東方帰還録 ~ Reclaiming the Bond ~   作:地軸

22 / 24
第二十二話 やりたい事

事の始まりは、なんだっただろうか。

 

人里に、魔理沙の護衛つきで買い出しに行った日だったか。

里の入り口で一旦別行動になり、俺は酒屋や茶屋を回って、少量の酒と、霊夢のための茶葉を買っていた。

 

店先では、よく見ない顔だと怪訝な目を向けられる。

どこに住んでいるのか、誰の知り合いなのか。

そんな探るような視線。

 

だが、「博麗神社の者だ」と名乗ると、空気が変わった。

 

霊夢の人徳、という言葉では足りない。

博麗の名は、それだけ幻想郷では重い。

 

同時に、怖さもあった。

俺が何か一つ間違えれば、その重さごと傷つけてしまう。

霊夢の誇りを、俺の軽率で穢してしまうかもしれない。

 

だからこそ、愛想よく、無難に振る舞った。

……それが、まずかった。

 

酒屋の女将に、声を掛けられた。

 

蔵から物音がする。

良くない妖怪が住み着いているかもしれない。

博麗神社の関係者なら、一度見てくれないか、と。

 

最初は断った。

俺は霊夢じゃない。妖怪退治なんてできない。

 

だが、「見るだけでもいいから」と言われて、結局引き受けてしまった。

 

理由はいくつかあった。

ここは人里の中だ。結界の内側で、規則に守られた安全地帯。

もし本当に危険な存在なら、もう被害が出ているはずだ。

 

それでもう一つ。

霊夢の傍にいる俺が、その条件を分かった上で何も見ずに帰ることが、

かえって博麗の名を傷つけるのではないか、という恐怖があった。

 

蔵を見に行くと、妖怪の気配はなかった。

あの島で過敏になった感覚が、何も引っかけない。

 

代わりに感じたのは、小さい生き物の気配と、かさかさとした物音。

数匹分。

 

――鼠だろう。

 

殺気を込めて、柏手を一つ打つ。

それだけで、気配は散っていった。

 

なんとなく、出来る気はしていた。

だが、実際に出来てしまったことには、自分でも少し驚いた。

 

女将から、礼として幾ばくかの金を渡された。

断りきれず、受け取ってしまった。

 

帰って霊夢に説明すると、即座に言われた。

 

「里で蔵の鼠退治しただけでしょ。

 博麗の仕事として受け取れるわけないじゃない。

 貴方個人の稼ぎよ。お小遣いにでもしときなさい」

 

それで終わりだった。

 

だが、それで終わらなかった。

 

ついでにこれを届けてくれ。

この前の礼に、白菜を持って帰ってくれ。

博麗のお守りを売りに来てくれ。

妖怪退治を頼みたいから、巫女に取り次いでくれ。

 

小遣いが増え、顔見知りが増えてしまった。

 

「……というわけで、永琳さんに是非ご協力いただきたくて」

 

永遠亭の診察室。

定期健診で訪れた時のことだった。

 

この検診自体は、紫の勧めだ。

霊夢は一度死んでいる。

永琳ですら詳しく知らない症状や、後遺症が出る可能性は否定できない。

 

精神的な影響は当然あるだろう。

だが、肉体的な異常についても警戒するに越したことはない。

 

検診費用は紫持ちで、

永琳も珍しさ半分、好奇心半分で安くしてくれているらしい。

 

「霊夢の健康状態を向上させるための食事メニューと、

 霊的向上も含めた、シャンプーや石鹸の考案をお願いしたいんです」

 

「まぁ、食事療法の相談は医者の仕事だから、できなくはないわね。

 でも、石鹸やシャンプーは……」

 

「普段、霊夢は人里で適当なのを買ったり、貰ったりして使ってるみたいですけど。

 無い時は米のとぎ汁で済ませてるらしいんですよ」

 

「……巫女とはいえ、年頃の女の子ね」

 

「それに、巫女だからこそ、髪に籠る霊力も整っているべきでしょうし」

 

「足るを知る、という言い方もできるけど……

 賄えている限り、向上に目を向けない性分なのかもね。

 体形も、年の割には少し痩せすぎている」

 

「費用は払います。

 調合は、鈴仙さんに薬師としてお願いできればと思ってまして。

 その分、支払いも抑えられますし」

 

「いい物ができれば、他の力ある女性たちも欲しがるでしょうし」

 

「……蓬莱人には不要だけど、

 力を整える美容品には、確かに需要はありそうね」

 

「なので、是非」

 

「分かったわ。鈴仙に作らせてみましょう。

 それで、食事の話だけど……」

 

数週間後。

 

「なぁ、霊夢。最近、何か変わったよな」

 

いつものように魔理沙が訪れ、茶を飲んでいる時だった。

 

「別に、何も変わってないわよ」

 

「いや、なんか目に力があるっていうか」

 

「何? 目つきでも悪くなった?」

 

「いや、いい意味だ。

 髪も綺麗になったし、なんかいい香りするし」

 

「そう?」

 

「どっしりしたっていうか……背もちょっと伸びた気がする」

 

「太ったのかしら。

 最近、ご飯が美味しいのは確かだけど」

 

「いや、太ったって感じじゃない。むしろ逆だ」

 

「痩せた?

 でも、体の調子は前よりいいわよ。疲れにくいし」

 

「それに……」

 

「それに?」

 

「お茶も前より美味くないか?

 茶請けの質も上がってる気がする」

 

「美味しいならいいじゃない。

 凪のお茶の入れ方が上手くなったのね」

 

こぽこぽこぽ……。

 

「まぁ、ちょっと勉強しただけだ。

 美味しいなら、俺を褒めてくれ、魔理沙」

 

「お、おう……

 まぁ、美味いならいいか」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。