キングダムハーツ オラリオ ミィス   作:小説好きー

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感想誤字方報告ありがとうございます
感想くれたら作者のやる気が上がります


50話 凍てつく死闘と青い鍵の少女

 地面から次々と槍のように突き出す凶悪な根を、ベルは華麗なステップでかわし続けていた。

 まるで氷の上をスケートするように滑らかに移動しながら、炎を纏わせた強烈な斬撃『ベルウェスタ』を放ち、迫り来る太い触手を次々と真っ二つに切り裂いていく。

 アムリタ・エクリプスは地面に深く根を張っているため、移動して攻撃を避けることができない。切断された箇所からベルウェスタの猛火を全身に浴びて、木屑を散らしながら苦悶の咆哮を上げる。

 太いツタをムチのように乱舞させ、ベルを捕らえようと迫る。だが、ベルは空中で華麗に回転しながら、まずは手にした剣で全方位から迫るツタを的確に弾き落とした。そして間髪入れずにナイフへと武器を切り替え、さらに高速で迫り来る残りのツタを神速の連撃で斬り伏せると、切断されて蠢く触手の断面を炎の魔法で容赦なく焼き払った。

 軽やかに着地し、再び武器を構え直したベルのキーブレードの先端に、高密度の炎が宿る。

 

「炎よ!」

 

 炎の弾丸が次々と着弾し、激しい爆発を起こし、アムリタ・エクリプスの体が、瞬く間に激しく燃え上がった。

 

「よし、このまま――」

 

 さらに畳みかけようとした瞬間。アムリタ・エクリプスが怒りに任せて巨体を震わせ、全身から青白い冷気を伴ったオーラを纏い始めた。

 

「マズい!」

 

 ベルが危険を察知して叫ぶが、遅かった。

 アムリタ・エクリプスは耳をつんざく咆哮と共に、強烈な絶対零度の吹雪を解き放つ。燃え盛っていた炎は一瞬にして掻き消され、巨大な氷柱が地面から次々と突き出し、周囲の空間全てを白く凍てつかせる。

 

「うわっ――!」

 

 ベルは猛烈な吹雪の渦に飲み込まれた。

 

 

 

 

「絶対にここを通すな!」

 

 イルタが最前線で凛烈たる怒号を張り上げる。

 イルタを筆頭に、ガネーシャ・ファミリアの団員たちは必死に防衛線を構築し、ソーマ・ファミリアの敷地から溢れ出ようとするハートレスの群れから街への被害を食い止めていた。

 だが、戦場の状況は開戦当初から地獄の様相を呈していた。

 右半身の皮膚が焼け焦げるほどの灼熱に炙られたかと思えば、左半身は血が凍りつくような絶対零度の冷気に晒される。陣形の目の前には、赤と黒を基調とし燃え盛る炎を纏う『ボルケーノロード』と、青と黒を基調とし冷酷な吹雪を纏う『ブリザードロード』。

 二体の強大なボス格のハートレスが、最初から最前線に鎮座し、極端な相反属性による理不尽な暴力を周囲に撒き散らしていたのだ。

 さらに、元凶である巨大な植物型ハートレスの根が存在する限り、ダイアプラントやポイズンプラントといった雑魚の群れも際限なく湧き出し続ける。屋敷の中心から放たれた極寒の冷気によって分厚い氷の城壁が形成され、中に突入してシャクティたちを援護することすら叶わない過酷な状況だった。

 

「イルタさん!こっちも――うわぁぁっ!」

「なにぃ!チッ、貴様ら、調子に乗るな!」

 

 防衛にあたっていた団員の一人が、ダイアプラントの放つ散弾のような種を盾越しに受けて吹き飛ばされる。イルタがアマゾネスの爆発的な脚力で瞬時に駆けつけ、一切の躊躇なく愛用の長剣を大上段から振り下ろした。圧倒的な膂力から放たれた一撃が、対象のハートレスを硬質な装甲ごと一刀両断に切り伏せる。

 

「下がって手当てをしろ!」

「イルタさん、後ろ!」

 

 団員に鋭く命令を飛ばした直後。イルタの死角となっていた足元の地面が不自然に隆起し、ポイズンプラントが出現した。狂気に満ちた鋭い牙を剥き出しにし、無防備な腕めがけて一直線に飛びかかってくる。

 だが、数多の修羅場を潜り抜けてきたイルタは間一髪で振り返り、左腕の強固な大盾を己の体との間に力強く割り込ませた。

 ガキンッ!という硬質な金属音と共に、ポイズンプラントの凶悪な毒牙は盾の表面に食い止められる。

 

「貴様の浅薄な奇襲など、私に通じるとでも思ったか!砕け散れッ!」

 

 イルタは盾に噛みつくポイズンプラントを強引に弾き飛ばし、流れるような踏み込みから長剣を横薙ぎに振るう。

 ズバァッ!という衝撃波と共に、ポイズンプラントの頭部が完全に粉砕された。

 だが、その直後だった。

 ポイズンプラントを排除したイルタの隙を突くように、前衛へと躍り出てきたボルケーノロードが正面に六つの極大の火球を魔法陣のように集め、標的である前衛部隊めがけて一斉に『ファイアボール』を放つ。

 

「構えろッ!」

 

 轟音と共に放たれた六発の火球が、防衛線の中央に激突する。

 凄まじい爆発と熱波が周囲の空気を焼き尽くし、盾を構えていた重装歩兵たちが苦悶の悲鳴を上げて後ずさる。ボルケーノロードは空中で体勢を立て直すと、先端に凶悪なトゲの付いた杖を前方へと突き出し、地面に激しい炎の軌跡を残しながら猛烈なスピードで突進する『ファイアブレス』を放つ。

 

「ぐあぁぁぁッ!」

「貴様ァッ!」

 

 数人の団員が盾ごと空中に吹き飛ばされる中、イルタが自らの体を弾丸のように撃ち出し、ボルケーノロードの突進の側面に全体重を乗せた重いシールドバッシュを叩き込んだ。ドゴォォンッ!という凄まじい衝突音が響き、ボルケーノロードの軌道が強引に逸らされる。

 

「陣形を立て直せ!奴の動きが止まった今が隙だ!」

 

 イルタが反撃の長剣を振り上げようとした、まさにその時だった。

 ボルケーノロードは追撃を放棄し、不自然なほどあっさりと後方の壁沿いへと後退していく。代わりに、今まで後方で静観していたブリザードロードが、滑るような動きで前衛へと躍り出てきた。

 開戦時からイルタが観察し続けて導き出した答え。この二体のハートレスは、一方が前衛で攻撃を担当している間、もう一方は後方へと下がり、時間が経過するとその役割を交代するという、極めて厄介で洗練された連携戦術を持っていたのである。

 そして、援護担当へと回ったボルケーノロードは、後方でただ休んでいるわけではなかった。

 

「あ、熱いッ!体が、燃えるッ!」

「バカがあ!慌てるな!すぐに消火しろ!」

 

 突如として、前衛で剣を構えていた複数の団員たちの体が、内側から発火したように激しい炎に包み込まれる。援護に回ったボルケーノロードが、離れた位置から仲間に直接火をつける凶悪な状態異常魔法を放ってきたのだ。

 イルタが焦燥感と共に的確な指示を飛ばし、後方の控えた団員達がすぐさま消化活動を開始。

 しかし、その混乱の隙を、前衛に出たブリザードロードが見逃すはずもなかった。

 ブリザードロードは標的の周囲の空間を歪め、空中に六つの巨大な氷塊を瞬時に発生させると、それらを一斉に防衛線へと『アイスミサイル』を放つ。

 逃げ場のない全方位からの氷塊の乱れ撃ちが、消火活動に気を取られていた団員たちを容赦なく粉砕していく。さらにブリザードロードは、口から絶対零度の吹雪を吹きつけ、『アイスブレス』で、陣形の残骸を徹底的に蹂躙し始めた。

 

「くそッ、こいつら……!」

 

 イルタが長剣に力を込め、ブリザードロードの氷の突進を辛くも受け流す。だが、彼女の足元からピキピキと不吉な音が響いた。

 見れば、周囲の団員たちが次々と身動き一つとれない完全な氷の彫像へと変えられているではないか。

 今度は、後方にいるボルケーノロードと交代する準備に入ったブリザードロードが、援護行動として団員たちを強制的に凍結させる魔法を放ってきたのだ。

 

「今度は凍らせてきたというのか!」

 

 イルタの苛烈な叫び声が、極寒の戦場に悲痛に響く。

 一方が猛攻を仕掛け、もう一方が状態異常で陣形を崩す。そして定期的に役割を入れ替え、炎と氷という真逆の属性で冒険者たちの体力と精神力を削り取っていく。

 互いの弱点を補い合う、恐るべき連携。このままでは、ジリ貧で全滅するのは火を見るよりも明らかであった。

 

「……これ以上好き勝手にさせてたまるか!」

 

 イルタは荒い息を吐きながら、怒りに震える体を抑え込み、敵の規則的な動きをアマゾネスの鋭い観察眼と研ぎ澄まされた野生の勘で見極めようと試みる。

 

(奴らは強力だが、大技を放つ瞬間には必ず直線的な動きになる。……単純な力押しでは分が悪い。ならば、奴らのその『勢い』そのものを、逆に利用する!)

 

 イルタが覚悟を決めたその時、後方から再びボルケーノロードが前衛へと躍り出てきた。

 ボルケーノロードは杖を構え、三度目となる『ファイアブレス』の突進の構えに入る。地を焦がす爆発的な推進力と共に、死の炎がイルタへと真っ直ぐに向かってきた。

 だが、イルタは決して逃げなかった。盾を背に回し、長剣を大地に深く突き立てると、両手を大きく広げて完全に無防備な姿勢をとる。

 

「イルタさん!何をして……避けてッ!」

 

 団員の悲鳴が上がる中、イルタは間一髪で突進の軸をわずかにずらし、燃え盛るボルケーノロードの巨体を両腕で強引に掴み取った。

 

「うおおおおおぉぉぉぉッ!」

 

 イルタは屈強な両腕でボルケーノロードの突進の威力を殺さずに己の体を回転させる軸とし、独楽のように激しく振り回した。

 

「貴様の相棒にぶつかって、無様に砕け散れッ!」

 

 イルタは、後方の壁沿いのブリザードロードめがけて、掴んでいたボルケーノロードの巨体を力任せに投げつけた。

 超質量の炎の塊が、ブリザードロードへと真っ直ぐに飛来する。

 ブリザードロードは回避することもできず、飛んできた相棒と正面から激突した。極端な相反属性の衝突により、鼓膜を破るほどの爆音と共に、戦場全体を覆い尽くすほどの凄まじい水蒸気爆発が巻き起こり、ボルケーノロードとブリザードロードが地面に叩きつけられた。

 だが、もうもうと立ち込める蒸気の中、傷ついたブリザードロードが最後の足掻きとばかりに、口から絶対零度の吹雪を放つ『アイスブレス』の構えに入り、イルタめがけて決死の特攻を仕掛けてきたのだ。

 

「まだ来るか……だが、完全に見切ったぞ!」

 

 イルタは背に回していた大盾を素早く構え直すと、逃げるどころか、突進してくるブリザードロードに向かって真っ直ぐに踏み込んだ。

 精度を高めた衝突の瞬間。彼女はブリザードロードが強烈なブレスを吐き出そうと開いた口の真正面に、分厚い大盾を力任せに押し当てて強引に塞ぎ込んだのだ。

 

「ッ!?」

 

 行き場を失った絶対零度のブレスがブリザードロードの体内へと逆流し、ブリザードロードの巨体が不自然に膨張して致命的な隙を晒す。

 

「ここだッ!全火力を奴らに叩き込めェェェッ!」

 

 イルタがブレスを封じたまま、盾で力任せにブリザードロードを前方へと吹き飛ばすと、それを合図に、体勢を立て直していたガネーシャ・ファミリアの全団員が、怒涛の反撃を開始した。

 魔導士たちが詠唱のストックを解放して極大の炎と雷の魔法を降り注がせ、重装歩兵たちが怒りの咆哮と共に殺到して無数の刃を突き立てる。

 限界を迎えていた二体のハートレスは、幾重にも重なる必殺の一撃に耐えきれず、ついにその巨体を内側から完全に崩壊させた。

 耳障りな断末魔と共に、ボルケーノロードとブリザードロードの体が黒い霧となって霧散し、荒れ狂っていた戦場にようやく静寂が訪れる。

 

「はぁ……はぁ……、やった、か……」

 

 イルタは火傷と凍傷だらけの腕を下ろし、大盾に寄りかかるようにして荒い息を吐き出した。

 前線の最強の門番とも言える二体のハートレスを打ち倒したことで、無限に湧き出し続けていたハートレスの勢いも明らかに衰えを見せ始めている。防衛線は、完全に彼女たちの手に落ちたのだ。

 

「総員!屋敷を閉ざすあの氷の壁を破壊するために、持てるすべての魔力を込めろ!立ち止まっている暇はない、中に突入してモンスターの討伐!」

 

 イルタの烈帛の叫び声に、満身創痍の団員たちが闘志の炎を再び燃やして力強く応える。

  外の地獄を制圧した彼女たちの視線は、未だ巨大な氷の壁に閉ざされ、絶望が渦巻くソーマ・ファミリアの屋敷の中心へと向けられていた。

  屋敷の奥で死闘を繰り広げているであろう敬愛するシャクティへ全幅の信頼を託し、イルタは固く拳を握りしめる。氷壁の向こう側を姉に任せた彼女は、一切の憂いを断ち切り、再び迫り来るハートレスの群れへと鋭い剣先を向けた。

 

 

 

 ソーマを安全な場所へ預け終えたリリルカは、一目散にベルの元へと駆け付けるべくエレキユニコーンの背に飛び乗った。雷光を纏う幻獣の常軌を逸した加速に、彼女は振り落とされまいと必死にその首へしがみつく。

 だが、その最大の目的――鍵であるリリルカが単独行動をとった隙を、不気味な外套の人物が見逃すはずもなかった。

 背後に渦巻く氷のような悪寒。外套の人物は無数のシャドウが寄り集まった漆黒の奔流、デビルズウェーブに搭乗し、凄まじい速度でリリルカへと迫っていた。

 

「な、なんですか!? あなたはぁ!!??」

 

 黒い津波のごとき質量の接近に驚愕しつつも、リリルカは懸命に態勢を維持する。

 背後からはシャドウが凶悪な弾丸となって連続射出され、あるいは無数の個体が蛇のように連なって波状攻撃を仕掛けてくる。しかし、エレキユニコーンは持ち前の圧倒的な機動力と雷の瞬発力によってそれらを華麗に回避し、入り組んだ路地を文字通り稲妻のごとく駆け抜けていった。

 このままでは埒が明かない。そう判断した外套の人物は、攻撃のベクトルを「点」から「面」の制圧へと冷酷に切り替える。

 放たれた巨大な闇の塊が、リリルカたちの進行方向にある建物の土台を容赦なく粉砕し、人為的な大崩落を引き起こした。逃げ道を物理的に塞ぎ、機動力を殺すための非情な一手。頭上から降り注ぐ大量の瓦礫という致命的な雨を、エレキユニコーンが身を翻して避けた――その一瞬の減速こそが、敵の真の狙いであった。

 巨大な波から分離し、死角に潜んでいた小型のデビルズウェーブが、猛スピードで突進してくる。

 空中で回避の体勢に入っていたエレキユニコーンは物理的に軌道を変えられず、真横からモロに激突された。凄まじい衝撃と共にリリルカの小さな体は宙を舞い、路地裏の冷たい石壁へと激しく叩きつけられる。

 肺から空気が強制的に吐き出され、全身を襲う激痛にリリルカは地面へと力なく崩れ落ちた。

 

「ヤレ」

 

 追いついた外套の人物が、一切の感情を排した声で無慈悲に命じる。

 その声に応じ、二つの小さなデビルズウェーブが、身動きの取れないリリルカを闇に堕とすべく一斉に突進を開始した。

 万事休す。誰もがそう直感した瞬間である。

 突如として、数体のノーバディがリリルカの前に立ち塞がり、強固な陣形を組んで物理的な絶対防壁と化したのだ。

 ガーディアンと呼ばれるそのノーバディは、重装甲と柔弱さが奇妙に同居するアンバランスな威容を誇っていた。ベースとなる身体は白銀で柔軟なスライム質でありながら、上半身と両腕は純白の分厚い装甲で重厚に覆われている。

 右腕は身の丈ほどもある巨大な塔盾となり、左腕は鋭く長い長槍と一体化していた。盾の表面にはノーバディのシンボルマークが深く刻み込まれ、頭部の無機質なバイザーには、ガネーシャ・ファミリアの象徴たる象の鼻や大きな耳を抽象化したような独特の意匠が施されている。

 敵の猛進を真正面から受け止めるのは愚策に思えるが、彼らの白銀の体組織は凄まじい衝撃吸収能力を持っていた。巨大な塔盾がデビルズウェーブの突進を完全に受け止めた直後、その衝撃は柔軟なスライム質の身体を伝って地面へと効率的に逃がされ、防壁は微動だにしない。

 攻防が拮抗したその直後、戦場に王族の如き冷徹にして莫大な魔力が満ちた。

 防がれた二体のうち、一体のデビルズウェーブの足元から極寒の氷の枝が放射状に突き刺さり、一瞬にして漆黒の身体を白く凍り付かせる。

 

「ふんっ!」

 

 豪快な掛け声と共に、猛烈な旋風が路地裏に吹き荒れた。

 残るもう一体の小型デビルズウェーブは、上空から飛び降りてきた重戦士ガレスの振るうグランドアックスの圧倒的な質量によって、為す術もなく粉砕される。

 

「ロキ・ファミリア……ッ」

「リル・ラファーガ!」

 

 外套の人物が憎々しげに低い声を吐き捨てた瞬間、アイズが風を纏って肉薄していた。

 アイズ・ヴァレンシュタインの放った必殺の刺突が、風の推進力を伴って外套の人物の急所を的確に穿つ。

 完璧な奇襲であった。しかし、外套の人物はすんでのところで自ら左手を盾にし、身体を捻って致命傷を避けてみせた。代償として左手を根元から完全に失ったものの、痛覚すら存在しないかのように、その人物は一切の動揺を見せない。

 即座に残った右手を空へ掲げ、アイズに向けて無数のシャドウの弾丸を至近距離から放つ。

 しかし、その凶弾がアイズの体を貫くよりも早く。

 遠方から、澄んだ鐘の音が夜空に鳴り響いた。

 それは戦場にはおよそ似つかわしくない、福音のような美しい音色だった。だが、直後に引き起こされた現象は圧倒的な暴力そのものだった。

 無数の不可視の衝撃波が空間を薙ぎ払い、アイズを襲おうとした漆黒のシャドウは空中でことごとく相殺され、霧散する。さらには右手を掲げていた外套の人物までもが、その凄まじい余波に巻き込まれて後方へと大きく吹き飛ばされた。

 圧倒的な威力を誇る突然の介入に、アイズが鐘の音の方向へと鋭く振り向く。

 そこには、全身を黒コートで覆った人物が静かに佇んでいた。

 黒コートの人物がゆっくりとフードを外す。冷たい月光に照らし出されたのは、色素の薄い銀髪と、緑と灰色の神秘的なオッドアイを持つ、冷たくも美しい静寂を纏う女性の顔であった。

 

「やはりお前もノーバディになっていたか……アルフィア」

「……ザリファだ」

 

 リヴェリアの震える声に対し、アルフィア基ザリファは感情の抜け落ちた声で静かに己の名を訂正する。

 そして、感情の読めない眼差しで外套の人物を見据えたかと思うと、その細い手を真っ直ぐに突き出した。

 直後、幾重にも重なる鐘の音が夜空に立て続けに鳴り響く。

 美しい音色とは裏腹に、轟音を伴う絶大なる衝撃波、サタナス・ヴェーリオンが外套の人物へと殺到する。

 だが、その破滅的な一撃が届く寸前、主を守るかのようにデビルズウェーブが外套の人物を中心に竜巻状へと渦を巻いた。無数のシャドウが織り成す漆黒の暴風壁が、ザリファの放った魔法の超火力をどうにか相殺し、防ぎ切る。

 絶死の攻撃を凌いだ外套の人物は、残った右腕で力強く地面を叩きつけた。

 大気を震わせる重低音の地鳴りと共に、闇の中から身の丈十M(メドル)を誇るダークサイドが複数体、這い出るように出現する。

 さらには、その巨兵たちの中心に、ひときわ異彩を放つ新たなハートレスが姿を現した。

 漆黒のボロボロになった燕尾服のような装甲を纏うそのハートレスの名は、ダーク・レクイエム。頭部には茨の冠を模した黒いオーラが円光のように浮遊しており、顔には感情の読めない白い仮面のような模様が浮かび上がっている。両手に構えられた二振りの禍々しい鎌が、冷たい月光を反射して不吉に光った。

 強大な闇の軍勢が再び場を制圧しようと蠢く一方で、激突のダメージで壁際から動けないリリルカの元へ、もう一人の黒コートの人物が音もなく近づいていた。

 重苦しいシリアスな空気が支配する戦場にあって、その人物の纏う空気だけは酷く穏やかだった。リリルカを見下ろすと、静かに、だが慈愛に満ちた柔らかな声で魔法の詠唱を紡ぐ。

 

「昇れ、神聖の階段。照らせ、癒しの月光。ディア・カウムディ」

 

 ぽわぁっ、という温かい光の粒子がリリルカの全身を優しく包み込んだ。骨の折れるような激痛も、擦り傷も、すべてが春の雪解けのように一瞬のうちに全快していく。

 痛みが完全に引いたリリルカは、すぐさま立ち上がって駆け出そうとした。だが、ベルの元へ急がなければと焦る彼女の手を、黒コートの人物が優しく、しかし確かな強さで掴んで引き止める。

 

「離してください! リリは、ベル様を――」

「一緒に助けに行こう」

 

 必死に叫ぶリリルカの言葉を遮るように発せられたその声は、どこか温かく安心感を抱かせる響きを持っていた。

 黒コートの人物がリリルカの手を引くと、二人の背後に漆黒の闇の回廊が音もなく口を開く。リリルカはその謎の人物と共に闇の回廊へと吸い込まれ、戦場の喧騒から静かに姿を消すのだった。

 

 

 

 

 極寒の氷の世界と化した中庭。

 猛烈な吹雪が吹き荒れる中、アムリタ・エクリプスが、ベルの痕跡を探るように視線を巡らせていた。

 だが、その眼前にそびえる雪の小山が、内側から膨張するようなまばゆい光とともに豪快に弾け飛んだ。

 舞い散る氷の欠片の中、強固な炎の膜に守られたベルが、無傷の姿で飛び出してくる。

 

「ハァッ!」

 

 着地と同時にキーブレードを構え、アムリタ・エクリプスへと一直線に駆け出すベル。

 だが、その踏み込みの三歩目。突如として、ベルの体に異変が襲った。

 ――ぐにゃり、と。

 世界が歪んだように視界が激しく揺らぎ、真っ直ぐに走っているはずの足が不自然にもつれる。頭の中に甘く痺れるような霧が立ち込め、手足の感覚が泥の底に沈んだように鈍くなっていく。思考がまとまらず、まるで強烈な酒を呷って泥酔したかのような、抗いがたい浮遊感と酩酊感がベルの全身を支配したのだ。

 

「え……?あれ……っ?」

 

 キーブレードの切っ先が力なく下がり、ベルはその場にふらふらと立ち尽くしてしまう。

 その致命的な隙を、アムリタ・エクリプスが見逃すはずもなかった。

 凍てつく太い触手が、無防備なベルの胴体を貫かんと猛スピードで射出される。

 

「ベル様ッ!」

 

 悲痛な叫び声と共に、リリルカがベルに体当たりするように押し倒し、二人の頭上を凶悪な触手が凄まじい風圧を残して通過していく。

 間一髪で死地を脱し、雪の上に転がったリリルカは、すぐさま下敷きになったベルの顔を覗き込んだ。

 

「ベル様!大丈夫ですか!?」

「う、うぅ……リリ……?なんだか、世界がぐるぐる回って……えへへ……」

 

 焦点の合わないとろんとした瞳で、だらしなく笑うベル。その異常な様子と、極寒の空間に微かに漂う甘く芳醇な香りに、リリルカはハッと息を呑んだ。

 この異常なまでの高揚感と匂い。

 

(まさか、神酒(ソーマ)を!?)

 

 この氷の空間そのものに、あるいはアムリタ・エクリプスの放つ冷気に、神酒(ソーマ)の成分が混ざり込んでいるのか。

 原因は不明だが、今のベルは完全に泥酔状態に陥っている。

 

「しっかりしてください、ベル様!敵は目の前なんですよ!」

「ん〜……ちょっとだけ、休ませて……」

 

 必死に呼びかけるリリルカだが、ベルの反応はよろしくなく、危機感の欠片もない。

 どうすればいいのかとリリルカが焦燥に駆られたその時、彼女たちの傍らに音もなく一つの影が降り立った。

 黒コートに身を包んだ謎の人物である。

 その人物は無言のまま懐から小さなビンを取り出すと、泥酔してふにゃふにゃになっているベルの口に強引に押し当て、中身の液体を一気に流し込んだ。

 

「むぐっ!?んぐっ、げほっ、ごほっ!」

 

 突然の蛮行に驚き、むせ返りながらも液体を飲み下すベル。

 だが、瓶の中身であるオールキュアの効果により甘い痺れと酩酊感が嘘のように霧散し、ベルの瞳に澄んだ理性の光が戻る。

 

「……っ!僕、今、何を……!」

「治ったみたいだね」

「あ、ありがとうございます!あなたは――」

 

 急激にクリアになった頭で状況を把握し、ベルが黒コートの人物に礼を言おうとした瞬間。

 邪魔をされて激昂したアムリタ・エクリプスが、再び無数の触手を三人に向けて放ってきた。

 迫り来る死の群れに対し、黒コートの人物が右手をスッと横に突き出す。

 直後、その右手が眩い光に包まれ、空間を割って一つの不可思議な武器――キーブレードが出現した。

 それは、鮮やかなブルーで彩られたパイプ状の護拳と、冷たい輝きを放つメタリックグレーの細身の剣身を持つキーブレードであった。鍵の歯の部分には星の意匠が組み込まれ、柄尻からは黄色い星の形をしたキーチェーンが揺れている。

 

「キーブレード……!?」

 

 自分やソラたち以外の者がキーブレードを顕現させたことに、ベルは驚愕に目を見開いた。

 黒コートの人物は武器を構えたまま、自らの顔を覆っていたフードをゆっくりと外す。

 月光に照らし出されたその素顔は、淡い水色の髪を短く切り揃えた、大きな青い瞳を持つ愛らしい顔立ちの少女であった。

 

「お礼は後だよ。今は、目の前のハートレスを!」

「……っ!はい!」

 

 少女の凛とした言葉に、ベルは己の疑問を一旦心の奥底へと仕舞い込み、力強く頷いた。

 自身の手にもキーブレードを顕現させ、燃え上がる闘志と共に構え直す。

 リリルカもまた、決意に満ちた表情で自身の武器である槍を召喚し、二人の横に並び立った。

 

「あの、あなたの名前を教えてもらえませんか!」

 

 死闘を前にして、ベルが横顔に向かって問いかける。

 少女は迫り来る巨大な眼球を真っ直ぐに見据えたまま、口元に不敵な笑みを浮かべて名乗った。

 

「私の名前はディラクス。……さあ、いくよ!」

 

 ディラクスがキーブレードを構え、いざ駆け出そうとしたその時だった。

 彼女たちの死角を突くように、雪中から這い出たクリーププラントの集団が不意打ちを仕掛けてくる。

 だが、それらのハートレスがベルたちに届くより早く、サムライとアサシンが空気を切り裂く鋭い剣閃を放ちクリーププラントの集団を一瞬にして切り伏せたのだ。

 ベル達の両隣を立つように、サムライとアサシンは静かに得物を構え直す。

 かくして、ベル、リリルカ、ディラクス。そしてアサシンとサムライはアムリタ・エクリプスへと一斉に飛び込んでいった。




アルフィア(alfia)→ザリファ(Xalifa)

〇ハートレス紹介
・ダーク・レクイエム
 ボロボロになった漆黒の燕尾服のような装甲と白い仮面に身を包み、二振りの小鎌による超高速の斬撃を仕掛けることで対象の防御を削り、柄を連結させて双刃の大鎌へと変形させるとガード不能の重撃を放つ効果を持つ。ファントムと呼ばれる幻影の分身を生み出すことができる。なお振るわれる鎌の軌跡や黒いオーラは、対峙する者の目にはかつて自身が救えなかった者や過去の深い後悔の姿に見える。
 さらには体力が尽きる寸前に巨大な黒い魔法陣を展開させて周囲の空間ごと巻き込む回避困難な連続衝撃波を引き起こし、その際に双鎌と大鎌の形態をシームレスに切り替えて、自身を強化する。強化が重なれば攻撃のテンポは狂気的に速まり、分身の数は増え、即死級の乱舞技であるディストーション・フィナーレを放つ。
 元々はジャガーノートがハートレス化したやつでリューとベルが戦うために考えたハートレスだったが、作者が色々と納得できず没。
 この後、色々と手を焼きながらベート達も駆け付け複数のダークサイド諸共なんとか倒されました。リヴェリアがザリファに色々聞こうと思ったときにはザリファは闇の回廊に消えました。

〇ノーバディ紹介
・ガーディアン
ディラクスの配下ノーバディで右腕の巨大な塔盾と左腕の長槍を持ち、複数体で強固な陣形を組んで背後の味方への攻撃を完全に無効化したり盾から光の壁を展開して魔法を反射し、相手の攻撃を弾いた隙に長槍で鋭いカウンター突きを放つ。


おまけ(ちびフィン出した時にふと思いついたやつ。キャラ崩注意です)

「あたしの子供たちに手を出すんじゃないわよぉおおお!」
 怒号と共に、凄まじい衝撃波が路地裏を吹き飛ばす。
 ティオネが、鬼神の如き形相で刃を振り回し、群がるハートレスの群れを文字通りに粉砕していたのだ。
「ねぇ、落ち着いてよティオネ。その子たちは別に、団長とティオネの子供たちじゃないよ?」
 その傍らで、ティオナが、呆れたような、それでいて少し引き気味の冷静なツッコミを入れる。
 事の発端は、別所で死闘を繰り広げているフィンが、オバケゴーストの能力によって解き放った分身体――通称『チビフィン』たちの存在であった。
 身長わずか五十(セルチ)ほどという、赤子サイズの小さなフィンたち。その愛らしくも小さい姿を目の当たりにした瞬間、ティオネの中で何かが決定的に弾けた。愛する(フィン)の縮小版という事実と、その赤子のようなサイズ感が相まって、彼女の内に眠る『母性』という名の爆弾が盛大に爆発してしまったのである。
「ああっ、ダメよ!そっちは危ないわ!ママが今、悪い奴らを全部ぶっ殺してあげるからねぇえええッ!」
 チョコンと走り回るちびフィンたちを背にかばいながら、ティオネは最早バーサーカーと化していた。
 迫り来るバンディットやファットバンディットたちは、チビフィンに指一本触れることすら許されず、母性に狂ったアマゾネスの理不尽な暴力によって次々と光の粒子へと還されていく。
 ティオナのまっとうな指摘など、暴走する姉の耳には一ミリも届いていない。
 かくして、愛する者の分身を我が子と思い込んだティオネによって、その一帯のハートレスは文字通りに草の根一つ残さず理不尽に殲滅されていくのだった。
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