東方帰還録 ~ Reclaiming the Bond ~ 作:地軸
「でさぁ、魔理沙、霊夢が言うにはさ」
「いや、それは霊夢が悪いと思うぜ」
人里の通りを、並んで歩いていた。
向こうから、青い髪の女が歩いてくる。
比那名居天子だ。
人混みの中でも、歩調は一定で、視線が高い。
目が合った。
俺は歩く速度を変えない。
進行方向も変えない。
向こうも同じだった。
二人の距離が詰まる。
通りの中央で、自然と正面に立つ形になる。
俺は一歩も避けず、そのまま進む。
女も足を止めない。
顔と顔の距離が、極端に近い。
どちらも瞬きをしない。
そのまま、すれ違った。
肩が触れるか触れないかの距離。
「……」
「でも、霊夢がさぁ」
「……いや、待て待て待て」
魔理沙が立ち止まり、振り返る。
「今の、なかったことにしようとしても無理がある」
「何がだ?」
「今、物凄い表情してたぞ」
俺は歩きながら、首を傾げる。
「キスするのかってくらい顔近づけて、
メンチ切ってたよなぁ、おい」
「ん? 何の話だ?」
「……霊夢が言ってる通りだな」
魔理沙は肩をすくめた。
「お前、ほんと変な奴だぜ」
暫く里を歩いた後、
魔理沙が買い物があると言って別れた。
俺は今、
守矢で茶を飲んでいる。
「で、鈴仙から聞いたんですけど、
あのシャンプー依頼したの、凪さんだって」
「はぁ、まぁ」
「やっぱり幻想郷に来てみた物はいいんですけど、
外にしかない物もあってですね。
スキンケアとか、色々困ってまして」
話が長い。
行ったり来たりしている。
里を歩いていたら、
早苗に捕まった、というだけの話だ。
神々が、襖の隙間からこちらを見ている。
そんな気配を感じながら、
俺はお茶をすすり、適当に相槌を打つ。
「で、このシャンプーと石鹸に守矢の名前を付けて、
大々的に販売しませんか?
香り違いも用意して、守矢の神の功徳として――」
「はぁ?」
「どうでしょうか?」
「んー……あれ、薬用だからな。
美容用なら別で考えて、そっちでやったら?」
正直、乗り気じゃない。
やるなら勝手にやってほしい、が本音だ。
だが、襖の向こうからの視線が、
一段強くなった気がした。
「な、なるほど」
「そもそも、あれ守矢の神々関係ないだろ?
なら、関係ある形で作り直した方がいいと思うし」
「薬用って、肌に合わない、髪に合わないってことも多い。
コストも上がってるし、見直しは必須だぞ」
こいつ、
あの襖の奥から見てる諏訪子様を、
何だと思ってるんだ。
「そうですよね。
コスメも必要ですし……
えっと、どうしたらいいと思います?」
諏訪子様は、蛙と蛇の神だ。
ガマの油は天然の薬としては最高峰。
蛇は脱皮による再生と復活の象徴。
その風呂の残り湯だけで、
外の化学薬品よりよほど価値がある。
早苗は、
その神の後に風呂に入っている。
だから、
コスメもシャンプーも本来は不要だ。
自分の源流の神の出汁に浸かっている現人神が、
顔に異物を塗りたくる意味が、正直わからない。
「……ちょっと考えさせてもらえるかな」
そう言って、考える。
そもそも、
こういうことを教わっていない可能性が高い。
守矢の神々は、
やってみて、失敗して、次、という教育方針だ。
口出しして嫌われたくない、
そういう放置型のスパルタ。
諏訪子様の出汁を売るなんて、
俺が提案するのも不敬だ。
ガマの油は、場合によっては毒になる。
蛇もまた、毒と裏切りの象徴だ。
――責任を噛みたくない。
神と美しさと若さを結びつけると、
ろくなことにならない。
神々も、それを分かっているのだろう。
「あの……どうでしょう?」
「俺に相談する前に、
そこの襖から見てる神々に相談すべきじゃね?」
俺は襖に視線をやる。
「新しく作るなら、
別に俺、噛まなくていいでしょ?」
そう言って、間を置かず立ち上がる。
「お茶、ご馳走様」
逃げるように、守矢を後にした。
その日の夜、神社にて。
「まぁ、面倒な話は断って正解よ。
よその家庭の事情まで踏み込む意味ないもの」
「まぁ、霊夢ならそう言うかなって。
でも最近、人との関係、見直そうかと思ってたからさ」
「いいのよ。
見直して、結果変わらなかったなら、
元々正解だったってこと」
「なるほど」
「それより、あのシャンプーって薬なの?」
「薬ってほどじゃないけど、
薬草入りの香油みたいなもんだな」
「ああ、たまに合わない人もいるものね」
そんな風に、
今日も日常は過ぎていく。