余命僅かなTS悪役令嬢は、生きる為に吐血魔法で聖女と勘違いされる 作:実験体G
「シルヴィア・ル・ブラン! 貴様のような“魔力なし”の無能女との婚約は、この場で破棄させてもらう!」
シャンデリアの輝きが目に痛い。
着飾った貴族たちの嘲笑と、突き刺さるような視線。
そして目の前で鼻息を荒くしている、豪奢な衣装を着た金髪のイケメン――アルフレッド第二王子。
その光景を見た瞬間、俺――相楽湊(さがら・みなと)の意識は、雷に打たれたように覚醒した。
(……あ、これ知ってるわ。妹がやってた乙女ゲー『聖女と7人の誓約者』の断罪イベントだ)
状況を把握するのに、一秒も要らなかった。
俺は死んだ。過労か事故かは忘れたが、とにかく死んで、このゲームの悪役令嬢「シルヴィア」に転生したのだ。
俺は内心で舌打ちをしながら、視界の隅に浮かぶ半透明のステータスウィンドウを確認する。
そこには、絶望的な数値が表示されていた。
【名前:シルヴィア・ル・ブラン】
【HP(生命力):50/50(虚弱)】
【MP(魔力):0/0】
【特性:魔力欠乏症、病弱】
【ユニークスキル:生命変換(ライフ・コンバート)】
(うわ、マジかよ。MPゼロの欠陥ビルドじゃねえか)
この世界の貴族は、すべからく魔力を持って生まれる。
魔力こそが権威であり、正義だ。
だからこそ、公爵家に生まれながら魔力を持たないシルヴィアは「泥人形」と蔑まれ、性格が歪み、こうして断罪されているわけだ。
「……何か申し開きはあるか? どうせ何も言えまい。貴様には、平民ですら使える生活魔法すら使えないのだからな!」
アルフレッド王子が勝ち誇ったように叫ぶ。
その隣には、おどおどとした様子で彼に寄り添う小動物系の美少女――原作ヒロインのリリィがいた。
周囲の衛兵たちが、ガチャガチャと音を立てて包囲網を縮めてくる。
このまま捕まれば、地下牢に幽閉され、数年後には処刑されるバッドエンドが確定している。
(冗談じゃない。せっかく二度目の人生を手に入れたんだ。俺は生きるぞ)
(そのために必要なのは――逃走。この場から瞬時に離脱する『転移魔法』だ)
俺は脳内で素早く計算する。
『転移(テレポート)』の消費MPは高い。当然、今の俺にMPはない。
だが、俺にはユニークスキル【生命変換】がある。
これは、自身のHP(寿命や血液)を燃やして、強制的に魔力を生成する禁断のスキルだ。
俺はゲーマーとしての経験則から、最適解を導き出す。
――対象:自身。
――座標:王都の北、人里離れた「死の森」。
――必要魔力充填コスト:HPの40%。
(HP40%消費か……。きついな。痛覚設定はオフにできないのか? ……チッ、できない仕様かよ。まあいい、死ぬよりマシだ)
俺は覚悟を決め、すうっと息を吸い込んだ。
そして、冷ややかな視線で王子を見据える。
「……殿下。一つだけ訂正させていただきます」
俺の口から紡がれたのは、鈴を転がすような、しかし氷のように冷たい美声だった。
無自覚に漏れ出たその声色に、会場が静まり返る。
「私は魔法が使えないのではありません。……使う必要がなかっただけです」
「な、何を――ッ!?」
次の瞬間、俺は体内のスイッチを切り替えた。
【生命変換】発動。
ドクンッ!!
心臓が早鐘を打ち、全身の血管が焼き切れるような激痛が走った。
視界が真っ赤に染まる。
内臓がねじ切れ、喉の奥から熱い塊がせり上がってくる。
「がはっ……!!」
俺の口から、大量の鮮血が噴き出した。
ボタボタボタッ! と、磨き上げられた大理石の床に、毒々しい赤が広がる。
あまりの出血量に、俺の白いドレスは瞬く間に真紅に染まった。
肌は白磁のように蒼白になり、膝がガクガクと震える。
「ひっ……!?」
「な、なんだその血は!?」
悲鳴が上がる。
アルフレッド王子の顔から血の気が引いていくのが見えた。
痛い。死ぬほど痛い。
HPバーが一気に半分近くまで削れたのだ、当然だ。
だが、これで魔力は充填された。
足元に、禍々しくも美しい、深紅の魔法陣が展開される。
俺は血に濡れた口元を手の甲で拭い、ふらつく足で優雅にカーテシー(礼)をした。
意識が飛びそうになるのを必死で堪え、最期の言葉を紡ぐ。
早く逃げたい。もう二度と、こんな面倒な連中とは関わりたくない。
そんな「絶縁」の意図を込めて。
「……さようなら。愛しい殿下」
カッ!!
閃光が奔り、俺の体は会場から消失した。
後に残されたのは、凍りついた貴族たちと、床一面に広がる生々しい血だまりだけだった。
†
「シ、シルヴィア……?」
アルフレッドは、呆然と立ち尽くしていた。
目の前の惨状が信じられなかった。
彼女は、魔法を使った。
それも、宮廷魔導師ですら詠唱が必要な『転移』を、無詠唱で。
だが、その代償はあまりにも大きすぎた。
「あんな……あんな血を吐いて……」
誰かが震える声で呟いた。
「命を……削ったのか?」
その言葉が、アルフレッドの胸に重く突き刺さる。
魔力がなかったのではない。
彼女は、自らの生命そのものを魔力に変える、禁忌の力を持っていたのだ。
そして、それを使えばどうなるかを知っていたからこそ、今まで頑なに魔法を使わなかったのではないか?
――貴様には魔法すら使えないのだからな!
自分の放った罵倒が、呪いのようにリフレインする。
彼女は耐えていたのだ。蔑まれても、無能と罵られても、命を大事にするために。
それを自分が、追い詰めて、死地へと追いやった。
最後の言葉。
『さようなら、愛しい殿下』。
あれは、ただの別れの言葉ではない。
今生の別れ――死への旅立ちの言葉に聞こえた。
あの蒼白な顔。震える指先。致死量とも思える吐血。
転移した先で、彼女が生きていられる保証など、どこにもない。
「俺は……なんてことを……」
アルフレッドは膝から崩れ落ち、シルヴィアが残した血だまりに触れた。
まだ温かい。
彼女が命を燃やした証が、そこにあった。
「うあああああああああっ!!」
王城のホールに、王子の慟哭が響き渡った。
†
一方その頃。王都から数十キロ離れた「死の森」。
バシュッ! という音と共に、空間が歪み、俺の体が投げ出された。
「ぐっ……! 着地失敗……!」
土の上に転がる。
全身が痛い。HPは残り30を切っている。視界が点滅している危険な状態だ。
「はぁ、はぁ……死ぬかと思った……」
俺は震える手で、亜空間収納(インベントリ)から一本の小瓶を取り出した。
中に入っているのは、ドブ色をした液体。
前世の知識を総動員して作った、特性ポーション(試作品)だ。
味は最悪だが、効果だけは保証付きだ。
俺はそれを一気に煽った。
「んぐっ、ごくっ……、ぷはぁ! まっっっず!!」
泥と雑巾を煮込んだような味が口いっぱいに広がる。
だが、効果は劇的だった。
胃袋から熱が広がり、ねじ切れた血管が修復され、顔色が瞬く間に戻っていく。
【HP:50/50(全快)】
「よし、全回復。計算通り」
俺は口元についた血を袖で拭き取り、ケロリとした顔で立ち上がった。
ドレスは血まみれだが、体調は万全だ。むしろデトックスした気分ですらある。
「さて、ここなら追手も来ないだろう。魔物が多いのが難点だが、素材の宝庫でもある」
俺はニヤリと笑った。
「第二の人生、ここからスローライフ(効率厨)の始まりだ。もう誰にも邪魔はさせないぞ」
こうして、俺の逃亡生活は幕を開けた。
まさか王都で、俺が「命を賭して愛を貫いた悲劇の令嬢」として伝説になっているとは、露知らずに。
読んでいただきありがとうございます。
HPバーしか見てない主人公と、血しか見てない周囲の温度差をお楽しみください。
ちなみにこのポーション、素材にマンドラゴラを使っているので味は保証しません。
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(評価が入ると、シルヴィアのHP回復速度が上がるかもしれません)
明日は18時に更新します。