第52階層へと続く薄暗い連絡路を前にして、派閥を統べる指揮官であるフィンは立ち止まり、パーティ一同へと振り返った。その整った端正な顔立ちにはいつもの穏やかな余裕は一切なく、極めて険しく厳しい表情が張り付いている。
「ここからはもう、補給できないと思ってくれ」
そのあまりにも重く、背筋が凍るようなフィンの宣告に、深層の恐ろしさを肌で知らない部外者である椿だけが怪訝そうな顔を作った。異世界から訪れたソラもまた、ピンとこない様子で首を傾げる。
「なぁ、フィン。この先には一体何があるんだ?」
純粋な疑問をぶつけるソラの率直な問いに対し、フィンは迷宮の残酷な真実を淡々と口にした。
「ここから先、58階層までの道中はずっと『狙撃』される」
「狙撃?」
椿が信じられないというように疑問符を浮かべると、最後尾で巨大な戦斧を構える殿のガレスが、かつての英雄たちの逸話を交えて重々しい声で補足した。
「かつてオラリオの頂点に君臨していた【ゼウス・ファミリア】は、52階層から58階層の縦穴めいた層域を『竜の壺』と名付けた。その壷の最下層である58階層に居座るのは、極大の火力を誇る砲竜『ヴァルガング・ドラゴン』じゃ。恐ろしいことに、奴らは物理的な階層構造という迷宮の常識を完全に無視し、遥か下層から分厚い床を撃ち抜いて上の階層を直接狙撃してくるんじゃよ」
「階層を無視……」
「狙撃、か……」
規格外にして非常識極まりないダンジョンの構造とモンスターの狂った生態に、ソラと椿は言葉を失い、思わず息を吞む。
「だからこそ、戦闘はできるだけ回避する。襲い来るモンスターとハートレスは弾き返すだけでいい」
フィンは全員の覚悟を確認するように鋭い視線を巡らせた後、静かに、しかし絶対の意志を込めて号令を下した。
「――行くぞ」
フィンの合図を皮切りに、部隊は死の領域である第52階層へとなだれ込む。周囲の光を吸い込むような黒鉛色の不気味な迷路内を、一行はこれまで以上の凄まじい速度で疾走し始めた。モンスターや暗がりから湧き出すハートレスの出現頻度、遭遇の回数は依然として狂ったように高いままだが、フィンの指示通り一切足を止めることなく、襲い掛かる爪や牙を武器で弾き返しながら強引に迷宮を駆け抜けていく。
極限の集中力を保ちながら疾走を続けていた、その最中だった。
地の底の遥か深くから、空間全体を激しく震わせるほどの強烈で悍ましい雄叫びが響き渡った。ビリビリと大気が震え、足元の迷宮の床が悲鳴を上げる。
(これは、竜の……?)
椿がその途方もない音圧に顔をしかめ、直感的に最悪の存在を思い浮かべた瞬間、先頭を走っていたフィンの碧眼が限界まで細められた。
「――捕捉された……走れ!走れぇ!!」
常に冷静沈着な指揮官の、切羽詰まった裂帛の大声。それに同調するように、風を纏って走っていたアイズが小さく呟く。
「――来る」
「ベート、転進しろ!!」
フィンの鋭い号令が飛び、先頭を走っていた一行は正規ルートを強引に外れ、急ブレーキをかけて横道へと身を躍らせた。
直後。
先ほどまで彼らが走っていた黒鉛色の地面が、特大の地雷が起爆したかのごとく爆砕した。遥か六階層下から放たれた規格外の業火が分厚い岩盤を易々と貫通し、巨大な炎の柱となって51階層の天井まで一直線に突き抜けていったのだ。
「──────────────」
『~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっ!?』
鼓膜を破壊せんばかりの轟音と、全身を焼くような猛烈な熱波と爆風に晒されながらも、フィンは灰塵の中で的確に部隊の進路を迂回させていく。
「西に迂回する!!リヴェリア、防護魔法急げ!!ソラは迫る芋虫型を狙い撃て!」
連鎖する大爆発による天地がひっくり返るような混沌の中、フィンは一切の迷いなく矢継ぎ早に指示を飛ばす。
「分かった!」
大声で応対したソラは、走りながら右手に握るキーブレードを一瞬の光と共に二丁拳銃型の『ツーガンアロー』へと瞬時に変化させた。両手に構えた魔力の銃口から無数の光弾を放ち、這いずるように群がってくる悍ましい芋虫型のモンスターへと雨霰の如く連射していく。
「――【木霊せよ――心願を届けよ。森の衣よ】!」
爆音にかき消されまいと、リヴェリアが高速で防御魔法の詠唱を紡いでいく。その背中を守りながら、フィンが前衛へと戦況を確認する。
「敵の数は!?」
「六、いや七以上!?」
アイズが即座に吹き荒れる爆風の中の気配を探り、声を張り上げて叫び返した。
奥の暗がりから凄まじい勢いで迫り来るモンスターやハートレスの群れに対し、ソラがツーガンアローの絶え間ない連射で牽制し続ける。さらに彼の周囲では、クルスやナルヴィの背にしっかりと乗ったドリームイーターのハサミクワガタやタイホウカブトが、魔法のショットを乱れ撃ちにして強引に後続を弾き返していた。
前線が激しい弾幕戦を繰り広げる乱戦の最中、最後尾を警戒していたガレスの切羽詰まった怒声が響いた。
「ラウル、レフィーヤ、避けろ!」
天井の暗がりから音もなく放たれたのは、巨大蜘蛛のモンスターが吐き出した強靭で粘着質を持つ凶悪な糸だった。
ガレスの警告に即座に反応したラウルは、姿勢を低くして自身のシールドを瞬時に展開する。ドシャッという鈍い音と共に粘糸がシールドの表面に激しく張り付いたが、それと同時にラウルが盾に仕込まれた機能を起動させ、極寒の魔力を発動させた。急激な冷気が糸を伝い、根元まで完全に凍り付かせてからパリパリとガラスのように粉砕する。
見事な対処を見せたラウルに対し、エルフの魔導士であるレフィーヤの対応はほんの一瞬だけ遅れた。
彼女の細い手で握られていたキーブレード『フェアリー・エピタフ』の刀身に粘糸が強固に張り付き、強烈な力で巻き取られる。キーブレードごと彼女の華奢な身体が、巨大蜘蛛の潜む暗がりへと勢いよく引きずり込まれた。
「きゃあっ!?」
悲鳴を上げながら宙を舞い、暗闇へと引きずり込まれたレフィーヤ。だが、彼女は特訓の成果を忘れず、パニックに陥る前にすぐさま自身のキーブレードから手を離した。
武器を手放したことで強烈な引力から解放され、引きずり込まれた勢いのまま硬い迷宮の床を激しく転がる。擦り傷を作りながらも素早く体勢を立て直すと同時、空の手に意識を集中させ、手放したはずのキーブレードを瞬時に光の粒子と共に手元へと呼び戻した。
「やああああっ!」
気合いの叫びと共に、彼女はすぐさま自身を狙った巨大蜘蛛の群れに向かって魔法『ダークファイガ』を放った。フェアリー・エピタフの先端から出現した巨大な漆黒と真紅が混じり合う火球が、空中で数十の小さな追尾弾へと分裂する。それらは意思を持つかのように高速で巨大蜘蛛の群れに殺到し、次々と被弾しては凄まじい業火を撒き散らして連鎖的に爆破していった。
見事に敵の追撃を振り切り、すぐさま安堵の息を吐いて集団の元へと戻ろうと走り出したレフィーヤ。
だが、運命はひどく残酷だった。彼女が仲間へと手を伸ばそうとしたその目の前に、突如として強烈な爆炎と閃光が出現した。
下層からの、砲竜による二度目の無慈悲な狙撃。
鼓膜が破れるほどの爆発音と共に、通路の床が完全に吹き飛び、彼女と仲間を隔てる巨大な大穴が開いた。想定外の崩落に、レフィーヤは急ブレーキをかけて停止を余儀なくされる。
「あっ……!」
仲間から孤立し、足場を失って硬直したその致命的な一瞬の隙。そこを突くように、重厚な鎧を着込んだ硬質で凶悪なハートレス『ヘルムドボディ』が爆煙の側面から突進してきた。
回避する間もなく、激しい体当たりによって無防備な身体を弾き飛ばされたレフィーヤ。彼女の身体は無情にも床の無い空間へと放り出され、為す術もなくそのまま大穴の底知れぬ暗闇へと落下していった。
「レフィーヤ!?」
目の前で起きた絶望的な光景に、ティオナとティオネが悲痛な叫び声を上げる。
「ノロマが足引っ張るんじゃねえ!?」
誰よりも早く動いたのは、日頃から彼女に悪態をついている狼人だった。憎まれ口を叩きながらも、ベートはいの一番に大穴の直下へと疾走し、暗闇の中へと一切の躊躇なく飛び込んでいく。
それと同時に、52階層の縁からはリヴェリアの詠唱が遂に完成の時を迎えた。
「――【ヴェール・ブレス】!!」
玲瓏たる声と共に防護魔法が放たれ、落下していくレフィーヤとそれを追うベート、そして残された一行の身体を、物理と魔法の双方を軽減する強固な緑光の衣で優しく包み込んだ。
「レフィーヤ!?」
仲間が奈落へと落ちていく様に、ソラとアイズがすぐさまレフィーヤを助け出そうと大穴の縁へ向かって走り出した。
だが、その二人をフィンが両手を広げて厳しく制止した。
「二人とも、行くな!」
それは感情を殺し、全体の生存を最優先する指揮官としての有無を言わさぬ厳しい声だった。
「下手にここで戦力が割れ、キーブレードが離れれば、もしもの事態で全員を守り切れない!僕達は正規ルートで58階層を目指す!君達はこっちに残れ!」
「だけど……!」
誰かが犠牲になることを決して良しとしないソラは、納得できずに強く反論しようとする。だが、サポーターの安全とパーティ全体の突破力を天秤にかけたフィンの的確な指示に、アイズは苦渋に顔を歪めながらも己の感情を殺して足を止めた。
「安心しろソラ、レフィーヤは儂らが助ける」
前に出た重戦士のガレスが、感情を爆発させそうなソラの小さな肩を力強く叩いた。その分厚い手から伝わる確かな温もりと覚悟が、ソラの焦りを少しだけ落ち着かせる。
「ベート達を頼む、ガレス」
「おう!!」
長年の戦友であるフィンの言葉に力強く頷いたガレスに対し、今度はリヴェリアが静かに命じた。
「お前もガレスについていけ」
その言葉と同時、突如として迷宮の地面から一人の奇妙な人物が這い出してきた。
それはなんとリヴェリアと全く同じ姿形をしていた。しかし本物の王族たるリヴェリアとは違い、頭には白いコック帽を被り、右手には何故か使い込まれたフライパンを握りしめている。
「いってきます王様!!」
『リヴェリアシェフ』と呼ぶべきその珍妙な存在は、リヴェリアに向かって元気よくビシッと敬礼すると、そのまま跳躍してガレスの広い背中にしがみついた。
背中の余分な重みなど気にも留めず、ガレスは巨大な大戦斧を担いだまま、微塵の躊躇いもなく大穴の暗闇へと飛び降りていった。
「じ、自分のせいでレフィーヤが……」
自身の対応がもう少し早ければ、あるいはもっと上手く彼女をカバーできていれば。そんな後悔に苛まれ、分断を招いた失態にラウルが震える声で項垂れる。
そんな彼に対し、リヴェリアが背中越しに冷酷なまでの口調で言い放った。
「安心しろ。この後で私達が嫌というほど罰を与えてやる。今はもう油断しないよう気を引き締めろ」
「は、はいっす!」
リヴェリアによる厳しい誅罰の宣言にラウルは恐怖と責任感で一瞬にして気を引き締め、両手で自身の武器を強く握り直す。
こうして、下層の竜による執拗で理不尽な狙撃によって強引に二つに分断されたパーティは、それぞれの過酷な進路から目的地である58階層へと急行するのだった。
・
遥か数百メートル下のどん底。暗闇に沈む迷宮の最深部に陣取る大紅竜たちの絶望的な威容を目撃し、レフィーヤの華奢な全身を氷のような震えが突き抜けた。
凶悪な竜たちの冷酷にして暴力的な眼光に射竦められ、かつて聞いた先達からの身の毛もよだつ警告が脳裏をよぎる。原始的な恐怖に身体の自由を完全に縛られ、まるで空から無限に落ちていく恐ろしい悪夢を見ているようだと絶望する中、底に陣取る砲竜が強靭な口腔に極大の爆熱を装填した。圧縮された魔力が臨界点を突破し、放たれた紅蓮の大火球が、彼女を空間ごと跡形もなく消滅させようと猛烈な速度で迫り来る。
(今の私には!──)
絶体絶命の危機。だが、今のレフィーヤはただ守られるだけの脆弱な魔導士ではない。自由に空を駆け、自らの手で運命を切り開くための確かな希望の翼を持っている。
言葉を発せずとも、レフィーヤの決死の心の叫びに呼応したパートナー、
すぐさまレフィーヤは仲間たちの元へと合流すべく、光の翼を力強くはためかせた。だが、そんな彼女の退路を塞ぐように、『エアソルジャー』や『フレイムコア』の集団が殺到してくる。フレイムコアたちが無数の火球を生成し、逃げ場のない弾幕となって一斉にレフィーヤへと迫った。
「レフィーヤアァッッ!!」
無数の火球が着弾するその直前。ティオナが自らの体ごと射線に突っ込んだ。ただ無謀に飛び込んだわけではない。極限まで練り上げられた闘気のオーラを身体の前面に一点集中させ、持ち前の分厚い筋肉の鎧と合わせて一時的な対魔力防壁を構築したのだ。圧倒的な質量と防御力に特化した彼女だからこそ成し得る、極めて理にかなった肉弾防壁である。強引に火球の雨を受け止めて衝撃を相殺した直後、エクスカリバ・ローランーを、ストライクレイドの要領で力任せに投げつける。凄まじい風切り音と強烈な遠心力を伴って旋回する無骨な質量の刃が、群がっていたエアソルジャーやフレイムコアの群れを次々と容赦なく粉砕していく。
「ティオナさっ──!?」
身を挺して守ってくれたティオナに対し、レフィーヤが安堵と悲痛の混じった叫びを上げる。
「ティオネ、ベート!飛竜が来る!」
無傷のティオナが鋭く叫ぶと、巨大な縦穴の横穴から紫紺の鱗を持つ飛竜の大群が一斉に飛翔してきた。さらにはフロストサーペントの大群までが暗がりから出現し、圧倒的な数の暴力となって大穴を埋め尽くす。
「お前ら、そのノロマを守っとけ!!」
ティオナとティオネに指示を飛ばしながら、ベートが自ら鋭い矢となって敵の群れのド真ん中へと突撃した。
ベートは飛竜の眼球に、腰から引き抜いた双剣を正確に叩き込んで瞬時に撃殺する。周囲の飛竜が吐き出す火炎弾やフロストサーペントのブリザードブレスを、体捌きで紙一重で回避しながら、空中で血に濡れた破壊の乱舞を繰り広げた。
一方のティオナが手元に戻ったエクスカリバ・ローランーで敵を豪快に両断し、ティオネが刺突と切断を以て敵を制圧する。纏った闇の爪による凶悪な引っかきが、飛竜の鱗をまるで濡れた紙切れのように引き裂き、次々と撃墜していった。
『アアアアアアアアアッ!?』
凄まじい大爆光と竜たちの断末魔の吠声が響き渡る中、レフィーヤはもう決して臆することなく、自身のキーブレードを力強く構えた。
下層からの大火球によって階層の床が完全に破壊され、空間の規模が際限なく広がる『竜の壷』。前肢が巨大な翼と化した『イル・ワイヴァーン』の吐き出す紅蓮の炎と、フロストサーペントがもたらす白蓮の吹雪。絶望的な単色に染め上げられようとする混沌の空間で、レフィーヤ達は激しい空中戦を繰り広げていた。
ティオネはオバケゴーストとのリンクスタイルによる『ダークフィアース』となり、すさまじい速度のきりもみキックや急降下キックで容赦なく砕く。遠くにいるモンスターやハートレスには、分身である『ちびティオネ』を高速で投げつけたり、吸引で自身に引き寄せてから足に纏わせた闇の力で完膚なきまでに撃墜していく。
ティオナもまた全身に猛々しい闘気のオーラを纏わせ、エクスカリバー・ローランと
「だぁーっ!?速いのがいるっ!?」
「『強化種』か……!?」
ティオナの焦るような声に、ベートが忌々しそうに悪態をつく。
「ねぇ、ティオネ!あれ何とか吸い込めない!?」
「やれるならとっくにやってるわよ!」
ティオナの無茶振りに、ティオネが苛立ち交じりに怒鳴り返す。
彼らはレフィーヤと違い空を飛ぶための翼を持たず、落下しながらステータスの暴力で無理やり空中戦に対応してきたが、それでも物理的な限界というものはある。多少の攻撃は弾けたおかげで、落下前にかけられた緑光の加護にはまだ余裕があるが、今のままではジリ貧となり、削り殺されるのは時間の問題だった。
同胞を幾匹も襲い、多くの『魔石』を取り込んだ『強化種』。深層の呪いを蓄積した結果、通常の個体とは別次元の筋密度と魔力回路を獲得していた。さらには闇の介入によってかつてないほど獰猛かつ精強となった飛竜達の王は、作中のパワーバランスにおいてこの階層の絶対的な支配者とも言える存在である。血走った獣の眼で空中の獲物を睥睨し、惨殺せんと風を切って迫ってくる。
紫紺の鱗を持つ周囲の飛竜達もまた、王の殺意に呼応するように一斉に逆襲へと飛びかかろうとした。
「私が行きます!」
レフィーヤが決死の覚悟で高らかに宣言し、光の翼をはためかせて下方へと飛び出す。
その瞬間、ベートの背中に引っ付いていたマジックラビットが、長い耳を器用に使って空中のレフィーヤへと飛び移った。
「ウサギ君っ!?」
突然のマジックラビットの予想外の行動に、どうしたのかとばかりにティオナが目を丸くして見開く。
マジックラビットはそのままレフィーヤの身体の中へと溶け込むように入り込み、レフィーヤの姿がリンクスタイル『ライジングウィング』へと完全変貌を遂げた。
眩い変光に目を向けたすべての竜たちは、すぐさま最大の脅威となるであろう標的をレフィーヤへと定める。
恐怖を完全に振り払い、力強い気炎を吐き出すレフィーヤ。全身を激しく打つ風圧や冷気に決して負けず、柳眉を逆立てた彼女は、高らかに呪文を紡ぎ始めた。
「――【解き放つ一条の光、聖木の弓幹。汝、弓の名手なり】」
己の『魔法』で彼等を救わなければ。その強い決心を胸に、レフィーヤは心身に『大木の心』を課し、空を縦横無尽に飛びながら至難の業である『並行詠唱』を敢行する。
「【狙撃せよ、妖精の射手。穿て、必中の矢】!」
飛竜達が放つ灼熱の火炎や、フロストサーペントの絶対零度のブリザードブレスの飛礫を、背中の翼を巧みにはためかせて紙一重で回避する。極限の空中戦の中でも魔力の手綱を決して手放さず、誇りを胸に高らかに歌う。彼女がこの激戦の中で完璧な並行詠唱を成し遂げられるのは、決して偶然や奇跡などではない。これまでの戦いや、アイズやソラ、そしてフィルヴィスとの特訓――これまでに積み上げてきた実戦経験という文脈が、彼女の魔力制御の器を確実に一段階上の次元へと押し上げていたのだ。
レフィーヤの持つキーブレード『フェアリー・エピタフ』が共鳴するように強く光り出す。
フェアリー・エピタフは砕け散るようにして無数の光の粒子へと瞬時に分解される。散らばった若草色の結晶片は重力を完全に無視して旋回し、複雑な幾何学模様を描きながら激しく再構築を開始した。護拳を形作っていた白い花々が解けて持ち手を覆うように滑らかに絡みつき、細身だった柄がぐんぐんと天に向かって長大に伸長していく。
刀身を形作っていた結晶の断片が軸の周囲へと整然に集束し、杖の形となり宝冠にはアカシックレコードが一つとなった長杖――『アーク・ワンド』へと完璧な変貌を遂げた。
杖の宝冠に位置する魔導書の光弾が弾けると、その内部から四つの小さな透き通るクリスタルビットが解脱し、甲高い響きと共にレフィーヤの周囲を遊星のように高速旋回し始める。
半分は近づこうとするハートレスやモンスターに対し、自動迎撃システムと化したビット群が先端から光のショットを連続掃射。幾重もの光の軌跡が全方位を覆い尽くし、迫る敵を片っ端から蜂の巣にしていき、残る半分が彼女を守る円形の強固な光のバリアを展開する。
移動、回避、攻撃、防御という複数の動作を同時に行いながら、完璧な並行詠唱を行う少女の驚異的な成長に、ティオナとティオネは目を丸くして驚き、同じく驚愕していたベートは、面白そうに唇を吊り上げて獰猛に笑った。
(意志を!強い意志を!臆するな!前に!!)
自身の心を激しく震わせるレフィーヤは、展開した幾重もの魔法円の輝きとともにアーク・ワンドを真っ直ぐに突き出した。
「【アルクス・レイ】!!」
悲壮な叫びと共に、アーク・ワンドの先端と四つのクリスタルビットから最大出力の大光閃が放たれる。特大の五つの単射魔法が、直下の竜の群れ目がけて凄まじい速度で撃ち出された。
五つの大光閃が一直線に直下へ向かい、進路上のイル・ワイヴァーンやフロストサーペントを次々と飲み込み、抵抗を許さず灰へと変えていく。
だが、レフィーヤと明確に目が合った強化種たる飛竜の王は、血走った竜眼を見開くと、巨大な翼を力任せに羽ばたかせて強引に気流を捻じ曲げ、軌道を逸れて死の運命から逃れようとした。
「逃がしませぇええええええええええええええええええん!!」
レフィーヤの気迫に満ちた咆哮が響く。彼女の強い意志と卓越した魔力操作が、放たれた五つの大光閃の軌道を空中で強引に曲げた。
直進から湾曲へ。自動追尾の属性を付与された単射魔法が、驚倒する飛竜の王を完全に包囲し、あらゆる死角から挟み込む。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!?』
大光閃が飛竜の王の巨体に食らいつくと、眩い閃光とともに凄まじい絶叫が空間に放たれた。圧倒的な光の奔流に飲み込まれた飛竜の王は、その根源である魔石ごと完全に消滅し、ただの脆い灰塊へと成り果てた。
竜の壷の空間に降りそそぐ、レフィーヤの放った五つの大光閃。
その見事な一撃に、ティオナとティオネがレフィーヤに向かって称賛の握り拳を力強く突き出した。隣で落下を続けるベートも、一瞬だけ認めるような凶悪な笑みを投げかけると、彼女の無事を確信して再び眼下の戦場へと意識を向ける。下から迫りくる飛竜達の群れや、壁面から湧き出したテイルバンカー、アヴァランチ、ウェイブクレスト、ウィンドストームといった深層のハートレス達に向かって、獰猛に攻めかかっていった。
「――こっちも負けてらんないわね!」
垂直な迷宮の壁面を、疾走しながらティオネが叫ぶ。彼女は投げナイフや、分身のようなちびティオネを次々と正確に投擲し、邪魔なハートレスを牽制していく。レフィーヤの決死の奮戦を目の当たりにし、好戦的なアマゾネスの血をたぎらせて唇を舐めると、右手に込められた魔力がより一層の輝きを増した。片手に握った長大なハルバード・ローランを激しく振り鳴らし、自身の闘志を誇示する。
『────────────ッッ!!』
壁を蹴り、宙に身を躍らせ、弾丸となって高速落下してくるティオネ達を迎え撃つべく、モンスターの群れが一斉に咆哮を上げた。
飛竜達とテイルバンカーの口腔から灼熱の火炎が、アヴァランチから絶対零度の吹雪が、ウェイブクレストから高圧の水流が、そしてウィンドストームからは切り裂くような二つの竜巻が放たれる。各属性のブレスが複雑に絡み合い、回避不可能な破滅の嵐となってティオネを飲み込もうとした。
「うっとおぉおおおしいんだよぉ!!」
ティオネは怒りを爆発させながら、渾身の力でハルバード・ローランを振り抜いては猛烈な勢いでプロペラのように回転させる。強風を巻き起こすほどの旋回で属性の嵐を物理的に弾き飛ばして防ぐと、そのまま竜の集団に向かってストライクレイドを投げては魔法で手元に戻すを立て続けに行った。ブーメランのように飛び回る刃が、飛竜の首を幾つも鮮やかに断ち切っていく。
『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!』
その乱戦の最中、58階層の底から一際巨大な大紅竜の咆哮が響き渡った。
直後、下から猛烈な速度で突き上がってくる紅蓮の大火球。
「さっきからッ、うぜえんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!?」
邪魔ばかりする砲竜の狙撃に対し、ティオネは完全にブチ切れながら絶叫する。彼女は落下する勢いと全身のバネを乗せたハルバード・ローランを、脳天から大火球のド真ん中へと力任せに叩き込み、見事に粉砕してみせた。
振り下ろされたハルバード・ローランが上空で巨大な爆炎を咲かせる中、飛竜やハートレスの撃破を続けていたベートは、一人で縦穴の底を鋭く睨み付けていた。
彼の視界内に確認できる、諸悪の根源たる忌まわしき砲竜は四匹。
「――蹴り殺してやる」
血に飢えた狼の笑みを浮かべ、殺意を呟いたその時だった。
「無事かぁあ!ひよっこども!!」
ズザザザーッという派手な音と共に、爆音を掻き消すようなガレスの野太い大声が縦穴に響き渡った。
ベートが驚いて声の方へ振り向くと、そこには目を疑う痛快な光景があった。リンクスタイル『ウェーブサーファー』を発動したガレスが、高速回転する自身のアックス・ローランをまるでサーフボードのようにまたがり、重力を完全に無視して迷宮の壁面を波乗りするように爆走してきたのだ。
「ガレスさんっ!?」
あまりの豪快な登場に、上空のレフィーヤが目を丸くして驚く。
「おーい、みんなぁ!」
さらにはその後ろから、白いコック帽を被った『リヴェリアシェフ』が『ぴょこっ』と元気よく顔を出す。ピンと張り詰めていた死闘の重い空気が、まるで限界まで膨らんだ風船が割れたかのように『ぷしゅー』と抜け落ち、一時的な弛緩が訪れる。
「り、リヴェリア様!?」
いつも厳格なリヴェリアのあまりにも場違いな姿に、レフィーヤはさらに驚愕の声を上げる。
「あほう、本物のリヴェリアがこんな無邪気な子供の顔をお前たちに見せるか」
ガレスが笑い飛ばすと、ティオネが呆れたように「それもそうね……」と呟く。
「こういうのって、ギャップ萌えって言うんだっけ?」
ティオナが竜たちとわちゃわちゃと刃を交えながら、呑気な感想を漏らした。
「うっせぇぞ馬鹿ども!おい、ジジイ!あれを何とかしろ!」
ベートが苛立ち交じりに叫び、下から迫りくる巨大な火球を指さす。
「別に構わんが、ベート。お前のうさぎがなにかするようだぞ」
ガレスが顎でしゃくると、ベートは「あぁ?」と自身の背中のマジックラビットに目を向けた。
次の瞬間、マジックラビットの長い耳がベートの腰にしっかりと巻きつき、信じられないほどの腕力でベートの身体を振り回し始めた。リンクアタック『ジャイアントスイング』の強制発動である。
「ふざけるな!うさぎぃ!!」
ベートが絶叫しながら、周囲の壁面ごとアヴァランチをフロスヴィルトの蹴りで粉砕していくと、マジックラビットは遠心力を極限まで高め、ベートを狙撃してきた砲竜の火球に向けて一直線に投げ飛ばした。
ドガァァァンという重厚で鼓膜を破るような爆発音の中、マジックラビットの耳が『ぽよんっ』という間の抜けたコミカルな音を立てて弾けた。死力と尊厳を懸けて空を支配する強大な竜たちにとって、その場違いな玩具のような音響は、己の存在を徹底的に矮小化されるような屈辱感と強烈な苛立ちを呼び起こしていた。
一見すれば、小動物が第一級冒険者を投げ飛ばすという滑稽極まりない戦法である。しかし、彼らは決して眼前の竜を侮っているわけではない。極限の死地において、初速のタメを完全に省略し、空中からトップスピードで奇襲をかけるための、一切の無駄を削ぎ落とした最大限の警戒と合理性の表れであった。
それと同時に、マジックラビットはこっそりとベートのレッグホルスターから、金の装飾が施された黄色の刀身を持つ魔剣を一本抜き取っていた。長い耳の強烈なスプリングを活かし、投げ飛ばしたベートの後を追うように魔剣を全力で投擲する。
凄まじい速度で飛来した魔剣は、空中でベートの右足のフロスヴィルトに見事に直撃した。靴に埋め込まれた黄玉が魔剣に封じられた強大な電撃の力を残さず喰らい尽くし、代わりに『魔剣』は空中で粉々に砕け散った。
次の瞬間、魔剣に内包されていた雷の魔力が黄玉を媒介にしてフロスヴィルトへと逆流しマジックラビットのリンクスタイルによる雷撃が調和する。風の推進力と雷の破壊力が螺旋状に絡み合い、極大のプラズマのドリルとなって二重の雷衣が完成した。
ベートの蹴撃の軌道は、まさに螺旋を描く穿孔の如し。急激な軸回転を伴いながら一気に加速する足先は、円錐状の風圧と極大の雷を強引に纏っていく。
その必殺の軌道上へ、間髪入れずに巨魁な紅蓮の質量が立ち塞がった。轟音と共に迫り来るは、四体の砲竜から放たれた熱量を一点に集中させた特大の火球。周囲の空間ごと焼き尽くさんと迫る圧倒的な炎の圧迫感に対し、ベートの繰り出したきりもみ回転キックは微塵の減速も見せずに正面から激突した。
爆ぜる灼熱の衝撃波が周囲の空気を歪ませ、視界一面を赤熱の光が覆い尽くす。本来であれば、衝突の瞬間に熱と爆風に相殺され、その場に留まるか弾き飛ばされるはずであった。
だが、衝突の負荷など最初から存在しなかったかのように、雷を纏うキックの推進力は一向に衰えない。それどころか、絶え間ない回転軸が凶悪な旋風の刃となり、炎の質量そのものを真正面から捉えていた。
凄まじい旋風の渦が、猛威を振るう火球の核心を強引に抉り穿つ。渦巻く圧力が炎の分子を力任せに散らし、荒れ狂う爆炎は回転の波に完全に飲み込まれていく。直後、大火球は爆発の余韻すら残すことを許されず、螺旋の風圧と雷光によって完全に掻き消された。
破られた炎の残滓を置き去りにし、加速を維持したままのベートの蹴撃は、何者にも遮られることなくターゲットである砲竜が陣取る58階層へと突き進んでいく。
「ほぉ、やりおるわいベート」
上空からその圧倒的な突破劇を見下ろし、ガレスが感嘆の声をあげる。
「わしらも行くとするか」
ガレスがそう言うと、背中のリヴェリアシェフが淡く光り出し、ガレスの身体がリンクスタイル『ライジングウィング』へと変貌を遂げた。背中に生えた翼を力強くはためかせ、ティオナの手をガシッと掴むと、一気に58階層へと急降下を開始する。
「お願いねレフィーヤ!」
それに合わせて、空中のレフィーヤにしっかりと捕まっていたティオネが合図を送る。
「は、はいっ!」
レフィーヤ達もガレスたちの後を追うように急降下を開始した。
一方、二重に宿る雷の力が描く光の軌跡は、まさに神の落とす稲妻のごとし。
竜達に向かって直線的に降下したベートは、次の瞬間、『竜の壷』の最深部を突破し、58階層の大地へと到達した。
「死ね」
冷酷な死刑宣告と共に、ベートは砲竜の巨大な顔面に、限界まで加速したフロスヴィルトを深々と叩き込んだ。
二重の雷と《フロスヴィルト》の攻撃力が完全に合わさった、ベートの最大威力。渾身の雷の蹴りをまともに浴びた大紅竜は、その強固な頭部を一瞬にして消失させ、ゆっくりと背中から倒れ込んだ。
十メートルに及ぶ竜の巨体が地に沈み、倒壊した塔のように轟然と階層を震動させる。
そのすぐ脇に、雷光を散らしながら着地を決めたベートは、周囲の竜達の混乱と恐れに満ちた吠声を耳にしながら、ゆっくりと顔を上げた。
「戻ってきてやったぞ……クソッタレども」
凶悪な笑みを浮かべ、ベートは呟く。
58階層は、49階層の大荒野と同じくとにかく広大かつ単一の空間であり、迷路も存在しなければ視界を遮る仕切りもない。黒鉛の壁と天井が長方形を描く巨大な『ルーム』である。その空間全体を睥睨し、ベートが牙を剥いていると、上空から元気な声が降ってきた。
「二番乗りっ、っとッ!」
同じ大穴から、ティオナとガレスが凄まじい地鳴りを立てて58階層の地面に着地する。
並び立った三人の冒険者に対し、生き残った大紅竜を含めた無数のモンスター達が一斉に憎悪の眼光を向ける。だが、その一触即発の空気を切り裂くように、上空から澄み切った声が響き渡った。
「――【雨の如く降りそそぎ、蛮族どもを焼き払え】」
「あんた達、逃げなさい!!」
ベート達の頭上から、王族の玉音の詠唱と、ティオネの鋭い警告が投下される。
その真意を即座に察知したベート、ティオナ、ガレスの三人は、迫り来るモンスターの攻撃に構わず、その場から全速力で緊急離脱した。
「【ヒュゼレイド・ファラーリカ】!!」
直後、上空から解き放たれた極大の炎矢の豪雨が、58階層を無慈悲に覆い尽くした。
逃げ遅れた砲竜以外の無数のモンスター達は、抗う間もなく業火に焼き尽くされ、灰へと変わっていく。黒煙を上げて火の粉が舞い、辺り一面は文字通りの焼け野原と化した。
王族の『魔法』によって、ルーム内に存在したモンスター達の大半は撃破、あるいは再起不能の深手を負った。
だが、それでも未だ夥しい数の敵が広大な階層内に散在している。頭上に空いた複数の大穴からは、新たな飛竜の群れが次々と出現し、何より、強固な耐久力を持つ砲竜の残党は健在であった。
残る砲竜の数は七体。
しかし、その絶望的な数に怯むことなく、背中の光の翼をはためかせたガレスが、一体の砲竜の懐へと急接近した。振り被った大斧による一撃が、竜の分厚い装甲を粉砕し、頭部を完全に吹き飛ばす。
「────」
頭部が豪快に弾け飛び、巨体が崩れ落ちる大紅竜の姿。そのあまりにも圧倒的な暴力の前に、ティオナ達だけでなく、全てのモンスター達が一時的に動きを止めた。
『オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!?』
我に返った同胞の砲竜が、怒りと恐怖の混じった吠声を打ち上げる。
それを合図に、周囲のモンスター達は、竜の群れのド真ん中に孤立して現れたたった一人の重戦士、ガレスに向かって一斉に殺到した。
だが、ガレスは全く動じない。主武装である《グランドアックス》、そして
回転する大斧が、襲い来るモンスターを薙ぎ払い、そのまま残る一匹の砲竜の足を粉砕する。バランスを崩し、倒れ伏す砲竜。
ガレスはその隙を見逃さず、力強く踏み込んで竜の巨大な尾の先端をガシッと摑んだ。同士討ちを恐れる他の砲竜達が、ブレスを吐けずに数瞬攻めあぐねる。大紅竜達のその僅かな躊躇と隙を完全に掠め取り、ガレスは両足を踏ん張った。
「ふんっっ、ぐっっ、おぉぉ……!!」
太い腕の血管を隆起させ、両手と全身の筋肉を用いて、何十トンもの重量を持つ竜の尾を強引に引っ張り、持ち上げる。
「……ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
ドワーフの真骨頂たる、英雄の雄々しい叫びが轟く。
ガレスの上半身の強引な引き上げに合わせ、巨大な竜の巨軀が信じられないことに地からゆっくりと浮かび上がった。
『ァ、ァアアアアアアアアアアアッ!?』
尾を摑まれ、宙吊りにされた竜が、恐怖の悲鳴を上げる。
ガレスはそのまま、絶叫する砲竜を巨大な鉄球投げのごとく振り回し始めた。ただ力任せに振り回しているのではない。竜の分厚い鱗は極めて高い対魔力・対物理耐性を誇る。その巨体を振り回すことで、ガレスは全方位からの攻撃を完全に遮断する無敵の動く城塞を構築したのだ。ドワーフ特有の完璧な重心制御が、竜の質量を極大の遠心力へと変換していく。
そのあまりにも常軌を逸した豪快な光景に、遠目から見ていたティオネとベートが信じられないと絶叫し、ティオナとレフィーヤともども、巻き添えを食うまいと慌てて地面へ伏せる。
ガレスの回転は回数を積むごとに速度と遠心力による破壊力を激増させ、近寄ろうとしたモンスター達を一瞬にしてひき肉にして蹴散らしていく。同じ巨体を持つ砲竜でさえ、振り回される同胞の体軀に衝突しては、ボウリングのピンのようになす術なく薙ぎ払われていった。
「ぬぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
ガレスが雄たけびを上げながら回転速度を最大まで引き上げる。もはや巨大な質量を持つ暴風と化したガレスと大紅竜は、周囲一帯のモンスターを完全に吹き飛ばし、真空地帯を作り出した。
「飛べぇえええええええええええええええええええええええええええいッ!!」
そして、仕上げとばかりにガレスの太い両手が竜の尾を手放した。
莫大な遠心力を帯びた竜の巨軀は、悲鳴と共に斜め上方へと飛び立ち、頭上の穴から降り注いできた飛竜の群れを纏めて巻き込みながら、迷宮の分厚い岩盤へと激突した。
ズガァァァァァァンッ!!
58階層の天井が激しく崩壊し、隕石の衝突と聞き紛うような轟音と震動が発生する。
「……す、すっごい」
「さて、団長にメールっと」
伏せた地面から顔を上げ、埃まみれになったティオナが、あまりの惨状に頰を引きつらせて呟き、ティオネがフィンに砲竜の心配がなくなったとメールを入れる。
「何をしておる、ひよっこども。まだ来るぞ、さっさと立て」
息一つ乱さぬガレスが厳しい声で促した。
その言葉と同時に、周囲の空間が激しい歪みを見せ始めた。壁面や石床の亀裂から、黒々とした不吉な闇がヘドロのように溢れ出し、空間全体の重力が狂い生じたかのような不気味な圧迫感が、広大な58階層を支配していく。
膨れ上がった闇の渦の中心から、圧倒的な威容を誇る巨大な影がゆっくりと立ち現れた。
絢爛かつ凄惨な色彩のステンドグラスのような装束を纏い、その背には剣や槍、斧といった多種多様な武具を無数に背負った大ハートレス『ウェポンマスター』である。黒鉛の単色に支配された迷宮の中で、その毒々しいほどの極彩色は不気味なまでのコントラストを描き出していた。
不気味に明滅する黄色い眼光が冒険者たちを捉えると同時に、胸部に刻まれた赤と黒のハートレスの紋章が、脈打つように禍々しい光を放ち始めた。
「な、なに……あれ……!?」
「ハートレス、なんですよね……?」
「チッ……なんだあの背中からの匂いは……!?」
あまりにも異質で暴力的な姿と、底知れぬ闇の濃度に対し、レフィーヤ、ティオネ、ベートの三人は思わず息を呑み、目を見開いて声を漏らした。
ウェポンマスターが背中の武具を豪快に打ち鳴らし、空間を震わせるほどの重厚な咆哮を上げた直後、今度は足元から不吉な機械駆動音が響き渡り始めた。
足元に広がった闇の陣から、異物感に満ちた無機質な巨躯が次々と這い出てくる。
出現したのは、重装甲と巨大な拳を備えた赤色の個体、長大な砲身を備えた紫色の個体、そして流線型の滑らかな装甲を持つ青色の個体――ロボット玩具のハートレス、『ギガース』の群れであった。
「あ、あれってソラが言って見せてくれたギガース!?」
「ふむ……これがギガースか。まさかこの目で見れるとはな…」
突如出現した鉄の軍勢に対し、あらかじめトイボックスの話をソラから聞いていたティオナとガレスは、驚きつつも興味深げに目を輝かせる。
「おいおい……変な鉄くずまで湧いてきやがったのかよ!?」
未知の敵の連続に状況を呑み込めないベートが、牙を剥いて毒づく。
色も性能も異なる複数のギガースたちが、主であるウェポンマスターの周囲を固めるように重厚な足音を立てて接地し、一斉に凶悪な砲身と鋭利な爪を前方へと向けた。
無数の武具を背負う巨躯と、それを取り囲む重厚な鉄の軍勢。立ち塞がる絶望的な敵勢を前にしても、合流したソラはキーブレードを力強く握り直し、アイズやベート、フィンたち冒険者たちも一歩も退くことなく、静かに、しかし確かな闘志と共に得物を構える。
誰一人として臆することなく、凛とした力強い眼差しでウェポンマスターたちをまっすぐに見据えた。
ウェポンマスターが背中から長大な斧槍を引き抜き、同時にギガースたちの砲身が白熱したエネルギーを蓄え始めた瞬間。
死地と化した58階層で、重厚な鉄と闇が織りなす激闘の火蓋が、ついに切って落とされた。
武器紹介
アーク・ワンド
レフィーヤのキーブレードが変形した姿。
ミラージュロッドのような使い方はできるがミラージュロッドと違い分身は出せないがビットで魔法が使え一つの詠唱で5回魔法を発動させたり今後のレフィーヤの成長次第では5つの魔法を同時に使用できるかもしれない
次回はソラ達サイドの話です