちを主神ソーマの居室へと案内し始めた。

 

「さあ、着いてくるがいい。ソーマ様は奥の部屋にいらっしゃる」

 

 ザニスは前を歩きながら、油断なくソラ達を先導していく。そして、薄暗い廊下の中腹に差し掛かった瞬間、彼は突如として腕を高く掲げた。

 その合図とともに、何もない虚空から巨体を持つバンディットとファットバンディットが出現し、ソラ達へと襲い掛かった。それと同時に、闇の力で自身の肉体を強化したザニスが、長剣を振りかぶって最後尾にいたリリルカへと襲い掛かる。

 

「アーデ!」

 

 本性を剥き出しにした咆哮とともに、ザニスが長剣を振り下ろす。

 

「甘いですよ、ザニス様」

 

 対するリリルカは、一歩も退かなかった。彼女は魔法によって槍を召喚すると、それを両手で握りしめ、ザニスの渾身の斬撃を真正面から受け止めた。

 圧倒的なステータスの差があるはずのリリルカだが、彼女の足は地面に深く根を張ったように微動だにしない。

 

(な、に……!?)

 

 必殺の一撃をいとも容易く防がれ、ザニスの顔に驚愕が走る。

 剣を弾かれ体勢を崩したザニスは、強大な闇の力を引き出そうと力を練り上げようとするがリリルカはザニスにその隙を一切与えなかった。

 

「これが、リリの新しい一歩です!」

 

 ザニスが闇の力を顕現させるよりも遥かに早く、小人族のしなやかなバネを活かしたリリルカの渾身の刺突が、ザニスの胸部を正確に捉えた。

 強烈な衝撃がザニスの体を捉え、彼は自慢の闇の力を振るう暇すら与えられぬまま、無様に廊下の壁まで吹き飛ばされた。

 

(ば、馬鹿な!あのサポーター風情が、どうしてこれほどの力を!?)

 

 壁に激突し、内心で驚愕するザニス。彼が知る由もなかったが、リリルカはソラから『パワーウェイト』や『ブレイクスルー』といった強力な防具やアクセサリーを譲り受けて装備しており、単純なステイタスの数値だけを見れば、力のみがLv.1分も上昇するほどの異常な補正がかかっている。さらには日々のソラやベルとの過酷な訓練を通じ、その強力すぎる暴力的な力に振り回されることなく、完全に使いこなせるようになっていたのだ。

 一方、奇襲を仕掛けたはずのハートレスたちも、ソラとベル、そして今まで『バニッシュ』で完全に姿を消して同行していたフィンたちによって、瞬きする間に一掃されていた。

 床に叩きつけられたザニスが呻きながら顔を上げると、そこには彼を見下ろすように立つ一人の小人族の姿があった。

 その上半身からは濃紫のオーラが、脚部からは濃紺の禍々しいオーラが立ち昇り、第一級冒険者としての異様なまでの威圧感を放っている。

 

「ブ、勇者(ブレイバー)!?」

 

 ザニスが震える声で叫んだ直後、ピュンッと鋭い風切り音が鳴り響き、ザニスの体を鞭が幾重にも巻き付き拘束。

 

「なっ……!?」

 

 驚くザニスの視線の先、フィンとは対照的に、白に近い青いオーラを身に纏った数名の人物が『バニッシュ』を解除して姿を現した。

 

象神の杖(アンクーシャ)……なぜ、ガネーシャ・ファミリアがここに!」

「ザニス・ルストラ」

 

 団長であるシャクティ・ヴァルマが、氷のように冷徹な声で彼の名前を呼んだ。

 

「お前を、冒険者に対する度重なる恐喝、詐欺、および暴行の容疑で拘束する」

「ふ、ふざけるな!」

「さらに罪状の追加だ」

 

 シャクティの横で、イブリがモバイルポータルを突きつける。そこには、先ほど地下室でザニスが下級団員をハートレスに変えた決定的な瞬間が、別行動をとっていた団員によって鮮明な映像として記録されていた。

 

「非人道な人体実験、及び冒険者の意図的なモンスター化という重犯罪も追加だ。……ちなみにな、お前がさっきハートレスにしたそこの野郎は、シャクティさんによって解放されて、とっくに元に戻ってるぜぇ!」

 

 イブリが指差す先には、気絶から目を覚ましたばかりの下級団員が座り込んでいた。

 

「ふ、ふざけるなァァァッ!」

 

 言い逃れすら不可能となった絶体絶命の窮地に追い詰められ、ザニスはもはや形振り構わぬ見苦しい悪あがきへと打って出た。

 

「ソーマ・ファミリア総員傾注!こいつらはソーマ様の神酒(ソーマ)を盗みに来た悪質な侵入者だ!全員捕らえろ!一番の功労者には、極上の神酒(ソーマ)を特別に振る舞ってやる!」

 

 その瞬間、前庭の空気が一変した。

 泥酔して倒れていたはずの団員たちが、酒への異常な執着だけで一斉に立ち上がる。虚ろだった目にギラギラとした狂気が宿り、ふらつきながらも不気味な足取りで武器を手に取った。

 

「あ、ああ……神酒(ソーマ)……!」

 

 全員が血走った目でソラ達に襲い掛かる。驚くべきことに、その中には先ほどシャクティによって命を救われ、元に戻ったばかりの下級団員すらも混ざっていた。

 

「貴様、姉者に救われたというのに、恩を仇で返すか!」

 

 イルタが信じられないものを見る目で激怒するが、下級団員は醜く顔を歪めて叫んだ。

 

「うるせぇ!恩なんかで美味い神酒(ソーマ)が飲めるかァッ!」

「……クズがッ!」

 

 イルタの怒りが爆発し、突っ込んでくる団員たちを次々と峰打ちで沈め、文字通り秒殺していく。

 だが、そのわずかな混乱の隙を突き、拘束を無理やり引きちぎったザニスが後ろへ飛び退いた。

 

「俺の……俺が苦労して築き上げてきたものを、よくもここまで台無しにしてくれたな……ッ!」

 

 怒りと屈辱に全身を震わせるザニスは、恨み言を吐き捨てながら、懐から黒い球を取り出した。

 

「必要ならば使え、と言っていたな……ああ、使ってやる!これでお前らを皆殺しにしてやる!」

 

 ザニスが黒い球を強く握りつぶした瞬間、突如として彼の体からヘドロのようなドロドロとした闇のオーラが立ち昇った。足元の影が不自然に大きくうねり、周囲の温度が急激に低下していく。

 

「っ……!この気配、あいつらか!」

 

 その異様な気配と黒いオーラを目の当たりにし、ソラは相手の背後にいる存在の正体に思い至って驚愕に目を見開く。ベルもまた、かつてダンジョンで遭遇した異形のミノタウロスと同じ冒涜的な気配を感じ取り、警戒してヘスティア・ナイフの柄を強く握りしめた。

 やがて爆発的に膨れ上がった闇のオーラが空気を凍りつかせる中、ザニスの狂った呼びかけに応じるように、周囲の濃密な闇が次々と実体化していく。

 クリーパープラント、ダイアプラント、ファイアプラント、アイスプラントといった植物型のハートレスに加え、バンディット、ファットバンディット、そしてボルケーノロード、ブリザードロードといった大量のハートレスたちが、ザニスを守るように前庭を埋め尽くしていった。

 

「やはり、闇に通じていたか」

 

 シャクティの冷徹な断罪の響きに、全員が一斉に武器を構える。その殺気の中にあって、ザニスだけが別世界にいた。彼は喉を掻き毟るように、狂気的な高笑いを夜の闇へと撒き散らす。

 

「驚いたか?私も最初は驚いたよ!だが、こいつらは意外と扱いやすい!命令も聞けない役立たずの団員より、よほど私に従順で役に立つ!」

「自分が何を使っているか分かっているのか!?」

 

 ソラが、闇の深淵に魅入られた男に向けて鋭く叫ぶ。

 

「そんな力、人間が弄んでいいもんじゃない!自分も、そして周りのすべてを破滅させるぞ!」

「黙れ!この素晴らしい力が、私を凌駕することなどあり得ん!」

 

 ザニスは狂気を含んだ笑みで眼鏡を押し上げた。彼の瞳からは、すでに理性という名の光が完全に消え失せている。

 

「私にこれほどの力をくれた『あの方』には感謝しているよ!さあモンスターども、私が安全に逃げるために、こいつらを残らず始末――」

 

 勝利を確信し、薄ら笑いを浮かべて命令を下そうとした、まさにその瞬間だった。

 ――ズブッ、という生々しい水音が響く。

 肉を切り裂き、骨を砕く重い音。全員の呼吸が止まり、中庭が水を打ったように静まり返る。

 ザニスの狂気に満ちた笑顔が、完全に硬直していた。

 ガクガクと震えながら自身の胸元へと視線を落とすと、そこにはありえないものが突き出している。鈍い光を放つ、巨大で無慈悲な剣の切っ先だ。

 彼の背後にいつの間にか実体化していたのは、ガネーシャ・ファミリアの象徴である「象」の意匠が施された、青と白を基調とする重装甲の巨大なハートレス――ヴィヤーサ・コンパイラだった。

 象の仮面を模した兜の奥で、悲しげな黄色い光を宿す瞳。極めて分厚い影の装甲に覆われた胸のハートレスマークの中心には、爆発の傷跡のように赤黒く燃える亀裂が痛々しく走っている。身の丈ほどもある巨大な大盾を構え、そしてもう片方の手に握られた巨大な剣が、主であるはずのザニスを背後から無慈悲に貫いていた。

 その血に染まった剣の先端には、ピンク色の結晶のように輝く、ザニスの『心』が脈打つように突き刺さっている。

 

「あ、ありえない……!あの姿は……ッ!」

「……アー、ディ……?」

 

 そのヴィヤーサ・コンパイラの姿を見た瞬間、イルタが信じられないものを見たように声を震わせ、愕然と立ち尽くす。

 シャクティもまた、決して揺らぐことのないはずの瞳を激しく硬直させ、驚愕と悲痛がないまぜになった表情で呆然と立ち尽くしていた。

 

「あ……あぁ……?」

 

 ザニスは信じられないというように血泡を吐き、足元に広がる巨大な底なしの闇に心ごと一瞬にして飲み込まれていく。

 

「な、何が起きてるんですか……!?」

「マズいぞ……!」

「ハートレスが、人間の心を直接奪った……ってことは……!」

「全員、退避!!」

 

 リリの悲鳴にソラとベルが青ざめる。

 我に返ったシャクティが部下に退避を叫ぼうとした瞬間、突如として、強烈な闇の波動が荒れ狂う嵐のごとく吹き荒れた。

 鼓膜を破るほどの轟音と共に、天を衝く漆黒の柱が爆発的に噴き上がる。大気を激しく震わせる凄まじい衝撃波が周囲へと叩きつけられ、木々や石畳がまるで紙屑のように無惨に吹き飛ばされていった。

 やがて、もうもうと立ち込める土煙と濃密な闇のオーラが晴れていく。その奥から姿を現したのは、人間の理解を遥かに超えた絶望の権化であった。

 ソーマ・ファミリアの屋敷の屋根すらも優に見下ろすほどの、規格外の巨体。

 しかし、その姿はあまりにも異様であった。胴体が存在せず、巨大な頭部と強靭な両腕のみで構成された、暴食の権化と呼ぶべき醜悪な怪物。

 どれだけ神酒(ソーマ)を飲み込んでも決して満たされることのない、ザニスの果てしない強欲と空虚さを体現したかのようなその首の切断面からは、太いツタや根がおぞましい内臓や触手のようにドロドロと垂れ下がっている。

 変異した顔面の半分には、ザニスの特徴であった知的な眼鏡がひび割れ、醜く膨れ上がった肉に深く食い込んだ状態で残されていた。そして、人間を容易く丸呑みにできそうなほど大きく裂けた口の奥深くには、神酒の杯の形をした怪しく輝くコアが配置され、不吉な紫色の光を放っている。

 

「ザニスが……あんな姿に……!」

 

 見上げるほどに巨大で絶望的なその威容を仰ぎ見ながら、ベルは震える声で呟いた。

 直後、巨大なハートレスが空気をびりびりと震わせる不快な咆哮を轟かせる。それに呼応するように、首の断面から垂れ下がる巨大な根が、無数の槍となって次々と地表を突き破った。

 周囲から、絶望に満ちた断末魔の悲鳴が次々と上がる。

 逃げ惑っていたソーマ・ファミリアの団員たちは、その逃走すらも虚しく次々と巨大な根に貫かれていく。彼らはそのまま宙吊りにされ、胸の奥から己の心を無慈悲に奪い取られていった。

 抜き取られた心は、脈打つ太い根を通じて、ただひたすらに巨大な口の奥にある杯型のコアへと運ばれ吸収されていくのだった。

 

「ソーマ様がまだ中に!」

 

 崩壊していく屋敷を見上げ、リリが悲痛な叫び声を上げた。取り残された主神の危機を察知し、彼女の小さな顔が血の気を失って蒼白に染まる。

 

「僕が助けに行きます!」

 

 その悲痛な声に呼応するように、ベルが弾かれたように一歩前へと踏み出して即座に名乗り出た。真っ直ぐに前を見据えるその瞳には、死地へ向かうことへの恐怖や迷いは一切ない。

 

「頼んだ!俺はこのデカいハートレスの攻撃を全部引き付ける!シャクティさんたちは周囲の避難を!」

 

 混乱を極める戦場を瞬時に見渡したソラが、武器を強く握り直して的確な指示を飛ばす。頼もしいその背中と迷いのない声が、絶望的な状況下にあっても決して折れない希望の光となって響き渡った。

 ソラのその声にハッと我に返ったシャクティは、鋭い視線を周囲に向け、直属の部下であるイルタたちへ矢継ぎ早に指示を飛ばした。

 

「イルタ!お前たちは直ちに周辺の避難誘導にあたれ!同時にFAX経由でギルドと他ファミリアへ事態を知らせるんだ!」

「し、しかし姉者!アーディが……!」

 

 動揺から立ち直りきれないイルタが、ヴィヤーサ・コンパイラを悲痛な目で見つめながら食い下がる。だが、シャクティはそれを強い声で厳しく叱咤した。

 

「惑わされるな、イルタ!」

「っ……!」

「我々は住民を守らなくてはならない!誰一人として、奴らに心を奪われるな!」

 

 団長としての誇りと覚悟を乗せた叫びに、イルタたちは弾かれたように顔を上げる。

 

「……わかったッ!」

 

 迷いを振り切ったイルタたちは、街の方面へと散開して走り出していったアサルトライダーたちを追って、疾風のように駆け出していった。

 ベルも主神救出のために屋敷へと飛び込み、その場にソラと二人だけになったシャクティは、改めて眼前に立つヴィヤーサ・コンパイラを見据えた。

 

「ソラ。……お前の目には、あのハートレスがどんな姿に見えている?」

「えっ?」

 

 突然の問いかけに一瞬戸惑いながらも、ソラは正直に己の目に見えている姿を伝えた。

 

「胸には赤黒く燃える亀裂みたいな傷跡があって、象の仮面を被った、青と白のハートレスだよ」

「……そうか」

 

 ソラの嘘偽りのない客観的な言葉を聞き、シャクティは短く逡巡するように呟いた。

 

(ザルドが言っていた『心に澱みを植え付けるようなハートレス』というのは、これのことなのだろう)

 

 シャクティは頭の中で冷静に現状を考察していく。

 かつての暗黒期で死んだザルドがノーバディとして蘇らされたように、同じく暗黒期に命を落とした妹――アーディの魂をハートレスへと変え、こうして自分たちの前に立ちはだかせる。

 あまりにも悪趣味で、あまりにも残酷な闇の策略。死者の尊厳すらも弄ぶその所業に、シャクティの胸の奥で静かに、しかし決して消えることのない激しい怒りが集い燃え上がった。

 

「シャクティ……」

 

 ソラが心配そうに彼女の名前を呼ぶ。だが、シャクティは手元に光の粒子を収束させて自身のキーブレードを顕現させると、一切の迷いなく切っ先を構えた。

 

「ソラ!あの子を解放するのを手伝ってくれ!」

 

 妹を冒涜する闇への怒りと、妹の心を救い出すという強き決意の叫び。

 

「……分かった!」

 

 ソラはその言葉に力強く返事をし、自身を象徴するキーブレード――マッシブ・フェスティバルを強く握りしめ、シャクティと共に立ちはだかるヴィヤーサ・コンパイラへと身構えるのだった。




余談ではありますがミアハファミリアは全体の二割ほどのミスリルを報酬で受け取っています。
そのミスリルを換金したりメガエーテルの作成でミアハファミリアは結構な利益を得ました。それから数週間後にディアンケヒトにメガエーテルのレシピを借金で取られメガエーテルがディアンケヒトの店にも並ぶようになりました。
次回はフィンサイドです。
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