東方帰還録 ~ Reclaiming the Bond ~   作:地軸

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第十四話 儚月抄後編

依姫が降ろした「伊豆能売」の清浄な光が、霊夢の放った「大禍津日神」の穢れを瞬く間に霧散させていく。  月の民の圧倒的な「浄化」の力。

 

「……はぁ、はぁ。流石に効かないわね。でも、なら次は――」

 

 霊夢の瞳に、より深い決意の光が宿る。  彼女はあの島で、死の淵から自分を繋ぎ止めた凪の体温を知っている。今の彼女にとって、黄泉の力は「恐ろしい呪い」ではなく、**「自分と凪を繋いだ、最も信頼できる縁」**として認識されてしまっている。

 

 霊夢が、その奥底にある「母なる神」の名を紡ごうとした。

「霊夢、ストップ!! ストップだ!!」

 

 凪が横から霊夢の口を力任せに塞ぎ、そのまま地面に押し倒すようにして抱え込んだ。

 

「もがっ……むー! むー!」

「霊夢あのお方を降ろすつもりか?そしたら勝てるかも知れないけど、月の都が黄泉に飲まれて皆殺しだよ?関係ない?ここは幻想郷じゃない?確かにそうだけど」

 

「私そこまで言って無い、もがむーむー」

 

凪が霊夢の口を力任せに塞ぎ、地面に押し留めながら、あえて芝居がかった、けれど凍りつくような冷徹さを孕んだ声を依姫へ叩きつける。

 

「いやいや、そうはいってもだな。……かのお方だって、こんなところで二千年越しにツクヨミ様と親子喧嘩なんてしたくないでしょうし。それくらい理解する頭、あんたたちにもあるよな? ……なぁ、これくらいで終わりだよな? 綿月様」

 

凪の額からは滝のような冷汗が流れているが、その瞳は依姫の逃げ道を完全に塞いでいた。

 

「それとも――」

 

凪の声が、一段と低くなる。

 

「それとも、伊邪那岐命様でもお呼びして、『古事記』の続きでもここでなさいますか?」

 

もし霊夢が黄泉津大神(イザナミ)を呼び、それに対抗して月の主たちが伊邪那岐を呼ぶ。 あるいは伊邪那岐の名を介した浄化を試みる。

 

それは、神話において「決別」したはずの二柱が、再び相まみえるということ。

 

(……この男、確信している。そうなれば、私たちが勝てるかどうかなんて関係なく、月という存在そのものが神々の愛憎の余波で『終わる』ということを……!)

 

たとえ浄化が間に合おうと、属性の反発だけで月面は崩壊し、黄泉の国へと塗り替えられる。 その「理(ことわり)」を、凪はあの島での経験から、そして元の世界の知識から、誰よりも深く確信していた。

 

凪の言葉は、わざとらしい説明口調でありながら、「これ以上は、どちらが勝っても月が消えるデッドラインだ」という冷酷な事実を突きつける、最悪の交渉術。

 

「……地上人の心中志願者の戯言に、これ以上付き合う気はありません。……行きましょう、依姫。この者たちの不気味な縁に、月を巻き込むわけにはいきませんわ」

 

姉の豊姫が、震える依姫の肩を抱くようにして制した。 それが、月の都が出した「唯一の生存ルート」としての、事実上の敗北宣言だった。

 

後日談:博麗神社の夕暮れ

「……ねぇ、凪。あんた、月であんなこと言うなんて、本気だったの?」

 

神社に戻り、団子を頬張りながら霊夢が凪をじろりと睨む。

 

「……本気って、何がさ」

 

「とぼけないでよ。『古事記の続き』なんて。……私だって、あの島でのことがなけりゃ『そんなの無理よ』って笑い飛ばせたわ。

 

でも、今の私たちがアレ(黄泉津大神)を呼び出した後に、月の連中が必死になって父神(イザナギ)を引っ張り出してきたら……。考えただけでゾッとするわ。月どころか、幻想郷までどうなってたか」

 

霊夢は知っている。凪は「知らないから言った」のではない。 自分たちが背負ってしまった「縁」の重さを、誰よりも重く受け止め、それを逆手に取って月を脅してみせたのだ。

 

「……悪い。でも、そうでも言わないとあいつら引いてくれなかっただろ?」

 

「……全く。アンタといると、私の巫女としての常識がどんどん削れていくわ」

 

霊夢は溜息をつき、二本目の団子を口に運んだ。 凪は、そんな彼女の日常が守られたことに、静かな満足を感じていた。

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