キングダムハーツ オラリオ ミィス   作:小説好きー

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小説だとゼムナスの特徴的なしゃべり方ができないのが少しもどかしいです


第52話 決別の神酒と、目覚める力

「俺の神酒(ソーマ)が……」

 

 激しい戦闘の余波によって滅茶苦茶に破壊され、無惨な瓦礫の山と化した酒造室の前でソーマは呆然と立ち尽くしていた。

 

「……ソーマ様」

 

 土煙が漂う中、リリルカが歩み寄ってくる。彼女の背負い袋からは、ずっしりと重い金属音が響いていた。瓦礫を力強く踏み越え、彼の足元へと辿り着いた彼女は、ミスリルが詰まったその袋をドンッと差し出す。

 

「このミスリルで、屋敷の復旧には足りるはずです。ですがその前に……リリはこのファミリアを抜けさせていただきます」

 

 真っ直ぐにソーマの瞳を見据え、リリルカは力強く脱退の要求を突きつけた。

 ソーマは何も答えず、黙ってリリルカの小さな姿を深く見つめる。やがて彼はゆっくりと身を屈めると、ひび割れた石の床にこぼれ、水溜りとなっていた残りの神酒(ソーマ)を近くのカップへと掬い上げた。

 

「……これを飲め。お前の覚悟を、俺に見せてみろ」

 

 自らの血肉とも言える酒を差し出し、ソーマは彼女に迫った。

 リリルカの体が、過去の凄惨なトラウマによってガタガタと震え出す。だが、仲間を救い、この場所での悪しき因縁を完全に断ち切るために、彼女は意を決してソーマからカップを受け取り、一息に神酒(ソーマ)を飲み干した。

 

「……ッ!」

 

 飲んだ瞬間。果てしない多幸感と絶頂感が、巨大なハンマーのようにリリルカの脳髄を激しく打ち据えた。

 一瞬にして視界が白濁し、論理も理性も、ドロドロの甘い泥に溶かされていく。

 現実のあらゆる苦痛、絶望、自己嫌悪。泥水を啜り、他者を騙して生きてきた惨めで価値のない自分。それら全ての痛みを無かったことにしてくれる、究極の逃避。

 『もう頑張らなくていい』『全てを忘れて、この甘い夢に溺れてしまえ』。

 神の血肉たる液体が、極上の蜜となってリリルカの弱い心に甘く、ひたすらに甘く囁きかける。耐えきれず、彼女の膝がガクンと折れ、力なく石畳に崩れ落ちた。

 どうせ誰も信じてくれない。どうせまた裏切られる。生きることは痛みに耐えることだ。だったら、この永遠の快楽に身を委ね、ただ酒を乞うだけの醜い獣に成り下がってしまった方が、どれほど楽だろうか。

 爆発的な渇望が理性を焼き尽くし、彼女の手が、空になったカップを握りしめたまま、もっと酒を求めて彼の足元へ這いつくばろうとした――その、直前。

 

(……ダメ)

 

 暗闇の底へと沈みゆく彼女の意識を、二つの眩い光が強く、強く引き留めた。

 泥まみれの自分に、真っ直ぐに手を差し伸べてくれた白髪の少年の、痛いほどのお人好しな笑顔。

 別世界から現れ、不可能を打ち破って希望を見せてくれた茶髪の少年の、太陽のような明るい笑み。

 彼らの不器用で、けれど底抜けに温かな存在が、リリルカの心の最深部で鮮烈な光となってフラッシュバックする。

 神の酒が魅せる偽りの幸福なんかじゃない。傷つき、泥に塗れ、それでも彼らと共に笑い合いながら歩む現実の苦難こそが、リリルカにとって何よりも代えがたい『本当の光』なのだ。

 

(負け、ない……!リリは、もう……絶対に、逃げないッ!)

 

 二人の少年の温もりに強引に自我を呼び起こされたリリルカは、血が滲むほど強く唇を噛み締める。

 甘い毒に侵された神経に鞭を打ち、全身を内側から食い破ろうとする強烈な狂気と誘惑を、魂の底から振り絞った意志の力だけでねじ伏せていく。

 よろめきながらも、震える足でしっかりと石畳を踏みしめて立ち上がる。そして、絶対に負けないという強靭な意志と共に、血走った瞳で真っ直ぐにソーマを睨み据えた。

 

「リリをソーマファミリアから脱退っ──させてください!!」

 

 血を吐くような、けれど決して折れることのない悲痛で力強い叫び。

 恩恵(ステイタス)の昇華すら経ていない脆弱な少女が、強靭な心のみで、神の創り出した魔力に完全に打ち勝った瞬間であった。

 自らの神酒(ソーマ)の誘惑を完全に自力ではねのけた下界の子供を初めて目の当たりにし、ソーマは激しく驚愕する。

 彼はリリルカの内に秘められた圧倒的な強さを確かに認め、静かに、そして優しく彼女の背中に手を当てて恩恵(ステイタス)を解除した。

 

「ソーマ様、今までありがとうございました。さようなら」

 

 リリルカが深々と一礼し、感謝と永遠の別れを告げて去っていく。

 その小さな背中が完全に見えなくなった後。

 

「……俺は、あんな強い子に恩恵(ステイタス)を与えていたのか」

 

 静かなソーマの呟きに応える者は、もう誰もいない。

 彼はただ、取り返しのつかない喪失感を抱きながら、崩れた酒造室の中で孤独に立ち尽くすしかなかった。

 

「ソーマ様」

「……どうした、忘れ物か?」

 

 深い余韻と孤独に浸りながら立ち尽くしていると、背後から声をかけられる。ソーマが振り返ると、そこには先ほど感動的な別れを告げたばかりのリリルカが、何事もなかったかのように立っていた。

 

「すみません、ソーマ様。あれを止めるのを手伝ってもらえないでしょうか」

 

 リリルカが指差した方向を見た瞬間、神の感傷は文字通り粉々に粉砕された。

 そこには、巨大なシャクティ像が、猛烈な勢いでベルを踏み潰そうとしている、この世の終わりみたいなカオスな光景が広がっていた。

 ベルはシャクティ像に踏み潰されたとしても死ぬことはないだろうが、それでも物理的に踏み潰されれば地面に深く突き刺さってしまう。土壇場の危機を回避するためか、彼は以前ソラから教わっていた、キーブレードを空中に浮かせて高速回転させる防御術で、巨大な足の裏の踏み付けをギリギリで受け止めていた。

 

「頑張れベル!もっと回転上げるんだ!」

「うあああああッ!」

 

 隣ではソラも全く同じようにキーブレードを回転させて防御壁を張りながら、ベルを大声で応援している。ベルも必死の形相でそれにつられ、キーブレードの回転速度を極限まで上げていた。

 暴れ狂うシャクティ像の巨大な肩の上には、イルタの姿があった。

 

「落ち着け姉者!まずは話を聞いてからでも遅くない!」

 

 イルタが必死に叫んで像の動きを止めようとするが、シスコンをこじらせた石像は止まらない。そのすぐ近くでは、リューが「アーディが……アーディが……」と完全にうわ言を繰り返し、呆然と魂を抜けさせていた。

 足元では、他のガネーシャ・ファミリアの団員たちもシャクティ像を止めようと必死にしがみついているが、イルタと同じく説得を試みる者や、純粋に物理で止めようとする者まで千差万別で、統制の欠片もない。

 

「……俺に、死んで来いと言っているのか?」

「大丈夫です!リリが守りますから!」

 

 圧倒的な質量と狂気で暴れ回る巨像を見て、ソーマが乾いた声で呟くと、リリルカは苦笑いしながら力強く返した。

 結局その後は、騒動に駆けつけてきたガネーシャと共に、ソーマも巻き込まれる形で事態の収拾に奔走することになるのだった。

 

 

 

 

 黄昏の館、ロキの執務室。そこにはフィンとリヴェリアの二人しかおらず、部屋には重苦しい沈黙が流れていた。二人の思考は、先ほど起きたばかりの不可解な出来事で埋め尽くされている。なぜ、あれほどの冒険者が、そしてかつて死んだはずの者たちが、いまこのオラリオにいるのか。その疑問は、どれほど知を重ねても答えが見つからなかった。

 そこへ扉が勢いよく開き、ロキが軽快な足取りで入ってくる。その顔には、先ほどまでの緊迫感が嘘のような、どこか苛立ちを隠せない表情が浮かんでいた。

 

「よお、戻ったで!」

 

 ロキはそう言うと、不機嫌そうに眉をひそめ、苛立つように吐き捨てる。

 

「試しに恩恵(ファルナ)を刻んでみたんやが、いくら神血(イコル)を流し込んでも全くの反応はない。 あんなこと、今まで一度もなかったんやで?」

 

 その言葉に、リヴェリアの瞳が大きく見開かれる。彼女の胸中で、雷鳴にも似た戦慄が走った。

 アルフィアことザリファは、戦闘の中で極めて整然と魔法を使用していた。恩恵(ファルナ)がないのなら、一体どのような理屈で魔法を行使していたのか。リヴェリアは必死に思考を巡らせる。

 

恩恵(ファルナ)を持たぬ者が恩恵(ファルナ) に刻まれた魔法を…。ノーバディという種族ゆえか、あるいは外の世界の知識によるものか……」

 

 リヴェリアは指先で顎をなぞり、絞り出すように呟く。恩恵なき者が、魔法という神の領域を操る。その事実に、彼女の背筋に冷たいものが走った。

 そんなリヴェリアの深刻な様子をよそに、ロキがフィンへと顔を向ける。

 

「で、どないするんやフィン?」

「今回のソーマ・ファミリアのことか?」

「いんや、ソーマのはガネーシャやギルドに任せるしかないやろ。精々オラリオの追放か送還になるやろうな。あぁもう、神酒(ソーマ)が飲めないと考えると歯がゆいわ!しゃぁけど、ソーマがちゃんと眷属を管理できないのが悪いんやし」

 

 悪態をつき、ロキはふと我に返って頭を掻きながらセルフツッコミを入れた。

 

「ってちゃうわ、うちはそんな話をしたいわけじゃないねん」

 

 フィンはそれに反応を返さず、リヴェリアと同様に深い思案に集中しており、部屋に数秒の沈黙が訪れる。彼は窓の外を流れる雲を見つめながら、この街を飲み込もうとする闇の正体を追い求めていた。やがてロキは「ごほん」とわざとらしく咳払いをして気を取り直させた。

 

「本題に入るで。明日の遠征のことや」

「予定通りソラも連れて明日に行くさ」

「ほんまに行くんか。うちは嫌やで。遠征で死んだうちの可愛い眷属()がハートレスになるのなんて……もうちょい準備してからでも……」

 

 普段のロキからは考えられないほど不安げな表情に、フィンは優しく、しかし毅然とした態度で告げる。彼の胸中にあるのは、団長として揺るがない決意だった。

 

「それでも行かなくてはいけない。セブンハーツであるレフィーヤを強くするのはもちろんだが、それと並行して鍵穴の探索だ。到達階層を伸ばすことは、オラリオの、ひいては世界のためになるからこそ。大丈夫だロキ。僕たちは、絶対に誰も心は奪わせはしない」

 

 フィンが強く宣言したその時、コンコンと控えめなノックの音と共に扉が開いた。

 そこに立っていたのは、ラウルやアナキティ達であった。彼らの表情には隠しきれない動揺と恐怖が滲んでいる。ラウルは部屋の中を見て、震える声で尋ねた。

 

「団長……どうして、ノアールさん達が……」

 

 フィンはラウルたちに温かい目を向け、中へ招き入れて座るように促した。そして、静かに語り始める。ハートレスのこと、ノーバディのこと、そしてこのオラリオにかつての仲間や冒険者をハートレスに変えている存在がいるという事実を。もちろん、外の世界のことはすべて伏せた上で。

 事実を聞いた二人は、やり場のない悲しみと悔しさから、膝の上で拳を白くなるほど強く握りしめた。

 その悲痛な沈黙を破るように、突然、本拠(ホーム)全体が地鳴りを上げて激しく揺れ始めた。

 

「なによ!?」

「まさか、ハートレス!?」

 

 アナキティの叫びに呼応し、二人は立ち上がると同時に武器を手元に呼び出した。緊張が走る中、一旦思案を停止したリヴェリアが冷静に状況を判断する。

 

「気にするな。ベートとガレスが手合わせをしているだけだ」

 

 しかし、フィンは首を振り、微かな苦笑を浮かべた。彼が感じるのは、ただの訓練ではない、どす黒い殺気のような荒々しい気配だった。

 

「いや、この感じは手合わせに見えないんだけど」

「大方、あのハートレスとの戦いで何かを見せられたのと、ザリファから邪魔だと一括されて吹き飛ばされたのが原因であろうな」

 

 リヴェリアの呆れたような分析の通り、中庭から響く地響きは、ただの訓練では済まない大荒れの雰囲気を纏っていたのであった。

 

 

 

 

 リリルカ・アーデの意識は、底知れぬ暗い虚空へと沈み込んでいた。

 光も音も存在しない絶対の無。しかし、彼女の足元にのみ、極彩色の曼荼羅のごとき特異な光景が広がっている。それは、彼女の精神構造そのものを具現化した巨大なステンドグラスの床であった。基調となるのは、彼女の忌まわしい過去を象徴する泥土のような茶色と、陽の差さない深き森を思わせる暗緑色。だが、中心部へと視線を移すにつれ、色彩は一変する。冷たい闇を払拭するように、圧倒的な熱量を感じさせる純白と暖かなオレンジの光が、緻密なグラデーションを描いて輝いていた。

 その中央の円環には、安らかな表情で眠るリリルカ自身の姿が象られている。背には、かつての呪縛であり現在の誇りでもある巨大なリュックが重厚な影を落とし、胸元には短剣とクロスボウが、まるで己の半身であるかのように大切に抱き抱えられていた。

 頭上を取り囲む複数の小窓に描かれているのは、彼女の自我を構成する絶対的な支柱たち。ベル、ソラ、そしてエレキユニコーン。ガラスの外周部では、かつて彼女の精神を縛り付けていた神酒(ソーマ)の滴と泥まみれの金貨が、呪いの鎖となって絡みついている。しかし、その鎖は中心から燃え広がるヘスティア・ファミリアの聖なる炉の炎と、ベルの魔法が放つ純白の業火によって悉く焼き切られていた。

 自己の心象風景が極めて論理的な意匠として組み上げられている事実に呆然としていると、不意に、空間のどこからともなく重低音の響きが耳膜を打った。

 

「力はお前の中で眠っている。形を与えれば……それはお前の力となる」

 

 声の波紋に呼応するように、ガラスの床面から三つの石柱が重厚な駆動音を響かせてせり上がってくる。それぞれの柱の頂点で眩い光球が弾け、空間を色鮮やかに照らし出しながら三つのアイテムを物質化させた。

 一つ目は、巨大なリュックと鋭利な穂先を持つ槍。二つ目は、泥に塗れながらも妖しい黄金の反射光を放つ金貨の山。三つ目は、表情という最大の情報を隠蔽するための、無機質な灰かぶりの仮面。

 

「よく選べ」

 

 突如として現れた影の言葉に、リリルカは戸惑いの瞬きを繰り返した。

 あまりにも非現実的な現象の連続。だが、リリルカの冷静な思考回路は、この選択が今後の己の在り方を決定づける不可逆の儀式であることを即座に弾き出していた。

 短い逡巡の後、彼女は二つ目の柱――金貨の山へと静かに歩み寄る。

 

「狡猾に生き延びる力。他人を欺き、一人で泥臭く生き抜く力。これが望む力か?」

 

 無機質な声の問いかけに対し、リリルカの口角が自嘲気味に僅かに上がる。

 他人を騙し、利用し、奪い取る。それはかつて彼女が、この苛烈なオラリオの最底辺で生存確率を上げるために採用し続けた、最も合理的で最も惨めな戦術だった。誰も信じなければ、裏切られることによる精神的ダメージをゼロに抑えられる。そうやって心をすり減らすことで、彼女は物理的な死から逃れてきたのだ。

 しかし、その生存戦略がもたらす結末が完全な破綻であることを、彼女は既に知っている。

 

「……こんなものは、もういりません」

 

 彼女は迷いなく金貨から視線を切り、隣の柱へと歩を進めた。そこに浮かぶのは、己を別の何かに偽装する灰かぶりの仮面。

 

「自分を偽り、現実から別の何かに逃げる力。これが望む力か?」

 

 変身魔法という、彼女の最大の生存能力のメタファーでもあるその仮面を、リリルカは冷ややかな目で分析するように見つめた。

 かつての彼女であれば、生存の最適解として迷わずこれを手にしていただろう。醜く、力弱く、誰からも顧みられない自分という存在のベクトルを捻じ曲げ、別の何かに偽装することで得られる一時的な安寧。

 だが、今のリリルカにとって、それは根本的な解決には至らない一時凌ぎの遅滞戦術に過ぎない。偽りの姿で逃避し続けた先に、彼女が真に求める『帰るべき場所』は絶対に存在しないのだ。これまでの幾多の死線と、そこから救い出してくれた者たちの存在が、そのロジックを彼女の心に深く刻み込んでいる。

 リリルカは仮面からきっぱりと手を離し、最後の柱へと向かった。そして、己の体積に迫るほどの巨大なリュックと槍を、震えのない確かな両手で掴み取る。

 

「すべてを背負い、誰かのために尽くす力。これが望む力か?」

 

 ズシリと腕にのしかかる物理的な質量。その重みを感じながら、リリルカは深く頷いた。

 かつて彼女が忌み嫌い、底辺の象徴として呪ったサポーターの重荷。だが、今の彼女にとってこの重量は、仲間たちの命と未来を支えるための必要不可欠な質量である。戦況を把握し、物資を管理し、前衛の死角を補う。このリュックと槍こそが、彼女が戦場で仲間を守り抜くための最強の戦術兵器なのだ。

 

「……これが、リリの選ぶ道です」

 

 決意を乗せた言霊が空間に響くと同時、手にしたリュックと槍が眩い閃光となって彼女の内に溶け込んでいった。

 

「お前の道は決まった。では、何を差し出す?」

 

 影の無慈悲な宣告に、リリルカの目が僅かに見開かれる。

 等価交換の理。新たな力を定着させるためには、古い力というリソースを破棄しなければならない。彼女の論理的な思考は瞬時にその法則を理解した。

 彼女は残された二つの柱を冷静に見比べ、一切の未練を見せることなく、仮面の置かれた柱へと歩み寄った。

 

「自分を偽る力。この力を差し出すか?」

 

 リリルカが力強く頷く。次の瞬間、ガラスが砕け散るような甲高い破砕音が鳴り響き、灰かぶりの仮面は粉々になって虚空へと消え去った。

 

「お前は共に戦い、尽くす力を選んだ。自分を偽る力を差し出した。これが、お前の選ぶ姿か?」

 

 リリルカが最後にもう一度深く頷いたその瞬間。網膜を焼き切るほどの凄まじい純白の光が、彼女の視界を完全に制圧した。

 光の奔流が収まり、ゆっくりと視覚情報が回復していく。そこは先ほどの無機質な虚空ではなかった。壁面には苔が這い、湿った冷気が肌を刺す薄暗い路地裏。かつて彼女がオラリオの暗闇で、泥水をすするように這いつくばって生きていた頃の絶望の情景が、極めて高い解像度で再現されていた。

 そのじめじめとした暗闇の最奥から、先ほどと同じ重圧を伴う声が、直接脳髄を揺さぶるように問いかけてくる。

 

「お前が最も恐れるものはなんだ?」

 

 心臓を鷲掴みにされるような威圧感。リリルカは静かに目を閉じ、小さく息を吐き出して精神を安定させる。

 かつての彼女であれば、即座に裏切りや孤独と答えていただろう。それは他者への恐怖であり、自己防衛の本能に直結する感情だ。しかし、泥沼の底から引き上げられ、眩い光の温かさを知った現在の彼女の価値観は、既に根底から書き換えられている。

 

「……無力であることです」

 

 リリルカは瞳を開き、かつての自分が怯えていた暗闇を真っ直ぐに睨み据え、淀みない声で断言した。

 

「大好きな人たちが傷ついているのに、何もできないこと。足手まといになって、あの人たちの隣を歩けなくなること。それが、リリの最も恐れることです」

 

 自己の保身ではなく、他者への貢献ができなくなることへの恐怖。それが彼女の強さの根源であると証明された瞬間、周囲の空間がガラスのようにひび割れ、路地裏の景色が瞬時に崩壊した。

 再構築された情景は、先ほどの陰惨な空間とは対極にあるものだった。視界を埋め尽くすのは、穏やかな日差しが降り注ぐ広々とした中庭。そこは、彼女が己のすべてを懸けて守りたいと願う本当の家族――ヘスティア・ファミリアの暖かな本拠地であった。

 争いの音も、血の匂いもしない。ただ平穏な陽だまりだけが存在するその中庭に、今度は包み込むような柔らかさを持った声が響き渡る。

 

「お前が最も求めるものはなんだ?」

 

 その問いに対する答えに、推敲の余地など欠片もなかった。リリルカは、己の魂の奥底から湧き上がる純粋な渇望を、真っ直ぐに言語化する。

 

「……あの人の、隣を歩く資格です」

 

 帰るべき場所は既に手に入れた。生存のための莫大な富も、もう必要ない。

 彼女が求めるのは、あの日、暗黒の底にいた自分に迷いなく手を差し伸べてくれた、あの優しく力強い背中を追いかけるための脚力。いつかその肩を並べ、共に死線を越えていけるだけの絶対的な実力。

 

「リリは……強くなりたい。あの人が振り返った時、胸を張って一番近くに立てるように……!」

 

 脆弱な少女の口から発せられた、誰よりも強靭な決意の咆哮。

 その確固たる意志に応えるように、中庭を満たしていた温かな日差しが、爆発的な輝きを放つ槍へと変貌した。

 闇を駆逐し、あらゆる不純物を焼き尽くす圧倒的な槍の光が、虚空の空間ごと彼女を優しく包み込んでいく。

 極彩色と漆黒が入り混じっていた心象世界の中で、リリルカ・アーデは一切の迷いを捨て去った澄んだ瞳のまま、己の真なる力の覚醒を静かに、そして誇り高く受け入れるのだった。

 

 

 白に包まれた意識が、ゆっくりと現実に浮上していく。

 ソラからヘスティア・ファミリアへの入団祝いとして手渡された魔導書(グリモア)。それを読んだ直後、強烈な眠気に包まれて精神世界へと引き込まれていたリリルカは、パチリと重い瞼を開いた。

 

「リリ」

「……ベル、様?」

 

 覚醒した彼女の耳に最初に届いたのは、何よりも安心できる少年の優しい声だった。

 リリルカが呟きながらゆっくりと身を起こし、周囲を見渡す。そこは先ほどまでの重厚で神秘的な精神世界とは打って変わって、見慣れた古びた部屋であった。しかし、目に飛び込んできた光景は日常のそれではない。

 壁には『ようこそヘスティア・ファミリアへ!』と手作り感満載の横断幕が掲げられ、中央の机には所狭しと豪勢な料理の数々が並べられている。

 

「目覚めたんだな、リリ!」

「主役のお目覚めだね!」

 

 部屋の奥から飛び出してきたのは、頭に色鮮やかな三角のパーティーグッズを被り、両手にクラッカーを構えたソラとヘスティアであった。

 先ほどまでの自らの心と向き合う壮絶なシリアス空間から一転、あまりにもアットホームでコミカルな大歓迎っぷりに、リリルカは目を丸くして固まってしまう。

 

「それじゃあ、早速改宗(コンバージョン)を済ませようか。宴の主役が別のファミリアのままじゃ格好がつかないからね」

「はいっ!」

 

 ヘスティアの柔らかな提案に、リリルカは弾かれたように満面の笑みを浮かべ、元気よく返事をした。

 二人は準備を整えるため別室へと移動する。

 ベッドにうつ伏せになったリリルカの背に、ヘスティアが自らの指先から神血(イコル)をひと雫、静かに垂らした。

 神の血が下界の者の肌に触れた瞬間、淡い光が背中全体を包み込む。それは既存の恩恵の鍵を上書きし、魂の接続先を新たな主神へと書き換える神聖な儀式。これまで彼女の背に刻まれていたソーマ・ファミリアの紋章が光に溶けて消え去り、代わりに純白の光を放ちながら新たな『神の恩恵(ファルナ)』が顕現する。

 ヘスティアの象徴である『聖火を灯す祭壇』。その証が確かな熱を持って刻まれたことで、リリルカは晴れて正式なヘスティア・ファミリアの一員となったのだ。

 

「よし、無事に書き換え完了だよ。それじゃあついでに、【ステイタス】の更新もやっちゃうね」

 

 ヘスティアはそのまま神聖文字(ヒエログリフ)の解読と更新作業へと移行する。

 これまでリリルカが戦場を駆け回り、傷つきながらも蓄積してきた膨大な経験値(エクセリア)。ソーマ・ファミリアに所属していた間、ろくに更新されることもなく魂の底で泥のように停滞し続けていたその経験の結晶を、ヘスティアの滑らかな指先が次々と掘り出し、背中のキャンバスへと鮮やかに表出させていく。

 魔導書(グリモア)によって引き出された新たな魔法の獲得、そしてそれに伴うステイタスの変動。リリルカの体に秘められた確かな成長の軌跡を読み取りながら、ヘスティアはふと手を止め、振り返ってなんてことのない日常会話のような軽いトーンで口を開いた。

 

「あ、ランクアップできるけどどうする?」

「……へぇっ?」

 

 神の口から放たれた、冒険者にとって天地がひっくり返るほどの超特大の爆弾発言。

 あまりにも唐突で気の抜けたその報告に、リリルカの口からは完全に思考が停止した、間抜けなカエルのような声が漏れるのだった。

 

 

リリルカ・アーデ

Lv.1

力:B710

耐久:B750

器用:A860

敏捷:A820

魔力:D510

 

《魔法》

【シンダー・エラ】

・変身魔法。

・変身像は詠唱時のイメージ依存。具体性欠如の際は失敗。

・模倣推奨。

・詠唱式【貴方の刻印は私のもの。私の刻印は私のもの】

・解呪式【響く十二時のお告げ】

 

影の騎士団(ナイツ・オブ・フィオナ)

・召喚および憑依魔法。

・影の騎士の召喚、使役。

・憑依による全能力の向上。

・憑依時、一時的な戦闘技術の獲得。

・能力補正と召喚上限、可能憑依はLvに依存。

・現在憑依可能影

:フィアナ

・発動中、精神力(マインド)を継続消費。

・詠唱式【我が契り(ゲッシュ)を此処に。集え、英傑達よ───地に伏せし栄光、語られざる(きず)。光の裏に落ちた者達よ、今こそ暗がりより立ち上がれ。名もなき防人(さきもり)よ。栄光は要らず、我が求めるは並び立つ牙。報われぬ(むくろ)は、すでに幾星霜の土とともに。響かぬ足音、届かぬ武勲(あしあと)。なれど騎士達の影は、確かなる光の隣に。───すなわち決意、小人(われら)が意地。───すなわち双翼、小人(われら)伴走者(となりにたつもの)亡霊(いちぞく)よ、集え。この小さな(うつわ)のもとに。同胞よ、宿れ。眩き(かれら)と、共に並び歩むために、今ここに、軍勢(きしだん)を】

 

《スキル》

【縁下力持】

・一定以上の装備過重時における能力補正。

・能力補正は重量に比例。

 




感想の返しで英雄願望さんの登場は後々とか書きましたけどごめんなさい撤回させてください。
英雄願望さんには後々にリリの新しい魔法と一緒に検証するという形で出します。
後、ベルにトリニティリミットを入れ忘れました
もっとも次回からはロキファミリアの遠征編なのでベル君たちの出番が後になります。
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ドラクエ3で勇者一行の一員だった女賢者さんが、大魔王ゾーマを倒した後に遊び人になって、お酒を飲んでいたらダンまち世界に転移してきた話。


総合評価:4505/評価:7.94/連載:53話/更新日時:2026年06月26日(金) 19:10 小説情報

ダンジョンに炎柱がいるのは間違っているだろうか(作者:kursk)(原作:ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか)

アストレア・レコードは、リューの成長のために必要とはいえ、あまりにも救いがない。とはいえ、最強オリ主を入れるのは何かが違う。正義の刀といえば、誰かほかにいないだろうか。そういえば、鬼滅の刃も正義が巡るという点では同じではないだろうか――。▼そんな思いつきでクロスさせてみました。▼※【要注意】ここに出てくる杏寿郎とアストレアは作者の妄想です。色々と解釈違いもあ…


総合評価:3434/評価:8.86/連載:20話/更新日時:2026年03月23日(月) 23:30 小説情報


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