東方帰還録 ~ Reclaiming the Bond ~ 作:地軸
縁側に影が落ちた。
風はない。音もない。ただ、空気の密度だけが変わる。
「ずいぶん、遠回りな話をするようになったわね」
振り向かずとも分かる声。
凪は湯呑を置いた。
「遠回りしないと、危ない話なんで」
くす、と小さく笑う気配。
「自覚はあるのね」
「ありますよ。自分が異物だってことも、外に立ってるってことも」
少し間があった。
境界が、わずかに揺れる。
「だから内側に入りたい、と?」
「いや。そこはまだ分かんないです。普通なら異変起こして、霊夢に殴られて、加減を体で覚えるんでしょうけど」
「あなたの場合?」
「多分、やりすぎます。規模じゃなくて質で。
システムの盲点を突いて、致命傷になる」
今度は、はっきりとした沈黙。
「……続きを聞くわ」
「幻想郷って、畏れを燃料にして回ってますよね。
でも人間は進歩を止めない。進歩すれば畏れは減る。
この理がある限り、いずれ破綻する」
「だから私は歪ませて延命している。そう言いたい?」
「評価ですよ。批判じゃない。
それで――たぶん、本命は別ですよね。
畏れを必要としない関係性に、百年単位でずらす」
笑い声はない。否定もない。
「で、地霊殿。核融合炉。
科学じゃなくて神の力。
人間の進歩を、幻想の力で補うのは“アリ”だって判断した」
「……それで?」
「神社で使えて、霊夢の生活が楽になるなら、それでいいなって」
そこで、初めて空気が僅かに張った。
「管理者になる気はないです。
ただ、生きてるんで。動いてみようかなって」
「やりすぎたら?」
「霊夢に異変としてボコされます」
「……」
「いや、正確には。
もし俺が異変を起こすなら、
霊夢が異変だと感じない異変か、
霊夢が引き金を引く係になる異変になりますね」
間髪入れず、声が落ちる。
「やめてくれるかしら?」
凪は苦笑した。
「ですよね。……霊夢が、昔言ってると思うんですけど」
一拍置いて、凪は続ける。
「『私が異変だと思えば、それは異変なのよ』って」
凪は、軽く肩をすくめる。
「逆に言えば、霊夢が異変だと思わなければ、
それは異変として始まらない。
解決も、されない」
「――だからこそ、です」
「そんな形で手を出したら、
異変じゃなくて“前提を壊す”話になる」
「……」
「言った以上、対策も取れるでしょうし、やるつもりもありません。
やったら、異変云々じゃなく別件で殴られるだけですし」
少しだけ、声を低くする。
「お願いなんですよ。
もし俺がやりすぎたら、止めに来てください」
風が、境界を撫でた。
その沈黙の中で、紫は静かに言う。
「霊夢を生き返らせることができたのが貴方なら――」
凪の視線が上がる。
「霊夢を、また殺しえるのも貴方だということ。
忘れないことね」
意趣返しのようでいて、冗談ではない声音。
凪は、ゆっくり息を吐いた。
「……はい」
「これから霊夢が死ぬかどうかは、運命でも世界でもない。
あなたの選択次第でもある」
「分かってます」
紫は、それ以上踏み込まない。
霊夢を博麗の巫女でいさせる。
その一点で、二人の利害は一致している。
もしそれが崩れた時――
その時点で幻想郷は、もう危機だ。
そして、その先を考えるのは、
きっと、誰も望んでいない。
「……面倒な人間ね、本当に」
「そう言われると、内側に一歩近づいた気がします」
紫は笑わない。
「勘違いしないこと。
あなたはまだ異物よ」
「ええ」
それでいい、と凪は思った。
異物のまま、
それでもここに居続ける。
――霊夢が、生きている限り。