東方帰還録 ~ Reclaiming the Bond ~ 作:地軸
湯気が、天井近くで溜まっている。
地霊殿の間欠泉が噴き上げた温泉は、
今もまだ、熱を残していた。
凪は湯船の縁に腰を下ろし、
水面を見つめていた。
揺れる湯が、光を反射する。
それだけで、胸の奥が少し落ち着く。
――帰ってきた。
そう思った瞬間、
遅れて実感が追いついてくる。
霊夢は、何も言わずに湯に浸かっている。
肩まで沈み、目を閉じて、静かに呼吸していた。
浮けなかったはずの身体。
それが今は、湯の中で、確かに力を抜いている。
凪は、視線を逸らした。
この距離で、
この状況で、
何をどう振る舞うのが正しいのか、分からない。
沈黙が続く。
湯の音だけが、二人の間を満たしていた。
やがて、霊夢が目を開ける。
「……」
少し考えるように、
それから、何でもないことのように言った。
「ねえ」
凪が、反射的に背筋を伸ばす。
「ほら」
霊夢は、湯船の縁に背を向ける。
「背中、流してよ」
凪は、一瞬、言葉を失った。
「……は?」
振り返る霊夢の顔には、
からかいも、照れもない。
ただ、自然だった。
「手、空いてるでしょ」
その言い方が、
島で世話をされていた時と、どこか重なる。
凪は、何か言おうとして、
結局、何も言えなかった。
「……分かった」
立ち上がり、
桶を取る。
背中に手を伸ばした瞬間、
霊夢がほんの少しだけ力を抜いたのが分かった。
それが、妙に重かった。
*
湯気が晴れた後。
霊夢は、白い浴衣を羽織り、
帯を結んでいた。
寝間着のような、簡素なものだ。
凪は、その様子を見て、
ようやく、口を開く。
「……霊夢」
「なに?」
帯を結びながら、振り返る。
凪は、少し言いづらそうに視線を泳がせた。
「俺はいいんだが……」
「?」
「さすがに、まずくないか?」
霊夢は、首を傾げる。
「なにがよ?」
凪は、一度、深く息を吸った。
「その……」
「流れでやっちまった俺も悪いんだけどな」
霊夢の眉が、わずかに動く。
「結局、俺が前も後ろも全部洗って、今に至るんだが」
「……」
「自覚、あるか?」
数秒。
霊夢は、きょとんとしたまま、
それから、ようやく理解したように目を瞬かせた。
「あっ……」
霊夢は一瞬固まり、
すぐに顔をしかめた。
「あんた、気づいてたなら途中でやめなさいよ」
「いや、その……」
凪は目を逸らす。
「つい、流れで……いつもの手順っていうか」
「あーやだやだ」
霊夢は腕を組む。
「あんた、流れで女の体洗い切るタイプ?」
「いや、でも霊夢だけだぞ」
……沈黙。
霊夢は、ゆっくりため息をついた。
「……そういう問題じゃないでしょ」
「そうか?」
「そうよ」