キングダムハーツ オラリオ ミィス   作:小説好きー

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前回の話でリリの魔法の箇所で指摘があったので選択に正と負の面を両立した感じに直したんですけどやっぱりリリのが迷いを考えるのは難しいです


第53話 シンデレラとエイナへの報告

 リリルカ・アーデは自身の背中から写し取られたばかりの神聖文字の羅列が刻まれた羊皮紙を、信じられないといった様子で見つめていた。

 先ほどの改宗(コンバージョン)の折、これまでに蓄積していた経験値(エクセリア)が解放された結果、彼女は見事ランクアップの絶対基準を満たしていたのだ。迷宮都市において、Lv.2に到達することは上級の冒険者の仲間入りを意味する。過酷な支援者稼業の末に掴み取った『Lv.2』という確かな文字に、リリルカの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。

 

「おめでとうリリ君!」

「よかったなぁ、リリ!俺もすぐに追いつくからな!」

「うわぁっ!?ソ、ソラ様!?急に背後から覗き込まないでください!」

 

 ヘスティアの祝福の声に続いて、背後からひょっこりと顔を出したソラに驚き、リリルカは慌てて羊皮紙を胸元に抱え込んだ。ソラにとっては、このオラリオという世界における冒険者の強さの証明であるステイタス用紙を直に見るのはこれが初めてのことだった。

 興奮冷めやらぬ様子で目を輝かせるソラに対し、リリルカは観念したようにため息を吐き、再び羊皮紙を机の上に広げた。すると、ソラと一緒に背後から覗き込んでいたベルが、羊皮紙の一点を見つめて弾かれたように声を上げた。

 

「すごい……すごいよリリ!ステイタスも上がってるけど、この新しいスキル!【小人騎士の誉れ(フィアナ・ナイツ)】って書いてある!」

「……リリが、フィアナですか?」

「うんっ!まるでリリ自身が伝説の騎士になったみたいで、すっごくかっこいいよ!!」

 

 英雄譚が大好きなベルは目をキラキラと輝かせ、身振り手振りを交えながら猛烈な勢いでリリルカを褒めちぎった。憧れの眼差しで大興奮するベルの迫力に、リリルカは少しだけ身を引きながらも、彼から向けられる純粋な賞賛の言葉に照れくさそうに頬を掻いた。

 

「そ、そうですか?ベル様がそこまで言うなら、悪い気はしませんけど……」

「英雄の力かぁ、かっこいいな!……ん?こっちの魔法の欄には『シンダー・エラ』って書いてあるぞ?」

 

 ベルの熱弁が一段落したところで、魔法欄に記された文字を読み上げたソラの言葉に、ヘスティアとベルが顔を見合わせて首を傾げる。

 その直後、ソラはポンッと手を打って満面の笑みを浮かべた。

 

「そうだ!シンデレラだ!ほら、前にベルに話したことあっただろ?セブンプリンセスの一人の!」

「ああっ!あのガラスの靴のお姫様のことか!」

「確かに似ているけどこじつけが過ぎるんじゃないかな?」

「でも、魔法の詠唱とかに書いてあるのを見ると関係性はあるんじゃないですか神様?」

 

 三人の間で交わされる未知の単語に、リリルカは一人だけ話についていけず、眉間を寄せて首をひねる。

 そんな彼女の様子に気づいたソラが、悪戯っぽく笑いかけてきた。

 

「ははっ、奇遇だな!もしかしてリリも、プリンセスだったりしてな!」

「……リリにはソラ様が言っていることの全く意味が分かりません。そもそも、そのシンデレラというのどなたなのですか?」

「そうだな、せっかくだし前にフェアリーゴッドマザーから聞いた話をするよ」

 

 呆れ顔で問いかけてきたリリルカに対し、ソラは少し姿勢を正すと、かつて旅の途中で出会った魔法使い、フェアリーゴッドマザーから聞かされた美しい童話を、丁寧に語り始めた。

 ソラが語る『シンデレラ』の物語は、このオラリオの血生臭い現実とはかけ離れた、夢と希望に溢れるおとぎ話であった。

 幼くして両親と死別した美しい少女が、冷酷な継母や義理の姉たちから酷い虐待を受け、ボロボロの灰まみれになりながら使用人としてこき使われる日々。しかし、彼女はどれほど辛い境遇にあっても決して希望と優しい心を失わず、やがて魔法使いの奇跡によって美しいドレスとガラスの靴を与えられ、お城の舞踏会へ向かう。そこで運命の王子様と出会い、魔法が解ける十二時の鐘の音と共に走り去るが、残された片方のガラスの靴を頼りに王子様が彼女を見つけ出し、幸福を手に入れるという、王道にして至高のハッピーエンド。

 

「――とまあ、こういうお話なんだ。フェアリーゴッドマザーが言うには、どんなに辛くても信じ続ける心が奇跡を呼んだんだって」

「ありきたりな童話だけど……。そんな童話みたいな話が本当にあるんだね」

 

 ソラが誇らしげに語り終えると、ヘスティアがうっとりとした表情で感嘆の息を漏らした。

 だが、その輪の中でただ一人、リリルカだけは言葉を発することなく、深く沈黙し、自身の膝の上で小さな拳をギュッと握り締めていた。

 

(……同じだ)

 

 彼女の胸中で渦巻いていたのは、感動でも感嘆でもなく、己の凄惨な過去とあまりにも符合しすぎる物語の初期設定に対する、強烈な衝撃と戦慄であった。

 幼くして両親と死別したこと。

 身を寄せることになった場所――かつて所属していたソーマ・ファミリアの団員たち――から、日夜暴力や暴言による虐待を受け続けてきたこと。

 そして、日々の金策のための奴隷や使用人のような扱いを受け、泥と灰に塗れて這いつくばってきた日々。

 境遇の始まりは、まるでソラが語ったシンデレラそのものではないか。

 だが、決定的に異なる点がある。それは、その絶望的な環境下で『彼女自身がどう生きたか』という結果だ。

 シンデレラは、どれほどの苦痛を強いられても決して優しい心を失わず、他者のものを盗むような真似はしなかった。純粋な光の心を保ち続けたからこそ、魔法使いは彼女に奇跡を与えたのだ。

 一方のリリルカはどうだったか。

 彼女は早々に心をすれっからしにし、他者を騙し、利用し、隙あらば冒険者の懐から金品を巻き上げる泥棒へと成り下がった。生きるためにはそうするしかなかったという言い訳はあるにせよ、自らの魂を泥で汚し続けた彼女の元には、かぼちゃの馬車を用意してくれる気の良い魔法使いなど、当然現れるはずもなかったのだ。

 

(リリの人生には魔法使いも、一目で恋に落ちて迎えに来てくれる王子様も現れませんでした……)

 

 もしも自分がもう少しだけ強く、心を綺麗に保てていたなら、あんな風にお城の舞踏会に招かれ、運命の王子様に見初められるような美しい人生があったのだろうか。

 ほんの少しだけ、少女らしい憧憬がリリルカの胸を過る。運命の王子様と出会い、すべての苦痛から解放される人生。それは確かに、悪くない夢だ。

 しかし、リリルカはゆっくりと顔を上げ、目の前で楽しそうに笑い合うベルやソラ、そして誇らしげにふんぞり返るヘスティアの姿を見つめた。

 泥棒に身を落とし、彼らを裏切った自分を許し、迷いなく手を差し伸べてくれた温かな存在。

 魔法使いが与えてくれる一時的な奇跡などなくても、お城の豪華な舞踏会などなくても、この古びた教会の地下室で彼らと共に過ごす今この瞬間に、リリルカは確かな幸福と居場所を見出している。ガラスの靴を頼りに探してもらうのではなく、自分の足で彼らの隣を歩いていくと決めたのだ。

 リリルカは小さなため息と共に過去の感傷を振り払い、いつもの皮肉めいた笑みを浮かべて口を開こうとした。

 

「まあ、リリには王子様はいなかったけどさ……」

 

 リリルカが口を開くより一瞬早く、ソラが何かを思案するように顎に手を当てて呟いた。

 そして、その大きな瞳に悪戯っぽい光を瞬かせ、ニヤリと笑って隣の白髪の少年の肩をバシッと叩いた。

 

「よく考えたら、悪い冒険者からリリを見つけたり、ハートレスから何度もリリを救ってるベルが、リリにとっての王子様なんじゃないか?」

「は、はぁああああっ!?」

「ええええっ!?ぼ、僕が王子様ぁ!?」

 

 ソラのあまりにも無自覚かつ破壊力抜群な指摘に、リリルカは顔面から火が出るほどの勢いで真っ赤になり、奇声を上げて飛び上がった。名指しされたベルもまた、パニックに陥って両手をバタバタと振り回し、顔をゆでダコのように赤く染めている。

 

「ちょっ、ソラ君!何を適当なことを言っているんだ君は!た、ただの偶然に決まっているだろう!ベル君は困っている人を放っておけないだけのお人好しであって、決してリリ君の王子様というわけではないんだよ!」

 

 二人の慌てふためく様子を見て、誰よりも早く猛烈な抗議の声を上げたのはヘスティアだった。

 彼女はバンッと机を両手で叩き、ソラに詰め寄るように身を乗り出している。その必死すぎる形相の裏には、『ベルと見つめ合って恋に落ちるシンデレラ的シチュエーション』という、乙女として羨ましすぎる展開への強烈な嫉妬が渦巻いていたのだ。

 

「ヘスティア様……もしかして、自分がシンデレラに共通する部分が一つもないからって、嫉妬しているだけなんじゃないですか?」

「ぐはっ……!?な、何を言うかリリ君!僕はベル君の頼れる主神として、客観的な事実を述べているだけであって、決して嫉妬などという世俗的な感情で動いているわけでは……!」

「図星ですね。目が泳ぎまくっていますよ」

 

 あっさりと己の痛いところを突かれたヘスティアは、滝のような冷や汗を流しながら言葉を詰まらせた。

 このままでは自分の惨めな嫉妬心が完全に暴かれてしまうと危機感を抱いた彼女は、強引に話題のベクトルを捻じ曲げるべく、矛先をソラへと向けた。

 

「そ、そういえばソラ君!君は色々な世界を旅していると言っていたよね!オリンポスもあると言っていたけど、そこにヘスティアという名の美しくて偉大な神はいたかい!?」

 

 話題を逸らすと同時に、外の世界における自己の神格の偉大さをアピールし、主神としての威厳を取り戻そうという魂胆である。

 突然話を振られたソラは、少しだけ記憶を巡らせるように首をひねった。

 

「うーん……ゼウスやアポロ、アテナ、ヘルメスならオリンポス・コロシアムで名前を聞いたことがあるけど……ヘスティアには会ったことがないなぁ。そういう名前の神様も、オレは知らないや」

「…………うそぉ」

「ふふん、所詮はその程度の知名度ということですね。ドンマイです、ヘスティア様」

 

 全く悪気のない、純度百パーセントの正直なソラの回答が、ヘスティアの心に致命的なトドメを刺した。

 膝から崩れ落ち、机の上に突っ伏して真っ白に燃え尽きるヘスティア。その頭上で、リリルカが勝ち誇ったように腕を組んで冷ややかな笑みを浮かべている。

 ほんの軽いからかいのつもりで放った冗談が、なぜか主神のプライドを粉微塵に粉砕する謎の修羅場を生み出してしまった事実に、ソラは一人だけ頬を引き攣らせて冷や汗を拭うしかなかった。

 

「あ、あはは……えっと、そうだ!リリの変身魔法、『シンダー・エラ』ってどんな魔法なんだ?やっぱりシンデレラみたいに綺麗なドレス姿になれたりするのか!?」

 

 この混沌とした地獄のような空気をどうにか収拾するため、ベルが慌てて話題をリリルカの魔法の性能へと振り向けた。

 頼れる主の必死のフォローに呼応し、リリルカもまた得意げな表情を作ってコホンと咳払いをする。

 

「リリの『シンダー・エラ』は、衣装だけを変えるようなちゃちな魔法ではありませんよ。自分と同程度の体格であり、かつ頭の中に明確なイメージさえ構築できれば、誰にでも、どんな姿にでも変身できる万能の魔法です!」

「へえ!じゃあ、オレの仲間の姿にもなれるのかな!ちょっと待ってて……」

 

 リリルカのドヤ顔での説明に目を輝かせたソラは、自身のポケットからモバイルポータルを取り出し、素早く画面を操作した。

 そして、「リリと体格が近くて、特徴的でイメージしやすい奴といえばこいつだな!」と自信満々に言い放ち、一枚の写真をリリルカの目の前に突きつけた。

 

「……は?あ、アヒルですか!?」

 

 モバイルポータルの画面に映し出されていたのは、青いセーラー服と帽子を身に纏い、黄色い嘴を突き出してポーズを決める、完全なるアヒルの姿であった。

 到底二足歩行で服を着ているとは思えない生物の姿に、リリルカは目を剥いて驚愕し、ソラの正常な感覚を本気で疑うような視線を向けた。

 その反応を見て、ソラは「あ、しまった」というように後頭部を掻いた。

 そういえば、以前ベルやヘスティアにドナルドやグーフィーの写真を見せた時も、彼らは同じように困惑し、奇妙な生き物を見るような反応を示していたのだ。異世界の住人である自分にとってはごく自然に受け入れられているドナルドの姿が、このオラリオという世界においてはかなり異常で非日常的な存在なのだということを、ソラはここに来て改めて学習することになった。

 

「いや、ただのアヒルじゃなくて、オレの大事な友達のドナルドっていう立派な王宮魔導士なんだ!ねぇ、お願いだリリ。一回でいいからこのドナルドの姿に変身してみてくれないか!?」

「ええええ……嫌ですよ、そんな珍妙な姿になるなんて……」

「なぁ頼むよリリ!どうしても見てみたいんだ!」

 

 両手を合わせて拝み倒してくるソラの圧に押し負け、リリルカは深く、深くため息を吐いた。

 恩人であるソラの頼みを無下にすることもできず、彼女は渋々ながら、己の人生で間違いなく一番奇妙な変身になるであろうことを覚悟し、不満げに口を尖らせながら詠唱を紡ぎ始めた。

 

「……仕方ありませんね。今回だけですよ。【貴方の刻印(きず)は私のもの。私の刻印(きず)は私のもの】」

 

 詠唱の完了と共に、リリルカの身体を灰色の煙のような魔力が包み込む。

 煙が晴れると、そこには先ほどまでモバイルポータルの画面に映っていた青い服を着たアヒル――ドナルドと瓜二つの姿へと完全に変化したリリルカが立っていた。

 

「わぁあ! 本当にドナルドそっくりだ!!」

「うわぁ……まんまアヒルだよこれ。街を歩いていたら絶対モンスターと間違えられちゃうよ……」

「改めて見るとリリの魔法はすごいね。でも、なんだか見てはいけないものを見ているような気分になるのはなんでだろう……」

 

 目の前に現れた完璧なドナルドの姿に、ソラは両手を挙げて大興奮の歓声を上げた。一方のベルとヘスティアは、あまりにも現実離れしたアヒルの立ち姿に畏敬の念すら抱き、引いている。

 

こんな姿(グォンナ姿)一刻も早く元に戻りたいですよ(ィッコクモ早く元に戻りたいでしゅよぉ)!」

 

 リリルカが不満を訴えようと口を開いた瞬間、彼女の喉から発せられたのは人間の言葉ではなく、本物のアヒルと違わぬ甲高い「ガーガー」という濁った鳴き声であった。

 極めて真面目に、そして怒りに満ちた様子で文句を言っているにもかかわらず、その姿と声のギャップに、ソラは腹を抱えて必死に笑いを堪えることになった。

 

「ぷくくっ……ごめん、リリ。でもドナルドはすごい魔法使いなんだ!早速、炎の魔法を使ってみてよ!」

「ソラ君!ここは屋内だぞ、教会を燃やす気か!」

「あ、そっか。じゃあ回復魔法!ケアルを使ってみてくれ!」

 

 ヘスティアのまっとうなツッコミを受け、ソラは無茶振りの内容を回復魔法へと変更した。

 しかし、ドナルドの姿をしたリリルカは、アヒルの顔面にありありと冷ややかな無表情を浮かべ、ピシャリと一蹴した。

 

それは、無理です!(シュレワァ、無理でしゅっ!)

「えっ、使えないのか?」

当たり前です!(ァタリ前でしゅ!)リリの変身魔法は、(リリの変身魔法ワァ、)あくまで対象の身体能力(ァクマデ対象の身体能力)や獣人の嗅覚などの感覚を(ヤァ、獣人の嗅覚ナドノ感覚を)得られるだけであって、(ェラレルだけであってェ、)相手の魔法やスキル、ステイタス(ァイテの魔法ヤァ、シュキル、シュテイタス)そのものまでコピー(しゅのものまでコピー)できるわけではありません!(できるワケでワァ、ァリマシェンッ!)そんな都合の良い魔法が(シュンナ都合の良い魔法ガァ、)あるわけないでしょう!(ァルワケないでしょぉうがァ!)

 

 見た目は完全にアヒルでありながら、身振り手振りを交えて理路整然と変身魔法の制約とルールを説教してくる姿は、シュールの一言に尽きた。

 一通りのデモンストレーションと説教を終え、これ以上この珍妙な姿でいることに耐えきれなくなったリリルカは、即座に解呪の詠唱を口にした。

 

「【響く十二時のお告げ】」

 

 再び灰色の煙が彼女を包み込み、次の瞬間には元の小柄なパルゥムの少女の姿へと戻っていた。

 リリルカはドッと疲れたように肩で息をし、呆れ果てた視線をソラへと向ける。

 

「はぁ……ソラ様の仲間は、本当に奇妙な方ばかりですね。アヒルが魔法を使うだなんて。次はなんですか?二足歩行で喋るネズミでもいるって言うんじゃないでしょうね?」

 

 皮肉たっぷりに吐き捨てたリリルカの言葉。それは彼女なりの、非日常に対する最大の冗談であった。

 しかし。

 

「えっ?うん、王様のこと?王様もすごく強くてカッコいいキーブレード使いだよ!」

 

 ソラはごく自然に、一切の疑問を抱く様子もなく、満面の笑みで即答した。

 その瞬間、古びた教会の地下室に、水を打ったような完全なる沈黙が降り下りた。

 二足歩行のネズミが剣を振り回して戦う。

 自身の常識とキャパシティを遥かに超えた異世界の生態系を突きつけられ、リリルカはついに言葉を失い、無言のまま両手で頭を抱えてしゃがみ込んだ。

 その隣で、ヘスティアがすべての理解を放棄したような諦観の表情を浮かべ、「ふふ……もう何も驚かないよ……」と虚空を見つめて呟くのだった。

 

 

 

 

 ギルドの応接室で、エイナは机の上に広げた書類から顔を上げ、宙に投影されている映像へと釘付けになっていた。

 ヘルメス・ファミリアから提供された特製の魔道具(マジックアイテム)。そこから放たれる淡い光が映し出しているのは、担当冒険者であるベル・クラネルがLv.3へ至るための偉業を収めた過去の記録だった。

 舞台はダンジョン第九階層。そこで繰り広げられていたのは、常軌を逸した死闘の全容である。

 すぐ隣の長椅子には、無事に生還して昇格の報告に訪れたベル本人が、どこか申し訳なさそうに身を縮めて座っている。さらにその横には、付き添いとしてやってきたサポーターの少女、リリルカの姿もあった。

 彼らが今、五体満足でここにいるという結果は分かっている。目の前で再生されているのは、既に終わった過去の出来事に過ぎない。それでも、漆黒の靄を纏った異形の怪物――ハートレスのミノタウロスが振るう圧倒的な暴力を前に、エイナの顔面からはみるみると血の気が引いていった。

 

「あ……っ、……!」

 

 映像の中のベルが、濃密な殺意の弾幕から逃れようと必死に後退し、巨大な鍾乳石の柱に退路を阻まれてしまう。直後、どす黒い闇の弾丸が視界を完全に埋め尽くし、大規模な連鎖爆発が巻き起こった。

 間一髪で直撃を避けて生き延びたベルだったが、怪物の丸太のような腕に細い足首を捕まえられると、すさまじい遠心力と共に宙へ投げ飛ばされ、硬い鍾乳石へと豪快に叩きつけられてしまう。

 

「ぁ……、あぁ……っ、いや……っ」

 

 映像の中で血を吐き、立ち上がることすら困難な状態に陥ったベルを見て、エイナは両手で口元を強く覆い、悲痛な悲鳴を漏らした。

 すぐ隣で本人が生きていると頭では理解していても、あまりにも凄惨な記録映像がエイナの感情を激しく揺さぶり、正常な判断力を奪っていく。

 やがて映像の中のベルは、絶望の冷たい水底へ沈み込むように、ゆっくりと瞼を閉じてしまった。

 

「ベル君…………っ」

 

 隣に座る少年の存在を忘れかけるほどに映像へとのめり込み、エイナは祈るように震える声を絞り出す。

 その悲痛な声に呼応したかのように、映像の中のベルは再び目を開き、自らの足で力強く立ち上がった。

 そこからの反撃は、エイナの常識すらも遥かに凌駕していた。

 炎、雷、光の魔法を限界も知らずに矢継ぎ早に放ち、空間転移すら使いこなす異常な怪物に一歩も引かず食らいついていく。そして、極限まで力を収束させたベルの一閃が、怪物の闇の大剣ごと肉体を真っ二つに両断する。

 大爆発が巻き起こり、モンスターが跡形もなく灰となって崩れ落ちたところで、記録映像は静かに再生を終えた。

 

「あッ……!」

 

 張り詰めていた糸が切れ、エイナはついに堪えきれずに大粒の涙をボロボロとこぼした。

 隣に座る少年に向けて、怒ってやりたい言葉は山ほどあった。これほどの無茶をして、易々と命を散らしかけたことへの激しい叱責が、喉の奥まで出かかっていた。

 だが、エイナは溢れる涙を拭うことも忘れ、長椅子で身を縮めている白髪の少年へと真っ直ぐに向き直る。

 

「馬鹿……っ。本当に、無茶ばっかりして……!」

 

 震える声で紡がれたのは、叱責よりも安堵が勝った、切実で不器用な思いだった。

 ランクアップという偉業の裏にあった、あまりにも過酷で絶望的な死闘。それを乗り越えて帰ってきた少年の無事な姿を、エイナは涙ながらに何度も見つめ続けるのだった。

 

「エ、エイナさん……?」

 

 涙を流しながらも、どこか冷徹さを孕み始めたその気配に、ベルが引き攣った声を漏らす。

 エイナはすっと目元を拭うと、さっきまでの涙が嘘のような冷静沈着な表情へと見事に切り替わり、声音のトーンを一段階落として告げた。

 

「とりあえず……ベル君。後でお説教だね」

「エ、エイナさん!?」

 

 あまりの切り替えの早さと、ギルドの窓口担当としての容赦のない眼差しに、ベルは思わず悲鳴を上げる。

 すると、その隣に座っていたリリルカが、待ってましたとばかりに意地悪く口角を上げた。

 

「そうですよ。この機にいーーっぱい怒られてください、ベル様。リリからも便乗してお願いします」

「リ、リリまで……!」

「だってそうでしょう?今回の記録映像を見て、ベル君が私の言いつけを、ち~っとも守ってくれる気がないってことがよーく分かったもの」

 

 眼鏡の奥からジト目で見つめてくるエイナの言葉に、ベルは完全に蛇に睨まれた蛙のように硬直した。

『冒険者は無茶をしてはいけない』。その彼女の鉄則を、これ以上ないほど派手に破り散らした動かぬ証拠が、先ほどの映像として克明に残されているのだ。

 ベルは小さく身を縮め、消え入りそうな声で平謝りするしかなかった。

 

「ごめんなさい……」

 

 そんなベルの情けない姿を視界の端に収めながら、エイナは内心で激しい頭痛を覚えていた。

 およそ一週間弱という、前代未聞の超高速でのランクアップ。ギルドに提出するための偉業の証明に関しては、先ほどの魔道具(マジックアイテム)の記録映像のおかげで文句なしの十分すぎるクオリティが担保されている。

 だが、問題はその過程だ。一体どうやってあの短期間で、ランクアップの条件を満たすほどの莫大なステータスを稼ぎ出したというのだろうか。

 

(ああ、もう……!ヘルメス・ファミリアのおかげで、情報の伝達速度や正確さは格段に上がって仕事が楽になるはずだったのに!ベル君がそれ以上の規格外な問題を持ち込んでくるせいで、大変じゃないの……!)

 

 心の内でそんな悪態を吐きつつも、エイナはふと、記録映像の最後の方にあった不可解な場面を思い出す。

 彼女は小さく息を吐き、少しだけ表情を和らげて問いかけた。

 

「そういえば、ベル君。ソラ君のことなんだけど……」

「はい?」

「さっきの映像だと、最後の方に変な黒い手に攫われたところしか映っていなかったでしょう?ベル君からソラ君は無事って事前に言われてはいたけれど、やっぱりあんな不気味なものを見せられたら心配なの。せめて、無事な顔だけでもこの目で見て安心したいんだけど……」

 

 ギルド職員として、そしてソラの友人としての純粋な心配を口にしたエイナ。

 だが、ベルはあどけない表情のまま、あっさりと首を横に振ったのだ。

 

「あ、ソラなら今は、ロキ・ファミリアの遠征に同行してますよ」

「…………は?」

 

 一瞬、耳に届いた言葉の意味が理解できなかった。

 オラリオの二大巨頭が一角であるロキ・ファミリア。彼らが総力を挙げて挑む過酷な深層遠征。そこにソラが、当たり前のように同行しているというのか。

 あまりにも自分の理解の範疇を超越した事態の連続に、エイナはただただ、声もなく絶句するしかなかった。

 だが、その硬直は数秒と保たなかった。絶句の直後、彼女の中で限界まで圧縮されていた感情が、大噴火を起こす。

 

「……ソラ君ッ!!」

 

 バンッ、と机を激しく叩き、エイナは怒り心頭とばかりに勢いよく立ち上がった。

 彼女はギルドの応対室から飛び出そうとドアノブに手をかけたが、そこでピタリと足を止め、ギギギ……と首だけを背後へ向けた。その眼鏡の奥の瞳には、一切の光が宿っていない。

 

「ベ・ル・君?」

「ひぃっ、は、はいぃっ!?」

「今すぐ、ソラ君のモバイルポータルの番号を教えなさい。一桁たりとも間違えずに、今すぐに、ね」

 

 背後に般若の幻影が見えそうなほどの恐ろしい気迫に圧され、ベルは半泣きになりながら慌ててソラの連絡先を白状した。

 番号を記したメモをひったくるように受け取ると、エイナは「ベル君のお説教は後回し!」と言い残し、応対室の扉を勢いよく開け放った。

 向かう先は、ギルド内に新設されたばかりの『電話室』。

 命知らずなソラに話をすべく、エイナはヒールの音を高く鳴らしながら、一直線にギルドの廊下を突き進んでいくのだった。




ディズニーのヘラクレスに出ているヘスティアはアニメ、ヘラクレスにある夫婦喧嘩を見るといいです。それ以外にも北欧の神々の戦争にロキとか出てきます。ダンまちの神々とヘラクレスに出てくる神々が出会ったらどんな感じになるかな?
字数と章分けの関係で遠征は次回になります
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