当時はUXの主人公がベルの心に溶けてベルがキーブレード使いになるとか考えていましたがやっぱりヘスティア・ナイフを使わせたいなとか考えたりこれだとあまりディズニーとFFを絡めれないなという考えでやめたんですけどこのサイトで小説を書いてから昔の妄想を形にしたいなと考えたら投稿してました
ヘファイストスの執務室にてヘファイストスはヘスティアに渡された拳大の大きさで鮮やかな紫色の輝きを放ち、まるで熟練の職人がカッティングを施した宝石のように、幾何学的な面が光を反射している。その中心部には、星のような光の脈動が静かに息づいていたアダマントを握りながら目の前で緊張で震えているヘスティアに目を向ける。
「それで、ヘスティア。あんたこのアダマントとやらをどうやって手に入れたの?」
ヘファイストスは信じられないといった様子でヘスティアに尋ねた。
昨日の神の宴で渡された時、ヘファイストスはひどく困惑した。
なぜなら貧乏なヘスティアにこんな宝石を手にいれらるわけがないのだから。
まさか犯罪に手を染めたのか!?とも考えたがヘスティアの性格を考えればそれはありえないと断言する。
そのまま話を聞けばヘスティア曰くこれは素材だと言うではないか。しかも名前がアダマントというのだ。
アダマンタイトに酷似した名前だがダンジョンの深層で産出される本物のアダマンタイトは、複数の鉱物が複雑に癒着した無骨で醜い「ザクロ状」の塊である。それを熟練の職人が気の遠くなるような精錬と鍛造を経て、ようやく不純物を取り除き、金属としての性能を引き出すのだ。
対して、目の前の物体はどうだろうか。曇りひとつない紫色の輝き、熟練の宝石職人がカッティングを施したかのような幾何学的な多面体。それはどう見ても、装飾品に使われるような宝石にしか見えなかった。
しかし、その認識は指先が結晶の表面をなぞった瞬間に覆されることとなる。
指の腹に返ってきたのは、滑らかな宝石の感触ではなく、一切の干渉を拒絶するかのような絶対的な「硬度」の感触だった。職人としての直感が警鐘を鳴らす中、彼女は無言で工具を取り出し紫の断面に突き立てた。
結果、不快な音と共に削れ落ちたのは、あろうことか工具の方だった。
結晶には、微かな擦過傷ひとつ残っていない光景にヘファイストスは、息を呑んだ。鋳造された形跡も、研磨された痕跡もない。溶かして型に流し込んだわけでも、ハンマーで叩き上げたわけでもない。その物質は、自然界で生成された結晶の状態のままで、あの複雑な幾何学模様を形成していたのだ。
それは、既存の鍛冶技術の常識を根底から嘲笑うかのような事実だった。
呆れや困惑は瞬く間に消え失せ、ヘファイストスの表情は未知への畏怖と、それを扱えるかもしれないという職人の歓喜へと塗り替えられていく。彼女は、神友が持ち込んだものが、ただの美しい石などではなく、オラリオの常識を覆しかねない劇薬であるのだと判断したのだ。
職人としての昂ぶりを理性の奥底へ押し込め、ヘファイストスは鋭利な刃物のような視線を、眼前の神友へと突き刺した。
この「アダマント」は彼女の知る中で逸脱した超常の産物であることは理解したのだが、それ以上に理解が追いつかない。なぜヘスティアが、このような代物を所持しているのかという点である。
日々の食事をジャガ丸くんで済ませ、廃教会に住まう彼女の生活水準と、この紫色の結晶が放つ価値の輝きは、あまりにも乖離しすぎていた。億単位のヴァリスを積んでも手に入らないであろう至高の素材を、借金まみれの女神がポンとポケットから取り出すなど、悪い冗談以外の何物でもない。
ヘファイストスの脳裏には、先ほど否定したはずの懸念が再び鎌首をもたげる。もしや、どこかの巨大派閥の保管庫から紛れ込んだものを知らずに拾ったのではないか、あるいは何らかのトラブルに巻き込まれ、厄介ごとの種として押し付けられたのではないか。
隻眼の鍛冶神から発せられる無言の圧力は、もはや尋問に近い。
「ボクの新しい子からの贈り物だよ」
しかしそんなヘファイストスの圧力にヘスティアは両手を腰に当て、誇らしげに答える。
「新しい子? ベル・クラネル以外にも誰か入ったの?」
ヘスティアの返答にヘファイストスが眉を上げる。
「ちょっと前にね。ソラ君が入ってくれたんだ。それでソラ君がベル君のためにって」
「ソラ、ね。ねぇ、教えてヘスティア。一体どうやってソラはこんな代物を手に入れたの?品質だけ見ればダンジョンの深層でしか見つからないようなものよ。これは」
ヘファイストスの追求に、ヘスティアの眉がピクリと動いた。どうやらこの手の質問はされたくなかったようだ。
「……話せば長く、複雑な事情があるんだ。正直、ボク自身もソラ君がどうやってこれを手に入れたのか、信じられないくらいなんだ」
「長い話?」
ソラからこれを渡された時のことを思い出し、ヘスティアは遠い目をしたかと思えば頬を膨らませた。
「そうなんだよ! 思い出すだけで頭が痛くなるんだよ!だけどあんまり説明ができないんだけどソラ君は別に悪いことはしてないんだ。それだけは保証するよ!」
ヘスティアの言葉にヘファイストスは目を細める。
説明を拒むということは、明らかに何かを隠していると言っているようなものだ。
(それでも……)
ヘファイストスは目の前のアダマントを見つめる。
(誰にでも秘密はあるものよね。ソラという子が、何かを成し遂げてどこかのファミリアからこれを譲り受けた可能性もある。ヘスティアがこれを私に渡すというのなら、今は追求しないでおこう。もらい物の粗探しは野暮というものだし)
何しろ、これほどの代物は、彼女のような鍛冶師にとっては宝の山なのだ。 ヘファイストスは鼻から息を吐いた。
「……わかったわ、今はその話は置いておくわ」
ヘファイストスが折れると、ヘスティアは安堵のため息をついた。
「もう一つ質問があるんだけど。ソラには作らないのかしら?」
ヘファイストスは眉を上げて尋ねる。
それは一柱の主神としての純粋な懸念だった。
これほどの素材をベル・クラネル一人の強化だけのために費やすというのは、あまりに偏ったものだ。
億単位の価値がある素材をすべて譲渡するというのは、仲間への貢献の域を超えている。
それは献身というより、歪な自己犠牲か、あるいは過剰な媚びへつらいにも見えかねない。ベルだけを特別扱いするのは、不健全な依存関係や嫉妬を招きかねないのではないか――そんな危惧がヘファイストスの脳裏をよぎる。
「それは……ソラ君には必要ないからだよ」
その言葉に、執務室に沈黙が流れた。
「……何?」
ヘファイストスの口から出た言葉はそれだけだった。
それから数秒の沈黙が訪れたかと思えばため息をつく。
「自分の武器にはもう十分使ったから、ソラ君自身には必要ないんだ。『ポケットに入れたまま忘れてたものだし、友達の助けになるなら喜んで使ってくれ』……そう言ってたよ。だけど別にソラ君になにもあげないわけじゃないんだ。僕はあの子にアクセサリーを上げようと思ってるんだ」
ヘスティアの言葉を聞き終えた瞬間、ヘファイストスの思考は空白に染まった。
いくつかの衝撃的な事実が、彼女の理性を揺さぶる。
自身の武器への使用はすでに完了しているという事実。
それ故に不要という論理は成り立つが、余剰分としてこの『アダマント』をポケットに入れていたという無造作さはどうだ。まるで飴玉か何かのように、至高の硬度を誇る結晶を扱っている。
何より彼女を戦慄させたのは、その使い道だ。
己の利益ではなく、ベル・クラネルという「友人」のために、この莫大な富を惜しげもなく手放した。
通常、冒険者とは己の強さを追い求めるエゴの塊だ。だが、その少年は違う。他者を利するために、これらを差し出したのだ。
その底知れない無欲さと献身に、ヘファイストスはソラを聖人君子か、あるいは本当の馬鹿か。どちらにせよ、その少年の金銭感覚と友情の尺度は、オラリオの常識からあまりに逸脱していた。
「……呆れたわね。アンタの子は、ファミリアの仲間を助けるためだけにそんな貴重な資源を渡すなんて…」
「ほんとだよ……」
ヘファイストスの言葉にヘスティアは頷く。
頭痛の種ではあるが、ソラは間違いなく称賛に値する人物だと。
「……わかったわ。これほどのものを提供してくれたんだし、アンタの子のために私が武器とアクセサリーを作ってあげるわ」
「ほ、本当かい? ま、待って、君が武器を打ってくれるの!?」
ヘファイストスの言葉にヘスティアが驚いて尋ねる。
「もちろん。ウチの鍛冶師たちは手一杯だし、急に重要な注文を押し付けるわけにもいかないわよ。それに、こんな代物、最初に私が鍛えたいのよ。文句ある?」
ヘファイストスは金槌の並んだ棚へと歩きながら言った。 それを聞いてヘスティアの表情が明るくなる。
「文句なんてないよ!神匠と謡われた君に作って貰えるなんて!!」
「あんたね、今は私は力は使えないのよ」
大喜びしているヘスティアにへファイトスは苦笑する姿に、ヘスティアはブンブンと首を縦に振った。
「わかってるよ! 力なんてなくたって、ボクは君に武器を打ってもらえることが一番うれしんだ!」
「おだてても安くはしないわよ。……それとあんたも手伝いなさい。これだけでも大きな額になるけどそれでも私の腕は安くないわよ」
ヘファイストスは作業台に戻ると、愛おしそうにアダマントを撫でた。
先ほど工具で試した際、彼女はある奇妙な特性に気づいていた。この物質は、アダマンタイトのように固い性質を持つが加工しようとすれば驚くほど容易なのだ。
硬く、丈夫。けれど、加工はしやすい。
そんな矛盾した特性を持つ素材など、鍛冶の神である彼女ですら扱ったことがない。
「硬度と加工のしやすさが同居しているなんて、鍛冶師としての腕が鳴るわ。こんな面白い素材、他の
「ありがとう、ヘファイストス……!」
「礼を言うのは早いわよ。まずはベル・クラネルのための『一振り』。そして、そのふざけた気前の良さを見せるソラのための『特製アクセサリー』を作るわよ」
ニヤリと笑う友人の頼もしい姿に、ヘスティアは胸がいっぱいになりながら、何度も何度も頷くのだった。
「それで、ベル・クラネルはどんな武器を使うの?」
道具を見定めながらヘファイストスが尋ねる。
「えっと……ナイフを使うよ」
「そう……駆け出しに持たせるなら……」
呟くヘファイストスを見て、ヘスティアはあることを思い出し、目を見開いた。
「あ、そうだ! ソラ君が、鍛造の時にこの素材も一緒に使ってほしいって」
ヘスティアはソラから預かった別の合成素材を取り出した。
それを聞いたヘファイストスが振り返ると、ヘスティアが見たこともない2つのアイテムを差し出していた。
一つは、淡く光を放つ星形の結晶。もう一つは、形は最初に出てきたのと類似ているが真っ赤に輝く結晶。
ソラがヘスティアに素材提供をした際にヘスティアは「こんなに持てないよ!?」となりヘスティアがげんなりしソラに何を持っていくのかを相談した結果。ベルの白髪の頭と深紅の瞳から『たそがれの結晶』と『燃え上がる結晶』を選んだのだ。
「……これは……?」
ヘファイストスは呟きながらヘスティアに歩み寄り、手からそれを受け取って調べ始めた。彼女は目の前の素材を分析しながら目を細める。
「……何らかの力を放ってる?、魔石とは違う。どちらかと言えば、何かの元素のような……」
ヘファイストスは呟きながらヘスティアを見る。
「一体これは何なの?」
「ソラ君は『たそがれの結晶』と『燃え上がる結晶』って呼んでたよ」
「たそがれの結晶? 燃え上がる結晶? 聞いたことのない素材ね」
「これは…オラリオから遠く離れた場所でしか手に入らないんだ」
ヘスティアが説明すると、ヘファイストスは目を細めた。
「また、ソラ。ヘスティア、ソラは一体どこでこんなものを?」
ヘファイストスは手の中の合成素材を見ながら言う。
「それは……また長く複雑な話なんだ」
ヘスティアが再び繰り返すと、鍛冶の女神はため息をつく。
「その言葉を何度も聞くことになりそうね……。これを鍛造に使えと言われるとは予想外よ。武器と一緒に鍛えられると言うの?」
「うん。ソラ君はすでにその素材を使って武器を強化したことがあるらしいから、君ならできるはずだよ」
「そうかい。さて、希少な素材を渡されて、これをナイフに加えろと? 無茶にも程があるよヘスティア。だが……」
ヘファイストスは手の中の合成素材を見つめた。
「……こんな面白そうな話を断るわけにはいかないね。長く鍛冶をやってきたが、こんなものは初めてだ。興味深い仕事になりそうよ」
ヘファイストスの言葉に、ヘスティアの目が興奮で輝いた。
「じゃあ、やってくれるんだね?」
「ええ。だけど何度も言うけど。武器の代金として貴重な資源をもらったとはいえ、私の技術料はタダじゃないわ。私が直接打つんだ、きっちり請求させてもらうし、1ヴァリス残らず返してもらうからね、分かったかしら?」
「分かってるよ! あの子が強くなるためならボクは何だってするよ!」
ヘファイストスの言葉にヘスティアは力強く答えた。
「よし。それじゃあ——」
「そ、その前にもう一つ……」
ヘファイストスが鍛冶場へと歩き出そうとするとヘスティアが再び声を上げる。
ヘファイストスは苛立ち交じりにため息をついた。
「今度は何? もう十分デタラメなことばっかりそろそろいやなんだけど…」
「いや、その、またソラ君に関することでね……」
「まさか、また別の素材があるの?」
ヘスティアの言葉を聞いてヘファイストスの眉がピクリと動き頭痛を感じ始める。
「いや、そういうんじゃないよ! ただ確認したいだけなんだ。ヘファイストス、君、特別な乗り物は作れたりしないかい?」
「乗り物? 馬車でも作れと言うのかしら? そんなものはウチの仕事じゃないでしょ?」
「いやいや、そうじゃなくてね。ソラ君が、特別な……馬車を作りたがってるんだ。空を飛ぶ馬車をね…」
「空を飛ぶ馬車?」
ヘファイストスは繰り返し、呆れたように鼻を鳴らした。
「ヘスティア、あんたね。そういうのはヘルメスのところ【
「そうかも知れないけどこの件はヘルメスの耳に入れたくないんだ。設計図はあるし素材だってダンジョンから見つけてるからヘファイストスでも容易に作れるはずなんだ…」
「設計図、ねえ。落書きの間違いじゃないのかい?」
ヘスティアの言葉にヘファイストスが皮肉っぽく尋ねる。
「落書きなんかじゃないよ! ソラ君は真剣そのものなんだ!」
ヘスティアの必死な反論に、ヘファイストスは鼻を鳴らす。
「真剣、ね。大言壮語と紙一重だとは思うけれど……」
そこで言葉を切り、彼女はわずかに視線を宙に彷徨わせた。
「……でも、アンタがただの子供の世迷い言を、わざわざ私の仕事場まで持ってくるわけがないものね。それに、あのソラという子……これほどの『素材』を惜しげもなく譲れるような子の言うことだ。常識で測るのは間違いなのかもしれないわね」
ヘファイストスは、やれやれと肩をすくめた。
「本来なら、専門外の管轄違いだと追い返すところよ。でも、その『空飛ぶ馬車』とやらがあのアダマントや結晶と同じくらい非常識な代物なら、見る価値はあるかもしれないわね。……いいわ、その設計図、持ってきなさい。私の想像を超えるものなのか、査定してあげる」
そう結論づけると、彼女はパンと手を叩き、意識を切り替える。
「ただし、タダで請け負うつもりはないわよ。アンタにも手伝ってもらうからね。炉の火加減から掃除まで、こき使ってあげるわ」
「望むところだよ!」
・
ヘスティアが出かけてから数日。ベルは少しの寂しさを覚えつつもソラの作ったガレットに舌鼓を打っていた。
こんがりと焼けた褐色の生地の中心には、ハムとチーズ、そして半熟の目玉焼きがその輝きを誇示するように乗せられている。
ナイフを入れると、薄くパリパリとした生地が音を立てて裂け、中心の黄身がぷつりと弾けた。とろりと溢れ出した濃厚な黄金色が、溶けたグリュイエールチーズと絡み合い、食欲をそそるソースへと変わる。
熱々のそれを頬張れば、そば粉特有の野趣あふれる香ばしさと、チーズの塩気が絶妙な調和を奏でる。
「ん……美味しい」
シンプルながらも力強い滋味が、空っぽの胃袋に染み渡り、今日一日を生き抜く活力を底から湧き上がらせてくれるようだった。
朝食を食べ終えたベルとソラは歯磨きをする。
歯磨きを終えていざ外に出ようとしたとき、ふと、
ソラが思い出したようにポケットから何かを取り出した。
それは、手のひらサイズの奇妙な板だった。
「そうだベル、これからのトレーニングの話だけどさ。これ見たら、もっと分かりやすいかも」
「え? それはモバイルポータル………?」
ベルが不思議そうに首を傾げた次の瞬間、彼の思考は停止した。
「――えっ?」
ソラが指先でその板の表面をなぞると、板がパッと明るく光り、そこに「映像」が浮かび上がったのだ。
「うわぁっ!? え、絵が動いてる!?」
ベルは目を限界まで見開き、あまりの衝撃に椅子から転げ落ちそうになった。
無理もない。板の中に浮かび上がったのは静止した絵画ではない。まるで小さな窓の向こうに、もう一つの世界が息づいているかのように、景色が流れ、人が動いているのだ。
「驚いたかベル? モバイルポータルは写真以外にも動画も撮れるんだ」
「ど、動画……写真……?」
オラリオにも魔石製品はあるが、これほど鮮明に、かつ滑らかに動く映像を映し出す道具など聞いたことがないベルは目を見開く。
「ほら、よく見てみて。俺がどう動いてるか、参考になるはずだから」
ソラに促され、ベルはゴクリと喉を鳴らす。
未知の技術への畏怖と、それ以上の好奇心を胸に、少年は前のめりになった。
「これ……街?」
ベルが恐る恐るモバイルポータルの画面を覗き込むと、そこには信じられない光景が広がっていた。
夜の闇を払いのけるような、極彩色の
バベルの塔を彷彿させる巨大な塔《ビル》の群れ。
オラリオの「魔石灯」とは比べ物にならないほど眩しい世界の中を、画面の中のソラが疾走していた。
「ああ、『サンフランソウキョウ』って世界だな。そこでやった『フラッシュトレーサー』っていう、まあ、特訓みたいなもんだ」
「ふ、フラッシュト……レーサー……?」
ベルが瞬きをする間もなく、映像の中のソラが加速する。
彼が走っているのは地面ではない。空中に張り巡らされた細い金属の管の上だ。
火花を散らしながらレールの上を滑走し、空中に浮かぶ「光の輪」を次々と潜り抜けていく。
「は、速い……! それに、落ちないの!?」
「バランス感覚さえ掴めば簡単さ。大事なのは足元だけを見ないこと。次に行く場所を常に目で捉えて、体をそこへ『飛ばす』んだ」
ソラの言葉通り、画面の中の彼はレールが途切れると同時に宙へ飛び出し、遠く離れた建物の壁へと着地。そのまま重力を無視して壁を垂直に駆け上がり、頂上にいる敵を一瞬で撃破して、止まることなく次のビルへと跳躍した。
敵を倒すことすらも移動の一部として組み込み、一切の減速なしに複雑な立体迷路を駆け抜けていく。
「すごい……まるで風そのもの……」
ベルは息をするのも忘れて見入っていた。
冒険者として「速さ」を武器にするベルだからこそ、その凄まじさが理解できる。
ただ走るだけではない。壁を、柱を、敵さえも足場にして、三次元的に空間を支配している。
ダンジョンという複雑な地形の中で戦うベルにとって、これは究極の理想形の一つだった。
画面の中のソラが光に包まれ、離れた場所にあるポイントへ、瞬きするほどの速度で高速移動したのを見て、ベルは思わず立ち上がった。
「この動き……壁や障害物を味方につけて、止まらずに動き続ける……!」
画面の光景にベルの赤い瞳が興奮に揺れる。
「ソラ、これ、すごい! 僕、今まで『速く走る』ことばかり考えてたけど。ちがうんだね。周りにあるもの全部を使って、動きを止めないことが大事なんだね!」
「お、いいところに気づいたな。そう、街中だろうがダンジョンだろうが、使えるものは全部使うんだ」
ソラはニッと笑って、外に目を向ける。
「イメージできたなら、さっそく試してみるか? オラリオの壁や屋根も、結構いい練習場になると思うだ?」
「うん!! 行こうソラっ!!」
ソラの言葉にベルは弾かれたように一緒に駆け出すのだった。
その背中には、異世界の極彩色の夜景を疾走する少年のイメージが、鮮烈に焼き付いていた。
・
「おーい! 待つニャ、そこの白髪頭とツンツン頭!」
ソラとベルが駆け抜けていると女性の声が響く。
白髪頭とツンツン頭の単語に反応した二人は停止して振り返ると、『豊饒の女主人』の猫人のウェイトレスが二人に向かって大きく手を振りかざし、その後ろにエルフがいた。
「……えっと、僕たちのこと?」
ベルとソラが
「おはよーニャ! 急に呼び止めてごめーんニャ!」
「おはよう」
「あ、えっと、おはようございます。それで……僕たちに何か……?」
目の前でペコリとお辞儀をされて二人も頭を下げ返す。
ベルが困惑して尋ねると、彼女は早速とばかりに要件を切り出す。
「お願いがあるの。これニャ!」
「へっ?」
「これ…何?」
「白髪頭はシルの友達ニャ、だからこれを届けてほしいのニャ!」
手渡された物は財布だった。おそらく
「分かった。これをシルに届ければいいんだな」
反面ソラはとくに理由を気にすることはなく少女の願いを聞き入れる。
「アーニャ。説明不足です。クラネルさんが困惑しています」
「リューはバカニャ! 仕事サボって祭りに行ったシルが財布忘れたから届けて欲しいニャンって言ってるのニャ。そんニャこと言わなくても分かるニャ、白髪頭?」
「そういうことです。説明不足で申し訳ありません」
「へぇ、そうなんだ」
「へぇ、そうなんだ」
ソラは納得したように頷いたが、その表情には微塵も理解の色が浮かんでいなかった。
彼は渡された小銭入れと、目の前の猫人の少女を交互に見比べ、純粋な疑問を口にする。
「えっと、つまり……そのシルって子は、買い物をするために祭りに行ったんだよな?」
「そうニャ!」
「でも、財布は忘れていった?」
「だからそう言ってるニャ!」
アーニャの言葉に、ソラは腕を組み、難しい顔で唸り声を上げた。
「……なんで?」
その一言に、その場の空気が凍りついた。
ソラの問いかけは、あまりにも根本的すぎた。
彼にとって、冒険に出る際に装備やアイテムを確認するのは呼吸をするのと同じくらい当たり前の行為だ。ましてや、目的が「買い物」であるならば、通貨を持つことは最優先事項であるはずだ。
それを忘れるということは、彼の中の常識では「ありえない」か、あるいは「何らかの意図がある」場合の二択しかなかった。
「もしかして、オラリオの祭りってのは『無一文でどこまで生き延びられるか』っていうサバイバルゲームなのか?」
「ちがうニャ」
「じゃあ、現地で
「そんなわけないニャ! あんたバカなのニャ!?」
真剣な顔で検討違いな推理を披露するソラに、アーニャが毛を逆立ててツッコミを入れる。
隣で話を聞いていたベルは、ソラの天然ボケと、シルのドジに挟まれ、苦笑いを浮かべることしかできなかった。
「……はぁ」
それまで沈黙を守っていたエルフ――リュー・リオンが、耐えきれないといった様子で深く、重い溜息を吐いた。
その翡翠色の瞳には、呆れと、そして僅かな諦観の色が混じっている。
「彼女のことは気にしないでください。それでどうかお願いを聞いていただけないでしょうか? アーニャに他の従業員、そして私は準備が忙しくてシルの後を追えないのです。ご予定の邪魔をしてしまうことは承知していますが……」
「それはいいんだけど、シルさんが仕事をサボってるって本当?」
「アーニャの言葉には語弊があります。シルはサボっているのではありません。彼女は私たちのように店に住み込みではないので事情が違います。単に
「「
リューの言葉にソラとベルが初耳とばかりにハモった。
「ご存じないのですか? オラリオの住人なら誰でも知っていますが」
「実は、僕も住んで長くないし、ソラはオラリオに来たばかりで……もう少し詳しく教えてもらえますか?」
「ニャったら、ミャーが教えるニャ」
ソラの言葉にリューが指摘するが、すぐにアーニャが割り込んできた。
狂暴なモンスターを手懐けることができると知ってベルは驚き、ソラはそれを聞いて考え込んだ。
「ミャー達も行きたかったのニャ! でも母ちゃんがダメって! シルはお土産買ってくって言っといて、財布忘れるしニャー!シルはドジっ娘ニャ!」
「アーニャ、それは違うと思いますよ……」
アーニャの言葉にリューが指摘する。
「東メインのスタジアム周辺は大変混雑していると思われます。まずはそちらへ向かってください、人波に付いていけばすぐに付くでしょう」
「シルはさっき出たばっかニャ! 今から行けば追いつけるニャー!」
「分かった」
「シルさんを助けに行ってきます」
新たな目的ができ、ソラとベルはシルを探しに向かった。歩きながら、ソラは頭の後ろで腕を組みながらベルに話しかける。
「……モンスターを
「正直、信じられない話です」
スタジアムの方から響いてくる獣の咆哮を耳にしながら、ソラはぽつりと呟いた。
その言葉には、どこか複雑な響きが混じっていた。
「まあ、マレフィセントや
ソラの言葉に、ベルは首を傾げた。
「召喚?」
聞き慣れない単語に、ベルが首を傾げる。
「ああ。無理やり従わせるんじゃなくてさ。旅の中で出会って、友達になったやつと『繋がり』を持って、助けに呼ぶんだ」
ソラは胸に手を当て、そこにある温かな絆を確かめるように微笑んだ。
「どんなに離れていても、例え世界が違っても。心が繋がっていれば、呼べばいつだって力を貸してくれる。それが俺の『召喚』さ」
「モンスターを
ソラの言葉にベルは目を丸くした。
支配ではなく、共闘。主従ではなく、友人。
その概念は、ベルにとってあまりにも新鮮で、そして眩しいものだった。
「すごいスキル……いや、魔法なの? 世界を超えて友達を呼ぶなんて……! えっと、具体的にはどんな友達を呼ぶの?」
興味津々といった様子で身を乗り出すベルに、ソラは楽しげに指を折りながら数え始めた。
「そうだな、まずは『ジーニー』。ランプの精で、3つの願いを叶えてくれるすっげーやつだ。魔法で何でもできちゃうし、とにかく陽気ですごいんだ」
「ら、ランプの精……?」
「それから『シンバ』。ライオンで王様なんだけど、俺が呼ぶと炎を纏った姿で駆けつけてくれるんだ。その咆哮は大地を揺らすくらい迫力があるぞ」
「王様で、炎のライオン……」
「あとは『ダンボ』だな!」
「ダンボ?」
ベルが首をかしげると、ソラは手でパタパタと仰ぐような仕草をした。
「耳の大きな象の子どもさ。その大きな耳を翼みたいに羽ばたかせて空を飛ぶんだ。鼻から水を噴き出してハートレスを蹴散らしてくれるんだ」
「ぞ、象が空を飛ぶんですか!?」
ベルは仰天した。ベルの知る中で象といえば、巨大な体躯を持つ生き物だ。それが空を飛ぶなど、想像の彼方にある光景だった。
「あはは、驚くのはまだ早いぞ。俺は『ドリームイーター』だって呼べるんだ」
「ドリームイーター……夢を喰らうもの、ですか?」
不穏な響きにベルが身構えるが、ソラはあっけらかんと笑う。
「ああ。夢を食べて相手に悪夢を植え付ける『ナイトメア』逆に悪夢を食べてくれる。『スピリット』の二種類がいてな。俺は『スピリット』とも友達なんだ。特に『ワンダニャン』はカラフルでぷにぷにしてて、背中に乗って跳ね回るとみんなペちゃんこになるんだ!」
「ま、魔物まで友達なんですか……?」
精霊、妖精、空飛ぶ象、そして魔物。
この世界において英雄譚の中でしか語られないような存在や、常識外れの生き物たちを、まるで近所の遊び相手のように語るソラの言葉に、ベルはめまいすら覚えた。
「まあな。いろんな世界を旅してれば、いろんなやつらと出会って友達になるもんだよ」
ベルの反応を楽しむように、ソラはニカっと歯を見せて笑った。
彼にとってそれは特別なことではなく、旅の結果として得られた宝物のようなものなのだろう。
「すごい……!」
ベルは畏敬の念を込めてソラを見つめた。
この少年は、一体どれほどの冒険を経て、どれほどの世界を見てきたのだろうか。その体の中に秘められた経験の厚みは、計り知れない。
「他には誰を呼べるの? もっと教えてよソラ!」
「えっと、他には……そうだな、『ムーシュー』とか」
「ムーシュー?」
「ああ、火を吹くドラゴンなんだけど……」
「ド、ドラゴン!?」
ベルは息を呑んだ。
ドラゴンといえば、モンスターの中でも最強種の一角。物語じゃ最後の怪物として語られる災厄の象徴だ。それを召喚するなど、もはや神の御業に近いのではないか。
ベルの脳内に、巨大な翼と破壊の炎を吐く巨竜の姿が浮かび上がる。
「い、いや、ベル。そんなでかいのじゃなくてさ」
ベルの青ざめた顔を見て誤解を察したのか、ソラは苦笑しながら手で小さなサイズを示した。
「こーんくらいの、トカゲみたいなサイズなんだ。口は悪いしお調子者だけど、炎はすごいんだぞ」
「……トカゲサイズの、ドラゴン?」
想像とあまりに違う姿に、ベルは拍子抜けしたように瞬きをした。
「あはは、やっぱりソラの友達はすごいね」
「だろ? どいつもこいつも、最高にいい奴らなんだ」
誇らしげに語るソラの横顔を見ながら、ベルは思った。
支配する「
いつか自分も、そんな風に誰かと強い絆で結ばれ、互いに助け合えるような関係を築けるだろうか。
異世界の少年の語る「友達」の話は、これからの祭りで見るどんな見世物よりも、ベルの胸を熱くさせるのだった。
・
街が祭りの準備で賑わう中、銀色の双眸がカフェの二階から一柱の女神が群衆を見下ろしていた。
彼女は顔を極力人目に晒さないよう、長い紺色のローブを羽織っている。が、布一枚で彼女の『美』を抑え込むのは到底無理な話であったのか、フードを深く被り顔を隠しているにもかかわらず、店内の視線という視線が彼女のもとに集まっている。
何をするわけでもなくその場にいる者達を魅了してしまった『美の神』、フレイヤは、視線を窓の外に置き続け静かに時を過ごしているとそんな彼女に誰かが近づく。
「よぉー、待たせた?」
「いえ、少し前に来たばかり」
手を上げ気軽に声をかけてきた神物に、フレイヤはフードの下で浅く笑った。
淡色の朱髪で黄昏時を連想させる髪を後ろで結わえる彼女はどこかだらしない男のような印象を見る者に感じさせる。
漏れかける欠伸を嚙み殺しつつ、涙目のまま、ロキはにへっと笑みを作った。
フレイヤの前に座ったロキは朝食を店員に頼むとフレイヤはロキの眷属たちから仕入れたその醜態をネタに、ニヤニヤと美の女神を揶揄した。
そんなロキの傍らには、黄金の髪と瞳を持つ少女――【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインが護衛のように控えている。ロキ曰く、遠征から帰ったばかりでまたダンジョンに潜ろうとするこの堅物を、無理やり休ませるための「デート」だという。
フレイヤは、オラリオ最強の女剣士が放つ戦場とは不釣り合いな可憐さと、ロキが彼女に向ける意外な親心に、興味深そうに目を細めた。
だが、弛緩した空気は一瞬で張り詰める。
ロキは道化の仮面を脱ぎ捨て、鋭い眼光でフレイヤを射抜いた。
「率直に聞く。何やらかす気や?」
興味のなかった宴への急な参加、活発な情報収集。最近の不穏な動きを問い詰めるロキの覇気に、店内の客や店員すらも恐れをなして逃げ出した。
しかし、フレイヤは涼しい顔で沈黙を守る。互いの視線が剣呑に交差する中、やがてロキは、何かに気づいたように呆れて力を抜いた。
「……男か」
フレイヤは肯定も否定もしない。ただ、フードの奥で妖艶に微笑むことだけが、その答えだった。
「で……お眼鏡にかなったラッキーボーイは誰やねん。そんで、その子はどこで見つけたんや」
ロキは皮肉を込めて尋ねる。
フレイヤはカップの縁を指先でなぞりながら、窓の外を眺めて鼻歌を歌うように答える。
「……強くはないわ。私たちや貴方のファミリアの子たちと比べたら弱いわね。すぐに動揺するし、ちょっとしたことですぐに泣き出すの」
フレイヤはそう説明したが、彼を思うとさらに口元が緩んだ。
「でも、彼は美しいわ。純粋で。あんな子は見たことがない。偶然見つけたのよ。たまたま私の視界を横切ったの」
そう言った矢先、偶然にも再びその姿を垣間見ることができた。彼女は息を呑んだ。期待通り、軽装の鎧を着た白髪の少年だった。
そして、その少年の隣を歩いている魂もまた、彼女を魅了してやまないものだった。
「もう一人いるの……彼の魂は、壮大な『青空』のようなの」
フレイヤは頬杖をつき、恍惚とした表情で誰に聞かせるでもなく歌うように紡いだ。
「見渡す限りの地平線に広がる青空のように、周囲のすべてを包み込むことができる器……。その全てを包み込む魂が手を伸ばし、あの子の魂と繋がりを形成しているのが見える…」
彼女の銀色の瞳には、ロキには見えない輝きが映っているようだった。
「その繋がりが、あの透明な魂をより強く輝かせている。それ輝きの色を変えるものではないけれど、星空のように……だけどその空はこことは違うように見えてわからないの…どこまで広くどこにでも繋がっている。とても綺麗に瞬いているの」
「……青空に、星空、こことは違う空、なぁ」
フレイヤの陶酔しきった詩的な独白を聞き、ロキは鼻を鳴らした。
呆れを含んだ声色で、目の前の水を煽る。
「相変わらず、お前の目ん玉には凡人には見えんモンが映っとるらしいなぁ。で、そのお眼鏡にかなったラッキーボーイ達はどこのどいつや」
ロキは店内の喧騒や窓の外へ視線を巡らせようとするが、フレイヤはそれを遮るように優雅に席を立った。
「ふふ、それは秘密よ」
彼女は口元に妖艶な笑みを浮かべ、テーブルに金貨を数枚置く。
「また今度会いましょう」
ロキを置いてフレイヤは席を立った。
ローブでしっかりと全身を覆い隠し、店内を後にしその場にはロキとアイズだけが残された。
「何や、アイツ。いきなり…」
怪訝そうな顔を浮かべ、ロキはフレイヤが消えた階段をしばし眺める。
と、そこで「ん?」とロキは小首を傾げた。
自分の真隣、窓際から一つ距離を離した位置から、アイズが外の方角をじっと見つめている。
「アイズ、どうした? 何かあったん?」
「なにか……不思議な感じがする」
「なんや、アイズもフレイヤに感化されたんか?」
「……いや」
別に、と続く言葉とは裏腹に、アイズは外を見続けた。
彼女の金の瞳は、フレイヤと同じようにベルとソラを追っていた。
・
「……この調子じゃシルは見つからないな」
ソラはベルと共に辺りを見回しながら呻いた。現在は東メインにいるが、シルの姿はどこにもない。
「そうだね。この人混みじゃ見つけるのは難しいなぁ」
そうして四苦八苦している二人を呼ぶ大きな声が木魂する。
「おーいっ、ベールくーんっ!ソーラーくーんっ?」
喜びと興奮に満ちた声に振り返ると、布に包まれた何かを持ったヘスティアが、興奮した様子で近づいてくるのが見えた。
「神様!? ここで何をしてるんですか?」
「君達に会いに来たに決まってるだろ! 他に理由があるかい?」
ヘスティアは頬を膨らませて叫んだ。
「ぼ、僕も会いたかったですけど、あのそのどこに行ってたんですか……?」
ベルが尋ねようとすると、ヘスティアが遮った。
「素晴らしい偶然だと思わないかい? 君達に会いたいと思ってたら、ここにいた! きっとボクたちには特別な絆があるに違いないよ!」
ヘスティアがクスクスと笑い、ベルは自分の女神が自分の世界に入り込んでいるのを見て冷や汗をかいた。
「か、神様、随分機嫌が良さそうですけど。何かあったんですか?」
「えへへ……知りたい? ボクが嬉しい理由……」
ヘスティアは勿体ぶるように言葉を伸ばし、ベルの期待を煽る。
その口から『ベル君のための武器が完成したんだよ!』という言葉が飛び出す寸前――
ちらりと横にいたソラと目が合った。
ソラはニカっと笑い、人差し指を立てて口元に当てる。『しーっ』という内緒の合図だ。
(……っと、そうだった! これはまだ内緒にしておくんだった!)
ヘファイストスに頼み込んで打ってもらった、神の技術の結晶。そしてソラが提供してくれた未知の素材。
それらが組み合わさった『一振り』を今ここでバラしてしまっては、渡す時の感動が半減してしまう。せっかくなら
ヘスティアは慌てて口を噤み、ニマニマと意味深な笑みを浮かべ直す。
「それはね……まだ、秘密さ!」
「ええっ!? 教えてくれないんですか?」
「ふふん、楽しみは後にとっておくものだよ、ベル君」
「そ、そうですか……?」
残念そうにするベルを見て、ヘスティアとソラは顔を見合わせ、悪戯っぽく笑い合った。
「せっかくだし、一緒に祭りを楽しもうじゃないか!ベル君!!ソラ君!!ボクと一緒にデートといこうぜ!」
ヘスティアはベルの腕に強く抱きつくと、上目遣いで訴えかける。
「え、えぇ!?デートって。 で、でも神様、僕たちは今シルさんを探すお使いの途中で……」
ベルが困ったようにソラに助けを求める視線を送るが、ヘスティアは頰を膨らませて不満を露わにする。
「よし、じゃあデートしながら人探しをしようじゃないか。楽しみながら仕事をこなせて一石二鳥だ」
「そ、そんな無茶な理屈……」
「いいじゃんベル、ヘスティアもこう言ってるし。楽しみながら探そうぜ!」
ソラがニカっと笑って背中を押すと、ベルは観念したように肩を落とし、けれど満更でもなさそうに微笑んだ。
「……わかりました。行きましょう、神様」
「やったー! さすがベル君、大好きだよー!」
三人は賑わう通りを歩きながら、シルを探しつつ祭りを堪能することになった。
一旦広場に座り込んだヘスティア達の手にはそれぞれのクレープ。ヘスティアはベルに自分のを一口あげるのだと奮闘し、ベルは顔を真っ赤にしている。
そんな微笑ましい光景を見て、ソラはポケットからモバイルポータルを取り出した。
「へへっ、せっかくだし。記録しとこっと」
ソラが指先で操作すると、軽快な電子音が鳴り、その瞬間が切り取られる。
「ん? ソラ君、なにやってるんだい?」
「写真だよ、写真。こうやって今の時間を記録して残せるんだ」
ソラが画面を見せると、そこにはクリームを鼻につけて慌てるベルと、満面の笑みで抱きつくヘスティアが鮮明に映っていた。
「うわぁっ!? す、すごいねこれ!」
ヘスティアは目を輝かせ、グイグイと画面を覗き込む。
「ソラ君、もっと撮ってくれ! ボクとベル君との愛のメモリーを永遠に残すんだ!」
「りょーかい! じゃあベル、こっち向いてー!」
「ちょ、ちょっと待ってください! こんな恥ずかしい顔がずっと残るなんて、勘弁してくださいよぉ!」
嫌がるベル、ノリノリのヘスティア、そして楽しげにレンズを向けるソラ。
三人の笑い声が祭りの喧騒に溶け込んでいく。
――しかし、その平和な時間は唐突に破られた。
「きゃぁあぁぁああぁ!!?」
突如、悲鳴が上がった。
先ほどまでの祭りの歓声とは違う、恐怖に染まった絶叫。地面が激しく揺れ、遠くで何かが破壊される音が響く。
「な、なんだ!?」
ヘスティアがベルにしがみつく。
ソラの表情が一瞬で冒険者のものへと切り替わった。
「ベル、ヘスティアを頼む! 俺、ちょっと見てくる!」
「えっ、ソラ!?」
制止する間もなく、ソラは地面を蹴った。
人混みを逆走し、悲鳴の上がる方角へと疾走する。
「どいてくれ! 危ないぞ!」
逃げ惑う人々を避けながら進むソラの前に、石畳を砕いて飛び出してきたのは、二
「せっかくの祭りが台無しだよ!」
ソラは走りながら右手に実体化させたキングダムチェーンを振るう。閃光と共に現れたキングダムチェーンを逆手に持ち構える。
刹那、ソラの纏う空気が変わった。
激しい騒動の最中だというのに、彼の周囲だけが凪いだように静まり返る。
ソラはキーブレードを逆手に持ち替え、腰だめに――まるでそこに見えない鞘が存在するかのように、深く、低く構えた。
呼吸が深くなる。戦場の喧騒が遠のき、世界が極限まで遅延して感じるほどの集中。
「……!」
敵が襲いかかろうとした、その瞬間。
ソラの姿が掻き消えた。
否、それは移動と呼ぶにはあまりに速すぎる跳躍。
認識すら許さぬ神速の踏み込みで、ソラは敵とすれ違いざまに一閃を放ち、その背後へと突き抜けていた。
ソラがゆっくりと立ち上がり、キーブレードを振って構えを解く。
直後――見えない鞘に刃が収まるような清冽な響きと共に、敵の巨体に幾筋もの斬撃が遅れて炸裂した。
鮮やかな光の粒子の残滓の中で、敵は悲鳴を上げることすら許されず両断された。
モンスターが消滅したことを確認したソラは足に力を込め、近くの建物の壁を垂直に駆け上がる。
屋根の上から状況を確認すると、街のあちこちから煙が上がっていた。どうやら複数の場所でモンスターが暴れているらしい。
ソラは屋根から屋根へと飛び移り、眼下の路地に現れたコボルトの群れに向かってファイガを放つ。
「燃えろ!!」
炎の弾丸が炸裂し、モンスターたちが吹き飛ぶ。
着地と同時に回転し、残りの敵をキーブレードで薙ぎ払うと、ソラはさらに奥へと加速した。
そして、大通りに出たソラの目に飛び込んできた光景は市場で暴れるインファント・ドラゴンと、逃げ惑う市民たちだった。
ソラは目を細め、インファント・ドラゴンの前に降り立つと、リフレガで防御し、その進撃を止めた。
「なんだ!?」
「あいつどこから来た!?」
声を上げたのは二人のガネーシャ・ファミリアの団員だった。
彼らの疑問に答える間もなく、インファント・ドラゴンは咆哮を上げて起き上がり、三人に突進してきた。
「逃げろ! その魔剣で運良く助かったかもしれんが、相手は強力なモンスターだぞ!」
ソラは男の警告を無視し、インファント・ドラゴンに向かって疾走した。二人の距離が縮まった瞬間……ソラはキーブレードを振り上げ、インファント・ドラゴンを空中に打ち上げた。 ガネーシャ・ファミリアの二人は驚愕してその光景を見ていた。さらに驚いたことに、ソラは視界から消え、インファント・ドラゴンの上空に現れた。そしてキーブレードを叩きつけ、エアロスパイラルでモンスターを地面に叩き落とした。 インファント・ドラゴンは衝撃と落下で大ダメージを受け、起き上がろうとした。しかし、ソラはショックダイブで頭上に落下し、ドラゴンの頭を粉砕してとどめを刺した。ソラは全く疲れた様子もなく、インファント・ドラゴンの前に着地した。 その間、30秒も経っていなかった。
唖然とする団員たちに、ソラが駆け寄る。
「怪我はない?」
「あ、ああ……君のおかげで助かった。恩に着る」
ソラの言葉にガネーシャ・ファミリアの団員モダーカが、呆然としながらも礼を述べた。
「信じられん……あのインファント・ドラゴンを相手に、これほど一方的とは」
もう一人の団員も舌を巻いている。
「無事ならよかった。他にも暴れてるやつがいないか見てくる――」
そう言ってソラが踵を返した瞬間、彼の行く手を遮るように空間が黒く染まった。
粘りつくような闇が凝固し、不気味な紋様を浮かべた球体『ダークボール』、剣を持った虚無の剣士『インビジブル』、そして地面を這う影『ネオシャドウ』たちが次々と実体化する。
「なっ?ハートレス!?」
ハートレスの出現にソラが忌々しげに睨む。
「な、なんだこのモンスターは!? 檻から逃げ出した個体じゃないぞ!」
見たこともない異形の出現にモダーカたちが狼狽する。
「まずいな……! あんたたちは市民を連れて逃げてくれ! こいつらはヤバイ!」
「一人で戦うつもりか!?」
「信じてくれ、こいつらの相手は俺にしかできないんだ! それに、狙いは俺だ!」
ソラはキーブレードを突き出すと、風の魔法を解き放つ。
「風よ!!」
キーブレードの先端から放たれたエアロガが、殺到しようとしたハートレスたちを強引に吹き飛ばし、距離を空けさせた。
その威力と、先ほどの竜殺しの実力を目の当たりにし、団員たちは覚悟を決める。
「……分かった。竜を瞬殺した君の判断だ、従おう」
「すまん、死ぬなよ!」
モダーカたちはソラに背を預け、市民の避難誘導へと走っていった。
守るべき背中がなくなり、ソラは戦場に残されたハートレスたちへと向き直る。
先陣を切ったインビジブルが、不可視の剣を閃かせ襲いかかってきた。
ソラは即座にリフレガを展開。刃を弾き返し、その衝撃波で敵を消滅させる。
間髪入れず、ネオシャドウの群れに向かってキーブレードを投擲する『ストライクレイド』を発動。光を纏って回転する鍵剣は分身し、縦横無尽に戦場を駆け巡って影たちを切り裂いていく。
「
ソラが高らかに叫べば、天空よりサンダガが降り注ぎ、空中に浮遊するダークボールと残るインビジブルを灼き尽くした。
雷撃を避けるように地面へ潜り込んだネオシャドウたちが、黒い染みとなってソラの足元へ迫る。
ソラは高く跳躍して影からの奇襲をかわすと、空中でキーブレードに光のエネルギーを収束させた。
放たれたのは追尾する光弾『ラグナロク』。
雨のように降り注ぐ光の矢が、逃げ回る影たちを一斉に貫き、一瞬にして浄化の光へと変えた。
静寂が戻る。周囲を見回しても、ハートレスの気配はもうない。
「この辺は片付いたかな」
ソラがキーブレードを下ろした、その時だった。
視界の端、少し離れた通りで地面が隆起し、巨大な植物型のモンスターとかつてソラがアレンデールで対峙したハートレス『フロントサーペント』が暴れ回るのが見えた。
「まだいたか!」
ソラは休む間もなく、新たな敵のもとへと駆け出した。