東方帰還録 ~ Reclaiming the Bond ~   作:地軸

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第十九話 見落としていたもの

縁側でお茶を飲みながら、凪は境内を掃除する霊夢の背中をニヤニヤと眺めていた。

箒が砂利を擦る音は一定で、風も穏やかだ。

 

特別なことは、何もない。

それなのに、胸の奥が妙に落ち着いている。

 

こんな時間が、

いつから「あっていいもの」になったのか、

凪自身にも分からなかった。

 

「……よっ」

 

軽い声。

 

振り向く前に、気配で分かる。

いつもの調子で、魔理沙が縁側の端に腰を下ろしていた。

 

「少しは、周りが見えるようになったみたいだな」

 

冗談めいた口調なのに、視線は笑っていない。

凪は湯呑みを持ったまま、一拍だけ間を置いた。

 

「……迷惑かけたか?」

 

魔理沙は肩をすくめる。

 

「いんや」

 

即答だった。

 

「まぁ、ちょっと不気味だったけどな」

 

茶を一口啜り、続ける。

 

「だいぶマシになった」

 

“良くなった”でも、“戻った”でもない。

ただの事実としての言葉。

 

凪は何も返せなかった。

 

一瞬、空気が張る。

だが魔理沙は、それを深追いしない。

 

代わりに、にやりと笑った。

 

「……で?」

 

嫌な予感がした。

 

「様子が変わったってことはさぁ」

 

身を乗り出し、面白がる声になる。

 

「進展があったってことだろ?」

「なぁ霊夢とは、どこまで行ったんだ?」

 

畳みかける調子。

完全に、いつもの魔理沙だ。

 

その瞬間だった。

 

凪の脳裏に、

ほんの一瞬だけ、記憶がよぎる。

 

湯気。

近すぎる距離。

何も纏っていなかった、霊夢の姿。

 

「……っ」

 

凪は反射的に頭を振った。

考えるより先に、身体が動いていた。

 

「……何でもない」

 

だが、その反応を、魔理沙が見逃すはずもない。

 

「ほほう?」

 

にやにやと距離を詰めてくる。

 

「今のは何だ?」

「今のは“何もない”顔じゃねぇぞ?」

 

凪が言い訳を探す前に、

背後から低い声が飛ぶ。

 

「……魔理沙」

 

箒を止めた霊夢が、こちらを見ている。

 

「変な詮索、やめなさい」

 

魔理沙は一瞬だけ肩をすくめた。

 

「はいはい」

 

あっさり引く。

それ以上は踏み込まない。

 

その代わり、凪にだけ聞こえる声で、ぽつりと言う。

 

「守ってるつもりで、全部背負うのだけはナシな」

 

冗談の延長みたいな口調。

でも、そこだけは笑っていなかった。

 

「霊夢は“守られる側”じゃねぇぞ」

 

それだけ言って、魔理沙は帽子を被り直す。

 

「じゃーな」

 

軽い挨拶とともに、空へ飛び去っていった。

 

縁側には、また箒の音が戻る。

霊夢は何も言わない。

凪も、何も言えない。

 

何も言われない沈黙の方が、

さっきの茶化しより、ずっと重かった。

 

風に乗りながら、魔理沙は一度だけ振り返る。

 

縁側。

湯呑み。

箒の音。

 

平和だ。

 

さっきの反応。

一瞬の動揺。

誤魔化し方の下手さ。

 

全部、覚えのある人間のそれだ。

 

消えかけていた影は、

ちゃんと縁側に戻っている。

 

背負い込みすぎる癖も、

霊夢の甘さも、まだそのままだ。

 

でも――

冗談が通る。

茶化せば、ちゃんと照れる。

 

なら、今はいい。

 

「……まだ大丈夫だな」

 

そう呟いて、魔理沙は空に溶けた。

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