地鳴りのような咆哮と共に、迷宮の奥底から絶望の波が押し寄せてきた。
視界を埋め尽くすのは、極彩色の魔石を抱えた大量の
「魔剣と魔法を一斉に放つっすッ!!」
血を吐くようなラウルの号令が、戦場に響き渡る。
その指示を合図に、サポーター達が一斉に炎や雷の魔剣を解放し、後衛の魔導士達が魔法を放った。色とりどりの破壊の閃光が宙を駆け抜け、押し寄せる怪物の群れの前衛を次々と爆砕していく。
だが、その激しい防衛戦の光景を遠くから見下ろしていた植物と融合した女体型が、不快げに顔を歪めた。彼女は狂気に満ちた笑みを浮かべると、自身の巨体から生える極太の緑色の触手を高く振り上げ、唸りを上げて防衛陣の中心へと叩きつけてきた。
空気を引き裂く轟音。
直撃すれば陣形ごと粉砕されるであろう質量の暴力を前に――ソラが、躊躇なく前に出た。
「させるかっ!」
ソラは瞬時に手にしたキーブレードを『エバーアフター』から、グランシェフへと持ち替えフライパンへと変形させる。自身の背丈ほどの巨大なフライパンを両手で盾のように構えると、正面から迫る極太の触手に対して『チャージガード』を展開した。
剛速球のごとく振り下ろされた質量の大木がフライパンに激突した瞬間、鼓膜を破るほどの爆音が轟き、凄まじい衝撃波が放射状に炸裂する。規格外の勢いと重量に、ソラの腕の筋肉が悲鳴を上げ、「くっ」と歯を食いしばる。足元の硬牢な岩盤が蜘蛛の巣状にひび割れ、すり鉢状に激しく陥没して砕け散った。だが、その常軌を逸した威力が逆に功を奏した。敵の攻撃のエネルギーを吸収するフライパンのチャージが、一瞬にして最大値まで溜まり切ったのだ。
「お返しだ!」
ソラが巨大なフライパンを下から上へとかち上げるように勢いよく振り抜く。蓄積されたエネルギーが『フレイムバースト』となって爆発的に解き放たれ、彼の手元から極大の炎の渦が真っ直ぐに噴出する。灼熱の奔流が極太の触手を真っ向から吹き飛ばし、完全に炭化させた。
だが、防ぎきれなかった触手の余波が暴風となって防衛陣を襲う。
「うわぁっ!?」
突風に煽られて吹き飛ばされたラウルの背中を、ティオネが力強く受け止めた。
「っと、危ない危ない」
ティオネがラウルの背を支えながら軽口を叩く。ラウルは触手の勢いに負けて体勢を崩したものの、彼が構えていたシールドを触手が弾いたまさにその瞬間、シールドに秘められたカウンターの魔法が自動で発動していた。
弾かれた衝撃をトリガーとして猛烈な冷気が噴き出し、ラウルを襲った触手の一本を瞬時に氷漬けにして完全に凍結させる。
「よーし!いっくよーっ!!」
凍結し、身動きが取れなくなった巨大な触手へと向けてティオナが跳躍する。彼女の振るう
さらに後方から、レフィーヤとアリシアの追撃が間髪入れずに放たれる。
「炎よ!」
「燃えなさい!」
レフィーヤの放つダークファイガと、アリシアの放つファイガの爆炎が空中で交差する。二つの強力な炎の魔法が周囲で暴れ回る残りの触手を包み込み、悲鳴を上げる間もなく燃やし尽くして陣形への脅威を排除していった。
防衛陣が連携して触手の脅威を退け、息をつく暇もなく奮闘を続ける中、遠方に鎮座する女体型の周囲の大気が異常な熱を帯び始めた。
彼女の口元が歪な弧を描き、致命の魔法の詠唱が開始される。空間そのものが燃え上がるような熱波が、前衛の肌をジリジリと焦がしていく。
『【代行者ノ名ニオイテ命ジル与エラレシ我ガ名ハ火精霊炎ノ化身炎ノ女王──】』
破滅の魔法が完成しようとした瞬間、危機を察知したレフィーヤが即座に杖を掲げ、精霊の光を紡ぎ出す。
「舞い踊れ大気の精よ、光の主よ。森の守り手と契りを結び、大地の歌を持って我等を包め。我等を囲え大いなる森光の障壁となって……っ!【ヴィア・シルヘイム】!!」
彼女の魔力によって半透明の強固な五重の結界が展開される。その直後、女体型が『ファイアーストーム』を解き放ち、大灼熱の嵐が結界と正面から激突した。
灼熱の業火が光の盾に衝突し、大気が悲鳴を上げるほどの凄まじい閃光と爆音が59階層全体を激しく揺るがす。だが、レフィーヤの結界は、師であるリヴェリアが展開するものほどの絶対的な頑丈さは持っていなかった。凄まじい熱量によって結界の表面にヒビが走り始め、さらには結界の死角を突くようにして、アンヴァース達が次々と結界に群がり、爪や牙で物理的な破壊を試みてくる。
魔法の激突とアンヴァースの猛攻。二重の負荷が結界を蝕み、ついに第一、第二の壁が耐えきれずに砕け散り、ついに最後の第五の結界にまで致命的な亀裂が走り、彼女の限界を知らせるように激しく震え始めた。
「あ……も、もう、が……っ」
許容量を超える魔力消費がもたらす、
(もう、だめ……っ)
そのまま膝から崩れ落ちそうになる彼女へと、破滅の炎が容赦なく迫る。
だが――防衛陣が炎に飲み込まれようとしたその瞬間。崩れ落ちるレフィーヤの華奢な背中を、力強い手がしっかりと支えた。
「諦めるな、レフィーヤ!」
「頑張って、レフィーヤ!!」
ソラが、そしてソラの声に重なるようにしてティオナが、限界を迎えた彼女の背中に温かな励ましの声を掛ける。
瞬間、ソラとレフィーヤ、そして仲間たちの心が強く共鳴し、眩い光が二人の間に溢れ出し『トリニティ』を発動させる。
砕け散る寸前だった最後の結界が、ソラ達の放つ『トリニティガード』の莫大な光のエネルギーによって瞬時に補強された。薄氷のようだった結界が黄金の輝きを放つ絶対の防壁へと変貌し、猛烈なファイアーストームの炎と群がるアンヴァースの群れを一気に向こう側へと押し返していく。
炎の嵐を完全に弾き飛ばしたことを確認すると、役目を終えた光の結界は静かに空気に溶けるように消滅した。
「ラウル!!」
「えっ?!」
結界が消えた直後、ソラが真横にいたラウルの腕を唐突に力強く掴んだ。驚きで素頓狂な声を上げる彼に対し、ソラはニッと悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「よろしくっ!」
「ぬわぁああああ!!」
その言葉と共に、ソラはラウルを前方へと豪快に放り投げた。
突然宙を舞うことになったラウルは、情けない悲鳴を上げながら空を飛ぶ。だが、彼もまたロキ・ファミリアを支える第一級冒険者だ。咄嗟の判断で空中で身をよじり、前方へ向けて自身のシールドを大きく展開しながら敵陣のど真ん中へと着地した。
着地と同時に、シールドに込められた氷の力が解放される。大地を這うように広がる猛烈な凍気が、ラウルに群がろうとしていたアンヴァース達や、奥で毒液を吐き出そうとしていた
前衛陣の命懸けの抵抗を前にしても、女体型は狂気に歪んだ笑みを崩さない。彼女はラウル達の奮闘を嘲笑うかのように、すぐさまさらに凶悪な魔法の詠唱を開始した。
『【地ヨ、唸レ──】』
展開される黒の魔法円と漆黒の魔力光。早すぎる再始動に一同は凍りつく。大気中の魔力が一箇所に集束し、空が不吉な黒色に染まり始めた。
『【来タレ来タレ来タレ大地ノ殻ヨ黒鉄ノ宝閃ヨ星ノ鉄鎚ヨ開闢ノ契約ヲモッテ反転セヨ空ヲ焼ケ地ヲ砕ケ橋ヲ架ケ天地ト為レ降リソソグ天空ノ斧破壊ノ厄災──】』
詠唱量が落ちた長文詠唱──それはすぐに絶望の砲撃が撃ち出されると同義だった。
その異常な魔力濃度を肌で感じ取ったレフィーヤが、素早く懐から取り出したエーテルを飲み干す。枯渇しかけていた
「待って、レフィーヤ。俺にいい案がある!」
だが、ソラがそれを手で制止する。
「みんなで、このまま突撃しよう!!」
常軌を逸した提案。
だが、ソラの真っ直ぐで力強い瞳には一切の迷いがない。
その背中を見続けた仲間たちは、誰一人として疑問を差し挟むことなく、ソラの言葉を信じて武器を強く握り直し一斉に突撃を開始する。
前方の敵をソラ達が蹴散らし、背後から迫り来る芋虫型の追撃を、クルスをはじめとするサポーター達が必死に魔剣を振り回して薙ぎ払いながら、決死の行軍を続ける。
『【代行者ノ名ニオイテ命ジル与エラレシ我ガ名ハ地精霊大地ノ化身大地ノ女王──】』
神速で詠唱が構築され、本能でアイズ達が地を蹴った瞬間、怪物が歌い上げる。
『【メテオ・スウォーム】』
空を覆っていた不吉な黒雲が割れ、絶望が具現化したかのような光景が現れる。
遥か上空から、黒光りする巨大な隕石群が、空気を引き裂く轟音と共に無数に降り注いできたのだ。
回避不能の広範囲、かつ即死級の質量の雨。迫り来る圧倒的な死の影を見上げ、ラウルやサポーターたちの口から悲鳴にも似た絶望の声がこだました。
逃げ場などどこにもない。降り注ぐ無数の隕石群を前にして、しかしソラの足は決して止まらなかった。
彼は走りながら、懐の奥底から星型のお守りを取り出し、両手でぎゅっと握りしめる。そして、激しい戦場の中でふっと静かに目を閉じた。
胸の奥深くに灯る、大切な仲間との温かな絆。その繋がりへと意識を集中させると、握りしめたお守りとキーブレードの切っ先から、鮮烈な青と金の光粒子が竜巻のように噴き上がった。同時に、ソラの足元に星空を模した眩い光の魔方陣が展開される。
「俺に力を……!」
ソラの呼びかけに呼応するように、お守りから強烈な光があふれ出す。それは夜空の星屑を思わせる無数の煌めきを伴って、宙を泳ぐように巨大な渦を巻いた。
立ち昇る光の煙。その中から、淡く透き通る鮮やかな青い燐光を纏った、筋骨隆々の巨躯が姿を現した。
ランプの魔人、ジーニーの顕現である。
音もなく宙を豪快に旋回したジーニーは、声こそ発しないものの、その表情と身振りは極めてコミカルで躍動感に満ち溢れていた。現れるなり親指を立ててソラへウインクを飛ばし、大げさに両手を広げて胸を張り、見事なパントマイムで挨拶を披露する。ぐっと腕まくりをして力こぶを誇示すると、今度は敵陣である女体型を指差し、「任せておけ」と言わんばかりに自信満々の笑みを浮かべた。
そのあまりに頼もしすぎる姿に、ソラは絶望の淵にいながらも思わず口元を綻ばせる。
「頼む、ジーニー!」
ソラの言葉に応じ、無言の青い魔人が愉快そうに頷き、夜空に響くような澄んだ音で指を鳴らした。
刹那――世界に魔法が掛かった。
彼らの頭上に迫っていた黒色の巨大な隕石群が、すべて無数の美しい桃色の花びらへとポンッと音を立てて変化したのだ。死を運ぶはずの隕石の雨は、ふわりふわりと舞い散る美しい花吹雪となって戦場を優しく彩る。
『……!?』
自らの必殺の極大魔法を一瞬にして花びらに変えられ、女体型は驚愕に目を見開く。だが、彼女はすぐさま意識を切り替え、次なる破滅の魔法を紡ごうと口を開いた。
しかし、彼女が声を上げるよりも早く、突然、女体型の全身が目に見えない強烈な力で上方から押し潰された。
『ガッ!?』
ジーニーが放った『グラビティ』による超重力。巨大な肉体が軋むような悲鳴を上げ、地面に完全に縫い付けられる。苦悶の声を上げながらも、女体型はなお執念で詠唱を続けようと唇を動かした。
それを見たジーニーが、遠く離れた空中で親指と人差し指をつまむような仕草をとる。そして、空間を左から右へ「スーッ」とスワイプするようにスライドさせた。
瞬間、女体型の口元に青い燐光で形作られたジッパーが走る。自動でジッパーが閉じるようにジーニーの指の動きに合わせて唇が完全に閉じ合わされ、最後にジーニーが手元でカチッと鍵をかける仕草をすると、ジッパーが光の粒子となって消滅した。
残されたのは、唇そのものが完全に縫い止められたように開かなくなった女体型の顔。
『!? ――ンンッ!?』
ジーニーは遠くから自分の唇に人差し指を当て、「シーッ……!」と大げさに静粛を促すポーズをとって見せた。
言葉を封じられ、魔法を封殺された女体型が激怒し、イラつきに任せて無数の極太の触手をジーニーへと放つ。だが、ジーニーは余裕の笑みを浮かべたまま、先端にランプが付いたキーブレードを模した奇妙な武器を構える。宙を舞うような軽快な剣戟を展開し、襲い掛かる触手の一撃を踊るように捌き続けてみせた。
魔人ジーニーが巨大な敵の注意を完全に引きつけ、交戦している間、アイズ達は迷宮の床を蹴り、ひたすらに前方へと走り続けていた。
事前にソラから「出せるのは40秒」と聞いていた彼らは、その短い時間の中にすべての勝機を懸けていた。この40秒の間に女体型の懐まで肉薄し、確実に仕留めなければならない。
彼らの決死の行軍を阻むように、藍色のアンヴァースや不気味な食人花が次々と行く手を塞ぐ。だが、アイズ達は傷を負うことなど恐れず、立ち止まることなく武器を振るって強引に前へと進み続ける。
女体型まで残り150
「どけぇぇぇぇッ!!」
血を吐くような絶叫と共に、ラウル達サポーター陣が手持ちの魔剣の力を限界まで一斉に解放する。極彩色の炎の津波と紫電の嵐が狂い咲き、視界を埋め尽くすほどの分厚い敵の壁を次々と消し炭に変えながら、強引かつ暴力的に進路の風穴を穿った。
女体型まで残り130
「はぁッ!」
アイズが風を纏った剣を振り抜き、【エアロガン】の暴風を放つ。大気を切り裂く風の刃が巨大なアンヴァースの群れをまとめて吹き飛ばし、さらに道をこじ開けた。
そして、女体型まで残り100
突如、前衛で触手を捌いていたジーニーの身体が淡い光の粒子へと分解され始めた。ソラの召喚のタイムリミットが訪れ、青い魔人は空中に笑顔を残したまま、光となって完全に消滅する。
同時に、女体型を縛り付けていた超重力と、口元を封じていた見えないジッパーの魔法が解けた。自由を取り戻した女体型は、迫り来るアイズ達を睨みつけ、すぐさま憎悪に満ちた詠唱を再開する。
『【火ヨ、来タレ──】』
『【代行者ノ名ニオイテ命ジル与エラレシ我ガ名ハ火精霊炎ノ化身炎ノ女王──】』
女体型の周囲で、空間を焼き尽くさんばかりの膨大な魔力光が膨れ上がっていく。
その詠唱が完成しようとした絶体絶命の瞬間、女体型の眼前の虚空から、流星のような速度で黄金の穂先が飛来し、彼女の眉間めがけて突き出された。
『!?』
女体型は咄嗟に首を捻ってその凶刃を避ける。だが、その強引な回避運動のせいで極限まで練り上げられていた魔力の制御が完全に失われた。
膨れ上がっていた炎の魔力が内部で暴走し、激しい自爆を引き起こす。女体型が苦悶の声を上げ、展開されかけていた凶悪な魔法円が霧散して消え去った。
「ソラ、アイズ、行けぇぇぇぇッ!!」
その黄金の槍――白亜の槍を投擲したのは、遥か上空で神像ウォーリング・トライアドとの死闘を制し、ついに帰還を果たした小人族の勇者、フィンであった。
彼の声に応えるように、フィンの両脇からオラリオ最高峰の力が解き放たれる。
迫りくる巨大なアンヴァースの群れを、リヴェリアが杖を一振りして展開した広範囲の氷結魔法で次々と凍りつかせ、続くガレスが落下速度を乗せた大戦斧の一撃で、氷の彫像と化した敵陣を大地ごと粉砕する。
首脳陣の帰還による圧倒的な援護が、ソラとアイズの前に完璧な道を拓いた。
女体型まで残り80
ソラはキーブレードを再び魔法の杖『エバーアフター』へと戻し、周囲の魔力を限界まで集束させてフィニッシュ技を放つ。彼の足元から光の塔が伸びるようにせり上がり、ソラはその頂点へと舞い上がった。
「光よ!」
ソラの叫びと共に、光の塔の頂点から天に向かって巨大な光の珠が打ち上げられる。そして次の瞬間、その光の珠から無数の白き閃光が、まるで降り注ぐ流星雨のように全方位へと一斉に放射された。
地面を深くえぐり取るような極太の光の奔流が、周囲を囲っていたアンヴァースや強靭な芋虫型の怪物を次々と貫通して撃ち抜き、断末魔を上げる間もなく跡形もなく消し飛ばしていく。広範囲を瞬時に更地へと変えるその圧倒的な殲滅力で、アイズの進路をさらにクリアにした。
女体型まで残り50
防衛陣の横で激しい戦闘を繰り広げていたピエロスターが、ベートと椿の猛攻を凌ぎながら、急接近するアイズ達へと『アルテマ』を紡ごうとする。
「させるかぁあ!!」
ベートが死角から鋭い飛び蹴りを放つ。ピエロスターは咄嗟に右腕でその破壊的な蹴りを防御するが、体勢を崩しながらも強引に左腕に魔力を集束させ、アイズ達へ向けてアルテマを放とうと腕を突き出した。
「させんッ!!」
突き出されたその左腕めがけて、椿が地を蹴った。マジックラビットとボウクンレックスとのデュアルリンクにより『ブレードチャージ』状態となった椿の姿がある。
彼女の振るう紅蓮の大太刀が、空間そのものに溶断の軌跡を焼き付けながら神速で一閃される。凄まじい熱量と絶対的な鋭さを孕んだ刀身が、ピエロスターの左腕を分厚い極彩色の衣ごと根元から完全に切断した。焼き斬られた断面から噴き出そうとしたどす黒い鮮血すら瞬時に蒸発させるほどの一撃。魔力の集束先を失ったアルテマは完全に霧散し、ピエロスターが激痛に苦悶の声を上げて大きく後退する。
女体型まで残り30
自爆の魔力暴発から立ち直った女体型の顔から、これまで浮かべていた余裕の笑みは完全に消え去っていた。彼女は剥き出しの怒りと焦燥を孕んだ瞳でソラ達を睨みつけ、喉を震わせて甲高く叫ぶ。
『──アアアアアッ!』
その絶叫を合図に、ソラとアイズの足元の地面が爆発したかのように激しく隆起する。死角となる真下から、巨大な樹木ほどの太さを持つ無数の緑色の槍が、串刺しにせんと猛スピードで突き上げられた。
だが、その必殺の緑槍が二人の身体を貫くよりも一瞬早く。
遥か後方の虚空から飛来した二枚のシールドが、音を置き去りにする弾丸のごとき速度で緑槍の側面に激突した。シールドから溢れ出した強烈な冷気が瞬時に緑槍全体を凍結させ、脆くなった刃は自らの突出の勢いに耐えきれずに砕け散る。
それは遠方に降り立ったフィンとガレスが、それぞれの得物をバット代わりにし、ラウル達から借り受けたシールドをボール代わりにして力任せに叩き投げた、規格外すぎる物理的援護射撃であった。
完璧な奇襲すらも防がれた女体型は、即座に攻撃を諦めて絶対防御の態勢へと移行する。自身の下半身を覆っていた十枚の巨大な花弁装甲を展開し、全身を球体のようにすっぽりと包み込んで、一切の攻撃を寄せ付けない強固な鉄壁の要塞と化した。
だが、ソラ、アイズ、そしてナルバードの心は、すでに限界を超えて完全に一つに共鳴していた。
「いくぞ!」
三人の間に『トリニティリミット』が発動する。極限まで高められた魔力と想いが極大の光のスラッシュとなって一閃され、幾重にも展開されたはずの強固な花弁の要塞装甲を、まるで熱したナイフでバターを切るかのように一気呵成に両断する。絶対の防御を誇った花弁は、内部の魔力ごと一瞬にして粉々に粉砕され、虚空へと散っていった。
装甲を完全に破壊され、無防備な姿を晒すことになった女体型。絶体絶命の危機に瀕しながらも、怪物の瞳にはいまだ底知れぬ悪意が宿っていた。
彼女は隠し持っていた切り札――口内に密かに展開させていた蒼い魔法円をソラ達の眼前に見せつける。
『【アイシクル・エッジ】』
ゼロ距離からの不意打ち。回避不能の巨大な氷の柱が、口内から放たれようとした。
だが、その死の氷撃が放たれた瞬間、後方から一条の光の矢が直角に飛来した。レフィーヤが寸分の狂いもなく放った【アルクス・レイ】が、眼前の氷柱の側面に激突する。強烈な衝撃によって氷柱の射線が大きく逸れ、ソラとアイズの真横を虚しく通り抜けて背後の岩壁に突き刺さった。
最大の奇襲をも凌がれた女体型に対し、アイズの風を纏ったデスペレートと、ソラのキーブレードが同時に振り下ろされる。
女体型はそれを両手で直接受け止めようとするが、風の大渦と鍵の魔法刃が放つ破壊力は彼女の想像を遥かに超えていた。二つの刃が腕と極彩色の衣をズタズタに引き裂き、紅い体液が鮮烈に迸る。
『──イヤァ!?』
腕を切り裂かれた女体型が苦悶の叫びを上げながら、最後の足掻きとばかりに下方から渾身の大鞭を射出する。さらには、背後で交戦を続けていたピエロスターが、こちらの窮地を察してソラ達の頭上に向けて巨大な『メテオ』を落としてきた。
下方からの大鞭、上方からの隕石。上下からの挟撃。
ソラは即座に反応し、巨大なフライパンで『チャージガード』を展開して下からの大鞭を正面から受け止める。そのまま力任せに『フレイムトルネード』を旋回させ、激しい炎の渦で大鞭を根本から燃やし尽くした。
一方、上空から落下してくるメテオに対しては、ベートと椿が猛スピードで飛来して激突。二人の圧倒的な物理破壊力によって隕石は空中で粉々に砕け散り、さらにはその勢いのまま落下し、隕石を放ったピエロスターの胴体を十文字に両断してみせた。
全ての障害が排除された。ソラはそのまま、隣を走るアイズの手を力強く掴む。
「行くぞ、アイズっ!」
「……っ!」
ソラが気合と共に叫び、アイズの華奢な身体を、女体型の頭上の死角に向けて思い切り力任せに放り投げた。
ソラの力で高く虚空へと舞い上がったアイズ。彼女の纏う風は極限まで圧縮され、最大の
両腕を切り裂かれ血まみれになった女体型も、頭上に白い魔法円を展開し、自らを焦がすような短文詠唱を紡ぐ。
『【閃光ヨ駆ケ抜ケヨ闇ヲ切リ裂ケ代行者タル我ガ名ハ光精霊光ノ化身光ノ女王──】』
上空のアイズと、地上の精霊。互いの必殺の力が、今まさに交差しようとしていた。
「リル・ラファー」
『【ライト・バー──ガハッ!?】』
女体型が極大魔法の名を叫び切ろうとした、まさにその瞬間だった。
彼女の胸部から、突如として血まみれの一本の腕が前方に突き出したのだ。
魔法の発動を強制的に中断させられ、背後から胸を貫かれた女体型は、信じられないものを見るように目を見開く。落下してくるアイズもまた、その予想外の光景に驚愕の表情を浮かべた。
女体型の背後に立ち、その胸を強引に貫いた腕の正体。それは、椿とベートの連撃によって一刀両断され、死んだはずのピエロスターであった。
半身を失い、内臓を撒き散らしながらも悪鬼のように笑うピエロスターの手が、女体型の体内から極彩色の輝きを放つ心臓たる『魔石』を強引に抉り出す。
『オ、マエ……』
女体型の絶望と呪詛の呟きは、世界を塗り潰す破壊の光にかき消された。
ピエロスターが残された魔力を全て注ぎ込み、至近距離で極大魔法『アルテマ』を炸裂させたのだ。
――間に合わない。
誰の目にも明らかだった。アルテマの規格外の破壊エネルギーをまともに喰らったアイズの身体が、抗う術もなく、紙屑のように虚空へと吹き飛ばされていく。
直後、静寂が戦場を呑み込んだ。
大気中の魔力が異常な密度で一点に圧縮され、あらゆる音と色彩が世界から急速に失われていく。
頭上に兆したのは、底知れぬ虚無を湛えた漆黒の核。それは光を放つのではなく、周囲の空間ごと光を呑み込みながら不気味に脈動し、天地の理が捩じ切れるような軋みを上げている。
そして、臨界点を迎えた核が一瞬だけ収縮し、内側から弾け飛んだ。
天を貫く純白の極光が視界のすべてを容赦なく焼き尽くし、一瞬遅れて叩きつけられた天地を裂くような爆音と超弩級の衝撃波が、大地を徹底的に蹂躙し粉砕する。
白光の奔流は巨大なドーム状に膨れ上がり、隆起した岩肌も、強固な防壁も、神代の装甲すらも等しく飲み干していく。世界の輪郭そのものが、純粋な破壊の光の中に跡形もなく融解していく。
吹き荒れる熱波と暴走した魔力の余波が、遥か上空の雲をドーナツ状に吹き飛ばした。
光が収まり、すべてが薙ぎ払われたあとに残されたのは、すり鉢状に深くえぐり取られた巨大なクレーターと、大気が焼け焦げる匂いだけが漂う、死の静寂だった。
破壊の奔流が空間ごと標的を粉砕せんと呑み込む中、アイズの身体を守っていた不可視の風の鎧が無惨に弾け散る。肉体から噴き出した鮮血が、虚空へ向けて赤い飛沫となって撒き散らされた。
即死すら生ぬるい絶対の破滅。
だが、ソラから渡されていたアクセサリーによる『ラストリーヴ』によって、消し飛びかけた命の灯火を辛うじて現世へと繋ぎ止めていた。
ぼろ布のように上空へ吹き飛ばされ、力なく落下していく彼女の身体。その小さな身体めがけ悲痛な叫びと共に滑空したソラが、必死に腕を伸ばす。
「アイズ!」
祈るような思いで虚空を蹴り、ソラは落下しかけた彼女の華奢な身体を、空中でしっかりと抱き止めた。
彼らが降り立った直下、すり鉢状に抉れた大地の中心には、ピエロスターの残骸が佇んでいた。肉体を両断され、至近距離でアルテマを自爆させたその姿は、もはや原形を留めぬほどボロボロに崩れ落ち、燻っている。
「あいつ……っ」
ソラが怒りに歯を噛みしめ、『アトラクションフロー』を発動して猛然と接近する。同時にベートも「死ね!!」と叫びながら、トドメを刺すべく必殺の蹴りを放とうと迫る。
だが、二人の攻撃が届くよりも一瞬早く、ピエロスターは血に濡れた手で握りしめていたもの――女体型から抉り出した極彩色の魔石を飲み込んだ。
――不気味な脈動が、世界を揺らした。突然ピエロスターの内部から眩い光があふれ出し、毒々しい肉体が内側から爆ぜるように激しく打ち震え始める。限界を超えて膨張する魔力に耐えきれず、四肢が不自然な角度で捻じ曲がり、骨の砕ける音が響く。
耳を劈く道化の甲高い高笑いが、やがて狂気の絶叫へと変貌を遂げた瞬間、その全身から正視を絶するほど苛烈な黄金の熱光が爆発的に吹き荒れた。
「くっ、目が……!」
「こいつ、何を!?」
空間そのものを完全に融解させ、すべてを焼き尽くさんとする黄金の光の奔流。ソラやベートの叫びも天地を揺るがす光の轟音にかき消され、彼らの足元を支えていた地面が激しく傾き始める。
天地の概念すら根本から崩壊していく。硬い岩壁が紙屑のように剥がれ落ち、ソラ達は抗う術もなく、無重力の空間へと深く引きずり込まれていった。
立ち上る濃煙と黄金の光の奥底から、道化師の醜悪な皮を完全に脱ぎ捨てた『ミステリアススター』が、陽炎を裂いてその真の姿を現す。
極限まで研ぎ澄まされ鍛え上げられた赤紫色の肉体には、脈打つような魔力の奔流が走り、胸部には深く刻み込まれた禍々しい赤いハートレスの紋章が明滅している。不気味に歪んだ笑みを浮かべる純白の仮面を被り、天を指す桃色の羽飾りと、狂気を形にしたような幾何学的な黄金の王冠を頂いている。
背中からは美しく長大な純白の天使の羽を広げ、下半身には深淵の闇を象徴するボロボロの漆黒の外套が揺らめき、手足は赤黒く鋭利な悪魔の爪へと変貌していた。
その周囲には、鳥の羽を持つ頭部、鋭い刃の翼を持つ頭部、そして悪魔の角と蝙蝠の翼を持つ頭部という、三種類の異形なる使い魔スリースターズが不気味に旋回している。
激震が収まった荒れ狂う空間を漂う、巨大な石畳の上。
ソラ、アイズ、リヴェリア、フィン、ガレスたちが必死に上体を起こす。
そこは元のダンジョンの面影など微塵も残っていない、黄金の光が厳かに降り注ぐ未知の神域――完全に隔離された別の次元であった。
天上から降り注ぐ光の柱を真っ二つに切り裂くようにして、ミステリアススターが虚空へ浮上し、巨大な純白の翼を傲慢に広げる。
その絶対的な威容と神威を前に、歴戦の冒険者たちは一様に息を呑んだ。
ベートが牙を剥き出しにして悪態をつく。アマゾネスの姉妹であるティオネとティオナでさえ、その肌に冷や汗を流して戦慄している。サポーターのラウルやレフィーヤに至っては、文字通り次元の違う力の奔流を前に、膝を震わせて立ち上がることすらできない。
動揺が走る中、フィンが碧眼を鋭く細め、ガレスが大戦斧を握る手にギリッと力を込める。首脳陣が警戒を強める傍らで、椿も大太刀を構え直し、静かに冷や汗を拭った。
純白の仮面の奥底。黒く空洞化された眼窩から放たれる視線には、命に対する一切の慈悲も感情も存在していなかった。そこにあるのはただ、足元で這いずる羽虫たちを見下ろす、絶対的な冷酷さだけが宿っていた。
ハートレス解説
・ミステリアススター
キングダムハーツ ユニオンクロスにて登場したハートレス。
元ネタはケフカ。当初は59階層でレヴィスがデミスピリットをハートレス化させるだったがミステリアススターの攻撃とか描写を考えるためにケフカについて調べたりFF6やFF14のケフカを見てたらこいつラスボスの方がいいなと思って変更しました