東方帰還録 ~ Reclaiming the Bond ~ 作:地軸
博麗神社の境内に、見慣れた羽音が降りてきた。
「……あ」
霊夢が嫌そうに眉をひそめる。
「射命丸文。
言っとくけど、今日は変な取材は受けないわよ」
「えー、変って何ですか変って。
私はただの清く正しい新聞記者ですよ?」
霊夢は箒を肩に担いだまま、ちらりとこちらを見る。
「いい?
この人、まだ幻想郷に来たばっかりなの。
面白がって変なこと聞いて、記事にしないで」
その視線は鋭いが、どこか庇う色があった。
文は一瞬だけ目を丸くしてから、にやりと笑う。
「ふぅん……
なるほど、分かりました。
“ほどほど”にしておきます」
嫌な言い方だ、と霊夢は思ったが、それ以上は言わなかった。
「じゃ、少しだけ失礼しますね」
そう言って、文はペンと手帳を構える。
「まずは基本から。
どこから来たんですか?」
「外の世界です。
電車とか、コンビニとかある方ですね」
「ほうほう。幻想郷に来て、驚いたことは?」
「夜が暗いことです。
星がちゃんと見えるの、久しぶりで」
文は軽く頷き、さらさらとペンを走らせる。
「博麗神社での暮らしは?」
「快適です。
……たまに怒られますけど」
「聞こえてるわよ」
霊夢が即座に突っ込む。
「好きな食べ物は?」
「川魚の塩焼き。
あと、霊夢の味噌汁」
「当たり前でしょ」
文はくすっと笑った。
「幻想郷の、好きなところは?」
少し考えてから、凪は答える。
「……死んでも、そこで終わりじゃないところですかね」
文のペンが、わずかに止まった。
だが、何も言わず、次の質問に移る。
「妖怪は怖いですか?」
「怖い人もいますし、怖くない人もいます」
「人間と同じ、って?」
「はい、あっ、畏れが無いわけじゃないですよ?」
文は相づちを打つが、その目は先ほどより少しだけ鋭い。
「好みの女性のタイプは?」
凪は霊夢の方に視線を一瞬やり、小声で
「紫さんとか、美人でいいですよね」
「ぶっ」
文が吹き出す。
「それって、霊夢さんに言えます?」
「無理です」
「……なにを二人で笑ってるのかしら」
霊夢はあきらかに不機嫌になった。
「里で印象に残った人は?」
「妹紅さんですね」
「理由は?」
「死を恐れてない人って、安心するので」
文は完全に筆を止めた。
一拍。
風が、境内の木々を揺らす。
「……戦うのは、得意ですか?」
「得意じゃないです」
文は少し身を乗り出す。
「でも?」
「やり方は知ってます」
「どんな?」
「死なせない方法です」
霊夢が、こちらを見る。
その視線に、凪は気づかないふりをした。
文は、ゆっくりとペンを置いた。
記事のためではない。
ただ、人を見るための間。
「……ねぇ」
声の調子が、変わった。
「生きるのは、好きですか?」
その質問は、唐突だった。
だが、凪はすぐには答えなかった。
少しだけ、視線を落とす。
「……嫌いじゃないです」
文が気を取り直すように少し砕けた調子で聞く。
「じゃあ最後に。
博麗の巫女について、どう思います?」
凪は即答する。
「最強です。
彼女は、負けません」
「……じゃあ、個人的には?」
少し間。
「普段の霊夢さんの印象は?」
凪は、言葉を選ぶ。
「儚くて……
消えてしまいそうで、怖いです」
「……なるほど」
文は、それ以上何も聞かなかった。
ペンも動かさない。
ただ、静かに頷く。
「今日はここまでにしておきます」
文は手帳を閉じる。
「記事にするの?」
霊夢が問いかける。
「いいえ」
即答だった。
「これは……
写真にも、文章にもなりません」
文は一礼し、羽を広げる。
「ありがとうございました。
では、失礼します」
風とともに、姿が消えた。
境内に残った静けさの中で、霊夢は一息つく。
「あんた、変なこと言ったでしょ」
「……本当のことだ」
凪は、そう言って笑った。
霊夢は、少しだけ顔をしかめてから、視線を逸らす。
「……あんたは、変よ」
「そうか?」
「そうよ」
それ以上、何も言わなかった。
ただ、箒を手に、いつもの掃除に戻る。
日常は、何事もなかったように続いていく。
だが、
その足元に絡む糸は、
確かに、ほどけてはいなかった。