そのうち
強烈な紫黒の閃光が吹き荒れ、やがてゆっくりと収束していく。光が完全に晴れた跡には、先ほどまでそこにいたはずのアイズと、彼女を止めようと手を伸ばしたリヴェリアの二人の姿が忽然と消え失せていた。
「二人に何をしたデミックス!」
フィンの激しい怒号が響き渡ると同時、ロキ・ファミリアの全員が一斉に手にした武器の切っ先をデミックスへと突きつける。だが、無数の凶刃に囲まれてもなお、当のデミックスはへらへらと笑いながら両手を軽く上げて降参のポーズをとった。
「そう、殺気を立てないでよ。二人は今、ヴィクセンの影と戦っているんだけだから大丈夫だって、負けたからって死ぬわけじゃないんだし」
緊迫するフィンたちを、デミックスはどこ吹く風といった様子で軽く窘める。
「何故、そう言い切れる」
フィンが槍の穂先をわずかに近づけ、氷のような声で問い詰めた。するとデミックスは首をすくめながら、あっけらかんとした口調で答える。
「前にジノールたちがセフィロスっていう奴の影と戦って負けたんだけど、ちゃんと無事に帰ってきたんだ。それに相手はヴィクセンだし大丈夫でしょ」
仲間が消えたという異常事態にもかかわらず、どこまでも気楽で緊張感のないデミックスの態度に、フィンをはじめとするロキ・ファミリアの面々はさらに戸惑いと警戒を深めるのだった。
・
視界を真っ白に染め上げた強烈な光が完全に収束し、アイズとリヴェリアの二人が静かに目を開けると、そこは先ほどまで空間とは、まるで別の世界の景色が広がっていた。
見上げれば、赤黒く淀んだ不気味な黄昏の空がどこまでも続いている。太陽は沈みかけているのか、あるいは永遠にこの状態を保っているのか、時間の感覚すら麻痺させるような異様な空模様だった。そして、その不気味な空の下、鬱蒼とした深い森の奥にひっそりと佇むのは、かつての住人に忘れ去られたのであろう古びた巨大な屋敷の前であった。
周囲には長年手入れされずに伸び放題となった濃緑の木々が立ち並び、外界からの視線を完全に遮るように広大な敷地を囲い込んでいる。足元の石畳はところどころ無惨にひび割れ、隙間からは名も知らぬ雑草が顔を出していた。敷地と森を隔てる赤茶色の煉瓦壁は、途方もない年月を感じさせるようにどす黒く変色し、一部は崩れ落ちている。
そびえ立つ重厚な洋館には、高く鋭い複数の尖塔が夕闇の空を突き刺すように伸びている。中央の塔にはめ込まれた大きな時計は、その役目を放棄したかのように完全に針を止めたまま沈黙を守り、その下にあるくすんだステンドグラスが、黄昏の夕日を受けて不気味な光を鈍く反射していた。生命の息吹が全く感じられない、死と忘却を体現したかのような空間である。
「ここは……どこ?」
アイズが不思議そうに、そして警戒を孕んだ瞳で周囲を見渡していると、唐突に後頭部に強い衝撃を受けた。思わず痛みに頭を押さえて振り返ると、そこには杖を握りしめ、かつてないほどの怒気を漂わせるリヴェリアの姿があった。
「リヴェリア、痛い…」
「全く、お前というやつは……!勝手に独断をするなと、あれほど言っているだろう!」
「ご、ごめんなさい……。あ、痛い、でも、リヴェ、痛っ」
「謝って済む問題ではないのだぞ。ここはダンジョンの深層であり、さらに今は我々の常識が一切通用しない未知の事態の連続なのだ。あのデミックスの言葉に釣られ、危険性を顧みずに突っ走るなど、冒険者として、そしてロキ・ファミリアの中核を担う者としてあまりにも軽率すぎる!」
リヴェリアの激しい説教が、静寂に包まれた森に響き渡る。普段の冷静沈着で母性的な彼女からは想像もつかないほどの厳しい剣幕に、アイズは身を縮こまらせてうつむくしかなかった。
「だいたい、力が手に入ると言われて考えもなしに罠かもしれないものに手を伸ばすなど…強さを求めるお前の気持ちは痛いほど理解しているつもりだが、自らを滅ぼすような真似をして何になる。お前にもしもの事があれば、残された我々がどれほど悲しむか、フィンやガレスがどれほど悔やむか、少しは想像しろ」
「……うん。本当に、ごめんなさい。でも…」
「お前の焦りは分かるが、命あってこその力だ。……全く。次からは必ず私かフィンに相談しろ。約束できるな?」
「うん、ごめんなさい…」
「体の具合はどうだ?」
「大丈夫。どこも異常はない。ただ、少し肌寒いだけ」
「そうか。ならば良い。とにかく、今は現状を把握し、フィンたちと合流する方法を探らねばならない。ここがダンジョンの中なのか、それとも全く別の場所に転移させられたのか。あの男の言葉を考えるなら、我々は今、『ヴィクセンの影』とやらが支配する領域に隔離されたと考えるべきだろう」
リヴェリアが周囲を探ろうと目を閉じたその時、お説教から解放されたアイズが、ふとある場所へと視線を向けた。
固く閉ざされた、堅牢で冷たい鉄格子の門前。緑の生い茂る芝生の上に、禍々しい紫色の稲妻を纏った漆黒の空間の歪みが浮かび上がっていたのだ。
「リヴェリア、あれ……」
「なんだ、まだ何か異常が――むっ?」
不機嫌そうに言葉を返したリヴェリアだったが、アイズの視線の先にある異常な気配に気づき、表情を引き締める。
「あの空間の歪み……そこから強烈な冷気が漏れ出しているな。先ほどの紋章と同じ…」
「あの中から、何かが来る……?」
「油断するな、アイズ。何が出てこようと即座に対応できるようにしておけ」
リヴェリアは油断なく近づき、歪みの中心に刻まれた鋭い棘のような紋章を注意深く観察しながら彼女がそれを探ろうと、そっと指先でその紋章に触れた。
その瞬間、空間がまるで薄いガラスのように砕け散った。
「――ッ!」
瞬時にリヴェリアとアイズは後方へと大きく後退し、距離を取る。
直後、砕けた空間の奥から凍てつくような冷風が吹き荒れ、黒いコートに身を包んだ男が静かに姿を現した。
長い金髪をなびかせたその男――ヴィクセンは、ひどく退屈そうに首を傾げると、右手を額に当て、顔を覆うようにゆっくりと下に滑らせた。
その気怠げな仕草に呼応するように、彼の左腕の周囲の空気が急速に冷え込み、凍りついていく。氷の結晶が瞬時に結びつき、鋭い冷気と共に瞬く間にヴィクセンの身の丈ほどもある巨大な氷の盾が形成された。
青白く輝く鋭利な盾を左半身に構えると、彼は右手を腰の辺りに添え、アイズたちを見下ろすように胸を張って立つ。まるで彼女たちをただの実験動物とでも見なしているかのような、絶対的な余裕と冷酷さに満ちた佇まいだった。
「あの人が……ヴィクセン」
「……構えろアイズ!」
ヴィクセンの底知れぬ冷たい視線に氷のように鋭い視線を返し、アイズはデスペレートを、リヴェリアはマグナ・アルヴスを静かに構えた。しかし、ヴィクセンがシールドを構えたその瞬間、何の予兆もなく二人の足元の石畳に、鋭利な幾何学模様を描く青白い光のサークルが突如として展開された。
「はっはっはっぁ!!」
静かに展開されたサークルとは対照的に、ヴィクセンが狂気を孕んだ哄笑を空に向けて上げる。
直後、周囲の空気が急速に凍りつき、視界を真っ白に染め上げるほどの猛烈な吹雪のアブソリュートゼロが荒れ狂った。極度の警戒を敷いていたはずのアイズたちの身体が、鼓膜を劈くような突風の暴力に煽られてわずかに宙へと浮き上がらされた。
「風……!」
「ただの吹雪ではない!足元を見ろ、アイズ!」
「足元……あッ!」
体勢を完全に崩されたほんの一瞬の隙を突くように、二人の足元に展開されていた光のサークルから死の冷気が柱のように噴き上がり、瞬く間にアイズとリヴェリアの肉体を、幾重にも重なる厚い氷の塊の中へと完全に閉じ込めてしまう。
身動き一つ取れない絶対の氷結。呼吸すらも凍りつくような極寒の檻の中で、しかし二人の闘志の炎は微塵も揺らいではいなかった。
「はぁあっ!」
「吹き飛べ!」
アイズは全身の筋肉を極限まで収縮させ、自身の内に秘められた絶大な力を一気に爆発させた。バキィィィンッ!という空気を震わせる凄まじい破砕音と共に、彼女を幾重にも覆っていた分厚い氷塊が内側から粉々に弾け飛ぶ。
全く同じタイミングで、リヴェリアも体内の奥底で練り上げた莫大な魔力を一瞬にして解放し、緑光を帯びた魔力障壁の急激な膨張によって、自身を束縛する氷の牢獄を跡形もなく粉砕した。砕け散った氷の破片が、黄昏の光を反射してきらきらと宙を舞い散る。
「行くよ……!」
「撃ち抜く!」
氷を打ち破った反動をそのまま前進への圧倒的な推進力へと変え、アイズが風の如き神速の踏み込みでヴィクセンの懐へと肉薄する。石畳を砕くほどの強烈な踏み込みから放たれたデスペレートの白刃が、ヴィクセンの首筋を狙って一直線に閃いた。
その後方からは、リヴェリアが無言のままマグナ・アルヴスを振りかざし、自身の周囲に展開されたアイスビットから、牽制の魔力弾を雨霰と連射する。
「はぁああっ!」
冷気を帯びた魔力の弾丸が、ヴィクセンの退路と視界を完全に塞ぐように、凄まじい密度で殺到した。前衛の超高速の剣撃と、後衛の隙のない魔法支援による完璧な連携攻撃であった。だが、アイズが放った渾身の斬撃も、リヴェリアの放った無数の魔法弾も、すべてヴィクセンのシールドによって、まるで硬い岩盤に小石を投げつけたかのように軽々と弾き返されてしまった。シールドの表面には傷一つ付かず、いかなる刃も魔力も受け付けない、文字通りの鉄壁の防御であった。
「硬い……っ!?」
「凍りたまえ」
ヴィクセンが不敵に叫ぶと、シールドの表面から凄まじい冷気が渦を巻き、鋭い刃を持った氷の巨大な手裏剣、ソーサーが複数生み出された。
ヴィクセンの指先の滑らかな動きに従い、ソーサーは不規則で予測困難な軌道を描きながらアイズとリヴェリアへと殺到する。高速で回転しながら直進してくるものもあれば、ゆっくりと空中を漂いながらじわじわと退路を塞ぐものもあり、その緩急のついた連携が二人の回避行動を極限まで制限していく。まるで明確な殺意を持った生き物のように執拗に追いすがる氷の刃は、じわじわと二人の体力を削り取ろうとしていた。
「……」
「邪魔っ……!」
迫り来るソーサーの群れに対し、アイズは臆することなく前へ出て、愛剣であるデスペレートで力任せに切り裂こうと剣を振るった。
しかし、デスペレートの切っ先がソーサーの氷刃に触れた瞬間、刃の表面から瞬時に白く冷たい霜が這い上がり、剣身を伝ってアイズの手首までを瞬時に凍りつかせようとする。ただ対象を切り裂くだけでなく、触れたものの熱を奪い尽くし、強制的に凍結させるという恐るべき呪いのような性質を持っていたのだ。
「……っ!?」
これ以上刃を合わせるのは危険だと悟ったアイズは、咄嗟の判断で剣を振り抜く力を足腰へと回し、石畳を強く蹴りつけて上空へと高く跳躍した。迫り来る残りのソーサーの群れと、剣から腕へと這い上がる凍結の連鎖から、間一髪のところで逃れる。
「ふっははぁ!」
宙に逃れ、回避行動を取らされたアイズを見上げ、ヴィクセンは笑い声を上げる。そして、空中で無防備となった彼女を撃ち落とすべく、鋭く尖った巨大な氷塊を生成し、連続して上空へと放った。
「……
空中に投げ出されたアイズの口から、短く鋭い詠唱が紡がれる。彼女の固有魔法であるエアリアルが発動し、デスペレートの刀身に荒れ狂う翠緑の風が纏われた。超高圧の風の刃が、剣身を覆いかけていた霜を強引に吹き飛ばし、さらに迫り来るヴィクセンの氷塊を次々と空中で粉砕していく。氷の破片が飛び散る中、アイズはさらに空中で己のドリームイーターの名を呼んだ。
「お願い、
即座に虚空から飛来した
「貫くっ!!」
エアリアルによる圧倒的な加速力と、光の翼がもたらす飛翔の勢いを剣に乗せ、アイズはヴィクセンの頭上から、風と光を限界まで纏った一撃を文字通り流星のように叩き込んだ。
すさまじい轟音と衝撃波が黄昏の空気を激しく震わせる。いかなる攻撃も受け付けなかったはずのヴィクセンのシールドが、アイズの極限まで威力を高めた一点突破の一撃の前に、ついに蜘蛛の巣のようなひび割れを起こし、次の瞬間には派手な音を立てて粉々に砕け散った。
「ぎゃあぁ!!」
絶対の防御を失い、衝撃の余波をもろに受けたヴィクセンが、悲鳴を上げながら後方の上空へと大きく吹き飛ばされる。
「アイズ!そのまま追撃の手を休めるな!」
「わかったっ!」
アイズの鮮やかな一撃を称賛しながら、リヴェリアはヴィクセンが体勢を崩したこの決定的な隙を逃さず、マグナ・アルヴスをヴィクセンに向ける。
「【白き雪よ。黄昏を前に
リヴェリアの流麗な並行詠唱が紡がれ、周囲の温度がさらに極端に下がり始める。膨大な魔力がマグナ・アルヴスの先端に収束していく。だが、その詠唱の最中だった。
背後から、何の予備動作もなく、無音の衝撃がリヴェリアの背中を強かに打ち据えた。
「――がっ!?」
「リヴェリアっ!?」
不意の一撃に、リヴェリアの身体が前方に大きく吹き飛ばされる。アイズの切羽詰まった声が響く中、リヴェリアは石畳の上を転がりながらも、長年の戦闘経験から即座に受身を取り、マグナ・アルヴスを支えにして体勢を立て直す。
「私にかまうな、お前は目の前の敵に集中しろ!」
そうアイズに指示を飛ばしながら、自身を不意打ちした背後へと鋭い視線を向けたリヴェリアは、そこに立っていた存在を見て息を呑んだ。
「何者だ……!……なんだ、これは?」
不意の一撃を堪え、立ち上がったリヴェリアの翡翠の瞳が驚愕に見開かれた。
そこにいたのは、全身を泥のような漆黒で塗り潰され、禍々しい紫色のオーラを揺らめかせる得体の知れない存在。だが、その輪郭や背格好は、他ならぬリヴェリア自身の姿を完全に模した『クローン』であった。
しかし、高潔なエルフの王族である本来の姿とは裏腹に、クローンリヴェリアはまるで理性を失った獣のように深く前傾姿勢を取り、不気味な殺気を撒き散らしながら一直線に肉薄してくる。
「くっ!?」
凄まじい速度で突進してくるクローンリヴェリアに強い戸惑いを覚えながらも、リヴェリアは即座に右手に冷気を収束させて氷の剣を生成し、持ち前の卓越した技術で迫り来る凶刃を正面から受け止めた。
氷の剣と影の腕が激しく衝突し、鼓膜を刺すような衝撃音と共に火花と冷気が乱れ散る。
だが、息もつかせぬ剣戟を交える最中、リヴェリアは背筋が凍りつくような悪寒を覚えた。初めは獣のように本能のまま、ただ暴力的に振るわれていたはずのクローンリヴェリアの動作が、刃を交えるたびに、一撃ごとに、恐るべき速度で洗練され、理性的になっていくのだ。
気づけば影は、リヴェリア自身がマグナ・アルヴスを構える時と全く同じ、一切の無駄を省いた完璧な姿勢へと変貌していた。さらには、不定形だった左手の影が不気味に蠢き、鋭利な剣の形へと再構築される。影はリヴェリアの動きを完全に模倣し、恐るべき精度でリヴェリアの急所へと必殺の連撃を繰り出してくる。
ただの模倣ではない。戦闘の最中に相手の技術をリアルタイムで解析し、自身の武装と技量を最適化していく、悪夢のような自己進化。
「まさか……戦いの中で私を完全に複製しようというのか……っ!」
XIII機関のヴィクセンがもたらした、オラリオの常識を完全に逸脱する技術力に、リヴェリアは内心で戦慄した。これは単なる幻影や囮などではない。戦えば戦うほど、相手の技を吸収して己の首を絞めることになりかねない、極めて悪辣な学習兵器だ。
「これ以上の時間をかけるわけにはいかない!」
ここでこれ以上長引かせれば、影は完全に自分と同等、いや、それ以上の脅威へと進化してしまう。強烈な危機感を抱いたリヴェリアは、迫り来る影の鋭い剣撃を紙一重で冷静にいなしながら、先ほど中断させられた詠唱の続きを、決して乱れることのない完璧なペースで一気に紡ぎ続けた。
「【終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に風を巻け。閉ざされる光、凍てつく大地。吹雪け三度の厳冬――我が名はアールヴ!】」
詠唱の完了と共に、リヴェリアの切り札の一つである広域氷結魔法ウィン・フィンブルヴェトルが放たれた。絶対零度の猛吹雪が周囲一帯を包み込み、剣戟を交えていたクローンリヴェリアはもちろん、いつの間にか背後に現れていた二体目のクローンリヴェリアをも巻き込み、瞬く間に美しい氷の彫像へと変えて完全に粉砕した。
一方、リヴェリアが己の影を処理している間、アイズとヴィクセンの戦いはさらに苛烈さを増していた。
吹き飛ばされていたヴィクセンは空中で見事に体勢を立て直し、すぐさま新たなシールドを再構築してアイズの追撃を完全に凌いでいた。甲高い金属音が響き、アイズのデスペレートとヴィクセンのシールドが激しく衝突する。
「ふっははぁ!」
「くっ……防がれた」
ヴィクセンがアイズの剣を弾き返すのと同時に、シールドを力強く上へと切り上げると同時にヴィクセンは氷の柱を突き上げるアイスピラーがさく裂する。
「リヴェリア!下から来るっ!」
アイズの鋭い警告と共に、足元の石畳が不自然に隆起したかと思うと、次の瞬間、鋭い氷の槍が地中から勢いよく突き上げてきたのだ。アイズは背中の光の翼をはためかせ、紙一重で上空へと飛翔し、突き上げてくる死の氷柱を回避する。
だが、ヴィクセンの狙いはアイズだけではなかった。彼が指を弾くと、今度は後方で立ち上がったリヴェリアの足元や周囲の空間から、何本もの巨大な氷柱が防壁を作るように出現し、次々と彼女へ向けて射出されたのだ。退路を完全に遮断する、容赦のない波状攻撃がリヴェリアに迫る。
絶体絶命の窮地。しかし、リヴェリアの表情に焦りは微塵もなかった。
「来い!
即座に己のドリームイーターを呼び出したリヴェリアの声に合わせて
「ハァッ!」
リヴェリアはエネルギーの刃が生えたマグナ・アルヴスを、大上段から袈裟懸けに、そして真横へと目にも留まらぬ速さで振るう。迫り来る無数の氷柱が、魔法の刃によって次々と蒸発し、綺麗に切り裂かれていく。
氷の槍の雨を凌ぎ切ったリヴェリア。だが、ヴィクセンの悪意ある手数は止まらない。今度は数体のクローンアイズが、紫黒のオーラを纏い、本物と遜色のない速度でリヴェリアの周囲を取り囲み、一斉に襲いかかってきたのだ。影による、四方八方からの同時攻撃。
「今度はアイズのか……だが、遅い!」
リヴェリアはブレードチャージ状態のマグナ・アルヴスを頭上に上げると、マグナ・アルヴスをコマのように凄まじい速度で力強く回転さ始めた。巨大な熱光の刃が、円を描いて周囲の空間を薙ぎ払い、襲いかかってきた数体のクローンアイズは、その光の集団を切り裂かれ、闇の粒子となって消滅した。
「はっはっはっぁ!!」
自分の放った刺客たちが次々と破られても、ヴィクセンは笑声を上げていた。彼は再びシールドを構え直すと、自身の周囲に極限の魔力を集中させ始める。
ヴィクセンが両腕を広げると、再び視界を真っ白に染め上げるアブソリュートゼロの猛吹雪が吹き荒れた。しかし、今回はそれだけではなかった。ヴィクセンの背後の空間に、彼の大技であるアンサンブルの準備として、四つの巨大な氷の塊が出現したのだ。猛吹雪で視界と体温を奪い、その隙に巨大な氷の質量で押し潰す、回避不能の絶対的な攻撃。
「あれは……!」
上空からその絶望的な光景を見下ろしたアイズが、切迫した声を上げる。だが、そのヴィクセンの目論見を、リヴェリアの機転が打ち砕く。
「アイズ!使え!!」
猛吹雪が視界を奪う直前、リヴェリアが自身のデュアルリンクを解除し、
「いくよ、二人ともっ!!」
自身へ向かって飛んでくる
「ハァァァァッ!!」
アイズがデスペレートを力強く振り抜くと、剣先から巨大な炎の斬撃波が放たれる。炎の刃は猛吹雪を瞬時に蒸発させながら一直線に進み、ヴィクセンが用意していた四つの巨大な氷塊、アンサンブルを、まとめて一刀の元に両断し、空中で爆散させた。
「っ!?…」
アンサンブルが破壊されたのを見たヴィクセンは慌ててシールドを体の正面に構えるが、凍った肉体を強引に打ち破ったリヴェリアが陽炎のように立ち上る。
彼女は深く腰を落とし、極端な前傾姿勢をとり、すでに長大な光の刃を纏っているマグナ・アルヴスを後方へと引き絞り、己の内に眠る力を極限まで引き出し、リヴェリアは鋭く息を吸い込み、爆発的な脚力で猛然と踏み込んだ。
「終わりだ!」
轟音を置き去りにするほどの神速の接近。
瞬きすら許さぬ速度で肉薄したリヴェリアは、ヴィクセンが反応するよりも早く、後方に引き絞っていた光の刃を一気に横薙ぎに振り抜くザンテツケンを放つ。
リヴェリアから繰り出される光の刃が、空気を裂き、ヴィクセンのシールドを、空間そのものを断ち切るかのような鋭さで一刀両断する。
太刀筋に白銀と翡翠の残光が走る。マグナ・アルヴスを振り抜いた勢いのまま姿勢を沈め、リヴェリアが油断なくゆっくりと立ち上がると同時。背後に残されたヴィクセンのシールドが、甲高い破砕音と共に真っ二つに分たれ、無残に粉砕されて虚空へ散った。
「今だ、アイズ!」
「ヴォルカ・ラファーガァアアア!!」
シールドを失い、完全に無防備となったヴィクセンの真上。燃え盛る光の翼をはためかせ、遥か上空へと到達していたアイズが、デスペレートを下段に構える。
アイズは風と炎を限界まで纏ったデスペレートを構えたまま、彗星の如き速度で急降下する。炎と風の流星が、黄昏の空を真っ直ぐに切り裂き、硬直したヴィクセンの身体へと突き刺さった。
「ぎやぁあぁあああ!!」
断末魔の叫びと共に、ヴィクセンの身体は巨大な炎と風の渦に呑み込まれる。存在を破壊されたヴィクセンの影は空中に四散し、やがて完全に消滅していったのであった。
・
断末魔の叫びと共にヴィクセンの影が消滅し、二人がグータッチを交わした直後。不意に視界が大きく歪み、強烈な光が再びアイズとリヴェリアの身体を包み込んだ。
光が収まると、そこは44階層であった。無事に元の迷宮へと帰還を果たしたのだ。
「「「リヴェリア様!」」」
二人の姿を認めるなり、レフィーヤやアリシアを始めとしたエルフの団員たちが一斉に安堵の声を上げ、駆け寄ってくる。
「アイズ」
静かな、だが確かな威圧感を伴う声でフィンが歩み寄ってきた。アイズはビクッと肩を揺らすと、小さく「ごめんなさい」と頭を下げた。
「無事で何よりだ。だが、後でみっちりリヴェリアから説教があるから、しっかり受けるように」
「……うん」
フィンの言葉に、アイズは未知の強敵に勝利した喜びよりも、これから待ち受けるであろう地獄のお説教への恐怖で深く落ち込むのだった。
パチ、パチ、パチ、パチ……。
アイズとリヴェリアの無事の帰還に周囲が喜びに沸く中、どこからともなく乾いた拍手の音が響き渡った。
全員が一斉に音の方向へと振り向くと、そこには長髪の金髪をなびかせ、黒いコートを纏った男――先ほどアイズたちが死闘を繰り広げたばかりの『ヴィクセン』が立っていた。
「あ、ヴィクセン」
デミックスがのんきな声で名前を呼ぶ。
だが、アイズとリヴェリア、そしてロキ・ファミリアの面々は即座に武器を構え、極限の警戒態勢を取った。その殺気に当てられたのか、突如として周囲から大量のフレイムロックが這い出し、ヴィクセンへと一斉に襲い掛かってきた。
「凍りたまえ」
ヴィクセンが小声で呟いた瞬間。彼を中心に凄まじい猛吹雪が吹き荒れ、襲い掛かってきた数十体のフレイムロックが、アブソリュートゼロの冷気によって一瞬にして氷の彫像へと変えられ、完全に沈黙した。
「流石は第一級冒険者。オリジナルの影とはいえ、それに勝つとはな」
ヴィクセンは周囲の氷像を一瞥もせず、まるで芝居がかった仕草でアイズたちを称賛した。
「君は……?」
フィンが槍を構えたまま、鋭く問い詰める。
「私は彼女たちが戦った、偉大なる研究者ヴィクセンの記憶を継ぐもの」
パキ、と。
男の言葉と共に、ひどく乾いた音が迷宮に響いた。彼が自らの頭部に手をかけると、なんとその美しい金の長髪が、カツラのようにパカッと持ち上がったのだ。
精巧な変装の下から現れたのは、額に『21』と刻印されたスキンヘッドの素顔であった。彼は引き剥がした髪を無造作に掴み、冷徹な眼差しでフィンたちを見下ろすようにドヤ顔で宣言する。
「偉大なる研究者ヴィクセンが造り出した実験体21号……『ヴィクレプリカナンバー21』だ」
「なっ……!?」
思いもよらない正体の露見と、あまりにも衝撃的な事実に、リヴェリアは驚愕に大きく目を見開いて絶句した。一方、ロキ・ファミリアの何名かは、目の前の男が堂々とズラを被っていたという事実と、その上でドヤ顔を決めるスキンヘッドの姿に耐えきれず、「ぶっ」と噴き出してしまう。
その直後、アイズたちの背後に残されていた空間の歪み――アブセントシルエットから、二つの黒い影が飛び出した。影はアイズとリヴェリアの前で空中に静止すると、形を変え、先ほどヴィクセンが使用していた巨大な氷の『シールド』となって実体化した。
「フッ……それがアブセントシルエットを倒した者――正確には最初に倒した者に与えられる恩恵だ」
ヴィクレプリカ21が尊大な態度で語り始める。
「元となった人物の武器や力を得られる破格の代物だ。光栄に思いたまえ。君たちは、この偉大なる研究者の力を手にしたのだから」
しかし、その言葉はアイズには全く届いていなかった。
アイズからすれば、ダルザクスやザリファのように『キーブレード』が手に入ると思っていたのだ。だが、目の前に現れたのは、キーブレードどころか、オラリオでも扱い手が少なく、自身の戦闘スタイルとも全く噛み合わない『盾』である。
(ちがう……これじゃない……)
心の中の
アイズは一切の感情を排した無表情のまま、宙に浮くシールドをガシッと掴むと、迷うことなくラウルの元へと歩いていく。
「ラウル、これあげる」
「えっ!?じ、自分っすか!?」
「まてまてまて!」
ラウルにシールドを押し付けようとするアイズを見て、ヴィクレプリカ21が血相を変えて手を伸ばした。
「渡すかね、普通!せっかく苦労して手に入れたドロップアイテムを、他人に渡すかね普通は!」
「でも私、使わないし。だったらラウルとか、もっと使いこなせる人が持ってたほうがいいし…」
淡々と答えるアイズに、ヴィクレプリカ21は必死になって食い下がる。
「いや、手に持つのではない!自身の周囲に浮かせれば、もしもの時の攻撃を防げるし、何よりカウンターで相手を凍らせてそのまま消滅させたり、その盾を媒介にして、君たちが先ほど戦ったヴィクセンの偉大な技を使えるのだぞ!」
「魔導士のリヴェリアならともかく、前衛で剣を振るう私に、周囲をちょこまか浮く盾は正直、邪魔」
「じゃ、邪魔だと……!?」
あの手この手でシールドの素晴らしさを説得しようとするヴィクレプリカ21だったが、アイズの心には微塵も響かなかった。
「ええい、お前からもなにか言えデミックス!」
苛立ったヴィクレプリカ21がデミックスの方へと振り返る。だが、そこには信じられない光景が広がっていた。
「よっしゃ、俺の勝ち!!」
「あぁ、負けた……」
「次私!私ね!」
「いや、待て次は手前だ」
デミックスとソラ、そしてティオナと椿が円陣を組み、何やら小さな機械を覗き込んで熱狂している。よくよく見れば、彼らの手には二つの携帯ゲーム機が握られており、両方のモニターには『VERUMREX』と表示されていた。
何故彼らがこんな状況でゲームをしているのか。事の発端は、アイズたちが空間の歪みに消えた直後に遡る。
『待ってる間暇だし、これで遊ばない?』
緊張感の欠片もないデミックスの誘いを、フィンは『緊急事態だ』と冷たく突っぱねた。しかしデミックスが『俺に勝ったらいいことを教えてやってもいいぞ。そうだな、例えばキーブレードが手に入るアブセントシルエットの場所とか』と言い放った瞬間、鍛冶師としての好奇心を刺激された椿が真っ先に食いついたのだ。そこから椿とデミックスのゲーム対決が始まり、いつの間にかティオナとソラまで巻き込んでの熱いゲーム大会へと発展していたのである。
「なにをしているお前はァ!!」
激怒したヴィクレプリカ21が、自身のシールドでデミックスの後頭部を思い切り殴りつけた。
「いったぁい!何するんだよヴィクセン!」
「ベルセクスからの任務を遂行しない貴様には、これでも足りんぐらいだ!」
「……任務?」
デミックスが頭を抱えながら疑問符を浮かべる。その緊張感のない態度に、ヴィクレプリカ21の額に太い青筋が浮かび上がった。
「貴様ぁ……!」
「あぁ!待って待って思い出した!思い出したから!」
殺意を剥き出しにするヴィクレプリカ21から逃れるように、デミックスは慌てて空間を切り裂き、闇の回廊へと駆け込んだ。
「全く……」
ヴィクレプリカ21は深くため息をつくと、自身も闇の回廊を開いてその場から姿を消した。
かと思いきや、今度はシールドを持ったまま呆然としていたラウルの目の前に、再び闇の回廊が開き、ヴィクレプリカ21がひょっこりと姿を出した。
「君、名前は?」
「ら、ラウル・ノールドっす」
「そうか。後でそれの使い方をみっちり教えてやろう」
それだけ言い残し、ヴィクレプリカ21は今度こそ完全に闇の回廊の奥へと姿を消した。
入れ替わるように、今度はフィンたちの目の前に闇の回廊が開き、先ほどのデミックスが大きなリュックを背負い姿を現した。
「はいこれ」
デミックスは軽い調子で、フィンの手へ黒い腕輪を放り投げた。
「これは?」
「闇を払う腕輪。51階層からは強い闇が辺りに漂ってて危険だからって、応急処置としてベルセクスが君達にこれを渡せってさ。後、ベルセクスから伝言があるんだけど、ここだとあれだし、50階層まで送るよ」
デミックスが空間を切り裂くようにして展開した、禍々しい漆黒のゲート――『闇の回廊』。そこから漏れ出す冷たく不気味な気配を前にして、フィンは静かに目を閉じ、そしてゆっくりと頷いた。
「いいだろう」
「団長!?」
大派閥の指揮官によるあっさりとした肯定の言葉に、周囲で警戒態勢を取っていた団員たちが一斉に驚愕の声を荒げた。無理もない。どう見ても怪しさしかない正体不明の男の提案に乗り、未知の闇の中へ飛び込もうというのだ。
歴戦の重戦士であるガレスが、険しい顔つきで皆を代表して前に出る。
「フィン。いくらなんでも早計ではないか?」
「確かに、みんなの思うように彼は全く信用できない。それは僕も同意見だよ。だけど、ここで僕たちが彼の言葉を拒んだところで、彼は50階層で僕たちを待つだけだろ?」
フィンの冷静な問いかけに、デミックスは悪びれる様子もなく肩をすくめた。
「まぁ、うん。俺としては君たちが時間をかけて来てもらっても全然いいけど」
「それに……ノアールたちに起きていることや、今のこのダンジョンに起きている異常について知れるのなら、彼についていく価値は十分にあると思うんだ」
「……確かに、一理あるな」
一切の私情を挟まない、極めて理路整然としたフィンの説明と揺るぎない判断に、ガレスは小さく息を吐きながら深く頷いて納得した。団員たちもまた、フィンの言葉であればと警戒を解き、静かに武器を下ろす。
「話が早くて助かるよ。じゃあ、みんなその腕輪をしっかり付けて、俺について来て」
デミックスは闇の回廊へと足を踏み入れかけ、ふと思い出したように振り返った。
「あ、絶対に闇の回廊の中でその腕輪を外すなよ?外すと、文字通り『闇に呑まれて』大変なことになるからな」
普段の軽薄な態度の中にも、どこか背筋が凍るような警告の色を滲ませるデミックス。
彼のその忠告を背に受けながら、フィンを先頭にしたロキ・ファミリアの面々は、手渡された腕輪をしっかりと腕に嵌め、ソラと共に闇の回廊の奥へと静かに歩みを進めるのだった。
やろうと思えばアイズやリヴェリアを量産できるKH世界の技術
セフィロスの名前を出したのはキングダムハーツだしFF要素出したいなって思って思いついたやつで今作ではセフィロスは2の後にクラウドに倒されて武器がアブセントシルエットとしてダンまち世界に吸収された感じです。
そのうちそれ関連で出したいなとは思っていますが今後の更新次第では出さないかもしれません。
出さないと決めたらセフィロスからゼムナスに変更します
本作アブセントシルエットはKH作品で使っていた技をすべて使用してきます。なのでゼムナスはビルを投げてきますしヤングゼアノートは謎の男や3Dやリミッドカットで使った技を全部使ってきます。なおHP制となっているために頑張って攻撃を回避して攻撃を当て続ければ