キングダムハーツ オラリオ ミィス   作:小説好きー

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次回でリリルカ脱退編が終わります。
リリルカメインの話なのに思ったよりリリルカが空気になってしまいました。


第51話 氷壁の終焉と舞い降りた奇跡

「オオオォォォォッ!」

 

 フィンの獣の如き咆哮と共に、腕を覆う黒いオーラの爪が、グランド・スマッシャーの分厚い岩の装甲を泥細工のように抉り取る。巨体が怯んだその一瞬の隙を見逃さず、槍の石突きがシャドウ・ストーカーの構えた暗器ごと顔面を粉砕し、後方へと豪快に吹き飛ばす。

 さらに、頭上のクリムゾン・ソーンから降り注ぐ致死の茨の雨に対し、フィンは回避という選択すら放棄した。分厚い黒のオーラで強引に茨を弾き飛ばしながら一直線に肉薄し、妖艶なドレスの身体を槍の無慈悲な連撃で串刺しにする。

 死者の幻影に惑わされ、攻撃を躊躇う知的な勇者はもうそこにはいない。今この場に立っているのは、ただ圧倒的な暴力を以て眼前の敵を蹂躙する、ひたすらに獰猛な『獣』であった。

 三体のハートレスは連携戦術を組む余裕すら完全に奪われ、防戦一方の絶望的な状況へと追い詰められていく。

 

「グルルゥゥッ!」

 

 決定的な破綻の瞬間。フィンは三体のハートレスを強引に一箇所へと誘導し、残るすべての魔力と力を乗せた最後の一撃を放たんと、すさまじい速度で雪原を蹴り飛ばした。

 迎え撃つハートレスたちも死に物狂いで防壁を展開する。だが、両者の力が激突する、まさにその刹那――。

 突如として、何の前触れもなく、三つの黒い影がフィンの眼前に割り込んできた。

 

「ッ!?」

 

 凄まじい金属音が火花と共に夜気を切り裂く。

 ハートレスを粉砕するはずだったフィンの渾身の突撃は、現れた三人の黒コートたちによって、完全に相殺され食い止められていたのだ。

 さらに、彼らの背後――三体のハートレスの真横の空間に、いつの間にか四人目の黒コートが静かに佇んでいた。

 その人物が指揮者のように両手を軽く振るう。直後、虚空から無数の赤い光の刃が流星群のように降り注ぎ、深手を負っていた三体のハートレスを一瞬にして塵へと変え、完全に一掃してしまった。

 直後、フィンと三人の黒コートが激突した余波が、中庭を荒れ狂う暴風となって吹き抜ける。

 その猛烈な風圧によって、フィンの槍を凌いでいた三人の黒コートのフードが、同時に後ろへと吹き飛んだ。

 

「……なっ!?」

 

 露出したその顔を見た瞬間、フィンの瞳に宿っていた赤い光が、極限の驚愕によって一瞬にして掻き消える。

 冷たい月光に照らし出されたその素顔は、かつてオラリオの暗黒期において、死んだはずの三人の冒険者――ノアール、ダイン、バーラのものであった。

 あり得ない存在との激突の反動で後方へと大きく跳び下がったフィンは、息を呑んで彼らの姿を凝視する。

 激しい混乱を強引に押さえ込み、フィンが警戒度を最大に引き上げて槍を構え直した、まさにその時である。

 

「ぐぅっ……!」

「あ、ああぁぁッ……!」

「う、がぁッ……!」

 

 突如として、三人が、同時に両手で頭を抱え込み、苦悶の呻き声を上げ始めた。

 まるで脳の髄に直接響くような凄まじい痛みに耐えかねたように、三人は次々と雪の残る石畳へと倒れ込み、完全に意識を失ってしまう。

 戦う意思を見せない、いや、見せられないかつての仲間たち。予期せぬ不可解な事態の連続に、歴戦の勇者であるフィンでさえも完全に困惑し、槍を構えたまま身動きが取れなくなった。

 そこへ、離れた場所でハートレスを一掃していた四人目の黒コートが、雪を踏みしめながらゆっくりとフィンの方へと歩み寄ってくる。

 その人物が、自らの手で静かにフードを外した。

 闇の中から現れたのは、褐色の肌と、銀色の美しい長髪を持つ威厳に満ちた男の顔であった。

 

「……ソラから聞いた特徴と一致する。お前がゼムナスか」

 

 フィンは異世界の少年から聞いていた情報を瞬時に引き出し、地を這うような低い声で問い詰めた。

 

「そう刃を向けるな。我々は、君たちの敵ではない」

「信用できる言葉ではないな。この騒動はお前たちの仕業か!?……彼らに何をした!?」

 

 ゼムナスの言葉に微塵も耳を貸すことなく、フィンは槍の切っ先を男の心臓へ向けたまま、倒れた三人への警戒も解かなかった。

 対するゼムナスは、フィンの強烈な敵意を全く意に介する様子もなく、淡々と静かな口調で語り始める。

 

「ハートレスに関しては、我々は関係していない。むしろこの騒動の裏に潜む者と我々は敵対していると言ってもいい。かつての君の仲間であった彼らが突然倒れた理由は明確だ。ハートレスがキーブレードによって解放され、彼らの心が新たな器の中で眠ったからだ」

「解放された……?」

「そうだ。ハートレスが消滅したことで、彼らから長らく失われていた『心』が、器であるノーバディへと還り、今まさに過去の記憶を取り戻している最中なのだ」

「記憶を……。では、ノアールたちが帰ってくるというのか?」

 

 フィンの問いに対し、ゼムナスは酷薄なまでに静かに、明確に首を横に振った。

 

「否だ。心とは、芽生え、育まれるもの。人であった頃の記憶を取り戻したとしても、人であった頃の心がそっくりそのままの形で帰ってくるわけではない。ノーバディとしての器の中で、彼らは新たに心を形成していくのだ」

「……」

「もし、君がかつての仲間を、彼らが人間だった頃のまま『完全な形』で取り返したいと願うのであれば、道は一つだけある。その手にある槍で彼らを突き、完全に消滅させればいい。そうすれば、解放された心と肉体が形成され、人として復活するだろう」

 

 ゼムナスの口から紡がれる、あまりにも非情で甘く残酷な言葉。

 それを聞いた瞬間、フィンの端整な顔が、制御しきれない憤怒によって激しく歪んだ。

 

「ふざけるなァッ!」

 

 フィンの怒りに満ちた絶叫が、夜の静寂を切り裂いた。

 倒れて意識のないかつての仲間を、自らの手で殺せと唆す悪魔の誘い。フィンは全身から凄まじい怒りを爆発させ、今にも眼前の男を貫かんと力を練り上げる。

 だが、ゼムナスはその激昂すらも掌の上の出来事と言わんばかりに、口元に微かな笑みを浮かべた。

 

「安心したまえ。彼らの内に眠っていた心が完全に目覚めれば、人であった頃の心と、ノーバディとして新たに育まれた心……その二つの心によほどの差異がない限り、やがて二つの心は一つへと統合される。君たちは唯、彼らが戻って来るのを、気長に待てば良い」

 

 ゼムナスは預言者のように静かにそう告げると、背後に闇の回廊が開く。

 

「また会おう、勇者よ」

 

 言い残し、ゼムナスの姿は闇の回廊へと吸い込まれるように消え去った。

 静寂が戻った中庭で、フィンはしばらくの間、ゼムナスが消えた空間を油断なく睨みつけていた。やがて、これ以上の脅威はないと判断し、深く息を吐き出すと手にした槍を光の粒子へと変えて消散させる。

 彼はゆっくりと、倒れているノアールたちの元へと歩み寄った。

 雪の上に横たわる彼らの傍らに膝をつき、その首筋にそっと手を当てる。そこには確かな脈動と、微かな寝息のようなものが彼の指先に伝わってきた。

 彼らは生きている。その事実を確かに確認し、フィンは安堵に目を伏せた。

 そして、懐からモバイルポータルを取り出すと、ロキへと事の次第を連絡するのだった。

 

 

 

 

 アムリタ・エクリプスは、四方から迫るベル達に向けて狂乱の咆哮を上げる。

 地鳴りが響き、雪を割って無数の氷柱と鋭い大樹の根が槍衾のように突き出される。先ほどの猛吹雪の余波で空気中の水分すらも凍りつく中、全方位から迫り来る死の波濤。その中で真っ先にアサシンとサムライが動いた。

 アサシンが影のように雪原へ沈み込み、地中を這う太い根の軌道を内側から次々と爆破していく。連続した地中での爆発が地盤を崩し、根を張って固定されていたアムリタ・エクリプスの巨体が大きくぐらついた。

 そこへサムライが、目にも留まらぬ抜刀術で宙を舞う。

 硬質な金属音が連続して鳴り響き、ベルたちを串刺しにしようとした巨大な氷柱が、瞬きする間に細切れの氷屑となって虚空に散る。サムライから放たれる斬撃は真空の刃となり、吹き荒れる吹雪ごと空間を両断してみせた。

 

「今です、ベル様!ディラクス様!」

「分かってる!いくよ、ベル!」

「はいッ!」

 

 リリルカの叫びに呼応し、ディラクスとベルが左右に展開する。

 リリルカ自身も小柄な体を活かし、サムライが切り開いた道を弾丸のように駆け抜けた。彼女は自身の背丈よりも長い小槍を巧みに操り、巨体を支える根の関節部や、装甲の薄い部分へと的確な刺突を叩き込んでいく。決して致命傷にはならずとも、その執拗な痛撃は確実に巨大な眼球の意識を散らしていた。

 アムリタ・エクリプスが苛立ちと共に巨大な眼球を動かし、リリルカへ向けて絶対零度の吹雪を吐き出そうとする。

 

「させんない!」

 

 だが、その死角から跳躍したディラクスが、星の意匠を施されたキーブレードを天へと掲げた。

 彼女の鍵剣の先端から、青白く輝く無数の光弾が流星雨のように撃ち出され、アムリタ・エクリプスの眼球を覆おうとしていた分厚い氷の防壁を容赦なく打ち砕き、強烈な爆発を引き起こした。

 苦悶の絶叫を上げるハートレス。だが、彼らの怒涛の連携はまだ始まったばかりだ。

 ディラクスの魔法によって氷の防御を剥がされた巨体へ向け、地中から飛び出したアサシンが両腕の刃を独楽のように回転させながら突撃する。装甲の薄い根元部分をズタズタに引き裂き、アムリタ・エクリプスの姿勢をさらに低く崩させた。

 すかさずサムライが踏み込み、十文字の鋭い剣閃を巨大な眼球の真下に刻み込む。

 

「てやぁあッ!」

 

 リリルカの槍が、サムライの付けた傷をさらに深く抉る。

 アムリタ・エクリプスが迎撃のために振り上げた太い触手を、今度はディラクスが空中でキーブレードを振るって力強く弾き返した。

 息をつく暇も与えない、まさに怒涛の連続攻撃。

 巨大な怪物に魔力を練る暇すら与えず、アサシン、サムライ、リリルカ、そしてディラクスの四人による波状攻撃が、完全に戦場の主導権を握っていた。

 ベルはキーブレードを握り締めながら、頼もしい仲間たちの背中に感嘆を覚えていた。

 サムライとアサシンは言葉を発しないが、ディラクスとリリルカの動きに完璧に合わせ、敵の死角を徹底的に突き続けている。ディラクスの放つ光の魔法が目眩ましとなり、その隙にリリルカが急所を狙う。全員の動きが、まるで一つの生き物みたいに連動していた。

 だが、感心している場合ではない。彼らが繋いでくれたこの完璧な好機を、無駄にするわけにはいかないのだ。

 アムリタ・エクリプスは幾重ものダメージを受け、青い体液を撒き散らしながらも、最後の悪あがきとばかりに、残存するすべての魔力を眼球の中心へと収束させ始めた。

 周囲の空気が急速に凍りつき、空間そのものが白く染まっていく。

 このままでは、再びあの猛吹雪が、いや、それ以上の凍結がベルたちを呑み込んでしまう。

 

「はぁあッ!」

 

 ベルは雪を蹴り立て、アムリタ・エクリプスの巨体から伸びる、もっとも太い触手の上へと跳び乗った。

 凍てつく触手の表面を、炎の魔法を薄く纏わせた足でスケートのように滑り駆け上がる。迫り来る無数の細い茨や氷の矢を、彼はキーブレードで鮮やかに弾き落とし、あるいはすれ違いざまに焼き斬りながら、アムリタ・エクリプスへと真っ直ぐに肉薄していく。

 アムリタ・エクリプスの眼球が赤く充血し、ベルを射抜こうと極太の氷の光線を放ってきた。

 空中に飛び出していた彼には、避ける場所がない。

 

「ベル、こっち!」

 

 その絶体絶命の瞬間、ディラクスがベルの下方からキーブレードを振り抜き、光の魔法で出来た輝く足場を虚空に生み出した。

 ベルは迷わずその光の足場を思い切り蹴りつけ、迫る氷の光線を間一髪で躱しながら、アムリタ・エクリプスの遥か上空へと跳躍すると、ベルの右手にあるキーブレードが、ベルの意思に呼応するように熱く脈動を始める。

 

「これで……終わりだァァァッ!」

 

 ベルは空中で身体を捻り、キーブレードの剣身に極限まで高めた紅蓮の炎を纏わせた。

 炎と雷と光が融合し、夜の闇を真昼のように照らし出す、天を衝くほどの巨大な刃へと変貌する。

 重力と遠心力、そして仲間たちが繋いでくれたありったけの想いを乗せた必殺の斬撃。

 流星のような速度で急降下したベルの刃が、アムリタ・エクリプスの巨大な眼球の中心へと深々と、柄の根元まで突き刺さった。

 大気を震わせる断末魔の叫びと共に、アムリタ・エクリプスの巨体に幾筋もの致命的な亀裂が走る。

 ベルのキーブレードから溢れ出した力が、アムリタ・エクリプスの内部から爆発的に噴出した。

 ガラスの砕けるような甲高い音と共に、周囲を覆っていた氷の世界が粉々に砕け散り、巨大なハートレスの体もまた、黒い霧と無数の光の粒子となって虚空へと溶けていった。

 激闘を終え、ベルは雪の溶けた地面へと力なく着地すると、空からはアムリタ・エクリプスの消滅を告げるように、暖かな光の粒子が雪のように舞い散っている。

 

「ベル様ッ!」

 

 着地したベルの元へ、リリルカが悲鳴のような声を上げて駆け寄る。

 サムライとアサシンは、役目を終えたかのように労うように静かに一礼し、闇の中へと消えていった。

 リリルカが必死にベルを抱え起こそうとしていると、星の意匠を持つキーブレードを肩に担いだディラクスが歩み寄り、優しくベルの背中を支えて起き上がらせた。

 

「いい一撃だったよ、ベル」

「ディラクスさんたちのおかげです……。あの光の足場がなかったら、届きませんでしたし…」

 

 ベルが荒い息を吐きながら素直に感謝を告げると、ディラクスは得意げに鼻を鳴らした。

 その愛らしい笑顔を見た瞬間、ベルの胸の奥に、言葉にできない不思議な温かさが広がっていく。

 初めて会ったはずなのに。彼女の戦う背中や、不敵に笑う横顔が、どうしようもなく頼もしく、そして酷く懐かしく感じられたのだ。

 まるで、ずっと昔から知っている親しい誰かのように。

 

「おーい!ベルーッ!」

 

 そんな心地よい余韻を破るように、遠くから元気な声が響いてきた。

 ベルたちが声のした方へ振り向くと、こちらに向かって大きく手を振りながら駆けてくるソラの姿が見えた。

 覆っていた暗雲が晴れ、元凶が打ち倒されたことを知らせるかのように、空には柔らかな月明かりが差し込んでいる。

 ベルはディラクスとリリルカに支えられながらゆっくりと立ち上がると、安堵の笑みを浮かべてソラの方へと手を振り返した。

 

「ソラ!」

 

 駆け寄ってくるソラの姿に、ベルは弾かれたように顔を上げ、ぱぁっと表情を輝かせた。

 

「へへっ、やったんだなベル!」

「うんっ、皆のおかげだよ!」

 

 激闘の疲労など吹き飛んだかのように、ベルは力強く頷く。その傍らでは、安堵のあまり膝から崩れ落ちそうになったリリルカを、ディラクスがふわりと優しく支えていた。

 ソラは満面の笑みを浮かべてベルの肩をバシッと叩くと、巨大な鍵剣を肩に担いだ水色の髪の少女へと向き直る。ソラの丸く大きな瞳は、彼女の手に握られた星の意匠のキーブレードに強い驚きと興味の光を宿していた。

 

「俺はソラ!ベルを助けてくれてありがとな!それにしても、君もキーブレードを使えるんだね」

「私はディラクス。よろしくね、ソラ。……ふふっ、あなたのことはマスターから色々聞いてるよ。思っていたよりずっと元気そうだね」

「マスターって?」

「ゼムナスのことだよ」

「えっ、ゼムナス!?」

 

 キョトンと首を傾げるソラをよそに、ディラクスは意味深な笑みを浮かべ、ベルとリリルカの方へ向かってパチンと小さくウインクを飛ばす。

 初対面とは思えないほど見事に息の合った彼らは、底抜けに明るい笑い声を響かせた。過酷な死闘が繰り広げられた血みどろの戦場に、ほんの一瞬だけ、奇跡のような温かい平穏が舞い降りた――かに見えた。

 だが。

 その和やかな空気を絶対零度にまで凍結させるように、鋭く、そして重々しい足音が雪を踏みしめて近づいてくる。

 遅れて中庭へと駆けつけてきた、ガネーシャ・ファミリアの団長――シャクティ・ヴァルマであった。

 彼女の全身には、直前まで繰り広げられていた壮絶な死闘の痕跡が色濃く、生々しく刻まれている。肩で息をし、強固な防具には無数の傷が走り、それでもなお都市の治安を守る長としての気丈さを保って中庭へと足を踏み入れた彼女は、まずベルたちの無事を確認して、張り詰めていた安堵の息を吐きかけ……。

 その直後。雷に打たれたように、彼女の全身が完全に硬直した。

 視線の先。

 そこにいるのは、見間違えるはずもない。淡い水色の髪を短く切り揃え、愛らしい顔立ちをした少女。

 シャクティの思考は、その瞬間、純白に染め上げられた。

 直前まで彼女は、ヴィヤーサ・コンパイラという悪夢そのものと死闘を繰り広げていたのだ。愛する妹であるアーディ・ヴァルマの心を闇に沈め、その尊厳を徹底的に踏みにじり、死してなお怪物として使役し続けるという、許しがたい醜悪な存在。

 その戦いの中で、シャクティはどれほどの怒りと絶望、そして己の無力さに対する耐え難い悲しみを噛み締めてきたか。あの子を救えなかったという痛切な悔恨の念が、胸の奥底で消えない業火となって燻り続けていた。ようやく、本当にようやく、その呪縛から妹の心を解放できたと思った矢先だったのだ。

 それなのに。今、目の前に立っているあの少女はなんだ。

 

(幻影……いや、闇の策略だ。まさか、解放されたあの子の心を、再び歪めてあんな形にしたというのか……!)

 

 即座に、シャクティの冷徹な理性が最大級の警鐘を鳴らすと同時に、闇に対する爆発的な怒りが沸き上がった。

 闇の勢力は、人の心を弄ぶことに長けている。元凶が倒された今、次なる手として、自分たちを精神のどん底まで追い詰め、致命的な動揺を誘うためにアーディの姿を模した卑劣な罠を仕掛けてきたに違いない。

 シャクティは悲痛に顔を歪め、ギリッと血が滲むほど強く歯を食いしばると、手にしたキーブレード『アイボリー・オーダー』を構え直した。そして、明確な殺意すら孕んだ鋭い切っ先を、ディラクスへと真っ直ぐに突きつける。

 

「えっ!?シャクティ、なにをしてるんだ!」

 

 突然の凶行に、事態が飲み込めないソラが驚愕の声を上げる。ベルとリリルカもまた、命の恩人に刃を向けるシャクティの行動に息を呑んで硬直した。

 だが、武器を突きつけられた当のディラクスは、一切の怯む素振りを見せない。それどころか、穏やかな、慈愛に満ちた足取りでシャクティへと歩み寄り始めたのだ。

 

「動くな……ッ!それ以上、近づくな!」

 

 シャクティは声を震わせながら、厳烈な警告を発する。

 しかしディラクスは、その悲痛な言葉をどこ吹く風と聞き流し、シャクティの眼前まで迫ると、突きつけられたキーブレードの切っ先を、自らの素手で躊躇いなく掴み取った。そして、そのまま冷たい刃を自身の細い首筋へと宛がう。

 

「今ここで私を倒したら、アーディ・ヴァルマは帰ってくるかもしれないよ」

 

 ディラクスの口から紡がれたのは、悪魔のような、あまりにも残酷な誘惑であった。

 それは、シャクティの心の最も脆い部分を的確にえぐる一言だった。アーディが帰ってくる。その可能性が万に一つでもあるならば、どんな代償を払ってでも縋りつきたい。だが、目の前の少女を殺してそれを得るというのか。

 その言葉を聞いた瞬間、シャクティのアイボリー・オーダーを握る手が、ガタガタと制御不能なまでに激しく震え始める。

 そこへ、騒ぎを聞きつけたイルタたちガネーシャ・ファミリアの団員も中庭へと集まってきた。

 

「あ、姉者……?」

 

 かつての副団長であり、愛すべき妹分の姿をした存在に刃を向けるシャクティを見て、イルタが血の気を失いながら声を震わせる。他の団員たちも、信じられないものを見るように立ち尽くした。

 だが、誰よりも劇的な反応を示したのは、近くに駆けつけていたリュー・リオンであった。

 常に冷静沈着な彼女の顔から一切の感情が抜け落ち、愛用の木刀が力なく手から滑り落ちて雪の上に転がる。

 アーディ・ヴァルマ。それは、リューにとって誰よりも大切で、誰よりも眩しかった無二の親友。正義の在り方を語り合い、共に迷宮都市の未来を夢見た、永遠に喪われたはずの光だ。

 

(そんな、馬鹿な……彼女は、確かに……!)

 

 呼吸が浅くなり、視界が激しく揺らぐ。絶対にあり得ない。死んだはずの親友が、あの日と全く同じ笑顔で、あの日と同じように立っている。幻覚か、それとも悪辣な罠か。共に笑い合った日々が走馬灯のように脳裏を駆け巡る。

 

「アーディ……本当に、アーディ、なのですか……?」

 

 耐えきれずに零れ落ちたリューの声は、迷子になった子供のように頼りなく震え、その翠緑の瞳からはらはらと大粒の涙がこぼれ落ちる。幻影に縋りつきたくなる己の弱さを呪いながらも、彼女の足は無意識に少女の方へと一歩踏み出していた。

 親友の姿に魂を揺さぶられるリューと、困惑の極みにあるイルタたち。周囲が固唾を呑んで見守る中、シャクティの胸中では、嵐のような凄まじい葛藤が渦巻いていた。

 都市の治安を守るガネーシャ・ファミリアの団長としての責務。それは、迷宮都市に害を成す不確定な危険要素を即座に排除することだ。相手がどれほど愛する妹の姿をしていようと、それが闇の尖兵である可能性がある以上、感情に流されて剣を引くことは許されない。

 私は恐れているのだ、とシャクティは自身の感情を客観的に、そして冷徹に分析する。目の前の甘い幻想に溺れ、判断を誤ることを。これは自分を狂わせるための悪辣な罠だと、理性が絶叫し続けている。

 だが。

 

(違う……これは、あのハートレスのような虚ろな怪物とは違う……!)

 

 シャクティの直感が、理性の悲鳴を力強く否定していた。

 死して形を変え果てていたあの巨大なハートレスから発せられていたのは、ただただ冷たく、重く、吐き気を催すような濃密な死と絶望のオーラだけだった。

 しかし、目の前に立つ『ディラクス』と名乗る少女からは、確かな体温が感じられる。彼女の肌からは命の熱気が発せられ、その瞳には強い意志の光が宿り、魂の息吹とも呼べる生きた魔力の脈動がしっかりと認識できるのだ。首筋に当てられたキーブレードを通じて、少女のトクトクという確かな鼓動すら伝わってくる。

 これは決して、幻影などではない。虚ろな闇の操り人形でもない。

 確かに、そこに『在る』のだ。

 

(もし、この刃を振り下ろせば……私は、二度に……)

 

 団長としての冷徹な判断を下そうとする自分と、たった一人の姉として妹を失いたくないと願う自分が、シャクティの魂を引き裂かんばかりにせめぎ合う。

 アーディ・ヴァルマは死んだ。それは覆しようのない凄惨な事実だ。

 目の前の少女が、真の意味でアーディではないことは分かっている。それでも、あの子と同じ顔、同じ声、同じ温もりを持つ存在を、自分の手で殺すことなど、どうしてできようか。あの子を失ったあの日の地獄を、自らの手でもう一度繰り返せと言うのか。

 もしこれが闇の仕掛けた最悪の罠であり、この判断が引き金となって自分が破滅するのだとしても、それでも構わない。

 シャクティは、深く、深く息を吐き出した。

 張り詰めていた糸がプツリと切れるように、彼女の中で一つの決断が下される。

 シャクティはゆっくりと腕を下ろし、『アイボリー・オーダー』を光の粒子に変えて、夜空へと消失させた。

 

「消さないの?」

 

 ディラクスが、不思議そうに小首を傾げて言い切るより早く。

 シャクティは一歩踏み込み、少女の華奢な体を、自身の両腕で力強く抱きしめていた。

 もう二度と触れることはできないと、永遠に失われてしまったと諦めていた妹の温かい体。そして、間違いなくそこに存在している、アーディの懐かしい匂いと、耳元で聞こえる確かな息遣い。

 それらすべてが、シャクティの心を覆っていた分厚い氷を瞬時に溶かしていく。

 シャクティは何も答えなかった。

 気の利いた言葉など、紡げるはずがなかった。ただ、二度とこの温もりを失うまいと、少女の体をきつく、強く抱きしめることしかできない。

 もはや取り繕うことなどできなかった。妹の面影を持つ少女の小さな肩に顔を埋めながら、都市の憲兵たるガネーシャ・ファミリアの団長は、ただの姉に戻り、ボロボロと大粒の涙を流し続けるのだった。

 

 シャクティが流す万感の涙と、彼女を優しく受け入れるディラクスの姿。

 二人の間に横たわる深く悲しい事情のすべてを理解できずとも、その光景がどれほど尊く、そして痛切な祈りに満ちたものかは、その場にいる誰の目にも明らかだった。

 ソラはまるで自分のことのように嬉しそうに優しく微笑んでいる。ベルもまた、張り詰めていた全身の力を抜き、安堵の息を長く吐き出してホッと胸を撫で下ろした。

 

「アーディ……」

 

 リューも、ポロポロと大粒の涙を流しながら小さく呟いた。親友の面影を持つ少女が、たった一人の姉の腕の中で力強く抱きしめられている。その温かな光景を見て、彼女の横顔には、これまでに見たこともないほど安らかな表情が浮かんでいた。

 周囲を取り囲むイルタたちガネーシャ・ファミリアの団員たちも同様だった。普段は厳格で、決して他人に隙を見せることのない団長が、まるで迷子から見つかった子供のように人前で声を上げて号泣しているのだ。最初こそ驚愕に目を見開いていた彼らだが、アーディの姿をした少女が無事であったことに胸を熱くし、誰一人として不用意な声をかけることなく、ただ静かに、そして温かくその尊い抱擁を見守り続けていた。

 だが、そんな感動的な余韻が夜の中庭を包み込む中、団員の何人かが、ふと我に返ったように周囲に対して首や目線を向け始めた。

 その落ち着かない様子に気づいたソラが、不思議そうに声をかける。

 

「どうしたんだ、モダーカ?」

「いや、自分は……って、そう!モダーカだ!」

 

 突然名前を呼ばれたモダーカは、驚きのあまり変な声を上げた直後、歓喜に満ちた声で叫んだ。普段から周囲に名前を正しく呼ばれることが滅多にない彼にとって、ソラにバッチリ名前を覚えられていたことは余程嬉しかったのだろう。

 しかし、そのはしゃぎぶりは感動的な空気をぶち壊すには十分だった。

 

「うるさいぞ、モナーカ」

「モダーカですッ!」

 

 すかさずイルタから飛んできた容赦のない間違った呼びかけに、モダーカが涙目で即座に名前の訂正を入れる。

 そんな光景に、ソラは苦笑しながら再び問いかけた。

 

「それで、みんどうして周囲を目を回しているんだ?」

「いや、さっきイルタさんに一掃されたやつみたいに、モンスターから人に戻っているはずなのに、どこにも見当たらなくて……」

「みんな、戻ってすぐさま逃げたんじゃないか?」

 

 モダーカの疑問にソラが楽観的な言葉を返すが、それを聞いたベルがハッとして周囲を見回した。

 

「そういえば、あのハートレスを倒したときにザニスさんの姿が全然見えないですね」

「それはね――」

 

 ベルの言葉にディラクスが答えようと口を開いた、まさにその時である。

 

「ハートレスが心を奪う時に肉体を消滅させちまうからさ。だから、解放されても戻ってくるのは魂だけってわけだ」

 

 遠くから響き渡ったその不吉な種明かしに、周囲にいた全員が一斉に声のした方向へと弾かれたように振り向く。

 そこには、薄闇の中で不敵な笑みを浮かべる一人の男が立っていた。

 その顔を見た瞬間、涙を拭っていたリューの表情が驚愕に凍りつき、手にした木刀を強く握りしめる。

 

「何故、貴様がここに……エレボス」

 

 リューの震える唇から紡がれたその言葉に、中庭の空気は一瞬にして極寒の緊張感へと引き戻された。

 送還されたはずの邪神エレボス。そのあり得ない登場に、ガネーシャ・ファミリアの面々は驚愕に顔を凍りつかせる。

 シャクティは咄嗟にディラクスを自身の背に庇うように抱きかかえながら、出現させたキーブレードを鋭く構えた。

 だが、庇われたはずのディラクスは、エレボスに対してまるで親しい同僚にでも声をかけるような軽い調子で首を傾げた。

 

「ベルセクス?アンタレスを倒しにいったんじゃないの?」

「ジルディスが消滅して人間に戻っちまったが、ま、なんとか倒せたぜ」

 

 エレボス――いや、ベルセクスと呼ばれた男は、肩をすくめてあっさりと答える。

 そうして、底知れぬ漆黒の瞳をリューの方へと向けた。

 

「久しぶりだな、リオン。お前の『正義』の答えは、出たか?」

「黙れッ!何故、送還されたはずの貴様がここにいる!答えろ、エレボス!」

 

 リューが激昂し、殺意に満ちた声で叫ぶ。

 しかし、ベルセクスはどこか自嘲気味な笑みを浮かべた。

 

「あー、送還されかけたんだけどね。ちょっと色々あってさ。気づけば『ノーバディ』として生まれ変わってたってわけだ。すげーだろ?」

「ノーバディ……?」

 

 未知の単語にガネーシャ・ファミリアの面々が疑問符を浮かべる中、シャクティがキーブレードの切っ先をベルセクスの喉元へと真っ直ぐに向けた。

 

「これまでの騒動は貴様が元凶か?アーディに何をしたッ!」

「いやいや、逆だ逆。俺はもう下界をどうこうする気なんてねーよ」

「なぁ、ベルセクスっ」

 

 シャクティが油断なくキーブレードを向ける中、ソラが切羽詰まった声で割って入った。

 

「肉体が消滅って、それじゃハートレスから戻った奴らはどうなるんだよ!?」

「魂だけになった連中は、どういうわけかダンジョンの奥底へ引き寄せられていく。そしてダンジョンの中に入った魂は、また闇に堕ちてハートレスに逆戻りさ」

「そんな……それじゃ、僕たちがしてきたことは……」

 

 ベルセクスの残酷な答えに、ベルが終わらぬイタチごっこを想像し、悲痛な顔を浮かべて俯く。

 

「まぁ安心しろよ、ベル。助ける手段ならあるぜ」

 

 ベルセクスは絶望する少年に向けて、落ち着いた声で告げた。

 

「魂だけになった連中をハートレスに逆戻りさせない方法は二つ。一つは魂を心ごと保管しておくこと。そしてもう一つは――」

 

 ベルセクスが言葉を続けようとしたまさにその時、彼の横の空間がぐにゃりと歪み、漆黒の闇の回廊が開いた。

 

「おーい、ベルセクス。レプリカの数はこれぐらいでいいかよー?」

 

 ひどく間延びした、緊張感の欠片もない声。その声と共に漆黒の回廊から姿を現したのは、十数個の白い人形を乗せた重そうな荷台を引くデミックスだった。

 

「お前は確か……デミックスだっけ!?」

 

 かつて干戈を交えた敵の姿に、ソラが目を見開いて指を差す。だが、青年は全く悪びれる様子もなく、人懐っこい笑顔でヒラヒラと手を振り返した。

 

「久しぶりだなロク……じゃなかった、ソラ!いやー、まさかこんなところでお前に会えるなんてなー!」

「お前、人間に戻ったんじゃなかったのか!?なんでここにいるんだよ!」

「いやぁ、実は俺、補欠としてまた機関に戻ってたんだよ。でさぁ、ゼアノートが倒されてからヴィクセ……じゃなかった、エヴェンやリク達に頼まれてお前の痕跡を探してたら、気づいたらこの物騒な世界に囚われちゃってさぁ。あっちこっち歩かされるし、怖いモンスターはいっぱいいるしで、もうめっちゃくちゃ大変だったんだぜ?」

「お前、リク達と知り合っていたのか!?それにエヴェンって?」

 

 親友であるリクや、かつての敵であったヴィクセンの人間としての名前が飛び出し、ソラが信じられないといった様子で声を上げる。

 だが、久しぶりの再会にすっかり花を咲かせようとしている二人を、ベルセクスが酷く冷ややかな声で遮った。

 

「おいおい、デミックス。久しぶりの再会で盛り上がるのもいいが、さっさと仕事してくれないか?」

「あぁ、ごめんごめんベルセクス」

 

 デミックスは軽い調子で謝ると、どこからともなく愛用のシタールを取り出し、ジャカジャン!と軽快な音色を鳴らした。

 途端に、シタールから魔法の水が美しい曲線を描いて舞い上がる。水の触手は荷台に乗っていたレプリカたちを優しく包み込むと、中庭の石畳の上へと次々と綺麗に並べていった。

 並べられたそれは、のっぺらぼうのように顔のパーツがなく、関節だけが辛うじて人間の形を保っている、不気味な白亜の人形たちだった。

 

「一体何を……」

 

 シャクティはディラクスを強く抱きかかえながら、その異様な光景に顔をしかめて呟いた。

 

「さっきの続きだがな。もう一つの方法ってのは、魂に新しい肉体を与えてやることだ。この空の器――『レプリカ』を使ってな」

 

 ベルセクスが事も無げに言ったその言葉に、ガネーシャ・ファミリアの団員やベルたちが息を呑んで驚愕する。魂に肉体を与えるなど、魔法を越えた神の御業に等しい行いなのだから。

 

「ていうかベルセクス、こういうの初めてなのに上手くいくの?」

 

 横でデミックスが不安げに茶々を入れるが、ベルセクスは表情一つ変えずに並べられたレプリカたちへとゆっくり手を翳した。

 

「やることはアルテミスにしたのと同じさ。心の還る場所を、ただ形作ってやるだけのこと」

 

 ベルセクスの手から、星の瞬きにも似た眩い光が溢れ出し、辺り一帯を白く輝かせる。

 その光は幾筋もの帯となって無機質なレプリカたちを包み込んだ。

 ソラたちが思わず腕で目を覆う中、光の中で奇跡が起こる。真っ白だった人形たちの輪郭がブレ始め、そこに血の通った人間の肌の色が差し込んでいく。のっぺらぼうだった顔には目鼻が形作られ、体格もそれぞれの魂に合わせたものへと急速に変化していく。

 それはまさに、無から有を生み出すような生命の錬成だった。

 やがて光が完全に収まってソラたちが目を開けたとき――そこには、先ほどまで並べられていた不気味な人形の姿はなかった。

 代わりに横たわっていたのは、ザニスをはじめとしたソーマ・ファミリアの団員たち。彼らは皆、気を失ってはいるものの、確かに温かな血の通った肉体を持ってそこに存在し、穏やかな寝息を立てていた。

 

「嘘……本当に、人が……」

 

 魔法の域を遥かに超えた奇跡。完全に失われたはずの肉体を取り戻した団員たちを目の当たりにし、ベルたちは言葉を失う。

 そんな下界の者たちの驚愕を意に介することもなく、やるべきことを終えたベルセクスは、ゆっくりとディラクスの方へと向き直った。

 

「さて、帰るぞディラクス。涙の姉妹再会……いや、叔母と姪の感動の対面に水を差して悪いがな。ジノールにザディン、バクサルまで眠っちまって、こっちも人手不足でね」

「分かった」

 

 ベルセクスの言葉に、ディラクスは短く頷くと、瞬時にシャクティの腕の中から消え去り――次に現れたのは、驚くベルの目の前だった。

 

「アーディッ!」

 

 腕の中から消えた温もりにシャクティが悲痛な声で手を伸ばし、イルタが血相を変えて叫ぶ。

 

「待て!姪とはどういうことだ!」

「ディラクスは結構特殊なノーバディでな。本来なら心なんてないはずなんだが、アーディ・ヴァルマの強い心の残滓から生まれたせいか、最初から心を持ってるんだよ。ま、情緒の方はまだ育ち切ってない赤ん坊みたいなところもあるんだがな」

 

 ベルセクスがそう言い残し、背後に開かれた漆黒の闇の回廊へと歩みを進め、姿を消していく。

 一方、ベルの至近距離へと転移したディラクスは、両手の人差し指をベルの顔へとビシッと突きつけると、満面の笑みで言い放ったのだ。

 

「大好きビーム!!!」

 

 ピタッ、と。

 その場にいた全員の思考と動きが完全にフリーズした。

 極度の緊張感をぶち壊すあまりにも唐突な奇行に、誰もが言葉を失う。

 

「じゃあね」

 

 一人だけ満足げなディラクスは、真っ赤になって固まる少年に向けて無邪気に手を振ると、自身の背後に開いた闇の回廊の中へと姿を消した。

 直後、闇の回廊が閉じ、中庭に重苦しい沈黙が降り下りる。

 だが、その沈黙を破ったのは、ゴゴゴゴゴッという幻聴すら聞こえてきそうな、若干の闇がまろび出ているどす黒いオーラを放つシャクティであった。

 彼女は、般若の如き形相でゆっくりとベルを睨みつける。

 

「ベル・クラネル。貴様、あの子に何をした」

「ひっ!?し、知らないですッ!」

 

 理不尽すぎる殺気をぶつけられ、ベルは恐れながらも悲鳴を上げて後ずさった。

 しかし、完全に妹の面影を持つ少女をたぶらかされたと勘違いしたシャクティは、もはや聞く耳を持たなかった。

 

「嘘を言うな!あの子を二度とかどわせぬように、ここで修正してやるッ!」

「いやぁああああッ!」

「ベル様ぁッ!」

 

 猛烈な勢いで襲い掛かるシャクティに、ベルが情けない声を荒げて逃げ惑い、リリルカが絶叫する。

 その大惨事を少し離れた場所から眺めていたイルタが、腕を組みながらソラに真顔で語りかけた。

 

「知っているか、ソラ。今の姉者は神々の間では『シスコン爆発』というものらしいぞ」

「そんなことよりもシャクティを止めないと!」

 

 慌てふためくソラの言葉にハッとした他団員たちも一斉に加わり、狂乱するシャクティを必死に取り押さえようとする。

 中庭は、先ほどの死闘とは全く別の意味でカオスな大乱闘へと発展していった。




・ノアール→ジノール(Xinor)
・ダイン→ザディン(Xadin)
・バーラ→バクサル(Xabal)
・エレボス→ベルセクス(Berusex)
・アーディ→ディラクス(Dirax)

裏設定的なやつ
実はディラクスはイレギュラーレコードのことを夢として見てます。
見ている理由としてはイレギュラーレコードでベルが色々とやったりアーディにキーブレードが継承されたりした結果、本来ならベルが関与せずにアーディが亡くなった世界にもバグとして影響された感じです。
とまぁ色々理由を考えてみましたが一番の理由はキングダムハーツ系は全部出したいなダンメモとかダンクロの要素とか色々出したいなとかそんな理由です。
余談ですがノアール達が機関入りした理由はXIII機関を考えているときに5枠余ってどうしようかなって考えてアストレアレコードを読んだりダンメモのイベントストーリーを見て思いつきました。
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