キングダムハーツ オラリオ ミィス   作:小説好きー

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第8話 忍び寄る『闇』と神々の思惑

 怪物祭(モンスターフィリア)での長く波乱に満ちた一日を終え、【ヘスティア・ファミリア】の一行は、もう十分すぎるほどの興奮を味わったとして、本拠(ホーム)へ帰還した。

 

「も~っ! ベル君やソラ君と楽しく過ごすはずだったのに、あの怪物(モンスター)たちのせいで台無しだよ!」

 

 ヘスティアは文句を言いながら、疲れ果ててベッドに倒れ込んでいる。

 ベルは、ベッドの上でぐったりしている主神を見て、苦笑いを浮かべる。

 

「あはは……。でも、最後は無事だったんだから良かったじゃないですか。特に、この新しい武器のおかげで」

 

 ベルは鞘に収められた『ヘスティア・ナイフ』を見つめながら言った。

 自分だけの武器。女神の銘が入った、ナイフを手にし、高揚感を感じているのかその声はどこか楽しそうだ。

 

「確かに、忘れられない出来事だったのは間違いないな……」

 

 ソラはソファに腰を下ろしながら呟き、そして物思いに沈んだ表情を見せた。

 普段とは違う友人の様子にベルは敏感に気づき心配そうに声を掛ける。

 

「どうしたの、ソラ?」

「……怪物(モンスター)が地上で暴れ出した時、ハートレスも現れ始めたんだ」

 

 ソラが明かすと、ヘスティアは跳ね起きて座り直し、ベルは体を強張らせた。

 

「待ってくれ! ハートレスはダンジョンの中にしかいないんじゃないのかい?!」

 

 ヘスティアが声を張り上げる。だが、ソラの言葉が真実であることは彼女にも分かっていた。神の直感が、事態の悪化を告げている。

 

「どうしよう……! 都市内に現れるなんて…ダンジョンのやつですら大変なのに………」

 

 ベルは拳を握りしめて呟いた。心の中で、ソラと共にハートレス対策に乗り出しながらも、封じ込めるのに十分な貢献ができていない自分を責めていた。

 

「俺もそう思ってたんだ。ここ数日、ハートレスはダンジョンでしか見かけなかったからな。なんで今さら地上に現れ始めたのか分からない」

 

 ソラは怪物祭(モンスターフィリア)の件も含めて眉をひそめる。

 

「こうなってくると、ハートレスの存在を隠し通すのは難しいかもしれないんだ。俺、あの時に何人かの前でキーブレードでハートレスと戦っちゃったし」

「誰に見られたんだい? もし市民なら、怪物(モンスター)の知識があまりない分、誤魔化しは効くんだけど…」

 

 ヘスティアが尋ねるとソラは苦い顔をする。

 その顔から市民ではないことを悟ったヘスティアは喉をごくりと鳴らす。

 

「えっと、そんなに多くはないよ。恰好としては上はこの前見せたゼウスみたいな感じなんだけど。ヘスティアは何か心当たりない?」

 

 ソラの言葉に、ヘスティアは「あ」と声を漏らし、掌に拳をポンと打った。

 

「あー、それ、多分だけどガネーシャのところだね。もし彼らが君の戦う姿を見たなら、ガネーシャに報告が行ってるはず…」

 

 ヘスティアは眉をひそめた。彼女の頭の中では、すでに様々な思考が巡っていた。

 

「ガネーシャがどう反応するか分からないけど、今日みたいな騒ぎの後だし、すぐにソラ君にどうこうするようなことはしてこないと思う。でも、できるだけガネーシャやそこの子達とは距離を置いた方がいいかも知れない。確実にハートレスについて知りたがるだろうからね…」

「分かった、気をつけるよ」

 

 ソラが頷くと、ヘスティアは溜息をついた。

 

「さて、ソラ君。見られたのはガネーシャのとこの子だけかい?他に誰かに見られたというのある?」

 

 ヘスティアの言葉に、ソラは気まずそうな顔をして視線を逸らした。

 

「……【ロキ・ファミリア】」

 

 途端に、ヘスティアは苦虫を噛み潰したような顔になり、さらに怒りを滲ませた。

 

「まったく、君ってこういう時の運が悪すぎるよ! ガネーシャに知られるだけでも厄介なのに、ロキだって!? 」

 

 ソラの言葉にヘスティアは苛立ちを露わにして叫んだ。

 

「ロキ・ファミリアの皆様に知られるのは、そんなにまずいのですか神様?」

 

 ヘスティアの叫び具合に思わずベルが尋ねる。

 

「あいつがソラ君のことを知ったって事実がまずいんだよ! ハートレスのことも気にするだろうけど、それ以上にソラ君のことに食いつくに決まってる! きっと今頃はハートレスよりも、ソラ君の正体を探る方に夢中になるはずさ!それにボク個神としてもロキとの仲が最悪なのもあるんだけどね…」

「ご、ごめん。でもハートレスが野放しになってたし、手加減するわけにはいかなくて」

 

 ソラは頭を掻きながら謝った。ヘスティアは額を揉みながら溜息をつく。

 

「君のせいじゃないよ、ソラ君。キーブレード使いとしての役目を果たしただけなんだろ。正直言って手加減してほしかったけど、ハートレス相手じゃそうもいかないだろうしね。問題は、この後の対処さ。ソラ君…ロキのとこの子には、どれくらい見られたんだい?」

 

 腕を組んで尋ねるヘスティアにソラは戦闘中の出来事を思い出しながら唸った。

 

「えっと、キーブレードを盾に変形させて、確かレフィーヤって名前の子を守ったんだったかな……。あと、ケアルも使って。その後は、キーブレードの力で炎を出して、最後は巨大なフライパンで叩き潰してトドメを刺した」

 

 ソラの説明が終わると、ヘスティアは呆れと苛立ちが入り混じった表情を向けた。ベルは目を丸くして瞬きするばかりだ。

 

「……巨大なフライパン。よりによって巨大なフライパンを出したのかい?」

「いや、植物だったから効果があるかなぁって」

「そこが問題じゃないんだよソラ君! いいかいソラ君。ここオラリオじゃぁ誰も、虚空から巨大なフライパンを取り出したりしないんだよ! 余計に目立ってるじゃないか! ああもう、ロキは絶対に君のことを嗅ぎ回るに決まってる!」

「あ、でも、不幸中の幸いというか、あの巨大なフライパンは魔剣の一部だと思われてるからキーブレードに感づかれることはないと思うよ」

 

 ソラが行った所業に頭を痛めていたが、続くソラの言葉に、ヘスティアは混乱状態から我に返った。

 

「待って、キーブレードが魔剣だと思われてるのかい?」

「うん。炎魔法と巨大なフライパンはキーブレードから出たと思われてるし、キーブレードのことは知らないから、魔剣か、この場合は魔盾だと思われてると思う。戦いの後にキーブレードを消したおかげでもう使い切ったと思われたんだ。それに、俺が素手で使った魔法は回復魔法だけだし」

 

 ソラの指摘を聞き、ヘスティアは腕を組み、目を閉じて思案した。

 

「回復魔法と、キーブレードを魔剣だと勘違いしていること。そうか……うん、それならいけるかもしれない」

「何がいけるの?」

「君が使った炎の魔法はすべて盾から出たもので、素手で使ったのは回復魔法だけ。ロキにとって、君は『超短文の回復魔法を使えて、奇妙な魔剣を持っているだけの冒険者』ってことになる。超短文の回復魔法は珍しいけど、それだけなら君の真の能力からは目を逸らせるはずだよ」

 

 ヘスティアの指摘に、ベルも意図を理解した。

 

「あ、つまり今のロキ・ファミリアの皆さんからは、ソラは『戦闘とヒーラーを両立した凄腕の冒険者』としてしか知られていないってことなのですね! そのおかげでキーブレードに目は向けられないんですね!」

「それでも大分目立ってるけど、キーブレードや外の世界のことを考えれば、まだマシと考えるしかないね」

「超短文の回復魔法って、そんなにすごいことなのか?」

 

 ソラが眉を上げて尋ねると、ヘスティアの眉がまたピクリと動いた。それは世間知らずの子供に言い聞かせるような気持ちになって口を紡ぐ。

 

「ソラ君、君達が使う魔法はこの世界の常識の埒外にあるんだよ。大半の魔法には詠唱があってね、長い詠唱ほど強力な効果があるものなんだ。君の魔法がすべて超短文しかも腕があがると無詠唱でできて、しかも三つ以上使えるなんて。はっきり言ってしまえば、他の冒険者や神々が見れば『チート』やずるとか叫ばれる下手したらボクが規則違反として他の神々(やつら)に問い詰められるかもしれないんだ」

 

 きっぱりと言い放たれ、ソラは目をぱちくりさせた。

 

「いいかいソラ君。恩恵(ファルナ)を授かった人間は、魔法を覚えるスロットが三つしかない。それも、そもそも魔法を覚えられる才能があればの話さ。人によって違うんだよ。レベルが上がっても魔法を覚えられない人だっているんだ」

「なるほど……」

 

 たった三つの魔法だけとはソラにとってはあまりきつい制限だ。ハートレスの中には魔法の効果を無効化するようなものがいる。そんな様々な脅威に対処するには、多彩な魔法が必要だ。しかし下手に目立つわけにはいかずソラは考える。

 まずは回復のケアルは必須だ。自分に使ったりベルや他の負傷者に使ったりこれは外せない。待てよ、エスナも同じ言葉で使ってるからいけるか、だったら他も同じ感じにして他は魔剣の力にすればと思案しているとヘスティアの言葉に耳に届き、ソラは一旦思考を中断する。

 

「話を戻すけど、ハートレスを追い払うために魔法を使うのは構わない。でも、人目のないところでやっておくれ。人前で戦うときは、できるだけ自分の能力を制限するようにね」

「分かった。ハートレスと戦うのに魔法を制限しなきゃいけないなんて思わなかったけど……」

 

 ソラは腕を組みながら言った。

 

「君の力を制限しなきゃいけないことに関してはボクもすごく申し訳ないと思うよ、本当に申し訳ない。だけど今のソラ君にはそれが一番いいんだ。さて、……ソラ君。これだけは絶対に心に止めて置いて欲しいんだ」

 

 冒険への意気込みを見せる二人を制するように、ヘスティアは真剣な眼差しでソラを見つめた。その空気が変わったことに気づき、ソラもベルも居住まいを正す。

 

「他のファミリアの子、特に今日みたいに他所の派閥(ファミリア)と『協力』して戦う時は、細心の注意を払うんだ。できることなら、あまり深く関わり合わない方がいい」

「えっ? なんでだよヘスティア。ハートレス相手なら協力した方がいいだろ?」

 

 ソラは不思議そうに首をかしげる。彼の在り方からすれば、助け合いは自然の摂理だ。しかし、ヘスティアは首を横に振った。

 

「気持ちは分かるし、君のその在り方は尊いよ。でもね、君の『スキル』が問題なんだよ」

「俺の……スキル?」

「そう。君のステータスにあるスキル、『リンクコネクト』のことさ」

 

 ヘスティアが告げたスキルの名前に、ソラとベルは顔を見合わせる。

 

「『リンクコネクト』……。確か、一定条件達成時に味方にスキルや魔法が発現するスキルだっけ?」

「うん。他者にスキルや魔法を発現させるスキル。最初、ボクはあくまで同じファミリアに限定したもだと思ってたんだ。だけど君の性格とスキルの効果を考えたらそれだけじゃ済まないと思ってるんだ。多分だけど君は他のファミリアの子の『器』を刺激して、魔法、スキルを強制的に引きずり出すことができると思うんだ」

「ええっ!?」

 

 

 ヘスティアは重々しく口を開くとベルが素っ頓狂な声を上げる。

 

「そ、それって……」

「そうだよ、ベル君。君の武器を収納する魔法は、ソラ君という『鍵』が君の可能性の扉をこじ開けて魔法を入れ込んだからだと、ボクは踏んでるんだ」

 

 ベルは自分の手を見つめ、そして隣にいるソラを見た。自分が強くなれた理由の一端が、友人の持つ不思議な力によるものだったとは。

 

「俺が……ベルに力を与えた?」

「結果的にね。ベル君の場合は同じファミリアだから、ことが大きくはならなかった。でも、これが他のファミリアの子だったらどうなると思う?」

 

 ヘスティアは、今日ソラが助けたというエルフの少女のことを思い浮かべながら言った。

 

「もし今日助けたレフィーヤって子がいきなり新しい魔法や、スキルに目覚めてごらんよ。ただでさえ鋭いロキのことだ、『あの日、あの時、謎の少年と共闘してから急に強くなった』なんてことになったら、絶対に君を特定してくる」

「あ……」

 

 ソラはバツが悪そうに頬をかいた。

 彼にとっての「リンク」は、仲間と力を合わせて強敵に立ち向かうためのものだった。だがこの世界において、それは他者の成長システムに干渉する劇薬になり得るのだ。

 

「自分のファミリアの子が急に覚醒したら、主神なら絶対に理由を探る。それが外部の要因だとバレたら、引き抜き戦争どころの騒ぎじゃなくなるよ」

 

 ヘスティアは深いため息をつき、頭を抱えた。

 

「正直、ボクもソラ君のスキルの発動条件と影響力を、少し見誤っていたみたいだ……。これからは、誰かと共闘する時は、あまり『心を繋げすぎない』ように適度な距離感を保つんだよ。難しいかもしれないけどね」

「うーん……なるべく気をつけるよ。でも、見捨てることはできないからな」

「分かってるよ。だから『気をつける』だけでいい。正直君が誰かと協力しないなんて無理だとボクは思ってる。だから君はあくまでボクの言葉を心に留めるだけでいいんだ。もし他派閥の子と協力することがあるなら教えて欲しいんだ。ボクがなんとか誤魔化すからさ」

 

 苦労性の女神の言葉に、ソラとベルは申し訳なさそうに、けれど信頼を込めて頷くのだった。

 

 

 

 

「ガネーシャ、報告書の残りだ」

 

 その声は、執務室の空気を引き締めるほどに硬質で、事務的だった。

 【ガネーシャ・ファミリア】団長、シャクティ・ヴァルマ。彼女は主神のデスクへ歩み寄ると、分厚い羊皮紙の束を無造作に、しかし丁寧に積み上げた。

 

「うむ! 俺がガネーシャだ!! 直ちに目を通すとしよう!」

 

 象の仮面を被った主神――ガネーシャは、室内だというのにとてつもない大声を張り上げ、ビシッと奇妙なポーズを決めて椅子に座り直した。

 シャクティはそんな主神の奇行に眉一つ動かさず、一礼だけして踵を返す。彼女が部屋を退出し、扉がパタンと閉まる音が響くと、執務室には静寂が戻った。

 

「…………」

 

 仮面の奥にある瞳が、鋭い知性の光を帯びて書類へと落とされた。

 先日の『怪物祭(モンスターフィリア)』での騒動。地上へ解き放たれてしまったモンスターたち。犯人は未だ不明――。

 この失態は痛い。何より、彼が水面下で進めている計画にも影響が出かねない事態だ。

 

 だが、ガネーシャの目を真に釘付けにしたのは、その報告ではなかった。

 団員の一人、モダーカから上げられた一通の報告書。そこには、ダンジョンの理から外れた『異質な存在』についての記述があった。

 

「――黒い、モンスターか…」

 

 ギルドの情報にも合致しない。その黒いモンスターたちは、まるで意志を持っているかのように、特定の人物だけを執拗に狙っていたという。

 

 標的は、あの少年。

 そして彼が振るっていたという、『鍵』の形をした奇妙な魔剣。

 

(あまりにも……奇妙だ……)

 

 ガネーシャは顎に手を当て、思考の海へと沈んでいく。

 記録にない黒いモンスター。それが他の人間には目もくれず、少年だけを殺そうと殺到したという事実。

 さらに報告書には、少年がその新種のモンスターたちとの戦いに『慣れていた』と記されている。

 

「あのツンツン頭の少年と、新種のモンスター……。二つの間には、我々の知らぬなにかがあるというのか?」

 

 象の仮面の下、群衆の主神は誰にも聞こえぬ声で低く唸った。

 

 

 

 

「よし、こんなもんやな! レフィーヤ」

 

 ロキはレフィーヤの滑らかな背中から手を離すと、更新されたばかりのステイタスが記された羊皮紙を眺め、満足げに声を上げた。

 

「今日の上がり幅はごっついええ感じやで! 『魔力』と『耐久』がグンと伸びとる。あの変種食人花を凍らせたのが効いたんやな」

「ほ、本当ですか?」

 

 レフィーヤは慌てて服を身に着けながら、ロキから差し出された羊皮紙を覗き込んだ。

 神聖文字で刻まれた数値は、確かにいつもの更新時よりも遥かに大きな成長を示している。

 喜びも束の間、レフィーヤの表情に影が差す。

 

「もう二度と、あんな風に不意を突かれたくありません」

 

 くしゃり、と羊皮紙の端を握りしめる。

 アイズさんたちの足手まといにはなりたくない。追いつきたい。その一心でやってきた。けれど今回、自分が無事だったのは、ある少年の助けがあったからだ。

 

 ――ソラ。

 

 見ず知らずの自分に対して、迷いなく背中を預けてくれた彼。

 そこには『千の妖精(サウザンド・エルフ)』という二つ名も、『ロキ・ファミリア』という権威ある肩書きも関係なかった。ただ、レフィーヤ・ウィリディスという一人の魔導士を見てくれていた気がする。

 

 そして、あの常識外れの魔法技術。

 無詠唱で発動する治癒魔法に、炎を操り、敵の攻撃を弾き返す魔法の盾。

 あれらがなければ、自分は何もできずに終わっていたかもしれない。

 

(彼には……大きな借りがある)

 

 どうやってお礼をすればいいのだろうか。

 ヴァリスで返す? いや、あんな強力な魔剣、基、魔盾を壊してしまったのだ。弁償なんてことになれば、全財産どころか借金生活になっても足りないかもしれない。

 

 レフィーヤは顔を青くして、ブルリと激しく首を振った。

 

(ダメダメ! お金のことを気にしてる場合じゃないです! ちゃんと誠意を持って恩返ししないと!)

 

「なんや急に燃え上がっとるけど、その元気はダンジョンにとっておき。皆のとこ行ってメシでも食うてき」

「あ、はい! 失礼します!」

 

 ロキに背中を押され、レフィーヤは慌ただしく部屋を後にした。

 

 パタン、と扉が閉まる音が響くと、部屋には静寂が戻る。

 ロキは豪奢なベッドにゴロリと寝転がった。天井を見上げるその細い双眸から、先ほどまでの道化じみた色が消え失せる。

 

「ほんま、レフィーヤ達が強なってくれんと困るわ。今の状況じゃな……」

 

 脳裏に浮かぶのは、未だ解けぬ謎の数々。

 怪物祭(モンスターフィリア)の一件。黒幕はフレイヤだったが、貸し借りの関係で追求の手は止めた。だが、あの好色女神(フレイヤ)が言っていた――『あの2体のモンスターについては知らない』と。

 

 ならば、誰があの変種を解き放ったのか?

 それに、アイズたちが遭遇したという新種のモンスター。これらはつい最近でも似たようなモンスターがダンジョンで確認はされてる。そうしてすべての新種のモンスターにはどういうわけか体のどこかにハートのような形が刻まれているのだ。

 倒しても魔石を残さず、黒い霧となって消滅する謎の存在。

 

 そして――ソラ。

 

 Lv.1だというのに、異常なまでの身体能力。超短文の治癒魔法。さらには、全方位防御を可能にする魔盾。

 食人花とフロントサーペントを相手に立ち回り、レフィーヤやアイズたちと完璧に連携する実戦勘。

 

(なんでウチは今まで『ソラ』なんて名前、聞いたことなかったんや?)

 

 あそこまでの実力と、巨大なフライパンになる。噂になっていないのがおかしい。

 ロキは天井の一点を見つめたまま、深く、重い吐息を漏らした。

 

(そして極めつけは……これや)

 

 ロキは身を起こすと、サイドテーブルの引き出しを開け、中から「ある物」を取り出した。

 

 それは、凍てつくような冷気を放つ、青い結晶だった。

 

 掌に収まるサイズでありながら、その存在感は異質だ。

 中心から五つの鋭い光が放射状に伸びた、美しい星の形。その周囲には、氷の欠片のような小さなダイヤ型の結晶がふわりと浮遊している。

 まるで氷雪そのものを結晶化させたかのような、透き通るブルーの輝き。

 ――『凍てつく結晶』。

 

(アイズがフロントサーペント (あのモンスター )を討伐した時に落ちたドロップアイテム…)

 

 ロキはその冷たい輝きを見つめ、眉を顰める。

 拾った当初、ロキはこれをただの魔石だと思った。モンスターの核であり、力の源である魔石。

 だが、よく見ればそれは明らかに違った。

 

 通常の魔石は、砕けば塵となり、加工すれば魔道具の動力源となる。だが、この結晶から感じる波動は、ダンジョンの産物とはどこか決定的に異なっていた。

 アイズが倒したというフロントサーペントもそうだ。本来の生態とは異なる挙動、そしてこの奇妙なドロップアイテム。

 

「ほんま、わけがわからんわ……」

 

 ダンジョンに突如出現した新種のモンスター。

 地上に現れた食人花。

 そして、この見知らぬ結晶と、ソラという少年。

 

 すべてが唐突で、あまりにも情報が欠落している。まるでパズルのピースが、別の箱から混ざり込んだかのように。

 

「オラリオに……何が起きようとしてるんや」

 

 ロキの手の中で、星形の結晶が冷ややかに煌めいた。

 その光は、来るべき波乱を予兆するかのように、静かに部屋の闇を照らしていた。

 

 

 

 

 喧騒と熱狂、そして悲鳴が混じり合った『怪物祭(モンスターフィリア)』の幕引き。

 その全てを天蓋から見下ろす視線があった。

 

 オラリオの中心に突き刺さるバベルの塔、その最上階。

 美の女神フレイヤは、硝子越しに下界の惨劇――いいや、彼女にとっては極上の喜劇を眺め、恍惚とした吐息を漏らした。

 

「……素敵だわ、ベル」

 

 彼女の銀色の瞳が捉えていたのは、巨大な白銀の獣を討ち取ったばかりの白髪の少年だ。

 恐怖を乗り越え、格上の怪物(モンスター)に挑み、勝利をもぎ取った魂の輝き。それは彼女がこれまでに見たどの宝石よりも美しく、透き通っていた。

 

「恐怖に染まりながらも、決して濁らない透明な魂……。ああ、今すぐにでも食べちゃいたいくらい」

 

 フレイヤは自身の頬を両手で包み、身をよじる。

 だが、彼女の興味を惹いたのはベル自身の輝きだけではなかった。彼が手にしていた漆黒のナイフ。そこから放たれた『光』だ。

 それはベル自身の力ではない。もっと別の、温かくも鋭い、ここではないどこかの輝き。

 

「あの子に『光』を与えたのは、彼ね」

 

 フレイヤの視線が滑るように移動する。

 そこには、ベルとは別の場所で、桁外れの戦闘を繰り広げた茶髪の少年――ソラの姿があった。

 ガネーシャ・ファミリアの団員たちを守り、インファント・ドラゴンを玩具のようにあしらった実力。それは確かに驚嘆に値する。しかし、女神の神眼が真に注目したのは、彼が戦っていた『敵』の方だった。

 

「オッタル」

「は」

 

 影のように控えていた猪人の武人、オッタルが静かに進み出る。

 

「貴方の目には、あれがどう映った?」

 

 フレイヤが指差したのは、ソラが殲滅した『黒い怪物(モンスター)たち』――ハートレスが消滅した跡地だ。

 すでに影も形もない。魔石すら残さず、ただ闇へと還っていった異形の群れ。

 

「……未知、です」

 

 オッタルは短く、しかし重く答えた。

 

「ダンジョンのものではありません。魔石を持たず、殺意ではなく『飢え』で動いているように見えます。……あの茶髪の少年が使う魔法も、このオラリオの体系とは根本的に異なるものです」

「ええ、そうね。あれは『異物』よ」

 

 フレイヤはワイングラスを揺らしながら、瞳を細めた。

 ダンジョンから産まれるモンスターではない。あれは、もっと別の場所――世界の裂け目、あるいは外側から滲み出してきた『澱』のようなもの。

 

 神である彼女ですら、あの黒い影を見ると背筋が粟立つような感覚を覚える。生理的な嫌悪感と、抗いがたい興味。

 その感覚には、覚えがあった。

 脳裏によぎるのは――ベルたちが『豊饒の女主人』へ向かう少し前の出来事だ。

 

 

 

 

 フレイヤの私室にて。鏡の前で最終的な身嗜みの確認をしていた。

 豪奢なドレスではなく、灰色の髪に質素な町娘の衣装。酒場の店員『シル・フローヴァ』の姿だ。

 彼女は『豊饒の女主人』へ食事に来るベルを、少し驚かせてやろうと心を躍らせていた。

 

「ふふ、ベルったらどんな顔をするかしら」

 

 少女のように頬を緩める彼女の背後――豪奢な絨毯の影が、不自然に揺らめいた。

 

「……?」

 

 フレイヤが鏡越しに視線を落とす。

 神の居室にあるまじき異変。影が沸騰するように泡立ち、そこから漆黒の魔物たちが這い出してきたのだ。

 黄色い光る眼を持つ、小さな影の怪物(モンスター)――シャドウ。

 ダンジョンのモンスターではない。『ハートレス』と呼ばれる、未知の侵入者たちだ。

 

「あら……貴方たちは何?」

 

 フレイヤは眉一つ動かさず、興味深げに振り返った。

 鉄壁の守りを誇るバベルの最上階。そこに音もなく現れた侵入者。

 だが、奇妙なことが起きた。本能のままに心を喰らうはずのハートレスたちが、フレイヤを取り囲んだまま、ピクリとも動かないのだ。

 彼らはただ、その黄色い眼でじっとフレイヤを見つめていた。まるで、彼女の内にある強大な『光』に魅入られたかのように、あるいはそのあまりの眩しさに、どう手を出していいのか戸惑っているかのように。

 

「私を襲わないの? それとも……」

 

 フレイヤが手を伸ばしかけた、その瞬間。

 

「――失せろ」

 

 轟音と共に、部屋の扉が弾け飛ぶほどの重厚な覇気が迸った。

 フレイヤを取り囲んでいた数体のシャドウが、振るわれた剛剣の風圧だけで霧散し、一瞬にして消滅した。

 音もなく――しかし山のような威圧感を伴って踏み込んできたのは、猪人の戦士。オラリオ最強の冒険者にして、フレイヤ・ファミリアの団長、オッタルである。

 

「オッタル……。来てくれたのね。でも、少し早かったわ。あれが何をしようとしていたのか、興味があったのに」

「……出過ぎた真似を。ですが、得体が知れません。警備もすり抜け、あろうことかフレイヤ様の御前まで侵入してきました。万が一があってはなりません」

 

 オッタルは油断なく部屋の隅々まで視線を走らせ、静かに告げた。

 フレイヤは消滅した影の残滓を見つめ、静かに思案した。

 

(私を見つめるだけのモンスター……。私の寝室まで現れた。これは少し、看過できないわね)

 

 未知の侵入者への警戒。自身の『美』が未知のモンスターすら引き寄せてしまう可能性。

 今日このまま、無防備な『シル』として外出し、本拠地を空けるのは危険すぎる。

 そう判断したフレイヤは、泣く泣く自身の代役としてヘルンを『豊饒の女主人』へと送り出したのだった。

 

 

 

 

 

 

「『ハートレス』……そう呼んでいたかしら。心が無い、あるいは心を奪うもの」

 

 回想から意識を戻し、フレイヤは呟く。

 ソラという少年は、あの黒いモンスターを追ってこの地に来たのか、それとも彼が嵐を呼んだのか。

 どちらにせよ、彼がベルに関わったことで、ベルの魂の色はより一層輝きを増した。

 

「ソラ……。あの子の魂もまた、面白い色をしているわ。雲一つない青空のようでいて、その奥底にはどこまでも広がる繋がりがある。ベルとは違う、完成された『器』の輝き」

 

 フレイヤは口元に妖艶な笑みを浮かべた。

 ベルという未完の英雄。ソラという異界の英雄。

 そして、彼らに引き寄せられるように、未知のモンスターたち。

 

「オラリオに、新しい風が吹いたわね」

 

 それは破滅の予兆か、それとも…。

 

「目を離しては駄目よ、オッタル。ベルの成長も……そして、あの『鍵』を持つ少年がもたらすものもね」

「御意」

 

 最愛の少年の成長に胸をときめかせながらも、女神の瞳は冷徹に『世界』の歪みを捉えていた。

 新たな怪物(モンスター)の出現は、神々の範疇で収まるのか。

 フレイヤはグラスの中の赤ワインを一気に飲み干すと、面白そうに目を細めた。

 

「さあ、もっと私を楽しませて頂戴。異界の英雄さん?」

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