東方帰還録 ~ Reclaiming the Bond ~   作:地軸

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第二十一話 確認すべきこと

縁側に影が落ちた。

 風はない。音もない。ただ、空気の密度だけが変わる。

 

「ずいぶん、遠回りな話をするようになったわね」

 

 振り向かずとも分かる声。

 凪は湯呑を置いた。

 

「遠回りしないと、危ない話なんで」

 

 くす、と小さく笑う気配。

 

「自覚はあるのね」

 

「ありますよ。自分が異物だってことも、外に立ってるってことも」

 

 少し間があった。

 境界が、わずかに揺れる。

 

「だから内側に入りたい、と?」

 

「いや。そこはまだ分かんないです。普通なら異変起こして、霊夢に殴られて、加減を体で覚えるんでしょうけど」

 

「あなたの場合?」

 

「多分、やりすぎます。規模じゃなくて質で。

 システムの盲点を突いて、致命傷になる」

 

 今度は、はっきりとした沈黙。

 

「……続きを聞くわ」

 

「幻想郷って、畏れを燃料にして回ってますよね。

 でも人間は進歩を止めない。進歩すれば畏れは減る。

 この理がある限り、いずれ破綻する」

 

「だから私は歪ませて延命している。そう言いたい?」

 

「評価ですよ。批判じゃない。

 それで――たぶん、本命は別ですよね。

 畏れを必要としない関係性に、百年単位でずらす」

 

 笑い声はない。否定もない。

 

「で、地霊殿。核融合炉。

 科学じゃなくて神の力。

 人間の進歩を、幻想の力で補うのは“アリ”だって判断した」

 

「……それで?」

 

「神社で使えて、霊夢の生活が楽になるなら、それでいいなって」

 

 そこで、初めて空気が僅かに張った。

 

「管理者になる気はないです。

 ただ、生きてるんで。動いてみようかなって」

 

「やりすぎたら?」

 

「霊夢に異変としてボコされます」

 

「……」

 

「いや、正確には。

 もし俺が異変を起こすなら、

 霊夢が異変だと感じない異変か、

 霊夢が引き金を引く係になる異変になりますね」

 

 間髪入れず、声が落ちる。

 

「やめてくれるかしら?」

 

 凪は苦笑した。

 

 

「ですよね。……霊夢が、昔言ってると思うんですけど」

 

 一拍置いて、凪は続ける。

 

「『私が異変だと思えば、それは異変なのよ』って」

 

 凪は、軽く肩をすくめる。

 

「逆に言えば、霊夢が異変だと思わなければ、

それは異変として始まらない。

解決も、されない」

 

「――だからこそ、です」

 

「そんな形で手を出したら、

異変じゃなくて“前提を壊す”話になる」

 

「……」

 

「言った以上、対策も取れるでしょうし、やるつもりもありません。

 やったら、異変云々じゃなく別件で殴られるだけですし」

 

 少しだけ、声を低くする。

 

「お願いなんですよ。

 もし俺がやりすぎたら、止めに来てください」

 

 風が、境界を撫でた。

 

 その沈黙の中で、紫は静かに言う。

 

「霊夢を生き返らせることができたのが貴方なら――」

 

 凪の視線が上がる。

 

「霊夢を、また殺しえるのも貴方だということ。

 忘れないことね」

 

 意趣返しのようでいて、冗談ではない声音。

 

 凪は、ゆっくり息を吐いた。

 

「……はい」

 

「これから霊夢が死ぬかどうかは、運命でも世界でもない。

 あなたの選択次第でもある」

 

「分かってます」

 

 紫は、それ以上踏み込まない。

 

 霊夢を博麗の巫女でいさせる。

 その一点で、二人の利害は一致している。

 

 もしそれが崩れた時――

 その時点で幻想郷は、もう危機だ。

 

 そして、その先を考えるのは、

 きっと、誰も望んでいない。

 

「……面倒な人間ね、本当に」

 

「そう言われると、内側に一歩近づいた気がします」

 

 紫は笑わない。

 

「勘違いしないこと。

 あなたはまだ異物よ」

 

「ええ」

 

 それでいい、と凪は思った。

 

 異物のまま、

 それでもここに居続ける。

 

 ――霊夢が、生きている限り。

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